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三島市の日大の裏手、大場川沿いにある上岩崎公園は芝生の広場や水遊びができる小川、散策する小道などがあって広くてきれいな公園です。公園の遊歩道を大場川に沿って歩くと「鮎返しの滝」(鮎止めの滝とも呼んでます)があります。川を上ってきた鮎が群れところから付けられた名前だと思うけど今は鮎じゃなくて鯉がたくさん群れていました。
2006年10月31日
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長泉町にある富士竹類植物園は日本唯一の竹の植物園園内には世界の竹・笹が500種類もあります。竹の種類なんて真竹と孟宗竹ぐらいしか知らなかったけどそんなに種類があるんですね。園内の東屋も竹で作ってありました。竹の資料館には竹を使った民具や竹の資料が展示してあり売店では竹製品や竹苗の販売もしています。ちなみに入園料は大人500円だけど七夕祭りの日には無料開放しています。
2006年10月30日
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長泉町にある割狐塚稲荷神社はちょっと変わっていて富士山の噴火でできた溶岩の山に社が建っています。子供の頃はここも遊び場の一つで、かくれんぼをするのにちょうど良い場所でした。溶岩の中央に亀裂があってここから老狐が出没したことから割狐塚と呼ばれるようになったそうです。昭和の初期まではここの境内で競馬が行われていたそうでが血を見なければ治まらかったそうで、神社の境内で不謹慎ですね。
2006年10月29日
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伊豆の国市韮山にある江川邸の母屋は400年ほど前に建てられたものですが部材の中には室町時代に使われていたものもある歴史ある建物です。幕末に韮山代官を勤めた江川太郎左衛門英龍(江川坦庵)は反射炉の建設やお大砲の砲台を設置するお台場(東京のお台場の由来になってます)の建設などで有名ですが、パンを日本で初めて作ったことでも有名。母屋の土間には当時使われたパン焼き窯の跡が残っていました。母屋の内部には当時の資料が展示してあり、生活の様子や代官の仕事などがわかるようになっています。写真は塾の間で、韮山塾と呼ばれ江川坦庵が砲術の指南をしていました。もしかして佐久間象山もここで学んだかも?
2006年10月28日
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沼津から富士に続く千本松原は若山牧水のゆかりの地でもあって大正9年(1920年)に千本松原の景観に魅せられ沼津にへ移住してます。 牧水の歌を刻んだ碑はあちこちにありいますが、ここ千本公園にある「幾山河 こえさりゆかば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく 」の碑が牧水の碑第1号です。公園の近くには牧水の足跡をしるした若山牧水記念館があり原稿や書簡などの資料が展示してあります。
2006年10月27日
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沼津市岡の宮にある光長寺は法華宗4大本山の一つでもともとは天台宗の寺だったのが改宗し、建治2年に徳永山光長寺としたと伝えれています。山門にある仁王像は慶安5年(1652)の作で市の有形文化財になっています。
2006年10月25日
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国道138号線を御殿場IC方面から乙女峠に向かう途中にそれはありました麓からでも目立つ風車はかつてはレストランだったと思われる風車のある建物。螺旋階段を上がると2階へ、ここから富士山がよく見えるので昔は富士山を眺めながら食事をしていたのだろうけど今はがらんとして、寂しげです。昼間ならともかく夜は不気味だし怖いし近づきたく場所ですね。
2006年10月24日
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え~ニックネームを「てるみんこふ」に変えました。と言うことで本題です。富士川ふるさと工芸館は普通の道の駅とは違って全体が工房になっています。山梨県南部の地場産業を中心に陶芸、和紙、木工など体験できる施設です。 中庭のようになっている場所には彫刻が展示してあったり、日本庭園があったりしてその他にカヌー場や芝生の広場、バーベキュー広場や散策コースもありでアウトドア派でも楽しめるようになっています。
2006年10月22日
