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何と全くショウコちゃん勉強していないのに、英検の準2級に受かったらしい。というか合格証明書も家にあるので、確かに受かっている。ショウコ:「パパ、英検の準2級受かったヨ」、パパ:「エー、ウソでしょう!!」。キョウビはTOEIC流行りなので、ショウコちゃん800点くらい取ってしまうのか?なーんてことは暫く無いでしょうが、学校のお友達の帰国子女は英検1級も20人くらい存在するらしいので英語を身に付けるには意外に良い環境なのかも。授業参観で観たショウコちゃんの英語担任のM先生の英語力はお粗末なんですが。(パパが英語教えた方が少しはマシだと感じました。) ショウコちゃん受験する試験の全てに合格してしまうので、このまま「連勝続き」で東京大学も合格しちゃうのか?なーんてネ。まあ、マグレであっても合格は目出度いことではあります。パパがショウコちゃんやユウ君の頃に戻れるなら東大ではなく、ハーバードとかMITなのか知らないが、リベラルアーツを学べるところに行きたいかな。TOEFL iBT 120点満点で100点以上取れないと留学に足る英語力ではないらしいので、極めて敷居が高いですが。さて、合格記念に「Christmas Greeting」として「ユウ君パパの小説集」を公開! 下記のリンクをたたいてもらうと、「第1章」が見れるので「新しい記事」ボタンを押してもらえれば、「第2章」になります。 (1) アンジェリーナは雪の聖夜にきらめく (2) ブルースの風を感じた町で (3) 雨の中のPIECE OF MY WISH (4) Blue Wave's Bayを見つめた朝に << 11/23 2013 (Sat) - 'SHONAN JAZZ BY THE SEA' Shonan Beach FM>>19:02 Caravan 谷口英治 19:11 Four Brothers The Manhattan Transfer 19:18 So In Love Alexis Cole with One For All 19:23 Five Spot After Dark Joey DeFrancesco19:31 Cheek To Cheek Mel Torme 19:35 Solitude Dianne Reeves 19:40 Besame Mucho Wes Montgomery 19:47 Taking A Chance On Love Frankie Laine 19:51 I Concentrate On You J.J. Johnson 19:55 Volare キャロル山崎20:01 Indiana 右近茂 20:05 One Note Samba 谷口英治 20:14 Come Rain Or Come Shine/Basin Street Blues Matthew Morrison 20:21 Booker's Bossa Bobby Timmons 20:26 When October Goes Rosemary Clooney 20:32 Golden Earrings Alexis Cole with One For All 20:38 I Found The Turnaround Karrin Allyson20:42 Blues in the Night Buddy Rich 20:45 The Way You Look Tonight Jimmy McGriff 20:51 The Man I Love Etta James 20:56 Through The Window Yuri Tashiro
2013.11.22
トップ画面を更新し、ブックマークに「私の小説集」を追加。小説集へ辿り着き易くしました。ブックマークのリンクをクリックし、カレンダーから次の日をクリックすると「連続」小説が読めます。下記のリンクをたたいてもらうと、「第1章」が見れるので「新しい記事」ボタンを押してもらえれば、「第2章」になります。 (1) アンジェリーナは雪の聖夜にきらめく (2) ブルースの風を感じた町で (3) 雨の中のPIECE OF MY WISH (4) Blue Wave's Bayを見つめた朝に
2007.01.11
3日がかりで「11月の日記」に書き込み。実作業時間はCUT&PASTEなので計1時間くらいですが。良かったら覗いて見て下さい。今日は翔子ちゃん、ママの子育て仲間のお子ちゃま達と一日遊び。ママはお昼までお仕事だったけど、気にせず参加。楽しかったようです。少し翔子ちゃん咳が出るのが気がかり。
2006.12.27
僕はBeach Boysのクリスマスソングを、今日もかける。これは、ここ数年のお決まりの聖夜の過ごし方になっていた。Beach Boysのイメージからすると、クリスマスに合うはずはなさそうだが、これがなかなかいいのだ。彼らの軽妙なvocalに、僕はクリスマスが来たことを確認する。 アンジェリーナと会ってまだ10日ばかりで、まさか聖夜の今日、彼女が僕の目の前で踊れる状態にまで回復しているはずはない。頭の中で考えると、そうなる。でも、何故だか判らないが、僕はアンジェリーナが今日目の前で踊ってくれるような気がしてならない。Beach Boysの心地良い音の中で、僕はついウトウトする。こつこつと軽くドアを叩く音。 「はい、ドアは開いています。」 サンタが部屋に入るのに困らないよう、ドアは開けっぱなしにしてあった。当たり前だが、僕のアパートには煙突などないのだ。サンタが部屋を間違えないようにと、ゴールドのリボンでまとめたリースを飾っておいた。 「私です、アンジェリーナです。」 その快活な声が、僕に手術の結果が好ましいものであったことを告げていた。 「入ってもいいでしょうか?」 「もちろん、どうぞ。殺風景な部屋だけど。」 僕はドアまで行って、アンジェリーナを向かい入れる。白い帽子に真っ赤のカシミアのロングコート。ダークブルーのマフラー。とてもシック。外は随分寒いのだろう。頬はピンク色に火照っている。本当にキュートだ。 「 寒かったみたいだね。」 「 ええ、とっても。さっき雪も降り出しました。」 「 へぇ。ホワイトクリスマスになったんだ。ロマンチックだね。」 僕は彼女の明るい様子から、大丈夫だったと予想していたので、思い切って聞いてみる。 「 ところで、足の具合はどう?」 「 お蔭様でまた踊れる状態にまで回復しました。心配していただいて、どうもありがとうございます。約束通り、今日はあなたに私の踊りを見ていただきたいと思います。」 「 おめでとう。サンタに願いが通じたんだ。嬉しいな。」 「 サンタ?」 「 いや、いや、独りごと、独りごと。バレーの音楽は何がいいかな?」 「 このクリスマスソング、かわいくて、素敵ですね。」 「 Beach Boysのクリスマスソング。」 「 このクリスマスソングに合わせて踊りたいと思います。」 僕はアンジェリーナにピンクのバレーシューズを差し出す。美しい彼女の足がこのシューズで一層引き立つ。まさに水を得た魚のようだ。僕は嬉しさのあまり、目頭が熱くなる。 「 それでは踊ります。」 アンジェリーナの軽やかなダンス。ゆったりとしているようだが、無駄な動きはない。バレーシューズが彼女の足の一部となっていた。優雅なダンスに僕は圧倒される。この狭い部屋が完璧なバレーホールに変わっていた。そう、アンジェリーナは雪の聖夜にきらめいている。全ての時間が止まったように思えた・・・。 「 うーん。」 目をコスル。僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。今見たアンジェリーナの踊りは、幸せな夢の中の出来事だったのか? いや、違う。鞄の中に入れていたピンクのバレーシューズがない。随分探したが、部屋の中で見つけることは出来ない。やはり、アンジェリーナは僕の目の前で踊ったのだ。 僕はとても幸せな気分だった。またどこかでアンジェリーナがきらめきながらバレーを踊るのを見れると信じているからだ。僕はそんな気持ちのまま、部屋の窓から外を見る。雪は街の光の中で輝きながら、降っている。静かだけど、とても良い音が僕には聞こえる。 (了)
2006.12.06
