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今日は寒かったですね!成人の日。今年はわが家の長男が成人式を迎えました。朝から鏡の前でそわそわ。ネクタイを念入りに結んで「よし」と決めたあと、わたしは「ねえ、ちょっと写真撮るからさ。おじいちゃん、見たいって言ってから」と言うと、「早くしろよっ」と迷惑そうにひとこと。なんでそんなに写真が嫌いなのかな、とデジカメをぱちりとやりつつ、わたしはできた写真を見るとなんと手ぶれ、ピンボケ。「あれ? 」どうも気がつかないうちにわたしが前に使った時に露出の設定をいじっていたようで、ごちゃごちゃ言っている間に息子はさっさとでかけてしまいました。「あ~あ」とため息。なんで息子というのはあんなにコミュニケーションがなりたたない種族なのだろう。まさか会場の小学校の体育館までおしかける勇気もなく(息子がやめてくれ、と激怒することは確実)娘たちに言うと、「ま~ああいう年頃なんでしょう」ということでした。せめてお祝いにお寿司を作って手製のレアチーズケーキを作り雰囲気だけでもお祝いします。でもメールによれば「ひるめしはいらない」そうで、夕飯に期待しておきましょう。
2009.01.12
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実をいうとわたしは演劇が好きで、中学、高校と演劇部にいたんです。文学少女みたいなものだったんです。だから芝居もけっこう見に行きました。ただ、当時は芝居のチケットは高額で、なかなか親には出してもらえませんでした。しかも演劇をやる者は「コミュニストだ」という偏見もあってよく反対されたんです。卒業したら劇団の養成所に入ろうかとも考えていました。また、劇作家になろうかとも思いましたが、やはり東京に行かなければならない、という考えにしり込みしてしまいました。東京へ行く→ひとりずまい→変な人にだまされるか、ストーカーに会って殺されるという図式が親にさんざん言われ、それは今でも私の頭の中に残ってしまっています。 話がそれましたが、このあいだテレビを見ていたら、劇団民芸の宇野重吉さんの特集をやっていました。長男の寺尾聡さんが父を語っていましたが、とにかく彼は舞台が好きだったんです。そうして、人々の前で演技をして、感動を与える演劇というものに惚れ込んでいたんですね。だからガンの末期で舞台そでで点滴をしながら舞台に立っていた。それが彼の幸せだったのです。幸せとはなにか?わたしのもっている本に、ハワイで不動産で財産を築き、サーフィンを楽しみながら悠々とセミリタイアの暮らしをしている人が書いた本があります。 それを読んだときは「自分も早くこういう優雅な暮らしをしてみたい」と思ったものです。 また、園芸の神様、今は亡きターシャ・チューダーのように広大な緑と花に囲まれて毎日ナチュラルな生活を暮らしていくのもいいな、と思いました。ターシャ・テューダーのフォトポストカードブック しかし、そのために彼女は夫との都会的な生活を捨て、夫との生活自体も捨て去ることになりました。そして畑や家や自分の生活を絵画を描くことで支えました。優雅に生活するということは自分のための生活です。でも、人は自分のための生活をすることが幸せなのでしょうか?他の人に働きかけるということ。他の人の生活や考え方を変えていく、働きかけていくというのがより生きがいのある生活ではないのでしょうか?人生を半分以上生きて、以前は宇野重吉さんの行き方を「壮絶」と思ったものでしたが、「うらやましい」とも思えるようになりました。そうして、出席者の渡辺徹氏(文学座)が「わたしどもの杉村春子もそうでした」とぼそっと付け足したときに、彼の杉村さんへの憧憬を強く感じました。ちょっと堅い話になりましたが、今はお花のシーズンオフなので、こんな話題もいいかな?宇野重吉一座最後の旅日記 寺尾聡好演!横山秀夫ベストセラー小説の映画化!■半落ち■
2009.01.11
