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あと数時間で7月ともお別れ。今月はブログ更新が少なかった。8月も忙しく、果たしてどれくらいアップできるやら・・・そう、何か続き物があれば、短時間でも更新する気になれるかも・・・というわけで、頭がまとまってないけれど、とりあえず始めてみようかと。 パパもママも純日本人で、日本から一歩も出ることなく、子供がバイリンガルになる、というケースは珍しいかと思いますが、私の一人娘、ジェイ(11歳)がそうなのです。面白半分、言葉に対する興味半分。ジェイには日本語英語ちゃんぽんで話しかけておりました(私、空色パパのみですよ)。また、見せるビデオは出来るだけ、英語圏の子供向けのものを多くしていました。1歳になったころかな、少し言葉らしきものを口にして親を喜ばせるころ。お散歩中、ジェイが突然、「カッ!」って言ったんです。見ると車が通り過ぎました。八百屋さんの店先で、突如興奮して、「アポッ!アポッ!」って言うんです。目に見えるものは、日本語英語両方教えてありましたから、「ブーブー」「自動車」「car」。「りんご」と「apple」。耳ではどちらも同じようにわかっていたと思うんですけどね。たぶん、口からは発音しやすい方が先に出てくるらしい、ということでしょう。ま、ここが、始まりだった、と懐かしく当時を偲ぶ空色なのでした。ちなみに私はバイリンガルではありません。英語を商売のタネにしてはいますが、特にスピーキングとなると、まだまだブロックがかかっております。それと、バイリンガルとは何か、というのも、ジェイを育てながら、考えるところ大でした。では、また。 To be continued
2008年07月31日
稽古とは 一より習ひ 十を知り十よりかへる もとのその一千 利休 本日は13箇月の暦による「空白の日」。なんにもない「空」の中、「十よりかへる もとのその一」について漠たる思いを。 若きころ、私は八光流(はっこうりゅう)柔術なる護身術を習っておりました。知る人ぞ知る、武芸につき、多少武道を知る人には、大東流柔術から派生した、ま、合気道みたいな武術としておきますが、武道、特に合気道の何たるかを知らない人には、はなから奇妙なものかもしれません。なぜなら、入門者に、最初の一手を教授する際に、師が言う言葉が、「力を抜きなさい」なのですから。武術とは力と力のぶつかり合い、なんて思っている門外漢には何のことかと思われかねません。合気道系の武術なら、修行していく過程でつかんでいくであろう、いわば極意に近いことを、あっさりと入門者に伝授してしまう、というのが、八光流の八光流たる存在価値でもあるのですが。私は16歳。その数ヶ月前に合気道を習い始めたばかりで、八光流に入門した。当時は若先生と呼ばれていた現宗家先生(ほんとに若うございました)が、次のようなことを仰った。「あのね。力と力で戦ったら、たとえば、ジャイアント馬場には勝てないよねえ。でもね、こちらが力を抜いちゃうとね、力を入れている相手の全身至る所が、急所になっちゃうんだよ。力を抜くと技がかかる。力を入れると、力の強い人に技はかかんないよね。八光流はね、力を抜くんだよ。 わ~はっは!」てな、具合。もちろん、言うは易く、行なうは難し。物理的に「力を抜く」なんて、もうどうしてよいかわからないくらい、最初は難しい。しかし、それに近い状態ができたとき、「そうっ!それっ!」と言って先生は、それこそ大げさに投げられたり、痛がってくださる。それで、今のが、力が抜けた感覚なのかなって、わかってくるのです。技は、初段技、二段技、三段技、四段技、とグレードアップして行くのですが、上の技に行く程、力を抜くという本質がわかっていくような感じだったと、離れて何十年も経って、気づきます。基本、すなわち、極意。一より習いて、十を知る。されど十とは一のことなり。 さてさて、みなさん。振り返って、私たちの日常生活。基本とは何でしょう。して、基本イコール極意でありましょうか。極意とは、基本なりとの、生活を送っていますでしょうか。 さてさて、アセンション道に同道のみなさん。私たちは、今ここに、何万年の時を越えて集い来たり、ついに、人類の、あるいは、地球や銀河意識の「基本」に、立ち返らんとしていますが、さて。その基本 = 極意 = 基本 とは、あなたの言葉でどう表わしますか?
