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静岡県立美術館のすぐ近くに「やぶきた茶」の原樹があります。 茶の品種改良に取り組んだ杉山彦三郎という人が明治41年(1908年)に竹薮を開墾した茶畑の北側に生えていた茶の木を選抜して「やぶきた」と命名しました。ちなみに、南側から選抜した木は「やぶみなみ」と命名されたそうです。 しかし発見からしばらくは普及せず本格的に普及したのは戦後になってからです。現在各地の生産地に植えられている「やぶきた」はこの原樹の分身になります。 ハラダ製茶 やぶ北ブレンド 抹茶入煎茶(200g)
2009年01月31日
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伊豆長岡と沼津の三津を結ぶ県道130号線は三津坂トンネルで結ばれていますがこの旧道には古いトンネルが残されています。旧三津坂トンネルは明治時代に出来たトンネルで天城トンネルよりも早く作られたトンネル、井上靖の「しろばんば」にも登場するそうですが、かなりマイナーなトンネルなのか手入れもされず荒れ放題、今は徒歩でも通行ができないようにバリケードが設置されていました。 このトンネルが出来る前は峠越えの旧道をが伊豆と西浦結ぶ主要道路になっていたそうです。
2009年01月29日
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沼津の中心街にあるボウルビル(ジョイランド)の脇に小さな石碑があります。信号待ちの時によく見るのですが、じっくり説明を読んだら何でも近代的小学校発祥の地とか。 明治初期には静岡藩が沼津城に立てた兵学校があり、兵学校の付嘱小学校は身分の区別なく入学でき洋算、地理など新しい教科と勉強法を取り入れた日本初の近代的な小学校だったそうです。 えっ~沼津って当時はそんなに進んだ所だったんですね。
2009年01月28日
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R149を歩いたときに壮士墓というのがあると聞いて寄ってみました。巴川沿いにあるこの墓は咸臨丸の乗組員のお墓です。咸臨丸は江戸幕府軍の軍艦で戊辰戦争が勃発した1868年に榎本武揚に率いられて品川から蝦夷へ向かいますが暴風雨にあって清水港へ避難しました。ところが、新政府軍の軍艦に追いつかれてしまい、乗組員の多くは戦士しました。地元住民は新政府軍を恐れて戦士した乗組員の遺体を放置しましたが清水次郎長が子分を指揮して巴川河畔に埋葬します。「壮士墓」の墓碑銘名は山岡鉄舟が次郎長の行為に感激して書いたといわれています。
2009年01月27日
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国道149号線は巴川に架る羽衣橋からJR清水駅前までの全長2.6キロの短い国道。短い距離なので歩いてみることにしました。 まずは国道150号線と接続する羽衣橋からスタート、巴川を渡り東へ向かいます。しばらくは殺風景な倉庫街ですが天野回漕ビルの前には変わったオブジェが。 倉庫街を抜けるとフェルケール博物館があります、この博物館は清水港の歴史や海運関係の資料などを主に展示した港の博物館。歩道のコーナーがサッカーボール型になってるところが清水らしいですねエスパルスドリームプラザの所で国道は北に曲がります。 万世町交差点で東に曲がって片側二車線の大きな通りに、この通りの中央分離帯にはオブジェがたくさんあって街中の美術館みたい。また、モダンな建物があるかと思えばレトロな建物も多々ありました。 静岡鉄道の新清水駅を過ぎると大きな橋、JRを跨ぐ清水橋です。この橋には歩行者用にエレベーターもありました。橋の下付近は古い商店街も横切っています。昔ながらの商店街という感じ。JR清水駅前の国道1号線に接続する地点で終点です。
2009年01月25日
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大井川水系・境川にある境川ダムは中部電力の水力発電用ダムです。マイナーなダムでこれといって眺望が良いわけではないせいか、堰堤は立ち入り禁止になっていました。 ダム管理棟の脇にある小道を行くとダム堰堤の間近を通りダムの下に行けます。このダムは重力式コンクリートダムで高さは約34メートル、かなり古いダムのようです。 ダムの放水口にあった看板、0.0キロにところにダムがあるって・・・そりゃぁサイレンが鳴ってから逃げたのでは間に合わないかも (^_^;)
2009年01月24日
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土肥の金山シリーズ3回目です。土肥金山の数百メートル南にもう一つの金山、天正金鉱があります。こちらは土肥金山のようにレジャー施設化されていない金山で一見ぱっとしないのですが、歴史的価値はかなり高いものです。ここでは、ガイドのおじさん(おばさん)がマンツーマンで説明しながら案内してくれます。最初に案内されたのは日本大学の発掘調査で発見された精錬所の跡。 坑道へ行く途中には小判や道具を展示してある小屋や、模型を使った説明がありました。おじさんの話によると、金鉱石を砕いて選り分ける作業をネコ流しといい、ネコババはここからきているとか。 坑道の入り口です。金の鉱脈が地上に露出しているのを見付け、それを追って掘られていったそうです。当時は全て手掘りであるため坑道の中にはノミの跡がくっきり残っていました。 坑道は約60メートルで行き止まりになります。当時は送風技術がなくこれ以上は掘れなかったようです。一番奥には「龕(がん)」と呼ばれる祠が造られています。金銀がたくさん採れるようにと子供を産む女性にあやかって女陰部の形に彫ったそうです。
