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入社以来始めて座り全車両を見渡せる電車で悠々と帰宅して、男が最初に取った行動は各メディアに自分を売り込む作業から始めた、おりしも占いブーム絶対当たると公言したのだから各局こぞって男を偵察に来た、男は先ず過去の眼鏡を掛け対応した人々の過去を寸分の間違いなく言い当てる次に小用と称して座を外し今度は心を読む眼鏡に架け替え、これまた総て当ててしまう更に「未来も当てられるが之は高額な見料を必要とするので、今当てる事は出来ない私の力を認めて下さった方のみに御教えしましょう。」但しと続ける「私の力が増えて忙しくなれば当然見料の高い方を優先しますので、今のみサービス料金とします。」 決して安くは無い金額を提示すると集まっていた人々から驚きの声が上がった、各局の代表は急いで社に戻ると局長に仔細を説明し特番を組むよう迫っていた、或る局は総理の次期当選は有るかを売りにし又或る局は大物俳優の未来等をこぞって特番を組んだ。 男は何もせずとも通帳に大金が振り込まれていた、アクセク働いていたのが馬鹿らしくなるほどに男は一流の服を仕立て一流のレストランで食事をし高層マンションに引っ越した、明日から始まるTVの特番をこなせば顧客は山ほど来るだろう貧相な暮らしをしてはいられない、次の日局からの迎えの車に乗り込みスタジオ入りすると政治家や大物俳優が胡散臭い奴を見るように男を品定めする先ず始めに全員の心を読み休息を入れて、明日の出来事を見たままに伝える。 占って貰った人々は心を読まれたのには驚いたが「そんな事感の良い奴なら分かるだろう。」全く信用していなかったが、次の日の行動が細部にわたって昨日言われた通りになってしまうと信じざるを得ない先ず動いたのは政治家、次の選挙が気になる次に映画監督次回作がヒットするかどうか伺いをたてに来る、破格の見料にも関わらず男の許を訪れる人は途切れない。 男の生活はより一層派手になり夜の街に繰り出せば何十人もの供が付き一晩で一千万の金が飛んでいった、数十人の女を囲いクルーザーに専用飛行機幾ら使っても通帳の金額が減る事は無い或る日男は考ええた「並みの人間が出来ない贅沢はやり尽くした、此れから俺の人生は如何なるのだろう。」未来を見る眼鏡を掛け一年後を頭の中で念じ鏡を見た、何と男は癌で苦しんでいるではないか医者は「今日が峠だな。」看護師と話している「之は何かの間違いだ。」二年後を念じ鏡を見る鏡には何も映らない「俺は死ぬのか、一年後には死ぬのか。」人の数倍楽しい思いもした然し一年後には癌で苦しんで死ぬ、男は気が小さかった自分の住むマンションの屋上から飛び降りた。 「馬鹿な男だ折角説明書を付けてやったのに。」そう鏡は反対を映す男は生涯平和で贅沢な暮らしが約束されていた、占い師は自分の事は決して占わないのが鉄則なのだ。
2007年11月21日
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或る日の夕方、悲壮な声が聞こえてくる 「母さんや、俺はいよいよ駄目だ。」 「何言ってるんですか御父さんマダマダ頑張れますよ。」 「然し命の灯りが点滅しだした、もう時間の問題だ。」 「大丈夫、気を確かに持っていれば 私だって首が黒くなってるけど頑張っているんですから。」 御互い支えあっていたが 「あーあ、もう限界だな、買って置いて良かった 小さいのも危ないから纏めて変えてしまうか。」 円形の蛍光灯は大小共に取替えられゴミ箱に…
2007年11月21日
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昔路上で中身が透けて見えるレンズと言う怪しげな物を売っている小父さんが居たのをご存知ですか、小父さんは卵にレンズをあて「ほらヒヨコが見えるだろ。」学校帰りの子供達を集め一個十円ぐらいで売っていたのです、当然私も親にねだったのですが結局買っては貰えず其の仕組みは今もって分からず仕舞いで終わりましたが今売っていたら騙されていると分かっていながら迷わず買うでしょう。 こんな話を思い出したのは今目の前で「残りは一組だよ。」路上で叫んでいる中年の男の前に眼鏡が三つ並んでいるからだ、私は路上に屈み「眼鏡なんて度数が合わなければ意味が無いじゃないか。」男をからかうと売っている男は真剣な顔で「此の眼鏡は度数なんか関係ないんだ。」良く見ると眼鏡の前に其々特徴が書いてある「未来」「過去」「心中」吹き出しそうになるのを我慢し「まさか此の眼鏡で過去や未来が見えるって言うんじゃないだろうな、それにしても「しんじゅう」ってなんだい「しんじゅう」じゃない「心中、つまり心の中が見えるんだ。」「それじゃ此の三点の眼鏡を買えば怖い物無しだな、嫌な未来なら避けられるし上司や商談の相手の心も読めるから出世間違いなしだ、試しても良いか。」眼鏡を手に取ろうとすると男は「嫌一度掛けると眼鏡は掛けた人を主人と認識し売り物にならなくなってしまうから駄目だ。」尤もらしい事を言う値札を見ると其れ程高額な物でもない、幼い頃の記憶が蘇えり後で後悔するより騙されても良いから買ってやろうと決めた、三点纏めて買うと男は注意書きを書いた紙と眼鏡を無造作に新聞紙に包んで寄こす「そんな包み方でレンズは大丈夫なのか?」買った以上自分の物であるから少しムっとして問うと「そんなに柔じゃない。」ニタリと笑い新聞に包んだ眼鏡を男に渡す。 新聞に包んだ物を手に持ったまま歩くのは如何にもみっともない、何時も持ち歩いているバックに入れようにも三本も一緒に包まれた眼鏡は入らない、包みを解き新聞を小さく切り取って一本づつ包み直すと何とか二本は入ったものの残りの一本が如何しても入らない、胸ポケットにでも入れようかと考えたが帰宅ラッシュで割れてしまうかも知れない、考えた末残りの一本は自分が掛けて帰る事にしたが掛けた途端すれ違う人々の表情が一変した。 男に向って歩いて来た女は血の滴る包丁を手にし泣いている、並んで歩いていた男性は何ヶ所も刺されたのだろう到る所から血を流しモガキ苦しんでいるではないか、見るに耐えられず目を移すと子供連れの親子の姿然し子供はグッタリとして動かない、其の傍に茫然としている母親の姿男は何が起こったのか暫く理解できなかったが眼鏡をかけてから此の現象が起きたのに気付き慌てて眼鏡を外した何やら笑いながら話て通り過ぎる親子、シッカリ手を繋ぎ御揃いの服を着て通り過ぎる若者達。 「何だ今の光景は。」気味悪くなった男は眼鏡をシッカリ握り締め帰宅し三本の眼鏡の効果を読んでみると如何やら先程掛けた眼鏡は未来を見る物だったようだ「マジかよ、嫌未だ信じられん明日は他の二本を会社で試してみよう。」翌日男は大きめのバックに眼鏡を忍ばせ出社すると過去の眼鏡を掛け仕事を始めると同僚が「あれ、お前眼鏡掛けてたっけ。」不審な目で男を見る「あー、小さな文字が見えにくいと思ったら近視だったんで昨日誂えたんだ、其れよりお前部長の娘と付き合っているんだろ水臭いな如何して俺に教えてくれなかったんだよ。」同僚は慌てて「如何して知ってるんだ誰にも言ってないのに。」「こんな話は幾ら隠しても何処からか聞こえて来るもんだよ、其れよりお前も此れで出世が約束されたようなもんじゃないかオメデトウ。」「未だ君しか知らないんだろ頼むから黙っててくれよ。」「目出度い話じゃないか如何して言っては駄目なんだ、あーそうか総務の娘と未だ切れてないんだな身辺整理は早くした方が良いぞ。」「ど、如何して其処まで知ってるんだ。」同僚は男を恐れだした。 「まあ此のぐらいにしてやるか。」男は「大丈夫黙っててやるよ、でも此の貸しは返してくれよ。」笑いながら同僚の許を去ったものの眼鏡の効果が本物であると確認出来ると身体中に震えが走った「此の力を有効に使えば大金持ち嫌世界征服も夢ではない、先ずこんな小さな会社にコツコツ勤めて時間を無駄にしている場合ではない、自分のデスクに戻ると急いで私物を纏め辞表を書き上司の机に置くとサッサと帰宅した。
2007年11月17日
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毎日起きる悲惨な交通事故、自分だけは大丈夫だと思っていませんか?でも今時自分は気をつけていても貰ってしまう事故も多いのです、女は只普通に歩道を歩いていただけ其れなのに正面から居眠り運転をしていた車に撥ねられ、全治三ヶ月の重症を負ってしまった。 骨折や内臓損傷等は時が経つにつれ回復に向かっていたが、致命的な後遺症が残ってしまった其れは目、角膜損傷により移植手術を受けない限り闇の住人となってしまたのだ家族は元より本人の嘆きは傍で見ていられない、微かな望みを託し角膜を戴けるよう登録はしたが医師の話では「望みは薄いので早く闇の世界に慣れるよう努力された方が…」気の毒そうに言う。 然し神は女を見捨てなかった、一ヵ月後に角膜提供者が現れたのだ提供者の名前等は明かされなかったが本人も家族もまるで蜘蛛の糸を昇り切ったような歓喜に包まれた。 手術が終わり包帯を取るまで女は闇の中で様々な光景が浮かんで来るのを見ていた、見た事もない街並み、会った事も無い人々、角膜の持ち主が見せる光景とは聞いた覚えがある多分そうなのだろうと深くは考えなかった、いよいよ包帯を取る日が来た一番に医師や看護師の顔がハッキリと見える朝日が眩しい、見えるとはこんなに嬉しいものなのだと感激して涙が頬を伝う。 次に夫の顔を見た途端悲鳴を上げた「此の男が私を殺したのよ、早く捕まえて。」男は妻が入院中援助交際をしていたが、其れをネタに強請られ殺してしまった其の女の角膜が妻に移植され恨みを晴らすとは思いもせず…妻の複雑な心境…
2007年11月07日
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閑静な住宅街に深夜悲鳴が響き渡る、近隣の家々の明かりが灯り窓から様子を伺う家もあるが外に出て来る者は居ない、其の内誰かが通報したのだろうパトカーが止まり悲鳴の聞こえた家のチャイムを鳴らしている、ドアを開けた主人は警官と何やら話していたが数分で引き上げていった。 「だから止めなさいって言ったのよ。」 「だけどテレビなんかで良く観るじゃないか。」 「あれは漫画でしょう。」夫婦が言い争っている傍で子供が腫れ上がった頬を押さえ泣いている。 歯に括りつけた紐をぶら提げて、そう夫は虫歯で苦しむ我が子の歯を抜いてやろうと歯に紐を結びつけもう一方の端をドアに括り付け、思いっきりドアを閉めたのだ奥歯は抜けず悲鳴が…息子の頬は以前より腫れ上がっただけだった。其の日以来息子が父を見る目は変わった。
2007年11月07日
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「やっと出して貰えるのね。」 「長かったなー。」 「もう一ヶ月も経つんですもの、身も心も凍りついてしまったわ。」 「いよいよ出番か。」 「皆の喜ぶ顔が目に浮かぶわ。」 一ヶ月も前に作られたケーキは街にクリスマスソングが流れる頃 冷凍庫から出される。
2007年11月07日
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雪の中集会を開いている集団、話を聞いていると「毎年安い賃金で夜中に働かされて好い加減嫌になっちゃうよ。」「俺達の話なんか聞いてくれないんだからな。」「あいつらは良いさ、皆に喜ばれて感謝されるんだからな。」「俺達はただ重い荷物と太ったサンタを乗せて走るだけで誰にも感謝されない、今年はストを起そうぜ。」過酷な労働の割りに報われないトナカイの集団だった。
2007年11月07日
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一昔前は男腹と言って男子を産むと喜ばれたものだが今や女性はどんなに高価な宝石より貴重に扱われていた「又女か、もう三人目だぞ役に立たん女だ。」子供を出産したばかりの女に罵声を浴びせる。 女も済まなさそうに「今度こそ頑張るわ、だって私未だ若いんですもの。」「種は少しでも畑が広大なら幾らでも増やす事が出来るんだ今度こそ女を産めよ、俺達が元気な内にな。」成人男性は全人類の二割もいれば社会を維持出来るが女性が少なくなってしまうと移植する臓器を産む子供が少なくなり国は滅びる何しろ男に子宮は無いのだから。
2007年11月07日
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大勢の子供達が犇めき合っている、喧嘩をする子もいれば懸命に食事をする子 お喋りに興じる子供、然し何処を見ても親の姿は見えない 数ヶ月もすると子供達は次々減って部屋の中は疎らに子供達が残る 広い部屋は何処と泣く寂しい。 「皆何処に行ったの。」 「解らないよ。」 「一番大きな苛めっ子が一番先に居なくなったよね。」 「僕、アイツにはチビチビって何時も苛められたよ。」 「皆同じ時に生まれたのに僕達小さいから何処にもいけないんじゃないかな。」 「沢山食べて早く大きくなって皆の待っている所に行こうよ。」 「そうか、大きくならないと皆の所に行けないんだ、頑張って食べよう。」 一生懸命食べた甲斐があり一ヵ月後には出て行った仲間と同じぐらいの 大きさに育った。 「もう良いだろう、そろそろ出荷しないと親鳥になってしまう 身の柔らかい内に売らないと。」 「そうね、今日残っているのを全部売ってきてちょうだい。」 一生懸命大きくなった雛は食肉加工業者に売られて行った。
