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本当に久しぶりに見たら・・・、コメントがえらいことになってたわ。汗9月から息子は入院してて暇もなく、あっと言う間に里奈の年になってしまってた。今回の入院で尖足の手術をし、9月いっぱいは一人での入院生活を精一杯がんばった息子は、「チック」という、土産を頂いた。本入院も終わりに近くなった頃、目を思い切り瞬く姿が・・・。親ばかな私は、チックになってまで頑張って過ごした息子を見て涙が出そうになった。だってね、新型インフルの影響で、託児所に妹を預け1日に3~5時間しか息子と一緒にいれないし。入院2日目には、みなみが熱を出し面会にもいけず。それでもひかるは泣き言を言わず・・。本入院のときのひかるは、出来た息子だったわ。(親ばか全開)しか~し、10月1日から母子入院に変わると、見事ギャングに返り咲き。ようやく10月も終わり、あと1ヶ月のこってる。しかも、1歳9ヶ月のチビすけもいる。ちびすけも中々手強く、気がつくと私の前からいない。この間なんて、病棟内必死に探してもいなくて、必死こいて探してたら・・・、留守のお隣さんの部屋から出てきた。しかも勝手にお菓子を食べてきたらしく、服がお菓子だらけ・・・。ま、話はそれたけど、里奈の年を無事に乗り切れるよう毎日願ってます。あと18日。それで、里奈の年を完全に越えられる。手術も時期が時期だったから迷ったんだけど、頑張った勲章が両足にのこった。もしかしたら、まだ手術があるらしい・・・。先生に言われて・・・、ゾッとした。しかも、泌尿器も手術の可能性も出てきたし。膀胱の出口がゆるく、おまけに小さくて尿をためれないみたいだし。今後、検査をしないと先が見えないと言われたばかり。来年は年長だし、入学前には無理かもしれない。でもいいや。ひかるは手元にいるんだし。やる事いっぱい、考える事いっぱいで常にてんぱってる。(あ、いつもか・・・汗)こんな時、「母さんがいたらなぁ・・・。相談できるのに。」と、いなくなってしまった事を痛感させられる。ま、そんなわけで、明後日には病院に戻る我が家です。
2009.10.31
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かなり放置していました。が、昨日息子は4歳の誕生日を迎えました。今年の春頃より、少し家の事情があって毎日を忙しく過ごしています。毎日のように朝から夜まで仕事並みに家を留守にし、毎日すごくハードです。息子の誕生日も、息子の大好きなバースデーケーキを購入し、家族でお祝いしました。そして、3番目の娘も最近つかまり立ちが頻繁になり、少しも目を離せません。危なっかしいながらも、確実に成長してる子供たちです。そして、先月より息子の通院で、札幌まで月に約2回通院していて、さらに忙しさアップ。ただ、この忙しさのおかげで、現実逃避できてる私もいます。そして今日、私の住む町も一気に雪景色になりました。どおりで寒いはず。とまあ、久々の呟きでした。
2008.11.19
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皆様、大変ご無沙汰しています。我が家は特別変化もなく、平凡な毎日を送っています。でもそれが、幸せなんですよね。ずっと「兄弟を・・・。」と、願ってた私ですが、実際はハードです。理想とは違い、さらに家はメチャクチャです。息子のリハがある日は尚更ハードですが、リハで会うママさんたちとのおしゃべりが程よくストレス解消になっています。しかし、毎日がハードなのは変わりなし。でも最近、何でもかんでも長女の事を出してしまう私。息子にも「良くないかな?」と思っていますが、決して、息子と比較してる訳じゃありません。あくまでも、思い出話です。時々、息子が長女の事を話すようになりました。(私が話させてるわけじゃありません)リハのママさんから本をお借りしました。それは、「胎内記憶」のお話。それを読み、息子にフッと聞いてみたら・・・。涙が出ました。「お姉ちゃんがいきなさい。」と言ったから、お母さんのお腹に来たよ。・・・と。それだけでも涙が出たのに、ついでにもう一言。「お姉ちゃんが泣かないで。」と言ってたよ。って。ホントにびっくりして、でもホントに嬉しくて。思わず、私がこういわせてるんだろうか?・・・と思いました。ホントのところはわからないけど、信じてみよう。素直にそう思います。次女を産んだ時の事もこう話してくれました。窓の外から、おーしゃん(お父さん)と、かっか(私の母)と、ひかると、おねえちゃんとで見てたんだよ。って・・・。確かに、息子は次女を直接見ることができず、窓越しに見ていました。その他いろんな事を話してくれるようになりました。「お姉ちゃんは、ひかるって名前で呼んでくれるんだよ。」とか、「みなみを見たとき、お姉ちゃん笑ってたよ。」とか。こういうのを信じない人には、私はおかしな人に見えるんでしょうが、私は息子の言葉を信じたいですね。
2008.09.03
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皆様、本当にご無沙汰しております。気がつくと、本当にお久しぶりですね・・・。そんな間に、すでに下の子も5ヶ月を迎えました。相変わらず、毎日ハードですね。3年前の昨日、とっても思い出深い日だったことに気がつきました。そう、息子の手術のために大阪に行き、無事に自宅へと戻ってこれた記念日です。息子の病気を告げられた日は、何もできず泣くしか出来なかったのに・・・。関空から飛行機に乗り、地元の空港に無事に着いたとき、すごく安心したのを今でもはっきりと覚えています。もちろん術後の不安はとても大きかったし、主治医がいなくなると聞いてたからホントにこわかったなぁ。それでも今こうして息子が元気でいてくれるのは、主治医にめぐり合いそしてK先生に会うことができ手術してもらえたからでしょうね。最近の息子は、いつか自分が立ち歩けると信じているようでとてもつらいときがあるのは事実だけど、でも長女の事を考えれば・・・、幸せです。息子は最近私に似てると言われるようになり、なんだか不思議です。嬉しいけど、私からすると「旦那似」だと思うけど・・・。でも素直に嬉しい。次女は、完璧「旦那」ですね。とは言え、長女に似ています。クルクル天然パーマ、毛先の茶色い感じ。似ていないのは、「斜視」「色黒」でしょうか。本当に何もかもが似すぎていて、幻覚を見ているように感じることもあります。心臓病が無かった事は、素直に感謝です。汗は多いけど、毎日元気に泣きミルクを飲んでいます。おかげで体重はすでに8キロ弱と思われます。汗息子も18キロ弱出し、抱っこが大変です。もちろん、お風呂も大変。毎日の事だし、ま、親に痩せろ!!と言う事でしょうか・・・。爆そんな私は、なかなか痩せません。でも、頑張っています。夏はこれからだし、息子は外遊びが大好きだし、しかも次女もいるし・・・・。お父さん不在ですので、全て一人で頑張っていますよ。だからどうか、結果に出ますように。笑
