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ANAジャンボが着陸しようとしたら自衛隊機が滑走路に居たので再上昇が今日の一面トップ。新聞の論調は自衛隊が那覇空港に居るのが悪い。世界中に軍隊と民間が同居している飛行場はごまんと在る。同居しているから悪いのではなく運用が悪いのだ。沖縄の管制権はまだ米軍に在るはず。日本に帰るとニュースが在ったがいつからかは失念。着陸許可を出す人は空港の管制官なのか沖縄全体の管制官なのか?ここらもややこしい。自衛隊も滑走路でエンジンテストをする必要があるのか?もしブレーキが故障したら飛べるから滑走路がいいのか?単に自衛隊が居るから悪いのではなく、新聞は原因をもっと追究して欲しい。
2005年05月24日
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今日は本来ならレースの日、残念ながら今年は中止。予定の9時になっても迎えが来ない。昨日、日曜日(明日)行くような話しだったよと聞いたので確認の電話を入れたら、明日の予約になっていた。日にちを言わず、レースのあるはずだった日といったものだから間違えたらしい。20分になって電話をしたらもう出たとのこと。島の端から端で小一時間掛かる。下に降りると来ていた。5年ぶりの再開。港から出航、まずは珊瑚の島へ30分ほどで着く。高さ3mほどの珊瑚ばかりの島、上に小さな木が生えていたのにはビックリ。みんながシュノーケリングしている間、ビールを飲んでゆっくり。一路鳩間島へ、ちょうど真ん中辺でまたビックリ。枝珊瑚、テーブル珊瑚がびっしりのさんご礁が出現。ちょうど引き潮だったので迂回する。 初めて海でチョウチョウウオを見る。残念ながら写真には取れなかった。上の写真にはコバルトブルーが見える。鳩間に到着。灯台の丘に登ると反対側が一望できるが海までジャングル。港への帰り道市まで唯一の店で冷たいビールを買い、昭和40年代の写真を見るとさっきのジャングルが四角く区切られている。農地だったのだ、この40年ほどの間にすっかり変わったのだろう。この島の子供たちはすごい、会うとみんなこんにちわと挨拶してくれる。出航の時は島の人がレースが無くてもよく来てくれたと、民謡を鳴らし旗を振って見送ってくれました。途中、さっきのさんご礁で大休止。 ここでもビールを飲んで、最後はみんなにだいぶ遅れをとってしまう。ビールは無くなったが1リッターのポカリは残ったまま。県から貰った鳩間島のポスターが在るが、まさしくポスターと同じきれいな所でした。仕事もほどほどにと思い直しました。カヌーツアーは西表島の南風見(はえみ)のパピヨンさんにお世話になりました。もしもレースがあったらの雰囲気はこちらで http://pero.s12.xrea.com/
2005年05月21日
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独立してからはじめての休みらしい休み。朝、家内に那覇空港まで送ってもらう。何とかという待合室に短パン、サンダル、T-シャツで入るが拒まれなかった。休みなので朝からビールを飲む。出張の時もそうだが、ここの待合室も使い収めかと思っていたら、何の間違いか、5年有効の更新カードが送られてきた。拡販のためにカードをばら撒いていた時期もあるのだから、返せとは言わないでしょう。飛行機の中もこんな格好の人は他にはいない。乗っている人も少なかったので石垣空港は普通の着陸。飛行機から建物まで100mもないのにバスが来る。前はバスは無かったはずなのに、飛行場を降りるとおんぼろタクシーが無くなって、新しいタクシーばかり。が、これには目もくれずバスに、確か前来た時は飛行場からバスは無かったと思うが、5年間で変わるものだ。時間があるのでこんな服装にパドルと防水袋を持って2軒ほど新規開拓で廻っていると、もう前の会社のお姐さん方の到着時刻。船の待合室で待ち合わせることにする。とぼとぼ歩いて待合室に着くともうご到着。3年振りぐらいだが、皆さんお変わりなし。一時間後の4時半の切符を買って町に繰り出す。そばが食べたいとのことなので、帰り道で見たうまそうなそば屋に案内するが昼休み。別のそば屋で私はビールとぜんざいを食べる。ビール6本と1リッターのポカリを仕入れる。船はいつも波頭の間を跳びながら走るのに今日は凪。水の上を進んでいる。島に着くと船会社の送迎バスがいる。これも前には無かった事。宿は予約してもらってお姐さん方に伝えてあるので名前も電話も住所も覚える努力をしていない。やっぱり頼りになるお姉さん方。うる覚えの名前を運転手に伝えて無事到着。この宿、看板によって微妙に名前が違う。売る覚えでも仕方が無い。夕食後、宿を予約してもらった本島のカヌー屋さんに三線の生が聞けるところでご馳走になる。こんな立派な飲み屋も無かったな。石垣、西表の変わりようにビックリする一日でした。
2005年05月20日
