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河津町にある河津バガテル公園では今、秋バラの見頃を迎えています。このバラ園の一番の特徴はフランス式庭園ですパリにある本家バガテル公園と協定を結び、毎年パリから来た指導員にバラや公園の管理を学んでいます。「バガテル」なんだか変な響きですが仏語で「小さく可愛らしい」という意味だそうです。 園内には約1,100種類のバラが栽培されています。春に比べると秋のバラは小ぶりです数も多くはありませんが色とりどりのバラがとても綺麗でした。 鮮やかな黄色が印象的なこのバラは「伊豆の踊り子」というご当地ネームのバラで2001年に国際バラ新品種コンクールで特別賞を受賞したそうです。 ローズガーデンに入って目を引くのが丘の上にある塔のような建物。これはパリにあるバガテル公園の皇后のキオスクを再現したもの、キオスクといっても駅の売店ではなく、休憩所です。テクノラティ
2008年10月29日
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伊東市の渚橋のたもとにある公園にはウィリアム・アダムス(三浦按針)と帆船サン・ブエナ・ベントゥーラ号の像がたっています。イギリス人のウィリアム・アダムスはリーフデ号の航海士として乗り込んでいましたが慶長5年にリーフデ号が日本に漂着、その後徳川家康の庇護を受け日本で暮らすようになりました。西洋式帆船の造船を命じられたアダムスはこの伊東の地にドックを設けて日本で初めての洋式帆船を造ります。モニュメントになっている船は2隻目に造られた船でサン・ブエナ・ベントゥーラ号と命名され、房総沖で難破したドン・ロドリコに貸与されアカプルコまで行ったそうです。
2008年10月27日
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東海道・見附宿から分岐して浜名湖の北を通り御油に至る姫街道、その街道の要衝にあるのが気賀関所です。箱根、新居、気賀関所は東海道の三大関所と呼ばれ、鉄砲や女性の通行は特に厳しく調べられました。 姫街道はもともとは東海道本坂越、本坂道と呼ばれていましたが風流人や今切の渡しを避ける貴婦人が多く利用したことから姫街道と呼ばれるようになったそうです。
2008年10月25日
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小田原城は15世紀中頃に大森氏が築いた山城が前身で、後に北条氏が居城とし規模を拡大していきました。上杉謙信、武田信玄による城攻めにも耐えた難攻不落の小田原城でしたが、天正18年の秀吉による小田原攻めで落城、北条氏は滅亡しました。この城は幾度となく再建を繰り返していますが、現在の天守閣は昭和35年に復興したもので、内部は歴史資料が展示してあり、最上階は展望台になっています。 城址公園にはちょっとした遊園地や動物園もあるのですが、なかでも人気なのが象のウメ子でしょうか。ウメ子は昭和25年に推定3歳でやってきてるので今では還暦を越えています。
2008年10月20日
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秋晴れの中、久しぶりに山歩きにいきました。目指すは金時山(標高1213M)です。いくつかのルートがありますが足柄峠からのルートを選びました峠から金時茶屋の荷揚げ用道路があるためゲート前まで車で、ゲートの先からは歩きになります。しばらくは荷揚げ用道路を歩くため楽に歩けます。途中には富士山の良く見える休憩スポットが、いくつかあります。この場所は「猪鼻砦」という砦があったそうです。荷揚げ道路が終わると、本格的な登山道になり、頂上までは急な勾配が続きます。急な岩場には階段が設置されていました。 最後の階段を登り終えると、頂上に。ここからの富士山の眺めは抜群です。金時山は箱根外輪山の中では最も標高が高い山で、かつては猪鼻山と呼ばれていたそうですがいつしか金時山と呼ばれるようになりました。山頂には茶店がありました、こんな山のてっぺんにお店があるなんてびっくりです。それも2軒も。ここは静岡と神奈川の県境なのでそれぞれお店があるようです。テクノラティ
2008年10月18日
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10円まんじゅう徳次郎のお店が沼津の若葉町にも出来ました。駿河湾の海洋深層水を使った製法でモチモチした皮に甘みを抑えた上品な餡で何個でも食べられそう。以前は黒糖だけでしたが、白まんじゅうも出来たようです。どちらも1個売りだと10円です。
2008年10月15日
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松崎にある岩科学校は伊豆地区でもっとも古い小学校、なまこ壁に和洋折衷の独特な建築デザインで国の重要文化財にも指定されています。明治13年に当時の完成で、当時の金額で2630円66銭の費用がかかったそうです。 学校の中は教室が再現されていたり、明治から昭和までの教科書、松崎の歴史がわかる資料や暮らしの道具などが展示してある資料館になっています。 ここには入江長八の貴重な作品も残されています。学校の入り口に掛かる扁額は時の大政大臣・三条実美の書、その上にある龍は長八が棟梁のノミを借りて彫ったとされています。裁縫室に使われた「鶴の間」にある千羽鶴も長八の作品で、よく見ると一羽一羽の飛んでる形が違うのです。こんな部屋で勉強してたなんて贅沢ですよね。
2008年10月13日
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伊豆の松崎といえば漆喰鏝絵のパイオニア入江長八でしょう。長八は左官の棟梁のもとに弟子入りしその後江戸で狩野派の絵画を学びますそして漆喰と絵画を融合させた漆喰鏝絵を編み出し一躍名声を得ました。 長八美術館には数少ない長八の漆喰芸術が残されています美術館に入ると入り口でルーペを貸してくれました。長八の漆喰鏝絵は細部まで綺麗に表現されておりルーペで覗くとその精巧さに驚かされました。 こちらは美術館の前にある鏝塚です。 この塚は左官職人が使用した鏝を奉納するために作られたもので前面に鏝塚の文字はあの小泉元総理が書いています。
2008年10月11日
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松崎にある中瀬邸は明治時代に呉服屋を営んでた依田家で、大地主だったそうです。なまこ壁の土蔵が松崎らしさをだしています。現在はインフォメーションセンターとなっており、展示室の他に工芸品の販売や喫茶ができる休憩所になっています。 中瀬邸の前にある奇妙な時計塔は大正13年に昭和天皇のご成婚を記念して青年団により建てられたもを復元した時計塔です。 文字盤には“13”時があったりして大正時代のデザインにしてはモダンというか奇抜すぎかも。 中瀬邸の前に架る「ときわ大橋」は欄干がなまこ壁と漆喰画で飾られてこれも珍しい橋になってます。
2008年10月05日
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国道1号より北側には本丸、物見櫓、武器庫など主要部があり、堀は障子堀といわれる独特なもので、ここにも北条流の城築術をみることができます。山頂にある西ノ丸には見張り台があったそうです。最端からは愛鷹山や富士山が望めるスポットになっています。西ノ丸から下った所に本丸と弾薬庫跡と兵糧庫があり、すぐそばには樹齢5百年ともいわれる矢立の杉や大カシがあります。 本丸から国道に戻りすこし下った所にある宋閑寺には豊臣軍・北条軍の墓があります。北条軍は秀吉の小田原侵攻を防ぐためにここで戦いましたが、圧倒的な大軍の豊臣軍の攻撃で1日で落城したそうです。
2008年10月01日
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