「姉上どうしても大海人どのの元に行かれるのですか?」
「仕方あるまい。妾はそなたの姉である前に、大海人の妃だからな。」
「姉上はこの倭国がどうなってもよいと申されるか?」
うののさららは穏やかに、冷ややかに笑みを浮かべ
「大友、倭国はもうない。ここは日本国じゃ。」
「姉上はそうは思ってないはずです。赤兄(蘇我)も金(中臣)も麻呂(物部)も、いつか倭国を再建することを誓っています。」
「危険な賭けぞ」
「もとより承知のうえ。ところで、姉上折り入って頼みごとがあります。」
「なんじゃ?」
「与多(大友与多王=大友皇子の子)」を連れて行ってくれませぬか?」
「?」
「葛野(大友皇子と十市皇女との子)はどうする?近江に連れていくのか?」
大友は保険をかけたようだ。
葛野王は嫡男として育てる。そして大海人に対する人質の意味合いもかねて、
万一の場合は与多を倭国の末裔として残そうとしている。
「与多の母親は側女ですから、今後大王になることもないでしょう。心安らかに、大友の領地を守っていってもらえればそれでよいかと」
「だが、我が夫にもしものことがあれば、与多の命の保証もないぞ」
「もとより承知のうえ。その場合は我が地位を葛野に譲り、我は大友の領地で心安らかに暮らしたいと」
うののさららが新羅王族に嫁いだ時点で、姉弟の決別は避けられないものであったであろう。
大友も倭国大王の血を受け継いでいたがために、百済倭国系の重臣にかつぎあげられてしまったことも運命である。
まさか、白村江の敗戦で母親があろうことか敵国新羅王の妃に迎えられるとは。
新羅王としても、征服地の国民はなるべく殺さず懐柔したい。
高句麗・百済と違い肥沃な農地に恵まれなかった新羅は生産力=国力であると痛感していたのだ。
百済・高句麗も滅ぼしたのは王族クラスのみであって、重臣クラスが倭国へ亡命するのも黙認してきた。
対新羅反政府分子はなるべく朝鮮半島からは駆逐したかったが、来るべき唐との決戦に備え、人材を温存したかった。
倭国の地はうってつけだった。
唐と倭に挟み撃ちにされてはさすがの新羅もひとたまりもないからである。
かといって倭国兵力を壊滅させるためには、新羅日本同盟の兵力も損傷する。
天智が日本を去ったあと、倭国旧臣を懐柔するために、わざと大友を天智皇子として後継者へといざなった。
だが、若き大友では老獪な百済倭国重臣の暴走を止めることは難しかった。
新羅進駐軍である大海人皇子にとって衝突はさけたかったが、大友が老臣を制御できないのであれば、武力をもっての排除もやむなしといったところか。
ただし、大海人皇子にも100%勝算があるわけでもない。
その危険な賭けにうののさらら(持統)は乗った。
倭国大王家の血統を保持するため。
仮に大海人が敗れても大友が倭国をついでくれる。
だんだん妄想が暴走してきました・・・・
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