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やっと夏期講習を終えました。今年はわたしのもち時間もたっぷり。けれども専任講師はもっともっています。彼とは親子ほどの年齢差がありますので、彼のほうがスタミナも若さもあるので仕方がないかな、とは思いますが、ベテランのプライドで負けてはいられません。 それでも、もっと部下にまかせなければいけない、と、もう一人の自分が話しかけます。なにもかも一人でやりくりしたら、そのうちに息切れするぞ、と。 それでも、「まだまだ若い。若い者に負けたくない」 という負けん気が頭をもたげてしまいます。もっと仕事を振っていき、与えていかなくては、と思う反面、自分も教師として時間数を経験し、成長したい、という欲求もあります。二つの気持ちのあいだでうまくバランスをとらねばいけません。N先生、D先生、K先生、ほんとにご苦労さまでした!
2007.08.31
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けさ、朝のテレビを見ていたら、サントリーのお茶「伊右衛門 ほうじ茶」のCMがオンエアされたのを始めてみたのですが、おもわず絶句しました。じつにいい!!ごぞんじない方はサントリーの会社の公式サイトをごらんください。 宮沢りえがおかみさんなのはみなさんご承知ですが、その彼女が実家に帰るという設定。 その娘にほうじ茶をだして、「突然帰って来たのは喧嘩でもしたんか」となかばうれしそうに、なかば心配そうに問う父親役が夏八木勲さん。 りえさんの娘は飼い猫を抱き上げ、「喧嘩でもしたんか?」とごまかす。 そこへ父親が出したほうじ茶を飲んでほっとする娘。 そこへ「いつでも帰ってきい」とやさしく見つめる父親。いいですねえ。演出だれだろう? 実家の父に思わず会いたくなってしまいました。家族の愛って無償ですよね。男女の愛はどろどろすることもあるけど、家族の絆ってほんとに高貴で、かけがえがない。 そして、会社というもののためにみんなが力を出し合って育てていくことも、高尚な愛ですよね. 給料よこせとか、楽したい、という欲もあるかもしれないけど、生まれてきたんだから、何かこの世のためにして死んでいきたい、という根源的なものが人の労働というものにもありますよね。けさの伊右衛門のCM、胸にぐっと来ました。話題のCMはこちらからどうぞ。↓サントリー 伊右衛門公式サイト
2007.08.29
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きょうは連れ合いが日曜出勤だったので、休みをもてあました次女をつれて名古屋駅のミッドランドスクエアに行って来ました。 このビルができてもう半年になろうとしていますが、できた当初は「名古屋の元気」の象徴のようにマスコミにとりあげられましたが、その後はどうなっているのか、ビジネスをする者として興味もあったのです。 結論から言えばブランド店で混雑している印象を受けたのはルイ・ヴィトンだけでした。ひやかし客だけでなく、実際にカードを出して購入しています。 あとは、堅実な名古屋人のこと、「高いねえ~」と言いながら通り過ぎる人の多いこと。 けれど、それに対照的だったのは、1階の「ディーン&デルーカ」の大盛況ぶりでした。とにかくレジに並ぶ人が多い!なぜこんなに繁盛しているのか。それは対面販売を前面に打ち出し、商品の試食、試飲を積極的に実施していることによって「小売店の生きの良さ」を感じさせているからではないかと思います。 これだけ手間隙かけて売っているなら、この価格でも惜しくないな、と思わせているのです。 スタッフがきびきび動き回り、ガラスケースがたびたび開け閉めされ、パックが動く。片方ではドリンクが作られるミキサーの音がし、パンが目の前で売れていく。 これは市場の忙しさです。 その雰囲気を味わわせて、「すぐに食べたいな」と思わせる。 マーケット戦略が実にうまいですね。 デパ地下でも条件は同じかも知れませんが、デパ地下ではこんなに試食試飲はやっていませんし、だいいち、あれは店のよりあい世帯なので、店としてのひとつのポリシーがない。 これからこの店がどう生きていくのか、興味があります。そして店の華やかさというものが何なのか、考えさせられます。ブランド店で、店員がじっと立っているのがはたして美しいのか。店として喜ばしいことなのか。もちろん、バッグやアパレルは食品とは価格がちがいますから、マーケット戦略も異なってくるのは当然でしょうが、ブランドにもある程度の波というか、勢いのようなものがないとブランド力が劣化してくる気がするのですが…買う人がある程度見えて、その人が買っているのを見るから、「いいな。わたしだっていつかはあのバッグを…」と思うのですが、だれも買っていないと、「こんな高いもの買うバカはいないさ」という発想しかおこらない気がするんですね。 