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タイトル写真をまた代えました。以前と同じイギリスのスコットランドの古都スターリングへ行く途中電車の窓から見えた白いマナーハウスの写真です。空がどんよりして、雨が降ったりやんだりでしたが、インバネスで乗ったタクシーの運転者さんによれば「スコットランドでは当たり前の天気」だそうです。こういう車窓の風景ってどこかせつないですよね。この風景は次の瞬間には過去のものになってしまう。通りすがりに手をふった幼い子や、電車の通過に驚いて走り出した羊たちにはもう二度と会うことはないのでしょう。一期一会。人生のひとときを象徴しているような車窓の景色。そういえばお向かいに座っていた口ひげをたくわえたスーツ姿のビジネスマン風のおじさん、どうもグラスゴーとインバネス間を行き来したみたいだったけど、どんな仕事の人だったんだろう?聞いてみたかったけど、プライベートなことだし話しかけずにすんでしまいました。 飛行機こそ長い距離を飛びますが、電車の旅というのは長期距離を旅しているんだ、という実感がありますよね?ああ、なんだかまた旅に出たくなってしまった…。
2009.01.11
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かつての名古屋空港は小牧市にあり、わたしの実家の近くでした。もっとも実家の父は戦後まもなく航空会社を立ち上げたので、家を空港の近くに建てたのでしたが。その空港も常滑市沖の「中部国際空港(セントレア)」に主要な機能を譲り、今は県営の空港として、国内での便を扱うのみになりました。もともと近隣に住宅が迫ってきており、騒音の問題など空港としての機能が行き詰っていたのである程度は仕方がないのでしょうが、父の気持ちを思うと、懐かしい空港がリタイアしてしまうのはさびしかったでしょう。 それで、空港の国際線ビルはまだまだ使えるのに空っぽのまま放置されていたので、いったいどうするのだろう、と思っていましたが、今回大型スーパーチェーンの「ユニー」が「アピタ」として「エアポートウオーク」というニックネームでオープンしたので、出かけていきました。中には空港だったときの設備もそのまま残っていて、懐かしいです。空港だったころシンガポールから贈呈されたマーライオンの像。窓からジェット機が着陸するのが眺められます。着陸寸前のJAL機眼下にはかわいい小型機も止まっています。出発便案内の掲示が残されています。 その掲示の下はこんなふうにスーパーに変身しています。
2009.01.10
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忙しさにまぎれて遅くなってしまったんですが、連れ合いが「まだ紅葉が残っているところはないかなあ」と言い、「定光寺に行ってみよう」といいいます。「なぜ定光寺がいいって知ってるの?」と尋ねると「カメラのサイトを持っているカメラおたくの友人がいいって書いてた」ということでした。「じゃあ行ってみますか」ということで撮ってきたのがこの写真なのですが、わたしはちょうどそのころ小学生科のクリスマス学習発表会でスピーチの指導にあわただしくアップするのが遅れていたのです。今ごろはすっかり冬枯れの景色になっているでしょうが、まあ「日本の赤」でもお楽しみください。 定光寺(じょうこうじ)には尾張徳川家の徳川義直の霊廟があります。もみじの背景になっているのはそちらの本堂です。真っ赤なもみじ何がかいてあるおみくじでしょうか?本堂をバックに。山門わきのもみじがきれいな色でした。
2009.01.03
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きのう31日にクルマの中でラジオを聴いていたら、アンジェラ・アキの「手紙」がかかっていました。このごろ忙しかったので、歌番組を聴いたのは久しぶりだったので、とても新鮮に感じたのですが、「15の君」という一節に、わたしたち塾講師が必死になって毎日指導している中3の子たちの顔を思い浮かべました。「苦しい」とか「つらい」とか「やってられない」などという愚痴ばかり聞こえてきて、「このぐらいで何よ。大人になったらもっと大変なんだから…」と思っている日常を思い出し、「いや、それでも、15歳の子たちにとっては初めての試練なんだから、それすらもわかっていないんだから、もっと親身になってあげなければ」と思うのでした。とにかく聞いてみてください。手紙 この歌は彼女が15歳のときに実際に書いた未来への自分への手紙がもとになり、中学生の合唱コンクールのために書き下ろしたものだそうです。若者への熱い思いが伝わってきて純粋な情熱を感じます。
2009.01.01
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