2012/07/21
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カテゴリ: 古代史系の妄想
第49代光仁天皇が即位できたのは、皇后である井上内親王が聖武天皇の皇女だったことが大きな要因である。というのは、最近よく見かける学説です。

異論はありません。

しかし、井上内親王とその皇子他戸親王がワナにはめられ死に追いやられると、ここで初めて天武も持統も血縁関係のない桓武天皇に皇位が回ってきます。

桓武の母「高野新笠」は百済王家の出身ですが(武寧王10代目)6代前に帰化しているというので、日本の一豪族となっていたかもしれません。

平成天皇は、桓武天皇の直系子孫なので、その母高野新笠の出自に着目し、韓国とのゆかりを強調しました。

ところで、豊臣秀吉といい第2次世界大戦前の大日本帝国といい、自国に余裕ができるととにかく朝鮮半島に攻め込みます。

倭の5王のころから、倭人はたびたび朝鮮半島に戦争をしかけているようですから、なにかそういう遺伝子があるのかもしれません。

私は、統一新羅と統一日本が誕生する以前は日本列島と朝鮮半島との間で領土をとったりとられたりしていたのではないかと想像します。

以前の日記で近畿地方に「百済町」という地名が数多く存在すると言及しました。



現在の韓国国定教科書では百済建国は紀元前18年となっているそうです。
実際にその時代から4世紀前半まで朝鮮半島に百済国は存在せず「馬韓」という国名でした。

韓国人うそつき?
いいえ、私の考えは3世紀まで朝鮮半島に馬韓があり、百済国は大阪にあったのです。

百済国は、大阪から朝鮮半島へ追い出されたのかもしれません。





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Last updated  2012/07/21 04:56:07 PM
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