2008年07月25日
空色です。昨日のことです。数時間暇があって、つっと、炎天下、山の手七福神巡りを、ガイドブック頼りにしておりました。飯田橋は神楽坂下からスタートし、六番目の稲荷鬼王神社からゴールの太宗寺に向かう新宿界隈の路上で、私はびくっと立ち止まったのです。スズメちゃんが1羽倒れていたんです。舗道のど真ん中で。可哀想に、と一瞬冥福を祈って、数十歩私は通りすぎてしまった。せめて、土の上に・・・私、くるりとひき返しました。大都会のアスファルトよりも、せめて街路樹の根元にでも、と思って、拾い上げた。すると、体はまだ柔らかく、あったかい。目はつむったまま。左掌に載せて、右掌でくるみ、ふっと、思い出すことがあった。 そう、あれは、ちょうど2年前の7月、暑い日だった。職場の受付の女性が、雀を一羽、両手に載せていた。まだ小さな子雀。どうしたの?車に跳ねられちゃったんです。(やさしいな、この子)死んじゃってるの?たぶん。全然動かないから・・・どれどれ、かしてごらん。で、私は左掌に載せたのです。もちろん、ぴくりともしないし、目をつむっている。右手をかざして、気を送ってみた。ジンジン感じた。これで、痛みもなく、安らかに眠れるだろうと、右手を上げて見ると、目をしばたたきだした。あ、これで、最期なのかな、と思って、引き続き気を送ると、今度は目をぱっちり開いただけでなく、脚が動き始めたのだ。あ、立とうとしている。無理しないで、もすこし横になっておいでよ、と声をかけても、そこは動物の本能、一所懸命立ちあがろうと、もがいている。感動的だった。自分の手の平の上で、小雀がよろよろっと、ついに立ちあがったんですから。室内で飛び立ったらいけないし、また私はちょっと用があったので、外に出て、植え込みの上に雀を下ろし、すぐに戻ってくるからね、と言っていったん目を離した。10分後に戻ってみると、もう姿はなく、受付さんによると、飛び立ったとのことだった。死んだ雀を生き返らせた、のではないと思う。気絶していた雀が気に感応して、目を覚ましたのだと思う。 さて、昨日の話。左の掌に雀(子供ではなかった)を載せ、右手をかぶせ、気を送ってみた。しかし、反応はなかった。私の手に響くものがない。雀の体はあったかいけれど、ひびきがないのである。しかたなく、私は両手で雀ちゃんをくるんだまんまの格好で、どこか一番近場で出くわした神社かお寺の土の上に、と思って歩いていると、なんとまあ、目の前に目的地だった太宗寺があるではありませんか。いやいや不思議。私は無類の方向音痴で、地図を見てても反対方向に行っちゃうことがよくある人間。よく行く新宿だから、大まかな方向は大丈夫としても、行ったことのない太宗寺が、一番近場の神社仏閣として目の前に現れたのには、ちと驚きましたよ。大都会のお寺ゆえ、ほとんど土の部分がなかったけれど、植え込みの柵の中にそっと、雀を下ろし、お賽銭を入れて、あとは仏様にお願いして、去りました。2年前の小雀は、舌きり雀のチュンコみたいだったなあ。そしてすこし大き目の今の雀・・・まさか、2年後のチュンコじゃないよねえ。
2008年07月18日
前回高尾山に行ったのが6月15日だったから、ほぼ一月ぶりに本日は仕事なしの日でした。ふうっ。その間、世間はともかく、ここアセンション横丁では、おおぜいして次元上昇したり、光の国へお引越しがあって(中にはうまくいかなかった張本人がいたりして)、ええっ、これで一ヶ月しか経ってないの? その間、あっしゃあ、一日も休んでないの? って、時間の感覚まったくないやら、自分にあきれるやら・・・というわけで、本日はまず、大国魂(おおくにたま)神社にお参り。府中の駅を降りると、目の前に巨木。ちょっと歩いて、神社入口に巨木。1900年前からあるという大国魂神社の波動はちょっと、お気に入り。そして、本殿裏にまたしても、巨木に大木。