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会社には若いドイツ人がいます。20歳です。昔の通訳君も彼と遊びほうけていたことがあります。いっしょにディスコに行って朝まで遊ぶがもてるのはドイツ人だけ、彼はいっしょに遊ぶのをやめました。通勤バスでなく、別の車で会社に行くように誘われました。いっしょに乗ってドイツ人の居る高級居住区の門で待ちます。しばらくすると朝からドイツ人と女性が公衆の面前でキスしているのを発見。ドイツ人とその女性が乗り込んできます。その女性、海外部の女性です。その女性を海外部まで送って、工場まで。バスの中でドイツ人の遅刻の言い訳は彼女がなかなか離さないから。日本だと同僚に朝帰りを見られ無いよう自分はバスで行くとかすると思うが、中国人はさすがです。つたない経験から言うとこの手の商売人でない中国人は予防措置を取りません。中国がエイズで潰れるのもそんなに先で無いでしょう。性病治療のビラが路地裏に張ってあります。性病は資本主義の病で共産中国には存在しなく病院には治療してくれる所がありません。それで民間治療所がはびこっているのです。
2005年05月17日
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普天間基地返還要求で基地を人が取り巻いているニュースが放送されていました。中国語でも好く分からないのに広東語です。字幕から推察すると沖縄の米軍基地返還を要求したと書いてあります。これは普天間基地返還で沖縄の全ての米軍基地ではなかったと思うが、台湾の老人二人の訪問の後も台湾で台湾人のインタビューの放送がありましたが当然、台湾は中国に併合されるべきと言う人ばかり。日本のニュースでもインタビューを放送しますが何のために放送してるのでしょうか? 「残念です」とか「けしからん」と「かかわいそう」とか聞いてもしょうがない。日本の事はおいといて、中国人民は毎日こういう風にニュースを聞いてどんどん井の中の蛙になって行きます。
2005年05月16日
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今回の中国滞在は短く休みは今日だけ。暑いので朝から広州にオートバイの部品の買い付けに行く。バスを待っていると来たのはやっぱりおんぼろバス、この路線、全部新しいバスになったと思っていたのに。途中の道の工事が終わって、多少早くなり1時間15分で到着。店に行くが先月頼んでいたものがやっぱり無い。中国語が伝わらなかったせいか、向こうがやらなかったのか不明。頼みなおす。今度は大丈夫かな?他の店も回って30分ほどで買出しを終わり帰路に、今日はバスターミナルの外で待つ。外で乗ると7元、前回の10元の内3元はターミナル使用料のようだ。帰りもやっぱり1時間15分。プラスティックの椅子とダンパーの無いサスペンションに2時間半はよる年波に勝てない。家で昼食を取りビールを二本飲んで一休みして起きるともうあたりは暗くなっていた。せっかくの休み、買出しだけで終わってしまった。来月は広州駅まで快適なバスで行って、後はタクシーを使おう。
2005年05月15日
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前の通訳君、元々おかしかったが、決定的におかしくなった憧れの君が同じ職場に来ました。新卒で社内で1,2を争う英語力を買われて同じく同じ職場に来るイタリア人の通訳として来た。前の通訳君、おとなしくしていりゃ今頃浮き浮きなのに、精神力が足りなかったのでしょう。金持ちで地位のある両親の一人っ子。
2005年05月14日
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朝、目が覚めると窓の外がやけに明るい。早く起きて支度をと思い時計を見ると5時半。汚染霧がなく、今日は太陽が出ています。幸せになります。通勤バスに乗り走り始めると通訳から電話、「門が壊れたので午前中休み」門とは建物の入り口のドアの事、これと家のことを部屋、バス停のことを駅、中国人の日本語初級の人はみんな間違えます。事務所のドアはセキュリティーが掛かっています。暗証番号かカードが必要、そこらが壊れたのでしょう。壊れた時に開ける手段が講じられているのが普通だが、ここは中国。どちらにしろ幸せ。公共バスでアパートに引き返す。子供用抗日映画をやっているので見る。猟師の子供が日本軍をやっつける話。映画が終わったので、近くにある海外営業に行く。聞いていくと梱包方法が打ち合わせと違う。前の担当者が突然辞めたので分からなかったと言い訳。取り返して来いといったがもう荷物は香港に行ってしまった。今までの幸せが全部帳消し。そのまま昼ごはんに行き、サンミゲールを飲む。一本飲んでも料理が来ない。二本目を注文すると料理が来た。仕組まれたようだ。二本目は3角当たりだったが一本目は小姐が持っていってしまった。もしかして2千元、いや2万元の当たりだったかも、酔いも手伝い、家に帰って昼寝。このときすでに12時半、3時まで昼寝して出勤。会社には4時に着く。1時間半会社にいて帰る。夜まで天気は良かった。幸せな日だったのか、不幸せな日だったのか?
