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もっちん4476さん性が合わない本もある
作者の町田康はパンクロック出身だという。パンクロックを初めて聞いたときに違和感をおぼえ、リズムが邪魔して詩も理解するまで伝わって来なかった。パンクロック出身の人はどんな小説を書くのだろうと関心を持って読んだ。

ダメだ。読み進められない。最初読み始めた『宿屋めぐり』は数ページで諦めた。その五分の一ほどの厚さの『きれぎれ』も途中何度投げだそうかと思った。
バックに音楽がない分、言葉や文章でリズムを作っているようだが、それを弄するあまり文意が僕にとっては如何とも不自然で、突如として変わる文脈や流れについていくことに疲れてしまう。
小説を読んで難行苦行させられるのは、めったにない体験だ。それでいて悟りはなく、一向に新しい文章表現に親しみを覚えず、ただただあぐねるばかりで、わしの頭もついに硬直しちゃったんだなぁと自分を見下げてしまう。
あ~ぁ読まなきゃ良かったと後悔しきりだが、やはり気になるのは芥川賞を受賞したという事実だ。この時の選考委員は何を理由に賞に値すると考えたのか知りたくなった。
知って安心した。当時の選者の意見は割れていた。
「読み初めてから読み終わるまで、ただただ不快感だけがせりあがってきて、途中で投げ捨てたくなる衝動と戦わなければならなかった。」(宮本輝)
「『きれぎれ』には、nothing 以外にはモチーフがない。『きれぎれ』の文体は、作者の「ちょっとした工夫」「ちょっとした思いつき」のレベルにとどまっている。そういったレベルの文体のアレンジは文脈の揺らぎを生むことがない。」(村上龍)
「文章のスタイルとか語り口に特徴があると見られている人のようである。しかし、次のような文章に見える特色は、スタイルや語り口以前のものである。<......木崎の住まい、谷志保1244。いままで行ったことのない地域。チーキ。><......意外なほど深く切れていた。血がだらだら流れていた。まるで鎌のような草だ。鎌草。鎌草少将。少将くらいな気持ちで行かないと駄目だ。こんな指が切れたくらいのことは少将にとっては些事だ。俺は自分にそう言い聞かせ、指をくわえた。>--駄じゃれとしても、低調の部類だろう。泰然と構えて、言葉の機能の奥深さを知り、洗練されねばならないのに、作者はこれまでの特色にひたすら勤勉であって、痛ましい気がする。文章とは、いわば人間の顔色のようなもので、全身体の状態が正直にそこに現われる。両作品は、ともにネガティブな様相を書こうとしている。そういう作品が力強い、鮮烈な作品になり得るためには、作者はポジティブなものを扱う以上に、溌剌とした創造力に満ち溢れておらねばならず、文章の問題も所詮はそこに繋がる。なお、個性と趣味・嗜好との混同は禁物で、後者に執着していては作家は衰弱するということを又しても付記しておく」(河野多惠子)
強く推していたのは石原慎太郎。なーるほど。そういえば『太陽の季節』も好きになれなかったもんなぁ。
さてさて 分厚い『宿屋めぐり』 読もうかなァ 読むのを止そうかなぁ~♪