2007年11月03日
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そんな壷の事等すっかり忘れた頃若者は失恋した、5年も付き合ってソロソロ結婚でもと思っていた矢先女は条件の良い男性を見つけサッサと結婚してしまったのだ、心の中に穴が空き如何しようも無い悲しみが若者を襲う、若者は男泣きに泣いたが悲しみは癒えない。 ふと壷が頭の中をかすめる「気休めでも良い試してみよう。」机の引き出しに仕舞っておいた壷を取り出し涙を入れると、不思議な事に女など如何でも良くなった其れよりあんな女と5年も付き合っていた自分を褒めてやりたくなる気持ちになってきたのだ「俺は何で泣いていたのだろう女なんか幾らでも居るのに、あんな女一人で我慢していたなんて。」男の頭の中は既に次の女性を検索し始めている自分に驚いた。 「本物だったんだ。」壷をマジマジ眺め「此の壷さえあれば俺の人生辛い事が無くなる。」男はあらゆる辛さや悲しみ苦しさを乗り越え順調に出世し社長の娘と結婚した,ポーカーフェースであらゆる苦しみや辛さ、悲しみを乗り越えているうちに社長の目に留まり高く評価され、娘と結婚する事になった、何事にも屈しない男は家庭でも頼れる夫、父として平和に暮らしていた。 処が或る日妻が夫の書斎を掃除している時珍しい壷を発見した所から男の人生は狂い始める「珍しい形をした壷ね、何に使うのかしら。」覗き込んでも中は見えない、振ってみると微かに水の音「水だって長い間置いておくと腐るのよ。」鼻を近づけると少し匂う、窓を開け水を捨てていると手が滑って落としてしまった「あら、割れてしまったわ、でも見た所高価な物じゃなさそうだしもっと良い物を買って置いておけば良いわ、丁度今日はパパと食事の約束をしているから其の時にでも買いましょう。」鼻歌を口ずさみながら掃除を終えると出掛ける支度を始めた。 其の頃男の身体に変調が、何とも言えない遣り切れない悲しみや辛さが襲ってきていた、仕事どころではない直ぐにも家に帰って壷に涙を入れなくては辛くて生きているのも嫌になる然し今日は社長と妻の3人で昼食を摂る約束をしている、後30分しかない家に帰りたいのだ死んでしまいたい衝動を抑えられない「急に如何したんだろう。」不快な気持ちのまま待ち合わせのホテルに行くと妻は既に来ていた。 顔色の悪い夫に気分が悪いのか尋ねるのと同時に壺の話をした、妻は明るく「食事の後でもっと良い壺を買ってくるから許してね。」其れで総ての謎が解けた、何時もは鍵を付けた引き出しに入れて置くのだが今日は仕舞い忘れたのを思い出したのだ、場所も弁えず大きな声で「何て事をしてくれたんだ。」丁度入って来た社長を突き飛ばし車の途切れない車道に飛び込んだ、妻も社長も何が起こったのかサッパリ解らず表に出「何か悩んでいたのかね。」「いいえ何も、今あの人の壺を割ってしまったのでもっと良い物を買って帰りますねって話した途端走り出して…」「う~ん彼も病んでいたのかな。」警察や救急車が到着したが、まるで野次馬のように遠巻きに眺めているだけだった。
2007年11月03日
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一人フラリ旅が好きな若者は金と休暇さえあればバック一つ持って旅行していた、唯一の趣味であり楽しみであったのだ、或る日何時ものように旅行した時夕食を取る為夜の繁華街をブラブラしていると近代的な建物が立ち並ぶ中、今にも崩れ落ちそうな古ぼけた店が一軒開業していた。 何を売っているのか興味を持った若者は今時珍しい暖簾を掻き分け中に入ると、小さい様々な壷らしき物が並んでいる、らしき物とは花を生けるには口が小さい水を入れるにも不便だ手の平に入ってしまいそうな壷らしき物がが無数にある。 店の奥に主人らしき人物が座っている、若者はこれ等が何なのか尋ねると「此れは涙壷。」だと答える、話に拠ると耐えられない苦しみや悲しみに遭遇して出た涙を此の壷に入れると全部消えてしまう物らしい「なるほど其れで入り口が涙を受けやすいような形になっているのか。」納得したが信じたわけではない。 「此の地方には奇妙な店があるものだ。」若者は旅行の記念に一つ買い求めようと価格を聞いて驚いた、何と此の小さな壷が一万円だという冷やかしで帰ろうとしたが如何にも気になり買ってしまった店主はまるで薬の使用法を説明するような感じで「注意書きをよく読んでから御使用して下さい。」真剣な顔をして言う。 「たかが壷一つ売るのに大袈裟な。」気持ち悪くなり逃げるように店を後にした、食事も済ませホテルに戻ると旅の疲れか風呂にも入らず眠りに就いたが二時間も寝ただろうか、突然目が覚めた夢の中に壷が出てきたからだ「そうだ壷を買ったんだ。」若者はカバンから壷を取り出すと注意書きなるものを読み始める。「此の壷は貴方の耐えられない悲しみや苦しみ辛さを取り除く物です、それらの涙を此の壷に入れると貴方の心は忽ち晴れるでしょう。」若者は「フン気休めか一万円も出して損をしたな。」ベットの上に放り投げる、そして説明書を塵箱に捨てようとした時裏面に赤字で説明書きが未だ続いていた。 「涙が入った状態で破損したりこぼしてしまうと今迄溜めた不幸が貴方を一度に襲いますからご注意下さい、当方では其の責任は負いかねます。」「尤もらしい話しが書いてあるな、何かの余興に使えるかも知れない。」捨てるのを止めバックに仕舞い直した。
2007年11月01日
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一人の人物が鏡を見ている 「此の顔にも飽きたな、そろそろ変えるか。」 洗面台の引き出しにズラリと並んだ其々の パーツをつけては剥がす作業をしている。 総てのパーツを外した顔は目や鼻、口らしき 穴が開いているだけで突起物が無い。 視覚、嗅覚、聴覚は頭脳が果たし食事は 流動食を一週間に一度流し込むだけで済むので ストロー状の穴が開いているだけなのだ。 「昔は整形なんて面倒な事をしていたらしいが 今は楽だよ、毎日だって好きな顔を自分で作れる んだから、今日は昔風の顔で裕次郎なんかどうかな。」 顔を作るのは昔の女の化粧のようなもので マナーになってきている20××年。
2007年11月01日
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忠一は勤めながら大学を卒業し、職場での地位も上がったと嬉しそうに智子にだけは電話を掛けてきたが父母への根強い憎しみは消えておらず連絡先さえ知らせてはいなかった、智子は弟の成長を喜び益々勉学に励んだ、其の結果大検は一年で合格し通信教育で大学の法学部に合格司法試験目指し猛勉強をしていた、幸いにも勉学だけに専念できた事で大学三年には司法試験に合格したが大学だけは卒業しておきたいと其の後も勉学に励む傍ら、知り合いの法律事務所に電話番として雇ってもらい弁護士への道を歩き始めた。 智子は父を超えた事でやっと心にゆとりができ二十年ぶりに里帰りする気持ちになって忠一も誘ったが弟は頑として拒んだ、仕方なく一人で訪れた実家は事務所の看板も錆びれ壁の一部が剥げ落ちている、忠雄も仕事を減らし事務所より自宅でテレビを観ている方が多くなり事務員も解雇し、夫婦二人が食べていけるだけの仕事しか請けなくなっていた洋子も高血圧や心臓の持病がぶり返し、二人の食事を作るのがやっとで病院に行く以外は布団の中で過ごしていた。 大きく成長して帰って来た娘を過去等忘れたかのように歓迎したが、とても実家で開業する気にはなれず僅か数時間で札幌に戻った、智子にも忠一を責められない暗く深い溝は消えてはいなかったのだ数年ぶりで両親の顔を見た智子は心の区切りもつき、やっと前を向いて歩けるような気がした。 誰も訪ねる人のいない寂しい洋子の毎日は、抜け殻のように仏壇の前に座り過去を振り返る母の死から姉の死、忠雄の実家での辛かった日々、忠雄の浮気に寄り付かない二人の子供「何が悪かったのだろう。」解らぬまま振り返るだけ「ほんまに何の為に生まれてきたんやろなお姉ちゃん。」 夕日が頬を照らす、六十になったばかりだと言うのにすっかり老婆のように老け込み姉の写真に語りかける洋子の頬には涙も伝わなくなっていた。 完結しました、ながきに亘り御愛読有難う御座いました。
2007年10月31日
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「御大が来てはる。」窓を指差し繰り返す、勿論居る筈も無いが「そうやな、早よかえらなな。」すっかり白く疎らになった髪を撫でながら答えると薬が効いてきたのか眠ってしまった、付き添いの女に忠雄と洋子が心付けを渡すと女は態度を急変させ「こんなに良い旦那さんがいてはるんやったら早よう北海道に行かはったら良かったのになあ。」ヘラヘラ笑いながら心付けをエプロンのポケットにしまった。 見舞ってから丁度一週間で里が亡くなった知らせが来て、数日後形見分けとして古びた着物一枚と写真が送られてきたが里は若い頃から着道楽で覚えているだけでも箪笥に三棹は持っていた筈時計も純金で作らせた物や指輪も数え切れない程持っていた、男は吝嗇家であったがそんな金は惜しまなかった、其れが妹の許に戻ってきたのが古びた着物一枚とは情けなかったが本妻にしてみれば「元はと言えば主人の出した金、取り戻しただけ。」なのだろう。 妾と言えば其れまでだが四十年以上苦楽を共にした者に対する扱いが着物一枚とは、後に聞いた話しに拠れば入院した時点で生活保護の申請をし、男の家族は一円の金も出さず葬儀も市に任せただ焼かれるだけのものだったと言う、参列者の一人も無く知り合いの誰一人にも看取られず苦しみぬいて亡くなった姉を偲ぶと遣りきれない思いで涙がこぼれる、然も親族の承諾も得ず病院が勝手に解剖し標本まで採ったと聞き驚いた。 「何の為に生まれて来たんやろな。」古びた着物を見ていると、そんな独り言がこぼれた「お姉ちゃん、もう苦しまんでもええんや、ゆっくり休み。」同封されていた写真に語りかけ泣く日が続いた、忠雄は相変わらず賭け事から抜け出せないでいたが、仕事が軌道に乗ってからは明日の米に困るような事は無くなっていた、洋子も平成二年姉が亡くなった歳を越えた時やっと気持ちも安定した、其れまでは姉が癌で亡くなった歳まで生きられるだろうかと怯え続けていたが其の歳を越した事で洋子の気持ちにも区切りがつき「一遍京都の御寺さんにも行かなあかんな。」忠雄に言えるまでに余裕が出てきていた。
2007年10月31日
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幸いにも慎ましく生活すれば四~五年食べて行けるだけの貯えはある、上司は難色を示したが右も左も分からない法律の壁に向かって巣立つ決意をし、取り合えず弟には報告した、忠一は「お姉ちゃんにもやっと進む道が見付かったんだね、僕達も応援するから頑張ってよ困った事が有ったら遠慮しないで相談して。」弟夫婦は諸手を挙げて喜んでくれたのだ。 二人が喜びの会話をしている其の頃洋子の姉は病床にあった、全身を癌に冒され両手両足の爪を全部剥がされ厚い包帯に包まれ枯れ木のような手足や頭骸骨に皮が張り付いただけのようになった姿でベットに横たわっている、誰が見ても死期の近さを感じさせるその人に見舞い客が訪れる事も無く虚ろな眼で洋子の名前を呼び続けている。 其れも激痛でのたうちまわる頃にはモルヒネが打たれ、正常な意識でいる時間も少なくなった頃洋子に知らされた、元気でいるものとばかり思っていた洋子は忠雄に相談し二日後に京都の赤十字病院に里を見舞った、如何してこんなになるまで知らせてくれなかったのか怒りを覚えた洋子達が訪れた時には丁度モルヒネが打たれたばかりで、里は痛みに転げまわっていた此の世の地獄絵図を見たようで洋子は目の前が一瞬白くなり忠雄がいなければ其のまま床に倒れていたかもしれない。 髪は白くまばらに残り、目だけが異常に飛び出て骨だけのような手が空を掴んでいる薬の効いている時間も短くなっているのだろう「痛い、痛い。」としか言わない里に付き添いの女は「さっき痛み止め注射したとこや、少しは辛抱せなあかんえ。」慣れているのだろう少しも動じず見向きもしない、洋子は堪らず里に声を掛けた「お姉ちゃん分かるか洋子や、忠雄さんと一緒に来たんえ。」涙声で話しかけると一瞬正常な意識が戻ったかのように独り言を言い始める。
2007年10月30日
