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1月24日の大坂城石垣の「刻印」探しは1時にコース終了だったので、久々に近くで春の花を確認に。事務局が引っ越す前のご近所でいつも観察してた某ビルエントランスへまずはゴモジュ1月24日 posted by (C)snowrun29うわ~まだこの状況かここでは面積がそこそこ広いのでもう1枚1月24日2 posted by (C)snowrun29…ボケボケですが傍のシナマンサク1月24日 posted by (C)snowrun29実が弾けた跡もむくむく仔犬のような蕾1月24日2 posted by (C)snowrun29何とも可愛いな1月24日5 posted by (C)snowrun29土佐水木1月24日2 posted by (C)snowrun29こちらも実が弾けた跡冬芽(花芽)はまだこの硬さ1月24日4 posted by (C)snowrun29でも少しだけ膨らんでもいるような。。最後にコブシもどうぞ1月24日 posted by (C)snowrun29まだしっかり毛衣を着てますね。というので1月下旬の春を待つ花達また見に行くからね~
2026.01.31
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1月下旬の大阪城で「刻印」探し14 posted by (C)snowrun29この独特の刻印は「池田家」…ガイドさんは「四角いメロン」と…なるほど。17 posted by (C)snowrun29苔むしたこれはどこのか・・あった~「鍋島藩」18-2 posted by (C)snowrun29上から覗く堀19 posted by (C)snowrun29この眼下も石垣には刻印が・・因みにこの岩に開いた穴は「大砲」とかを固定する為のらしい。この「〇」もどこの、かな。20 posted by (C)snowrun29この丸に十字は「加藤家」21 posted by (C)snowrun29よく見たら〇から十字がはみ出ている23 posted by (C)snowrun29丸に十字は薩摩藩って思ったけど。その傍にある二八25 posted by (C)snowrun29この石垣の壁は幾つかの藩が並んで石を積んだようです。二八と言っても蕎麦ではありません26 posted by (C)snowrun29「小出藩」の石垣は一杯あって41 posted by (C)snowrun29そこに「鍋島藩」も沢山とかP1246343 posted by (C)snowrun29ここにも鍋島藩が、らしいけど双眼鏡を忘れて…ズームしても良く解らない上空を「バラバラバラ…」とヘリが飛ぶ36 posted by (C)snowrun29明日の「大阪女子マラソン」の為の下見かなここ大坂城は「地学的むかし散歩」の第1回上町台地を北から南へ、の際に歩いた所ですが102-2 posted by (C)snowrun29当時「刻印」は全く・・でしたね。ここ森ノ宮には仕事で毎週出かけているのでまた折あらば・・と新たな楽しみが
2026.01.30
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1月下旬の大阪城での石垣の「刻印探し」106 posted by (C)snowrun29西宮の「大坂城石垣石丁場跡」で見た「鍋島藩の刻印」23 posted by (C)snowrun29400年前のものが良く残っていますね。現在の大阪城は3代目で1代目の秀吉時代の大坂城2代目の徳川時代の大坂城3代目のは大阪大空襲後の直したもの。今回は2代目の徳川幕府からの要請での「石垣」で探します。ここは鍋島藩だけでなく、沢山の藩が関わっての城なので色々な「刻印」があるので期待しつつ・・朝イチの大手門まで4 posted by (C)snowrun29見えているのは「六番櫓」大手門にさしかかると7 千 posted by (C)snowrun29信長も欲しがったという「千貫櫓」ここから「敵」に向かって矢が、鉄砲が…の。堀にかかる大手土橋の下の方に8 posted by (C)snowrun29「有馬家」のものらしいこちらは「山内家」の9 posted by (C)snowrun29大手門を入って暫く歩くと12 posted by (C)snowrun29こんな石が転がっているそこにあった「文字」13 posted by (C)snowrun29…横になっているけど、よく解らない。。こんな風に幾つもの「刻印」等があるのですがあまりにも多いので…つづく
2026.01.29
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大阪城で「徳川時代」の石垣の刻印を探す講座1月24日に参加してきましたがそこで思い出すのが「小豆島」での「石丁場跡」101 posted by (C)snowrun29こちらも「徳川時代の大坂城」用の石を伐り出していたのです。数か所ある石切り場の中でも大きい所で100 posted by (C)snowrun29こんなでっかい石も残っています。そんなのがまとめてある場所も80 posted by (C)snowrun29これらは所謂「残念石」というか72 posted by (C)snowrun29「矢穴」の跡も残るまま小豆島ではこの遺産を観光用に、と解りやすい様にこんな仕掛けもして頂いてます。58 posted by (C)snowrun29石目に沿ってのこれを金づちで叩いて「割る」のです。73 posted by (C)snowrun29小豆島ではここを「史跡」として64 posted by (C)snowrun2966 posted by (C)snowrun2967 posted by (C)snowrun29小豆島以外にも瀬戸内海には幾つかの石切り場のある島がありますが幾つもの藩が伐り出しと運ぶ仕事を請け負っていました。そんなで小豆島でも幾つかの「刻印」が見られます。68-2 posted by (C)snowrun29とは言え刻印はもう「400年経過」では薄っすらで74 posted by (C)snowrun29詳しくない私には。。でしたが。ところで西宮の石丁場では「鍋島藩」のみ、の仕事なのです。それで…つづく
