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妻はまだ、外泊を決めることができていない。というか、決断できない人であることを思い出した。他人の意見に反対することはできるが、自分の意見を出すことはできない人であった。決断できないのならとこちらが決めると反対する。反対されると私はどうでも良いので、相手の意見に合わせようとする。そうすると、自分の意見がないので、私はどう思うのと聞いてくる。最初から、こう言っているだろうと言って、また最初に戻るということをしばらく繰り返すことになる。結局、外泊はそれほどしたいということでもないようである。毎日のように電話してくるが、話す内容は他の人への不満が中心である。他の患者から攻撃されるというので、良く聞いてみると、その患者の不適切な行動を注意したりしている。自分の行動を適切にできないような人に注意しても、聞いてくれるわけがない。向こうは攻撃されたと思って、攻撃してくるだけである。そのようなことを指摘しても、衝動的に口に出てしまうようである。妻と話していても、心の交流のようなものは感じない。別に私が話さなくても、AIを相手にした方が良いのではないかと思うようになってきた。病院はタブレットの持ち込みはできるので、それを使えば私に電話を掛けるまでもないと思うのだが、まあそうはゆかないだろう。向こうは多分私と話したがっているのだろう。病院でも話を聞いてくれる看護師さんは少ないようである。主治医もほとんど話を聞いてくれないようなので、AIに頼るのがマシなのではないだろうか。元々依存体質なのですぐに依存してしまいそうではあるが、それでも心の平安が得られるのならそれもありかと思う。今の精神科医療はかなり破綻している感じなので、せめてAIを取り入れて、患者さんの話を聞くようにしたら良いのではないかと思う。うまく使えば、患者さんの状態を把握する助けにもなるだろう。また、患者さんの治療にもつながるのではないかと思う。今は萬膳と薬物療法をやっているだけのように思われる。夏の暑さゆえの妄想かも知れないが、ふとそんなことを考えた。
2026.08.01
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先日、後期高齢者の保険証が送られてきた。書留なので、郵便局の本局取りに行ったが、平日の営業時間中だったので、空いていると思ったら、同じ用事の人間で溢れかえっていた。施設がコピーが欲しいとのことで、家に置いていても仕方ないので、行って預けてきた。その日は、母親は耳が余り聞こえなかったので、集音器を使って何とか話をした。夕方、妹が電話した時はちゃんと話ができたとのことで、1日のうちでも変動があるようである。その日の夕方は、上京する途中で妹の家に寄った。三人で外食をしたが、食事中に夫が少し不穏状態になった。最近、増えているとのことである。夫婦二人だけだと、妹もパニックになってしまうようだ。大声を出されたらとか、他人とトラブルになったらとか色々と考えてしまうようだ。家に帰っってからも、また不穏状態になっていた。妹も母親や妻同様完璧主義的なところがあり、手を抜くというのが苦手なようだ。身につけたものは毎日洗濯している。全自動とは言え、何度も洗濯を繰り返していた。夫に手がかかる分、家事の要求水準は下げていった方が良いのではと話した。余り、干渉しても本人のやり方があるので、控えめにしておく。夫はデイケアに行ったので、妹と一緒にランチをして、色々と話しを聞く。話し相手が余りいないので、ストレスを溜め込みがちである。病気の進行がこのところ速くななってきたように思われる。なるべく話を聞く機会を作ろうと思っている。その後上京して兄のところに一泊する。兄も私同様溜め込み症である。今は二世代住宅に一人で住んでいるが、四部屋は荷物が入口まで溢れていて入ることもできない。高齢者の一人暮らしであるが、私も同様で、大変さがよく分かる。その後、子どものところに行き、一泊して帰ってきた。子どもも溜め込み症である。遺伝なのか環境なのかは分からない。いずれにしても、我が家を含め、どこも大変だなと思った。ところで、今回は妻にも告げていたので、電話は掛かってこなかった。外泊についても何も言ってこない。余りしたいとも思っていないようである。日々の暮らしが安定しているのが良いのかも知れない。楽しいとか嬉しいとかの感情が鈍っているのであろうか。将来の展望もなく、日々を暮らしているという印象である。入院していたら、こちらとしては楽ではあるが、將に将来の展望が立たないのである。
2026.07.28
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私は子どもの頃から、片付けが苦手で、色々なものを溜め込んできた。妻はどちらかと言えば、物を処分して整理する方だったのだが、段々と整理しなくなってきた。母親は家計簿をきっちりつけて、レシートもほぞんしていたが、最初はその真似をして、きっちりと家計簿をつけようとして、私にも強要していた。段々と家計簿はええ加減になり、レシートだけを取っておくようになった。私もずっとそうしてきたが、このレシートが必要になることはないだろうと、先日ようやく気がついた。妻は、コロナの頃から溜め込むようになった。今、消毒その他の機材が山のように蓄積している。食べ物や水も山のようにあり、それらの期限が切れてしまっている。最近、それらを出してきては期限の切れたものを食べている。健康問題はどうなのかと少し心配にはなるがまあ、何とかなるだろうと。手洗い用の石鹸もたくさんあるが、普段私は石鹸を使わないので、いつまでたってもなくならない。次のパンデミックまで保管しておくしかないのだろうか。あるいは災害時の備えと考えればよいのだろうか。ところで、先日母親に後期高齢者の保険証を送ってきた。書留だったので、本局に取りに行かねばならなかった。時間外に行くと窓口はすごく混んでいることが多いので、昼前に行くことにした。以前は誰もいなかったのだが、今回はたくさんの人がいた。見ると、同じ紙を持った高齢者であった。一斉送付されたので、受け取りそこねた人が一斉に来ていたのである。空いているだろうと、本も持たずに来たことを後悔したが仕方がない。男性が多かったが、こういう場所に慣れていないようで時間がかかる。いつもは家に居るのに、この時だけ留守だったなどと文句のようなことを言ったり、身分証明書が中々出てこなかったりして時間がかかる。すでに済んでいる人が戻ってきて、自転車置き場の使い方が分からないと係員に訴えている。係員は一人なので、邪魔されては困るので、私は次の番なので、側で待っていたが、とりあえず使い方を教えに外に出る。普通に出せて戻ってきて、私の板になったと思ったら、他の人も使い方を教えてくれと言う。行くことができないので、口で使い方を伝える。自分のを受け取って出てみると、何とか出せたようである。高齢男性は普段から雑用をしていないので、世の中の変化についてゆけていないようである。私も、余り他人のことを言えたものではないが、一人暮らしをしている分、まだましなようである。でも、仕事の方では、AI化においてかなり遅れを取っている。
2026.07.18
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私は溜め込み症の傾向があり、ものを整理したり処分したりするのが苦手である。今妻の実家の管理をしているが、我が家が一杯になり、段々とそちらに進出し始めている。冷凍庫はすべて渡しが使っている。母親の残していったものはほぼ処分したのだが、その後私の物が増えだした。部屋にはも我が家から溢れたものが進出してきている。何とかしなくてはいけないと分かっているのだが、中々対処できていない。ものがないと不安なのである。これは子供の時からのように思う。私の問題点である。私の兄も今同様の状態になっている。遺伝的なものなのだろうか。私が時々訪ねていくので、何とかそれに対処できる程度にはしているが、やはり物が溢れている。妻の母親もものを溜め込むほうではあるが、まだましではある。妻は昔はものを捨てて片付けていたが、段々とやらなくなって、私が溜め込む方が勝ってしまった。私はやすいものがあると大人買いしてしまう。余りそれは良くないとは思っているのだが、中々止めれない。妻が退院してくるまでに、家の方が破綻してしまう可能性もないではない。妻との関係でのストレスで買い物依存症になっていたのも事実であった。それは、そのことに気づいて何とか脱することはできたのだが、溜め込み症の方は中々強敵である。
2026.07.10
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一昨日は、庭の花を持って、母親の面会に行ってきた。今回は、反応も良く、補聴器なしでほぼ普通に会話できていた。以前は、補聴器をつけていても中々通じなかったのにどういうことなのだろうか。聞きたくないことは聞こえない人であった。それからすると、聞こうという気になっていたということなのか。庭の写真への反応も良かった。難病の書類の更新が市役所から来ていたが、かなり面倒なものでよく分からなかったので、ケアマネジャーさんに聞いたら手続きをしてくれるとのことで助かった。色々なことで施設の人やケアマネジャーさんには助けられている。庭は雑草がものすごく、電動草刈り機で刈ってはいるが、とても太刀打ちできない。必要な場所だけ維持する方向でやっている。ドクダミは手で刈って、ドクダミ茶にしている。野菜は色々と植えたが、何とか育ったのは、小松菜とインゲン豆くらいであった。にわか百姓では中々うまくゆかない。それでも、庭の管理のモチベーションにはなっている。最近は、トクリュウなど、ややこしい問題があるので、留守宅の管理もきを使う。まあ、親から継いだ家はあるが、金はないので、襲撃対象にはなってはいないと思うのだが。トクリュウでなくても、留守宅を狙う空き巣は多いようである。私も、家に入る時は、泥棒が中に居る可能性を考えながら入っている。少量の現金はわざと置いてある。警備会社と契約しても、どの程度抑止効果があるのか分からない。泥棒が入った後には来てくれるだろうが。以前見守りサービスに加入していたことがあった。母親と連絡が取れないとのことで、私にも電話が入ったようだが、出れなかったら、警察に電話したため、妹からの電話で私が家に駆けつけると、鍵を壊して入ろうとしているところであった。見守りサービスに鍵を預けてあったが、来てくれたのはしばらくしてからであった。センサーがあって、24時間検知しなかったら、見守りサービスに連絡が行くようであった。母親はショートステイに行っていたので、これに引っかかってしまっていた。私が雨戸の開閉に行っていたので、分かっていたらセンサーの前を通っていたのだが、そこまで気づかなかった。結局、使い勝手が悪いまま終わってしまった。第三者に頼むというのは、中々難しいようである。
2026.07.04
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妻は一月ほどで体重が5キロくらい増えたとのことである。結構間食をするようである。楽なことは一度始めるとすぐに習慣になってしまう。間食を止めれば良いだけの話なのだが、それができない。それにしても、あまりに急激なので、他に何か病気でもないか心配ではある。小遣いは千円札でたくさん持って帰ったのだか、それがもうなくなったとのことである。マイナ保険証にしていないので、保険証の期限のもんだいもあるので、そろそろ面会に行かないといけない頃かも知れない。今は我が家も少しはきれいになっているので、外泊も良いかもしれない。昨日、排水管の清掃があったので、2日かけて大掃除をしたのである。昔は妻は潔癖症という感じで、掃除をしていたが、いつの間にかやらなくなっていた。何事も持続しないのである。片付けなければならない、妻はこうしなければならない、などねばならないという考えだけでやってきたのだろう。昔は、私が家を汚すと良く文句を言われていた。でも、最近は私しか掃除をしなくなった。私は必要になれば楽しく掃除している。妻は義務感からいやいや掃除をしていた。結局、その違いが今の状態に現れているのだろう。母親は世間体を気にする人だったので、義務感も持続したのであろう。妻も昔は世間体を気にしていたが、段々と余裕を失い、木にしなくなっていった。そうなると、義務感だけではつづ中区なってしまった。ポジティブに考えることができない人なので、掃除をすることに楽しみを見出すことができない。私は、好きな音楽を聞きながら、きれいになってゆくのを楽しみながらやっている。その違いが現在の状況をもたらしたのだろう。そうして、仕事を失い、友人も失ってきた。でも、そのことに気づいていない。入院している現在は、入院中の生活しか頭にない。こうした状況で、どうすれば退院に持って行けるのだろうか。最近は、妻のことを余り考えなくなってきた。去る者は日々に疎しである。一人での生活ができてきている。そうなると妻が入ってくる余地がなくなってくる。妻は一度結婚したら、その権利はずっと守られると思い込んでいるようだ。だから安心して好き勝手やっているように思われる。母親も妻も楽しむことのできない人間のようである。母親は施設で今は穏やかに暮らすようになっている。せめて妻は残りの人生を楽しんで過ごせるようになって欲しいものだ。
2026.06.28