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忠一も真面目に働き結婚もしたが親には知らせず智子だけに招待状が送られてきた、たった一人の弟の結婚式だけに休暇を貰い東京まで出掛けると、すっかり大人になった忠一が結婚相手と二人で空港まで出迎えに来てくれていた、結婚相手は高校の教師で美しく聡明な女性であった。 忠一の部屋に泊まり、会えなかった数年を埋めるかのように語り尽くした互いに苦労したのは分かったが忠一の成長には目を瞠るものがあった、其れも忠一の結婚相手が大きく影響していた新聞社に勤めたとは言え中学しか卒業していない忠一に出世の道は閉ざされている、何年勤めようと後から入社してきた若者に顎で使われる、そんな事に何時まで我慢するのかと大検の試験を勧めてくれた忠一も期待に応え合格していたのだ、更に通信ではあるが大学にも合格。 忠一の成長はまるで我が子のように嬉しく、使い道の無かった二百万円を二人に結婚祝いとして贈った、二人は固辞したが姉として祝ってやれる形は金ぐらいしかなかったので家を出るときそっとテーブルの上に置いて出た、智子も真面目な勤務態度が認められパチンコ屋のカウンターから事務所に移り課長として新人教育を任されていた、上司は智子を可愛がり「パチンコ屋で一生を終わらせては駄目だ、資格を取って色々な可能性にチャレンジしなさい。」様々な講座のパンフレットを持って来ては智子に勧めてきだしたのだ。 高校も卒業できず思春期に家庭に問題があった智子はコンプレックスの固まりで人と馴染むのは苦手になっていたのに上司の持って来る講座は出かけなければならない、其れが苦手で上司には気の毒だがパンフレットは智子の部屋の片隅に山積となって埃をかぶっていた然し或る日の新聞に四十歳で司法試験に合格した女性の記事が掲載されていたのを読んだ、女性は主婦で法律とは無縁のスタートから三年で資格を取得したと記載されている、智子の中で何かが弾けた憎んでいる父は会計士、司法試験に合格すれば弁護士にもなれる父を超えられるような気がして上司に相談した上司は「理想は高い方が良いけど高過ぎるよ。」まるっきり相手にしてもらえなかった。 誰が考えても無謀な挑戦だ、試験には大学卒業程度の学力が第一試験で要求されるのに中学しか卒業していない、単純に考えても智子は高校に編入して大学を卒業するだけで六年の歳月を費やさなければならない計算になる、今年三十五歳になる智子はそれだけで四十を超えてしまう。 だが智子は諦めなかった長い人生コンプレックスの塊だった学歴が得られると共に資格も取得できるチャンス今の時期を逃したら一生後悔するような気がした。
2007年10月30日
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智子が就職してから三年後忠雄は会計士の仕事も軌道に乗り、自動車工場の経理も辞め事務員を雇うまでになっていた、持ち前の外面の良さで顧客は増え続け自宅兼事務所も新築にし洋子もやっと楽が出来ると安心した途端、体調が優れず寝込む時間の方が多くなってしまっていた診断は更年期障害で「高血圧と心臓が弱っているので無理はしないように。」医者に言い渡された忠雄は過去を忘れたかのように迷わず智子を呼び戻す決心をしてした。 苦労して夜間高校に通学し卒業も見えてきた残り一年で智子は呼び戻された母の看病の為に帰りたくは無かったが母の生死に関わると言われれば帰らざるを得なかった、約束通り姉の後を追ってきていた弟には「頑張ってお金を貯めてから帰っておいで。」良く言い聞かせたが弟は姉の言う事を聞かず一緒に帰ってきてしまった、忠雄は忠一まで帰って来た事に腹を立て「こらえ性が無い。」散々責めたが聞く耳を持たなかった「皆に迷惑をかけ不幸にした男。」弟には忠雄を憎む気持ちが大きく父親としての威信は無い。 智子の懸命の看病の甲斐あって洋子の病状は安定し、起きている時間の方が長くなり食事の支度も出来るまでに回復すると忠雄は「何時まで働かずにいるつもりだ。」智子を責めだした洋子も庇う事無く黙っていた、余りに身勝手な親の言葉に吹雪の日札幌のパチンコ屋に就職を決めた、住み込みで働ける所と言えばそんな所しかなかった。 普通の親なら引き戻されるような所でも忠雄は仕事が見付かったと言うだけで喜んだ、智子は二度と家には帰らぬ覚悟で吹雪の中未知の世界に旅立つ、忠一も後を追ってこようとしたが当時のパチンコ屋はならず者の吹き溜まり、折角真面目に働いていた忠一を悪の巣窟のような所に呼ぶ訳にはいかない心を鬼にして突き放す、忠一は千歳で友人の家を転々とし働いていたが新聞の求人欄で職を探し東京の新聞社の就職を決めた。 智子もパチンコ屋とはどのように恐ろしい所かと覚悟を決めて就職をしたものの、ごく普通の人達の集まりだった入った会社が良かったのか会社組織になっていて福利厚生も整っているし寮費千五百円さえ払えば暖房完備の十二畳が与えられ、光熱費、食事も無料、着る物にも遊びにも興味の無い智子は給料の殆んどが貯金として残った。
2007年10月30日
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其れは「行きたい。」と言っても行かせてやれないと無言の圧力をかけている言い方だ「私車酔いするから行きたくない。」智子の言葉にホットしたように「そうや、あんた車に酔うから行っても面白ないわな。」修学旅行不参加に印を付けると「先生に渡してな。」嬉しそうに智子に渡した智子の担任は揉め事や面倒は避けて通りたい人物で智子が提出した就学旅行不参加の用紙を何も言わず受け取り出席名簿に挟んだ、若しかしたら教師が母に何か言ってくれるのではないかと言う淡い希望も打ち砕かれ、皆が旅行に行っている間一人寂しく家で過ごした。 智子が卒業する頃忠雄は会計士の資格を取得し自宅を事務所にして開業した、事務所とは言え自宅に電話と机が有るだけで其の電話が鳴ることはない、忠雄は自動車工場の経理を続け乍顧客確保に奔走する毎日、妻子の事等に構っていられない忙しい日々を送っていた、智子の「早く家を出たい」思いは変わらず高校受験など頭に無かったが成績優秀な智子を学年主任が黙ってはいない、何度も家まで足を運び「受験だけでも。」両親を口説いていたが忠雄も洋子も其の余裕は無く、智子の「就職したい。」と言う言葉に救われていたが本当は進学したかった智子のクラスで就職したのはたった三人だけだったのだから、然し其れ以に一刻も早く出来るだけ遠くに行きたいのも本心で智子は本州の紡績工場に就職先を決めた。 努力次第で高校にも行ける其れが第一の決め手だった、本当は高校に行きたかった智子には魅力だった卒業アルバムも欲しかったが買っては貰えなかった、貧乏にも忠雄の勝手さにも其れを許す洋子とも離れたかった、忠一は初めて離れる姉を駅まで見送りに来たが「僕も卒業したら姉ちゃんと同じ所に就職するから。」涙を浮かべて言うと列車が来るのも待たず帰ってしまった、両親との別れより弟との別れの方が辛い智子を乗せた列車は出発した。
2007年10月29日
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一日中立ちっ放しで足は浮腫み、何と言われようと客商売なのに「いらっしゃいませ。」の一言が出ないのだ、黙って辞めたものの三日分の給料は欲しい自分で行けは何を言われるか分からないので智子に行かせる、店主は散々洋子の悪口を言ってから本人が来なければ渡せないと三日分の給料は貰えなかった、智子は帰って其のまま洋子に伝えたが洋子は智子の言い方が悪かったのだと智子を責め、もう一度行くよう叱った。 「お母ちゃんも付いて行ったるさかい。」嫌がる智子を連れ二人で出掛けた娘を店内に入らせ洋子は外で待った、店主は前回と同じ言葉を繰り返し金を渡そうとしない、智子は半分泣きながら店の戸を開け「お母ちゃん駄目だって。」外にいる母に向かって叫んだ、其れを聞いた店主は目の色を変え店の外に飛び出し「洋子さん来てるんなら如何して自分で取りに来ない、言いたい事も有るだろう自分のケツを娘に拭わせるような真似が良く出来るな。」顔を真っ赤にして怒鳴った洋子は観念し店主に頭を下げ何とか三日分の日当を貰ったが、其の帰り道「情けな、何で内がこんな思いせなあかんのやろ。」自分の不幸のみを愚痴った。 紹介された仕事を黙って辞めたので民生委員は烈火の如く怒って怒鳴りこんで来たが幸いにも保護は打ち切られなかった、忠雄が金を使い果たし女と戻って来たのは半年後の冬、六畳二間に中学生の子供二人と夫婦そして愛人が寝る異様な生活が一週間続いた、女は結核が悪化しているのか洋子が最後に見たときより痩せこけ皮膚はどす黒く変色していた、其れでも真っ赤な紅を引き狐のように釣り上がった目で寝ている。 洋子も体調を崩し寝込んでしまった、栄養剤を買って与える忠雄に「内に毒飲まして殺す気か。」栄養剤の瓶を投げつけた、女はいよいよ末期だったのだろう長沼の実家に帰って行く事になったが最後に「奥さんすいませんでした。」弱々しく言い残して、女の姿を見たのは其れが最後だ。 忠雄も目が覚めたのだろう女の後を追うような事はなかった、然し忠雄が帰って来たからといって生活が楽になる訳では無く生活保護は忽ち打ち切られ逆に苦しくなった、忠雄は自衛隊にいた時会計隊に所属し事務系には強かったので暫くすると自動車工場の経理として採用された、やっと其の日の糧に困るような事はなくなったが、智子の修学旅行の費用までは出せなかったのだろう或る日の朝洋子は智子を呼んで「智子如何しても修学旅行行きたいんか。」
2007年10月29日
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悔しさに涙ぐみながらもやっと金が手に入るのだからと頭を下げ、金の入った封筒を手にし其の足で民生委員の家を訪ね借りていた三千円を坂齊しに行った「助かったと思ったのも束の間翌日から毎日「仕事は見付かったか。」「働く気はあるのか。」矢のような催促をしに民生委員が訪れるようになった「未だどす。」申し訳無さそうに答えると「家に居ても仕事なんか見付からないよ毎日職安にでも行って探さなきゃ。」連日の催促に疲れ果てていたが、外に出て働いた事の無い洋子には民生委員の訪問より働く事の方が恐怖だった。 民生委員の訪問さえ我慢していれば生活は安定してきた、給食費や学級費は市が負担してくれたし教科書代も出さずに済んだ、然し子供達がどんな惨めな思いをしているかまで洋子は知らない毎月生徒が集める給食費や学級費に子供達の袋は無かった、中学にもなると其れがどのような意味を持つのか分かってくる、分かった上で「先生智子ちゃんの給食袋が有りません。」大きな声で叫ぶ。 教師は「ああ、良いんだ事情があって今月から智子の給食袋は無いんだ。」其れが何を意味するのか全員が知る事になる、智子はいたたまれず教室を出るが給食の時間になると教師は職員室に行き生徒だけになる「給食費も出さずに食べている人がいます、其れはだれでしょう。」クラスの誰かから毎日言われ続けた、教師のいない教室は無法地帯であった、忘れた振りをしてパンを配らなかったりチーズを置かなかったりした、智子の他に三人同じ境遇の生徒がいたが慣れたもので平然として取りに行く。 或る日、市の福祉課から「古着の配給があるから公民館に取りにくるよう。」通知があった時洋子は智子に行かせた、古着など欲しくはなかったが行って記帳しなければ保護を打ち切られる恐れがあるからだ、其の時他のクラスの一人と会った時の気まずさ恥ずかしさ十代の智子には消えてしまいたい程の屈辱だった、二~三点の衣類を掴み名前を記帳すると逃げるように公民館を後にした一刻も早くこの場を離れたかったのだ、顔から火の出るような恥ずかしさに耐え持って帰った衣類を見て洋子は「こんなしょうもないもんの為に行かなあかんて、あほらし。」娘の気持ちも考えずサッサと塵箱に捨てた、行きたくも無い場所に行かされ、かかなくても良い恥をかいてきた智子の気持ちなど少しも考えてはくれない母に失望した。 忠一はとうとう学校に行かなくなってしまった、下校時間になると家に帰ってはくるのだが教師が授業中智子の教室に来て忠一の行きそうな所を訪ねに来て、教師と一緒に忠一を探さなくてはならないから休んでいる事が分かってしまう、教師が幾ら問い詰めても何も話そうとはしなかったが智子には忠一の気持ちが痛いほど分かった。 そんな子供の気持ちは洋子には理解できなかったのだろう、忠一が小遣い欲しさに近所の留守宅から金品を奪い何度か警察の世話になっても、ただオロオロして泣くばかりで謝罪に歩く考えさえ持てない腫れ物に触るように忠一が欲しがる物は何でも買い与え、学校に行かせようとしたが素行は直らない姉弟で一つの布団に寝ていたが、深夜まで二人で語り合う忠一は幼い頃のままで明るい未来を語り合ったそして必ず「お父ちゃんのようにはならない、早く卒業してこんな家出て行きたい。」合言葉のように締め括っていたが「でも、お姉ちゃんが卒業したら僕一人になってしまう如何しよう。」「待ってるから、同じ所に就職すればいいでしょう。」とりとめも無い話を語り合う内眠りに就く日々が続いた。 洋子が働かないのに業を煮やした民生委員は仕事を探して紹介していた「働かないで食べているのは泥棒と同じだよ。」郊外の焼肉屋を紹介したのだ、働くなど考えた事もなかったが紹介された所に行かなければ保護費打ち切りという更なる恐怖が待っている、洋子は焼肉屋に勤めだしたが三日しか続かなかった。
2007年10月28日