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三島市の白滝公園から桜川に沿って上流へ歩くと藤岡武雄の碑があります。藤岡武雄は三島市在住の歌人で日本歌人クラブの会長も務めていた文学者。その先を上流へ歩くと菰池です。菰池は昔、真菰(まこも)が群生したから菰池と言われています(わかりやすい由来ですね)この池も富士山の地下水が湧き出たもので、楽寿園や白滝公園よりやや上流にあるので、水の量も他より多いようでした。池のほとりに生える柳の下には三島市のイメージソング「水よ輝け」の石碑が。この歌を歌ってるのは地元FM局ボイスキューのパーソナリティだったりするのです。
2006年10月21日
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国道135号線を旧道に入ってすれ違い不可の狭いトンネルを抜けると相模灘を見下ろす断崖絶壁の錦ヶ浦自然郷に出ます。錦ヶ浦を見下ろす遊歩道やきれいに整えられた洋風の庭園はエーゲ海のリゾート地を連想させます(エーゲ海には行ったことないけど)南側から見下ろすとプールがありましたこの展望場所の近くにはアカオハーブ&ローズガーデンがあり25万坪の広大な敷地に10種類のガーデンがあって季節の花と香りが楽しめるようになっています。
2006年10月20日
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由比宿は東海道16番目の宿場で東海道の難所の一つ薩捶峠をがあるせいか箱根に次いで宿屋の多い宿場町でした。由比川橋の下の河原が無料の駐車場になっており、ここに車を停めてゆっくりと町を散策できます。この橋も歩道部分に木の板が敷かれて町並みに合った橋になってました。由比本陣は広さが1300坪もある広大な敷地で、敷地内の左手には明治天皇が休憩した建物を復元した記念館と山岡鉄舟が命名した庭園、正面には広重美術館(共に有料)、右手が由比宿交流館で展示資料や売店、休憩所になっておりこの交流館は無料です。本陣の向かいにあるのが由比正雪の生家と伝えられている染物屋でなんと創業400年、店の中には染料を入れる甕がありますが、これも150年ぐらい前の物。ここではハンカチや手ぬぐいなどの小物を買うこともできます。他にも古い建物が多くあったのですが、現役で人が住んでたりするからすごいですね。
2006年10月19日
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沼津アルプスとは沼津市の南東から延びる低山群の総称のことでですが、なかでも香貫山は沼津の市街地から近く手軽に行ける山です。沼津警察署から黒瀬橋を渡り南に進むと左手に香貫山への道路があって中腹の香陵台までは車で行け、ここは春になると桜の名所。ここには戦没者を慰霊するために建てられた五重塔や「香貫山いたゞきにきて吾子とあそび ひさしくをれば富士ははれにけり」と刻まれた若山牧水の碑があります。ここからの眺めもよいのですが、さらに良い眺めを望むなら展望広場に登ってみましょう。 この先は車は行けないので徒歩で登ります。舗装道路を行けば沼津の街を見下ろしながらゆっくり登れます。また山の中を進む登山コースもあります。展望広場にある展望台からは沼津の街や富士山、駿河湾まで見渡すことができます。
2006年10月18日
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小山町の湯船から県道147号線で明神峠へ向かいました。湯舟からはほんのりと紅葉した林の中をうねうねと続く道で新富士変電所を過ぎたあたりから道は急勾配の坂路に。明神峠を超えると神奈川県に入ります、この峠はハイキングコースへの道以外は特に何もありませんでした。さらに道を進むと三国峠にでて山梨県に入ります。静岡、山梨、神奈川の境になってるから三国峠だけど、実際の県境は三国山。ここには数台の駐車スペースがあるので、ここに車を停めてハイキングに行く人もいるようです。 三国峠からはススキの山を縫う下り坂が続きますススキの絨毯を敷き詰めたような山がなんとも幻想的な感じ。車を停めるスペースはあまりないけど、所々路肩が広くなっている箇所がありました。 やがて視界が開けて、富士山と山中湖が目に入ります。すこし下った箇所に展望広場のような場所があり、そこからは山中湖と富士山が一望に見下ろせます。
2006年10月17日
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熱海から網代に抜ける抜け道になっている通称「頼朝ライン」に ある湧き水は「頼朝公の一杯水」と呼ばれています。頼朝が伊豆山へ逃れる途中、険しい山道で喉が渇いて腰をおろした時、腰に差していた刀の鐺が土に当るとそこから水がにじみ出てそこを掘ると、清水が湧き出したという話が伝わっています。この道は昔の主要道で、善男善女が水を飲み、お参りをしてきた場所だそうです。公園として整備されているといっても駐車場とトイレぐらいしかないし、看板も目立たないのでちょっと場所を探すのに苦労かもしれませんね。
2006年10月16日