D&Dはそれに対してちょうど八百屋さんのような活気。ジェフリー・アーチャーの「チェルシー・テラスへの道」を思い起こさせます。わたしが数々のサクセス・ストーリーの中でも好きな本のうちの一つです。だれかが映画化してくれないかな~と思っていますが、どうでしょうか? 【古本】チェルシー・テラスへの道 上/ジェフリー・アーチャー 永井淳【古本】チェルシー・テラスへの道 下/ジェフリー・アーチャー 永井淳PS. もう少し続けます。 きょう、ヴィトンを見て思ったのは、人は生活が苦しければ安いもので満足するわけではない、ということです。 ものを買うにしても、人は何かを新しく夢みていて、何か新しいものを求めているわけです。ですから、その商品を通じて、自分やほかの人になにかプレゼントをしたいと常に思っています。 バーゲンの千円のショッピングバッグでは満足できない何かをヴィトンに求めているのです。 それは空しい、とかくだらないとか非難することはできません。そういう夢を与えることも商品を売る者にとって大切な仕事だからです。 かつてのソ連で、人々は活発に仕事をしたでしょうか?同じものを与えられたからといって毎日がハッピーだったでしょうか? 人には華やかさというものが必要なのです。、あくせく働いて、ひとつのバッグを買うためにこつこつお金をためたとしても、それを他人が笑うことはできません。 華やかさ、夢、そういうものがなければ、人は毎日を生き生きとすごすことができなくなってしまうでしょう。
2007.08.26
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このごろ、めっきり朝夕が秋めいてきましたね。日中はやはり暑いですが、夕方からすうっと風が出てきます。 これはきのう長女を豊田市まで車で送ったときの話です。 昼ちかくになって、予想より時間がかかったので、このまま帰ると次女がでかけるのでそれまでにお昼ご飯を作れないし、ということであわてて店に立ち寄りました。 そして買い物をして車を出そうとすると、なんと前輪にオショロバッタがしがみついています。 「そんなあ、このいそいでいるときに~」 わたしはぶつぶついいながら手で捕まえることに。 これでも昔は虫とり、じょうずだったんです。 ところが、それからン十年たっているのでなかなかつかまらない。 まわりの人の好奇の目を感じながらも、わたしは虫の身を案じてヒョコヒョコ。 そうしているうちに、バッタは車の下に逃げ込んでしまいました。「このまま出るとひいてしまうと思う?」わたしはおそるおそる長女に言いました。「バッタの体長からすると、ひく可能性は少ないんじゃないの?」「そうだ…ね。そう祈るしかないか」そうして、おそるおそる車を出すと、「あ、だいじょうぶ」との娘の声。なかなかスリリングな体験をさせてくれました。オショロバッタのサスペンスドラマ。一件落着。
2007.08.24
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スクールの生徒(中1)がホームステイに出発しました。 行き先はカナダ、1週間ほどのステイですが、帰って来たときどんなことを言うか楽しみです。 スクールの会話では、すぐ日本語を話してしまい、「それはちょっと考え方が甘いぞ」と思っていたのですが、今の状態だと、それなりの苦労はするかもしれないとは思いますが、英検4級までとったことですし、中3ぐらいのレベルはある生徒ですので、がんばって一回り成長してくれるのではないかと予想しています。 若い人たちはどんどん海外へ行くべきです。そして世界は広くていろんな考え方の人たちがることを早くから知るべきです。 わたし自身はこつこつ貯金をためて海外へ行ったのは二十代の終わりでした。行きたい、行きたい、と思っていましたが、父親が住宅を建てたこともあり、住宅ローンが大変だということも知っていたので、そこまで伸びてしまったのです。 私自身の経験から言っても、少なくとも高校生までには一度行っていくとよいと思いましたので、わが家の子どもたちは早くから英語を学ばせました。全員2から3歳から英語をはじめ、いちおう英検2級を全員に取らせました。 来月はじめにはオーストラリアより来る生徒のホストファミリーになりますが、そのときわが家の公用語は英語になります。 いままでも連れ合いの仕事の関係で多くの方が海外からいらっしゃいますが、そういう海外からのゲストがみえたら、一人でも日本人でない人が混じるとわが家の公用語は英語になります。それが国際社会のマナーであるからです。また、そういう人の前で日本語で話すことは極力避けます。悪口をいっているような印象を与えやすいからです。どうしても日本語をつかわなければならないときは連れ合いかわたしが簡単に通訳します。 次女は、「わたしがひとつありがたいな、と思っていることは」といいます。「母親が英語を話せるように教育してくれたことだわ」また、「クラスメートが英語の勉強をしてるとき、みんなすぐに日本語訳したがるけど、どうして訳さないとわからないのかな。ただ読めばわかるのに。わたしは頭の中で翻訳したことなんていちどもないわ。すーっと頭に入ってくるもの」ともいいます。 わたしのスクールのめざすのは、そういった英語の指導であり、そういった生徒たちがすこしずつ増えていくのが、毎年の極上の楽しみです。「英語の神様」国弘正雄氏の名著。中学3年間の文法で英語は十分話せます。