2008.07.13
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念願の第3子、ついに生まれました。子宮口が開いたままで不安だったので、しつこく訴え続け予定日に「誘発分娩」で次女の「みなみ」を出産しました。陣痛から1時間半の「超安産」でした。今は息子の赤ちゃん返り?反抗期?と戦いながらの毎日です。今のところみなみは、手のかからない子です。そして昨日は、里奈の命日。法事じゃなかったので、ひっそりとやりました。里奈にみなみを報告できて良かったです。顔は里奈に似ていて予想通り「旦那」の顔でしたが、今回は3人目にして初の私と同じ血液型でした。お家に帰ってきて、じっくりとみなみをみてくれたのかな?とのんきに考えていた私です。遺影に向かって、「里奈の妹だよ。あんなに欲しがってたよね?」と話しかけました。今ここに里奈がいたら、もっと幸せだったんだろうなぁ。
2008.02.11
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トラブル続きの私ですが、どうにかPCに向かってる私です。そしてコメントをくれた方々、返せずに申し訳ありません。前回のあとも多々あった私ですが、どうにか危機を乗り越えて9ヶ月に入りました。泣一時は「中毒症」と診断された私でありますが、どうにか「中毒症」を抜け出し、「膀胱炎」だと言う事がわかりました。本当に良かったです。しか~し、油断は出来ません。先生に釘をさされました。と言うのも、「蛋白と出血は膀胱炎みたいだけど、腎機能が落ちていた事が考えられるから油断しないで減塩食にしなさい!」と・・・。でも、私の中では気が楽になったのは確かです。外食などはもちろん、こわくて無理です。そして先日、ようやく性別判明しました。そう、予想通り「女の子」でした。ようやく見せてくれた赤ちゃんに感謝です。里奈に似てるかも・・?!と思うと、正直嬉しいです。とは言え、息子も旦那=里奈に似てるからあまり変わらないかもしれないけど。笑ま、何が嬉しいかと言うと、とにかく嬉しい。相変わらずお腹の張りはあって薬は手放せないけれど、まずは中毒症から抜け出す事が出来てホントに嬉しい。そんな息子も、通園施設の週一の「単独通園」デビューしました。私が車で送って行きわかれるときも涙一つも見せなかった。車で出発した時のさみしげな息子の顔を見たとき、何故だかじーんときた。先生に抱かれてバスに乗り込むとき笑顔だったのに、あのさみしげな表情。なんともいえなかった。こうやって一つずつ大きくなっていくんだね・・・。自分の時間が持てるのは良いことだけど、なんだかさみしい。本当は、こっそりのぞきに行きたかった。爆・・・でも、ばれるもの。笑
2007.12.06
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そんなわけで、かなり長い間ご無沙汰していました。訳を話すと大変長くなります・・・汗と言うのも、7ヶ月に入った頃からお腹の張りが多々感じられるようになり、先生に相談したところ、「子宮口がやわらかくなってきてるね。今出てきても困るから薬出します。張った時や忙しくなりそうなときに服用してください。」こんなのは、初めてですよ。何がつらいって、階段の上り下り、お風呂、移動・・・。私と息子は一心同体。そして、お父さんの職業柄息子のお世話のほとんどを私がしている。親だから当たり前なんだけど、正直想像以上に大変でした。でも、息子は赤ちゃんを楽しみにしてくれている。暇さえあればお腹をさすりにきます。笑ま、これが幸せなんだけど・・・。そして、張り止めを飲んだら・・・、苦しい・・・。動悸が・・・、しかも手も震える。先生に相談しても、「飲むしかないです、じゃないと出てくるよ。我慢してください。」そう、気を紛らわせながら服用している。が、動悸は気がつかないふりでも少し苦しいし、手はプルプルが止まらない。笑正直、飲むのが億劫になって少しの間服用しなかったら、またまた張りがきつくなってきた。立ってる時は当たり前だけど、特に洗濯物を干す時、ゴミを投げに行く時などがきつい。そんなことがあって、実家に身を寄せる日が続き、息子のリハも休みがち。それからもトラブルが続き、挙句の果てには膀胱炎・・・。残尿感もあり、痛みもあり、おまけに出血。一気に尿蛋白が、2+、血も混じり・・・、抗生剤をもらった。数日後尿検査に行くと・・・、「薬を飲んでるのに効果が出ていないし、蛋白も多いから妊娠中毒症!!!!!だよ。どうするの?赤ちゃんも、お母さんの命も危ないんだよ。油断せずに、減塩食にして。」と、怒られまくりました。今度の検診は28日、正直怖い。そんな私は、自宅で尿検査できる試験紙を薬屋さんで購入。毎日検査してる。お蔭様でここ2~3日蛋白は出ていない。でも、素人判断だからわからない。排尿後の痛みがなくなったあたりから、蛋白が出なくなった感じ。「もしかして、薬が合わなかったから効かなかったのか?もしくは、中毒症じゃなく膀胱炎?」と勝手に考えてる。爆もちろん、油断はしないように塩分には気をつけてます。(ちょっとは気を抜いてるかも??笑)本当に中毒症じゃなく、膀胱炎だけならいいんだけど・・・。泣そんなお腹の子は、未だに性別が判明していない。エコー中は、上手に隠してる。ま、女の子っぽいとは言われたけど、産着さえ買えずにいる。本当は、お腹が張って動けなくなる時期の前には買いに行きたいんだけど・・・。うちの子はみんな隠すのよね。息子の時も9ヶ月くらいまで見せてくれなかったし。またそんな感じかな・・・。やっと30週に入ったし、37週に入った途端に産みたいなぁ。ま、元気ならいいんだけどね。
2007.11.23