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この週末は、東京にいる兄と名古屋にいる妹のところに行ってきた。雨がかなり降っていたので大変だった。また、新幹線が止まったりしたが、何とかそれは免れた。荷物が多いので、キャリアで持って行くのだが、そうすると膝に負担になってしまう。でも、持つよりはましなので仕方がない。この年になると、兄と会うのも一期一会の思いがある。私にしてもいつまで行けるか分からない。それはお互い様である。妹の方は、夫の認知症が進行してきている。鏡に写った自分の姿に向かって怒りの声を上げたりしていた。また、混乱することも増えている。妹は余り柔軟性がないので、大変である。毎日服は上下とも選択しているようである。まあ、それぞれのやり方があるので口出しはしなかった。とにかく、しんどい話を聞いてきた。他にそのようなことをしゃべる相手がいないようである。孤立してしまうと良くない。また、心に余裕がないときつく当たってしまう。まあ、できるだけ話し相手になろうと思っている。私と同様にメカトロというか、私よりも好奇心がないので、もっとメカトロのようである。スマホを使っているが、電話とメールくらいしか使っていないようである。音声入力や写真入力などを教えたが、余りする気はないようである。母親同様新しいことは苦手で、慣れたことが良いようである。チャットGPTくらいに相談したら少しは気がまぎれるのではないかと思うが、それはまったく無理なようである。自分のやり方がきっちりと決まっているようである。それで、夫もコントロールしてきたのであるが、若年性アルツハイマーになってしまったので、それらのことが裏目に出てしまっているように思う。何でも手を出していたので、今は嫌でも手を出さざるを得なくなってしまっている。そして、信用することができないから干渉してしまう。任せるというのは苦手である。妻よりは母親からの影響は少なかったとは思うが、どうしても家族からの影響は受けてしまっている。信仰を持って、それに支えられて生きてきている。その分、毒は薄まっているように思う。今度の旅行中は妻は電話をしてこなかった。やればできるのである。
2026.06.21
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毎日のように妻から電話されるのは結構負担である。都合が悪ければ、その旨を言えば良いのであるが、そうすると私の行動が把握される。実際にはどこに行くとは言わないので、把握はされないがプレッシャーを感じはする。まあ、今はこの電話と便りにしている看護師さんとの会話で何とかやっている感じである。親戚の叔母さんから手紙が来ていた。この2年間何も連絡していないので、心配されている。以前は自分から電話して訪ねて行ったりしていたのだが、連絡も取っていない。電話が掛かってきても、留守電にして返信していない。これは母親も同様で、施設に入所していることは誰にも知らせていない。妹がある程度は電話して知らせたようである。今時々実家の窓を開けて換気している。締め切っているとどうしても匂いがこもってくる。最近また、草刈り機を使い始めた。どうしてもジャングル状態になってしまうので、通路の確保をしなくてはならない。以前からやっているが、母親はそれについてはお礼を言うだけである。妹にはお中元、御歳暮を送っていた。妻も色々と働いたが、それに対しては、お礼どころか文句をつけたりしていた。自分の思ったとおりにしないと許せないようである。父親は妻にちょっと小遣いをくれたりして気を使ってくれた。母親は決してそんなことはしない。草刈りについては、シルバーさんに頼む話が何度も出ていたのだが、いつも断っていた。ただでできる方が良いからなのだろう。でも、シルバーさんに頼むと暑い中大変だからと言っていた。私の家事代行も無償のものであった。別にお礼が欲しくてやっている訳では無いが、まあ、この人はこんな人だと思ってみていた。外の人にはすごく気を使って良い人だと言われている。内に対しては気を使わない人であった。妻同様内弁慶というか、内の人間は大切にしない人である。
2026.06.14
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先日は母親の面会に行ってきた。いつ行ってもテレビをつけて起きているが、見たり聞いたりはしていないようである。前回は競馬中継で、今回は国会中継であった。見たいという意欲はないようで、ただつけてあるだけのようである。元々、意欲的ではなく、義務感で物事をやってきた人である。テレビは定時のニュースを見るくらいであった。まだ、耳が聞こえている時はNHKの連続ドラマなどは見ていたようだが。今回も庭の花を持って行ったが、前回ほどには反応はなかった。また、写真を見ても同様であった。調子の波もあるのかも知れない。それでも、回想法になると思ってやっている。妹は夫を連れて来るのがかなり負担になってきているので、中々面会には来られない。母親も別に気にはしていないようである。今は、すべてのことがどうでも良くなってきているようである。こうして平安が得られるのかも知れない。妻もこの平安さを身につけることができれば良いのだが。相変わらず毎日のように電話してくる。最近電話の時間が長くなってきている。少しストレスが溜まってきているだろう。でも、病院の生活に慣れて、外泊とかも求めてこない。毎日何をするか自分で考える方がしんどいのかも知れなない。病院にいれば毎日の生活はほとんど変化がない。だから不安が少ないとも言える。それでも、その不安は眼の前のことだけのようである。家にいれば先のことが次々に不安になってくる。電話や手紙など色々な情報も入ってくる。妻のねばならないで生きてきているから、それが少ない方が生きやすいのだろう。やりたいこともないので、家に帰っても帰らなくても余り変わらないのだろう。楽しいと思われるようなことでも、楽しむことができないので長続きしない。仕事においても、子育てにおいても、遊びにおいてもそうだった。遊びなどは楽しくないのだろうかと思うのだが、何か不満を見つけていたようである。喜ぶという感情はかえって落ち着かなかったのだろう。不平不満の方が慣れた感情なので仕方ないのだろうか。旅行や外食や、一緒に何かすることも次第になくなっていった。母親の影響を余り受けていない、子供の頃に戻って、やり直さないといけないのだろう。
2026.06.06
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妻は最近、少し外出をするようになったようだ。院外も届けを出したら、どこにでも行けるようなのだが、届けを出すのは嫌なようで、近所に少し出るだけのようである。でも、今まではいくら言ってもやろうとしなかったのが、言わなくてもやるようになった。信頼している看護師さんにでも言われたのだろうか。いずれにしても良いことである。これが、退院に向けて初めて自分から取り組んだことなのではないだろうか。今年、妻の誕生木に実った一粒の杏の実は果実酒に漬けた。ちょうどそのくらいのインパクトと言った感じである。ほんの一歩にいか過ぎないけれど、今まで自分から何かしようとはしなかったので、0から1になった訳で、これはものすごいことのようにも思う。依存心が強く、他人をコントロールしようとするので、気をつけなければならないが、何とか次につながって欲しいものだ。また、妹へのメールも止めたようなので、これも一歩の進歩である。こうして、一歩一歩焦らずに進めてゆかねばならないのだろう。私の生活は悲惨な面もあるけれど、比較的安定していて、ハッピーにはやっている。妻が帰ってくるのは、はっきり言えば困るのだが、入院したまま人生を終わって欲しくはない。気持ちを入れ替えることができれば、一瞬にして良くなると思っているところもある。だから、医療よりは宗教の方を当てにしているようなところもある。今、実家の庭での畑作がかなり癒やしになっている。妻も帰ってきて、こちらに注意を向けることができれば少しは安定しそうに思うのだが。でも、それには第三者を入れて、一人暮らしを支えてもらわないといけないだろう。妻と同居するというのは、はっきり言って怖くてできない。本当に、一日一日命を削られるような感じであったから。病院では主治医とまったく噛み合っていないようである。主治医は一体、何の病気だと思っているのだろう。退院させようとしないことだけが、私にとっては助かっているのだが。近い内に、母親の衣替えをしないといけないようである。
2026.05.30
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今も相変わらず、実家の雨戸の開閉に朝夕通っている。ただ、今年は庭を耕して、野菜を植え始めた。すでに、チンゲンサイと小松菜を収穫している。その他、インゲン豆も実り始めている。また、ドクダミをお茶にすることも始めた。庭の至る所に生えていて、その生命力は驚異的である。収穫するようになるとその生命力がありがたいものである。お茶の味は独特なものではあるが、不味いという程でもなく、なにとか飲めている。薬効もあるようである。プランターでも、ルッコラやベビーリーフが終わり、南京が花を咲かせている。庭の雑草はもうコントロールすることはできなくなっている。ヌスビトハギだけは探しては抜いている。他のものは、そのうちまとめて草刈り機で刈るつもりである。庭の管理は今までは重荷でしかなかったのが、今では楽しみになっている。庭の花などの写真を撮り、時々花を持って母親の面会に行くようになった。庭のことも中々思い出せないが、写真を見ては思い出そうとしている。ボケ防止になるのではないかと思っている。過去の日記を見ていたら、母親の世話も結構大変だったようである。その都度、その都度、腹を立てたりしていたが、すぐに忘れてしまう性格なので何とも思っていなかったのだが、記録で見ると大変だったなと思う。これは妻との関係に置いても同様である。過去の日記を見ると、とても一緒には暮らせないと思ってしまう。今を見て、余り過去や未来に目を向けない生き方をしている。現実に耐える力にはなるのだろうが、計画性がないのが弱点のようである。もう少し、計画的に生きていたら、もっとまともなことができたのではないかと思うこともあるが、仕方がない。ところで、妻はゴールデンウィークの頃から、妹に送っていたメールを止めたとのことである。夜の電話に出てほしいというメールを送り続けていたとのこと。実際に電話してくることはなかったとのこと。何度か止めるように言ったのだが無視されていた。ちょうどこの頃に、子供に会いに行くので、四・五日電話をするなと言っていたのだが、それと関係があるのかは分からない。いずれにしても、強迫的に続けていたのであるが、いずれにしても止めたのは良いことなのだろう。今更、妹との関係の改善は難しいが、少なくとも人の嫌がることをしないのは原則である。
2026.05.23
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このゴールデンウィークは娘に誘われたので、娘のところに行くことにした。ゴールデンウィーク中なのでジパング倶楽部が使えないのが痛かった。名古屋の妹のところに一泊し、翌日は中央本線で上京した。特急などは使わなかったので、ジパング倶楽部よりも少し安く行けたようである。娘の方は、夫が連休中友人たちと海外旅行に行ってしまうので、誘ってくれたのであるが、まあ、それでも初めて家に行くことができた。二人ともマイペースでやっているので、ぶつかることも多いようである。それでも、夫はほぼ在宅勤務で、食事などは作ってくれるようである。私の目からすればありがたい亭主なのだが。病気の野良猫を保護して飼っている。手術代が80万円ほどかかったとのことであった。今までは、夫の妹が近くに住んでいたので、留守をする時は猫の世話を頼んでいたのだが、引っ越ししてしまうので頼めなくなると言っていた。妻の実家は動物を飼育した経験がないようである。それが、妻や母親のような人間形成に影響したのではないかと密かに思っている。我が家は犬、猫は飼えなかったが、リスやハツカネズミ、魚、虫などできるだけ生き物を飼うようにした。これなら、預けるのも楽だったので、旅行にもいけたのである。まあ、それはそうとして、今度の夏休みに娘夫婦は海外旅行に行くようで、猫の世話をしてもらえないかと尋ねてきた。病気の猫なので管理が難しいようには思うが、手伝っても良いと伝えた。妻は旅行中は電話をしてこなかった。何かあれば、電話かメールをすると言っていたが、何もなかったのだろう。娘と妻との関係はほとんど切れてしまっている。まあ、ある意味虐待に近いことがあったようである。別に身体的に暴力をいつも振るっていた訳では無いが、虐待というよりは過干渉というか、過管理ということであろうか。これは私もされてきたのであるが、子供なのでその影響は大きかったようである。連休最後の母の日は庭の花を持って、面会に行ってきた。NHKで競馬を見ていたが、これはつけっばなしにしていたためのようである。妻とは違い、今では色々なことを手放し始めているようである。要はもう、どうでも良いということである。考えるのも面倒なのだろう。妻も90歳を過ぎたらそうなるのだろうか。
2026.05.16