2026.01.28
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昨日の鍋島藩の「刻印」を再度23 posted by (C)snowrun29ここにはこれが幾つもありました。53 posted by (C)snowrun2911 posted by (C)snowrun29勿論「ノミ」で掘ってのもので刻印は各藩ごとにあり、その種類は物凄い数らしい。何で九州・佐賀の鍋島藩がこんな遠くで、というのは幕府は「外様」藩は遠い場所に置き江戸幕府に抵抗しないようその「財力」を削ぐ、という意味でもで人手も技術も現地調達ではなく、皆佐賀から来てここに泊って伐り出し、また川から海へと運ぶまでを。そんなで鍋島藩としては大変なのですが大坂城だけでなく幾つかの城も、のようでどんどん「技術」も修練してうまくなってゆくという。鍋島藩は幕末は幕府方にはつかず、でその時既に大砲等、当時としては先進の技術を誇りましたね。そこに繋がるこの石丁場でもあるという…面白い。
2026.01.27
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昨年4月に「地学的むかし散歩」でも歩いた大坂城石垣石丁場跡50 posted by (C)snowrun29西宮市歴史資料館の方のご案内でしたが今回も冬の講座で来ました。普段でもここまでは歩けるのですが講座の場合はこの先も歩けます51 posted by (C)snowrun29足元が滑るので一般には、でご案内頂ける時のみ、山の中の現場に入れます。現在の大阪城は徳川のお城(正確には第2次世界大戦後に再建されていますが)秀吉時代の大坂城は「大坂夏の陣」で焼失後、徳川方に壊され7m盛り土された下に眠っています。106 posted by (C)snowrun29その2代目大坂城の石垣用の石を採る為に六甲山地には幾つかの石丁場があるのですがここはは鍋島藩が担当した所六甲山地は花崗岩地帯8 posted by (C)snowrun29掘り出しても、カットしても使わなかった石も沢山そんな石が400年経過しても残る、というので史跡指定です。14 posted by (C)snowrun29この長細い跡は「矢穴」の跡この形でも時代が解るそうです。15 posted by (C)snowrun29明治になって、もうお城には不要でも庭の材として伐り出したり、で最近のだと機械もありますが、勿論ここのは「人力」で。19 posted by (C)snowrun29こうして「割る」つもりで放置した岩も沢山52 posted by (C)snowrun29掘り出し、伐り取った岩もこうして形を整えるその為には「平地」も作っています。この後、高い場所から人工的に作った谷に沿って岩を下に落としてゆくその後、どの川から海へ、なのかはまだ謎らしいですが。そんなでここは「鍋島藩」だけ23 posted by (C)snowrun29これがその「刻印」です…つづく
2026.01.26
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1月半ば、久々に出会ったこちら102 kagi posted by (C)snowrun29カギカズラです、ありがとうございます~101 kagi posted by (C)snowrun29ツル性木本で「カギ」とは「鉤」の事72 kagi posted by (C)snowrun29昨年度分の枝に残る「鉤」73 kagi posted by (C)snowrun29これを他のものに引っ掛けてよじ登る…「フック船長」の手の先にある「鉤爪」のような。。カギカズラはアカネ科カギカズラ属のツル性木本なかなか出会えない植物でその昔、京都市南部の山で花を見たと思って散々写真を探したのですが、、見つからずそこでずっと以前のものですが52 kagi posted by (C)snowrun292016年9月15日の花跡同日の葉57 kagi posted by (C)snowrun29「鉤」ありますね。もう1つ、同じく2016年6月4日の「蕾」34 kagikazura posted by (C)snowrun29佐賀で見せて頂いたもの…ありがとうございます1時間以上探した花ですが結局、見当たらず…で残念至極なので今年は花の時期に、と思いますが、さて
2026.01.25
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この赤い小枝、何か解りますか40 yome no nuribasi posted by (C)snowrun29冬芽は「3大美芽」の1つはい、ネジキです。陽当たりが良いとこうした赤い枝に。ところが同じ枝でも日が当たらない反対側では35 yome no nuribasi posted by (C)snowrun29この「緑色」37 yome no nuribasi posted by (C)snowrun29丁度半分辺りが面白い小さくてボケボケですが33 yome no nuribasi posted by (C)snowrun29これが「美芽」表も裏も赤いのは風が吹くとか、陽当たりが抜群とか、条件があるようですがこれを「嫁の塗り箸」と呼ぶとか(某さんの説)…諸説あって、何でかはですがしかし「塗り箸」と言ってしまうと本来「有毒」のネジキでうっかり箸を作ってしまいそうでそれは絶対にNGと思う私です。そこだけは気を付けて…