2007.08.20
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きょうは猛烈に感動しました。なぜかというと、今までお会いしたい、話を聞いてみたいという人の話を聞き、お会いすることができたからです。 だれかって?なぜかというと、今までお会いしたい、話を聞いてみたいという人の話を聞き、お会いすることができたからです。 だれかって? だれだと思いますか?ジョン万次郎という人を知っていますか?きょう講演を聞いたのはその万次郎の4代目の中濱博氏なんです。前から一度直接講演を聴いてみたかったんです。 幕末のころの若い漁師で、船に乗って漁をしているとき嵐に会って難破、今の鳥島に漂着していたところ、通りがかった船(アメリカの捕鯨船)に拾われて渡米するのですが、彼の利発さに動かされた船長が学校に通わせ航海術、アメリカ人としての一般教養を全て身につけさせるのです。 そして捕鯨船の船乗りとして一人前になった万次郎はついに鎖国中だった日本への帰国を実現。おりしも黒船来航の時期。幕府に重要視された彼は異例の出世を遂げますが、彼の偉いところは時の幕末の偉人たちに西洋文明だけでなく、アメリカの思想、デモクラシーを直接伝えていったことです。 それだけだったら、「へえ、えらい人だったんだ~」と言って終わるとこですよね。 わたしが感動したのは、それからなんです。 この万次郎の命の恩人、養父ともいうべきホイットフィールド船長の家庭と万次郎の家とが彼の代から親戚同様の交流をかさね、何と今年で五代目になるんですがいまだに行き来を重ねているどころか、二人の記念の財団法人「ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センター」にまで発展してきているのです。 よく「おじいさん伝来の土地だけど、売るしかないよね」とか、「おじいさんが気に入ってた別荘だけど、維持できないから売るか~」とか、わたしたちの日常生活では3代の間だけでも受け継がれるものはほとんどありませんよね。でも中濱家とホイットフィールド家のつながりはほんとうに血より濃いですね。 船長の4代目の子孫ウイラードさんは日米開戦のとき、軍艦に乗っていたのですが、その軍艦が日本に向けて出撃することを知り、即座に転属願いを出したといいます。 それは、「自分のいる軍艦の弾がもし万次郎の子孫にあたったらいけない、というのがその理由であったそうです。 国家よりも濃い絆、そんなものが本当にあると知って胸が熱くなりました。その中濱家の4代目にあたる中濱博氏が今度万次郎の伝記を膨大な資料を駆使してまとめました。現代的な推理がたっぷり盛り込まれていて、最大のノンフィクションです。 余談ですが、万次郎のエピソードはわたしのスクールの設立時のパンフレットに引用させてもらったのです。そのときに子孫同士の交流のことも知っていたのですが、ウィラードさんの戦時中の話はきょう初めて著者から直接お聞きして感銘を受けたのです。 そして不思議なご縁ですが、著者の御自宅はわたしの自宅のすぐ近く、同じスーパーで買い物をするほどの距離だったのです。 ちっぽけな話、じぶんさえよければ、という話が多い昨今ですが、五世代にわたって続くふたつのファミリーの愛は隣人愛と呼ぶのには単純すぎる気がします。「この人たちがいなかったら、わたしたちはいなかった」ともいえるその絆はすばらしい、というよりほかありません。 このエピソード、心が洗われます。中濱博氏の力作。新刊です。(アマゾンでは著者、万次郎とも「中浜」の表記になっているのでご注意)
2007.08.18