また少女、アンジェリーナを待つ生活が始まった。でも、漠然と彼女を公園で待つ日々とは気持ちのハリがすっかり違う。アンジェリーナのきれいな微笑みと純真な瞳は僕の心を捉え、僕の生活の支えになっていた。今思うと彼女に恋していたのかも知れない。そんな恋心とともにある、アンジェリーナに何もしてあげられないもどかしさ。僕に出来ることといったら、神様に祈ることぐらいだった。こんな不信心な僕だから、神様に叱られるかも知れないけれど・・・。 「君の大事なバレーシューズをお返しするよ。」 僕は喫茶店で、僕のお守りとなっていたバレーシューズをアンジェリーナに差し出した。もう一度、バレーを踊れるようになるための彼女のお守りになるように。 「いいえ、このシューズはあなたに持っていて欲しいと思います。」 きっぱりとした口調のアンジェリーナ。 「ええ? このバレーシューズは君にとって、とても大切なものだろう?それにこのシューズが身近にあった方が励みになると思うし。」 「いいえ。今の私には、私の踊りを待っていていただけるというあなたの言葉だけで十分ですから。」 迷いや恐れ、不安がもうすでにふっきれていたことが、彼女の言葉にはっきりと表れていた。アンジェリーナはもう見つめなければな事実から目をそらすのを止めたのだ。こうして、彼女のピンクのバレーシューズは僕の手元に残った。街はすっかり、クリスマスの装い。静かに流れるクリスマスソング。デパートのガラスに照らし出される、イルミネーションのクリスマスツリー。もういつの頃かは全く思い出せないけれど、多分20年振りくらいに、僕はサンタクロースにプレゼントのお願いをした。かなりビッグなプレゼントを。 「アンジェリーナがこのバレーシューズを履いて、バレーを踊って、僕に微笑んで欲しい。」 3才の子供のように、サンタを信じた。サンタを暖かく迎え入れるために、僕はリースを作ることにした。山帰来のつるを三重に巻く。針金で固定する。柊の小枝と雪冠杉で緑を彩る。松ボックリを適当に差し込む。山帰来の実で赤いアクセント。最後に、仕上げのゴールドのリボン。我ながら、シックな出来栄えのリース。そして、あの雪の聖夜(ホワイトクリスマス)がやって来た。
2006.12.05
「僕は君がもう一度バレーが出来ることを信じている。」 「どうもありがとう。」 ちょっと涙ぐんだアンジェリーナ。きらきら光る涙が頬を伝う。そのけなげで、かわいらしい気持ち。思わず僕は自分を振り返る。自分自身がやっていることに対して、純真で真直な気持ちを持てなくなってしまった。なにか大事なものを失ったのだ。このように自分を素直に見つめることを拒否することがいつの間にか身に付いた習慣。アンジェリーナの清列な表情、しぐさ、言葉。僕にとても大切なものを確かに思い出させてくれた。 「ひとつお願いがあるんだけど。いいかな?」 「ええ。」 少しずつ落ち着きを取り戻すアンジェリーナ。その紅潮した表情もとてもキュートで魅力的。 「僕の前でこのバレーシューズを履いて、踊ってもらいたいんだ。」 「是非そうしたいいんですけど・・・。」 また不安で揺らめく彼女。 「でも、あなたにとても約束はできない。」 「いや、僕は今日みたいに君のことをここで待っている。勝手にね。勝手にと言ったら、ちょっと無責任すぎるね。ごめん。僕は君が僕の目の前で美しく踊るのを信じて、ここで待っている。焦らなくてもいいんだ。君が自信を持って踊れるようになるまで。」 「本当に待っていてくれるんですか?」 アンジェリーナの驚いた表情。いや、それだけではないようだ。きらめきも取り戻しているようだ。自信めいたものが彼女の中に徐々に広がる。「本当だよ。なにせ、今までこのバレーシューズを抱えてあの公園のベンチに座り込んでいたんだ。今日こうして君に会うこともできた。ルンルンした気持ちで、君のバレーダンスを待っているさ。ルンルンなんて言ってしまうのは、僕には似合わないけど。」 「そこまで信じて下さって、本当に嬉しいです。何かわからないけど、私はっきりともう一度踊れるんだという自信が湧いてきました。」 「そうさ、絶対大丈夫だよ。また、踊れるさ。」 こうしてまた、僕は公園に来て彼女、アンジェリーナを待ち続ける。冬の寒さは容赦なく厳しさを増す。それでも、僕はとても優しい気持ちになる。アンジェリーナが僕の目の前で美しい踊りを見せてくれることを信じているからだ。
2006.12.04
僕はその日も日課として公園の近くのvending machineで買ったコーヒーを飲んでいた。一応モカではあったが、とても薄くてお世辞にもおいしいと言える代物ではなかった。それでも、公園で暖を取るにはこのコーヒーを飲むぐらいのものだ。冷え込みの厳しさが僕の顔を刺す。寒さよりも堪えるのは、本当にあの少女に逢えるのかという不安な気持ちであった。そんなとき、とても暖かそうな白い手編みのセーターにピンクのロングスカートをはいた少女。髪は黒いが、日本人ではないようだ。彫りの深さと目の感じから、スペインの血が流れているように思った。僕は彼女が鞄の中のバレーシューズの持ち主であったことを直感した。なんの裏付けや証拠もなかったけれど。僕は思い切って少女に声をかける。 「変なこと聞くようだけれど、このバレーシューズは君の?」 かなりびっくりした様子。 「たぶんそうですけど。でも、そのバレーシューズ捨てたはずだわ。そう、この公園のゴミ箱に。」 こんな寒い所で話すこともないので、僕らは公園の近くの喫茶店に入った。喫茶店の中にたちこめる、ココアの甘い香り。クリスマス用にさりげなく飾られたポインセチアの赤と緑のコントラスト。静かに流れるレゲエのクリスマスソング。大げさな言い方になるが、僕は本当に生き返ったような気持ちであった。彼女に名前を聞く。アンジェリーナ。僕の予想通り、母親がメキシコ人のハーフ。彼女の黒い瞳の美しさに思わず、僕は息を飲む。ちょっと丁寧すぎるところがあるが、彼女の日本語は正確だ。「君のバレーシューズを捨てるしぐさが何か変で、気になって。別に物を拾って、帰るような趣味はないんだけど。」僕のジョークに微笑む、アンジェリーナ。笑顔の彼女はたまらなく、キュート。僕もとても幸せな気分になる。 「そうなんですか? バレーシューズを捨てるようになった経緯は・・・。」 彼女はためらって、言い淀んだ。 「ちょっと暗い話になるんですけど・・・。」つらい話だということは、彼女の声のトーンからすぐに分かった。「私、4才のころからバレーやっていて。そう、もう12年。私にとって、バレーはいつも生活の中心にあって、全てを打ち込んでいました。半年くらい前なんですけど、何か足のバランスがうまくとれなくなってしまったんです。よくある練習の疲れかなと思っていたんですけど、だんだん痛くなってきて、医者にいったんです。膝のこのあたりです。」 そう言いながら、アンジェリーナはピンクのロングスカートをたくし上げて、問題となっている足を僕に見せた。その美しさといったら、文句のつけようのない芸術品のそれであった。鍛えられたその足は、僕の目の前で輝いていた。この足が悪いだなんて。神様も残酷なことをするものだ。 「すぐに手術を勧められたんですが、なかなか決心がつかなくて。医者はもう1度バレーができるようになるのは、フィフィティ、フィフィティだと言うし。フィフィティ、フィフィティと言われても、私にはとてもポジティブに考えられなくて。そう、このバレーシューズを見るとます ます決心が鈍るんです。」 「そこで思い切って手術を受けるために、君はこの公園にバレーシュ ーズを捨てに来た。」 「その通りです。次の日、手術を受けました。明日、この足を医者に見せるんです。大体、その時の術後経過でもう1度バレーができるのかどうか分かるそうです。正直言って、とても恐いんです。」 アンジェリーナの不安は見ていられないほどのものだった。カタカタと微かに震えていた。思わず抱きしめて、絶対大丈夫だよと囁やきたい僕がいた。でも、この不安な気持ちは彼女自身が乗り越えなければならないものだ。
2006.12.03