2026.01.24
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昨日のカナメモチの続編ですが31 posted by (C)snowrun29このように「字が書ける」今頃のカナメモチはこうした赤い実を12 kaname posted by (C)snowrun29先日知った「カマツカの実は甘い」同じバラ科ですが、これは食べる気にならないな。…おそらく種が殆どで硬いでしょうね。ところで今回「」と思ったのが17 kaname posted by (C)snowrun29カナメモチの樹皮まるで柿の木のような…渋い美しさ。18 kaname posted by (C)snowrun29これは今まで気づいていなかった。。この後も確認して、と思った事でした
2026.01.23
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「葉書の木」と言えばタラヨウですね。時に郵便局の前にも植栽されているあの木です。今回、驚いたことにこちらも80 posted by (C)snowrun29字が書ける、という事を初めて知った次第反対側も再度81 posted by (C)snowrun29シャーペンの芯を出さずに書いたのですがかなり力が入っていたのかな。カナメモチはバラ科カナメモチ属の常緑小低木12 kaname posted by (C)snowrun29冬の今はこんな赤い実も、の。タラヨウはモチノキ科同属の常緑高木葉のサイズもでっかくて「書きで」がありますね。32 tarayou posted by (C)snowrun292019年8月24日の亀岡市・雌雄異株なのでこれは雌木郵便局前に植栽も見かけますね。tarayou2 posted by (C)snowrun29これは和歌山城の近くの郵便局タラヨウの葉に釘とかで字を書くと少しして傷つけた後が黒くなるので字が読める。切手を貼れば、これでもちゃんと届く、あれです。何で黒くなるのか、と思うと葉の内部の酸素と反応して変色。葉も肉厚で光沢もあるし、変色度が高いなので平安時代から利用されて来た…なるほど。バラ科でもカナメモチもぶ厚めで「カナメ・モチ」という名は「モチノキ」に似ているからとも。そこにもしや、この「字が書ける」もモチノキ科の葉がALLなのかはこの先の、ですが。ところでカナメモチは…つづく
2026.01.22
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1月半ば、このアオキにびっくり27 aoki posted by (C)snowrun29最初気づいた時は25 aoki posted by (C)snowrun29何これ。この近くに幾つもあって26 aoki2 posted by (C)snowrun29中にはこんなのも28 aoki posted by (C)snowrun29一体これって、と29 aoki posted by (C)snowrun29こちらは齧られている30 aoki posted by (C)snowrun29アオキの実は長細い丸型54 aoki posted by (C)snowrun292023年4月2日湖北の同日・同所のもう1枚55 aoki posted by (C)snowrun29アオキは鹿が好きな木で、最近はやたら食べられておりあんまり見かけなくなっているのも事実にしても今回の妙な細いものはと思うとどうも「虫こぶ」らしい。ならばアオキミフクレフシ、かな。それで検索したら…こちらとなるとこの後、少し膨らむのかですがカットしたら「アオキミフクレフシバエ」の幼虫がいたのでしょうか。
2026.01.21
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1月12日の「鴨川探訪」第7回、この日は出町柳→下鴨神社→鯖街道口→琵琶湖疏水第2分線出端→御土居→柊野堰堤コース17 posted by (C)snowrun2911月22日の下見時の「飛び石」背後の堤には紅葉や紅葉が、で22 posted by (C)snowrun29黄色はエノキで15 posted by (C)snowrun29落葉した分も黄色が濃いアラカシは常緑で黄葉を引き立てる6 arakasi posted by (C)snowrun29何故か11月22日でもシモツケが12 simotuke posted by (C)snowrun29これはびっくり本番はもうALL落葉で寂しい状況でしたがこんな鮮やかなヒイロタケも7 posted by (C)snowrun29さてゴールの柊野堰堤16 posted by (C)snowrun2917 posted by (C)snowrun29ここではキセキレイもいましたが遠くて写真は撮れずここは堤横の公園っぽい所ですが18 posted by (C)snowrun29カツラがまだ葉もあって実も。植栽とは言え、雌木が多くてびっくり下見の際は黄葉で「カラメルの匂い」も27 katura posted by (C)snowrun29若いけど実が。28 katura posted by (C)snowrun29普通は雄木の方が多いのですがここでは半数以上が雌木だったので。という事でここでバスで北大路駅まで。京都市営バスは一律230円なのでありがたいですね。長い事読んで頂きありがとうございました
2026.01.20