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今日はこれから、妹のところに寄り、翌日は子供のところに行き、その後兄に会って帰る予定にしている。連休中でジパング倶楽部が使えないので、行きは各駅停車で行こうかと思っている。帰りはさすがにしんどいので、仕方なく新幹線の予約を取った。この間、妻から電話は掛からないことになっている。このことは妻にとっては青天の霹靂だったようである。まあ、何かあれば掛けてくるだろう。普段からそれなら良いのだが、用事がなくてもいつも決まった時間に掛けてきていた。これはかなり強迫的な感じがしている。少しでも自分の行動をコントロールできるようにして欲しい。子供と電話で話していたら、離婚はしないのかと聞かれた。母親には余り良い感じを持っていないのだろう。こんな状態になっても離婚しない方がかえって訝しいのだろう。子供は姓を変えたくないので、籍は入れていない。妻にすればすごく不安なことのようで。仲がうまくゆかなくなれば離婚になるという不安があるのだろう。逆に言えば、籍を入れていたら、仲が悪くなっても離婚されることはないと踏んでいるのであろう。今の状態は完全に破綻しているように思う。何故離婚しないのだろうか。妻が拒否するからか、面倒なのか、可哀想なのか、世間体を気にしているのだろうか。少なくとも世間体は気にしていないようには思う。人付き合いは自分からは余りしないし、SNS等もほとんどやっていないので、世間が狭く、また気にもしていない。妻が拒否するというのが一番大きいのだろう。離婚の話もしたことはあるのだが、断固拒否という感じである。しがみついている感じであった。でも、離婚されないために何かをするのでもない。一方的に離婚されることはないと思っているのだろう。離婚すると母親との関係がややこしくなる。今は完全に私がキーパーソンになっている。家の管理等も任されている。離婚するとそれらをする謂れもなくなる。ただ、だからと言って放棄する気にもなれない。今は長女の夫という立場で、色々な鉄続きをしているが、これが長女の元夫となるとどうなるのだろうか。基本的には赤の他人ということになるのだろう。まあ、今は離婚しなくてもそれほど困っていないからということであろうか。
2026.05.01
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先週面会した後、看護師さんから穏やかな感じになっていると言われたとのことである。久しぶりに面会して話せたのと、お菓子があり、金もあるから安心したのかも知れない。もっと面会に行った方が良いのかなと思わないでもないのだが、余り会いたいとも思わないのが実際のところである。十年日記をつけているので、時々過去の記事に目がゆくのだが、そうすると昔から妻はひどい状態だったのだと気がつく。しんどくても忘れてしまっているのである。向こうも追い詰められていたのだろうが、私も追い詰められていた。暴力や自殺企図、迷惑行為が頻発していた。私は前を見て生きてゆく方なので、嫌なこともしばらくしたら忘れてしまう。そうだから、このような状態が長く続いてしまったのではあるが。これが他人だったら離婚するように勧めるだろう。妻は結婚ということにものすごくこだわっている。結婚していれば、離婚されることはないと思っているようだ。関係が破綻していても法律が守ってくれるとでも思っているようだ。子供は、姓を変えたくないとのことで事実婚をしているのだか、妻からすればいつ捨てられるかわからないとのことである。籍さえ入っていれば何とかなると思っているようだ。離婚届を見せて、改心を促そうと思ったこともあったが、面倒なのでやっていない。ところで、この週末は事務仕事が溜まっていたので、2日かけて何とか処理することができた。この手の仕事はネットを使わないとできないようになってきたので、メカトロの私としてはかなり大変な作業になる。今日もWIFEの調子が悪く、仕上がりかけていた仕事がまた一からやり直しになってしまった。面倒なことはつい後回しにしてしまうので、溜まってきて一気にやらねばならなくなる。これは正確なので仕方がない。書類を探したりすると、昔妻が整理してくれていたので助かっている。そういうことができていた頃もあったのである。段々と舐めるようになり、やらなくなってしまってきた。二人の関係は余りよいものではなかったと思う。私は我慢して文句はいわない質なので、妻は舐めてしまう。もっと厳しい夫ならこんなことにはならなかったのかも知れない。ただ、父親に似た、優しい人間を求めたようである。
2026.04.26
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今日は久しぶりに妻の面会に行ってきた。お金と菓子と靴下と手紙を持って行った。相変わらず、抜毛をやっているので、ほとんど毛は生えていない。習慣なのでほぼいつも頭に手をやっている。両手を組み合わせるように注意したが中々難しい。他人の言うことは、いつもながら聞こうとしない。趣味を持つように勧めるもその気はないようである。タブレットの持ち込みをしたらと、看護師さんに言われているが、盗られたら困るので持ってゆかないようである。プライバシーの漏洩を気にしている。今度、数独でも持ってゆこうかとも考えている。自分から何かしようとはしないので,外泊や退院も人任せのようである。退院しても別にやりたいこともないようである。モチベーションがないと難しいようだ。入院して十数キロ体重が減ったとのことである。とにかく抑制が効かないので、物があれば食べ続ける。なければ階下にあるコンビニに買いに行くこともあった。その時だけは一人でも外出していた。妻には、退院しても同居するのは難しいと伝えている。正月に外泊した時にも、私がテレビを見ていると嫌がったし、趣味のことをしていても嫌がっていた。そんなことをするよりも話をしたいとのことであったが、話をしても話すことがないというのが実情であった。何度も話をしようとはしたのであるが、そういう時は話そうとしないのに、話ができない状態になると話をしたがっているのにと思うようである。実家で一人で暮らすのは怖いとのことである。元々怖がりで、これは父親譲りのようである。私が実家で暮らして、妻が今の家で暮らすこともできると伝えたが、余り反応がなかった。訪問看護やヘルパーを入れれば、可能ではあろうが、本人にやる気がないと難しい。結局のところ意欲がないのである。母親にコントロールされて、自分の意志で何かをすることが余りなかったせいなのではないかと思っている。まずは、歩くように提案したが、まず実行しないだろう。
2026.04.19
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相変わらず実家の庭のことを毎日のよいにやっているが、草刈りとは違い精神的には楽になっている。庭のプランターでも、苗が育ちつつある。妻が帰ってきて、園芸療法をやってくれたら良いのであるが。母親も庭の畑をやっていたが、ほとんどは誰かが実際の作業をやっていた。水遣りだけはやっていた。これはこだわりがあったようである。しんどいと言いながらも、スプリンクラーの使用は拒否していた。庭木へも毎日水遣りをしており、それをしないと枯れると思っていたが、実際にできなくなっても庭木は枯れなかった。まあ、本人の健康のためには良かったのかも知れないが。以前、一週間くらい留守をした時に、私が水遣りを頼まれて、ちゃんとやったつもりだったのだが、庭木が一本枯れて、私の責任にされてしまった。ちゃんと水遣りをしていたし、そんなので枯れることはないと思ったが、仕方なかった。でも、こうして水遣りをしなくても、一本も枯れないことが証明されて、私の冤罪は晴れたと思うが、そんなことはもう忘れてしまっているだろう。昨日は、妹夫婦が母親に面会に来た。昼食を一緒に食べたが、夫の認知症が進行してきているのがよく分かった。ちょっと話しただけでは普通に見えるのだが、色々とできないことやこだわりや混乱が増えている。妹は今までも手を出すことが多かったので、今は一層手を出さざるを得なくなっている。最近は母親が落ち着いているので、妹からのメールは少なくなった。夫の介護のために仕事も辞めてしまった。辞めなくても良いのにとは思ったが、今までの妹と夫との関わりからすれば仕方なかったのだろう。過干渉だったので、今更本人に任せることはできなかったのだろう。妻が入院して2年が過ぎた。今度久しぶりに面会に行く。金がなくなってきたので持ってきて欲しいようである。それがなければ別にどうでも良いのであろう。余り行かなくても済むように、多めに持ってゆこうかと考えている。ただ、千円札で持って行かねばならない。最近は、現金を使うことが減っているので、わざわざ一万円札を崩して作らねばならなない。退院についての話をしたいのであるが、前回面会の時はそんな話をできる感じではなかった。退院したら、一人暮らしをしてもらうしかないと思っているので、それなら入院している方が良いのかも知れない。まあ、今回もどんな話ができるのやら。
2026.04.10
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新年度になったが、今年も定年延長で首がつながったので、少なくともまだ一年は働くことになった。収入がなくなったら今の生活を維持してゆくのは難しいだろう。それと毎日、何をするか考えるのも大変である。今は、習に3日くらい働いている。だから毎週末は4連休になることが多い。仕事がある時は、連休があるとありがたいが、これが毎日となるとしんどくなるように思う。妹は夫の介護のために仕事を辞めてしまったが、かなり精神的にはしんどくなったのではないかと思っている。すべてを管理したがる方だから、それはそれで忙しいのかも知れないが。母親の面会に来るのは大変になってきているようで、最近は来ることがなくなった。まあ、母親も落ち着いてきている。というか、気力が低下してきている。先日、庭の花を持って面会に行ってきた。庭に何があったかも忘れてきているようである。昔のことわ思い出すように刺激した方が良さそうである。妹から電話がかかってきたことがないというので、チェックしてみたら、出ていないだけであった。そう伝えると、最近はしんどいと電話を取らないと言い訳していた。その後、妹が電話したら通じて、花を喜んでいたとのことであった。私が来たことは覚えてくれていたようである。そろそろ妻の面会にも行かないといけないかなと思っている。今の母親の状態なら妻と会っても喧嘩にならないかなと思われる。もっとも妻も母親と面会したいとは言わないだろう。このままでは、母親が死ぬまで、妻に会うことはなさそうである。それが良いのか悪いのか難しいところである。母親だけではなく、娘ともしばらく会っていない。ましてや、友人とは音信不通になってしまっている。大学の同級生は元々苦手にしていた。高校までは楽しかったようであるが、やはり人付き合いは苦手にしていた。外面が良いので疲れるのだろう。色々な人間関係を切り捨てて、どんどん孤立化してきている。今や私だけが社会との接点のような感じで、後は今の病院での人間関係だけである。病院では二三人の話を聞いてくれる看護師さんがいるだけのようである。不安に支配されて、何も考えなくなっているように思える。どうしたものか。
2026.04.04
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相変わらず畑仕事を続けている。ようやく芽が出てきた。これからは雑草との戦いになりそうである。確かに園芸療法は心に豊かさをもたらしてくれるように感じている。来週は母親が大学病院を受診するが、施設の方に任せようと思っている。時間を作ることはできるのだが、余りそうする気がしない。去る者は日々に疎しというところであろうか。頼めるものは頼んでしまいたい心境になっている。先日ある会合に行ったら、同年輩の人が、余り外出しないようにしているとのことであった。私は逆になるべく外出しようとしている。膝も悪いし、家に居る方が楽ではあるが、そうしていたら歩けなくなるのではないかと思っている。昔から、年寄は「きょういくときょうよう」が大事とよく言われるが、まさに用事を作って出かけないとフレイル爺になってしまう。妻からは一度面会に来いと言われている。足りないものも色々あるとのことであるが、特に用事はないようである。会ってちゃんと話をしないといけないのではあるが、会ってもろくな話ができていない。そのような話を受け付けなくなってきているように感じている。そのような話というのは、病気を良くして、退院するということになるのだが。病気を良くしようという意欲は感じられない。私がだめというから帰れないという認識しかないようである。平均寿命からすると私の方が十年くらい早く死ぬことになるのだが、入院のまま私が死ぬというのは避けたいものである。私が死んでしまえば、妻がどうしようと、後は野となれ山となれなのである。実際私が先に死ねば困るのは目に見えているのだが、どうしようもない。子供に迷惑を書けることになるのは避けたい。子供には面倒見なくて良いとは言ってあるのだが。妻の今の関心は血圧のようである。こうして、その時その時に関心を引くものがあり、それに気を取られているうちに時間が経ってゆくようである。そういう私も段々と刹那的に生きるようになってきている。
2026.03.27