2005年05月13日
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夜、暑いので散歩をしました。外も暑く夕涼みにはなりません。大型スーパーに避暑に入りましたが、スーパーの部分はその前の買い物があだで入れません。コインロッカーに入れろというが、広州では一元硬貨は流通していない。下の専門店街をぶらぶらして外に出ようとすると地下に本屋が出来ている。地下を全て使っているので結構大きい。日本語関連も巾1mぐらいの棚の中にある。漢字の話の日本の本を訳したものがあり購入。右のページに日本語、左に中国語。日本語を訳した中国語は割と分かり易い。25元なので日本で原書を買うより安いのだろう。体育館の前に行くと免費5人足球の看板、免費に引かれてはいる。室内フットサルの中国選手権予選の広州大会、天発石油と広州果王の試合、果王がメインスポンサーの一つなので負ければみっともなさそう。腕前は結構なものだった。天発石油は上場会社。室内のサッカーは体に悪そうだった。そういえば過日、済南でマニロスが試合をしてたが無事に終わったよう。テレビをつけてまわしてたらサッカーはジュビロの試合で、これは当局が済南で問題が起きたら困るのでジュビロの試合を流しているのかと思ったがその後マリノスの試合をしていた。相変わらず八百長まみれの中国人選手は荒っぽい。中国でジュビロの試合を見れたのは嬉しかった。昔はシーズン券を買っていたぐらいですから。それにしても散歩は暑かった。
2005年05月12日
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会社の昼ごはんを二日続けて食べるともう食べる気がしない。歩いて15分の餃子屋さんに行く。いつものように串羊揚げと餃子を頼んでビールは何にしようかと見に行くと「あなたの所のはこれだよ」とキリンを差し出す。ちょっと前まで青島か広州純生を飲んでいたが、日本品不買運動以来日本ブランドを飲んでいる。広州の田舎、番禺の中心・市橋には日本ブランドがほとんど無いのに番禺の田舎にある。珠海のビール会社でキリンの技術指導品。「一番絞り」で昔は売っていたが中国に浸透しないので名前を変えて売っている。名前は忘れた。2本飲んで終わりごろ電話。日本からのお客さんがあるので来てくれ。串羊揚げを打包してもらい、工場に戻る。途中から工場案内をして昼食に、それも順徳に。地図がある人は見てください。広州と仏山市順徳は結構離れています。でもここは広州の田舎、順徳へは橋を渡ればすぐです。15分ぐらいで立派なレストランに、そこでまた昼食。串羊揚げも出しました。立派なレストランなので自分で取らずに服務員が皿に分けてくれます。食べないとたちまち山に。しょうがないので半分ぐらいは食べる。ビールは普通に飲む。食事の後、開放され、お客さん+αは江門に、社長と二人、周恩来の自家用飛行機を飾ってある公園の横を通って工場に帰る。周恩来の自家用機はDC3ぐらいの大きさ。前にここを通った時、通訳君に共産主義の国の首相が何故自家用機を持っていたのか聞いたが、明確な返事は無かった。が、首相が自家用機を持っていたのは自慢らしかった。血糖値がだいぶ上がってしまった。
2005年05月12日
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南方証券が連休中に倒産、4月の上海の中古マンションが値下がりしているそうです。いつまで続くと言われたバブルですが、そろそろ終わりそうです。
2005年05月12日
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仲良く中国詣でが終わりました。今朝のニュースでは南方航空で香港に向かう宋さんの姿が何度も映されていました。日本の新聞の見出しは連さん中国訪問を台湾・中国トップ会談のような書き方でした。きちんと書いて欲しいものです。宋さんの訪問中、中国が準備した台本どおりに読まなかったので中国政府は得意の音声消しを行い。他の報道にも適切な指導をした。その後は生中継は無くなった。この時の発言は「中華民国」、中国は昔どんな形でも中国が一つであればいいと言いました。宋さんの理念は中華民国として中国統一。中国が以下に場当たり主義の政策を取っているかが分かります。さて、野党第一党の連さんは中国の台本どおりに発言し、旅程を終了。台北空港で「おじいさんお帰りなさい」と北朝鮮流のマスゲームで迎えられたようです。見方によれば国民党時代の台湾と北朝鮮は似たとこがある。中国人で台湾人の平均収入を答えられる人に出会ったことがありません。この際、どちらかが台湾の収入はこれだけで中国は台湾に併合されたほうがあなた方の生活は豊かになりますと言えば、12億の中国農民は、又一揆に打って出たであろうに、惜しい機会をなくしたものである。
