ホラー、近未来、童話、独り言

ホラー、近未来、童話、独り言

2007年10月22日
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カテゴリ: 悲しい
忠雄の実家を早々に出ると先ず長男の名前を届け出てもらった、忠雄の一文字を取り忠一と

名付けられ(長女は姉が名付け親で賢く育つように智子と命名されていた)次の転勤先である

岐阜に向かう、市内にある饂飩屋の二階で六畳一間に間借りし土曜の夜帰って来る忠雄を待つ

生活は以前と変わりはなかったが、大きく変わったのは忠雄が賭け事にのめり込み給金の殆んどを

使い込んでしまうようになってしまっていた。

 忠雄の赴任中に生まれた長男にも全く関心を示さず、それどころか明日の糧さえ使い込む

ようになり、お金が有る内は帰って来ず腹を空かした智子は土壁を穿り中の藁を出して食べ

忠一は洋子の出ない乳に癇癪を起し火のついたように泣き叫んでばかりいたが其の声も次第に

弱々しくなっていった「此の儘では飢え死にする。」洋子は忠雄の実家に助けを求める決心を


小学校しか出ていない洋子は平仮名だけで事情を説明して書いた手紙を出した、然し返って来た

返事は一粒の米どころか一枚の葉書のみ、読める漢字を拾って読むと「嫁が悪いから忠雄が金を

入れないのだ。」洋子を責める内容が書かれてある、グッタリと寝てばかりいる智子段々泣き声の

細くなっていく忠一、忠雄の実家から援助が得られるものと信じていた洋子は手紙を握り締め

泣いた下から饂飩の美味しそうな匂いが上がってくる、死ぬ前に一杯だけでも食べたい朦朧と

する意識の中洋子は姉にも会いたいと思ったが葉書代さえ残ってはいない。

最後の力を振り絞り饂飩屋の戸を開けると「いらっしゃい。」威勢の良い声に迎えられたが

入って来たのが洋子だと分かると途端に「何か用かい洋子さん。」声のトーンが変わり夫婦が

冷たい視線で睨む「えろうすみませんけど、電話をお借り出来まへんやろか。」げっそり痩せた

洋子の顔は鬼気迫るものがあったのだろう、主人は渋々使わせてはくれたが「今度だけにしてな。」

素っ気無く言い放った、電話の声で只ならぬ事態と察したのだろう姉は其の日のうちに京都から



縋り付き声を出して泣いた、其の声に驚き何処にそんな力が残っていたのかと思えわれる程

力強く二人の子供達も泣き出してしまった。

 姉に背中を撫でられながらひとしきり泣くとしゃっくり上げながら今迄の経緯をぽつり、ぽつり

話し始めた、姉は驚き「そんな男はんには見えへんどしたけどな。」驚きながらも「兎に角下に

行って饂飩さんでも食べまひょ。」三人を連れて階段を下りた、何時もは匂いだけだった饂飩が



 智子は熱い丼を抱え込み饂飩と格闘している、洋子も小さく千切った饂飩を忠一に与え乍

汁の一滴も残さず貪り食べた、子供達も久しぶりに満足したのかウトウト船を漕ぎ始める

「ほな、そろそろ上にいきまひょか。」姉は店の主人に饂飩代と「妹がえろうお世話さんに…」

言いながら心付けを渡して挨拶している、満面笑みを浮かべた店主は姉に頭を下げながら洋子に

「遠慮せんと何時でも食べにおいで。」卑屈な笑顔を浮かべ愛想良く入り口の引き戸まで開け

見送ってくれた、二階に上がると姉は当分食べていけるだけの金を「困った時に使い。」洋子に

渡しながら「忠雄さん、明日の日曜には帰ってきはるやろか。」深い溜息をついた。

 此処に出て来るだけでもあの男に散々言われて来たに違いないのに、忠雄が帰って来るまで

泊まってくれるつもりでいるなんて、嬉しさに又涙が滲む「何泣いといやす、たった二人の姉妹や

おへんか。」言いながら姉も惨めな妹の境遇に涙せずにはいられなかった、翌日の昼頃金が

無くなったのだろう何も知らない忠雄が帰ってきて姉の姿を見ると総てを悟ったようだが

「お姉さん、如何したんですか。」狼狽しながらも惚けた声を出す。

 「どうしたも、こうしたも、あらしまへん、そんな所に立ってはらんとお座りやす。」

言葉は柔らかいが調子はキツイ、姉に懇々と説教され神妙に聴いてはいるが時折

洋子を睨みつけている、姉が帰ると直ぐ本来の忠雄に戻り姉を呼んだ事を責めだした

「そやかて、あんたはん御給金出たかて帰ってきはらしまへんやろ、そやから食べるもんも

のうなって、あんたのお母はんにも手紙書いたんえ、そやけど御米一粒送ってくれはるどころか

内が悪いて…」もうボロボロ泣いていた、流石に悪いと思ったのか其れ以上言わなかったが

忠雄の賭け事が止む事はなく僅かに持って来る金で遣り繰りできたのは姉が置いていってくれた

お金の御陰であった。

 或る日突然昼に帰ってきた忠雄が嬉しそうに「転勤だ。」と洋子に告げた、洋子の脳裏に

辛い農作業キツイ姑や義姉の顔などがよぎった「今度はどのぐらい行ってきはるんどす。」

不安そうに聞く洋子に「何を言ってる今度はお前達も一緒だ。」洋子の顔は見る見る明るくなり

「何処にいくんどす。」

「北海道だ。」

「北海道って人が住んでますのんか。」

「当たり前だ。」

「そやかてソンナ遠く行って御金がのうなっても誰も助けてくれまへんやろ、そんな遠く行くの

嫌やわ、あんたはパチンコにいかはるやろし内一人でいるのいやや。」

「馬鹿だな雪ばっかりの所にパチンコ屋なんてないから心配するな、其れより出発は三日後だ

俺も其れまでは休みだから荷造りするぞ。」

智子十歳、忠一九歳昭和三十三年十二月の事であった。





















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最終更新日  2007年10月22日 17時11分38秒
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