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薄明かりの玄関に取り残された洋子は、金を握り締めると急速に緊張感が溶けていくのを感じ腹が鳴った、朝食を食べたっきり何も口にしていない事に気付いた腹の鳴る音を薄いコートで隠すように家路を急ぐ、子供達は電気も点けず壁に寄りかかって座っていた。 智子は忠雄に似て頭脳明晰であったが忠一は洋子に似たのか人に馴染むのが苦手で度々無断で学校を休み野山で時間を潰し、素知らぬ顔をして下校時間になると帰宅していたのだが当時は給食も持って帰れる物は休んだ者に近くのクラスメートが届けるようになっていたので休めば直ぐに分かってしまう、問い詰めると「明日からは絶対行くから。」母に誓うのだが次の日もパンは届けられた。 「こんな時お父ちゃんがいてくれはったら忠一も言う事聞くのやろに。」此の儘では中学卒業も危うい忠一の将来を案じながら帰宅すると二人の子が口々に「お母ちゃん何処に行ってたの。」まるで母犬の帰りを待つ仔犬のように駆け寄ってきた、お腹が空いているのだろうシッカリ握り締めた三千円を持ち近くの八百屋で菓子パンを一つづつ選ばせる、一つ十円の菓子パンを買い求めるのに何時までも悩んでいる子供達を見ていると、菓子パンも満足に食べさせてやれない親である事が恥ずかしく早く店を出たかった、洋子はクリームパンを二人の子供はジャムパンを買い求めると早々に店を出た、一家で三十円の夕食は「あ。」っと言う間に終わったが三人の腹の虫はまだ鳴っている物足りなさそうな子供達に「明日はカレーライスを作るさかい今日は此れで堪忍してな。」隣から漂う煮物の匂いを嗅ぎながら三人は早めに布団に潜り込む。 次の日子供達を学校に送り出すと市役所が開く前に出掛けた、今日は何としても生活保護の申請をしてもらわなければならない、形振り構わず役所に行くと未だ窓口はカーテンに覆われているそれでも保護課の窓口には大勢の人々がカーテンの開くのを待ち兼ねごった返していた、カーテンが開くと人々は我先にと職員目指して殺到する、洋子も人を押し退けながら昨日の職員を探すやっと見つけた職員は奥の方で煙草を吹かし茶を飲みながら同僚と談笑しえいる。 男の前に着いた時には体中からべっとり汗が吹き出ていた、男に昨日の仔細を話すと洋子の形相に驚いたのか「あんたの仕事が見付かるまで支給するから、此れに名前書いて。」一枚の紙を投げ出した渡された紙に保護を受けたい理由等を書いて男の許に持って行くと、ろくに見もせず「一週間後に又来て。」素っ気無く言い又同僚と話しを始めたが、洋子が帰ろうとすると「早く仕事見つけてよ。」振り返りもせず言い放った。 親子三人で細々食い繋いだ長い一週間が経過し役所に行くと、又職員にクドクドと一時間あまり説教された「生活保護って言うのは、働きたいけど職が無い人や働けない人の為にある救済措置なんだよ、見た所元気そうなあんたには本当は支給出来ないんだよ、早く仕事を見付けて働いて貰わないと困るんだズルズル何時までも支給する事なんか出来ないから其の心算でいてよ。」茶を啜り煙草を吹かし乍まるで自分の金を出すかのように横暴な態度で、金の入った袋を机の上に投げ出した。
2007年10月27日
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夕暮時草むらで数人の子供達が遊んでいる然し少し様子が変だ、ヨクヨク見ていると何かを探しているようだ「まだなの早く見つけてよ。」かなり苛立った言い方で子供達に指図しているの女「あれさえ有れば私は幸せになれるのよ。」指図はするが自分では探そうとしない、草むらでヒソヒソ話をする子供達「如何して大人があんな物を欲しがるのかな?」「あれが有れば幸せになれるんだってさ。」「何か意味があるのかな。」「良く分からないよ大人の考える事って。」「其処の子達、話しなんかしてないで真剣に探しなさい見付かるまで家に帰さないわよ。」何時間も探し続けるのに疲れた大きな男の子が「おばちゃんは如何して探さないのさ。」怒って喰ってかかって行った。 「お、おばちゃん?まあ子供の言う事だから仕方がないわね、あれはね自分で採っては駄目なの誰か他人にプレゼントされなければ効果がないのよ。」「如何して。」「何か意味があるの。」何時の間にか草むらに居た子供達が皆女の許に集まってきていた「あれはね愛と希望と勇気それから何だったかしら、兎に角あれをプレゼントされて持っていると幸せになれるのよ、何皆集まっているの早く探しに戻りなさい。」「何だ、じゃあ僕達には関係ないじゃん、皆止めようぜ。」「そうよ如何して私達が此のおばさんの為に探さなきゃならないのよ。」薄暗くなった草むらを後に帰り始めた、女は慌てて「皆御願いよ、御小遣いを上げるから明日も探してくれないかしら見つけた子には何でも買ってあげるわ。」そんな悲痛な声も子供達には通用しない。 女は焦っていた会社では「御局様」と陰口を言われ上司には「定年まで居られると良いんだがね。」暗にリストラを仄めかすような口振り、親からの見合い話しもとっくに途切れ思い切って入会した結婚相談所も高額な料金を取ただけで一向に紹介して貰えない、一人の方が気楽で良いと思って同僚の結婚を見送ってきたが最近妙に人恋しい。 或る日の帰途占い師に呼び止められた、普段なら絶対足を止めたりはしないのだが其の日は例によって上司に嫌味を言われ苛々していたせいもあり、フラフラ占い師の許に歩いて行ってしまった「貴女には悩みがありますね。」何時もなら「人間誰だって悩みの一つや二つ持ってるわよ。」言い返す所だが「当たったわ、如何して分かったのかしら。」笑い話しのような問答を真剣にしてしまった「貴女を幸せにするアイテムは一つしかありません。」此処で「ハッ」と目が覚め何か高額な物を売り付ける気ではないかと警戒した、然し占い師は女の心を読んだかのように「私が何かを売り付けると思ったのではないですか。」笑いながら女に言う、心の中を見透かされ「この人は本物だわ。」すっかり信頼した「貴女の不幸を取り除くには四葉のクローバーを誰かからプレゼントされると、今迄不幸だった分マトメテ幸になれます。」 「は~四葉のクローバー?」「そうです、でも自分で採ってはいけません、飽く迄も人から戴かなくては意味がないのです然も50才になる前に、其れまでに見付けられない時には更なる不幸が貴女を襲うでしょう。」気味の悪い占いをされ女は見料を払うとサッサと家路に着いた「50って後3日しかないじゃないそれに四葉のクローバーなんて何処にあるのよ。」一晩考えに考えた挙句占いに掛ける決心をし会社に3日の休暇を申請し、一番初めの話しになったのである。 1日目は駄目だった後2日しかない焦ったがどうしようもない、とうとう3日目の夕方になってしまった、女は考えた「そうよ私が見つけて誰かに採ってもらえば良いのよ。」如何してこんな簡単な事に気がつかなかったのか、女は歯痒い思いをしながら必死で探し始めた。 「有った~」女の執念は実り一つの四葉を見つけた、でも近くに誰も居ないし誰も通らない自分では採れないので誰かが通るのを待つしかない、夜の帳も降り良く見ないと自分でも見失ってしまう其処へ数人の若者が「ちょっと、其処の人。」幾ら呼んでも見向きもしてくれない、思い切って「助けて~」大きな声を張り上げた、数人の若者は女の許に駆け寄って口々に「どうした?」女に声を掛ける「お願いが有るの。」「何だ?」「御小遣いを上げるから其処に有る四葉のクローバーを採って私にプレゼントして欲しいのよ。」「あ~四葉のクローバー?そんなもん何処にあるんだよ。」「其処よ、其処踏まないように気をつけてね。」数人の若者は探すがサッパリ見付からない。 其の内女も見失ってしまった「其の辺にあるのよ。」幾ら探せど暗闇の中見える筈がない何か目印になるものを置いておけば良かったと思ったが後の祭り「無いぜ、おばさん。」「もう良いだろう俺達行くからな。」其の時女がやっと見つけた「有ったわ此処よ」「何処。」女の見つけた四葉の上に若者の一歩が…「あ~足を退けて。」思わず若者の足を持ち上げた若者は足を掬われ尻餅をつき「何するんだよババア。」女はそんな声は聞こえないかのように先程のクローバーを見ると無残にも葉は散り茎しか残っていない。 怒りは若者に向けられ「如何してくれるの、やっと見つけた私の幸せを。」若者達は不当な怒りを受けて切れた「おいババアさっき小遣いをやるって言ってたよな。」翌日彼女の机には花が飾られていた。
2007年10月27日
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忠一が「お母ちゃん帰って誤判食べようよ。」洋子の腕を引っ張る、其れで目が覚めると急に足が震え一刻も早く其の場を離れたくて二人の子供を引き摺るように家に辿り着いた、救いの神は鄰の住人で九州から転勤して来た自衛隊の一家がマイホームを建て出て行った後に入居してきた左官工の一家で洋子の異常に気付いた妻が「余計な事かもしらんけど。」顔を覗かせ、部屋に上がり込んできたのだ。 頼る人も居ない洋子は話を聞いてくれる人であれば誰でも良かった、今迄の出来事を包み隠さず話すと左官工の妻は貰い泣きしながらも「泣いてばかりいてもマンマは食べられないよ明日市役所にいっといで、私らが助けてやれれば良いんだけど家も其の日暮らしの職工だから、ごめんよ。」北海道弁丸出しの荒い言葉使いだが優しい気持ちは伝わる「市役所に行ってどないなりますのどす。」「市役所に生活保護課って所があって、あんたみたいな人を助けてくれるんだよ兎に角一日も早くいっといで。」早口で捲くし立てた。 今迄何もかも忠雄に任せてきた洋子が始めて自分で行動しなければならないのが生活保護の手続きだった、明日の朝一番にも行かなければ菓子パンさえ買う金も残っていない誰も助けてはくれない、翌日意を決し訪れた市役所は幾つかの薄暗い窓口が並んでいた、何処の窓口で誰に話せば良いのか分からず取り合えず正面の窓口に行って「生活保護を受けたいんどす、此処で宜しおすやろか。」眼鏡を掛けた職員に聞くと洋子の言葉使いに一瞬驚いたようだったが、鼻を木で括ったように「此処じゃないよ。」言われ、教えられた窓口に行けば「あっちで聞いて。」鼻で方向を指示され、其の窓口に行けば「此処じゃない。」たらい回しにされ朝早く出て来たにも関わらず目的の課に辿り着いたのは昼になっていた。 それ程広くない市役所を一回りし辿り着いたものの昼だからと更に一時間待たされ、やっと話を聞いては貰えたのが係りの人間は冷たかった「此処に来れば直ぐにも金が貰えると思っているようだけど、そんな事してたら役所がパンクしちゃう人様の税金あてにしないで、あんた若いんだから働きなさい。」タバコを吹かしながら人を馬鹿にした様な態度で物を言う。 洋子は「働いたことがおへんし何処で働いたらええのかも分からしまへんのや、其れより今日食べる物もないんどす。」一目も憚らず泣き「今夜から食べるもんもおへんし、電器や水道も止められますのや、子供達の給食費も払えしまはん、助けておくれやす。」涙ながらに訴えたが職員は飽く迄も冷たく「いきなり来て『はい、そうですか。』なんて金は出せないよ、取り合えず地区の民生委員を紹介するから其処行って相談してから又来て。」自分の名刺の裏に民生委員の住所を書き投げ捨てるように洋子に渡した。 市役所を出ると二時を回っていた、洋子はクタクタに疲れていたが家には帰らず市役所を出た足で渡された名刺の裏に書かれた民生委員の住所を探して歩いた、二時を回ったばかりだと言うのにドンヨリと黒い雲がまるで洋子の心の中のように立ち込めている。 名刺に書かれた住所と表札に書かれた名前を確認すると緊張してブザーを押す出てきたのは主人だった、名刺を渡し市役所で言った話を又繰り返した男は玄関にも入れずに「最近多いんだよな楽して金を貰いたがる奴が。」洋子を睨みながら言う、もう如何して良いのか分からず其の場に座り込んで泣いた、流石に外聞が悪いと思ったのか玄関の中に入れ「取り合えず手続きをしなければ金は出ないよ、手続きしても金が出るのは早くて二週間はかかるな。」ぶっきら棒に言うと早く帰れと言わんばかりに背を向けた。 「二週間も待ってたら一家三人餓死するしかおへん。」男のズボンに縋り付き離れなかった男はポケットから千円札を三枚取り出し「此れで二週間は持つだろう。」洋子の足元に投げ出した「言葉は悪いけど優しいお人やったんやな、三千円もくれはるなんて。」男の後ろに後光がさして見えたが幻だった「其の金は貸すんだから役所から金が出たら返して貰うよ。」背中を向けて言うとサッサと奥に消えて行った。
2007年10月26日
