PR
Keyword Search
Calendar
Category
今日は、なんとなく、私の最も尊敬するコーチについて
書いてみたくなりました。
私が、彼と出会ったのは、昨年の12月、
ショットバーマスターさん の、
「イキイキ輝くライフワークを生きる
あなただけのオーダーメイドの ルールを創作するワークショップ」
に参加したときでした。
私が「ワークショップ」「セミナー」なるものに 参加したのは
それが 初めて。
マスターの友人でもある彼は、参加者の1人として、
なにくわぬ顔で、そこに座っていました。
私は、そのとき全然知りませんでした。
彼が、関西のコーチング界で知らぬ者はいないと言われるほどの
ものすごいヒト、 赤木広紀コーチ だということを。
ワークショップでの詳しいことは省きますが
(楽天って、文字数制限あるんだもん)
そこで、私は 赤木コーチから、ものすごいプレゼントを
いただきました。
その2日間で 摂取したものが あまりにも 多すぎて、
今だ消化・吸収しきれていません。
そして、そのとき、
赤木コーチから なにかをプレゼント してもらった ものの、
いったい なにをいただいたのか?
は、 いまだに 言葉で表現できないのです、正直なところ。
ワークショップの休憩時間。
人見知りしがちな私は、 積極的に参加者の方々の輪に
入ることもできず、 なんとなく ポツンと 立っていました。
そんな私に、赤木コーチがさりげなく 話しかけてくださいました。
その前のワークで、
「私は会社では イライラしてばかりいる ‘ネガティブ自立’ である」
と話したこと、についてだったと思います。
(ほんとに、覚えていないんです。。。)
赤木コーチは、
「たばちゃんは、全然そんなふうに見えないですよ」と
おっしゃった後、 ふだんの会社生活について、
えっ・・・
と、目を見開くような問いを投げかけてきたのです。
その問いによって 気づいたこと。
それは、私にとって、とてもショックなことでした。
全然気がついていなかった。
「当たり前」と思っていたことを、くつがえすような質問。
そして、認めたくないようなこと。
ショックを どう扱ったらいいのかわからないまま、
私は 答えました。
「でも今は、‘もし解雇されたら、それはそれで 今の私に
辞めるべきタイミングなんだ’ と思っているんです」
「そう思えているのなら、きっと円満退職できますよ」
穏やかな笑顔と共に、そんな言葉が返ってきました。
「私のコーチングを受けると、円満退職ができるばかりか
退職金が何倍にもなりますよ」
というのが、赤木コーチの エレベータートークのうちの1つ
であることを 知ったのは、それから5ヶ月先のことです。
そして、次の日だったか、その日のうちだったのか・・。
また休憩時間に、赤木コーチとなにかを話しているとき、
こんなことを言ってくれました。
「たばちゃん、すごく素敵な笑顔ですよ」
それを聞いた瞬間、涙があふれだして止まりませんでした。
そんなこと言ってくれるの、当時の私の周りには、
誰もいなかったから。
(今は、たくさんいまーす)
急に ぽろぽろ涙をこぼしだした私を見て、慌てることもなく
赤木コーチは これまた穏やかな微笑みを残して去っていきました。
これが、数ヶ月後、私がコーチングを学ぶことになった
きっかけの、 原点の原点です。
翌月、私は赤木コーチ&アミーゴさん主催の 「ソース 」を
受けるため、埼玉から はるばる京都まで行きました。
「ソース」の意味さえ知らなかった私が・・・
家にいるのが一番好きな私が・・・
京都まで行ってしまった 理由は。
赤木コーチに、もう一度会いたかったから
そして、その「ソース」のワークショップで出会った方々。
私が「素敵だわ~」と感激した方々は、なぜか みんな
コーチだったのです。
「コーチ=素敵な人」
「私も、素敵な人になりたい」
「私も、コーチになる」
きっかけは、こんな感じでした。
が、今の私が自覚していることは・・・
「私も、赤木コーチのように、誰かに なにかをプレゼントしたい」
「そんな人に、なりたい」
「それが、赤木コーチへの、一番の恩返し」
そんなふうに、思っています。
今になって思い出す、そのときの、赤木コーチと私との
やりとりの イメージは・・・
私は くすんだ毎日を生きている中、
自分の持っている本質( 良いところ・素敵なところ)を、
ヤケになって、ボールのように 放り出してしまった。
それを、赤木コーチが、 1つずつ、ボールを拾って、
私の前に、差し出してくれた。
私は、自分の意志で、手を伸ばし、それを受け取った。
そんな感じです。
(「その2」 に続きます)