今回は、私の古代史妄想における、ブレてはならない定点についてお話したいと思います。
日本書紀は、日本正史をできるだけ古く見せたいために、歴史を古い方へ水増ししました。
それはけしてウソやでたらめを記述したわけではなく、巧みに60年周期の干支を操り、読み手が勘違いするように仕向けたのです。
それは、上から(不比等か舎人親王)の圧力に対する歴史家としての良心を大事にした、ささやかなレジスタンスだったと信じたいです。
私は古代史妄想にあたって、次の定点をぶれないように気をつけてきました。
1.日本書紀も古事記もウソはついていない。とくに日本書紀は別称を別人のように勘違いするように誘導している。
2.時間軸は中国の記録を定点とする。記述内容に関してはマルコポーロの東方見聞録のようにまた聞きなので勘違いもありうる。
3.すなわち、3世紀の卑弥呼の親魏倭王、5世紀の倭の五王、7世紀の遣隋使を時間軸の定点とする。
4.朝鮮半島と人々も日本国民と同じように祖先の事蹟をできるだけ古くもっていきたいクセがあったので、三国史記の時間軸は信用できない。
しかし記載事項は日本書紀のような政府圧力が無い分日本書紀より信用できる個所もあるはずである。
5.もちろん日本書紀の内容も時間軸以外順守する。
それをはずしたら、単なる私のSF小説に過ぎなくなるわけです。
奇想天外も楽しいですが、それが第一でなく、私が私自身を納得させたいことが最優先なのです。
自分自身が納得すれば、ある程度人に話しても共感を得られるかなと。
逆に、自分が理解もできない・納得もできない説を人に話すわけにはいかないのです。
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