僕は部屋に大事にピンクのバレーシューズを持って帰った。僕の住んでいるアパートはかなり安普請で、この時期になると寒さが身に堪える。ちょっと木枯しが吹くと、まるで冷蔵庫にブチ込まれた感じ。それでも大部住み馴れたことと、僕が引越しのような面倒なことがいやだったこと、そしてなによりも家賃が安いので、このアパートを出ていくことは当分ないと思う。それにしても、殺風景な部屋だ。小型のテレビとシャカシャカした音しか出ないラジカセしかない。(なんとビデオさえ僕の部屋にはないのだ。) ピンクのバレーシューズを机の上に置くと、そこだけ小さな灯りがついたようで、なんとなく安らいだ気分になった。小さな灯りがついただけではなく、心地よい音楽が流れているようにも思えた。RONNY JORDANの「Tinsel Town」が。勿論、小さな灯りも心地よい音楽も僕にしか感じることは出来なかったはずだが。僕はこのピンクのバレーシューズを捨てた少女に一度だけでもいいから、会って話しをしてみたかった。でも、どうやって彼女と連絡したらよいのか僕にはさっぱり見当がつかなかった。とりあえず、彼女を見た公園に毎日通ってみるぐらいのことしか思い付かなかった。 仕事は毎日4時には切り上げる。冬至も近くなって、それぐらいの時間に公園に行かないと彼女を見つけることはできない。なにしろ、ちらっと見ただけだから、雰囲気から察するしかない。今から思うと、よくもまあこんな途方もないことを始めたものだと思う。 それでも、僕は彼女を見つける予感があったし、楽しんでいたともいえる。仕事の同僚からは、「毎日、随分早く帰るね。」 と言われても、「そうだね。まあね。」 と曖昧に答えるしかなかった。本当に「まあね」と言う以外に表現できない、つまり、他人からは理解できない状況であった。僕は必ずバレーシューズを鞄の中に入れて、公園に行き、ベンチに座る。バレーシューズは彼女を見つけるための、お守りみたいなものだった。お守りを鞄から出すことはなかったけれど。 このような当てのない生活を始めて、もう2週間ぐらいたったであろうか。そう、12月も半ばを過ぎていた。粘り強い僕もこのころには、さすがに諦めかけていた。彼女を見たことは幻想ではなかったのかとさえ思い始めていた。しかし、お守り-ピンクのバレーシューズは手元に確かにあるのだし、もう1週間は頑張ろうと思い直した。そんな僕の祈るような願いが叶うのは、さらに3日たったとても寒い夜のことだった。
2006.12.02
僕はいまから書くことが本当に起こったのかどうか、実ははっきりしない。そう、彼女、アンジェリーナとの不思議な出会いが現実にあったのかどうなのか。しかし、僕にとってはそんなことはどちらでもよかった。なぜなら、僕には彼女と過ごした時間はとても素敵なものであったからだ。他の誰かが、僕とアンジェリーナの物語を否定したとしても、僕はなんとも思わない。 僕はその日かなり落ち込んでいた。僕がかなり長期にわたって研究してきたことを発表したのだが、かなり手厳しく批判された。批判だけならまだしも、僕のリーダは勝手に全く新しいテーマをやることを決めてしまった。自分でも今のところあまり研究成果が出ていないなとは思っていたが、まさか完全にシャットアウトとは自分自身の存在を否定されたかのように思えた。 もう冬も本番直前で、最後の紅葉が輝いていたはずだ。「はずだ」としか言えないのは、その時僕は周りを見回す余裕など全くなかったからだ。ただ下をうつむくばかりで、いつもの電車に乗り込んだ。普段は気にならない乗客たちの態度もその日の僕には妙にとげとげしく思えた。たまらなくなった僕は自分の降りる駅の大部手前で下車した。どこに行くというアテがあったわけではない。ただ自分の思いついた方向に歩き出した。かなり歩いたと思う。夜気を帯びた風の冷たさに僕はコートの襟を立てる。公園についた。緑の多い、でもかなりさみしい公園だった。すると少女が(後ろ姿しか見えなかったので雰囲気だけから判断しただけだが)何かをその公園のゴミ箱に入れるのを見た。少女はその何かをゴミ箱に入れると、逃げるように走り去った。リスが何かに追い駆けられているかのように。 ゴミ箱に捨てたものなど普段は全く興味の対象ではないが、彼女のしぐさが随分変だったのでゴミ箱に近付いてみた。ゴミ箱には白い靴箱が一つあるのみだった。明らかに彼女が捨てたのはこの箱だった。僕はこの箱を開けてみる。ピンクのバレーシューズ。真っ赤なかわいらしいバラのワンポイントがキュートだ。かなり練習で履きこなしている。ピカピカとはいかないけれど、大事に使っていたことはなんとなく分かった。僕は彼女がナゼこのバレーシューズを捨てたのか、想像してみた。親か誰かに言われて、バレーを辞めることにしたから?でも、何でこんな人気(ヒトケ)のない、夜の公園に捨てに来たのか?しかも、何からか逃げるように。 僕はそのことがとても気にかかって、なんと驚いたことにそのピンクのバレーシューズを部屋に持って帰った。このバレーシューズが僕とアンジェリーナの物語の幕を開けることになった。
2006.12.01
「わぁー、おいしそうな匂い。ヒロ、何作っているの。」 眠そうな目をこすりながら、ジョーン。 「ハーブ・オムレツ。クレッソンとトマトを乗っけて、完成だ。」 ややお子様ランチ的だが、鮮やかな出来栄えだ。 「とってもカワイイわ。何か食べちゃうのは、可哀想みたい。」 「そんなこと言わないで、食ってくれよ。抜群にうまいんだ。今コーヒーを淹れるから。」 「それでは、いただきます。」 器用にナイフとフォークを操る、彼女.ハーブ・オムレツが彼女の口の中に滑り込む. 「本当に香ばしくて、おいしい。」 ハーブ・オムレツは俺の得意料理。シンプルだが、最高だ。気にいった相手にしか作らない。カンの良いジョーンはすでにこの朝飯の意味することを感じ取っているようだ。このジョーンたちのアパートに来て、もう10日。ナカナカ手に入らなかった部品もやっと調達。俺のハーレーのご機嫌もバッチリだ。つらいことだが、ジョーンと別れる時が来た。 ご馳走さまと言ったかと思ったら、もうブルーのデニムシャツに、ホワイトジーンズ。彼女の清楚な仕事への身支度。いつもながら、彼女のテキパキとした行動には感心してしまう。 「もう、この町を出ていくのね。」 なるべく自分の感情を込めずに、尋ねるジョーン。 「ああ.今日の午後あたり、行こうと思う。君にも、ジャニスにも世話になった。どうもありがとう。」 俺も辛さが伝わらないように、短く答える。 「それじゃ、1時ぐらいに店に来て。今日は早番だから、その時見送るわ。いいかしら?」 「いいさ。」 「じゃ、行ってきます。」 9月というのに、いやになるほど照りつける太陽。すっかり機嫌の直ったハーレー。尻込みする俺を旅にへと促す。この10日のことが走馬灯のように駈けめぐる。こんなおセンチ、似合わないなとひとりごちる。ジョーンとの約束よりも少し遅れて、ハンバーガーショップ。まだ、彼女はいない。来ないのかも知れない。このまま、行こうか? しかし、かなり遅れてダークグリーンのコンパーチブル。いつでもカッ飛ばせる状態のようだ。 「ごめん、遅れて。」 「いや、いいさ。そういえば、こいつの後ろに乗せてやる約束だったな。」 「覚えてくれたのね。でも、いいわ。」 「ええ?」 「ヒロとはまた逢えると思うから。その時に、又お願いするわ。」 「ああ。」 「それじゃ、あの雲の下まで走ってお別れしましょう。」 「わかった。思いきって、飛ばすよ、ジョーン。」 「OK!!」 彼女の合図で、スポーツスターとコンパーチブルは徐々に加速する。相棒と俺の久しぶりのコラボレーション。何の支障もなかったかのように、至ってスムーズだ。 随分遠くに見えた雲が、ぐんぐん近付く。ジョーンのブロンドも乾いた風に流れている。かなり走ったはずだが、俺には一瞬のように思えた。お互いの間合いを計って、自分のマシンを減速する。もう、あの雲の下に来てしまった。言葉もなく、2人ともマシンから降りる。自然と唇が触れ合う。かわいらしくて、繊細なキス。 「さよならは言わないわ。元気で。」 それだけ言うと、彼女はコンパーチブルをUターンさせて一気に加速した。相変わらず、テキパキしたものだ。いい旅になるなとの予感に、俺はハーレーダビッドソンのエンジンを再びかける。(おしまい)
2006.11.15