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吉田町の能満寺山公園ににある小山城は元は今川氏の砦が築かれていましたがその後、武田氏によって本格的な築城されて小山城となりました。本来は天守閣は無かったのですが、町のシンボルとして天守閣が建てられ、資料展示室と展望台になっています。能満寺からの登り口、ゆるやかなスロープが女坂です正面の階段を登ったら疲れちゃいました、下りは怖いから女坂から戻りました。
2006年10月14日
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富士市にある「恵比寿屋」はたい焼きで有名な店、頭の先から尻尾の先まであんこがぎっしり詰まってます。たい焼きは赤餡と白餡の2種類、その他お好み焼きなどもあります。テイクアウトでもOKだし、店内もきれいで広いのでお店で食べるのもOKたい焼きに縁がかなり付いてたんだけど、これがまた美味しかったりして。お腹が空いてたので写真を撮る前に食べちゃいました、すいません。
2006年10月13日
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「道の駅 ふじおやま」は246バイパス(小山町)に2年前ぐらいに造られた道の駅です。建物の外観は和風な造りで建物が新しいのでとてもきれいな印象を受けました。小山町といったら「富士スピードウェイ=F1」と「足柄山の金太郎」ということで、道の駅の館内の展示室にはF1が展示してありました。(展示物は変わるかもしれません)富士スピードウェイではF1日本GP正式開催決定されたようですね外には金太郎の像から小山の水が出ています。結構水を汲みにくるひとも多いようです。
2006年10月12日
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神奈川県山北町にある三保ダムは酒匂川の支川河内川にあるダムで高さ95m、ロックフィルダムと呼ばれる構造のダムです。今はまだ紅葉してませんが丹沢の山が紅く色づいた時にはもっと素晴らしい眺めになると思います。ロックフィルダムはアーチ型と違い土や岩石を盛って造られるいるのでダムの斜面は緑の芝生が生え、芝生の中にくねくねと道があってダムといえば黒部ダムのようなアーチダムのイメージがあるからなんか不思議。ダムの駐車場にあるトイレなんだけど、右のログハウス風が女子用左のいかにも公衆トイレが男子用。差がありすぎって感じするよね。
2006年10月11日
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三島駅南口の近くにある「楽寿園」は富士山の噴火で出来た溶岩の上に樹木が生えてまた、溶岩の隙間から湧き出た水が池を作りできた森を明治維新で活躍した小松宮彰仁親王が別邸として手入れしたもので昭和27年に三島市の公園となりました。子供の頃は遠足や写生大会でよく訪れたのですが大人になってからは行ってなかったので、なんだか懐かしく思えました。昔はゾウとかキリンがいたのだけど、今はプレリードックやリスザルなどの小動物がいる「どうぶつ広場」があります。園内で一番の景観の小浜池ですが最近は地下水の減少で水がない状態。平成16年には満水になったのですが今年はダメみたいですね。これも工業化の影響なんだろうな、残念。池のほとりに立つ建物は「楽寿館」で彰仁親王の別邸として明治23年に建てられたもので館内には、明治時代を代表する日本画家たちによる210面に及ぶ襖絵・杉板戸絵・天井画等が施されています。楽寿館は10時30分と13時30分に一般公開されておりガイドが説明しながら館内を案内してくれます。
2006年10月10日
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岡部は品川から二十一番目の宿場町でいまだ東海道の面影が残っています。通りには松並木が残っており(片側だけだけど)いかにも東海道という感じ、役場近くにある五智如来は口の不自由なお姫様のために誓願寺の五智如来に殿様が願をかたらお姫様は不自由なく話されるようになったという話しが伝えれています。岡部宿の旅籠「柏屋(かしばや)」は天保七年に建てられたもので平成十年に国の文化財に指定、現在は資料館として公開されています。入館料300円(大人)を払って中に入ると、1階は帳場や台所、仏間など急な階段を登ると二階の客間へ行けます。時代劇で宿屋のシーンは見るけど実際に上がってみると天井がかなり低くくて、当時の日本人は背が低かったんだなぁって感じました。建物を抜けた手入れのいい中庭には土蔵造りのギャラリーと和風レストランがあったり土産物屋やこんにゃく造りなどが体験できる工房も。柏屋の隣は「岡部宿本陣跡」の小さな標と公園がありました。公園の奥になにやらお店があったので行ってみると表の看板には「玉露入りのおかべ焼きそば」、壁にかかった看板には「釜炊きごはん工房」私が行ったときは準備中だったので中には入ってないのですがかなり興味をそそられますね~
2006年10月09日