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いろんな事があり、ものすごく放置してばかりの私ですが、ついに7ヶ月に入りました。お腹の子も元気に動き回り(?)と言うか、毎日グニュグニュ動いています。こんなに元気なんだから、生まれてからも元気だといいなぁ。と、のんきに考えてる私です。つわりも落ち着いたはずなのに、時々ムカムカして気分が悪い日もありますね。でも、体重は順調に増えつつあり、要注意しなきゃいけない状態です。爆そんな私も明後日には検診です。私だけじゃなく、アカチャンが大きく育ってるといいんだけど。ちょうど一週間前、かなり複雑な出来事がありました。私の通院してる病院に行ったときのこと。障害者用のパーキングにはほとんど駐車できずにいる病院なのですが、その日はラッキーなことに障害者パーキングに駐車できることが出来ました。車椅子のの息子を危険な目にあわせることなく乗り降りできることから、私はすごく嬉しい気分で車を降りました。で、用が終わり車へと急ぐと・・・・・、なんだかタバコくさい。思わず、「くさい!」と言ったんだ。私はそんなことをぶつぶつ言いながら助手席側から後へ回り、息子を車に乗せたあとそのまま車椅子をトランクへと片付けるつもりで後方へまわった。タバコくさいはずだった。うちの車のすぐ後ろで、見知らぬおじいさんがタバコを吸っていた。でもそのままだと車椅子を片付ける事が出来ない。トランクさえ開く事が出来ないくらいすぐ後だったのでおじいさんに言った。「ちょっとどけてくれる?」その問いかけにおじいさんは、「なんでどけなきゃならないんだ?」私「・・・・・・・・・・・。」一瞬、理解が出来ずにボ~っとした。その一言に腹がたった。私の言い方が悪かったのかもしれない。でも、病院の敷地内ではタバコを吸えないことになっている。そう病院で決まってるのに。私も、元は喫煙者。もちろん、吸いたい気持ちは良くわかる。でもね、だったら尚更開き直るんじゃなく、気をつけなきゃ。その病院は駐車場のすぐ後ろには公園のような散歩コースもある。もちろん、そのやりとりはその後も続いた。腹が立ち通しだった私は文句を言った。あまりにも腹が立ってなんと言ったか覚えていないけど。病院に携帯で電話すればよかったとか。あとで思いついたが遅かった。第一、あの病院が親切な対応をしてくれるとは思えない。実際、障害者のパーキングの事でさえ取り合ってくれないんだから。結局は、他人事。誰だって、自分がそういう立場に立ってみないとわからないとことが多い。息子が障害を共にするようになる前だって、身障者のスペースに駐車したことがないのに、周りを見ると今は元気そうな家族連れ、悪天候の時など当たり前のように駐車する人たち。それを見ると、ものすごく嫌な自分になる。「あんたたちも、障害者になれ!」と・・・。元気な人たちにも、少しの優しさがあればいいのに。気がつけない人は、頭がかわいそうな人。そう思うようにしてる。けど、やはり腹立つ。
2007.10.15
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早いもので、明日で22週を迎えます。前回の検診で先生に「おまたをうつしてもらえますか?」等と先生にリクエストし、「まだわかんないと思うよ。」と言われ、見ても「横になってて足を伸ばしておまけに組んでるから、見えないね~。」と言われちゃいました。確かに、まっすぐに足は伸びてて組んでいました。帰宅し、息子のエコー写真と見比べました。な・な・なんと、時期は違えど、おまたを写した同じポーズの写真がありました。良く見てみると、まったく同じです。その瞬間、「男の子だ!!!」と、直感しました。ま、素人判断なので確信はもてませんが・・・。汗でも、私の中では80%以上男の子です。正直、またまたガッカリです。里奈の死後、女の子を希望してたんだから。頭ではわかってるんだけど、女の子を産んだら里奈に似てるかな?なんて、思っちゃう。でも、男の子である息子も最近は里奈にそっくりです。兄弟ってすごいね。性別の違いはあっても、どんどん里奈に近づいてる。ふとした瞬間のずるい笑顔、ふてくされている顔、いろんな表情が里奈を思い出させる。あの子は確かに存在した。たまに、あの子のいない生活が許せない。何年経ってもそう思う気持ちは変わらない。里奈のことを知らない周囲がたまにつらい。気がつくと、そんなことを考えている。この間も、夢の中で最初いたはずの里奈がいなくなって、必死に探してるけど見つからない。夢の中で自分は「あの時手をつないでいたら・・・。」と、悔やんでた。悔いなんて、きりがないほどある。お腹の子は、毎日良く動く。胎動が気になるくらい、動きすぎで元気そのもの。旦那が休みだったから、実家の海に釣りに行ってきた。「チカ」と言う小さな魚が良くつれた。最初は息子をくるまに待機させ、親で楽しんだ。けど、厭きてしまった息子を車椅子に乗せ、旦那が釣りをさせたら息子は楽しそう。私が釣れなくなったが、息子はすごくつれた。日も傾き、寒くなってきてるのに帰りたがらなかった。確かに、つれるとおもしろいもんね。そんな私は、ヘルニアからくる足の痛み(坐骨神経痛?)+筋肉痛で昨日は大変でした。今日はかなり良くなったけど、おもしろかったし「ひかる、また行こうね^^」
2007.09.26
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昨日の朝早く、息子の母子入院先の先生から直接電話をいただきました。早い話がその電話の内容は、術後3ヶ月かかるのでそれを待ってたらお母さんの臨月にかかってしまうので無理。と、言う内容。納得が出来なかった私は思わず、「周産期はどうなんですか?」と聞いたら・・・。「実は、オープン予定は変わっていませんが、未だにオープンしていなくいつオープンするかも決まっていない。」と・・・。10月から母子入院だと思ってた私は、全て予定が狂い少々腹立たしい。と言うか、本音を言うと、かなりいらっときてる。爆だってね、最初からわかるよね。どんな手術をし、そうしたら術後にどのくらいの期間を要するのか。それならどうして9月初旬に連絡してくれなかったのか。病院自体が新設なんだから、忙しいのはわかる。私は、母子入院の問合せで9月3日に電話を入れて質問までしてる。なのに、今さら何故?今まで信用してたのに、なんだか良くわからなくなったのが本心。出産してからの母子入院になると思うと、正直気が重い。息子の幼稚園入園も計画倒れ。来春から入園させたかったのに。息子の将来に不安を感じる。同じ年の子たちと上手に友達になれるだろうか。排泄の面で不安な事が多く、3歳から入園させあの子は足が不自由でオムツをしているから多少においがしても仕方がない子。と、周囲の子供たちにわかってもらうことが一番の目的だった。子供は素直な分、時には残酷。オムツが取れてる年の子の中に入って「くさい。」と言われたら傷つくんじゃないだろうか。胎児診断も出来なくなり、なんだかホッとしたような気が抜けたような・・・。難しいね。
2007.09.21