キムラに逢った夜は全く寝つきが悪かった。俺も酒が駄目ということはないので、バーボンでもあおりたい気分。さすがに、ジョーンのアパートに厄介になっているので、そうもいかない。何か俺の心に広がる、いやな予感。これを虫の知らせというのだろうか。やがて、まぶしい朝の光。かすかに流れる哀愁のピアノの音。おや、この曲は。弾いているのは、ジョーンの姉貴のジャニス。 「 これはキムラの・・・」 俺の言葉を遮るように、 「 そう、ラスト・ソング・フォー・ユー。彼のオリジナル。 ジャズはキムラに叩き込まれたの。・・・」 それだけ言うと、ジャニスは再びラスト・ソング・フォー・ユーを弾き始める。何か大事なものを包み込むような優しいタッチ。そうか、ヒデ・キムラの恋人はジャニスだったのか。 「 ジョーン、君の姉さん、キムラと愛し合っていたんだね?」 「そう。でも、随分前の話し。姉さんも私も、キムラにジャズを教えてもらった。姉はアルトサックスなんだけど、キムラにしごかれて、彼とセッションを組めるまでになった。私は今一つだったんだけどね。シカゴやNY、10年前はバリバリにライブセッションしてたわ。」 「その頃か、ラスト・ソング・フォー・ユーをキムラが書いたのは?」 「当たり。姉さんとキムラの最高に幸せな、蜜月。でも、既に何かが狂い出していたのね。キムラ、姉さん以外に女の人ができて。それが一人ではなかった。キムラの言い訳、姉さん耐えられなくなって。でも、キムラの言い訳 『ジャニス、僕の支えは君だけだ!』は今考えると、本当だったみたい。キムラがヤクと切れなくなったのも、アブナイ連中とつきあい出したのも、姉さんが彼の元を去ってから。」 「ジャニスはキムラと薬との関係を絶とうとした。」 「その通り。でも、それは無理だった・・・。」 キムラの葬儀は行なわれなかった。その代り、あの夜のジャズクラブで『Farewell Party for Kimura』が行なわれた。セッションのリードを取ったのは、勿論ジャニス。彼女のアルトのFunkyでブロまくりぶりは、キュートな容姿からは想像できないほどの強烈さ。最新のACID JAZZから、コルトレーンものまでジャンルは実に広い。どの曲も、ジャニスなりの心のこもった、解釈がなされ、最高の出来だった。ジョーンもセカンドピアノとして参加した。今一つとは、彼女の謙遜で、ジョーンの力強いタッチはセッションを十分盛り上げていた。いつまでも鳴りやまない、拍手。 「 それでは、最後の曲にさせていただきます。」 ジャニスがマイクを取る。 「 いろいろ、リクエストもあるとは思いますが、私のわがままで決めました。『ラスト・ソング・フォー・ユー』 」 ジャニスがアルトのソロでラスト、ソング、フォー、ユーを多少ブロって吹く。さすがに、キムラほどのブルースにはなっていない。しかし、ジャニスのキムラへの愛情、優しさはそんなテクニカルなことを忘れさせてしまう。彼女の頬を伝う涙。俺はこれほど美しいものを見たことはない。
2006.11.14
ジーンと響く、エンジン音。重厚でありながら、胸をときめかせる何かがある。俺にとっては官能そのものだ。10代の半ばでハーレーダビッドソンの黒く、美しいフォルムとこの音に魅せられた俺は、今まさに自分の夢を実現している。アメリカのハイウェーをハーレーダビッドソンと一体になりながらブッ飛ばす夢をだ。俺の旅には勿論予定などない。俺とこの相棒が心地よいコラボレーションをしているなら、真夜中まで突っ走り適当なモーテルに倒れる。どちらかが機嫌が悪けりゃ、そのときいる町でぶらつく。それでも一応旅の目的はある。あの砂漠の町、パリ、テキサス。 とりあえず飯をと思って入った、ハンバーガー・ショップ。グリーンのエプロンに、赤いストライプのシャツ。セミロングのブロンドのキュートなウエイトレス。 「ご注文は何?」 ブッキラボウな聞き方。まあ、これがご当地風か? 「チーズバーガーとコーラ」 そうですかとも言わず、さっさと行っちまう。 「はい、どうぞ」 と彼女。相変わらず、素っ気ない。 「あれ、このsunny-side-up頼んでないよ。」 「アンタみたいなのはもっと栄養つけなきゃ。わたしのおごり。」 なんだ結構いい奴じゃないか。 「あのハーレー、あんたのでしょ?」 「ああ。」 「その代りといっては何なんだけど、ちょっとあとで後ろにでも乗っけてよ。」 「勿論、構わない。」 ハーレーのエンジン音の中でキュートな彼女のブロンドが乾いた夜風になびく。そんな情景を想像するだけで、幸せな気分になれる。 「私もうすぐ、上がりだから。外で待ってて。」 エンジンをかけようとしたが、変な振動でうまくいかない。よく調べないとわからないが、厄介なことになりそうだ。そうこうしているうちに、ダークグリーンのコンパーチブルの彼女。 「どうも後ろに乗っかんのは、無理みたいね。」 「そうみたいだな。」 「わたしのアパートに来る? 変な想像しないでよ。わたし、姉と住んでんだけど、一部屋あいてるから。あんたお金ないでしょ。」 「ありがとう。世話になろうかな。」 「あんた、名前は? 私、ジョーン。」 「ヒロシ。」 「じゃ、ヒロでいいわね。」 「 ああ。ジョーン、世話になるよ。」 壊れた部品によっては、かなり長い間世話になることになるかもしれない。 「ジャズでも、どう?」 「いいね。」 「かなりイカレテるけど、すごい音を出すピアノ弾きがいるの。」 「へぇ。」 何が幸いするか、わからないものだ。ジャズクラブはかなり暗く、しかも煙でかなり息苦しい。客席にいる数はよくわからないし、どうも薬でラリっているのもいそうなほどいかがわしい。そんな隈雑な雰囲気のジャズクラブも、あの男のヘビーな演奏によって神の世界に生まれ変わる。そう、ブルースの情感をたたえたジャズ。力強く響きながら悲しくてたまらない。この世のものではなかった。 「ジョーン、あの男の名前は?」 「ヒデ・キムラ。」 どこかで聞いたことがあるような感じだ。 「10年程前、まだ彼が40にならないかどうかの頃、いい線までいいたんだけど。転落のお決まりのコース。才能がどうのと云いながら、ヤクと女。結構アブナイ連中とつきあって、もうヤバイの。キムラ本人とは関係なく、あのピアノの音みんな好きだから、何度もお金集めたりして、立ち直らせようとしたんだけど。結局、ヤバイことにつぎこんじゃう。あそこにいる、いやな目つきの男たち。きっと借金取り。」 俺は演奏の後、ヒデ、キムラのアパートへ。 「なんだ、お前は? 奴らの手下か? もうカネはないぜ。」 キムラの震える手の先には、ジョーンの言っていた通り、散らばる白い粉。これだけ見ると、才能の残がいといった感じ。 「いや、あんたの演奏にすっかりマイチマッタ野郎さ。」 「ほう、変わったのもいるもんだ。近頃は借金取り以外、この部屋に来たのはいないんだが。」 「まあ、俺が言っても無駄だろうが、アンタの才能はすごいのにドブに捨てんのか? ヤクさえやめ・・・」 「ガキのお前に言われる筋合いはない。」 キムラのかすかに震えた声が俺の青二才の声に重なる。ヤクで震えているのだろう。 「まあ、ゴタゴタ言ってもしょうがないな。酔狂なお前さんに一曲聴かせてやるよ。」 彼は隣の部屋のピアノを弾き出す。先のクラブの曲とはうって変わって、メロウでゆっくりした流れ。まさにブルースそのものだ。力強くはないが、やはり俺を突き刺す。キムラも昔は、人を愛したことがあるのだろう。そんなせつない情景を思わせる音色に、俺も自然に涙が流れる。 「何て曲なんだ?」 興奮の中でやっと口にできたのは、その一言だけ。 「『ラスト・ソング・フォー・ユー』」 キムラは震え出す。明らかにヤクのせいだ。 「出て行け!!俺の苦しむ姿は誰にも見せない。」 かなりもみあったが俺は結局、部屋から押し出される。 次の朝、キムラは新聞の隅に出る。 「ブルースのピアニスト、ヒデ、キムラ、撲殺さる。」 そう、『ラスト・ソング・フォー・ユー』が本当に彼のレクイエムとなった。記事によると、散々殴られて、脳内出血が彼の死因らしい。町の片隅のごみ箱が彼の死に場所だった・・・。
2006.11.13