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お盆にいつものように全員で般若心経を唱えたのですが、唱えながらふと思ったことがあります。死んだらどうなるのだろう、と実感として考えました。毎年考えることなのですが。 60歳ぐらいを過ぎたら仕事のことを考えるのをやめて、もっと自分のことではなく人とか平和とかもっと形而上学的なことのために生きたい、と前から思っていました。でも具体的に洗礼を受けるとか、仏門に入るとかといった行動はしていません。自分がまだまだキナ臭いなあ、と思っていますが、いずれは、という考えはどこかにあります。 それは中学生のときに始まって一時期哲学とか宗教についてどっぷりつかって考えた時期があったことによるものだと思っています。 きょう、キッチンの窓から母からもらってきたチェリーセージの芽がぐんぐん大きくなっているのが目に入りました。 このあいだ実家に行ったとき、その親のチェリーセージの木は暑さのせいかぐったりしていました。大きい株なので枯れはしませんが、枯れたらわたしのところに新しい株があるのでそれをあげればいいな、と思いました。 そのとき、ふと思ったのです。植物が枯れても挿し木をした苗は若々しく生きているように、子ども、孫の中に自分が生きている、と考えたら死はないじゃないか、ということです。 人はだれでも死はこわいし、死んだらどうなる、こうなる、と心配しますが、死はもともとない。自分の子孫の中にある、と考えれば、命は伝えられていくのです。自分という個体にたいする執着があるから死を恐れるけれど、自分の命は永遠だ、と思えばなにもこわくない。 死にむかう病やけがはこわいし、いやだけれど、それが切り傷、擦り傷と同じ性質、と考えてしまえばこわくはない。ブッダが悟ったのはそんなことだったかもしれない。 窓辺から風にゆれるセージを見て、ふっとそんなことを思っていました。 こんなことを思うのもお盆のシーズンだからでしょうか。 そうして、身内の愛する人たちがみな年老い、死に近づいてきた年齢になってきたせいでしょうか。般若心経。どんな宗派の方もいざというときのために用意しておきたい。故人の前で読み上げると気持ちが優しくなりますよ。この経本は表紙をひらくとICチップつきで読経の録音が聞こえるというすぐれもの。すごいものができましたね~。
2007.08.17
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先日、仕事がおわったのでお盆の前の1日の休みを利用して実家へ行って来ました。 それで、ことばのはずみに「このごろ花だけじゃなくて野菜もちょっとやってるんだ~」と父にいうと、「なにつくってるんだ?」というので「娘たちが好きだからサラダほうれんそう」というと、即座に「ほうれんそうはアクが強いからあまりよくない」(だからサラダ用だってば~)といって、「かあさん、コマツナのたねをわけてやってくれ」といいます。「そんなもんよりコマツナのほうがよほどいいぞ」といったん言い出したら頑固ですので~。結局コマツナのたねをどっさりもらうはめに…。「プランターだから少しでいいよ」というと、「コマツナはどんどん間引いて食べるからどっさり合ったほうがいいぞ」といいます。(ま、いいか。引き出しにでもほおりこんどけばいいし)と考えていると、「これは農協なんかでかうと高いんだぞ~」と言う。「なにしろ花の一つ一つからおじいちゃんが手でつまんで種取りをしたんだもんね」と母。ありがたいものをもらってしまいました。ところで肝心のサラダほうれんそうはどこに植えたらいいんでしょうか。プランターをもう一つ買うことになりそうです。
2007.08.15
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けさ、娘とタレントの長澤まさみの芸能界のゴシップの話をしていました。「わたしはママにずっと仕事をしていてもらいたい」というのです。「なんで?ほかの子のお母さんもたいにいろいろ世話してもらいたくないわけ?」わたしは末娘のこの子にはずっとわたしの仕事の犠牲にしてきたという思いがあり、申し訳ない気持ちでいたのです。それだけにこの発言は意外でした。「ふつうのお母さんみたいなことしてほしくないな。バーゲン周りをしたり、スターのゴシップしか興味がなかったり、ワイドショーしか話題がない、みたいな」「でもさ、受験勉強の夜食を用意したり、いろいろ声かけてもらったりしてほしくない?」「ま・さ・か! うっとうしいだけじゃん!」「主婦で社長、とか目立っていやじゃないの?」「べつに。自分の考えがはっきりしているほうがいい。ふつうの主婦だけしてるのって、つまらないよ」 たしかに高校生になって仕事とか将来とか考え方がそれなりに決まってきたかな、とは思っていましたが、彼女が知らぬ間に、女性としての生き方の考えをはっきり決めてきつつあるのはうれしかったです。 わたしの友人は、お母さんが学校教師で、わたしにふだんからよく言っていました。「わたしはお母さんが働いていたから、学校の行事もほとんどきてもらえなかったし、いつも寂しかった。家の中のことも早いうちから自分でしなければならなかった」そうして顔をわたしのほうに上げてきっぱりと言っていました。「わたしは自分の子ども時代のような寂しい思いは子どもにさせたくない。専業主婦になって子どものそばにいつもいてあげたいわ」 わたしは、自分の母が専業主婦でしたし、当時は「共稼ぎのうちの子は不良になりやすい」などと真剣に議論されていたりしたもので、そういう時代でした。 時代が変わってきたのかも知れないけど、わたしの中でひとつすっきりしたものがあったのは事実です。娘にプレゼントしたい、アナスイの身だしなみセット