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1月12日の鴨川探訪・第7回本番出町柳駅をスタートし「Y」の字の左側・賀茂川を遡上カワアイサも御土居も見てどんどん歩いています。鴨川デルタの「飛び石」が有名ですがもう1つの「飛び石」が北大路越えにもあり48 posted by (C)snowrun29犬さんや子どもやご夫婦が渡るのが見てても楽しい12 kitaoji posted by (C)snowrun29北大路橋もなかなか渋い橋です。さてこの上流で下見時、暫く歩くと18 sika posted by (C)snowrun29「うわ」19 sika posted by (C)snowrun29宝が池公園でも鹿が、と聞きますしもはや普通の光景なのかさて上賀茂神社でトイレ休憩となりましたがここでは「神馬」に逢えました。14 posted by (C)snowrun29流石「午年」と思ったけどこの白馬「神山号」は常駐のよう。厩舎の前に机がありそこに「薄切りニンジン」が。15 posted by (C)snowrun29Mさんが「お気持ち」を納め、お皿にニンジンを少し頂きそのお皿ごと「神山号」の口元に差し出すと「ぱくり」この「神山号」は中央競馬で走っていたサラブレッドとか。55 posted by (C)snowrun29引退後はこんなお仕事もあるんやね。因みに5日後にこの上賀茂神社で観察会の時は「お休み」だったようで。。まあ1日中というのも、でしょうし。さてこの後も遡上し、西賀茂橋辺りで「おおお」25 posted by (C)snowrun29そっか、最近この辺りにもお出ましなのか。。この他の動物としてはアオサギも19 ao posted by (C)snowrun29イソヒヨも22 isohiyo posted by (C)snowrun29あとコガモとチドリも、でしたが写真が撮れておらず…
2026.01.19
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1月12日の「鴨川探訪」第7回は「Y」の字の左側の「賀茂川」沿いに遡上する回。まずは出町柳駅から河合橋を渡って「糺の森」へ1 posted by (C)snowrun29第4回もここで始めの挨拶・体操をしましたが49 posted by (C)snowrun29写真は2025年5月3日分で今回も同じく体操を。次に出町橋を渡って鯖街道口石碑から河川敷を上流へ2 posted by (C)snowrun29賀茂川の堰の光景2 posted by (C)snowrun29ここでカワアイサ等を見ながら出雲橋を通過して「紫明通り」までここに琵琶湖疏水の「第2疏水」の分線が地上に出ているのでそこを見て頂く。近くの松ケ崎浄水場辺りで疏水が地上に出てもいるけど14 posted by (C)snowrun29市民生活の為か、結構暗渠になっており(2025年5月3日の第4回)ここではそんな暗渠を流れる水をポンプアップして「滝」を作ってもいるし10 posted by (C)snowrun29細長い公園みたくなっているここの「銀杏」大木が下見時から実を落としまくり11 posted by (C)snowrun299 posted by (C)snowrun2911月の下見時、踏まずに歩けないので…匂いが匂いが…誰も取りに来ないのか。9 posted by (C)snowrun29本番ではたまたま消防局の方が3人来られており参加の皆さまが色々と質問をしておりました。11 posted by (C)snowrun29ありがとうございます~
2026.01.18
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「鴨川探訪」第7回で見たカワアイサ5 kawa2 posted by (C)snowrun29賀茂川にお出ましはいつ頃からなのか個人的に初めてカワアイサを見たのは24 kawaaisa2 posted by (C)snowrun29同じ京都でも、宇治川遡上中で32 posted by (C)snowrun292015年1月17日の「淀川探訪」のさなか29 posted by (C)snowrun29天ケ瀬ダムに向かう辺りでしたっけ。カワアイサは北海道・然別湖でも見ており8 posted by (C)snowrun292017年5月10日双眼鏡では確認出来てますが9 kawaaisa posted by (C)snowrun29写真はこんなで…初夏には北へ行く「北の鳥」と思ってましたが図鑑で見たらやはり 少数は北海道の湖沼や河川近くの樹洞で繁殖するが 多くは冬鳥として湖沼や河川等に飛来し、北日本に多いなるほど。温暖化が進む昨今ですが、盆地で寒さが関西の中でもきつめの京都だからかな。その中でも街中よりはやや北っぽい辺りまた来年以降も来て欲しいですね。
2026.01.17
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1月12日の「鴨川探訪」第7回で見た鳥たち1 sagi posted by (C)snowrun29出町柳駅から河合橋を渡ると白いサギ達が集っている。寒波予報の朝だし、もしや群れて暖をとっている出町橋を渡って「鯖街道の碑」を見てから2 posted by (C)snowrun29賀茂川沿いに遡上してゆくほどなく「おや」が現れる4 kawa posted by (C)snowrun29カワアイサではあ~りませんか双眼鏡を出して皆で5 kawa2 posted by (C)snowrun29やっぱり下見の際にもお出ましで4 kawa posted by (C)snowrun296 kawa posted by (C)snowrun29本番も頼むよ~と声なき声で言ってたのですが。参加の皆さまは初めて見る方が多かったようでかなり喜ばれましたがパンダガモのミコアイサの仲間ですよ、とここでかなり時間を、で嬉しい事でした
2026.01.16