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実家の庭で畑をやるようになり、作業をする日は朝夕の雨戸の開閉が余り苦にならなくなってきた。また、雑草の駆除も目的意識ができたのである意味楽しんでやっている。庭は最近まで冬の色をしていたが、このところ急に緑色となり、ものすごい勢いで草が生えつつある。これから畑を守るだけで手一杯になるだろう。妻が帰ってきたら、園芸療法として受け継いでくれたら良いのだが。最近は外泊すら言わなくなった。お金がなくなってきたら面会に来てと言うのだろうが。とにかく意欲がないので、退院や外泊もしたいと思わなないようである。毎日のことに忙殺されているようである。一番に新聞を読み、朝の排便に気を使い、相手をしてくれる数少い看護師の暇を伺うくらいのことしかしていないようである。今は入院費は1月6万円前後を払っている。母親の方はトータルすると20何万円になっていると思う。施設だけで20万円くらいだが、レンタルや医療費その他が掛ってくる。だから、もしも妻が退院してきて施設に入るとなると経済的はかなりしんどくなる。もちろん家で生活できるのであれば、色々なサービスを利用してもかなり安くなる。私は古希を過ぎているが、体の動くうちは働こうとは思っている。ただ、妻の将来に明るい希望がないのがつらい。同居すれば私のあらゆる活動が制約を受けることになるだろう。今は、何でも一人でやらねばならず、また、妻や母親の面倒も見なければならないが、まだ自分のやりたいことがかなりできている。やりたいことができず、やらねばならないことばかりになるとかなりつらくなる。妻も母親もやりたいことをやらず、やらねばならないことばかりやってきた人たちなので、私の気持ちはわからないだろう。今は病院と施設が面倒を見てくれているので、普段はかなり自由に生きることができている。母親も、もう家のことにまで気が回らなくなってきているようである。電話が掛ってくることもないし、面会に言っても余りしゃべることもない。妻は毎日のように電話してくるが、会話の内容はほとんどない。つながっているという安心感だけのようである。いよいよ、来月は2年目に突入である。今までこんな長期になったことはない。どうなってゆくのだろうか。
2026.03.21
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4月になると、妻が入院してから丸2年になる。今は、外泊とも退院とも言わなくなってしまっている。別にそれが楽しいとか嬉しいことでもないのだろう。失感情症とでもいうのだろうか。母親も怒りとか悲しい以外の感情は余り表現しない人である。嬉しい、楽しいというのは余り見たことがない。楽しくも嬉しくもなければ別に退院したいとも思わないのだろう。聞けば退院したいとは言うと思うが、気持ちが伴っていない感じである。最初はどうしたら退院できるか、どうすれば良くなるかを考えていたが、解決方法は見つからなかった。私自身が変われば何とかなるかとも思ったが、日記を読んでいて、当時の切迫した状態を思い出して、とてもそんなことで受け入れるのは難しいと思った。今は、社会資源を活用して一人暮らしで、実家で生活してもらうか、施設に入るか、入院を継続するかくらいしか思い浮かばない。後は、退院させて、離婚するかである。入院中の離婚というのは顰蹙ものである。このところ、私自身かなりしんどくなってきている。妻も丸2年だが、私も丸2年なのである。疲労が蓄積してきた感がある。酒を飲む頻度がこのところ少し増えてきている。しかし、アル中にならないように踏みとどまっている。食事も一週間単位で繰り返しているので、少し飽きてきている。家の中も汚れたままである。それでも、少しでも何かやろうと、実家での畑仕事を計画してはいる。妻は入院の長期化によって、廃人になって行っているように感じる。シャワーには外泊時に一回浴びるだけで、病院では使わない。下着も変えていないようである。毛は毟って丸坊主である。こんな状態では入れる施設もないように思われる。後は、宗教に頼るくらいしかないだろう。私としては、普通に平和に暮らしたいだけなのであるが、平和に暮らすというのはそれほど普通のことではないのかも知れない。母親は妻に取っては毒親のように思うが、子供にとって妻は毒親の進化形のようである。母親よりも強烈になっているように思う。母親は身内にはコントロールしていたが、外面は良かったが、妻はそれを保つこともできなくなっている。他人をコントロールしているうちに、自分をコントロールできなくなってしまった感じである。今は前頭葉が余り機能していない感じで、行動を抑制することができず、意欲も湧いてこない。子供の時から毒を浴びすぎたのだろうか。
2026.03.14
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先週末に上京して兄に会ってきた。酒を飲みながら話ができたが、お互いに色々と病気や痛みがあり、生きてゆくのも大変なものだと再確認した。帰りに名古屋に寄り、妹夫妻のところに泊まってきた。夫の認知症は結構進行してきている感じであった。脱いだばかりのコートが誰のか分からなかったり、服もちゃんと着れなかったりしていた。まだ、疎通性は保たれているが、進行が早いのではないかと心配している。妹も夫の病状に一喜一憂している。妹と話をしていて、妻と母親の和解は難しいだろう。どちらも自分のことしか考えられない。今はお互いどうでも良くなっているようだ。などと話をしていた。今後妹は一層動きが取れなくなってゆくだろう。夫はデイケアに馴染むことができていないので、これ以上は増やしにくいようだし、またショートステイも難しいようだ。お互い動きが取りにくくなってきている。ところで、上京の前後に母親に面会に行ったが、こちらは今のところ安定している。記憶がしっかりしている時とそうでないトキがるが、それ程は進行していないようである。以前に比べるとこだわりもましになってきている。要は、どうでも良くなってきている。だから面会しても、ちゃんとやっているかどうか確認することはなくなり、ちゃんとできなくても仕方がないというような言い方になってきている。鋭さがなくなってきているが、変な鋭さは本人にとっても、周囲にとってもあまり良いものではないのだろう。親戚の人から賢い人だと言われていたが、鋭さが出すぎていたということだろう。妻についてはどうして良いかよく分からない。他人に頼っていても仕方がないように思うが、かと言って私に何ができるのだろうか。色々と本を読んだりしているが、これと言った思案は出てこない。今までの経過を纏め、良かった頃のことを思い出し、それに回帰したいという気にならないかなとも考えている。全く見込みは立たないが、何かやってゆくしかないだろう。
2026.03.06
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旅行から帰ってから、まだ10日も経っていないのだが、すでにずっと昔の出来事のように感じている。年を取ると時間の流れが早いようである。振り返ることもあまりない。でも、まあ、行って良かったのだろうと思う。今は比較的仕事が暇になっているので、朝夕と実家で庭いじりをしていることが多くなった。私は歴史が好きであるが、織田信長が一向宗について根切りにせねばならないというようなことを言っている。それなりに分かったつもりになっていたが、今回庭仕事をして、これは雑草のことを言っているのが良くわかった。とにかく、地下の根の繁殖というのはものすごいものなのである。地表に出ているものはほんの一部にしか過ぎない。地下の根の針具合というのは恐ろしいものである。まあ、そんなことを考えながら庭を耕している。園芸療法とは良く言ったものだと思う。耕していると無心になれる。また、成果も目に見えるので、やりがいもある。入院して作業療法を受けていても、時間潰しに家の生えたもの程度でしかないように思う。何か自分なりに目標を設定できればよいのだろうが。園芸では作物ができるというのが、目標になるだろう。もっとも、私の場合はちゃんとできるかどうかは疑わしく、骨折り損のくたびれもうけになるかもしれないが。まあ、それでも今を過ごすことができている。それにしても、妻が入院してからもうすぐ丸二年になる。よく入院していることができるなと思ってしまう。退院したいかと聞けばしたいとは言う。でも、私が許可しないから出来ないという。しても構わないと言うと、何かモゴモゴと言っている。入院しているのはしんどいが、退院して何かしたいことがあるわけでもないようだ。退院してまた、引きこもるのも大変ではあるのだろう。退院したら、また何もせず私に依存するつもりのようである。こちらとしてはそのような生活には耐えられないので、帰って来るからには自立していて欲しい。同居するのは不安があるので、実家で一人暮らしをして欲しい。そこに色々な社会資源を投入して何とかできればと思っている。先日は、それに備えて配食サービスのお試しをやってみた。おいしそうなメニューで5日分が届いたが、これは材料の配達だったのだが、作るのが難しく、メニュー通りに作るのは断念した。私は調理は小学校の家庭科の時間に習っただけで、後は母親がやっていたことを見様見真似でやっているだけである。それでも、一人暮らしを長らくしていたので、大抵のものは作れるようになっていた。でも、最近はワンパターンの繰り返しになっている。今回のも作れないでもないだろうが、自分で揃えるべき材料が揃っていなかった。小麦粉は古くなっていたものを使い切ってなくなっており、以前妻がパンを焼いていた時の古い強力粉しかなかった。また、コンソメ大さじ一杯とあったが、冷蔵庫に確かにコンソメがそのくらい残っていたが、これもいつのものか分からないものであった。そんなこんなで作る気にもならず、グラタンを作るのは難しかったのであるが、たまたま買っていたマカロニグラタンの素を使って何とか誤魔化した。おいしそうなメニューは良いが、それを作るのはかなりハードルが高いことがわかった。専業主婦か、かなり料理のうまい人でないと使いこなせないなということが分かった。妻は結婚した時は私よりも料理は作れなかったが、その後料理教室に通って色々と作れるようなっていた。しかし、あまり作ってくれることはなかった。料理は技術だむではなく、人に食べてもらいたいという気持ちがないとだけなのだなと思った次第である。お金と時間の無駄でしかなかったのか。
2026.02.22
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春になってきたので、妻の実家の手入れを始めている。今年は畑をやることにしたので、今は雑草の枯れた音を掘り起こしている。これがものすごいもので、中々大変である。それでも今やっておかないと、成長し始めると太刀打ちできないようになるだろう。耕して、石灰を入れたりして土壌を改良している。まあ、いつまでできるかは分からないが、できるだけはやろうとは思っている。こんな場所が確保できるのはとてもありがたいことだと思っている。思えないようなら、今の人生は成り立たないだろう。先週は友人と4泊5日で旅行に行ってきた。妻には電話をしないように伝えておいた。どこに行くのか聞いてきたが、聞いたらしんどくなるだろうから言わないと言うと、それ以上は聞いてこなかった。留守中は電話してこなかったようであった。まあ、いつも用事がある訳ではなく、強迫的に掛けているので、実際に困ることはなかっただろう。帰ってきてから、行き先を聞かれたので伝えたら、そうかと言うだけであった。事前に知っていたら大騒ぎをしたであろう。いずれにしても不安になるのだから、具体的なものよりも漠然とした方が妻の場合には良いようである。普通なら行き先を知れば安心するのだろうが、妻の場合はぐるぐると思考が回ってしまう。旅行中は家のことも忘れて楽しむことができた。たまには良いものだと思った。妻が戻ってきたらこのようなこともできなくなる可能性が高い。もちろん、一緒に行きたいと言えば連れて行くのだが、入院前は家から出ようとせず、外出させるのが大変であった。先日の外泊の時も一歩も家から出ようとはしなかった。出たいという気持ちがないようである。今は不安にしか目が向かないようである。
2026.02.15
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今日は、鍵の契約を兼ねて母親との面会に行ってきた。行ったら、テレビが大きな音でついていたが、本人は寝ていた。寝ているのを起こして話をしたが、隣の部屋に遠慮して音が出せないとのことであった。イヤホンも使っていないようである。他人の提案を受け入れることはほとんどない。補聴器も使っていない。大きな音でも、音は聞いていないようである。それだけの集中力はもうないだろう。ただ、画面に目をやっているだけのようである。それでも、話はしっかりできていた。自分は今回は選挙は棄権するとのことで、ちゃんと明日投票があるのを知っているようであった。多分、不在者投票について聞かれたのだろう。今までのような他人をコントロールするほどの気力はなくなってきているみたいだ。そんなことはどうでも良くなっているのだろう。とは言っても、自己中心的な言動は時々窺えるが、これは仕方ないだろう。一昨日は、実家に漏電の点検がくることになっており、たまたま私がゆっくり行ったところ、見かけたので声を掛けて点検してもらった。その他にも、何度も同じ女性が訪ねてきている。インターホンの記録で分かるのであるが、何の用事なのかが分からずモヤモヤしている。留守宅とは言え、何かと用事があるものである。庭の畑を耕し始めたが、まだ種蒔きの時期ではないのでしばらくは土作りをするしか仕方がないようだ。種蒔きをする頃には、雑草も同時スタートになるので大変であろう。妻の園芸療法になるのだが。父親の最期の頃の、母親のネグレクトに近い対応を思い出すと、妻も同じことをするのは目に見えているので、二の足を踏んでしまう。来週は友人と旅行に行く予定にしている。雨戸は放置せざるを得ない。妻からの電話が困るので、告知するつもりだが、どのタイミングで言うか難しいところである。