君が代の歌詞に出てくる、さざれ石にも出会えて、なかなかのスポットだと思いますよ。 さて、同じ京王線、高幡不動尊へと。11年前の、だるま市以来。今日は閑散としていましたが、ありましたよ、八十八箇所巡りが。お山の中、紫陽花に彩られて、虫にかまわれながら、88体のお地蔵さんのお顔を眺めながらの、アセンション巡りとなりました。お鼻やお手てがかけているお地蔵さんにはレイキして、それからそれぞれに書かれてあった真言を唱えて(今日だけで何十回「そわか」ちゃんを唱えたことかwww)、アセンション祈願をしたんだよ。で、参道のお蕎麦屋さんで、蕎麦をたぐって、お次は深大寺と思って、調布でバス待ちしていると、ゴロゴロと雷さまの声。深大寺はまた今度ってことで、ブログ書いてます。 前々回の話題、EM菌は、エコショップなどに色んな商品が出ているので、環境に関心ある人にちょっと教えてあげると、喜ばれますよ。使えば使うほど環境に良い、というのがまさに21世紀流でしょっ。前回の、水の結晶写真集。お店や待合室にさりげなく置いておくだけで、多くの人の潜在意識にインプットできそう。そう、さりげなく人の来るところに置いておいたり、プレゼントにしてみたり・・・そう、そうなんです!《ら~り☆るんるん》さんのお陰で、ブルーソーラーウォーターの可憐なる結晶写真がネットで見られると判明しました!江本勝氏のホームページに飛んでいただくと、彼の日記、4月19日(土)にアップされていますよ!是非、見てくださいね!《ら~り☆るんるん》さん、ありがとうでした。 さてさて、EM菌、水と波動、と来ると、お次に控えしは飯田史彦氏の「いきがい論」で決まりです。アセンションの時代、底上げ作戦第3弾です。PHPから出版された「生きがいの創造」。ぼくは発売直後に書評を同じPHPの月刊誌に投稿して、たしか5,000円という高額の(?)原稿料をいただいちゃったりした思い出があったりします。(笑)ぼくのブログを読んでくれる方はだいたいそうだと思うけど、ぼくも幼いころから、生まれかわり(輪廻転生)は、在って当然(なかったら、そんな悲しい人生いらない)だったから、その内容に驚いたということでは、もちろんなかった。驚いたのは、国立大学の助教授(当時。現在、教授)という肩書きの方が、経営学という専門のかたわら、輪廻転生に関する内外の信頼できる情報をもとに、実に説得力ある見事な筆力で、「死んだ人に必ず会えます」と、愛する人を亡くした人たちを勇気づけていることでした。心打たれて、思わず書評を書いたばかりか、たくさん葉書をしたためて、友人に勧めたりもしました。その後波動の会で、飯田先生の講演会があって、出かけていくと、「今回でしばらく講演会は中止せざるをえません。バッシングがすごいのです。まずは大学での仕事を優先せねばなりません。」ってことでした。さもありなん!しかし、時代は彼を後押ししてくれたようで、その後何冊も「生きがいシリーズ」や、関連の本を出され、医療従事者によるネットワークができたり、大変な活躍をされて、うれしい限りです。最近ホームページに伺ってみると、今年度いっぱいで、教授職を依願退職されるとの由。時代の要請なんだろうなあ。きっと活動の場が一気に広がる気運なんだろうなあって思っています。まだお読みでない方、さりげなくプレゼントにしたい方、彼の処女作「生きがいの創造」がPHP社から、文庫本で出ていますので、これがお手ごろです。 こうして、90年代の初頭から、いよいよアセンション迫ったこの時代まで、人々の意識向上に絶大なる牽引力となってきた、EM菌、水の結晶写真、そして生きがい論(輪廻転生の真実)を、ここに紹介し、日本人の潜在意識に、アセンションという言葉を使わずとも、希望の光を流すのも、ひとつの方法かと、記事にしてきた次第です。いつもご愛読ありがとうございます。Have a nice ascension day!