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1月12日の「鴨川探訪」第7回のコースで47 posted by (C)snowrun29「御土居」にて。1591年、秀吉の命での御土居作りはたった4ヶ月で22・5㎞もの「堀と土塁」で京都を囲い(池や川を利用しての堀、と出た土を利用した土塁)その中は「洛中」で外が「洛外」出るには「京の七口」と言われる例えば「鞍馬口」なども。基本・外敵や鴨川の水から京都を守る為のものですが明治頃から削られたり、で殆ど姿を消しており以前から御土居ってと思ってたので今回コース上にあるので皆さまをお連れした次第洛中を南は北は鷹峯、南は東寺の南西は賀茂川、東は紙屋川でぐるり囲む中でその北東の角に残る御土居56 posted by (C)snowrun29そこは※加茂川中学の敷地傍(※「かもがわ」には3種類の字があります)賀茂川沿いに少しは残っているものの24 posted by (C)snowrun29中には入れないし、また途中からは無くなっている。堀川通りから見た加茂川中学23 Kamogawa posted by (C)snowrun29下見ではぐるり回ってみたけど…。でもここのお子達は恵まれているな、と。さて堀川通りを挟んで48 posted by (C)snowrun29この丸っとした盛り上がりが御土居51 posted by (C)snowrun29周りはこうしたマンションとかで一杯49 posted by (C)snowrun29一応「看板」があります。参加の皆さまも知らなかった人が多く今回のコースの目玉でもあったので個人的にもとても嬉しい事でした。なお北東の角から北までの線上にはまだ少し残ってもいる所もあって大宮交通公園など、また是非1度は…と思いつつこちらを後にした次第でした
2026.01.15
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1月4日の富山と岐阜の境目にある菅沼合掌集落111 posted by (C)snowrun2916 posted by (C)snowrun29大きな池がありますね。ここでは鯉は泳いでないのだろうか。113 posted by (C)snowrun29雪もそこそこありますが寒波が…の予報もあった割に少ない気もする。114 posted by (C)snowrun29この「氷柱」がまた綺麗やなあ28 posted by (C)snowrun29いいですね~こんな氷柱もあって23-2 posted by (C)snowrun29これは「ぽきっ」と折らせてもらいました。雪だるまを作りたいチビさんたちは25-2 posted by (C)snowrun29せっせと作る5歳児は氷柱を「鼻」にして27 posted by (C)snowrun29道端の雪に顔を作る11歳女子は雪をハート形に丸めて15 posted by (C)snowrun29この子が昨年不参加だったので、これはまた嬉しいそんな雪タイムも終わる頃30 posted by (C)snowrun29まだまだ作りたい・・気持ち解るなあ。菅沼集落、また来たいな。110 posted by (C)snowrun29観光客も我々位で静かな佇まいの。白い世界を今年も見て貰えてまずは良かったです
2026.01.14
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1月4日の富山・菅沼の合掌集落112 posted by (C)snowrun29庄川からこちらに廻りました。四季の国に住んでいるのに、冬はただ寒いだけの関西「白い世界」をチビさんに味合わせたいと出かける冬ですが昨年の「白い世界」は高山から白川郷へ、でしたが9 posted by (C)snowrun29これは2025年1月26日の白川郷ここに体調不良で参加出来なかったチビさんの為に今年は同じ合掌集落でも菅沼に来た次第。駐車場から歩くと見えてくる合掌集落110 posted by (C)snowrun29白川郷に比べると、こちらは9軒とかで静かな感じ。13 posted by (C)snowrun29坂を下りてくると19 posted by (C)snowrun29雪の積雪量はそこまでではないけどこちらには息子達が小学校時代の夏休みに来てこの中の1軒の合掌集落に泊りました。それがどこだったかはもう覚えていませんが家の傍に小さな池があってそこに鯉が泳いでいました。それが「洗い」となって晩御飯に出たのも記憶に残っています。この池はまた別でしょうね、でっかいし16 posted by (C)snowrun29その合掌建築の中は3階建てになっていて1番上がお蚕さん用のスペースになっていました。なかなか経験できない宿ですね。17 posted by (C)snowrun29こちらの煙硝とは鉄砲の火薬を作る際に必要なもの。冬の間、きっと生産に励んでいたのでしょうね。
2026.01.13
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1月4日の富山・庄川峡の遊覧船に102 posted by (C)snowrun29庄川は岐阜県飛騨地方から富山湾に流れる一級河川その庄川に沿って走るバスの車窓3 posted by (C)snowrun29おお水力発電所が見えてくる集落の背後に見える小牧ダム6 komaki damu posted by (C)snowrun29あれで堰き止めたダム湖を船が、やな。船着き場で船を待っていると100 posted by (C)snowrun29おお、あの船で、か。沢山のインバウンドの方々と一緒に乗船して出港8 Shogawa posted by (C)snowrun29この岩は何なのだろう乗船時間は25分9 Shogawa posted by (C)snowrun2999 posted by (C)snowrun29あの国道は岐阜・白川郷等に繋がっているのでしょう。ぱっと見「箱根駅伝の函嶺洞門」みたいだなと思いつつ。。風の吹く船上にいましたが、インバウンドの方々の「自撮り」が凄くてなかなか写真が撮れません。101 posted by (C)snowrun2911 Shogawa posted by (C)snowrun29船頭さんの背後から見ているのも楽しい。11歳男子も食い入るように…でした