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今日リハビリの帰り道、用を足しながら買い物に寄って帰宅しました。良く行くスーパーでの事。そこは以前から、健常者が何食わぬ顔で当たり前のように身障者パーキングの利用をするスーパーで、私自身本当に利用したい時には無理なときが多いお店でした。それで何度かクレームをつけてた私ですが、そうこうしている内に三角の帽子みたいなのでそれをよけなければ駐車できないようになりました。そんな状況の中、私はいつもそれをよけて駐車し、買い物が終わったあとはまた元に戻し帰宅していました。今日もそんな感じで正直「面倒だなぁ。」と思いながら車に近づきました。そしたらふと見ると、隣の身障者Pに一台の車がやってきました。そのとき、内部疾患のマークが私の目にとまり、良く見ると私の母よりも年配のご夫婦の奥様が車から降りようとしていたので、「よけますよ!」と私は言い、よけました。おりてきたご夫婦と自然と話をしたら、同じ不満を持っていました。「最近は、元気な人ほど身障者Pを使っている。」「元気な方たちも障害者のマークを貼って、ここをつかってる。」などなど・・・。もちろん、見た目ではわからない障害の方もいる。障害者のマークを市販していたら、簡単にどんな人でも利用出来てしまう。以前このブログで情報を得たように、市販などせず障害者手帳を持ってる人のみ買えるようにして欲しいと、心からそう思う。障害を持ってる方もそう、きちんと車に「マーク」をつけるべきだと思う。そんな話をし、そのご夫婦と別れるとき、私の車が出たあとその三角のやつを戻してくれた。それが嬉しくて・・・。私自身最近は、お腹が出てきたこともあるしそれに伴い大きい車に変えたこともあり、三角のものをどけるために、車を停めて降りそれをよけ、また車に乗り駐車する。帰るときはその反対の動きで帰っていく。その繰り返しなので、正直その不便さが大変でならない。私の通院してる病院も、身障者のPがあるのに活用できていない。意見箱に投函しても、取り合ってくれない始末。言われる事はいつも同じ。警備員がいるのに、いつも車が駐車されてる。そんなだから、車が行きかう道路の方に車椅子を置き、息子をその場で車椅子に乗せ変える。車の間になんか、狭くて子供の車椅子さえ置けない状態。これで息子が車にひかれたら・・・。そう思うと、ゾッとする。警備員に直接訴えても、「病院にそこまで指示されていない。だから管理は出来ない。」そういわれた。意見箱に投函したのだって今年の6月なのに、病院側は選んでいるらしく(掲示板に貼り出す)一向に私の意見ははり出されていない。都合が悪いことは隠す。なんてわかりやすいんだろ・・・。元気な人がもう少し不自由な人の事を考えたら防げる事なのにね。あーあー、今日も愚痴っちゃった。やっぱり、「はいはい道新」載せちゃおうかなぁ。笑(道民のみわかる話よね・・・。)でも今日は、話のわかってくれるご夫婦と話せて嬉しかった。
2007.09.13
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皆様、ご無沙汰しております。私の方は忙しく毎日を過ごしておりました。今週半ばには6ヶ月を迎え、お腹の子は毎日「ピクピク」動いております。それと同時に、今までの妊娠中感じる事がなかった「お腹の張り」をすでに感じるようになりました。以前のような「強い痛み」はここしばらく感じてないけど、お腹が苦しい感じが3度目の妊娠で今までにないくらい頻繁に感じるようになりました。そして本音を言うと、「胎児診断」がこわい私です。もし・・・、もしも・・・、もっと重い心疾患が見つかったら・・・。そう思うと、「やっぱ、胎児診断やめたいな・・・。」正直そう思います。最近は、息子の手術の時や検査の時の資料を出し、手術の危険度、後遺症、その当時の息子の様子などなど思い出してしまいます。今当時の事を思い出し、こんなことも言われたな・・・。とか考えながら読み返しては、元気になってくれた息子を見て涙が出ました。今でも思い出すのは、息子の病気が告げられたとき。もしかしたら、あの時の気持ちと同じ気持ちになるかもしれない・・・。そう思うと、本当に切なくてこわい。病院からの帰り道、泣きながら函館新道を運転してきたことは覚えてるけど、実際はどう運転してきたかなんて思い出せなかった。あの時はホントにつらかった。もう、あんな気持ちは味わいたくない。神様、どうか元気な子ですように。今はそう、祈るしか出来ない。そして、息子の手術がうまくいきますように。でも、母子入院の準備もしていない。どうしよう・・・。汗噂によると、母子入院は10月・11月共にたくさん予約が入ってるらしく、大変そうだなぁ。今日は、里奈の月命日でもあり、里奈のお骨の中から「結婚指輪」をかりてきました。そう、息子の手術の備えて「お守り」として指に入れていきます。お参りの際、お骨を抱っこするせいか、指輪は埋もれそうになってた。それと同時に、「時間の経過」を痛感させられたのも事実。月日が流れるって早いなぁ。
2007.09.10
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お父さんが2連休とれたので、遠出してきました。しかも「目的ののない旅」最初は長万部で昼食をとり、今度は日本海側を通って小樽で寄り道。ウィングベイを通り過ぎ、なぜか「ダイソーが見たい!」と言う旦那の意見を取り入れ小樽のダイソーに。そこで少し休憩しながら、ゆっくりお店をまわった。その後は、来月息子が入院する予定の病院へ偵察に。新しいってきれいだなぁ。と思ったのが、素直な感想。あとは無事に手術が終わりますように。祈そして、お腹の子が心疾患ではありませんように。祈今のところ、お腹の子は元気そのもの。5ヶ月に入ってすぐに感じたのは、「胎動」で間違いなかったらしく今では動きは弱いながらも動いている。5ヶ月に入ってからというもの、元々太ってる私のお腹は急成長した。泣周囲の人たちに、「大きくなったね~。」と言われるが、少々傷つく。だって・・・・・・・・、赤ちゃんじゃなくて、自分の余計なもの。汗この「大きくなったね~。」と言う言葉がきつい私です。爆話はずれちゃったけど・・・。その後、雑誌を購入し晩ご飯を探した。お腹が空きすぎて多少具合も悪くなったりしたけど、「しゃぶしゃぶ」を食べて復活した。笑その後もウロウロし、恵庭の道の駅で車内泊。少々寝ずらかったけど、私は何とか寝れた。ただし、お父さんが一番大変そう^^;だったなぁ。あ、そうそう、小樽に行く前に仁木町でも休憩し息子を車椅子で遊ばせたなぁ。たかだか一昨日の事なのに、忘れてる。汗そして翌日、近くのマックで朝食。ホントはね、道の駅の中のパン屋さんで買いたかったけど、空腹が限界を超えたから・・・。こんな感じで寄り道しながら、函館にはない「ジャスコ」「アカチャンホンポ」などなど寄りながら、帰り道は北湯沢でディナーバイキングを食べ、洞爺の花火を見帰宅しました。疲れたけれど、楽しかった。本当はね、もっともっと遠くまで行きたかったけどさ、却下されたのよ。2日しか休みが取れなかったからね・・・。そんなお父さんはさっき仕事に行きました。疲れがとれてないかもな・・・。汗