2026.02.07
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母親が部屋に鍵をかけたいとことであったが、バッグに鍵を掛けるということになったとケアマネジャーから電話があった。移設なので、部屋に鍵をかけられる子困るのだろう。母親は他人を信用しないから、そんなことを言ったののかなと思っていたら、妹の話によると、年賀状など手紙がなくなったので、誰かに盗られたと思っているようである。後で読もうとどこかに置いて忘れたのだろう。他のものは忘れても、忘れたことに気づかないから良いのだろう。年賀状だと何かの機会に思い出すのだろう。また、今度その契約をしに行かなくてはならない。最近は用事がないと見舞いに行かなくなっている。妹もあまり来なくなっている。まあ、行ってもあまり話すことはなく、せいぜいがちゃんと雨戸を入れているか効かれるくらいである。先週末は仕事で朝早く夜遅くまで出かけていたので、実家に行かなかったが、そんなことは話せない。向かいの家の人に頼めと言われるのだが、そんなことで頼めない。それにそれは母親が頼むことであり、私が頭を下げて頼む気にはならない。でも、私に管理責任がかかっている。先日、思い出したのだが、父親の最期の頃に、食欲がなくなってきていたのだが、母親が昼に豚しゃぶを作って、美味しいと食べたところ毎日作るようになった。ある日実家に行ったら、母親が父親のいるところで、せっかく作ったのに残されたと文句を言っていた。後で気づいたのだが、それ以降、父親はカップラーメンが美味しいとと言って毎日そればかり食べるようになった。私は味覚が変わったのかなと思って、せっせとカップラーメンを買って届けていたが、よく考えたら、母親に気を使って食べるようになっていたのだ。妻もそうだが、一度美味しいと言ったら、嫌と言うまでそれを出し続ける。相手のことは何も考えないのだ。そのくせ、妻は同じものを二度続けて出すと文句を言っていたのだが。父親には本当に可哀想なことをしたと思っている。ただでさえ食欲がないのに、毎日同じものを出されて食べなくてはならなかったのだ。そして、死ぬまでカップラーメンを食べ続けたのだ。妻は私よりも5歳若い。順調に行けば、私は介護される身になってしまうだろうが、妻の介護は受けたくないと思っている。他人を思いやることができない人の介護を受けるのはつらい。まあ、こればかりはどうなるか分からないのだが。
2026.02.01
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コロナ以前に子供と海外旅行に時々行っていたが、コロナもあり、子供が結婚したこともあり、一緒に旅行することはなくなっていた。昨年子供と話をしていて、また行こうと言う話になって、水曜日が休みの時なら行けるというので、今年の二月にという話になった。温泉旅行にも向こうの夫婦と行こうと言うことになった。どちらも実現はしていない。ただ、私のパスポートが切れていたので、多分行くことはないだろうとは思ったが、もし急に話が来たら行けるようにと,更新することにした。昨年から市役所で取れるようになっていたので助かった。そして、せっかく取ったのだからどこか一人ででも行こうと考えた。遠くは大変なので、韓国にフェリーででも行こうかと思いついた。テニス仲間の友人にその話をしたら、彼は韓国語の勉強をしていることもあり、興味を示し、一緒に行こうということになった。私は、何ごともゆっくりしているのだが、彼はその週のうちに旅行の申込みをしてくれた。一人だと実現できたか怪しかったが、これで行くことは一応確定した。妻には直前に言うつもりである。早くから言えばそれだけ、心配する期間が長くなる。反対されても面倒である。私は私の人生を送るのだというメッセージにもなる。もちろん母親には内緒である。それでないと、向かいの家の人に雨戸を頼めと言ってくるのは目に見えている。雨戸はもちろん閉めっぱなしである。不用心ではあるが仕方ない。妹には一応告げておくつもりである。母親に関しても、何かあった時はどうしても私がキーパーソンである。そして母親はパーキンソンである。私は妻が入院している間は好きなことができるので、それほど困ってはいない。することがなかったら、女性に走っていたのではないかとも思う。今の生活にかけているのはやはり心の温もりであろうか。今は音楽がある程度それを満たしてくれている。ケチなので外で飲むこともなく、鮭の上の過ちも怒らない。今後どうなるかは分からないが、今の状態を続けてゆくのは展望が開けてこない。どうしてゆくのか本当に悩ましいものである。
2026.01.25
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最近、結婚してからの色々な出来事を思い出していると、妻を良くするのは難しいかなと思えてくる。長い間をかけて、徐々に我が家はおかしくなってきていた。一つ一つのことはそれほど大きなこととは思えなかったが、それが積み重なるとものすごいことになってしまうと言うか、なってしまった。母親はいわゆる毒親の一種かもしれないが、その親は毒親ではなかってようである。だから、本音と建前を使い分けて、世間的に見れば何も問題がないかのごとく過ごせてきた。しかし、妻の場合は毒親に育てられているのである。そして、その毒を吸収して、バージョンアップしてしまった感じである。昔は母親が、妻をコントロールしていたが、次第にコントロールが効かなくなそっていった。そして二人の間で主導権争いが起こった。父親は二人の間で苦労したようである。結局母親は支配権を手放すことなく、あっちの世界に行ってしまった。死んだ訳では無いが、施設に入りどうでもよくなった感じである。しかし、それでも私や妹を振り回している。これは死ぬまで続くだろう。妻との関係は妻が破壊されたような状態になり痛み分けというところだろうか。残ったのは破壊された妻だけである。娘は三代目になるのだが、毒の影響は少しあるが、何とか全身には回らずに済んでいるようである。それでも結構生きづらさはあるようだし、私との関係も普通ではなく、依存的である。妻はある意味、優秀だったので、母親の毒を進化させてしまった感じがする。また、父親がコントロールされていたのと、仕事が忙しくワンオペで育児をしていたので、母親の影響は絶大だったのだろう。その点、娘の場合は妻が、育児に干渉はするが、私がかなりの部分を担っていたのが良かったと思っている。それにしても、妻のことはどうしたものだろうか。
2026.01.18
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妻は結局、大晦日に帰ってきた。病院のバスのバス停まで迎えに行った。持ち帰る荷物が整理できなかったとのことで、あまり荷物はなかった。靴はボロボロで靴下は穴だらけだったので、衣料品店に行き、靴、靴下、下着を購入した。昼は年越しそばを食べ、夜は寿司や珍味で私は一杯飲んでいた。元旦は取り寄せたおせち料理と雑煮であった。料理は私がして、妻には手伝いをしてもらった。洗い物をしたらすぐに手が切れてしまった。シャワーは一回だけ浴びた。下着は九ヶ月も替えていなかったとのことでこれもボロボロで捨てるしかなかった。病院では一度もシャワーも風呂も使っていなかったとのこと。完全にかなり具合の悪い精神科患者という感じである。四六時中頭に手をやり、毛を抜こうとする。注意しても十秒ともたない。途中で注意するのを諦めてしまう。爪はそのために伸びてこない。人の言う事を聞くことができない。食事で話していても、検察官の尋問のように質問してくる。こちらからしたらどうでも良いようなことだと思うのだが、気になるようである。昔から店などに行っても、どうでも良いことを尋ねていた。もう二度と来ることがない店でも、朝は何時からやっているのかとか何か尋ねようとする。場合によってはわからないからと、上司に聞きに行ったりするので、店を出るにに出られなくなったりした。最初は一人で食べるよりも良いなと思ったのだが、段々と一人のほうがよいなと思うようになった。また、病院については不平不満悪口ばかりである。こんな妻の状態では楽しく過ごせるはずはない。退院に向けてとか、今後のことについて話すつもりだったが、会話を深めることができなかった。また、相変わらず食べることをコントロールすることができず、色々なものを食べ漁っていた。予定して買っていたものが、いつの間にかなくなっていた。思ったことは何でもすぐ口にしてしまう。多分前頭葉の機能が低下しているのだろう。抑制がほとんど効かない。正月に母親の面会に連れて行くかどうか考えていたが、本人は別に行きたいとも言わないし、この二年間毎年トラブルになっていたので止めることにした。妹夫妻は面会に来て、帰りに寄ってくれたが、顔を見ただけで猛烈に攻撃を始めたので、やはり連れて行かなくて良かった。いつも2日・3日は箱根駅伝を私はみるのだが、そうするとものすごく嫌がる。イヤホンで聞いてもだめである。話ができないというのだが、本人は寝ていることが多かった。また、目を覚ますと遠慮なく喋りかけてくる。自分の思い通りにならないのが嫌なのだろう。最近、テレビで人生の楽園という番組を見ている。夫婦で第二の人生を歩む話なのだが、そんな夫婦関係が羨ましいのだろう。妻は一度結婚したら、離婚されることはないと思っているようである。最近昔のことを思い出すことがあるが、よく考えれば、昔から妻は変だった。でも、それを押し付けてくるので、いつの間にかそれを受け入れるようになって行った。どうして良いかわからず、カウンセリングの勉強に行ったりもした。今になってみたら、とても太刀打ちできる相手ではなかった。入院ももうすぐ二年になる。今のところ全く目処が立たない。自分の命を考えたら、入院していてもらうのが一番だろう。依存性が強いし、衝動性のコントロールも難しい。一人暮らしをしてくれるなら、いつでも退院させるのであるが、私に面倒を見てもらうつもりである。3日にまた、バス停まで送っていった。こんな状態でもやはり別れは切ないものである。ところで、母親のところにはその日に面会に行き、年賀状を届けてきた。もうどうでも良くなっているようである。この年なのだから、年賀状が自然消滅しても良いように思うのだが。
2026.01.11
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いつの頃からか大掃除をしなくなっている。妻が何もしなくなりかなりになる。私はきれいな方が好きではあるが、汚れていてもそれほど国はならない。何か機会がないと中々掃除ができない。今はかなりゴミ屋敷状態になっているが、今回妻が外泊してくるので、今大掃除をしているところである。いくらやっても、普通の人の目からすればすごく汚い家だろう。妻も一年ぶりなので、この状態を忘れているだろう。でも、それほど感情が残ってはいないかもしれない。どうでも良いのではないかと思う。もたろん自分が片付ける気はないであろう。結局、外泊は三泊になった。まだ日程は決まっていない。本当は決まっているのだが、妻は決断しない。帰るとしたら30か31日しかなく、31日に帰ってくるのはさすがに忙しないだろう。ということで、30日になるので、私はそう言ったのだが、妻は考えておくとのことであった。人の言う事を聞かないのと、決断ができないのの両方である。次はどこまで迎えに行くかの問題である。妻は前回と同じことを求めている。これは既得権なので当然だと思っているだろう。私はこれからのことを考えて、少しでもできることを増やしたいと思っている。それに、次のステップはそれほど大層なこととは思っていない。でも、妻からすれば新しいことをするのは嫌なのである。退院というようなことは考えてもいないのだろう。その日が良ければ良いのである。今回は、今後のことについて色々と話しをしようとは思っている。ただ、非常に面倒ではある。でも、退院に向けては欠かすことができない。それをせずには退院はできないだろう。かなり具体的なことを詰めてゆかねばならない。ただ、それを決めると私も動かなくてはならないから面倒ではある。今のところ退院させるようにとは言われていないので、何もしないのが一番楽なようにも思う。でも、それでは妻が哀れだと思ってしまう。本人はそれほどには感じていないようなのだが、私としては忍びない。正月は妹夫妻が母親の面会に来るのではないかと思うが、それに妻を連れてゆくかどうかも悩ましい。この二年ほど、妻に大人しくしている約束で実家に正月に会いに行ったが、母親と大喧嘩になっている。自分の感情をコントロールできない。母親は自分はちゃんと子育てをしているつもりなので、妻に対して、しっかりしろと説教をしたがる。妻は母親に恨みがあるから当然喧嘩になるのである。どっちもどっちなので仕方がない。まさか施設でバトルはしないだろうが、丸坊主に近い姿の妻が行くことを母親は嫌がるだろう。どうするか悩ましい。なんだかんだで騒がしい一年が過ぎようとしている。
2025.12.28