2009年01月22日
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土肥金山の続きです、今回は坑道の中を紹介します。 土肥金山は江戸時代には佐渡に次ぐ金・銀の産出量があり坑道の長さは100キロ以上もあったそうですが、現在は約400メートルほど見学できます。 坑道の中には動く人形があって当時の坑内作業を再現しています。この手前の人形が突然こちらを振り向いたので、ビックリ。変なところがリアル・・・ 坑内の作業はとても重労働で大変でしたが、坑内にはお風呂(天然温泉)があって憩いの場となっていたそうです。この坑内温泉が土肥温泉のルーツだそうです。
2009年01月21日
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伊豆市土肥の土肥金山の一番の目玉はやっぱり、世界一の大金塊ですね。重さは250キロ、値段は金相場にもよりますが約6億5千万円!見るだけではなくて触れるのがまた凄いです。 金塊のある黄金館には金の鉱石や千両箱なども、千両箱は1箱22キロもあるのでこれまたビックリ。時代劇で盗賊が千両箱を担いでいくけど、とても軽々と担いで逃げられませんよね。 その他、金や各種鉱石や江戸時代に金を精錬した様子などの資料が展示してあります。隣の砂金館では別料金になりますが砂金採り体験もできます。
2009年01月20日
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島田市金谷にある牧之原公園はお茶畑が広がる牧之原台地の上にある公園で、ここからすぐ前には金谷の町が広がり、大井川の向こうには島田の町、そして南アルプスや富士山も見える絶景のポイントです。旧東海道・金谷の石畳やお茶の郷なども観光ポイントも近くにあります。 公園の入り口に立つ像は茶祖・栄西禅師の像です、栄西は中国(宋時代)から茶の種とお茶の飲み方を日本に伝えた人物です。
2009年01月19日
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日本ロータリークラブといえば有名な奉仕団体ですね、その創始者は静岡にゆかりのある米山梅吉です。それから米山梅吉は三井信託の創始者でもあります。 長泉町にある米山梅吉記念館は日本ロータリークラブの歴史や米山梅吉の生い立ちなどがわかる資料が展示してあります。米山梅吉は5歳の頃に東京から三島に移り長泉村(現・長泉町)の映雪舎に通い 20歳の時に地元の名門である米山家に是非にと請われて養子に入ります。大正9年(1920年)52歳の時に東京ロータリークラブ(後の日本ロータリークラブ)を創設、大正13年(1924年)に三井信託株式会社を創設します。昭和21年(1946年)78歳時に縁の地・長泉で奉仕の人は生涯を閉じています。
2009年01月18日
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その名前の通り「富士山と港」が見える公園です。田子の浦港には石油基地があったり工場が多いのでときおりタンカーや大型船舶も港に入ってきます。富士山ポイントは展望台と仏舎利塔、仏舎利塔は展望できるスペースが広いので子供連れの方はこちらの方が良いかもしれません。 東海道が整備される戦国時代まではこの辺りが吉原宿とされていました。当時は船渡しが行われており、そのための番小屋(見付け)が設けられていましたが、江戸時代になると街道は左富士を通り今の吉原商店街を通るコースに変更されました。
2009年01月16日
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富士宮市・大石寺の北側にある千居遺跡(せんごいせき)は縄文時代の遺跡で住居跡の他に環状列石(いわゆるストーンサークル)が見られます。 帯状に配した石の内側に環状に石を配してあるそうですが、フェンスで囲ってあるので中に入って見ることができませんでした。とりあえず看板の写真を載せておきます(分かり易いように線を引きました) ストーンサークルといったらもっと大きい石が建っているのを想像していたのですが・・・それでも遺跡の規模は全国屈指で国の史跡になっています。また、環状列石は富士山信仰のためとする説が有力で富士山が世界遺産になった場合の構成要素の一つにもなっています。
2009年01月14日
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吉原から岳南江尾を結ぶ約9キロの短い路線の岳南鉄道。いまでも古い車両が現役で頑張っています。岳南鉄道といえばやっぱり赤い車両の7000形は、5000形の後継として導入されたもの、奥にちらっと写る緑色の車両は8000形。いずれの車両も京王電鉄で活躍していた車両を改造したものです。 客車も古いが貨物輸送で活躍する電気機関車がこれまたレトロ。ED40形は松本電鉄がダム建設のために使用した車両ですがここでは貨物輸送の主力機関車として活躍しています。 ED403も松本電鉄で使用されていたもので、赤とクリーム色に再塗装されています。 ED501はなんと昭和3年製造! 岳南鉄道ではまだまだ現役ですから驚きですね。