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昨夜洋子に知られた事で決意したのだろう何時ものように子供達を学校に送り出してから食事を持っていくと忠雄のベットは綺麗に片付けられ何一つ残ってはいない、同室の三人は気の毒そうに洋子を見詰めるばかり「家の人何処いかはったんやろ、知りまへんやろか。」三人の顔を代わる代わる見ると「女がいる。」と教えてくれた男が「忠雄さんな、今朝退院したよ女と一緒に。」崩れ落ちるように座り込んだ洋子だったが数分後には看護師を捕まえ「家の人知りまへんか。」気が狂ったように訪ね歩いていた。 看護師も薄々二人の関係には気付いていたが、病気以外の事に深入りするわけにもいかず見て見ぬ振りをしていて「私達は何も知らないんです。」皆逃げ回った、医者にも詰め寄ったが「本人の希望ですから、退院させないわけにはいかないから許可しましたが其れ以上の事情は分かりません。」言ったものの気の毒だと思ったのだろう「部隊に問い合わせてみては如何ですか。」親切に助言してくれた。 医者に礼を言うのも忘れ洋子は部隊に走った、病院から自宅まで五分更に部隊まで走っても十五分はかかる北海道とは言え初夏の太陽は容赦なく洋子の体力を奪う、倒れこむように部隊に着くと専任と呼ばれる忠雄の上司に面会を求める、数分が何時間にも感じられる狭い待合室は蒸し暑くハンカチ一つ持たずに来た洋子は吹き出る汗をブラウスの袖で拭う、間もなくやって来た専任の話しに洋子は耳を疑った、忠雄は数週間も前に退官し既に退職金も受け取っていた。 洋子と子供達は捨てられたのだ、余りにも衝撃的な事実に如何して帰ってきたのかさえ覚えていない「お母ちゃん。」洋子を揺さぶる智子の声、薄暗い部屋で電器も点けず座り込んでいる母の異常な姿に中学二年になった智子と今年中学になったばかりの忠一は恐ろしさと不安で母を揺さぶり続けていた後数日分の米と幾らかの小銭しか残されていない、食べる事も出来なかったが子供達の給食費学級費も無い、このままでは一家三人餓死するしかない洋子は考える間も無く忠雄の実家と姉の元に手紙を書いた、姉からは年金で細々と生活していて御大が病弱で薬代がかかる旨等が書かれた手紙と共に僅かな金が送られてきたが「此れ以上はしてやりたくても、してやれない堪忍してや。」其れは姉に出来る精一杯の気持ちであろうと察するにあまりある手紙とお金であった、僅かな金は綺麗に折り畳んだ跡があり苦しい生活の中から捻出されたものだと想像されたからだ、洋子は送られてきたお金を握り締め涙した。 忠雄の実家からは案の定何の音沙汰もなかった、数日は凌げるが其の後は如何して良いのか見当もつかず日々は過ぎていくばかり、思い切って何時も電話を取り次いでくれる大工の夫婦に今迄の事情を話し借金を申し込んだ、夫婦は冷たい眼で洋子の話を聞いてはくれたが「うちらだって御金が有り余っているわけじゃないんだから、もうこれっきりにしてよ。」財布から千円札を取り出し洋子の膝に落とした、何日も食べられない金額に何度も頭を下げて借りた帰り道惨めさにこぼれる涙は止まらなかったが取り合えず数日は飢えなくても済む、暫く空を仰ぎ涙を乾かすと空腹で待っている子供達の許に帰り智子に一升の米を買いに行かせた。 北海道に来た時からの馴染みの米屋で忠雄がいた時には一斗買いしていた所だから一度智子に後払いにして貰えないか聞きに行かせたが、長い付き合いにも関わらず「現金でしか売らない。」主人にキッパリ断られていた其れ以来一度に買い求められる量は一升になってしまっていた洋子は一升の米を買いに行くのが恥ずかしく何時も智子に行かせた、瞬く間に無くなる米と金学校から給食費等の催促「もう死ぬしかない。」思い詰めた洋子は親子三人で千歳橋の欄干から川の流れを見詰めていた。
2007年10月25日
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男は自分が高齢で病弱になった事を身に滲みて感じていた「何らかの形で財産を残してやらなければ。」若しもの事があった時里に生きる術が無いと思い始め、アパートを建て其の家賃収入で生活できるよう手頃な物件を探し始めたが、時既に遅く男は寝込んでいる方が多くなっていた。 足は枯れ木のように細くなり介添え無しで厠にも行けなくなっていた、財産と呼べる物は総て妻や子の名義に書き換えられ現在住んで居る家さえ妻の物になっている、男の僅かな年金で慎ましく暮らしてはいたが大部分は男の薬代として消えていく苦しい生活を余儀なくされていながらも遠い地に行った妹を思いやらない日は無い姉、何もしてやれない歯痒さに毎日北の方角を向いて無事を願うしかない、そんな事になっているとは思いもせず無我夢中で過ごしていた洋子達も北海道に赴任してから三年の歳月が過ぎようとしていた。 まるで異国の地にほおりだされたような不安が洋子を少し強くしていた、給料日には忠雄の勤める部隊迄行き忠雄が出て来るのを待っていた、それでなければ給料を持ったままパチンコ屋に直行し使い果たしてくる恐れがあるからである。 「みっともない事をするな。」忠雄は怒ったが「其のみっともない事をさせるんは誰どす。」負けずに言い返せるまでになっていた。 忠雄は学生時代常に級長(今で言うクラス委員だが昔は成績優秀者しかなれなかった)を務め主席で卒業するだけあって頭脳は明晰で、長女が中学になる頃には幹部試験に合格し東京に赴任する筈だったが健康診断で軽い結核と診断され数ヶ月の入院生活を余儀なくされた、本来なら自衛隊病院に入院しなければならないのだが、自由の利かない部隊の病院を嫌い自宅近くの個人病院に入院してしまった、其れが後にとんでもない結果になろうとは忠雄本人でさえ想像もしなかったであろう。 「病院の食事は不味い。」「退屈だから本を買って来い。」(当時の個人病院に売店などない)我が儘の言い放題、その間子供達は腹が減っても母の帰りをじっとまつしかなっかた、子供より忠雄が優先で「お父ちゃんは病気やさかい、あんたら辛抱してな。」夕食が八時になる日も姉弟はじっと我慢し続けた、姉の智子は中学になっていたにも関わらず洋子は米の研ぎ方一つ教えるどころか包丁さえ持たせなかった、後々智子も洋子も後悔する事になるのだが。 始めのうちは大人しく病院にいた忠雄だったが、其の内度々病院を抜け出してはパチンコ屋通いを始めた自衛隊病院ならとても許されない、個人病院だからこそそんな我が儘も見て見ぬ振りが許されたのだ、其処までは許せたが三ヶ月もすると洋子が食事を持って行くと病室の空気が変わるようになった、何時行っても忠雄が部屋に居ない時の方が多くなっていた。 又パチンコ屋だろうと思い待っていると、一人の入院患者が「奥さん見てると黙っていられない旦那には女がいるよ。」そっと耳打ちしてきた、晴天の霹靂とはこのことだ考えた事も無い言葉に何時家に帰ったのかさえ覚えていない、頭の中が真っ白になり「お母ちゃん、おやつは。」学校から帰って来た子供達に十円づつ渡し病院に引き返すと忠雄と直接話をしようと帰ってっ来るまで待つ事にした。 数時間も待っただろうか忠雄が女と二人腕を組み帰ってきた、女の腰に手を廻し耳元で何事か囁くと女が高らかに笑い声をあげる誰が見ても普通の関係ではないと分かる、病室の近く迄来て洋子の姿を見つけると存在しない物を見たかのように立ち止まり、直ぐ女から離れたが時既に遅かった、それでも忠雄は強気で「如何したんだこんな時間に、子供達はどうしてるんだ。」今迄一度も子供達の事等聞きもしなかったのに、洋子に口を開かせないが如く饒舌に質問の嵐をしたが洋子はどの質問にも答えず「此の女は何やの。」香水の匂いでむせかえる女を睨みつけた。 「教えてくれはる御人がおってな、まさかと思うたけどほんまやったんやな情けな。」不覚にも女の前で涙が滲む「何を勘違いしている、此の人はな…」皆まで言わせず女が「奥さん私ら奥さんが考えてるような関係と違いますから安心して下さい。」病人とは思えない厚化粧に狐のように吊り上った目で「私の亭主の事で御主人には相談に乗ってもらってます、誤解されたんなら謝ります。」しおらしく頭を下げた、忠雄も調子に乗って「そうだ下衆な勘繰りは止めろ。」怒って病室に入ってしまった「たかがそんな関係で腰に手を廻して帰って来るだろうか。」不信感は募ったが忠雄の剣幕に押されたのと消灯時間になったこともあり黙ってしまった。 忠雄の病室迄付いていき「ほんまに、あの女とは何でも無いんどすな。」再び聞いたが五月蝿そうに「有るわけ無いだろ。」と布団に潜り込んでしまった、忠雄に其れ以上話し掛ける隙もなく暗い夜道の帰途についたが、もっと問い詰めれば良かったと後悔させられるのは早くも翌日、忠雄は女と一緒に退院していた。
2007年10月24日
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慌しく荷造りし暫く会えないであろう洋子の姉と忠雄の実家に挨拶に行き、SL各駅停車夜行の乗客となった、座席の下に新聞を敷いて子供達を寝かせ途中青函連絡船に乗り換え三日かけて千歳に辿り着いた、何年も後になって部隊からは特急の指定席で行けるだけの旅費や各種の手当てが支給されていたのを知ったが既に忠雄の賭け事に消えた後だった。 千歳の駅には部隊から迎えの車が来ており一家は悲劇の舞台となる家に案内された、途中送迎車は小さな町の繁華街を廻ってくれた初めて見る雪景色には感動したが道路は綺麗に除雪され賑やかに店が軒を連ねていたそしてパチンコ屋の看板も、送迎車の中である事も忘れ「嘘やないの何処にパチンコ屋が無いんどす、こんなんやったら内京都に帰りとおす。」洋子は白い都を前に此れから自分達の身に起こる事を予測したかのように忠雄に詰め寄った。 「俺が聞いてきた北海道とは大分違うな。」忠雄はシレッっと惚けている、重苦しい空気の中此れから住む家に案内された六畳二間で共同流し、風呂無しトイレは屋外其の当時ではごく普通の住居であったのだろうが人見知りの激しい洋子は共同流しに隣の住人が居れば出て行く事が出来なかった恥ずかしいのだ、子供達が学校に行くと部屋に篭り忠雄に付いてきた事を悔やみ遠い京都の町並みや姉を偲ぶ毎日。 九州から来たという隣の住人が洋子に何かと声を掛け、買物にも連れ出してくれなければ其の日の食事も作れなかっただろう、やがて隣近所共打ち解けると千歳は自衛隊の町で小さな町に北部隊、東部隊、航空自衛隊、と三つもの自衛隊が在り又「クマ基地」と呼ばれるアメリカの基地も在り賑やかな町である事を知る、忠雄が配属されたのは北部隊だった。 北海道に来てから忠雄は毎日決まった時間に帰宅するようになっていた、自転車で五分の距離に部隊はあった、何か手当てが出たのだろう当時まだ珍しいテレビを買って始めこそ帰って来れば大人しくテレビを観ていたが一月ともたず食事もそこそこに毎日パチンコ屋に通った、幾ら手当てが出ても生活の苦しい事に変わりはない。 其の頃京都の姉の家では大変な修羅場が演じられていた、男が姉の為に正式に入籍しようと妻に離婚の話を持ち出していたからだ、結婚しているとは言え二十年以上も完全な別居生活が続いており二人の子供にも家を持たせ妻には「現在住んで居る家と幾らかの財産を分与する。」条件を出したのだが妻のプライドが許さなかった、妾である里には塵一つ渡したくないのだ。 里は「今の儘でよろしおす。」主人を止めたのだが男は自分に何かあった時、里が身一つで路頭に迷うのが目に見えていたので、せめて家一軒と年金ぐらいは残してやりたいと思って話を切り出したのだが妻のプライドは生易しいものではなかった、散々罵り足蹴にし身一つで出て行くよう迫った、余りの剣幕に取り合えず離婚の話を取り下げ妻を帰すしかない状態にまでなってしまっていた。 「堪忍してや、里。」弱々しく呟いた男にかつての勢いはなかった、里は「内は何にも要りまへん今迄お世話になった御大の御側に居られるだけでよろしおすのや、どうぞ今迄通り側に置いておくれやす。」それだけ言うと男の胸で泣いた。
2007年10月23日