夏の緑のままでいたいという樹木を、説き伏せて色づかせる雨。ライトアップされた港の情景も泣いている。久しぶりに美樹に会う僕の心は揺らめき、かなり不安になる。そんな不安の中、いつの間にかたどり着いてしまったコンサートホール。あのころイヤがる僕を猫のクビネッコを掴むようにして、美樹にユーミンのコンサートに連れて来られたのもここだった。3階席で、ステージからは随分離れてはいたけど美樹は無邪気に喜んでいた。そんな美樹を見るだけで、僕は幸せだった。でも、思い出せるのはそのときの美樹の天真爛漫な笑顔のみ。まあ、ユーミンのコンサートはどうでもよかったからいいけど。そのときの美樹の笑顔を思い出したことで、僕の不安な気持ちはすっかり落ち着いてきた。フーと、ひとつ深呼吸して僕はコンサートホールへ。美樹の電話での申し出は以下のようなものだった。「 健二、ひとつお願いがあるんだけど。」すっかり自分を取り戻して、澄んだ美樹の声。「 私の曲の伴奏を、健二のアルトのadlibで。練習は無しで、いきなり本チャンにしましょう。adlibのドキドキ感を期待して。」午後7時10分。最新アルバムの曲とそのひとつ前のアルバムの曲をいくつか歌った美樹がMCで会場に語りかける。盛り上がりの最高潮の直前だ。彼女のスレンダーな体に白いロングワンピース。力がすっかり抜けている。内面から醸し出される自然な感じ。とても素敵だ。「 皆さん、こんばんわ、荒井美樹です。随分久しぶりのコンサートになります。ここに来てくれた皆もいろんなことがあったと思う。私にとっても、この2、3年はすっごく意味があったし、かなり変わったと思う。年も27から30になったし・・・。当たり前か?」「 すっかり落ち込んでしまって、涙しかでない時期もあった。私だけ闇に取り残された感じで。この暗闇が本当に明けるのかと、不安だった。それでも、私は夜明けをひたすら信じていたし、実際に明けたの。嬉しかった。テツガクしちゃって、ごめんなさい。でも、これは私にとって、とても大切なことでした。今はすっかり元気になりました。何に対しても、穏やかで積極的になれる。こんな素直な、優しい気持ちでいられることが嬉しいし、自分を褒めてあげたいほどだな。」美樹の誠実な言葉は、僕の心に突き刺さった。あの頃の彼女の表情や姿が僕の瞳に蘇る。「 次の曲は、丁度、夜の暗闇から朝の光が見えかけて来た頃の曲です。私にとっては、とても大事な曲になりました。聴いて下さい。『PIECE OF MY WISH』」僕は『PIECE OF MY WISH』のイントロを、できるだけゆっくり、心を込めて吹く。美樹の声が、僕の囁くようなアルトに重なる。『 愛する人や友達が勇気づけてくれるよ そんな言葉 抱きしめながら だけど最後の答えは一人で見つけるのね めぐり 続く 明日のために 雨に負けない気持ちを 炎もくぐりぬける そんな強さ 持ち続けたい それでもいつか すべてが崩れそうになっても 信じていて あなたのことを 信じていて欲しい あなたのことを 』『PIECE OF MY WISH』のコラボレーションに美樹と僕との新しい出発を予感した。さっきまで冷たいものにしか思えなかった雨が、今ではとても優しいものに僕には思えた。(おしまい)
2006.11.11
「 やあ、ケンジ。調子はどうだい?」真夜中のテレホンコール。張りのある、ちょっとなつかしい声。電話の声の主はアントニオ・ハート。そう、僕のNYでの音楽の相棒だ。「 久し振りだな、アントニオ。お蔭様で、万事、OKだ。」 実は、万事OKと言えるような状態ではなかった。肉体的には、その通りであったが・・・。僕も美樹も子供を望んだが、結局それはかなわないこととなってしまった。こうなるとよくあることだが、2人の仲はなんとなくしっくりいかない。僕にとって、永遠であって欲しかった美樹の笑顔は殆んど見られなくなった。たまに、彼女の笑顔があっても、僕にはかつてのようには輝くものには思えなくなっていた。短い間にこんなことになるなんてとても信じられないことだが、これが現実。ズタズタの精神状態のときに相棒のミッドナイト・コール。「 ケンジ、俺を助けてくれないか? 今までにない、クールなジャズバンドを作りたいと思っている。どうだ、参加してくれないか?」アントニオの申し出は、そのときの僕にはこの上ないものであった。その時には美樹から、「 結局、私から逃げたいのね。」と言われても、僕は何も言えなかったけれど・・・。でも、今となっては無理に美樹との関係を修復しなくて良かったと思う。何とかしたいと焦れば焦るだけ、どうしようもなくなる。時間と2人が適切な距離を置くことしか、答にならないことだってあるのだ。この頃失ったものは随分あったが、お互いにかけがえのない存在であるという相手を信じ、思いやる気持ちだけは損なわずに済んだ。NYに戻ってからの僕はアントニオと全てを賭けて、新しいクールなJAZZに取り組んだ。かつては不滅のものに思えた東西の冷戦構造も崩れ去り、実にいろんな人間がNYに集まって来た。とりわけ、キューバやブラジルの熱いビートが僕たちのJAZZに与えた力。「何てスゲエんだ!!」僕とアントニオはそれこそ、砂が水を吸収するかのように、彼らの音楽を聴き込み、インスピレーションとした。美樹とかなりつらい形で別れたことは勿論残念であったが、変動の時にNYで生のキューバやブラジルの熱いビートに出会い、新しい音楽に取り込めたことは僕にとっては得難い経験となった。人生は結局バランスがとれているものだ。美樹もハタから見れば、順調そのものであった。アルバム「Elfin」の成功。そう、あのかわいいイルカを思う少女の曲がtitle tuneになった。音楽活動だけではなく、TVで恋愛ドラマの主演もするようになった。それだけではない。女性誌で若い女の子の悩みに答えたり、自分の価値観をオピニョンリーダー的な存在にもなってた。いわゆるトレンディタレントというところか。19の美樹が目指していたものの殆んど、いやそれ以上のことを実現したように思う。しかし、美樹は明らかに疲れ果てていた。本当は他人の悩みに答えるどころか、誰かに自分の悩みを聞いてもらいたい気分であったはずだ。勿論、彼女も単なる女の子に過ぎないから当たり前のことだが。「全てのものに優しくなりたい」と口にしても、それは言葉の上のことで、もはや優しさは消えていた。彼女が笑っても、まあ大抵の人は気付かないだろうが、何かとってつけたような、引き吊った印象。彼女は27になって、仕事の量をセーブした。自分の時間を持って、本当の自分に戻ろうとした。本当の自分に戻る。これは美樹が頭の中で考えていたのよりも、はるかに辛い作業であった。自分の考え、行動が他人のようでどうしようもなく耐え難く、自暴自棄になってしまう。今いる暗闇の中から本当に抜け出ることができるのかと、不安で眠れないことも多かった。僕もこんな時は美樹のそばにいてあげたかったけれど、多分何もしてあげられなかったんじゃないかと思う。でも、美樹は自分自身で答えを出した。とても穏やかだけれど、すごく積極的な人間に戻っていた。19の頃の魅力ある笑顔とは、また格別の笑顔も自然に出るようになっていた。美樹に言わせれば、「30路オンナの魅力かしら?」ということになるだろうか?美樹が自分を取り戻し、仕事を再開するようになった。本当に元気になって良かったね、と美樹に電話した。すると、彼女から意外な申し出を受けた。3年振りのコンサートツアーが始まる直前のことだ。
2006.11.10
JAZZのセショッンでパーカッションとドラムがお互いの主張をしながら、融け合っているようなコラボレーション。僕がNYから戻り、美樹と暮らすようになった時の2人の関係を表現するのにこれほど的確な言葉もないと思う。美樹はモデルや女優としてだけではなく、同世代の女性の気持ちを表現する、音楽活動も始めていた。他人の書いた曲だけを歌うだけではなく、作詞もしていた。彼女が詞を書く時に、なかなか締切までに完成しないことも何度かあった。「 また、徹夜したのか? 目がハレボッタイぞ。」「 うん、またなの。肌に悪いのよね。でも、納得いかない詞だけは絶対いやだから。」そう、美樹は完璧主義者なのだ。「 どんなイメージを思い描いているんだ?」「 若い女の子が水族館にいるの。彼女は淡い恋をしていて、何もかもが楽しくて仕方がないってところかな。その水族館で見たイルカの笑い、彼女にはそう見えたんだけど、その笑いにさえも彼女はすごくいとおしさを感じるの。そう、こんな全てのモノに対してとても優しくなれる気持ちを詞にしたい。」「 美樹の優しくなりたい、というメッセージだね。よし、こんな曲はどうだろう?」僕は彼女のイメージがふくらむようにアルトのadlibをした。「 わあー、素敵。なんか赤ちゃんを包み込むような、優しい曲ね。」「 鋭いね。チャリー・パーカーが初めて子供が出来たとき、奥さんに感謝をの気持ちを込めて、dedicateした曲だ。」「 ありがとう、健二。なんとか、詞ができるような予感がするわ。」そう言いながら、彼女は自分の部屋に再び籠る。締切は今日の昼まで、あと3時間。「 健二、やった!!やった!!やった!!」と絶叫(?)しながら、本当に大喜びで、僕に抱きついてくる。「 詞の題名は、何にしたの?」「 Elfin。秋の晴れた午後、静かな水族館にいる、かわいいイルカのイメージなの。」「 とてもいいタイトルだと思う。美樹の優しい気持ちが表れているよ。」こんなときは、美樹は満足できる仕事をしたという感じで笑顔を見せてくれる。本当にあどけない。まるで高校生のようだなと思いながらも、彼女の笑顔は僕のインスピレーションそのものであった。彼女はこのころ本当によく笑ったし、僕も同じだった。「 これ、オカシイね。」と彼女が笑い出したかと思ったら、笑いが止まらなくなって1時間近くも笑っている。彼女が何について笑っているのか良く知らないのだが、僕もたまらず嬉しくなって笑いが止まらなくなってしまう。一緒にいるとお互いに最高に安心できて、変な照れや気遣いもなく、子供のようになれるのだ。幸せな気持ちがごく自然に笑顔になっていた。 僕には彼女の笑顔が永遠に思えたし、そうなることを心の底から望んだ。しかし、当たり前だが永遠ということはあり得ないことだ。僕と美樹は2人でいる時間をとても大切にしていたが、お互い仕事が増えてきて、すれ違いも増えてくる。時間だけではなく、本来は2人だけで決められることもそうはいかなくなっていた。美樹の妊娠。彼女と暮らすようになって、約1年くらいの出来事だった。