2005年05月11日
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知り合いがかばんを取られました。聞いたときバス強盗かと思った。バスの中で寝ていて取られた。それも通路側にかばんを放り出して。それを聞いた時に出た言葉「お前はそれでも中国人か?」バスの中で寝る、通路側にかばんを置く取ってくださいと言っているようなものです。回りに人が居たのにと言っているが普通は誰も見咎めない。広州空港からのバスの中で「寝てる人のかばんを自分の席に持って行きコンピューターを準備してきた雑誌と換えて元に戻す、泥棒に気をつけろ」というビデオが流れています。先週も公園で泣いてる女の子を家に泊めて日本人カラオケを紹介して300元貸してドロンされてます。このままにして置いてあげたい気もするが、純も度が越すと中国では暮らしていけない。
2005年05月10日
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13:50で広州に飛びます。12時チェックアウトで間に合います。朝ごはんはゆっくりと、残念ながら庭の見える席はふさがっていた。風呂に入りながら読書。このホテルの風呂は栓が閉まらないのが普通らしくもったいないが蛇口は開けたまま。国内線の出発ロビーで昼ごはん、国際線の出発フロアーにあった日系の食堂。国内線では値段を除いて設備、サービスは純国内。もちろん小姐と別れを惜しむ日本人も居ない。極端な違いが不思議である。飛行機は定刻通り扉を閉め動き出すが途中で停まる。一眠りしてもう飛んでるかと外を見ると地上の景色。来る時は客がまだ座っていないのに動き出した。出発の遅れを集計しているので遅れだけは出したくないのだろう。どこかと似ている。
2005年05月09日
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5時まで仕事をして那覇空港へ、日曜日なので道はすいている。15分で古島駅、6時前には空港に到着。チェックインの後、国内線ビルに行き食事。那覇空港、モノレールを降りると一箇所国際線の案内の矢印があるだけで、後は何もなし。バスも多分那覇空港行きは国際線ターミナルには停まらない。那覇空港発だけ停まる。困る人は自分で解決しなさいと言う所が沖縄らしい。いつもはJALの到着出口のそば屋だが、前回はカレー、今回は4階に行った。中身そばを注文する。中ビン600円のビールは高くてやめる。そば、中身が少なく増量のこんにゃくばかり、そばも今ひとつ。ビールが無いのでコーレーグースたっぷり入れて食べる。やっぱり一階の沖縄そば+生ビールがいい。2階のコンビニでオリオンを2本買う。国内線ビルを出ると雨が降っている。降り止むのを待たずにタオルをかぶって行く。オリオンビールを飲みながら待っているが、搭乗時間が来ても出発時間が来てもアナウンスが無い。そのうちやっとアナウンスがあり、天候不順のため搭乗時間が遅れると放送。上海のバスが無くなり、又雲助タクシーかと憂うがしょうがないので、すぐあきらめる。小一時間待って搭乗、飛行機に乗ってもなかなか飛ばない。機内は毎日運行が週2便運行に変わり台湾人の使用が減ったせいで空席もある。早く帰りたい中国人パイロットが飛ばしたのか、上海着はそれほど遅れてなかった。バスもあり、ホテルに着いたのは10時半。11時に下の飲み屋に。3ヶ月ぶり2回目。ゴールデンウィーク中は日本人の客三組だったそうだ。出張が減り、駐在員も避難。無事に就寝。
2005年05月08日
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那覇の路上で起きた強盗殺人の犯人が捕まりました。自衛隊員でした。さすが自衛隊です、傘を鼻の穴から刺して脳に達する傷を負わせて殺した。訓練してないと出来ないですね。防衛大でのエリートで20人の部下を持つ。米兵と比べ新聞の取り扱いも小さい。
2005年05月03日
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