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忠雄の実家を早々に出ると先ず長男の名前を届け出てもらった、忠雄の一文字を取り忠一と名付けられ(長女は姉が名付け親で賢く育つように智子と命名されていた)次の転勤先である岐阜に向かう、市内にある饂飩屋の二階で六畳一間に間借りし土曜の夜帰って来る忠雄を待つ生活は以前と変わりはなかったが、大きく変わったのは忠雄が賭け事にのめり込み給金の殆んどを使い込んでしまうようになってしまっていた。 忠雄の赴任中に生まれた長男にも全く関心を示さず、それどころか明日の糧さえ使い込むようになり、お金が有る内は帰って来ず腹を空かした智子は土壁を穿り中の藁を出して食べ忠一は洋子の出ない乳に癇癪を起し火のついたように泣き叫んでばかりいたが其の声も次第に弱々しくなっていった「此の儘では飢え死にする。」洋子は忠雄の実家に助けを求める決心をした小学校しか出ていない洋子は平仮名だけで事情を説明して書いた手紙を出した、然し返って来た返事は一粒の米どころか一枚の葉書のみ、読める漢字を拾って読むと「嫁が悪いから忠雄が金を入れないのだ。」洋子を責める内容が書かれてある、グッタリと寝てばかりいる智子段々泣き声の細くなっていく忠一、忠雄の実家から援助が得られるものと信じていた洋子は手紙を握り締め泣いた下から饂飩の美味しそうな匂いが上がってくる、死ぬ前に一杯だけでも食べたい朦朧とする意識の中洋子は姉にも会いたいと思ったが葉書代さえ残ってはいない。 最後の力を振り絞り饂飩屋の戸を開けると「いらっしゃい。」威勢の良い声に迎えられたが入って来たのが洋子だと分かると途端に「何か用かい洋子さん。」声のトーンが変わり夫婦が冷たい視線で睨む「えろうすみませんけど、電話をお借り出来まへんやろか。」げっそり痩せた洋子の顔は鬼気迫るものがあったのだろう、主人は渋々使わせてはくれたが「今度だけにしてな。」素っ気無く言い放った、電話の声で只ならぬ事態と察したのだろう姉は其の日のうちに京都からやってきた、まさか来てくれるとは思ってもみなかった洋子は姉の姿を見ると子供のように縋り付き声を出して泣いた、其の声に驚き何処にそんな力が残っていたのかと思えわれる程力強く二人の子供達も泣き出してしまった。 姉に背中を撫でられながらひとしきり泣くとしゃっくり上げながら今迄の経緯をぽつり、ぽつり話し始めた、姉は驚き「そんな男はんには見えへんどしたけどな。」驚きながらも「兎に角下に行って饂飩さんでも食べまひょ。」三人を連れて階段を下りた、何時もは匂いだけだった饂飩が目の前に有る『饂飩屋』の夫婦も愛想が良い、電話を借りにきた時とは別人だ。 智子は熱い丼を抱え込み饂飩と格闘している、洋子も小さく千切った饂飩を忠一に与え乍汁の一滴も残さず貪り食べた、子供達も久しぶりに満足したのかウトウト船を漕ぎ始める「ほな、そろそろ上にいきまひょか。」姉は店の主人に饂飩代と「妹がえろうお世話さんに…」言いながら心付けを渡して挨拶している、満面笑みを浮かべた店主は姉に頭を下げながら洋子に「遠慮せんと何時でも食べにおいで。」卑屈な笑顔を浮かべ愛想良く入り口の引き戸まで開け見送ってくれた、二階に上がると姉は当分食べていけるだけの金を「困った時に使い。」洋子に渡しながら「忠雄さん、明日の日曜には帰ってきはるやろか。」深い溜息をついた。 此処に出て来るだけでもあの男に散々言われて来たに違いないのに、忠雄が帰って来るまで泊まってくれるつもりでいるなんて、嬉しさに又涙が滲む「何泣いといやす、たった二人の姉妹やおへんか。」言いながら姉も惨めな妹の境遇に涙せずにはいられなかった、翌日の昼頃金が無くなったのだろう何も知らない忠雄が帰ってきて姉の姿を見ると総てを悟ったようだが「お姉さん、如何したんですか。」狼狽しながらも惚けた声を出す。 「どうしたも、こうしたも、あらしまへん、そんな所に立ってはらんとお座りやす。」言葉は柔らかいが調子はキツイ、姉に懇々と説教され神妙に聴いてはいるが時折洋子を睨みつけている、姉が帰ると直ぐ本来の忠雄に戻り姉を呼んだ事を責めだした「そやかて、あんたはん御給金出たかて帰ってきはらしまへんやろ、そやから食べるもんものうなって、あんたのお母はんにも手紙書いたんえ、そやけど御米一粒送ってくれはるどころか内が悪いて…」もうボロボロ泣いていた、流石に悪いと思ったのか其れ以上言わなかったが忠雄の賭け事が止む事はなく僅かに持って来る金で遣り繰りできたのは姉が置いていってくれたお金の御陰であった。 或る日突然昼に帰ってきた忠雄が嬉しそうに「転勤だ。」と洋子に告げた、洋子の脳裏に辛い農作業キツイ姑や義姉の顔などがよぎった「今度はどのぐらい行ってきはるんどす。」不安そうに聞く洋子に「何を言ってる今度はお前達も一緒だ。」洋子の顔は見る見る明るくなり「何処にいくんどす。」「北海道だ。」「北海道って人が住んでますのんか。」「当たり前だ。」「そやかてソンナ遠く行って御金がのうなっても誰も助けてくれまへんやろ、そんな遠く行くの嫌やわ、あんたはパチンコにいかはるやろし内一人でいるのいやや。」「馬鹿だな雪ばっかりの所にパチンコ屋なんてないから心配するな、其れより出発は三日後だ俺も其れまでは休みだから荷造りするぞ。」智子十歳、忠一九歳昭和三十三年十二月の事であった。
2007年10月22日
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出産の後始末をすると夜も明けていた、産湯を使わせる事も出来ず濡れタオルで拭いてやるのが精一杯だったが幸いにも元気な産声を上げた長男に乳を含ませると、精も根も尽き果て貪るように束の間の眠りに就いた。 久しぶりに熟睡した洋子だったが其れも数時間、義母に冷たい言葉で起された「出産は病気と違うんやで、早よ起きてマンマの支度してくれな困るな。」まだ子供の出来ない義姉も「子供だけは犬コロのようによう産みなさるな。」冷やかに言い放つと子供の顔を見る事も無く消えた産後数時間の身体は辛く思うように動かない、生まれたばかりの長男に乳を充分与える間もなく何時も通り食事の支度をしに起き上がる、食事もそこそこに長男の元に戻ってみると生まれた時の元気な泣き声は無く消え入りそうな泣き声になっている。 此の儘では確実に死んでしまうだろう誰に何を言われようと構わない、洋子は生まれたばかりの息子を籠の中に入れ畦道に置き、娘は母屋の柱に犬のように括りつけ田に出た、息子が泣けば姑達の冷たい視線に耐え乳を与えオムツを替える、永遠に続くかに思われた辛い日々に終止符が打たれたのは突然だった、野良仕事を終え暗闇の田舎道を一人真っ黒になりながら帰って来ると犬の子のように柱に繋いでいた娘の姿が見えない、繋いでいた紐も解かれている洋子の子など誰もあやしてはくれない筈なのに。 広い土間や軒下まで名前を呼びながら探した「何をしている。」聞き覚えのある懐かしい声俄かには信じられなかったが忠雄が娘を抱き大広間の襖を開けて立っているではないか「御帰りやす。」一言言うのが精一杯で今迄の辛い出来事が洋子の頭の中を駆け巡り、泥だらけの手も構わず顔を覆って座り込み只泣きじゃくるばかりだった、異変を感じたのか二人の子供も泣き出し三人で涙の歓迎会を演じた、本当の苦労は此れからである事を此の時知る由もなく。
2007年10月21日
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初めて会う義父や義母は初孫を抱く処か座敷に上げようともせず冷たい視線で洋子を上がり框から洋子を見下げている、其れが之からの洋子の身に訪れる過酷な試練の前兆である事を世間知らずな洋子に分かる筈もなかった「代々村長を務め小作人も使い、近衛兵迄出した村一番由緒ある我家に結婚より先に子供を作ったフシダラな父なし子に敷居を跨がせにゃならんとは情けなくて涙も出んわ。」忠雄の両親処か義姉までもが土間にいる洋子を見下ろしている。 忠雄が出発した次の日から洋子の地獄が始まった「お客さんじゃないんだから。」身重の洋子を夜明けから日暮れまで働かせた、農作業などした事もない洋子に容赦無い罵声が浴びせられる毎日出来なければ「此れだから、ててなし子は。」冷たく言い放つ義母と義姉、細く美しかった手が忽ち荒れて見る影もなくなって行くのにそれ程時間はかからなかった。 娘に乳を与える時さえ「楽してええのう。」嫌味を言われオムツを換える時間など無く、娘は忽ち汗疹とオムツかぶれで全身赤く爛れ一日中泣いていた、一番最後の終い風呂は垢が何センチも浮き其れを書き出してオムツと娘を洗ってやると自分の身体を洗う気力は限界になっていたが最後の力を振り絞り、手足の泥を軽く落とし布団に倒れこむ日々然し夜泣きの激しい娘は何時までも寝付かず激しく泣くばかり、泣き止まない娘に「静かにさせ。」奥の部屋から無情に叱りつける声が洋子を寝かせない、自分も半分寝ながら泣く泣く表に出て一晩中あやし続ける。 夜も白々と明ける頃娘はグッスリ寝こみ、肩に食い込む「おんぶ紐」の痛みに耐えながら僅かな眠りを求めて母屋に向かう毎日が続いた、クタクタに疲れ果て寝ているのか起きているのか自分でも分からない過酷な日々が続く中、夜中に股間で猫がじゃれついている気配を感じ手を伸ばして見ると子供が生まれていた、陣痛もなく突然出てきた子供は股間で「みゃー、みゃー」泣いている長男の誕生だった。
2007年10月20日
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何だかな~ 今月は続けて2回も入院してしまった。 何だかな~ 小説も書き飽きたかな。 何だかな~ 長編を書き始めてから文才の無さを身に滲みて感じるようになったかな。 何だかな~ 何を書けば良いのか分からなくなった。つまらない独り言も書いて良いのかな~今は生きている証が欲しい、惰性で生きているだけの人生に終止符を打ちたい然し奇奇怪怪に何が出来るのかもう直ぐ200才だし、でも魔界では200歳はヒヨッコだから時間だけはある。さて何をしようかな~、分かる人は書いておくれ。
2007年10月19日
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誰もが手に一枚の紙を持ち並んでいる、長蛇の列だ。元気な者が一番から100番ぐらいを占めている、青ざめた顔、喜びに打ち震える顔、恐ろしさに失神しそうな顔様々だが列から離れる者は居ない厳正な審査の末手に入れた紙はプレミアが付いて一枚100万円の値が付きだした元は審査料の3万円に過ぎないのに。 誰もが欲しがる其の紙を巡って殺人まで起っていた、「100万円、100万円。」叫んで廻る人に声をかける人等いない、「1千万、1千万。」ついに1千万の値が付いた然し誰も振り向きもしない、今回に限り試験的に販売された薬は医師の処方箋が無ければ買えないのだ。 末期癌や進行性の難病を患っている者にしか販売しない、然も数に限りがあるので早い者は1っヶ月も前から泊まり込んでいるのだ、待ちに待った薬がやっと販売されるのだから。 此の薬を飲めば眠っているうちに死ぬ事ができる、もう不治の病で苦しみながら死を待つ事も無い医者が手を出せばマスコミが五月蝿いので処方箋だけ書いて患者の意思に任せる試みが此の薬「ポックリン」なのだ、取り合えず1度販売して反響を見ようとした。 どうせ1度は死ぬのだから、誰もが苦しまずに死にたいと願うのは当たり前今必要ではなくても何時かは必要になる、幾等金を積まれても権利を貰った者は絶対手放さない。 医師を買収して処方箋を書かせる大物政治家、金に物を言わせ処方箋を書かせる大手企業の社長何時の世も本当に必要な者の手には渡らない。
2007年10月15日
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忠雄は未だ2人っきりの生活を楽しみたかったのだろう、洋子に妊娠を告げられた時も不機嫌な様子で他人事のように聞き不貞寝してしまった。 昭和23年長女が誕生、誰の付き添いも無く一人で産婆の許を訪れ父に祝福されない子をひっそりと産んだ誰にも祝福されない子だと思ったが姉は手放しで長女の誕生を祝ってくれた、自分に子供が作れない事情もあり我が事のように喜び洋子の住む所に駆けつけ、マダマダ物の無い時代なのに何かと心がけ度々来ては何がしか置いていってくれ姪の顔を見ては帰るのだ、誰一人知る人の居ない心細さに不安な毎日を過ごしている洋子にとって姉の訪問は何より嬉しく頼もしい存在だ、肉親の有難さを感じずにはいられなかった。 間もなく忠雄の兄も結婚し洋子がやっと入籍して貰った時、長女は1歳になり次の子を妊娠していた若い忠雄の給料だけで一家を養うのは苦しく、忠雄は警察学校の経理課から発足したばかりの自衛隊の経理課に転職し寮に入った、土曜日の夜帰宅し日曜の夜帰って行く生活に変わったが新婚のようで二人はそんな生活も楽しんでいたのだが長くは続かなかった、忠雄に転勤命令が出たからだ、1年程と言う事で単身赴任すると決めた忠雄は洋子を忠雄の実家に預ける事にした初孫を抱いて訪れた忠雄の実家は想像以上に大きく、幾つもの大きな蔵が洋子を圧倒した。
2007年10月15日
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男は棟方忠雄と名乗り、警察学校の経理をしていて転勤で現在舞鶴に赴任して居る事等を姉妹に話し出した洋子を見初めたのは京極で自分が休暇だった時で、後を付けてしまったのだと申し訳無さそうに話す話しているうちに洋子と同じ歳だと言う事も分かり姉妹により親しみを感じさせた。話し方と言い態度と言い頭の回転が早い上、育ちの良さそうな青年を姉は一目で気にいってしまった初めて会う異性を女だけの家に上げるなど考えられないのだが、忠雄は巧みな話術で違和感無く座敷の人となっていた、主人の帰ってくる時間も忘れて話しに興じいると突然、座敷の戸が開き3人は慌てたが、忠雄は一通りの挨拶を済まし帰宅しようとしたが「ぶぶ漬けでも食べていっておくれやす。」姉が引きとめた。 忠雄は「初めて御伺いした御宅で夕食まで戴くなんてとんでもない、思わぬ長居をしてしまいましご迷惑をお掛けしました、又日を改めて御伺いします。」丁重に断り帰って行く忠雄の後姿を何時までも見送る洋子は既に恋する乙女の目であった、忠雄が帰った後主人は上機嫌で「今時中々おらへん良い男や、洋子には勿体無いぐらいや。」珍しく人を褒め称えたが最後に「嫁入りの支度はようせんで。」冷たく言い残し寝室に消えた。 其れから幾度と無く洋子の許を訪れ交際を重ねていた2人だったが「男女席を同じゅうせず。」此の時代2人きっりで会う場所は限られていた、映画館に忠雄が先に入り見失わないうちに洋子も入る館内では人の居ない後ろの席に座り、映画より会えなかった時間の募る思いを熱く語り埋め尽くすのに時間を費やす、そんな逢瀬を幾度となく重ねていた二人だったが若い2人には物足りなくなっていた暫くすると2人は入籍もしないまま暮らし始めた、忠雄の兄である長男の結婚がまだだった為入籍はしてもらえなかったのだ、此の頃長男より先に下の兄妹が結婚する事は許されなかった況して忠雄は奈良県の豪農、両親も居ない何処の馬の骨とも知れない娘との結婚には忠雄の両親が猛反対していた、然し洋子の腹には既に小さな芽が宿っていた。