2008年07月12日
前回に続き、水と波動のお話ですが、タイトルを見て、跳びついた人、はい、あなたのための、空色通信です。やはりハイアーセルフさんのお導きなのでしょうか。前回、記事を書いて帰宅。何気なく手に取った、とある雑誌のバックナンバーに、ブルーソーラーウォーターに関する驚愕の記事が載っていたのです。いや、ただ私がなぜか読み残していただけ、といえばそれまでなんですが・・・月刊「Hado」の前月号(2008年6月号)に、「シンクロ満載、実り多きロシア訪問」と題する江本勝氏の記事がありました。それによると・・・初のロシア訪問で、外務大臣と会談し、技術大学の物理学教授と会ったあと・・・の話をそのままここに引用させていただきます。* * * * * * * * * * * 今回、国内外を通じて、初めて水道局からご招待を受けました。 このサントペテルブルグ水道局では、塩素やフッ素をほとんど使わない処理方法を実施中です。その処理方法とは、ウルトラバイオレット(紫外線)処理です。 今年の6月以降は、この方法のみで処理を行う予定だそうで、その裏には、この処理方法の安全性が確信に至ったのだと思われます。 この情報は私を興奮させました。というのも、偶然にも私の研究所で水道水に対して紫外線処理の効果を実験していたところだったのです。 じつはこの発想は、ハワイのヒーリング「ホ・オホノポノ」を実践されているレン博士のアイデアで、水道水を入れた青い瓶に、太陽光線を数時間照射すると、良い水になるというものです。 実際に、その実験結果は結晶が証明してくれたので、このシンクロに興奮したわけです。 今後、私はこの事実を広く発信していこうと思っています。* * * * * * * * * * *おおお、なんとロシアでは、水道水がソーラーウォーターに!!!そして、ここに(6月号の49ページに)「青色のビンに水道水を入れ、太陽に当てた水の結晶(ブルーソーラーウォーターの結晶)」と題して、結晶写真が載っているのです、が・・・・・うっうっうっ空色には、写真を転載するPC技術があるはずもなく・・・どなたか代わりに載せてくださるまで・・・しいて結晶を言葉で描写するならば・・・ち、千代喜さんに、ちゃたさんをかけて、サファイアさんで割ったイメージに、そわかさんをまぶして、木蓮さんで香り付けしたような・・・・・その、こころは・・・なんとも可憐で、つつましやかでありながら、芯があって、奥が深いのに、外に向かって光を放射しているような・・・そんな感じの結晶写真なのです!!!おおお、見せてあげた~~~い!(ごめんね~!) 注:ご登場頂いたHNの方々は、当ブログをお気に入り登録してくれた、先着5名の方々でして、決して他意はございませぬ。悪しからず・・・・・(空色拝)
2008年07月10日
お久しぶりの、空色通信です。もう超多忙の日々で駆け抜けています(3次元)。そして、いつのまにか6月も過ぎて、今日は七夕。とはいえ、光陰矢の如し、と感じていた去年までと比べて、今年の半年は、時間の流れというものがよくわからず、凝縮しているものの、ふわっと宙を歩んでいるかの感覚でもあるんです。 で、前回、EM菌のお話。とくれば、今回は水と波動って流れでしょう。(えっ、どういう流れかって? 前回記事参照)地球の表面はその70%が水です。また、人間の身体も水がその大部分を占めています。ここまではいいですね。ところが、水の性質を一言でまとめると、「情報の伝達」だと、江本勝氏が喝破されたのです。肉体や精神のある部位にマイナスの波動があるなら(MRAという機器を使って測定するのですが)、その正反対のプラスの波動を水に転写して飲むことによって、バランスを回復する、というところから「波動の世界」は世に登場してきました。もうこれだけで驚きでしたね。世界はなんとか持ちなおし、逆転するかもしれないという期待感に、ドキドキしました。ともすると厭世観にとらわれがちの私にとって江本氏の波動理論は、EM菌同様、世界観をくつがえしてくれる画期的な発想でした。こういう素晴らしい研究を埋もれさせてはいけない、という私のハイアーセルフさんの導きにより(? たぶん、です)、波動友の会会員になり(いまだに名ばかりのゴースト会員ですが)、陰ながらエールを送り続けてきました。その間、ペラペラだった会報誌(失礼)が、徐々に立派な雑誌になって、今では書店でも購入できるようになったり、江本先生(こう呼ばせてください、最大限の尊敬と親しみをこめて)は続々と本を出版し、どんどん新説を構築されていき、さらには、ご存知、水の結晶写真撮影成功によって、知る人ぞ知る「波動の世界」となりました。江本勝氏は、21世紀に入ってからは「水の伝道師」として、世界中を講演して歩き続け、水が心を映す鏡であることを、水が世界を良い方向にシフトチェンジする鍵であることを、訴え続けています。ところが地元(!)ここ日の本JAPANではいまだにバッシングが絶えず、権威をかさにきて非難するグループもあるようです。水に音楽を聴かせたり、言葉を貼り付けて結晶写真を撮るというのは、たしかに「科学的」なる人々が最も受けつけない世界かもしれません。言霊、という思想(というより真実)を受け入れる大和民族や、「初めに言葉ありき」キリスト教の人々には、ああ、やはりそうだったのか、と受け入れる世界なのに。 本日のタイトル「水はことばの鏡」は、結晶写真集(「水からの伝言」シリーズ)の最新刊の題名です。アセンションという言葉を使わずとも、一目瞭然、水の結晶写真を見れば、善なるソウルは来るべき時代に向けて、スイッチオンするものと、私は信じます。大きな底上げになるものと期待します。 海の水が青いのは空が青いから。だから水の色は空色なんです。アセ友は、水の仲間でもあるんです、空色にとっては。
2008年07月07日
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