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先日、施設に支払いに行き、母親にも会ってきたが、今の施設が気に入っているようで何よりであった。家にあった家具を持ち込んであり、自室のような雰囲気になっている。このところ混乱するのもましになってきているようだ。今のところやれやれというところである。妻の方は、相変わらず外泊の予定が決まらない。二泊までしか許可しないと言っているのを何とか交渉しようとしている。外泊時には病院まで迎えに来てくれと言われているが、病院のバスに一人で乗ってくるように言っている。そうすれば、バスの降り場で待つと言っている。その次はバスを降りて、電車に一人で乗ってくれば、最寄り駅まで迎えに行くつもりにしている。徐々に難易度を上げるつもりにしているのだが、前と同じ待遇を求めてくる。既得権を確保しようとするのである。良くなって退院しようという意思はみられない。今まで既得権を徐々に増やしていき、自分のやりたい放題にやってきた。結婚しているのでそれが許されると思っているようである。娘は姓を変えたくないので、入籍しておらず、事実婚の状態である。妻はそのことをものすごく不安がっている。籍さえ入っていれば何をしても守られると思っているようである。だから私に対してこれだけ滅茶苦茶なことができているわけである。そんな気持ちのままで退院して来てほしくはない。入院させるのは本当に必死の思いでないとできないのである。またそれをやれるとは思っていない。まずは我が身の安全が第一である。そして、私の自由も守りたい。そうなると退院させる目処が立たないのである。本人はもうあんなことはしないと言っているが、少なくとも私に依存するつもりではある。そして他人への支配欲が強いので、約束は守られないだろう。まあ、とりあえずは外泊をさせて様子を見てみよう。
2025.12.21
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妻からは毎日のように電話が掛かってくるが、まだ外泊の予定が決まらない。三泊すると入院費が削られるので病院が認めないようである。年末年始は普通は長期外泊をさせてくれるものなのだが、経営が厳しくなってきているのだろうか。外泊してくるから家の中をかなり片付けなくてはならない。子供は帰ってこないとのことである。母親は介護度が先日5に上がった。さすがに帰って来られても受け入れが難しい。骨折がようやく落ち着いて、車椅子での生活ができるようにはなったが、元々車椅子に乗ってどこかに行く気はない。年寄りくさい事は人に見られたくないのだろう。家にいる時から車椅子を使っていたら、もっと豊かな生活を遅れていたと思うのだが、車椅子は断固として拒否していた。私の母親は楽なので、車椅子を愛用していたのだが、これはその人の価値観なので仕方がない。私の母親は行きたいところが色々あったので、車椅子大歓迎であったが、妻の母親はやりたいことがないのである。やらねばならないことをやるだけで、車椅子に乗ってやらねばならないことはないということだろう。だからリハビリをするにもモチベーションが低いのである。他人から褒められることくらいしかモチベーションにならないようだ。ところで、妹も正月には来るのではないかと思う。父親が亡くなってからは毎年正月には妹夫妻が、母親をホテルに一泊で招待してくれていたのだが、いつも朝ご飯が終わるとすぐに言えに帰ってきた。楽しむことができず、年賀状その他が心配だったのだろう。生きてきたように死んでいくので、こればかりはどうしようもないだろう。
2025.12.15
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私も72歳になり、今までやったことのないようなミスが続発している。また、気力も低下してきている。家を片付けるのは昔からできていなかったが、段々と程度が悪くなってきている。出したものを元の場所に戻すということはかなり苦手である。実に簡単なことだとは分かっているができない。新聞を取っていると、毎日チラシを含めて溜まってゆく。今は週に一度何とかまとめて片付けるようにしている。郵便物も急ぎでなさそうなら開けずに置いたままになってしまう。期限の切られているものはまだ、何とか処理しているがそうでないものはどんどん溜まってゆく。そうすると余り精神衛生上良くないようである。妻は元々は整理整頓を得意としていた。今もその時の遺産で助かっている。精神的に段々と不安定になり何もしなくなっていった。入院前は私が一人で片付けていた。今は帰ってきても家事をする気はないようである。できっこないと思いこんでいる。全て私にやってもらおうと思っている。もうすぐ外泊をしてくるだろうが、お客さんのつもりのようだ。退院を目指そうとは思っていない。でも退院はしてみたいようだ。本人の病気と性格ゆえに病院ではつらいようである。母親の方は正月も帰って来ることはできないだろう。今は車椅子の生活になっているので戻ってくるのは難しいだろう。そろそろ年賀状のことも考えないといけない。昨年は一部には終了宣言をしたので、枚数は減っているが、今年はどうしてゆこうか。母親のところに年末に届いていた、御歳暮は今のところは来ていないが、このままで済むかどうかは不明である。私は膝が悪く、夜中に寝返りを打つと痛みで目が覚める。そのため眠りが浅くなり1日中眠気がある。また、夜中にトイレに起きても、痛みのためにびっこを引いて歩いている。こうして生きづらさが募ってくると生への執着も薄れてゆくのかも知れない。それが年を取るということなのだろう。若い時よりも死が近づいてきている訳だが、恐怖感がそれほど強くはならないのはその御蔭なのだろうか。とはいえ、老老介護というのはつらいものではある。
2025.12.07
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昨日は、妹も来て、施設の人と今後のことについて話をした。要は緊急時にどうするかということであった。延命のために入院をするよりは施設で看取りをしてもらえたら助かるという話をした。訪問診療や訪問看護も受けているので、そちらとも相談して対応を考えるとのことであった。こんな話は本来なら本人も入れてというか、元気な時に話をしておいたら良いことなのだろうが、そのような性格の人ではない。縁起でもないと拒否されただろう。私の母は、葬式の話をしたり、遺影を撮りに行ったりしていた。それ以外は何もしなかったので、兄などは大変だったようだ。妻の父親は、癌になったこともあり、自分の死後のことまできっちりと処理していてくれた。母親と話ができなかっただろうが、皆が困らないように段取りしていてくれた。今になって、すごいことだと思う。我が家はどうだろうか。私が先に死んだら大変だろうなと思うが、妻の方が若いのでその可能性は高い。私に依存しているが、私が死んでしまえば諦めて何とかするであろうか。ただ、それにしては入院も長くなり、実生活から離れているのはハンディになるだろう。妻が先に死んだら、今度は私が大変である。私は子供に丸投げすることになりそうだ。散々スネを齧っているから、そのくらいやってくれても罰は当たらないだろう。まあ、要するに無責任なのである。母親はもう、妻について聞いてくることもない。妻はいつも聞いてはくるが、それでどうということもない。今回、母親に面会中に妻から電話があったが、母親には変わらなかった。補聴器をつけていないこともあったし、トラブルになっても困るとも思った。後で、妻に話したかったかと聞いたが、別に必要なかったとのことであった。お互い自分のことしか考えられないのだろう。母親は庭の手入れのことをまた、言っていたが無視している。家を守るのが生きがいになっていたようだ。それなら同居して引き継ぎをしておくべきだっただろう。
2025.11.28
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もう年末になってきた。いつまでも妻を入院させているわけには行かないのだが、隊員の目処は立っていない。それでも、外泊はさせないといけないだろう。病院は2泊までしか認めないのだが、もっと長めにしてもらっている。2泊などというのは単なる経営上の問題に過ぎない。今は母親のことも含めて雑用が多いが、それでも妻が一緒にいるよりはましである。でもそれだけの理由で妻の人生を無駄にさせる訳にはゆかない。別に入院してることが無駄とは言わないが、今の妻のあり方を見ていると無駄にしているように思う。しかし、その姿勢は家に帰ってきても変わらないのだろうが。でも、妻が帰って来ることによって私の生活が制限を受けるのはなるべく避けたいのだが、それは難しいだろう。色々な面倒な用事が重なってくると生きているのが辛くなることがある。一人なので何でも自分一人で解決してゆかねばならない。まあ、基本的には家族と暮らしていても同様であるのだが、精神的な支えにはなる。母親の身体障害者手帳の申請がようやく終わった。来週は皆が集まって今後のことを相談することになっている。妹も久しぶりにやってくる。実家にも寄るだろうから片付けなくてはならない。以前施設に持ってゆく家具を搬出した時のままになっている。また、庭はかなり荒れ放題になっている。夏の間は生えてくる雑草を相手に奮闘していたが、その残骸も残っていて汚らしい。でも、これが現状である。老老介護になると余裕がない。自分の生活だけで精一杯である。私の場合は妻もいないので、もろに重圧がかかってくる。ちゃんとやっていないから何とか回っている感じである。母親や妻はちゃんとすることを求めてくるのだが無理である。でも、ちゃんとしていないのは精神衛生上良くない。ゴミ屋敷に住んでいると心も荒んでくる。趣味の音楽をやりながら何とか精神的な安定を図っている。趣味をしないできちんと管理すれば良さそうなものであるが、それでは心がやせ細ってゆく。母親や妻の生き方がそれに近いように思う。大変ではあるが、今のやり方でやってゆくしかない。
2025.11.22
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妻が入院してから1年半以上になるが全く退院の目処が立っていない。治療をしてくれていないのだから仕方ないのだが。薬は出してくれているが薬がパーソナリティに効くとは思えない。隔離をしてもらっているだけである。それでも帰ってこられても難儀ではある。文句言っても仕方ないのだろう。この頃は妻が良くなるということは諦めてしまっている。ただ、いつまでも入院させておく訳にもゆかないことは分かっている。妻自身はそんなに強く退院を希望している訳ではないのだが。暴力を振るわないなら帰ってきても良いとは伝えているのだが。家に残っている破壊された物や過去の日記を読んだりすると大変だなとは思っている。相変わらず毎日のように電話してくるが話は全く進展しない。不平不満を語るのみである。母親の方は変な電話をしてくる頻度が増えているようである。ただ、ほとんどは妹の方にしているので助かっているのだが。認知症が進行してきているのだろう。しっかりしている時に話すのは家の管理についてである。そこについてはボケていない。心配なことはボケないのだろう。母親についての書類の申請もしなくてはならないのだが、放置している。いつまでという期限がないとついつい後回しにしてしまう。眼の前のことに追われている。家の中は散らかり放題になり、私のメンタルもあまり良い状態とは言えないだろう。でも私がやらなくてはならない。こういう時には弱り目に祟り目というやつで、歯の治療に行かなくてはならなくなっている。整形外科的にはあちこち具合が悪くなっているのだが、こちらは放置したままである。今更行けない感じである。まあ、いわば八方塞がりの状態なのである。
2025.11.16
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妹のところには母親から頻回に電話が掛ってくるようである。混乱した時に掛けてくるようで、気づかなかったら十回でも掛けてくるとのことである。ただ、電話に出ても聞こえないと言われて、仕方なく施設の方に電話したりするようである。特に用事はないようであるのだが。寂しいのかもしれない。このところは、私が面会に行った時は起きており、受け答えもしっかりしている。ただ、全体的に見れば老化してきてはいる。今母親に言われるのは、庭の植木の管理についてである。植木屋さんを入れてちゃんとやってもらえとのことだが、面倒なので伸ばし伸ばしにしている。自分の思うように管理していないと気が済まないのだろう。こちらとしてはそこまで余裕はないのだが。妹も以前は実家に寄っていたが今は寄ることもない。掃除は、この半年何もしていない。雨戸の開閉だけで手一杯である。母親は自分の死んだ後のことなどほとんど考えてもいないだろう。私の母親は自分の遺影を撮りに行ったりしていた。もっとも、死んだ後その写真がどこにあるか分からず使えなかったのだが。その他に身内だけでやって欲しいと言っていた。母親はそのようなことを考えるのは縁起の悪いことだと思っているようである。だから後は野となれ山となれなのだろう。私も同様なので非難することはできないのだが。大変ではあるが仕方がない。妻の方は、相変わらずで、毎晩のように次の電話の予約の確認で掛けてくる。その他の内容は不平や体調についてのことくらいである。そんなことは病院に言ってくれというところなのだが。便秘になることを極度に恐れて、多量の下剤を要求して飲み続けている。隊員の目処は立たないのだが、いつまでも入院というわけにもゆかないだろう。できる限りの社会資源を使って退院させるか。また、暴力を振るわないかという心配はある。私の足元を見ているので、私が決然とした態度を取らないといけないのであるが。だらだらと先延ばししてしまっている。