2007年10月14日
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主人は遣り手だった、不動産の売買で財を築き戦争が近いと知るや軍の幹部に取り入り軍需工場を作り始めた、先見の明があり生活に困る事は無かったが吝嗇家であった、姉の里には乾物屋の店番をさせ妹の洋子には工場の事務員をさせていた「食べさせてやっている。」と給金どころか小遣いさえ与えず働かせていたのだ。 何時しか洋子は夕食時が一番嫌な時間になっていた、主人は帰宅すると必ずゴミ箱を漁り次々ゴミを取り出し説教を始める其の説教が終わるまで食事は始まらない「鼻をかむのに花紙使うてもろたらかなんで新聞切って使いなはれ、一回使うたぐらいで捨てたらあきまへんで、何度でも乾かして使い、もうあかんようになったら厠で使うて初めて捨ててや。」万事が此の調子でゴミ箱にゴミが入って居る事はなくなっていた其の他にも些細な事で一時間は正座させ自分は晩酌をしながらネチネチと説教するのが日課となっていた其の反動で主人が本宅に帰っている時姉妹は家を売ったお金の一部を持って戦時中だというのに京極辺りをうろついた金さえあれば食べられない物買えない物はなかった姉と二人っきりになると洋子は里に愚痴をこぼす。 「乾物臭い家で給金どころか小遣いも貰えない上、毎日小言を聞かされるのはもう嫌や早よう出て行きとおす。」然し戦時中、女一人然も他所で働いた事も無い女が生活できる筈もない。 やがて戦争が終結し人々は配給品や闇市に其の日の糧を求め群がったが姉妹には無縁だった何故なら必要な物や食料は主人が何処からか調達してきたからだ、主人に感謝するのはそんな時ぐらいだったが良く考えてみると給料や小遣いを貰っている訳でもなし感謝するのは馬鹿らしい、当然だと思うようになっていた。 洋子は姉が自分の分まで気を遣い小さくなっているのにも、ネチネチ何時までも説教する主人にも嫌気の限界にきていたそんな或る日、突然運命の男が現れた、男は凛々しい顔を俯き加減にし乾物屋に洋子との交際を申し込みに訪れた。
2007年10月12日
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題名 「少年」 世の中には不思議な出来事が数知れず御座いますが、病院程不思議な怪や恐ろしい出来事のある処は御座いません、今日は其の一つをご紹介致しましょう。 或る病院の一室から女性の叫び声が聞こえた「何時になったらカーテン替えてくれるのよ。」「申し訳ありません何しろカーテンが不足しておりまして。」「見なさいよ、此の滲み何に見える?」「何かをこぼしたんでしょうね。」「惚けないでよ、色と言い形と言い如何見ても血飛沫じゃない。」確かに血が飛散り滴った後のような形をしている。 「今日中に替えてくれないなら病室を変えてもらいますからね。」大きな声は遠く離れたナースステーションにも聞こえ、看護師が病室に顔を出し仔細を聞き取り合えず他の病室のカーテンと取り替えるよう看護助手に指示を出し滲み一つ無いカーテンと取替えられた、師長も不快な思いをさせた事を詫び事は収まったかに見えたが翌朝又同じ部屋から悲鳴が響き渡った。 何事かと皆が部屋に押し寄せると女性は部屋から出てカーテンを指差している、其処には昨日確かに替えたばかりのカーテンに血飛沫のような滲みが…然も乾き切っていないようでどす黒く見えるではないか、病院関係者も見学に来た患者も震えあがった。 深夜パタパタと子供の足音、手には小さなペットボトルを抱えている中身は赤い液体、よく振って蓋を開けカーテンに振り掛けようとした其の瞬間、部屋の電器が点けられ数人の看護師に取り押さえられた、取り押さえられた犯人は未だ就学前の幼い少年、急に明るくなった病室に驚き持っていたペットボトルを落としてしまったから少年の足元は血の海。 内科と小児科が同じフロアに在る此の病院で起きた少年の悪戯だった、因みにベットボトルの中身は赤い絵の具を水で薄めたものと白状した、コッテリ叱られ少年は半ベソをかきながら自分の病室に連れて行かれ一件落着をみた、幽霊の正体見たり枯れ尾花。 「本当に困った子ね、後始末が大変だわ。」「でも、此の色絵の具にしては血生臭くない?」「そうね、絵の具を薄めた物ならもっとサラリとしているわよね。」其の時少年を連れて行った筈の看護師が青い顔をして戻って来「き、消えたのよ。」「何が。」「さっきの子よ。」「又何処かに隠れたんじゃないの。」「違うのよ確かに私の前を歩かせていたのに突然消えたの、小児科のナースステーションでも確認したら其のぐらいの子供は入院していないって。」「じゃあ此れは何なの…」雑巾から滴る赤い液体「きゃー」持っていた雑巾を投げ出し全員ナースステーションに逃げ戻った「そう言えばあの子、足元に液体を落として誰も拭いてやらなかった筈なのに足跡がなかったわ。」「そんな馬鹿な誰か確かめて来なさいよ。」「嫌よ。」「嫌です。」恐ろしい夜が明け、師長が出勤してきて皆で確かめに病室に向かうと廊下に小さな足跡が点々と付いている。 「嫌ね、あるじゃない足跡怖い怖いと思うから見えないのよ、看護師たる者が何ですか朝から人騒がせな。」皆で其の足跡を辿って行くと途切れた先は霊安室、恐る恐るドアを開けると中には顔に被せられた白い布を落とした昨夜の少年が横たわっていた。
2007年10月12日
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「何でこない風になりましたんやろ。」誰に聞くともなく呟くと「お母はんはな『綺麗な花が咲いてはる』言うて皆が止めるのも聞かんと崖を降りていかはったんや、昨日の雨で滑りやすうなっとったんやな、うち等が気付いた時にはもう…。」 姉は村人のすすり泣く声と母の亡骸に縋り付き泣きじゃくる妹を映画のひとコマでも観るように傍観していた昭和18年10月、里18歳洋子15歳姉妹に降りかかる悲劇の幕開けは此処から始まる。 姉妹に残された物は母がコツコツと貯めていた僅かばかりの小銭と、家を処分した100円札数枚のみ、二度と拝めないかも知れない大金を前にしても此れからの事を考えると途方に暮れるしかない、数人の村人と姉妹だけの簡素な葬儀を終えた、葬儀と言っても村の男衆に穴を掘ってもらい埋めるだけなのだが土をかける時「お母ちゃん埋めたら嫌や。」まるで三つ子のように泣きじゃくり棺桶から離れない妹を引き剥がしながら「そんな事言うたらお母ちゃん成仏できんのえ。」自分も泣きたいのを堪えながら妹を叱りつけた。 葬儀の帰り道妹の洋子は「お姉ちゃん、うち一人になってしもうた、どないしたらええんやろ。」涙の乾かぬ妹に「心配せんでもお姉ちゃんがおるやないの。」見通しもなく慰めるしかない里妹一人残して帰る事も出来ず、悩んだ末自分が勤める乾物屋の主人に相談し「妹も一緒に住まわせてもらえまへんやろか。」泣きながら懇願した、母の葬儀にも出なかった涙が碧を切ったように流れ主人に縋り付き子供のように泣いた。 父が存命なら同じぐらいの歳、何かにつけ父と重ね合わせ慕っていたが主人も憎からず思っていた然し其れは父親の目では無く男の目であった「泣かんでも宜し。」暫く其の背中を擦っていたが「里、お前の面倒も見さしてくれへんか、悪いようにはせえへんつもりや。」耳元で囁く主人。 勤め始めた時から遠からずこんな話しがあるような予感はしていた、然し父とも慕う主人と添える喜びに泣きじゃくりながらも小さく頭を前に垂れた、主人には妻と2人の子供がいたが本宅には週に1度着替えを取りに帰るぐらいで、余程の事がなければ其れ以外で足を向けなかった、妻も店に寄り付きもしない生活費さえ貰えば夫が何処に居ても関心はないのだ「きつい女や、女もあないになったらおしまいやで。」晩酌をしながら常々里に言い聞かせていた。
2007年10月11日
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題名 「お迎え」 バス停に小学生ぐらいの男女が二人待っている、会話を聞いているとどうやら兄妹らしい「お兄ちゃんバスは何時くるの。」「もう少しだよ、未だ早い時間だから来ないんだ。」兄妹は休日を利用して祖母に会いに行く予定で昨夜から眠れぬ夜を過ごし、朝食を済ますと「まだ早いわよ。」母の言う言葉を無視して出かけてきたのだ。 幾等待ってもバスは来ない、昨夜眠れなかったせいか今頃眠くなってきたバスの停留所に二人で寄り添いウトウトし始めると何時の間に来たのか、今から行く筈の御婆ちゃんが二人を起した「こんな処で寝ていると風邪をひくよ。」「御婆ちゃん、僕達今から御婆ちゃんの処に行こうと思ってたんだよ。」「そうかい、そうかい、でも御婆ちゃんが迎えに来たから安心しなさい、3人で行こうね。」其の時バスが来たが乗れなかった、何故ならお母さんが来たから「今御婆ちゃんがお亡くなりになったって電話が来たのよ、二人共御婆ちゃんに会えると良いわね。」泣きながら僕達に言い、小さな花束を停留所に置いた。 数日前二人で元気に家を出て行った二人は停留所に突っ込んできたトラックに……
2007年10月11日
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姉妹 (中篇)「おーい、おーい。」家路を急ぐ姉妹の耳に一本道の彼方からボンヤリ見え隠れする灯りと共に誰かを呼ぶ声が聞こえる。 姉妹は母に内緒で街まで映画を観て来た帰途、甘味屋で時間を過ごし過ぎて遅くなってしまっていた、田舎の一本道姉の里はいい訳を考えながら足早にと言うより駆け足になって急ぎ「母に叱られる。」其れしか頭に無い妹の洋子は暗闇に取り残されまいと必死に姉の後を追っていたが段々遠のく姉との距離に泣きながら助けを求めた「お姉ちゃん、置いとかんて。」然し姉は耳を貸さず洋子との距離は開くばかり。 道楽の限りを尽くし財産を食い潰した父を早くに亡くした一家は母が花を売り歩いたり男に混じって山に入り切り倒された木を麓まで運ぶなど女には過酷な仕事で日々の糧を得ていた、里はそんな母の姿を見て育ち田舎での生活を嫌い知人に紹介された乾物屋への奉公を母にも相談せず決めて叱られたが頑として譲らず住み込みで働いていた。 里の顔さえ見れば小言を言う母が苦手で暇を貰った日は母の目を避けて学校に行く前の洋子を待ち伏せ映画館に連れて行く、然し母に隠し事は通じず姉に連れ出された日帰宅すると家の前で待っている母は何時も同じ言葉で洋子を迎えた。「こんな遅そうまで遊んでばかりおらんと勉強もせなあかんえ、お姉ちゃんは元気でおいやしたんか。」五人居た兄妹も戦争や病気で亡くなり洋子や里が物心付く頃には二人っきりの姉妹になっていた、他の兄妹の顔など写真でしか見た事が無く兄妹と言う実感はなかった其のせいか里は洋子を可愛がり洋子は里を誰よりも慕っていた。 「おーい。」何人もの村人の声が大きくなる、姉妹を呼ぶ声だと察した姉は着物の裾を捲り上げ一目散に走りだした、洋子も同じようにして転がるように我家を目指す、息も絶え絶えに辿り着いた我家の前には数人の村人が何かを取り囲んで立っていたが姉妹の姿を見つけると「何処に行ってはったんや。」十月とは言え残暑厳しい京都の夜、滲み出る汗を拭いながら村人達が声を荒げて口々に姉妹を責めた、集まっていた村人の一人が悲壮な声で「大変や、あんたらのお母はんが。」皆まで聞かず姉妹は村人を押し退け取り囲んで居た輪の中に入っていく、其処で目にした物はとても此の世の物とは思えない無残な物体と成り果てた母が戸板に乗せられいた。 不自然な方向を向いた手足、紫色に浮腫み腫れあがった顔、ばっくりと石榴のように開いた頭、大きく切れた傷口からは出尽くした血が見慣れた衣服をべったりと染め、小さな骸となって転がっていた、どちらからとも無く骸と成り果てた母に駆け寄り「お母ちゃん。」と抱きつき乍冷たくなった母を揺するとドロリとした黒い塊が傷口から流れ出た、姉が持っていた半紙で拭いてやりながら妹に「何してるんや、お母ちゃんの布団ひいたらなあかんやろ。」妹を叱り振り向いて「ご面倒おかけしますけど母を布団に寝かせて貰えますやろか。」村人に頼むと其れまで茫然としていた村の人々は慌てて戸板に手をかけた。
2007年10月10日