2006.11.09
初秋のセントラルパークの朝。ちらほらと見られる樹木の色の変化 の鮮やかさとコントラストをなす、芝生の緑。そう、僕は仕事としてアルトサックスを選んでから2年後、NYにいた。ここで腕を磨くためだ。 しかし、僕がNYで思い知らされたのはセントラルパークのような光輝く未来のイメージではなかった。想像を遥かに越える、NYのセッションに出ている奴らのアーティスティクなプレイ。こんなプレーはとても出来ないと、僕はすぐに負け犬根性になった。美樹に手紙を書いた。 「 こっちでJAZZで飯を食っている奴らの演奏に、僕の音楽への取り組みの甘ったるさを思い知らされた。彼らの演奏は必ずしも整然としたスマートさはないんだけれど、サウンドとそのビートにハートがあるんだ。彼らのサウンドには自分がとても素直になれる。JAZZセッションで 自然に涙が出るなんてことは、初めてのことだ。でも、かなり複雑な心境。僕はあんな音を出せるようになるとは思えないし、今まであったJAZZで食っていける自信もすっかりなくなった。・・・」 こんな情けない僕の手紙に対する美樹の返事は、いつもの口調と同じくらいきっぱりとしたものだった。 「 手紙を読ませてもらいました。健二の本物を知って、それに感動すると同時に、自分の実力との差を感じて今いる所から逃げ出したくなる気持ちはわかる気がします。でも、私は健二に慰めや同情の言葉をかける気はありません。今逃げ出したら、あなたは一生コンプレックスを持ち続けるだろうし、今逃げ出したことをきっと後悔するはずです。冷たいようだけど、その絶望感を逆にバネにして、自分で答えを見つけて下さい。そう、これは健二自身がそこに踏みとどまり、顔をそむけないことが大事だと思います」 美樹の返事は僕のある程度予想していたものだった。現実から何とか逃げる理由を何とか探そうという僕の弱い心は彼女にはすっかり見透かされていた。この頃は全く余裕がなく、自分のことばかりしか考えられなかった。実は、僕がこの手紙を書いた丁度そのころ美樹もある映画に出演しないかと誘われ、彼女も随分悩んでいた。彼女にとってはかなりいいチャンスなのだが、彼女にとっては(つまり、若い女の子にとっては)つらいシーンがその映画にはあり、なかなか思い切れないのであった。僕の手紙に対す返事にも、ぼくへのカツとともに、彼女の悩みが書いてあったはずだが、僕はそれを憶えていない。何ということだ・・・。 それでも、美樹のきっぱりとした手紙でNYで自分を鍛える心構えができた。やっぱり、僕には美樹しかしないと思ったし、手紙の一件でこの思いはさらに強まった。さらに、アントニオという音楽のパー トーナを得る。彼も僕と同じようにアルトサックスを吹く。彼のアルトにはスタンダードな安定感とともに、ACIDでCOOLな独特の響きがある。彼とともにダブルアルトでSOHOのJACK THE RIPPER CLUBでセッションがやれるようになった頃にはもう、あの負け 犬根性は嘘のようになくなっていた。自分の音に対する自信が芽生えてきた。他人と同じようにやる必要など全くないし、自分が美しいと思う音を出せばいいんだということが分かってきた。こんな当たり前のことに気付くのに随分、回り道した。再び美樹に手紙を書いた。 「 本当にあの時NYに留まって良かったと思っている。美樹のあの手紙がなかったらと思うと僕はちょっとゾッとする。どうもありがとう。この言葉を美樹に今なら素直に言える。もうそろそろ日本に帰る潮時だと思う。帰ったら、どうだろう、一緒に暮らさないか?」 この手紙に対する美樹の返事は、以下のようなものだった。 「 結婚という形式にはしたくないけど、一緒に暮らすことには賛成です」 僕と美樹はこうして一緒に暮らし始めた。美樹は23になっていた。
2006.11.08
9月23日。短い夏も終わり、秋だなと思う間もなく降りしきる雨。 この雨の風情はもう既に晩秋。デニムシャツで十分であろうと思って いたが、今の天気ではかなり肌寒い。それでも秋のちょっと寒めの雨は、 僕には何かとてもなつかしいもののように思えた。そう、たしか彼女と出 会ったのも11年前のこんな秋の1日であった。 11年前といえば、僕が普通の就職を辞めて、アルトに自分の夢を 賭けようと決心した頃。ゼミの教授には変人扱いされた挙げ句、ある 大企業の内定を辞退した。一言でいえばこんなところだが、その当時は かなり僕も揺らめいていた。確かに音楽をやりたいのは本心からなの だが、具体的にどうやっていくのか、仕事として続けられるのか? そんな秋のある日、丁度その頃のライブセッションのリーダに連れ ていってもらった芸能プロダクション。そこに彼女もモデルの卵とし て来ていた。19歳の屈託のない笑顔。かなりブルーになっていた僕を明るくさせるほど、きれいな笑顔。 「 荒井美樹です。これから、芝居や歌や19の私が今しかできない ことに、どんどん挑戦していきたいと思っています」 かわいらしい顔からは想像できないほど、そのきっぱりとした口調 には彼女の強い意志が感じられた。ちょっと無理をしているようだが、 そこには確かに19の彼女がいた。3歳も年上なのに、揺らめいてい た自分が恥ずかしくなった。 「 僕は山本健二。ちょっと決心が遅かったんだけど、大学辞めて、アルトサックスを吹いていこうと思っている。」 「 いいなあ、ジャズか」 「 ジャズとかも聴くの?」 「 オヤジが好きで、子供のころから随分聴いたわ。サックスだったら、ウエイン・ショーターが最高ね」 偶然にも、ウエイン・ショーターは僕の憧れでもあった。時には、 愛を囁やくかのような繊細な音色。かと思えば、暴力的にブロまくっ て世の中の価値を破壊するかのような音もやはりウエイン・ショー ターのものである。その過去の形式に因われない自由な発想、自分の 型を敢えてぶちこわしてしまうほどのパワーは、僕の音楽の指針となっていた。 僕と美樹はこのように出会い、やがて親しい友人となった。お互い夢を語り合い、ちょっとしたことでくじけそうになったときも、慰め や同情ではなく、同じ価値感を持つものとして支え合った。口調はキツクても、お互いの痛みがわかるので、僕は美樹の心のこもった言葉には何度も勇気づけられた。そう、僕にとって彼女はかけがえのない存在になっていたし、彼女にとっても同じことであったと思う。しかし、すれ違いはちょっとしたこと(かなり大変なことであったが)で始まり、その音がきしむほどになっては、もう僕も美樹もなす術を失っていた。それは、美樹が24になった春のことである。
2006.11.07