2007.09.02
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なんだか最近お腹が大きくなったせいか、張ってるような気もする。んだけど、良くわからないのが本心。ただ、お腹周辺が楽ではないのは確かだ。3度目の出産に挑むのに、人生いつも出産ばかりしてるわけじゃないからやはり忘れる。と言うか、思い出せない。頭が悪いせいだろうか・・・。汗冗談はここまでで、検診の前の晩、数秒動けないくらいの痛みを下腹部に感じた。痛みはたぶん数秒でおさまったんだけど、あんな痛みは初めてで気になったからこそ、産科の先生に聞いてみた。「頻繁に痛くなるようなら、張り止めのむことになります。そして、次回あたりから鉄剤内服に入ります。」と言う事は・・・。また便秘がひどくなるなぁ。気にしすぎなのかなんなのか、昔から鉄剤飲むと便秘気味になるし。秋の息子の手術入院に向けて、出産の準備もしなきゃいけないし・・・。やらなきゃいけないことがいっぱいだよ。22週末で入院し、30週に退院予定。ホントに体が(赤ちゃんが)もつんだろか?できれば、間にちょこちょこ帰宅もしたい。自分も安定していなきゃ、母子入院は無理。息子一人だけの入院は絶対にイヤだ。どうしよう?どうしよう?どうしよう?早産・中毒症だけは絶対に避けなきゃ!厳しいけど、今が踏ん張り時^^
2007.08.27
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24時間テレビを見ていて、障害を持った方の頑張りが心に響いています。そんな中、息子に聞いてみた。「動かないのはどっち?」そうしたら「こっち!」と、笑顔で指を指す息子。正直、なんともいえなかった。今までは、「いつか・・・、なんでひかるの足だけ動かないの?」と、聞かれる日が来る。そう思っていたけれど、私が聞いた言葉の意味を理解できるくらい成長した事と、小さいながらにも自分の体が自由に動かせない=他の子と違う。と言う事をわかってる息子に、じーんときた。息子の障害を通し、いろんな事を痛感させられた。もちろん、これからもたくさんの事にショックを受けたり涙が出そうになったりするだろう。些細なことでも涙が出るし、当たり前の事でも感動できる。きっと私は、前世はかなりの悪人だったんだろうなぁ。爆お腹の子供は5ヶ月に入り、つわりでまだたまに吐いてしまうけど、安定期に入りまずは一安心。でもまだ、胎動は感じず・・・。汗胎児診断の件も、考えれば考えるほどこわい。「今度こそは、元気な子供でありますように。」常にそう思う。今のところ恐れていた体重増加も抑えられている。つわりで減った体重も越えていない。汗でもでも油断は出来ず、頑張ります。笑そんな我が家は、只今息子と「クワガタ」を飼育中。「アカアシクワガタ」らしい。幼虫はイヤだけど、この間「交尾」を目撃し、育ててみたい!!と正直そう思った。なので、只今奮闘中。笑産卵木を水に浸しています。そして明日が来たら、自らあげ陰干しの予定。ただ、排尿が激しくて拭いても拭いてもケースは汚い。もう放置してるので、バッチィ。爆上手な飼育方法をご存知の方、良いアドバイスください。
2007.08.19
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皆様、ご無沙汰しております。先ほどの放送、真剣に見ました。そして、私自身「半信半疑」ですが、共感できる事もたくさんありました。里奈を亡くしてから、夢の中でさえ数回のみしかあえていません。話を聞いていると実母の方が多い感じに不思議でした。が、今回の放送を見てわかったような気がしました。母には言われていました。「夢に出てくると、あんたが心配するからさ。」その言葉に今なら納得できるような気もしました。里奈の死後自分を責め続け、生きてる自分さえ許せなく、ましてやすぐに授かった息子の妊娠さえ受け入れられずにいた私を里奈はどんな思いでみてたんだろう。今なら素直にそう思える気がする。息子の妊娠もきっと里奈が授けてくれたんだよね。江原さんに里奈の情報を教えて欲しい。心の底からそう思った。以前、地方の番組に江原さんが出演してた時に応募したんだけど、やはり無理だったんだよね。だめもとでもう一回応募してみようかな。どうしても・・・、里奈の声が聞きたい。里奈の考えが知りたい。「どんな子でも大切に育てる。」と決めた。と言っておきながら、最近すごくこわくなっちゃって。もしも、もしもものすごい病気だったら・・・?って、思っちゃった。胎児診断する事に心の変化はないけれど、こわいな~。でも、強くならなきゃ。今はただただ、自分にそう言い聞かせてる。悩んでても、苦しんでても、赤ちゃんは大きくなってるんだし。前向きに行くしかないよね。
2007.08.07
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皆様、ご無沙汰しています。そして、コメのお返事遅くなってしまってごめんなさい。先日通園の施設より重大な発表があり、少々戸惑ってる私たち親子です。と言うのも、息子が通い始めて早2年を迎えようとしていたところ、ずっと担当してくださっていたH先生が退職と言う事実を知りました。正直、とても戸惑っています。そして今日、とうとう息子の最後の訓練が終わりました。最後だったので、私も一緒に訓練室に入り息子の訓練を見ていました。(いつもは息子一人で訓練に励んで、私は他のママさんとおしゃべりしていた・・・。爆)そうしたらH先生が、「ひっかは、最初ここに来た当事うつぶせも出来ずに泣いてたね・・・。」などなど、たくさんの子供たちの先生なのに、覚えてくれていたことが嬉しくて・・・。こんな感じで時間はあっというまに過ぎ、最後に「ひっかも頑張って、お母さんも元気な子供を産んでください。」といってもらいました。涙もろい私は、思わず涙がこぼれそうになって・・・。涙が出ても、先生が困るだろう・・・。と思って、こらえました。そんな明日は、先生のお別れ会。たぶん私は、泣きます。今までひかるが成長できたのは、他の先生方をはじめH先生のおかげだと思っております。本当に子供たちに優しく、いつもあたたかく見守ってくれた先生に感謝です。立つ姿・歩く姿をH先生にみてもらえないのはとても残念です。ひかるの頑張ってる姿を見てもらえないのはとても残念だけど、本当にお世話になりました。本当にありがとうございました。
2007.07.12
