その参

「マプッペ誕生の一日」その3


自分はもうお昼を食べる権利はないが夫を巻き添えにすることはなかろうと、

彼にお昼を食べてくるように勧める。そして夕方まで長いだろうから

暇つぶしに読むものも必要ではないかと。じゃあちょっと近くでサンドイッチでも

買ってくる、と彼が出て行ってあと、気晴らしにもう一度お風呂に入ることに。


この時点で陣痛は一時間ほど前のものに比べて強くなり、間隔も4-5分おき位に

縮まっていた。お湯の中に入っていると大分痛みも和らぐのだが、あくまでも

気休めでしかない。あー、本当だったら今頃ブツッ!と注射を打ってもらって

楽になれたかもしれないのにな~と、出産ラッシュにあたってしまったことを嘆きながら、

ひたすら湯船につかって時間を潰そうと試みる。


もともと長風呂ができない性質で、のぼせる限界まで頑張ってみたが、眠気と空腹も

極限にきていたのであきらめてお風呂をあがる。少ししてから再びモニタリングの装置を

取り付けに助産婦研修生がやってくる。ここは大学病院なので医者や助産婦の見習い研修生も

多く働いているのだ。もちろん彼らは補助的なことしかしないのだが、今まで検診でも

何人か見てきた印象では、皆なかなか手際もよく話もしやすい。彼らの存在に不安を持ったり

迷惑に感じる意見もあるとは思うけれど、自分にとっては心強かった。

もう少しなので頑張ってください、と声を掛けられて彼女が出て行ってから数分…

この世のものとは思えない激痛が下腹部を押し寄せる。気がついたらベッドの両端についている

手摺りのようなものを掴み、体を前後左右にゆすってガンガン暴れていた。これが噂の陣痛かー!

と感慨に浸れるようなものではない。本来ならとっくに痛みとさよならできていたはずなのに、、

という気持ちが痛みを余計感じさせたのかもしれない。約束の午後2時まであと一時間弱。

げんなりとベッドでうなだれているところへ再び夫が現れる。この時の自分は恐らく相当

血走った目をしていたのだろう。心配そうに夫が何か話しかけてこようとしたと同時に

再び陣痛がやってくる。もうひたすら暴れて痛みを逃すしかない。いくら夫でも

こんな姿を人に見られるのは嫌だ。どうしようもなくなって、少しでも早く

分娩室を用意できるよう交渉してきてくれないか、とか無茶苦茶な事を頼んでいた。


そんなこんなで約束の午後2時は近づいてくる。あと数回痛みを我慢すれば楽になれるのだ、

とそれだけを頼りに我慢してきたが、2時になっても一向に分娩室に入れる気配が訪れない。

まだなの?まだなのー?!!夫に廊下に誰かいたら呼んできて、と言っても、誰もいないと言う。

この時の彼は、手の空いた人が誰もいないわ、分娩室のひとつから産婦の雄叫びは聞こえるわ

(あとで聞いたらこの産婦さんは自然分娩を選んだのだそう)、部屋に戻れば殺気立った妻が

いるわで泣きそうだったらしい。そんな彼に悪いとは思いつつもこちらも一杯一杯なので、

こんな時にまで待たされることに怒りが爆発(フランス社会は何事も待つことが当たり前)、

仕舞いには、何でもいいからさっさと分娩室を用意しろって言ってきてよーーー!

と怒鳴ってしまっていた。



→その四へ


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