彩奈がアメリカに移り住んで一年が既に経っている。自分のアートを 磨きたいと言って、さっさとアメリカに渡った。ターナーを見て、何かひらめいたらしい。相変わらず決断するのが早い。 「日本には何か自分を追い詰められる雰囲気がないの。満足しているとは思えないけど、皆不幸せではないっていうボケタ感じかな。かなり消極的な現状肯定しか存在しない。」 「自分を追い詰めるって何?」 「ここから一歩も引けない、ここを駆け抜けないと何も生み出せないという現状認識。でも、暗く閉塞状態に陥ることではないの。むしろ明るい感じ。自分のプライドと勇気を持って、自分の能力で表現すること。表現が国境の枠を越えて、誰にでも伝わって、感動させる力を持つのが私の理想。」 彩奈の現状を把握する能力と明確な目的意識に僕は驚かされる。 「具体的にイメージできる人はいるの?」 「朝青龍かな。彼の表現は国境の枠を越えて、誰にでも伝わると思う。」 「君の挙げた例には日本人がいないんだけど、何故かな?」 「さっきも言ったけど、皆何となく幸せで、特に自分を表現しないでも十分生きていけると思い込んでいるからだと思う。とても甘えた全く通用しない考え方だけど。自分の国が世界の中でどのように責任を果たすべきとか、どう発言すべきかについて真面目に答えられる人殆んどいないもの。偏差値教育がどうとか言い訳する人が多いけど、私はそれは間違っていると思う。肥えたブタじゃあるまいし、自分の頭で考えて答える能力を身に付けるべきだわ。」 何と彩奈に刺激を受けて僕も日本の生活を捨てて、今彼女のいる町に向かっている。仕事を捨てるとか環境を変えるとか随分面倒に思っていたが、やってみるとそうでもなかった。むしろ気持ちがいい。元春の詞でいえば、失くしてしまうことは、悲しいことじゃない。 バンドン。オレゴンコーストの小さな田舎町。彩奈が今住んでいる。彼女からの手紙によると、カスケード山脈といわれる美しい山々と、渓谷が印象的なウイラメットリーバーに囲まれた素晴らしい所だそうだ。僕もここで長年の夢であった物書きになるつもり。物書きで食っていけるかどうかは勿論判らないけれど。少なくても彩奈の言うように、国境の枠を越えて誰にでも伝わる表現ができるように、自分を追い詰めていきたいと思う。プライドと勇気を持って。 全米一と言われるハイウエイから、手紙に同封された地図に従って、彼女の家を目指す。一年振りの再会に、嬉しい気持ちと緊張感が僕を満たす。早春の明るい光の中で小さな点にしか見えなかったものが、次第に色や形がはっきりしてくる。彩奈の家だ。ドアを開けると、エスプレッソの香り。朝の眠りから僕を烈しく覚醒する。ドゥミタスをソーサーに戻す。外に出て深呼吸する。彩奈はいつの間にか身支度をしている。 「今日はCoos Bayでスケッチして来るわ。そこの波はとてもきれいで、Coos BayはBlue Waves Bayとも言われているのよ。一緒に行かない?」 朝の陽光にきらめくBlue Wave。うねりの波。飲み込むように打ち寄せる音。そのありのままの粗削りな姿が、プライドと勇気を持って生きていくんだと僕たちを励ましてくれた。(オシマイ)
2006.11.05
仕事が急に忙しくなって、彩奈と会う機会も時間も減ってしまった。彼女も前よりもアルバイトに精を出しているらしい。若い褐色の表情。久しぶりに見る彼女の顔。春の陽光で日焼けしたのだろう。ファンデーションの広告風に表現すると、お嬢さん、太陽の光からお肌をしっかりガードしましょうという季節になっていた。 「どんなアルバイトをしているの?」 「庭師のまねごと。ちょっと職人っぽくてカッコイイでしょう。でも、実は結構な肉体労働。GATTINに載っているような。大きな植木を運んだり。今の時期はチューリップの球根を植えて、かなり忙しい。」 花や木に水をやる彩奈の姿。水を浴びても、彼女の肌は全てを弾き返す。そのみずみずしさは五月の太陽を受けた新緑を思わせる。 「地味そうだけど、君にはとても似合っているよね。」 「自分の植えたチューリップがどんどん大きくなるのを見るのはとっても好き。強烈なインスピレーションを受ける。力強く成長していく花たちが私に与えてくれる力ってすごいと思う。だらだらしているとしっかりしろって励まされるし。もっとお金になるアルバイトもあるんだろうけど、私はこのバイトが気に入っているの。何か生きているんだっていう実感も湧いてくるし。」 そう言えば、彩奈の体からは漂うかぐわしさ。それがどんな花のものかは僕には判らない。そう、その芳香から色をイメージすれば、純白。僕の単なる思い込みかも知れないけれど。 彩奈の言う通り、園芸のアルバイトは彼女にピッタリだ。テキパキとベテランの園芸職人の指示に従い、植えていく。きれいに整列されたチューリップの球根。あと数週間もすれば、一斉に咲き出す。原色がキャンバスに叩きつけられるような壮観さ。気絶しそうなvividなイメージ。僕の頭の中に広がるのはマチスの描くようなチューリップ畑だ。そんなチューリップ畑で、薫風を感じながら飲む、暖かいレモンティー。何もさえぎるもののない、空間の下で沸かしたホットウオーターでいれるのだ。彩奈もティーカップに軽く口をつける。きれいな微笑。静かなシーケンス。僕はそんな想像にとても幸せな気分になる。 「私、来週の水曜からNYに行くんです。随分地道に働いたから。とうとうやったって感じ。3週間くらいNYにいるつもり。」 彩奈が僕にターナーを見るためにアメリカへ行くことを僕に告げる。春の陽ざしが力強い輝きを感じさせる午後。真っ青な空の下にそよぐ風は既に初夏の気配すらたたえている。季節の駈けぬけて行く速さに驚かされる一瞬。彩奈の表情もそんな移り変りの中できらめく。 「その予定からすると、彩奈は22の誕生日をセントラルパークで迎えることになるね。ひとりでは淋しくない?」 「私の夢が叶うんだから、大丈夫。むしろ新しい自分に生まれ変われるいい機会かもしれない。体の中の古くなってしまった血液をすっかり入れ換えるように。22年分の汚れをね。随分とあるでしょうね。」 僕のくだらない杞憂を、打ち消す彩奈のきっぱりとした口調。彼女は笑顔でいっぱいだ。てきぱきとした行動とはっきりした言動。僕のいわゆる常識を叩きのめす。気持ち良いほどだ。バッシという音さえ聞こえたような気がした。古くなってしまった血液をすっかり入れ換えなければならないのは、僕の方だ。 「出発便は?」 「午後4時半のNW便で。NW便はあんまり評判がよくないけれど、やっぱり格安で行くからしょうがないかな。初めての海外だから何でもいい経験になると思うし。」 「それじゃ、水曜日の3時に成田まで送りに行くよ。」 「「うぁー、うれしい。なんとなくドラマのヒロインになったような。でも、普通のドラマのヒロインはもっとお嬢さんっぽくて、もっとシックかしら。」 「いや、君の方がずっと格好いいんじゃないかな?庭師までやってお金を貯めて、ターナーを見に行くなんて、すごいことだと思う。」 僕の言葉を聞いた彼女。快活に笑う。彩奈の何にも因われない態度が僕には本当にまぶしく思えた。その時だ。ささやかだけれど、とても大切なものが僕の中に生まれたのは。僕はその大切なものの存在を確かに感じていた。
2006.11.04
「私の絵を見てもらえる?そんなに自信はないんだけれど。」 いつもきっぱりとした口調の彩奈にしては珍しくちょっと控え目。一途な自信と漠然たる不安の交錯。この年代の独特の感情の揺らめき。僕の周りの妙に落ち着いてしまっているだけの、若さのきらめきを失った連中には全くない新鮮さ。まあ、彼らは生まれてから一度たりともそんな感情の揺らめきなどなく、死んでしまうかもしれない。つまり生きたことがないということだけれど。僕は彩奈の体から溢れる創造的な力とターナー好きという彼女の嗜好から、彩奈の描くだろう絵画の世界を想像する。フランク・ステラの精巧に計算された幾何的な構図。いや、カンディンンスキーの型に因われない自由な空間の広がり。 僕は絵を見せたいと彩奈に言われたその朝自分の部屋でエスプレッソを飲みながら、想像の世界で遊ぶ。悪くない時間の過ごし方。彼女の澄んだイメージと僕に話してくれたことをいろんな風に組み合わせる。無限のバリエーション。強烈にきらめく美の世界を構築しては、一瞬にして破壊する。スクラップアンドビルドというこの作業に僕は熱中する。時間がいつの間にか過ぎていく。彩奈の言葉、体から湧き出るメッセージの持つ饒舌さに改めて驚かされた。 「これなの。」彩奈が微かな気恥ずかしさを感じつつ、絵を差し出す。ちょっと、紅潮した表情。ごく僅かに震える細い指先。その指先が緊張のために青白く光った。 「こういう色使いが好きなんだ。」青を基調にして、極彩色が大きな模様で交差する。形式、形状に因われない自由さ。大胆そのもの。批判好きの人にすれば、まとまりがないねと言われそう。既成概念から離れて、新しいものを生み出していくんだという意欲が力強いメッセージとなっている。その猛々しさに僕は圧倒される。人まねでない意志の強さ。僕好みの絵だ。 「モチーフはHIP-HOPなACID JAZZなの。