2025.11.09
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このところ、色々な物が壊れている。ビデオ、パソコン、私の体。どれも経年劣化によるものだから仕方ないのかもしれないが、うっとうしいものである。今書類を書いているのだが、去年の資料がない。ちゃんととあるべきところにあると思ったがなかった。妻がいた時は、ちゃんとかんりしてくれていた。といっても、この2、3年はあまりしなくなっていたが、以前はとてもきっちりとやっていた。それが当たり前のこととして頼り切っていたので、一人になるとかなり困っている。失って知るありがたさというところである。家の中はぐちゃぐちゃだし、完全に煮詰まってしまっている。最近は外出する気もしないが、なるべく外に出るようにしている。年寄にはきょうようときょういくが必要なのである。母親はこのところ混乱状態になることが増えているようで、妹に何度も電話をしているようである。このところ用事もあって、2回面会に行っているが、対面で話している時は普通に話ができている。ただ、あまり話すことはなく、ちゃんと管理できているかと聞かれるくらいである。先日は雨の中、雨戸の開閉に行ったが、これからは雨が1日中降る時はやらないでおこうかと思っている。今度の医大の診察は施設の方で連れて行ってくれることになりそうである。良くやってもらい助かっている。今時々必要にかられて家の片付けをやっているが、妻の暴れた傷跡が残っており、当時のことを思い出す。とても一緒に住むのは無理なのではないかと思うようになってきている。退院するなら高齢者向けの施設も可能なのかなと思っている。ただ、受け入れてくれるところがあるかどうかは分からない。精神病院帰りだと分かったら難しいだろう。自分で何かやる気がないので、家に帰ることも難しい。私も今の生活に疲れてきているようである。
2025.11.03
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母親は二週間の入院で退院となった。一昨日迎えに行き、介護タクシーで帰ってきたが、服を持ってゆくのを忘れていた。入院した時に病衣に着替え、服は返されて持って帰っていたのを忘れていた。仕方ないので、病衣を借りて帰った。ストレッチャーだったのであまり目立たなくてよかった。帰ったのは前の施設ではなく、次に移る予定の施設に帰った。これは前の四節ではエレベーターが狭くてストレッチャーが乗らなかったためである。前の訪問医は当てにならなかったので、新たなところに変更した。今回は病院に直接言ったので、使節からは歩いて帰ったが、家に着いたところに電話が掛かり、新しい訪問医との契約があるとと言う。夕方と聞いていたのだが、手違いがあったようである。仕方ないので今度は自転車で移設に行き無事契約をする。その日は午後から用事があったので、多忙であった。また、その帰りに市役所に寄り、身体障害の申請用紙を取ってくる。翌日は、病衣の返却と書類を書いてもらうために病院に行く。最近は母親の用事で忙殺されている感じである。次の診察も私がついて行かねばならないが、仕事があるので変更しなくてはならない。大学病院は施設が対沿い対応をしてくれないようである。妹は夫の病気と、自分の退職後の後片付けのために身動きが取れなくなっている。大変ではあるが私が対応せざるを得ない。妻には事情を伝えてしっかりしてくれと言うのだが、言ったところでどうしようもない。退院されたら余分な負荷がかかるだけであろう。私自身は体の調子が徐々に悪化してきている。最近は主に整形外科的なトラブルが主体であるが、痛みのために眠りが浅くなっているようで、昼間うたた寝することが増えている。まあ、なるようにしかならないのだが。
2025.10.25
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緊急入院してからは、妹は日に二回電話をしているようだが、中々掛からないようである。昨日は面会に行ったが、妹から形態の電源が入っていないとの連絡があった。行ってみると、いつもは寝ているのだが、今回は座位になっていて起きていた。しんどいから横にしてくれと言われたが、それは看護師さんに頼んでくれと断った。前回頼まれて、横にしたらすぐに寝てしまっていた。楽なのですぐ寝てしまうようだ。リハビリテーションとして座位になっていることが必要なようだ。刺激がないとボケが進んでしまうと思う。妹に電話を入れようかと言ったら、しなくて良いとのことだった。電話で話すのも面倒なようである。電話は完全にバッテリーが空になっていたので、充電したのだが、どちらでも良いような感じであった。かなり意欲低下が進んでいるようだ。補聴器は簡易タイプのものを使って話をしたが、これは我が家と妹がプレゼントしたものであったが、不要なものを買ったとずっと不評であったが、今回やっと便利だと認めてくれた。他人のやることは何でも拒否するので仕方ない。ペースメーカーは恒久的なものを入れる手術を受けたが、病院に行って控えている必要がなかったので助かった。局所麻酔で短時間で済んだようである。終わったら電話連絡があった。来週に隊員になるので、その日は手続きをしに行かなくてはならない。たまたま空いている日なので助かった。緊急事態は日時を選ばないので、余程暇な人でないと対応できない。これから、何があってもおかしくはない年齢なので、気が抜けない。とは言ってもなるようにしかならないのだが。妻の退院についても考えてはいるのだが、目処が立たない。
2025.10.19
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兄から妻の誕生日祝のお菓子をもらっていたので、それを持って面会に行ってきた。相変わらずの状態で変わりがない。その日の午後は、母親が病院に行くので付き添うことになっていたので、面会に行った。妹夫妻も面会に来てくれていた。その後、施設の車で送ってもらったが、診察にも付き添ってくれた。意識消失はパーキンソンによるものではないので、根圧剤で血圧が下がりすぎているので、薬を止めて様子を見ようとのことで、とりあえず血液検査と心電図検査をすることになった。それで帰れると思っていたら、心電図で完全房室ブロックになっているとのことで、いつ頓死してもおかしくないとのことで、大学病院に緊急搬送ということになった。私も救急車に同情してついて行った。簡単な説明を受け、緊急で一時的なペースメーカーを装着ということになった。夜なので、入院手続きは後日ということになり、術後しばらくしてから帰った。翌日、入院手続きをして面会してから帰ったが、その後主治医から電話があり、手術の説明をしたいとのことであった。後日になると面倒なので、また病院まで行くことにした。色々と細かい説明を受け、署名をたくさん書いた。その病院が良いのかどうかは分からないが、とにかく任せないと仕方がないだろう。早ければ来週に恒久的なペースメーカーを入れる手術になる。妹と相談するのも面倒なので、私の一存で色々と決断していった。妹へは事後報告で良しとする。私も今は比較的時間が取れる状態なので助かっている。でも老老介護は中々大変である。
2025.10.11
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毎日雨戸の開閉をしているが、雨戸の鍵が壊れてきている。今はだましだまし使っているが、いつまで持つか分からない。実家も築40年以上になり、あちこちガタがきている。樋はい一部落ちている。これから維持してゆかねばならないのだろうが、一軒家の大変さが身に染みる。確かに庭付きの家というのは良いのだろうが、雑草や植木の手入れなど大変なことも多い。やはり私にはマンション暮らしの方が向いているようである。とは言っても、何とかやってゆくしかない。先日、施設に荷物を搬入した時に散らかったまま、まだ片付けもやっていない。最初は、母親も家に外出してくる話になっていたが、今はそれどころではなくなっている。また、本人も意欲が低下してきている。このところ体力の低下も著しいようで、時々意識を失うことがあるとのことである。パーキンソン病が進んだのか、脳に問題が出てきたのかよくわからないので、こんど病院を受診することになった。私も付き添うことになった。先日92歳になったので、何があってもおかしくはない年ではある。徐々に弱ってきているのは仕方ないのかもしれない。ただ、何か起こると対応が難しい。今の施設に移ってきたので、色々と対応はしてくれるのだが、家族が対応しないといけないことも色々とある。妹の方は、夫の認知症が進行してきているようで、来るのは大変なようである。妻の大尉のタイミングも難しい。一人で何とかしてくれるのなら、退院して実家に居てくれるのならあるがたいのだが。先日は妻の誕生日で、私の兄がお菓子を送ってきてくれたので、近々持ってゆかねばならない。外泊はあまりする気がないようである。退院もしたいとは言うが、自分から何かしようとはしない。依存性が強いので、自分から何かすることはないのかもしれない。何とかしないといけないとは思っているのだが、自分自身の体力低下、体の故障もあり、あまり意気が上がらない。
2025.10.05
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面会後はまたいつもの状態である。毎晩のように電話をしてくるが内容は特にない。毎日散歩するように言ってきたが、あまりやっていないようである。人の言う事を聞く人ではない。自分は何もせず、人が何かやってくれるのを待つ。退院もしたいとは言うが、それに向けて何か行動することもない。私が迎えに来るのを待つだけである。家に帰ってきたら、私の言うことは聞かないだろう。別居することにより暴力を避けることができるかどうかが大きい。退院するなら離婚届に署名してもらおうかとも思っている。少しはワガママの抑制になるのではないかと思うのだが。馴れ合いが通じない人は苦手である。父親が優しい人なので、厳しい上司は苦手である。今まで二回離職している。結婚前に、家では誰が一番強いかと聞いたら、少し考えて自分だと言っていた。その時は微笑ましく聞いていたのだが、実は大変なことを告白していたことになる。皆をコントロールできると感じていたのだろう。一応退院の方向では考えているが、いつになるかは検討がつかない。遅いほどこちらとしては楽である。ただ、治療もされず放置された状態を見るのは忍びない。ところで、母親の方はこのところ、短時間の意識消失が見られるとのことである。病院受診の方向で話は進んでいるようである。今の状態では新しい施設に移るのは難しいだろう。病気となれば一旦は入院ということになるのだろうか。この年になれば、何があってもおかしくはないので、先が読めない。親子ともども大変である。
2025.09.28
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今日は久しぶりに面会に行ってきた。靴下に穴が空いている、お金減ってきているなどとのことで、行ってきたのであるが、病状はあまり変わっていないようだった。今回は母親の入所の話をしてきた。少し驚いていたが、それ程でもないようだった。あまり他人のことに関心はないようである。いつまでも入院されていても困ると話したが、本人は退院したいとは言うが、しんどいことはしたくないようである。一緒には住めない話はしてあるので、一人でどうして食べていくか分からないようである。あまり深く考えようとはしない。言われたことをそのまま受け止めているようである。何とかしようとまでは思わないようである。とにかく、外出し以前やったことのある内観でもやればと勧めてきた。まあらないのではないかと思うが。人の言う事を受け止めようとはしない。退院もしたいとは言うが、それに向けて努力しようとはしない。友人からメールが来て、またお茶でもしましょうとのことであったが、それは私が今入院しているかどうかを確かめるためだなどと言う。他人を信用することができないようである。妻と話しているところに久しぶりに娘から電話があった。特に電話を代わることはしなかった。お互いにあまり関心はないようである。娘とは夜一緒に食事をすることができた。ところで母親のところに植木屋さんから電話が入り、庭の手入れをどうするか聞かれたようである。妹にその話をして、勝手にやらないようにと念を押したようである。私が草刈りをしているのは、植木屋さんに来てもらうのが面倒なこともあるのである。日を決めてその日は一日家にいないといけないし、お茶などにも気を配らないといけないのが面倒なのである。それに植木屋さんが除草すると雑草以外の草を全部抜いてしまう。萩やカンナその他の植物も一緒くたになってしまうのが嫌でもある。だから今回は断ったが、どうなるかは分からない。やるのなら自分で立ち会ったくれれば良い。あまりコントロールして欲しくない。口では迷惑をかけて恐縮しているように言っているが、こちらの仕事を減らそうとは思ってくれない。自分の思うように使おうとする。私もいつまでもいい顔をしてはいられなくなってきたようである。
2025.09.21