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鉄剤の注射も残すところ1本となり、明日で終了予定です。そして以前耳にした「桃太郎」の正体が明らかになりました。笑それは・・・、赤ちゃんの大きさ、週数などをいれ、予定日などと照らし合わせるルービックキューブのようなもの。と聞きました。なんだか、すっきりしたものの・・・、その「桃太郎」を見ることが出来なかったので、少々残念でした。私が通院してる病院は建て替えたばかりで今年いっぱいの分娩予約が決まってるみたいですが、どうにか私も1月予定日と言う事で予約をすることが出来ました。きれいになったので、病院も混むんだね~。息子のときなんて、立て替え中の仮の建物だったなぁ。ま、別にイヤでもなんでもなかったけど、ただ陣痛室待機だった私にはテレビがなくさみしかった思い出がある。今度は37週に入ったらすぐにあいたいな。息子は、頑固で全然生まれなかったし。ま、破水から2時間半で生まれた「超安産」だったけど。今度もそうなれば良いなぁ。ま、息子の足の手術も決まり、10・11月と札幌に母子入院が決まりました。妊娠が安定していないと「母子入院」は不可なので、早産にも中毒症にも気をつけなきゃ。その間に私も「胎児診断」希望で頑張ります。
2007.07.05
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いろんなものがある。今は大分慣れた、「C病院」を見ること。ドリカムは好きだけど、「やさしいキスをして(だったかな?)」これは、未だに受け付けない。里奈が入院した日の夜、「砂の器」(城?)だったかな?スマップの中居君が主演で出てたドラマの歌に使われていた。あの歌は、私の記憶をよみがえらせる。偶然有線などで流れていた時が、つらい。そんな今日、なんかショッキングなことを耳にした。里奈の主治医である先生が結婚するらしい。正直、私の中でひどい事が思い浮かんだ。「先生の子供も、同じ病気なら良いのに。そしたら、心臓病児を持つ親の気持ちがわかるんじゃないか・・・、子供を失った親の気持ちもわかるんじゃないか・・・。」思わずそんなことを考えてしまった私は、「鬼」だね。ここまで心が曲がってしまった。もう少し、親身になって対応して欲しかった。そんな気持ちが離れない。親身になってくれていたら・・・、「最悪の事態」は、免れたんではないだろうか・・・。他の病院では、血や水がたまったら手術してでも取り除いてくれるのに、里奈のときは水分制限と利尿剤プラスのみ。これじゃ、脳梗塞も起きるっつうに。里奈は実験台ではない。私らの大切な子供だった。他のママさんからきいたのは、小樽の病院で手術したら術後に血がたまり、電話で親の確認を取って手術をしてくれた。と・・・。国循でも、PICUでそれらしい処置をしてたのを見た事がある。あそこの病院は、小児の心臓血管外科医がいないから無理だったの?未だに納得がいかない。手に負えないのなら、はじめからやらないでととのった病院に送って欲しい。本当にそう思う。実にざんねんだし、腹立たしい。
2007.07.02
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本日、検診でした。ドキドキしながら内診室へ。「もし、前回みたく心拍がなかったら・・・。」そんな不安が大きかった。けど、先生は「おー、大丈夫だね。しっかり大きくなってるよ。心拍も確認できるし^^」その一言に、じーんときました。そしてエコーの画面を覗いてみると・・・、確実に大きくなった赤ちゃんがいました。心臓の動きを確認し、動いてた気もしますが正直覚えていない。とにかく、嬉しかった。予定日も「多分変動するかも?」と言われながらも、来年1月末日です。現在、8週後半。思ったより進んでて嬉しい私です。一つだけ、気になった事があります。予定日の話だとかを聞きながら先生は、「桃太郎、桃太郎がない。看護士さん、桃太郎知らない?」と聞いてた先生。「桃太郎」って何?爆ま、それは良いとして(気になるけど)前回4ミリしかなかった赤ちゃんは、な~んと1.7センチまで育っていました。こっちは具合がかなり悪かったのに、やはり子供は育つのね。まずは、一安心の検診でした。今度も2週間後。今日は、母子手帳ももらってきました。うちの市は、真っ赤なキテイちゃん。男の子だったら・・・。と思うと、少し複雑です。が、まずは良いかぁ。笑
2007.06.25
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本当に今、つらいです。子供のためとは言え、つわりがきつくなってきました。トイレに向かう回数も増え、かなり涙もろくなってます。こんなに頑張ってるのに、良くならないなぁ・・・。とか、こんなに頑張ってるのに、心臓病の子だったらつらいなぁ・・・。とか。好きなコーヒーも我慢し、吐き気と闘ってる。おかげで2キロは確実に減りました。こんなつわりからすると、「男の子」でしょうか・・・。息子の時も、里奈を亡くして間もなくのせいか、つわりがきつく1週間も経たずに3キロくらい簡単に落ちました。でも、結局水も受け付けなくなって、さらに頭を浮かせる事も困難になって、ようやく一人で点滴してもらいに通ったなぁ。あのときの事を思い出すと、つらくて涙が出る。息子の妊娠を受け入れることが出来なかった。つらかった。生きてる自分が許せなく、自分に腹が立った。今はそんなことはないけれど、なんだか涙が出る。もし今度、そうなったら・・・。そう思うと不安。歩けない息子を抱きかかえ、車を運転し病院へ行けるだろうか?旦那も仕事なら、私はどうしたらいいんだろう?ダメだなぁ。精神的に弱ってる。なるべく気分転換をかねて、外出をしてるんだけど、具合が悪い時は何をしてても悪いんだもんね。あー、頑張らないと。
2007.06.23
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毎日つわりに悩まされています。正直、しんどいです。調子が良い時間帯はほとんどが午前中ですが、そうとも限りません。お蔭様で体重もわずかですが減りました。(どこから減ったかわかりません。爆)昨日は主治医を受診してきました。そのときに、今回の件で相談にのってもらっていたので、私たちの考え方を報告してきました。と言うのも、息子の足の手術の入院中に「胎児診断」してもらおうと思ってる。と言う事。大切よね。お腹の中のうちから病気がわかるのは正直つらい事も多いけど、でも生まれてからの心の準備も出来るし、万全の体制で出産できるもの。「でも、もし病気が確定したら・・・。」という不安もある。難しいよね。ヒトのココロはむずかしい。でも、決めたんだ。強くならなきゃ。今までもいろんな事あったし、命さえ助かれば頑張れるよね。そう言い聞かせてる、自分がいる。「きっと、大丈夫。」プラス思考になれないから、「大丈夫」と言う言葉にすがってる私。「3度目の正直」そんな言葉が本当に確実ならば、願いは叶うはず。うちにばかり悪い事は続かないよね?
