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この数日気温が高く居住区は雪が溶けて田圃にも雪がない状態ですが夕方からまた雪が降る予報です。雪が降る地方では車の運転が大変です。雪が積もっただけでなく凍り付くアイスバーンはとても危険です。停止時にはABS=アンチロック・ブレーキシステムが付いていても本人の予測外で車が動くことが多く一瞬パニックに陥る人も多いらしいです。知人もブレーキをロックさせ前の車に衝突する寸前で停まるまで固まった状態になった・・と。「マニュアル車みたいにエンブレが効けばいいのにぃ」「オレ、エンジンブレーキ使ってるよ」「へっ?」・・・と言うのがこの1週間ほどまえの会話なんですが。D(ドライブ)から2(セカンド)へはシフトチェンジの解除ボタンを押すことなくシフトチェンジできます。ちなみにN(ニュートラル)にもです、LとRには移動できません。時速60km位で走行中でも2へシフトチェンジしてエンジンブレーキを使うことが出来ます。雪道に限らず雨で路面が濡れている時やカーブなどで前方の車との車間距離が短くなってしまってブレーキを踏む必要のあるときなどに使うと便利です。ABSが付いていると併用できますので・・・。使う、使わないは別にして雪道や雨天の日、カーブが連続した道などで私の左手はシフトレバーを握ってます。皆さんも安全な時にテスト使用して見て下さい。
2010.01.29
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昨日、お寺さんを出ますとすごい雪が降ってまた。一面モノクロの世界です。 帰路、何故か小学生の2年生から4年生の3年間だけ父と初詣に行ったことを思い出しました。歩いて行ける距離のお寺か神社に行ってましたが毎年その場所が違ってましたがその時は疑問にも思わず大人になってからそのワケを知りました。で、今回はお正月の蘊蓄(ってほどもものでもないか)。お正月は家神(年神と世間では呼ばれてます)さまをもてなす行事、そのことによって一年の幸運を祈願し、その願望(家内安全や長寿)をお供えとして形にして家神様に示しています。家神様とはその家に1年間住着く神様です。大晦日を過ぎますと家神様との契約?が切れますので新しい家神さまを迎える必要があります。家神様は降臨するときには外に降り立ちます。その時目印になるのが門松なんですね、この目印を依白=よりしろ と呼びますが神様は先の尖ったものを依白にすると言う考え方がありましてそのため松の葉を使います。竹を斜めに切ってあるのもそのためです。我が家では世間で見られるような門松ではなく庭(敷地の入り口)に棒を打ち込みその棒に松とゆずり葉を結びつけてました。最近ミニチュアの門松や松飾りが売られてますが家の中に飾ってはいけません、家神様に見えませんので。さて家の前に降り立った家神様は家の玄関にしめ縄などのしめ飾りがあるのを見て神が住める場所だと知ることとなり家の中に入って来ます。地方によっては家の周り全体をしめ縄で飾る処もあるそうですが自分の家を一時的に社にする。これがしめ飾りの理由です。家の中に家神様が入りますと祭壇やその前の供え物を見てそこが自分の座る席であることを知るのです。家人は家神様がそこに座してくれたことを祝い、そのまま1年間居続けてくれることを願っておせち料理を食べるのです。家神様が自分の家にお入りになられてから初詣となりますが、この初詣と言う言葉は明治時代に出来た新語です。明治の10年代に鉄道会社が相次いで初詣(新聞広告に載せた言葉です)の割引乗車券などを発売しそれを期に元旦、成田山や高尾山などへ詣でるのが流行し現在のスタイルになっているのです。では、それ以前の本式は?といいますと恵方、この言葉もコンビニの恵方巻かなんかで有名になりましたがその年の吉方のことを言いますが恵方にある神社仏閣へお参りに行く恵方詣りが正式なものです。ただ有名な処へ出かけるのは恵方に合致してないときがありますので有名所でも良いですが恵方に行きたい物です。子供の頃、父が毎年違う場所へお参りしてたのはそのためだったのだと、私も後で知りました。本来の意味を知ることも自分の考えや行動を改める機会となるかもしれません。みなさんも恵方の近所の神社やお寺さんにお詣りしてはいかがでしょうか。今年の恵方は 西南西
2010.01.05
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四日となってしまいましたが、おめでとう御座います。遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。昨年暮れ29日に同時刻に訃報が・・・・。お一方は親類の と言っても血縁はありませんがそれでもショックでした。昨年の伯父の法要で隣の席になり色んなお話をした際に言われた言葉・・名言だなと思ってブログ記事にもしました。「親としての最後の仕事は自身が逝くことによって、子の拠所を断ち切り そのことによって自立した一人前の大人として完成させること」その後には「すまないね、長生きしちゃって」と言うオチがついてましたが。 自らの命を絶っての逝去でした。生活が苦しいわけでもなくどうしてと言うやるせない気持ちです。もうお一方は高校時代の部活の恩師です。昨年の十一月にこんな葉書を頂きました。最後にお会いしたのは昨年の夏、年が越せないくらい様態が思わしくないことを葉書を頂いた数日後に知りました。恩師の葬儀は本日これから、喪服を着てこの文章を書いています。葬儀が行われる超光寺さんは俳優の六平直政のお父様の実家です。このお父様のお兄様も数年前に亡くなりましたが部活の先輩にあたりますのでそんな理由から菩提寺に選ばれたのだと思います。高齢化社会の今の世の中です。自ら命を絶つこともそうですが恩師がくれた葉書もとても寂しいです。熟年者や若者達に長生きするとこんなに楽しいんだよって生きていく楽しみを与えてくれる高齢者でいてほしい、それが先人達の努めなのか、そう思わせるように我々が頑張るのかは分かりませんが。恩師の遺影に手を合わせ「先生 年・越せなかったから結局・葉書・必要なかったじゃん」ってツッんでボこようと思ってます。
2010.01.04
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