2026.01.12
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1月3日の白い富山・次は高岡大仏へ。49 posted by (C)snowrun29日本3大仏は奈良の東大寺・鎌倉大仏・そしてここ高岡大仏。中でも「美男」で有名な大仏さまです。こちらは高さ約16mの阿弥陀如来坐像で、仏身(大仏そのもの)は7.43m、台座部分は8.42m。始めは射水に13世紀に建立されたもので当時は5mの木造の仏様。1609年(慶長14年)加賀藩主・前田利長が高岡の町を開き、現在の地へと移して町の象徴となりました。その後、江戸・明治と2回もの火事で焼けてしまい昭和8年に明治からの高岡市民の協力で現在の大仏さま建立。この台座の下をぐるり回れるので皆で歩きましたが51 posted by (C)snowrun29善光寺でも、また戒壇巡りとかありますよね。あの流れかなと思いつつ…ここは高岡城址のある台地の上に並んであり路面電車からもこういう風に見えます38 Sakashita st posted by (C)snowrun29(2025年1月末)富山市も低床の路面電車が多いですがここ高岡でも路面電車が頑張っています。37 posted by (C)snowrun29この車窓で「坂下町」駅傍で見えたのが上のもの(2025年1月末)さてこの大仏がおわすのは浄土宗・その名も大仏寺36 posted by (C)snowrun29この寺紋が面白い…カモメと筍?もう1枚12 posted by (C)snowrun29高岡市は梵鐘や仏具などの全国の約70%の青銅を生産する銅器の街。こうした仏具が緑青っぽい色なのはそれですね。ともかく龍吐水も凍る1日14 posted by (C)snowrun29白い世界は予定通り・・つづく
2026.01.11
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1月3日の富山・雨晴海岸50 posted by (C)snowrun29海岸沿いに氷見線が1時間に1本程走ります。54 posted by (C)snowrun29間に合った2023年冬に来た際は傍の道の駅の2階から45 雨晴海岸 posted by (C)snowrun29こんな感じの辺りの様子右手の小高い丘が「義経岩」で35 義経岩 posted by (C)snowrun29奥州へ逃げる義経が隠れたとかの謂れあり。道を越え、氷見線の踏切も越えて36 義経岩 posted by (C)snowrun29ここまで3枚は2023年1月分51 posted by (C)snowrun29今年はまあそこそこの雪が、で11歳男子と女子は雪ダルマを作ろうと。。5歳児は小さな雪だるまを作り9 posted by (C)snowrun29傍の波打ち際に落ちてた貝を耳に電車より雪ですね52 posted by (C)snowrun29あっという間に氷見線は走り去り何とか白い立山連峰が見える53 posted by (C)snowrun29青空の日にはこう見えるのですが。。43 雨晴海岸 posted by (C)snowrun29まあ、白い立山連峰が見えただけでも、ですね。因みに家人は今も「仰ぎ見~る~た~てやまれんぽ~」と「富山県人の歌」が歌えます
2026.01.10
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1月3日、白い富山へ。53 posted by (C)snowrun29ここは「雨晴海岸」昨年の冬は高山から白川郷へ9 posted by (C)snowrun29冬なればこその「白い世界」せっかく四季の国に生まれたのだから毎年そんな「雪」の光景を見てもらおうとチビさん達と出かけます。そんなで今年はまずここに。湖西線も堅田からは白くなり49 posted by (C)snowrun29やはり湖西は白い世界が似合う5 Komatu st posted by (C)snowrun29ツアーなので小松駅で「つるぎ」を降りるホームの椅子が木製で3 Komatu st posted by (C)snowrun29最近の駅舎は地産地消で良いなと。初めて降りた小松駅の傍に6 Komatu st posted by (C)snowrun29こうした公立大学の校舎がありました。ここからバスで回るのですが7 松井秀喜の posted by (C)snowrun29おお、松井秀喜のベースボールミュージアムとな。そっか、この辺りの出身でしたか。北陸は野球の盛んな所ではありますね。そしてまずは雨晴海岸に51 posted by (C)snowrun29ここは富山生まれの家人が子ども会で夏に来た場所。そんなのもあって…つづく
2026.01.09
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一昨日アップのマツバラン1月2日 posted by (C)snowrun29大晦日の庭掃除での1枚1年前の2024年暮れの庭に下ろした鉢の。このマツバランは「勝手に生えて来た」もの。11月28日3 posted by (C)snowrun29気づいたのは2021年11月28日のアオモジの鉢。ありがたいですね~12月1日4 posted by (C)snowrun292021年12月1日そこから順番にどうぞ。1月14日2 posted by (C)snowrun292022年1月14日は雪が…同年4月9日…近くの鉢からヒメフウロが出現4月9日 posted by (C)snowrun292023年1月8日1月8日 posted by (C)snowrun29同年12月27日12月27日 posted by (C)snowrun292024年8月13日8月13日 posted by (C)snowrun29この暮れに「壁塗り工事」で鉢はベランダから庭に1月27日 posted by (C)snowrun29環境の変わった2025年1月27日ちと乾燥して来ている同年2月14日2月14日 posted by (C)snowrun29…とまあ順調に増えていますがこの後も元気で…と祈りつつ