2007.06.20
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先々週の水曜、あることが発覚しました。予想もしなかったこと。戸惑う事も、信じる事も出来なかった。ただただ、「夢かな?」な~んてのんきに思いました。そうなんです。第3子を妊娠しました。でもでも、まだまだ安心できません。最終生理を覚えていない私には、予定日を出せずにいます。計画的ではなかったので、今いろんな事を考えさせられています。先週の水曜で多分6~7週位かな?と、お医者様に言われたんだけど、心拍が確認できていません。流産とは無関係!なんて思ってた私も、流産の経験があります。だからこそ、少々心配です。無事に心拍が確認できるまでは、周囲には内緒にしてるんです。どうなるかわからないから。ま、ここでは「リアルなお友達」は限られてるので、話しちゃいましたが・・・。汗とりあえずは、具合の悪い私です。妊娠が発覚し、息子の主治医に図々しくも「胎内診断できますか?」な~んて、聞いちゃいました。やはり、今までの事を考えると気になります。お父さんも、すごく心配しています。私は、心配し疲れました。だから、今自分に出来る事をし(タバコをやめ、良いということを現在頑張っています)、どんな子でも、自分の子だから一生懸命育てる事を誓いました。里奈のこと、息子の事、いろんな事を乗り越えてやっと学習できた事。それは、どんなに過酷でも親は代わってあげられない。だからこそ、いましてあげれることをやってあげよう!素直にそう思えました。もしも、無事に生まれてきてくれてまた「心疾患」だとしても、この子にとって良い病院を探してあげるつもりです。里奈に叶えてあげられなかったこと(兄弟との生活)を、息子に叶えてあげれると思うと、ちょっぴり不安より期待の方が大きい気がします。今ここに里奈がいてくれたのなら、もっと幸せなんだけど・・・。まだまだ今は、つわりで具合が悪いけど、息子と一緒に気分転換しながら乗り越えようと思う。神様はどこまで意地悪かわからないけど、我が家にはもう十分試練を与えたよね?そろそろ普通の子を授けて欲しい。と、正直そう思います。結局親は欲張りだね~。どうか、どうか、次の検診までに「心拍」が確認できますように。でもほんとに、ムカムカして具合悪いです。こんな日は早く寝ます。
2007.06.17
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今日もありました。実に嬉しい事。とても単純な事だけど、場所も考えずにじーんときました。夕方からある人のお見舞いへ向かってた私と息子。その前に買い物していこう!と思って、お店へ。いつもの通り厳しい口調で怒る私。でも、慣れたのか?それともお店の中では怒られないと思っているのか、言う事を聞かない強気の息子。(いつも怒られてるのに、学習能力ないんか?爆)そんな感じで店内をウロウロ。そんな時、一人のご夫人に呼び止められた。婦人「車椅子は、怪我か何か?」私「いいえ、病気の後遺症で一生歩けないんです。」婦人「あら、ご苦労様!頑張ってね^^」と、そのご婦人は笑顔で立ち去りました。そんな些細な事でしたが、私にとってはじーんときました。ジロジロ見られるより、ストレートに聞かれたほうがこっちとしても気分が良い。きっとでも、周囲の人は「聞いちゃいけない。」と思ってるんだろうなぁ。そんなことないのに。息子の事も、里奈のこともどんどん聞いて欲しい。だって、他の子と何も変わらないんだもの。ジロジロ見られることなんかより、さりげなく接してくれることの方がどんなにうれしいか・・・。視線の方が傷つくことがある。きっと、私の方もバリアを張ってるんだろうな。汗
2007.06.11
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今日、団地の敷地内にある公園にデビューしました。そうしたら小学校中学年くらいでしょうか?一人の男の子が近づいてきました。と同時に「どうしてそれに乗ってるの?」と。その応えには、「病気で歩けなくなったんだよ。」といったらその子は駆けて行って、家の中の人と話しています。そして、私たちの元に戻ってきた途端「足がないの?」と・・・。それにはさすがの私も、表面で笑って心では切なかった。「子供は素直すぎる分時には残酷」とわかってたはずなのに、結構ショックを受けました。仕方ないよね。ただ、家の中の話してた人の事が気になります。子供ならば「仕方ない。」で済ませるけれど、もしそれが大人ならば・・・。わかんない事を考えても仕方ないし、今回は忘れます。でも懲りずにこれからも、車椅子デビューします。周囲にも慣れて欲しいもの。最初はね、ものめずらしさも覚悟のうち。でも、慣れたらきっと普通に接してくれると信じて頑張るさぁ。公共の場はもちろん、障害者用のパーキングのマナーの悪さも相変わらずです。本当に腹立たしい限りです。買い物に行っても意味がないし、お店に訴えても何も変わらないのが現実です。何とかならないものですかね?シャキッと歩いてるご老人も、若いご夫婦も、子供づれのママも、当たり前の顔で駐車しています。どうして良心が痛まないんでしょうね・・・?まったく不思議です。とまあ、いつものグチになってしまいましたが・・・。汗
2007.06.10
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昨日はやめて、今日車椅子の方々の「バスケ」見てきた~。当の息子も最初はね、こわがってた。あの迫力に・・・。(たぶん?)でもね、少しずつ少しずつ慣れたみたいで・・・。そして運良く、決勝戦が見れましたぁ。そして、函館のチームが勝ちました。車椅子の方々のバスケの試合、感動しました。なんていうのかな?正直、はじめは驚きました。車椅子でぶつかり合ったり、猛スピードでダッシュしたり・・・。試合に参加されてた方たちは、怪我をしそうなくらいに転んだり・・・。でも、車椅子ごと起き上がるんです。驚きました。息子はどんどん真剣に見入っていましたが、やはりそこは2歳児。後半になるころ飽きたらしく、騒ぎ始めました。そこでいったんお菓子を食べさせにいき、休憩させてからまた観戦しに行きました。私にとっても驚きが多く、良い試合を見せていただきました。また「試合」があれば、見に行きたいな!と素直に思います。
2007.05.20