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静岡の丸子から宇津ノ谷峠へ向かう道はきれいな石畳の道、両側には昔ながらの民家が並び旧東海道のおもかげが残っています。豊臣秀吉ゆかりの「お羽織屋」は、秀吉が北条征伐の途中に寄った茶屋で、主人が馬用のわらじを差し出したのを喜び、帰途に再び立ち寄って羽織を褒美として与えたと言われてます。石畳の坂道を登ると明治のトンネルがあります。このトンネルは日本初の有料トンネルで明治9年に建築されました当時のトンネルは技術が未熟だったため、「く」の字に曲がったトンネルだったのですが、明治37年にで真っ直ぐなトンネルに改修されています。ちなみに、この宇津ノ谷峠には明治、大正、昭和、平成のトンネルがあります。
2006年10月08日
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沼津港の近くにあるパン屋「恵比」はあんぱんの専門店あんぱんは日本の文化なので、店の造り蔵をイメージした和風の店で、パン屋というより和菓子屋さんみたい。ここでは白餡、こし餡、小倉、栗、クリームチーズなど数種類のあんぱんが売られていて、どれも税込み100円です。パン生地は酒種を使用して2日間熟成してるのでもっちりした触感をしています。
2006年10月06日
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伊豆市船原の菓子舗「でぐち」は創業百十年、当代で4台目、ここで作られている「黒玉」は昔から「鉄砲玉」と呼ばれて地元の猟師たちにも愛用されいたそうです。私は高校が伊豆の方だったのでマラソン大会の後に疲れた後に甘いものが良いということなのか「黒玉」が配られました。普通はキャラメルとかだと思うんだけどなぁ
2006年10月05日
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三島駅南口より駅前の通りを南に下った所にある白滝公園は溶岩の隙間から富士山の地下水が湧き滝のように流れ落ちることから「白滝」と名付けられた池が名前の由来で別名「水泉園」とも言われています。人が近づくと「よいしょ」の掛け声でポンプを動かす「めぐみの子」夏場は子供たちの格好の水遊び場になります木陰のベンチでは読書をする人や昼寝をするサラリーマンの姿もみられ、市民の憩いの場になっています。白滝公園のすぐ側に小さい鰻屋があって、その座敷からは公園が庭にの用に見えて、なかなかいい感じを出してます。
2006年10月04日
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旧天城トンネルは明治37年に完成したトンネルで長さ445.5メートルで日本に現存する石造りトンネルでは最大長のトンネル。平成13年には道路トンネルとしては初めて重要文化財に指定されました。旧天城トンネルへは旧道があり車でも行けるのですが未舗装の道路で休日にはハイカーも多いので走行には注意。行楽シーズンのピーク時にはマイカー規制になることもあります。浄蓮の滝方向から旧道を進むと途中に川端康成と伊豆の踊り子の石碑がさらに進むと八丁池へ向かうハイキングコースへの分岐があります。(八丁池にはバスまたは徒歩でしか行けません)トンネル内に照明はあるが薄暗い、一時期トンネルの照明をオン/オフするスイッチがあったのですが今は常に点灯してるようです。天井から落ちる雫がなんとも不気味な感じもしますし、「アレ」が出るというもっぱらの噂なので霊感が強い人はご用心あれ。私もトンネルを潜ったあと振り返るのが怖かったのだ。無事にトンネルを抜けると二階滝へと道が続いています。
2006年10月03日
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「浄蓮の滝」は日本の滝100選に選ばれている滝で石川さゆりの「天城越え」でも歌われている滝です。滝入り口の駐車場から滝へ降りる道が延々と階段が続く歩道で(約200段もある)降りるときはまだいいが、帰りが大変でした。滝の高さは約25メートル、この滝には女郎蜘蛛の伝説がありますが、なんとなく妖しい雰囲気が感じます。滝の脇に茂るシダは 伊豆や九州の南部に自生する「ジョウレンシダ」、別名「ハイコモチシダ」で県指定の天然記念物にもなっています。
2006年10月02日
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静岡市葵区にある県地震防災センターは地震について体験して学べる施設になっています。エントランスには安政大地震で起きた津波の高さを記した垂れ幕防災用品や耐震建築設計のコーナーなど展示のほか地震の仕組みを学べるコーナー、大津波のシミュレーションが体感できる立体シアターリアルな揺れを体験できる地震体験コーナーなどがあります。入場は無料です。
2006年10月01日
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