2026.01.08
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年末にベランダに居たヒラタアブの話のその後です。前回の12月29日分を再度アップ12月29日929 posted by (C)snowrun29右の翅が羽化失敗で、歩くしかないお子です。その後、寒い日もあったし…でしたが越冬するなら飲まず食わずで春を待ちますよね。2008年秋にベランダにお出ましのツチイナゴは成虫越冬。1月9日2 posted by (C)snowrun29めちゃ可愛い涙目の「つっちー」でしたっけ。当時の我が家のベランダアイドルでした。翌年3月下旬まで柑橘類の葉上で寒さをしのぎその後「ぴょ~ん」と跳んで行きました。3月20日4 posted by (C)snowrun29検索したらヒラタアブも成虫越冬らしい。春になって他の虫達がお出ましになる前に、みたいです。ツチイナゴ共に色々なタイプが、ですね。さて大晦日・12月31日12月31日1157 posted by (C)snowrun29日光の当たる昼前にはベランダにお出ましもう1枚12月31日11572 posted by (C)snowrun29明けて1月2日1月2日 posted by (C)snowrun29タツナミソウにはおらず、ひょこひょこお出まし1月2日1144 posted by (C)snowrun29あまり動き回るとエネルギーが・・1月5日1月5日1114 posted by (C)snowrun29数字は「時間」です。朝早くは低温なので、昼前に出てきますね。1月5日1135 posted by (C)snowrun29本日・1月7日は姿を見なかったけどこの後も、元気な姿を探しますね。ところでこの子を探しててびっくりしたのが1月5日semi2 posted by (C)snowrun29やややっ…セミの頭ではないですか。全く気付かないまま今日まで。。
2026.01.07
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今年も咲きました1月5日6 posted by (C)snowrun29梅花イトラッキョウ無印イトラッキョウとどう違うのかですが1月5日4 posted by (C)snowrun29まあ可愛いのでこれは確か牧野植物園でGETしたもの1月5日4 posted by (C)snowrun29毎年、窓辺で咲いてくれます。おやと思った12月6日12月6日 posted by (C)snowrun29蕾が膨らんでいますね。これまた可愛いですが12月6日2 posted by (C)snowrun29そこから12月21日 posted by (C)snowrun29少しずつ咲き始めに気づいたのが12月29日12月29日5 posted by (C)snowrun29同日・まだ殆どが蕾ですが12月29日3 posted by (C)snowrun29ここから約1週間で1月5日5 posted by (C)snowrun29今年もありがとうね~
2026.01.06
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草ぼうぼうの庭の掃除@大晦日このままでは福寿草の為の空間が、でしたが何とそこでこちらを発見2025年12月31日2 posted by (C)snowrun29こっこれはオオミノガだっ大阪ではもしやRDとの声もある昨今、まさかの我が家でとは。最近は小さい蓑虫しか見てないのに2025年12月31日3 posted by (C)snowrun29このサイズは…ほんまに久しぶりトチュウの幹にいますが、ヘクソカズラまで利用していますね。ところで背後の黄色はアオモジ黄葉がまだ枝に残ったままですが12月31日 posted by (C)snowrun29花芽が幾つも準備されているこちらでも12月31日2 posted by (C)snowrun292024年暮れの「壁塗り」で2階ベランダから庭に移動したもの。一旦、庭に移動すると、ベランダ程は眼に付かず。。何とか花が、でこれまた嬉しい。また傍の鉢ではマツバランが元気に1月2日 posted by (C)snowrun29これまた掃除したからのご褒美のようで嬉しいな。
2026.01.05
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12月20日の「地学的むかし散歩」16回今回は高槻市の今城塚古墳で継体天皇の古墳の中と資料館を巡りその後、闘鶏山古墳を経由して埴輪工場跡へ。その「闘鶏山」は「つげやま」と呼び(難しい)古墳を守る神社は「闘鶏野(つげの)神社」(ややこしい)21 Chuge posted by (C)snowrun29ここは名神高速を越えた辺りにあり断層がそれに沿って伸びる場所20 posted by (C)snowrun29秀吉が伏見城で逢った慶長地震の際にも60㎝からのズレが生じたそうです。そんな場所に古墳というのもなあ、ですが。