2007.08.14
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お盆が明けたら、もう2学期の準備が待っています。 新聞では大手のMアカデミーが自己破産をしたとのことで、この業界も競争は熾烈です。英会話大手のNも解約をめぐるトラブルで決算の延期とか。激しく揺れ動いています。講師がみんな通常の授業にもどったら夏期講習の後半が開始です。この暑さで若い講師もフーフー言っていますので、オバサンの私もさすがにげんなりします。 それでも生徒のためなら気がぬけません。中には夏休みぼけして約束の曜日や時間を間違えたり、曜日や日付そのものを忘れてい講師のほうも大変で、時間になって待っていても生徒が来なくて、電話をかけると、「遊びにいってしまった」など大変です。講師も生徒も暑さとの勝負です。それで怪談などすると、「怖いからいわないでね」というわりには熱心にしゃきっとして聞いているからフシギですねえ。こわーい怪談の本
2007.08.12
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やった~~~ 本日土曜日。12時25分にやっとお盆前の仕事を終了しました。 ほっとすると同時に身体ががっくりと重くなります。 運動不足してるな、こりゃ~。実は今「ビリー」をやってるんです。わたしのやってるのは「ビリーズブートキャンプ・エリート」のほうですが。エリートのほうがプログラムがゆったり組んであるらしいので、わたしのようなオバサン世代にはいいらしいです。 でもウエストはほんの少~しだけ細くなった気がします。 夏期講習に行ってから午前9時から開始して昼までのクラスがありますのでいつも9時からしているウオーキングができません。 昼すぎはできるのですが、あまりの暑さにバテます。夕方からまた別のクラスがあるし、その前に昼食の用意と夕食の調理があるのでちょっときついですから夜9時30過ぎにビリーを開始するということになります。 それでもわたしのウオーキングコースは坂を上るところがあるので、それがないとおしりの筋肉がたるんで来る気がします。やはり歩くことは全身運動なのでビリーとあわせてやったほうがいいかもしれません。 先日このあとビールを飲んでいたら娘と息子にどやされましたが、やっぱり運動のあとは冷えたビールですよね!…ってだめかなあ~ドイツビールの蚤じゃない、飲み比べセット↓つまみはやっぱりこれでなきゃ!イベリコ豚のチョリソー
2007.08.11
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今日わたしのスクール「ミントハウス」のサイトを一部リニューアルしているときに、ふとグーグルで検索してみましたら、突然2位にわたしのブログ「主婦社長の日記」が入って来ました。今まではハーブのお店とかあやしげなホテルなどがトップだったのですが、突然の2位にぎょっとしました。 それでどこのページに飛ぶのかと、おそるおそるクリックしてみたら、自分の顔写真が飛び出してきて2度びっくりしました。 顔写真を載せるかどうか、少し迷ったのですが、経沢香保子さんや和田裕美さんも顔写真を出していらっしゃる。 彼女たちはわたしよりずっと若いし、美貌です。でも法人を持っているということも考えてビジュアル系ではないですが思い切ってのせることにしたのです。 それによって広がる世界もあるかもしれないし、実際にネットの世界では相手の方もバーチャルな存在で、実物としてのリアリティがないのが不満でした。 前にも書きましたが、法人というものは宣伝しなければいけない宿命ですし、匿名であってはなりません。そういった社会的な存在としてプラスになれば、とはじめました。 これでいい、と思っています。 ただ、もう少しやせよう、と思っています…。 そして、小じわが目立つので写真をセピアにしてみました。(やっぱり意識している)
2007.08.09