2009年01月13日
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愛知県と静岡県を結ぶ国道275号線にある道の駅鳳来三河三石は家康にゆかりのある満光寺に隣接している道の駅です。この地に伝わる話によると、武田軍に追われた家康が満光寺に宿泊した際に鶏がいつもより早く鳴くため武田軍の朝駆けに気付き逃げることができました。家康は寺の鶏に命を救われた事を感謝し寺領3石を与えたそうです。
2009年01月11日
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池の向こうに見える小高い山が韮山城の跡になります。最初に韮山城が作られたのは文明年間(1469~1486年)と伝えられています。その後北条早雲が伊豆の領主になると城の築城を本格的に進め早雲が伊豆の拠点として用いました。早雲はこの城から小田原を攻め小田原に本拠を移しましたが、後にこの韮山へ戻り没するまでの三十三年間をここで過ごしています。 現在は本丸の跡や空堀の跡が残されており、本丸跡からは富士山と田方平野が見渡せる絶好の場所です。 城の周囲は公園になっており芝生の広場や野鳥の観察小屋などもあります。池では鴨類が多く羽を休めていました。下の写真の鳥はジョウビタキのオスのようです。
2009年01月09日
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各地を回るたびに気になっていたのが、消防団の詰め所やポンプ小屋のシャッターに描かれた絵でした。それぞれ地域に特色や面白い絵があってちょっとコレクション?してみました、第1回目は裾野市編です。 長い鼻がホースを連想させるので象のキャラクターを使ってる所はかなり多いようです。西分団では纏に「西」の字がありますが、東分団はなぜか「め」組みになってますね。
2009年01月07日
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東名のサービスエリアでしょうもないお土産売ってるわねぇ、と思いつつも静岡限定ということなので買ってみました。しかし、名古屋バージョンとか大阪バージョンとかあってたぶんパッケージが違うだけなのかも。 とりあえずパッケージを開けてみると・・・ ミカンのピアスにお茶の葉のネックレスを付けた静岡っ娘がセクシーなブラ姿で。なかなか凝った作りになってますね。 ブラの下も見たい? それではお子様はご遠慮して下さい。 テクノラティ
2009年01月06日
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スタール博士は1858年アメリカ・ニューヨーク州生まれでシカゴ大学で人類学を担当していました。日本文化を研究するために明治37年(1904年)に来日、その後15回も来日する親日家でした。博士はアメリカに初めて日本学の講座を設け日本の歴史・民俗・宗教などを研究して大正12年(1923年)に勲三等瑞宝章を授与されました。 特に山岳信仰に興味を持ち「壽多有(スタール)」の名前でお札を各地に奉納してお札博士と呼ばれたそうです。博士は富士山がとても気に入ったそうで5回も登山をして、富士山の見える場所に眠りたいと遺言を残しました。昭和8年(1933年)に永眠すると遺言の通りに富士山麓に埋葬されましたが東富士五湖道路建設のため現在の場所(須走IC付近)に移ったそうです。 テクノラティ
2009年01月05日
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今日は八王子の東京富士美術館へ行ってきました。富士宮市にあった富士美術館は日本画や古伊万里、景徳鎮といった東洋の美術品が多く収蔵されており、私も何回か観にいったのですが、昨年に閉館となり姉妹館の東京富士美術館へ統合されることになりました。 今回は「新・名品100選展」として旧富士美術館にあった作品を中心に東洋の美術品を中心にした統合を記念した特別展が開かれています。また、常設展示ではルノワール、モネ、モネなど西洋絵画を中心とした作品が展示されています。 テクノラティプロフィール
2009年01月04日
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浜松市浜北区の大平(おおだいら)城は歴史が古く南北朝時代の城跡で三岳城の支城で東の防衛線としての役割を果たしてきました。後醍醐天皇の皇子である宗良親王は引佐を本拠とする南朝方の井伊氏を頼りこの大平城で北朝方と激しい戦いを繰り広げますが、三岳城が落城し大平城も落城すると宗良親王は信濃へ落ちのびます。ちず丸で見る
2009年01月02日
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明けましておめでとうございます。拙いブログですが、本年も宜しくお願いいたします。 元旦から晴れやかで穏やかな天気に恵まれました。初日の出の時間には起きるのが間に合わなかったので、初富士で ^_^;三島市の末広山から撮った初富士です。末広山は眺望がよいので富士山のビュースポットにもなっています。また、昔はここで草競馬も行われたそうです。
2009年01月01日
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