ここで「おお」と思ったのは22 Chuge posted by (C)snowrun29あの3つの杉模様の紋はアップでどうぞ22 Chuge2 posted by (C)snowrun293本の杉の意匠が本殿下のお賽銭箱では23 Chuge posted by (C)snowrun29ちとレイアウトが違うもう1つこの中間タイプもあったのですがその写真が見つからず。。3本杉って結構あるのかな、と思い出すのが9 3sugi posted by (C)snowrun29これは水無瀬の「離宮八幡宮」の神紋これも3本杉ですよね。というちと別の気づきの話でしたがこの後、今城塚古墳の埴輪を作っていた工場跡へ26 posted by (C)snowrun29こうした埴輪を焼いていた工場で(犬と猪です)今は公園っぽく整備されていますが35 posted by (C)snowrun29ここから出る粘土を焼いていたとかその登り窯のような炉34 posted by (C)snowrun29こうした炉が18程あったようです。ここでゴールのこの日のコースでしたが参加の皆さま、一様に「知らなかった」と言われ確かに古墳って奈良とかに多いと思うけど高槻は沢山残っています、これまた素晴らしい事ですね
2026.01.04
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12月20日の「地学的むかし散歩」は高槻の今城塚古墳へ。古代歴史観で継体天皇の石室(レプリカ)を見たのですがそれは阿蘇の凝灰岩・馬門石で造られたもの。阿蘇山は何度か噴火しているのですが「凝灰岩」はその「灰」が固まったもの。14 Makado posted by (C)snowrun29こうした色は珍しいと思います。そこで思い出すのが継体天皇が58歳まで生活してた福井ここに「笏谷石」という凝灰岩があり別名「ふくいブルー」と言われます。足羽山公園の山頂に「継体天皇」の王が像があり99 継体天皇 posted by (C)snowrun29これは「笏谷石」で造られています。足羽山公園はこんな感じのところ97 posted by (C)snowrun29福井にはこの「笏谷石」を探しに行った事があり110 posted by (C)snowrun29福井駅前の福井城にもほらほら青いでしょう。45 posted by (C)snowrun29これが足羽山に産出されるので109 posted by (C)snowrun29昔から色々な場所で使われています。継体天皇が片や石像、片や石室の材で同じ凝灰岩でもこんなに色が違う。。因みに伊豆半島の緑色凝灰岩「伊豆石」はブルー200 posted by (C)snowrun29青い方が多いのだろうか。。今回の古代歴史館には高砂の凝灰岩「竜山石」も展示され16 posted by (C)snowrun29これまた古墳の石室等に使われています。正確には流紋岩質凝灰岩だそうですが。因みに色は3色とかあるらしく石色も青色・黄色・赤色(希少)の3色があり、と記述されている所もあります。やはり「ピンク」は希少なのですね。この竜山石は高砂の「石の宝殿」で見られますし北浜・船場辺りの「レトロなビル」にも使われているので2026年度の「地学的むかし散歩」でこの2つにも、と企画しています。そんなでそちらでも「」の1日でした
2026.01.03
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12月20日の「地学的むかし散歩」第16回・今城塚古墳ここは第26代・継体天皇の陵です。古墳に登った後、ガイドさんと古代歴史館に行くと館内では継体天皇の色々が展示されています。継体と言う名前は不思議ですよね。25 posted by (C)snowrun2925代・武烈天皇が嫡子を残さないまま亡くなってしまった。武烈天皇は21代の雄略天皇共にかなりの暴君だった様で直系で「天皇になれる人」が居なくなってしまい傍流の継体天皇に白羽の矢が、となった際が58歳その当時としてはかなりの高齢ですよね。継体天皇は近江高島辺りの生まれ、その後福井に。そこで豪族として過ごしていたのですが24代・仁賢天皇の皇女で25代武烈の妹・手白髪命と結婚し入り婿的な王位継承でしょうか。孫に「聖徳太子」がいますので・・面白いですね。さてそんなで20年も「奈良」には入らずやっと大和に入って数年で崩御していますがここ高槻で陵が、となっていますね。継体天皇は九州にも力が及びその石棺は「馬門石(まかどいし)」で造られています。52 posted by (C)snowrun29これは勿論、レプリカですが。馬門石は別名・阿蘇ピンク石(凝灰岩)14 Makado posted by (C)snowrun29この石を舟の後ろに繋いで瀬戸内海を運んだとか。当時の事です、何日もかかっての運びです。各地の港に寄っては、でしょうからそうした土地土地にも力を誇示して、ですね。そしてまた阿蘇ピンク石はかなりの貴重な石これを石棺に、というだけでも凄いです。そして継体天皇と言えば。。つづく
2026.01.02
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2026年になりました。明けましておめでとうございます。皆さまにとっても良い1年になりますように。2025年12月26日4 posted by (C)snowrun29今年は「午年」なのでやはり、今城塚古墳で見たこちらで年々少なくなっている年賀状ですが今回は70枚、それでも2日間かかりました。2025年12月26日2 posted by (C)snowrun29下絵を描いてからコピーで印刷し1枚1枚色鉛筆で塗ってから文字を、です。まあ描ける限りは、と思いつつそんなで今年もまた元気で頑張りたいです。ご存知のように兵庫県はまだまだ困惑の日々ですが明けない日はない、と信じて…では皆さま今年もどうぞ宜しくお願いいたします
2026.01.01
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