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妻は相変わらず毎日、次の予約の電話をしてくる。それ以外は不平不満を述べるくらいである。環境がだんだんと悪くなってきているようで、退院したいと言い始めている。どうしたら退院できると思うかと聞いても返事はない。思考能力が低下しているのであろうか。能力を保つような生活やリハビリをしていないから仕方ないのだろうか。入院生活に慣れてきてしまっているのも困ったものである。退院に向けてはま、実際には動けていない。母親の方もゴタゴタしている。新しい施設のことを拒否しだしている。根拠はないようだが、悪い噂を聞いたなどと妄想的なことを言っている。今度入る部屋は長い間空き家だったなどと、どこからそんな話が出てきたのか分からない。思い込みの強い人で、自分は間違えないと思っているのでたちが悪い。実は今日、新しい部屋に入れる荷物を取りに来てくれた。生活目線で必要そうなものを色々と持っていってくれた。一々母親の気分に振り回されているわけにはゆかない。母親は皆は自分の思う通りに動くと思っている。人に何かを頼んでも、その人に任せることはなく、自分の思う通りに動かそうとする。それも自分の手の内を見せずに言ってくるため、なぜそんなことを言ってくるのか理解に苦しむのである。理由を言えばわかることでも、秘密主義なので言わないのである。いずれにしても、何を言ってくるか分からないが、ある程度自分の方針を決めて、ぶれずにやってゆくしかない。
2025.09.10
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このところ、体があちこち故障している。結構痛みがあるが医者には行かず。行っても湿布とか痛み止めとかくれるくらいだろう。そうなってくると弱気になることもでてくる。雨戸の開閉もいつまで続けるか。妻の退院をどうするか。判断に困っている。妻の面会にはもうずっと行っていない。正月の外泊の後一度くらいは行っただろうか。よく覚えていない。お金もそろそろ尽きてくるのではないか。先日、もう退院したいと言っていたが、今日は言っていなかった。何か嫌なことがあると退院したいと思うのだろう。今は退院して来ても困るが、退院しようとしないのも困る。明日は母親の施設に持っていく家具を取りに来てもらう予定だったが、台風のために延期になった。妹は毎日電話で話をしているが、私は先日ちょっと面会しただけである。会っても話すことがない。ちゃんと留守宅を管理しているか聞かれるだけだろう。ところで、最近は妻の友人たちからの連絡もなくなってきた。同性の友人は連絡ををくれるのだが、同性の友人は余り好きではないようである。異性の友人の方が好きなようだ。同性はライバル視するようである。だからプライベートなことを知られるのを嫌がっていた。女性だけの集まりには行こうとしなかった。男性の集まりだと、プライベートなことは自分から話題にしなければ話題にならないが、女性の場合はそれがメインのようである。妻は秘密主義なので、人のことは知りたいが、自分のことは知られたくない。そうやってどんどんと友人を失ってゆく。それにしてもどうしたものだろうか。
2025.09.04
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お盆休みには結局家の片付けをしたのだが、それを維持するのが中々大変である。一人暮らしに疲れてきているのだが、妻が帰って来るのも大変なのでどうしたものだろうか。以前は何とか治療をしようとかんがえていたが、今ではとても難しいことだと思っている。海外では心理療法が盛んで妻のような人間も治療対象なるようだが、日本ではまだ難しいようである。今の病院の生活に馴染んでしまっている。退院しても大変だから今のような三食昼寝付きの生活の方が楽なのだろう。私に対する思いは何もないようである。自分に何をしてくれるかしか考えていないようである。私に迷惑をかけているなどとは思ってもいないようである。このへんは母親も同様である。一度何かをしてもらったらそのことは既得権になっているので、やってもらって当たり前なのである。病院からの電話でもあれこれと指示してくる。これも母親と一緒である。母親の方は転所してようやく落ち着いたようである。今はショートステイでその後敷設に移るのでその時にまた一悶着あるかもしれない。でも先のことは考えないようにしている。とは言え、毎日の雨戸の開閉は何とかして欲しいのではあるが、そんなことは考えてもいないだろう。一度頼んだからその後は既得権の行使に過ぎないからである。とは言え、私も最近体が徐々に衰えてきている。いつまで今のような活動ができるか分からなくなってきている。それなのに二人は私に頼り切っている。娘も何かと頼ってくるから、女三代に渡ってのものである。子育ての大切さが身にしみる。
2025.08.24
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盆休みになり仕事もなく、一週間ほとんど外出しなかった。とは言っても毎日朝晩実家には行かなくてはならないが。時間があったので、一晩泊まってみたが、ベッドのためか腰痛になってしまった。前に腰痛になってから、まだ完全には治っていなかったのが、またぶり返したような感じである。今まではこんなに長期になることはなかったのだが、膝も含めて段々と悪くなってきているようである。最近は、寝ている間の姿勢のせいだろうが、朝起きると腰も膝も痛い。朝夕の雨戸の開閉も負担になってきている。住んでいるという偽装のためにこんな労力を払うというのは割が合わないのだが、母親は何もしないので痛くも痒くもない。昨日、以前通っていた施設に転所してきた。前の施設は病院のような感じで、寝ているしかすることがなかったが、今度のところはデイケアで昼間を過ごすので、騒がしい限りである。母親にはこの刺激が必要だと思われる。前の施設は、一人暮らしができなくなって緊急で入ったようなものなので、とりあえず何とか凌ぐことができたので感謝している。しかし、あのまま入れていたら確実に呆けてしまうと思われた。入所当日は混乱していたようで、私が顔を合わせても、どなた様でしたかと言われてしまった。名前を言えば思い出してくれたが。また、夜電話がかかってきて、家に帰るが、鍵がないので開けて欲しいとのことであった。他のメンバーが帰るのを見て、自分も帰らなくてはと思ったようであった。周囲がうるさいのもあってか、何を言っても通じなかった。スタッフに頼んで車を出してもらうので、また後で電話するとのことであったが、スタッフに話してショートステイしていることを思い出したようであった。徐々に認知機能の低下は進行しているようには感じられる。妻の方は、この盆休みに外泊してこなかった。決めることができないようである。人の言うことには反対するのだが。毎日の生活に気を取られて、何も考えられなくなっているようである。こちら的には楽ではあるが、このままでは退院の目処が立たない。
2025.08.16
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妻は相変わらずの状態である。お盆の外泊もまだ日が決まらない。私の提案は拒否されたようである。妻も母親も何かをしたいという欲求は余り強くない。せねばならないことでなければ中々やろうとはなしい。やりたいとか好きだという感覚はあまりないようである。昔から絵を描きたいと言い続けていたが、結局は描くことはなかった。どうやりたいということがないのなら、人の勧めに従えば良いのだが、それは嫌なのである。このところ、実家の雨戸の開閉がしんどくなってきている。先週は3日続けて朝早く出かけたが、その時も朝雨戸を開けに行かなくてはならなかった。なぜしんどくなってきたのかなと考えてみたら、そもそも雨戸の開閉のために朝夕行かねばならないというのは無茶な話なのではないかと思うようになった。普通、空き家の管理なら、週に一度くらい行って、郵便物を取り、家に風を通すくらいで十分だと思う。朝夕雨戸の開閉をするというのは空き家の管理ではなく、住んでいることを偽装するためである。そんな無理なことを要求されているからしんどいのだなと気がついた。向こうの家に私が引っ越しすれば、それは解決するかもしれないが、母親そんなことは望んでいないようである。私に住んで欲しいとは言っているが、それは実家に間借りしたような感じのことを考えているようである。母親のものは全部そのままになっているのだから、そのままでは引っ越せない。昔から片付けないととよく言っていたが、やった試しはない。もう、今後一人暮らしはできないだろうから、家に戻って来ることもないだろう。でも、母親が亡くなるまで、母親の物に手を付けるのは難しいのだろう。もちろん黙ってやれば良いのだが、施設が近所なので、外出して戻って来る可能性がある。母親は今まで握っていたものを手放そうとしないから、新しい環境に馴染んでゆくのが難しいようだ。周囲はそれに振り回されてしまう。妻だけは余り振り回されず、むしろ振り回そうとする。だから母親とはうまくゆかない。でも、本来はとても気が合うはずなのである。母親を進化させると妻になるのである。
2025.08.11
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妻の方は毎日のように電話してくるが、内容はほとんどない。自分のカルテに何が書かれているか、薬がどうなる、意地悪をされた、便通の話などくらいである。私以外に訴えるところがないから仕方ないのかもしれないが。盆休み中の外泊の話が出ているようである。ただ、母親の移動がその頃になるので、どうなるか。妻には母親のことは知らせていない。知らせて良い影響が出るとは思えない。今日は、次に移る施設へ契約書を届けに行く。前回、妹が重要事項の説明は受けているので、それほどすることはないと思う。先日、実家に桃が届いた。やはりどこにも入所したことは知らせていなかったようである。生物はすぐに受け取らないといけないので困るのである。週末出かけていたので、週明けに不在票を見つけて、すぐに連絡してその日のうちに再配達してもらった。妹のところにも同じものが届いており、その話を母親にしていたので、母親は気が気でなかったようで、妹に何度も電話していたようである。意地悪して母親に連絡しないでおこうかとも思ったが、どっちみち頼まれるのだから、時間に余裕がある方が良いだろうと思い、昼間に母親に連絡した。やはり予想通り、向かいの家にお裾分けを持って行って欲しいと頼まれた。それもその日のうちにとのことであった。そうなるだろうと思ったからこちらも昼間に連絡したのであるが、何かせねばならないことがあると、周囲のことが見えなくなる。私の都合などは考えてくれない。翌日は官人の電話をしてきた。そして、自分について何か聞かれたかと聞いてきた。自分のことを知られるのは嫌なのである。これは妻も同様で秘密主義なのだが、他人のことは知りたがる。相手はご主人だったので、話はしていないと伝えるとほっとしたようであった。今度はお盆の暑い中に移動をしなくてはならない。今のところが不満であっても、新しいところが気に入るかどうかは分からない。粗探しばかりをする人で、良かった探しができない人だから仕方がない。この完璧主義を妻も受け継いで苦しんでいる。母親はパーソナリティになっているから違和感はないだろうが、妻は強迫症で苦しんでいる。やはり親は強い。
2025.08.01
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先週、母親から電池を頼まれたが、その翌日にもまた同じことを電話で言ってきた。ボケたわけでもないだろうに、しつこいなと思っていたが、そんなに急がないとのことなので、気にしていなかった。そうしたところ、昨日電話があり、勘違いで電池がもうないとのこと。補聴器は使用制限しているとのことでなるべく早く買って欲しいとのことであった。これで、2回電話してきた理由が分かった。本当は電池がないのだが、安売りで買って欲しいので急がないというような言い方をした。2回目の電話をしたことで、急かしたつもりなのだろう。だから2回電話したことにはやはり意味があったのだ。ボケるはずがない。安売りをするのは年に2回くらいで広告が入る。私は急がないとのことなので、毎日広告はチェックしていた。とうとう電池がなくなったので本当のことを明かした訳である。仕方ないから今日買いに行き、届けてきた。店は職場に行く途中にあるので、最初から手の内を見せて話してくれていたら、時間がある時に買うことができていたのだが。また、時間があるのならネットで買う方が安かったのだが。自分の手の内は見せずにこちらをコントロールしようとする。これは妻も受け継いでいる。何か変だなと思う時は何かを隠して、こちらを使おうとしている時である。手の内を見せない方が相手をコントロールしやすいからだろう。安売りの時に電池を買うというのは、母親にとっては既得権なのである。以前に2・3回買いに行っている。そうなるとそれが当たり前のことになってしまう。だから今回も要求してきたのだろう。母親も初めて頼むのはかなりハードルが高いようである。既得権になれば余り気にせずに頼むことができる。だから、今私が毎日雨戸の開閉に行っていることも既得権なのである。だから余り感謝しないでも済むようである。妹が何かお礼をした方が良いと言っても知らんぷりをしていたとのことである。まあ、こちらも慣れているから、いつものことだと思っている。
2025.07.20
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