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以前住んでいたマンションの近所に親しくしていた花屋さんがありました。そのころは子どもなく、休みになるとガーデニングやフラワーアレンジメント、お菓子作りなどを優雅に楽しんでいましたので、そこにもよく立ち寄りました。 大きな鉢物などを買うと、配達してもらうこともありました。そのときにマンションのメインゲートで必ず「花屋ですが」と言うのです。 なぜ屋号をいわないのだろう、といつも思っていました。確かに、花屋とか美容院などは横文字の名前が多く業種がわからないかもしれませんが、「花屋の○○です」とぐらい言ってもよかったのではないか、と思いました。 わたしが現在のスクールを立ち上げて直後も、生徒さんに連絡をとろうとしたのに、英会話学校の勧誘と間違われて「間に合ってます!」とお父さんに電話を切られたり、「何という名前ですか、もう一度おっしゃってください」と言われ、顔から火が出るような思いで屋号を繰り返したことを今でもはっきり覚えています。「うちは小さい会社だから誰も知らない」「うちなんか大手にはたちうちできない」という思いでいたらいつまでも2番手です。誇りをもって屋号を言いたいものです。このごろはやっと「英語ならミントハウス」と「小中一貫英語スクール」というスローガンが定着してくるようになりました。 わたしもどこかで見られているでしょう。 人に知られるのは気恥ずかしいことですし、いろいろな責任も伴いますが、そうしなければ会社は大きくなりません。成長もしません。 会社の看板を背負える人でありたいものです。ビジネスに役立つ淡色系のフラワー・アレンジ
2007.08.08
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夏の日に見つけた白い小花↑ わたしの花写真のブログ「花めぐり」と花と生活エッセイブログ「お花好き!」へもおこしください。
2007.08.04
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なぜかわかりませんが、わたしはむかしからハワイが好きで、ずっとあこがれていました。20代の終わりに仕事でオアフ島に立ち寄ったときも、カンゲキで胸がいっぱいでした。 ハワイののんびりした雰囲気。「マハロー」というやさしさ。きらきらした陽射し。すべてが好きですね。 そして2度目のハワイとしてマウイへ行ったとき、ぜったい将来はハワイに家を買ってやろう、と誓ったものです。(まだかなってませんが)ハワイの高級コナ・コーヒー↓ハワイ島のヒルトン・ワイコロア・リゾートいつかぜったい行こうと思っています。特に忙しいときには行きたくなるんです。
2007.08.03
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夏期講習の疲れもちょっとあったのか、それとも単にわたしがそそっかしいからか、今朝とっときのミントンの「ハドンホール」のペアカップの一つを落として割ってしまいました。 ミントンの「ハドンホール」のペアカップ↑ いつも決まってペアカップの片割れを割るのはわたしです。 せっかちなのと、いつもばたばたしているからです。(バタ子さんって、アンパンマンに出ていましたよね)家事も料理も雑なわたしですが、コーヒーカップを集めるのが好きでブランド物とか少しずつ買っているのですが、必ず連れ合いでなく、わたしが割ってしまい、ペアでなくなってしまいます。 ブランド物ならまた買えば補充できるのですが、ちょっと浮気して違うものがほしくなり、またペアで別のカップを買ってしまうので、カップの未亡人(またはやもめ)がどんどん増えることになります。 でももともと気に入って買ったものなので、半端になっても捨てられないのです。 家族には、「いらないものはどんどん捨てること!」とうるさく言ってはいても、自分のものは愛着があり捨てられないでいるのです。 このカップが「ハドン・ホール」と呼ばれているのはその模様がイギリスの古城「ハドン・ホール」に伝わる古いタペストリーの模様にヒントを得て創作されたものであることからです。 中世の騎士物語のロマンチックな趣が感じられる素朴な図案です。描かれているは花はわたしの想像によれば「西洋おだまき」だと思います。ガーデニング好きな方、どう思われますか?
2007.08.02
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夏期講習がびっしり予定が入り、そのあいまに家事が入っていてやっとのことで時間をやりくりしています。 でもこの充実感は何でしょう? 忙しいほど神経が冷静になり、頭のなかでプランニングしています。 時間の流れをどうマネージしたらいいか考えています。。 ちょうどマラソン・ランナーのランナーズ・ハイのようなものかな、と思います。だれがいっていたか忘れましたが、高僧が山に修行に入ったときに、峰を素手で登りわたっていく命がけの行があるらしいのですが、そんな最中でも彼らはリラックスできるといいます。吹きすさぶ風に対してふと岩の裏側に入ったときに、十分精神は回復できるのだそうです。人は鍛えれば鍛えるほど、神仏は力を与えてくださるんでしょうか? 人間の不思議さにつくづく思い至ります。
2007.08.01
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