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不死、人間にとって永遠のテーマ、神の領域とも言われてきた。何十年か前人間の寿命は50年程だったのが今は100年、だが死は免れない幾等権力、財力を手中にしようと命は限られている。 男は人間が欲する総ての物を手中にしていたが平均寿命を前に不治の病に侵されていた、一代で築いた財産を残す子供はいない、男が死ねば財産は国の物となる分かっていても使い切れる額ではない例え悪魔に魂を渡そうと寿命が欲しい、だが空想の生物を頼る訳にも行かない此の儘無念な気持ちを抱え死ぬしかないのか、命の灯火が消えかかった其の時荒々しくドアが開き白衣の男達が数人部屋に入ってきて「先生、完成しました。」男は其の地位故に先生と呼ばれていた。 「何とうとう完成したのか、間に合って良かった。」「総ての準備も整えてあります後は先生の記憶を移すだけとなっております、さあ研究室まで参りましょう。」男は有り余る財力にものを言わせ我が身が滅びても新しい入れ物に自分の記憶を移し変え、若返って人生を何回も楽しもうと研究をさせていたのだ。 新しい入れ物は天涯孤独の子供を施設から引き取り養子にして全財産を譲る旨の遺言を用意しておいた、子供の記憶を抜き取り男の記憶を入れる此れを何回も繰り返せば男は不死を手に入れたも同然、研究員に車椅子を押され其の施設に入ると子供がベットに横たわっている男が隣のベットに寝れば総てが終わる筈だったが遅かった。 男は幸せそうな笑みを浮かべ車椅子で、こと切れていた「遅かったか。」「此れからどうする。」「遅くはないさ、研究は完成していたんだ我々で事業を起こせば良いのさ、永遠の命を手に入れたがってる金持ちは掃いて捨てる程いる、俺達は此れから何もせず金が入って来る命もな。」「爺さんに感謝だな。」三人の男達は笑いながら研究室を後にした。
2007年09月18日
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「お前達もう働かないのか?」「ああ、俺達の仕事はもう終わりだ。」「可哀想に、もう少し働いてやったらどうだ俺達はマダマダ働くんだぞ。」「仕方無いだろ遺伝なんだから。」「それにしても見事に光ってるな。」後頭部と頭頂部の会話。
2007年09月17日
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「僕んちはライオンを飼っているんだ。」 「僕んちはキリンだよ。」 皆負けじと飼っている動物を自慢している。 科学の進歩により生物を小さくする光線が発明され 家庭でも簡単に猛獣が飼える時代になった 然し次の子が発した言葉には皆何も言えなくなっていた 「私の所は御爺ちゃんと御婆ちゃんを飼ってるのよ。」 何時の時代も闇社会はあるもので禁止されている 人間の縮小化を請け負う所はあるのだ。 口煩く手のかかる老人は小さくして飼うのが一番 誰かが言い出すと止まらず流行の気配を見せ始めていた 見付かっても数万円の罰金で済むため今や闇ではなく 表社会でも横行し始め社会問題となっていたが、もう誰も 止める事は出来い。 欠点は元の大きさに戻せないだけぐらいなのだから。
2007年09月17日
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外灯一つ無い田舎の一本道、漆黒の闇に包まれ帰宅を急ぐ ボンヤリ見える我家の灯りを頼りに。 「変質者も多い此の時代に、こんな闇の中帰宅するなんて信じられない。」 ふと気付くと後ろから足音が聞こえる 此の時間歩いている人は滅多にいない、後数十メートルで我家に着く 自然と早足になる、すると後の足音も早くなっているではないか 走りたいのを我慢して携帯で家に電話する 出たのは父親「お父さん変な人が憑いて来るの迎えに来て。」 小さな声で話し携帯を切ると何時の間に追いついたのか後から 「おじさんと遊ばないか。」イキナリ肩を叩かれた 「キャー、キャー、嫌ー。」恵子は後数メートルの我家を目指し走った 迎えに来ていた父親に震えながら抱きつく 男は逃げもせず「そんなに嫌わなくても良いだろ、小さい頃はオシメも 替えてやったのに。」 「え。」 父親は娘を抱いたまま「やあ、兄さん遅かったね。」 男は隣町に住む伯父だった。
2007年09月16日
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背負った荷物を一つずつ下ろし心任せに流されてみよう疲れた心を休ませ子守唄自分の心に子守唄を歌ってみよう貴女の心に降る雨誰にも知られず降る雨も止まない雨などないのです明日はきっと晴れるから今は何も考えず休みましょう焦らず、自分に正直に、無理をせずそして時には思い出してください私たちが居る事を
2007年09月15日
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「早く起きないと遅刻するわよ。」 早朝5時何時ものように義母の声で目が覚める 階下から私を呼ぶ、一旦は目覚めるが良く考えたら 今日は休日、無視して又深い眠りに就く 今度は夫までもが「おーい、聡子早く起きて来いよ。」 結婚してから毎日こんな調子なのだ でもいい加減にして欲しい 「貴方達二人はもう1ヶ月も前に事故で亡くなっているのよ 朝から出る幽霊なんて聞いた事ないわ。」 聡子が静かな朝を迎えられるのは何時の日か。
2007年09月15日
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玄関の入り口に置かれた前面ガラス張りになった小さな箱の中に、これまた小さな生物が蠢いている「そろそろ餌を与えておかなければ五月蝿いわね。」其の時隣の住人が訪ねて来て「あら、話には聞いていたけど本当に小さいのね。」指でガラスをトントンと叩く。 小さな生き物は餌が貰えるものと勘違いしワラワラ寄ってくる「丁度餌の時間だったのよ。」ガラスケースの横に置いてあった餌をチューブに流し込むと中の生物は餌に群がり何時もの事乍喧嘩を始める、其の様子を見ていた隣人は「面白いわね。」飽きずに眺めている「良かったら一番持って行く。」「え~良いの、高かったんでしょう。」「良いのよ此の生き物は毎日が繁殖期だから増え過ぎて困ってたところなのよ、餌と空気さえ与えておけば手は掛からないからそうそう、たまに下に溜まった汚物を出してやれば良いのよ後は自分達で掃除してるから。」「それにしても地球人って小さいのね。」「だから私達に滅ぼされるんじゃない。」 10m以上ある異星人に見下ろされ飼いならされた地球人、突然の襲撃に為すすべも無く全員捕虜となったが数名は星に連れ去られペットとして飼育されていた、其の一部であった。
2007年09月14日
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蒸し暑い夜風も無いのにドアが開く一度は閉めたが二度は行かない「いい加減にしてよ、出たり入ったり寝られやしない。」言葉が通じるのか如何か分からないが喉を鳴らし足元に擦り寄る愛猫「タマ」
2007年09月13日
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深夜電話のベルが鳴る夫からだ 「今薬を飲んだ。」「そう。」「お前は冷たい女だな、返事はそれだけか。」「いい加減にしてよ、風邪薬を飲んだぐらいで毎晩電話してこないでよ。」妻は受話器を叩きつけるように思いっきり電話を切った。
2007年09月13日
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題名 「かくれんぼ」今日も公園は賑やかだ、暫く眺めていると「かくれんぼする者此の指停まれ。」おきな声で仲間を呼ぶ声が聞こえるとワラワラと数人集まって来た「一番最初に見付かったら罰があるんだからね。」皆が頷く、鬼が缶を蹴った。 「俺の頃はじゃんけんをして鬼を決め、他の子が缶を蹴ったような気がしたが今は変わったんだな。」「ユックリ数えてくれよ。」「ああ任せておけ、い~ち、に~」とてもユックリだ「数えてる間に日が暮れてしまうんじゃないか、確か100だったよな。」暇なので最後まで見ていこうと座って観戦する事にした、矢張り100数える頃には日もとっぷり落ち外灯を頼りに探し出す、狭い公園だ隠れる所など決まっている。 一番最初の者が見付かった「おーい見付かったぞ。」鬼が掛け声を掛けると皆出てきた「あれ、皆が見付かるまで隠れていないのか、鬼が探している間に缶を蹴られたら見付かった者は又解放されるんだったよな。」不思議な思いで見ていると皆安心しきった顔で出て来たそれに反し最初に見付かった者の顔は遠めにも分かる程怯えている。 「さあ罰だよ。」鬼が言うと皆で「罰だ、罰だ。」最初に見付かった者の周りを踊っている「嫌だやめてくれ。」「駄目だよ約束は守らなきゃ。」鬼が言う「今日はあの辺の木の下にしよう。」鬼が指差した木の方向に皆が持参したスコップを持って移動する。 鬼は最初に見つけた者をシッカリ捕まえている、皆汗だくで掘る人間2人は入ろうかと言うほど大きく深く掘ると鬼は最初に見付かった人間を落とすと同時に皆で土を被せていく、必死で這い上がろうとする人を足で蹴りながら埋め終わった、最後は其の上を皆で踏み固め終了した鬼が「今日のかくれんぼは終わりました、今度は2週間後です皆集まって下さいね。」迎えの車に乗り込むと去って行った。 一部始終を見ていた男は「何だ此れは。」慌てて公園に行き先程まで『かくれんぼ』をしていた者に「早く掘り出さないとあの人は死んでしまうじゃないか。」一人一人に訴えたが「良いんだよ。」「だって殺人ですよ。」「違う罰なんだ。」納得がいかない男はスコップを取り上げ掘り出しに行こうとすると皆に「余計な事は止めてくれ、アンタ何処から来たんだね。」「昨日アメリカから帰って来たばかりですが。」「それなら知らんだろうな。」「マア、家に来て見れば分かるよ。」男はその人の後を付いていく、玄関を開けた途端「又鬼に見付からなかったの。」激しい叱責が飛んできた「今度は何時なのよ。」「2週間後だって言ってたな。」「えーあんた2週間も家にいるの。」「すまんが家に入れてくれ、お客さんも連れてきているんだ。」「アンタだけでも厄介なのにお客?いい加減にしてよ。」男は「此処で帰るから事情だけ話して下さい。」 男の話に拠ると少子化が進み老人を支えきれなくなった日本は、何とか老人を減らそうとあの手この手で責めて、今日は遊びながら老人を選らす日だったらしい然し効率が悪いので次はどんな手で来るか恐怖の日々を送っているという。「どっち道70を超えて生きているのは罪悪なんですよ、今迄居たのは老人公園と呼ばれる所で公園の周りにフェンスが張り巡らされていたでしょう、僕達が逃げない為に有る物なんです鬼に捕まらなかった僕は又2週間針のむしろです、早く捕まりたいから見付かるように隠れているんですが駄目なんですよ。」 日本は此処までやっているのか、男は慰める言葉も無く去った男は来年70を迎える。
2007年08月30日
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残暑が続き寝苦しい夜階下から何かを叩くような物音で目覚めた子供が走っているのだろうかそれにしては変だ天井を直接突っつくような音に聞こえたのだが気を取り直して眠りに就くウトウトしだすと先程より大きな音で再び目覚める男はジッと音が何処から出ているのか見極めるようにベットに寝ていると音は階下からではなく直接ベットを叩いているではないか飛び起きた男は電器を点け恐る恐るベットの下を覗く何も居る筈が無いと思いながらもソット覗くとズルズル音を立てて男が出てきて「お前は重すぎるんだよ。」捨て台詞を残し去って行った確かに男は二〇〇Kを超える巨漢だが仕方がない相撲取りなのだから強盗も不運寝室を漁っている時不意に帰って来た住人隠れる場所はベットの下しかなかった住人が寝付いたらソット出て行くつもりが押しつぶされ出られない処か苦しい止む無くベットを叩いたのだ強盗に驚くより「あ~あ又ベットを買わなきゃな。」嘆く住人
2007年08月29日
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題名 「母の代わり」夫婦仲は最悪、顔を合わせれば喧嘩ばかり何処にでも居そうな夫婦中学生の息子がいたが大人しく親に逆らった事もないおっとりしていて父親似だからと言う訳でもないが父親に懐いていた母親は息子の顔さえ見れば成績を責め父親に似ていると嫌悪の表情を浮かべるからだ朝は父親と一緒に家を出る駅までの道すがら父親は毎日息子に言い聞かせ続ける「母さんのような女とは結婚するなよ、一生後悔するからな。」大人しい息子は黙って聞いていたが「じゃあ如何して父さんは母さんと結婚したの。」等とは聞けず「母さんは悪い人なんだ。」漠然と思うだけであった其の日の夜も些細な出来事で喧嘩が始まった一方的に捲くし立てる母、父親は黙って耐えている「父さんが可哀想だ。」心優しい息子は一大決心をした次の日父親が帰宅すると閑静な住宅街に悲鳴が響き渡った「貴方御疲れ様今日は貴方の好きなビーフシチューよ。」血が滴る母親の顔の皮を被った息子に言葉も出ず後ずさりする父親「父さん如何したの、今日から僕が母さんになってあげるのにそんなに驚かないでよ。」父親のカバンを取ろうとして下を向いた途端母親の皮が頭皮毎ズルリと落ちた。
2007年08月28日
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