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毎日退屈だなあ。 刺激が足らないというか。 この感覚はめちゃくちゃ嫌いだ。 なぜならこの状態の時は、自分が感じている以上にストレスが溜まっているからなのだ。 同じようなことしか毎日起こらない上に、ホント毎日同じようなこと繰り返して生きてるだけで。 もう超スーパーイライラくんだぜ。 何やっとんやって自分でも思うんですが。 やっぱり私は社会不適合者なんだなあ、とか思う。 学校とバイトの生活を約1年くらい続けると、頭がおかしくなって自我が崩壊していくんです。 だから定期的にリフレッシュしないとダメみたい。 でも社会に出たら、定期的なリフレッシュなんて出来るわけがないし。 って思ってたら、“私はどうなってゆくんだ”って不安しか残らない。 なんだかなあ。 生きにくい世の中だなあ。 ゆったり流れる時間の中に身を置きたい。 誰だって同じように生きれるとは限らないのに。 それが分からない人間がいる。 それはとても面倒くさいことだ。 自分の時間をもっとうまく使いたいなあ。 私には無理かなあ。 ああ、ボーっとしたいなあ。
2009.09.15
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楽天だけじゃないのかもしれないけど、ここほっとくとすぐアダルト系の書き込みでいっぱいになるから嫌だなあ。 これなんとかならないんすか、楽天さん。 コホム。 最近ワタクシやっとこバイトが決まりまして。 インテリア雑貨なんて柄にもないもん売ったりしてるんですけど。 浮きすぎて毎日吹きそうです。 まさに“こんな奴いねーだろ”的ポジションで働いてます。私です。 しかも結構やることなくて、基本レジと品だしなんだけど、普通に暇なんです。 レジ閉め普通に難しいけど。 両替とか初めてしたけど。 あれですね、雑貨ていっぱい種類あるんですね。 日々勉強です。 普通に分からんけど。アバウトやけど。 決して適当に働いているわけではないんですが、“ここに1時間いればとりあえず800円貰えるぜラッキー”みたいな考え方です。今。 時給は決していい方ではないけど、前のとこよりかはマシな気がしているので、とりあえず少し続けてみようと思います。 毎日暇だ。 お金のためです、お金の。 前は金というか、必死すぎて金のことまで気が回ってなかった。 本屋は意外としんどいんです。 暇そうに見えるけど。 実際に暇な時もあるけど。 返本してたら途中で“何やってんだ、私”て思えてくるから。ゼヒ。嘘。 でも前のバイト先の人には何気に会いたくなったりするので、今度遊びに行こうと思います。 新しい人は入ったのかな? 何言われるか分かんないけど。 会いたいなあ。 いい人ばっかだった。 本屋辞めてから本読むようになったんだ。 ちょこちょこ買って読んでたり。 結構皆本読むんだなーとか、自分が読み出してから気付く。 飛び込んでみないことには世界って分からんもんっすね。 見ない角度から物事を見てしまった時の、あの他人の家の“上がらないことには絶対に見れない部屋の一角”を見てしまったかのような感覚は、とてつもなく新鮮な気がします。 なんだか気分が良かったりもしますしね。 新しい世界に浸るのも悪くない。 最近思うんですが、というかこないだライブ後の落ちてしまう感覚に片足浸かりかけた時に考えてたことで。 なんか私、最低な人間だなーっていう。 私は人を見下すことでしか生きられないということ。 常に“自分は周囲とは違う”という意識がある。 いや、あんた達と私は違うんだ、って常にどっかで思ってる。 だからか、たまに私は、“周囲が狂ってるのか”“自分が狂ってるのか”分からなくなる時があるんです。 お前らには絶対分かんないぜ、っていう自信みたいなのがあって、同時に“なんで分からないんだ”って気持ちもある。 超ややこしい。 自分で自分をどうすればいいかが全然分からなくて。 自分でも自分に付き合いきれない。 そういうことを、3日前くらいに猛烈に思ってて。 久しぶりに、ライブ後あんなに重くなったなあ。 現実に戻るのが怖くて、嫌で嫌で仕方ない感覚も、久しぶりにきた。 現実はカラッポだから、生きる価値がないこともないんだけど、限りなく低くて。 どこまでいっても救われない、救ってあげられない感覚。 それはもう、やがて訪れる死という地点しか見えないわけで。 めちゃくちゃ怖いよね、なんか、なんにもねーわ、とかって思うと。 自分という塊だけが、無重力の世界をただ浮遊していて、それが私の人生と呼ばれるもので、魂だけは別のところにあるようで。 目で見ているようで、目ではなく、耳で聴いているようで、耳ではなく、口で味わっているようで、口ではなく、全ては器の内側の“もの”が感じ取るもの。 体がある意味とはなにか。 見、聴き、味わい、触れるという行為、全ては“感じる”という内側の行為の補助でしかない。 けど実際、感触とは“感じる”行為を鈍らせるものでしかなくて。 だからこそ人はもどかしい。 いつでも何かが欠けている。 体がこんなに鬱陶しく感じたのは初めてだなあ。 神様は終わりを作りたかったんだ、きっと。 それはいわゆる夢の終わりなのかもしれない。 だけど人は終わらない。 絶対に終わらないのに。 生き死にの無限ループをさ迷ってるだけなのに。 人は何がしたいんですか。 神様は人に何をさせたいんですか。 どこまで行けば、“私”は“終われる”んですか。 誰も応えてはくれないけれど、私は叫ばずにはいられない。 嘆かずにはいられないんです。 誰か助けろよ。
2009.09.09
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