Ronny Jordan、Wes Montgomeryのギターや吉弘千鶴子のピアノをイメージしてもらえば、一番ピッタリ。絵を書くことに息詰まると、彼らの音楽を聴いてモチーフを再度チェックするわ。でも、本当は、逆に私の絵から彼らの音がイメージしてもらえるのが一番嬉しいなあ。」 イントロが不安をたたえつつ、静かに始まる。聴くものはこの不安定さがいつまで続くのであろうかと一瞬、戸惑う。それを素早く打ち消すように、軽妙で淀みないテンポが取って代る。いわば、オシャレなMelody Line。たまらないポップさ。最初の不安定さが計算された媚薬となって、その音に酔わされてしまう。彼女の絵はACID JAZZそのもの。確かに、彩奈のこの絵からRonny Jordanの「Mr. Walker」が僕の耳に 微かに聴こえてきた。魅惑のJAZZ-HIP-HOP。 「思わず身をまかしたくなる、軽妙さがあるね。矛盾しているようだけれど、しかも力強さがある。この軽妙さと力強さがほどよいバランスで、とても自然だ。Mr. Walkerが静かに聴こえてくるような感じだね。」 「Wes MontgomeryのをRonny Jordanがアレンジした曲ね。そう、新しいHIP-HOPさが私の求めている世界。そんな感想を言ってくれた人は初めて。嬉しい。絵を見せてよかったわ。」 自信と不安の交錯する呪縛から抜け出たのだろう。彼女の晴やかな口調がはっきりと物語る。若さの持つきらめきははこの自信と不安の交錯を繰り返すことだと思う。もうこれでいいんだなんて思ったら、もう終りだ。もうこれでいいんだなんて思うことは自己弁護以外の何ものでもない。生命の躍動が失われた、堕落。僕も彩奈のクリスプな姿勢に大事なものを教えられような気がする。
2006.11.03
「朝、この公園を走るのは気持ち良さそう。私も一緒に走ろうかな。」 公園の近くの喫茶店。たち込めるモーニングコーヒーの香り。パープルカラーの春の花。房総あたりから届いたのだろうか。コーヒーの香りと混ざり合った独特のかぐわしさ。彩奈が僕に一緒にジョギングしたいと言い出したのは、初めて会ってから少し経ったやはり空気の澄んだ朝だった。 「とてもあなたについていけるようには走れないけれど。」 「いや、そんなに僕も速く走れない。すぐに馴れると思う。大丈夫。」 次の日にはもう彩奈は僕と一緒に走っていた。彼女の走るリズムを見ただけで、その運動神経が抜群であることがわかる。 「付いていけるようには走れない」のが僕になるのは、時間の問題のように思えた。体の動かし方がしなやか。天性のものだろう。 「こんなに速く走れるとはびっくりした。体鍛えていたの?」 「お父さんにサッカーを仕込まれたの。最近は、やっていないんだけど。」 「それは珍しいね。女の子にサッカーを教えるなんて。」 「お父さん、息子を仕込みたかったみたいなんだけど。子供は皆女の子。ちょっとお父さん可哀想。3人もいるのに。サッカーボールを蹴らせて、末っ子の私が一番見込みがあるって、お父さん言って、私を仕込んだのよ。だから、サッカーボールを追っかけて随分走ったわ。私もサッカーがかなり好きになったし、きつかったけど、楽しかった。」 リズミカルなドリブル。タイミングよく味方に出すパス。思い切ったシュート。彼女のしなやかな動きには、そのいずれもがピッタリだ。 「お父さん、お前が男だったら最高なのにってよくこぼしていたわ。彼に言わせると、私カンがあるらしいの。小学校までは男の子と混じってやったんだけど、私がボールを取ると、なかなか人には取られなかった。体は大きくなかったけど、ステップが速く踏めるから、一緒にやっていた男の子ついてこれないのよ。その子たちの母親、あんな小さな女の子からボールを取れないなんて情けないって、よく怒っていた。怒ってもしょうがないわ。その子たち一生懸命やっていた。でも、何かが足りないみたい。それが何だかはうまく言えないけれど。」 リスのような女の子にボールを支配されて、もたもた彼女に付いていくだけの男の子。親からはちゃんとしなさいと言われても、カンがないのだからどうすることもできない。こんなに一生懸命やっていると自慢しても意味がない。ご苦労さまと言われて、終り。 「サッカーはいつまで続けたの?」 「中学校2年ぐらいかな。小学校の頃とは違って男の子と混じってやれなくなったから。もうお父さんよりもずっとうまくなったから、一緒にやらなくなったし。サッカーできなくなって、結構淋しかった。でも、ちょうどその頃、ターナーの絵を初めて見たの。それから絵に興味を持って、自分でも描くようになった。私みたいな女の子が言うのも変だけれど、人生ってバランスが取れているなって思った。ちょっと視点を変えれば、いろんなことが楽しいの。」 借りものの言葉でなく、自分の感じていること、考えていることを自分の言葉で表現ができる彩奈。それが彼女の大きな魅力。まだ彼女の描いた絵を見せてもらったことはないけれど、絵にもまたその魅力が素直に表れているはずだ。
2006.11.02
不安さえ思わせる漆黒の闇に、その黄金の光が流れ込み、群青に変化する瞬間(とき)。一日が最も美しくきらめく。早春の気配をたたえた風を感じた、その朝僕は仕事前のジョギングをしていた。若葉の息吹が徐々に広がる。この季節のジョギングはまた格別。かすかではあるがとてもいい香り。体の緊張がゆっくりと取れていく。 僕はいつもの海の見える公園を走る。今、群青になったばかりの空があっという間に水色に飲み込まれていく。鮮やかなマジック。公園の朝露で湿った芝生に一人の少女。スクラップブックの上で鉛筆が軽やかに走る。早朝のデッサン。とても柔らかそうな白いタートルネックのセーターにスリムジーンズ。朝の風景にぴったり馴染んでいる。目安としている時間を走り終って、軽くcool downをする。かなり入念に。あまり適当にやると、その日何度も後悔することになるからだ。cooldownをそろそろ終えて帰ろうとする僕。 大きな深呼吸を一つ。少女の前を軽く会釈して通り過ぎようとすると、彼女がさわやかな挨拶をしてくれた。穏やかだけれど、とてもきれいに微笑む彼女はso cute。セミロングのストレートヘアが微かに風に揺れている。「おはようございます。いつもこの公園を走っているんですか?」20才(はたち)前後の特有のはずんだ快活さ。その明るい雰囲気と彼女の澄んだ瞳は僕を強烈にグリップする。ジョギングでのものはまた別の胸の高鳴り。悪くない感じだ。「おはようございます。そう、朝のこの時間が好きだから。」「私も同じです。この時間にここでデッサンすれば、いいモチーフが湧いてきそうで。」少女の傍らにはターナーの画集。ターナーは波を生命感溢れるタッチで描く画家で、僕の好きな画家の一人でもあった。彼の油絵も勿論素晴らしいが、銅版画も僕のお気に入りだ。ブラックの中に暴風に揺らめく帆船と狂ったように蠢く波がきりりと描かれた彼の銅版画は僕の数少ない宝物。初めてのボーナスでかなり無理して求めたものだ。「ターナーが好きなの?」「ええ。波の動きと空の色のバランスがとても好きなんです。解説とか見ると、現実をモチーフにして描いたのではなくて彼の想像の中の自然みたいですけど。私が絵を描くようになったのも、彼の絵の持つ生命感の虜になってからです。今、美大で勉強しているんです。」「僕もターナーは好きなんだ。去年の秋にNYのメトロポリタン美術館で見た3枚のターナーはとても良かった。メトロポリタン美術館ではターナーよりもセザンヌやルノワールの方がずっと人気があったみたいだけれど。僕はあの美術館にターナーがあるなんて知らないで行ったから、驚いたけれど、すごく嬉しかったな。」「本物を見たんですか?いいなー。私も今アルバイトをして、メトロポリタン美術館にターナーを見に行こうと思ってるんです。」自分で目標をしっかり立てて、確実に実行する。 他人にべったり依存することはない。毎日を惰性で生きないで、その日、その日を一生懸命に生きている。自分自身の足で立って生きているたくましさが、体中から溢れる。その真っ直ぐに見つめる視線。彼女のしっかりとした意志が表れている。透明な水色を走り抜けた朝陽の強い光が僕らの背中に刺さる。ターナー好きの少女-彩奈とこんな美しい朝に出会えたことを、僕は神様に感謝した。ターナー自身が僕たちの出会いの神であったかも知れない。
2006.11.01
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