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今日で息子も2歳6ヶ月を迎えることが出来ました。考えてみると、里奈にしたら「2歳半」と言うのは、人生の半分だったんだなぁ。なんてことを朝から考えては、ちょっぴり切なくなりました。「2年6ヶ月」って、短いもんね。里奈にしたら、折り返し地点かぁ。「運命」と言えばそれっきりかもしれないけど、親としては納得なんかできるはずない。きっと、誰でもそうだと思う。実際大切な我が子に例えてみたとしても、本当のことは「体験してみなくちゃわからない。」障害の重さは違っても、同じ立場の方に「まだ動けるだけ良いよ。」と、たまにいわれる。本当にそうだろうか。私に言わせりゃ、「生きててくれるだけマシだろ!」と、正直思う。家は里奈を助けてあげれず、天国に見送った。無力な親を痛感させられ、「生命力・医師」を信じたが、無理だった。「仕方のないこと」だったのかもしれない。でももっと、何か出来なかったのか・・・。誰もがみんな「体験」しないとわからない。それは「事実」だと思う。里奈のことが「トラウマ」になって、息子の術後2ヶ月が怖くて仕方がなかった。「絶対この子もいなくなる。」そう思ったとき、手術をしたことが良かったのか悪かったのかわからなかった。「手術をしなかったら、予後は良くないでしょう。だんだんと弱っていき、寝たきり・・・。」その先はもう覚えていない。でも、息子が術後2年を超えてくれたことはすごく嬉しい。「手術をして良かった。」そう思えた。手術をしてもらったおかげで、「手術をしなかったら幼児期しか生きられない。」と言われた事も笑って話せるようになった。今は、いたずらばかりの息子に手をやいてる。爆でもそれは、幸せでわがままな悩み事。私自身、毎日怒鳴ってストレス解消してるのかな?笑この間も、我が子を殺した親がいたね。「おめー、バカじゃねぇの?」素直にそう思った。せっかく元気に生まれてきてくれただけでも幸せなことなのに、なんだと思ってるんだろうね。「殺すくらいなら、里奈に命ちょうだいよ。」本当にそう思う。自分の子供を殺すって・・・、とんでもない話。好きな人と、我が子と量りにかけても答えは「我が子」じゃないんだね。そういう答えが、不思議すぎる。と言うか、「腹が立つ」
2007.05.18
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本当は今日、遠足の予定でした。でも、実は昨日のうちから「明日は、天気が悪そうなので中止です。」と電話が来ていました。昨日のうちに連絡をもらっていたため、朝忙しい思いをせずに済みました。今度の予定は、22日です。こういうときに、「普段の行い」が、はっきりするのでしょうか・・・。爆そんなわけで我が家は、火曜から連続で通っています。訓練もなかったため、今日はずっと「LEGO]で遊び続けてた息子です。家では「ハイパーレスキュー」にはまり、遊びに大忙しの息子です。笑私に似て、熱しやすく冷めやすそうなので、いつまで没頭できるか・・・、実に楽しみです。今日は訓練の先生がお休みだったので、訓練がなかったのですが、朝の会のときに「H先生はお休みです。」と聞いた瞬間私が、「じゃあ、訓練無いんですか?」と、当たり前のことなのに聞いてしまいました。その言葉を聞いて息子も、「くんれん、ない。」と、はっきり言えました。笑最近はとにかく言葉が増えてきて嬉しいです。少しずつですが、確実に増えてきています。もっと上手になって、早くお話が出来ると良いなぁ。と、思う私ですが、焦っても仕方ないですもんね。そして、困ったこともあります。「ごはんを食べない!!!!!」3食全てじゃないけど、本当に食べない。困ってるよ~。ま、体重自体急激に減った訳じゃないけど、食べないとね。飲み物ばかり飲んでる気がする・・・。これで良いのかな・・・。ま、おしっこでてるからそれはそれで良いことだけどさ・・・。体重は増えなくなって、一時期オムツがビッグだったのに、今じゃ裸で12キロ切ってるからLサイズに逆戻り。買いだめしたので、まだかなり残ってるよ。ま、いずれ使うことになるだろうからいいんだけど。でも、我が家の押入れ占領しててかなり邪魔。本当は使い切ってしまいたいんだけど、足が細すぎて排泄物が漏れてくるし。お腹周りはいいんだけどね。足が動かないから、上半身のわりに足が細すぎです。そそ、19日「函館市民会館(だったかな?)」で、車椅子の方の「バスケットボール」の試合があるんです。どんなものか、見てきます。息子の表情も楽しみです。車椅子もどんどん上達してるし、一つでもいいから得意なものを見つけるきっかけになればいいなぁ・・・。どんな感じか、私自身も楽しみです。
2007.05.17
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さてさて、ご無沙汰しています。近況の報告になります・・・。現在、手続き中だった「車椅子」&「カーシート」あともう少しです。市役所に申請したばかりなのに、お蔭様で10日もかからずに「決定通知」が届きました。お蔭様で、7月中には出来上がりそうになりました。ただ、残念ながらと言うか、予想通りというか、「骨盤帯付き長下肢装具」は、手術後に作る事となり、まだ先の話です。実に、楽しみな私です^^今日通園の施設に行き、保育の先生とお話したところ、いろいろと話せたのでよかったです。と言うのも、「車椅子の使用方法」「しつけの注意点」「今後の幼稚園問題」母子入院後、車椅子の使用方法をじっくりと考えされられたのも事実です。正直な話、親として嬉しかった私ですが、車椅子は使い方を間違えると「凶器」になります。周囲の方にも危険を与えることなく、もちろん息子にとっても危険を避けなければならない。でも、車椅子で自由を得た息子にとっては、「楽しい乗り物」最初はね、車椅子に乗って他のお子さんと自由に遊ぶ息子を見て、単純に嬉しかったんだ。でも、それだけじゃないもの・・・。それで、決めた。退院後は、外(ほとんどは買い物くらい)しか車椅子に乗れない息子は、スーパーではりきっちゃうんだけど、いつも空いてるとは限らない。そういうときが一番大変。乗るのが楽しい息子は、周囲におかまいなしに乗り回す。それで私は、大きな声で怒るんだけど・・・。かわいそうだなぁ。と思いつつも、怒っちゃう。でも、最初が肝心だよね。息子が、わかってもらうまでこんな事の繰り返しなんだけど、私が怒ると目を合わせようとしなくなった息子・・・。「ホントにこれで良いのかな・・・?」と、最近考えてる。なんだか、「車椅子」早かったのかなぁ?と、思う自分もいるんだよねぇ。ホント、育児って難しい。幼稚園の事もそう。自分としては、3歳から入園させたいと思ってたんだけど・・・。息子の状態を見て考えなきゃならないもんね。手術をするのが、早くても今年の秋以降。焦って入園させても仕方ないし、年中さんで入園も良いかなぁ。と、保育の先生と話しててそう思えた。入園より先にやるべき事があるものね。今日息子は、「おしっこ、出た~。」と、教えてくれた。少しは、「排尿」のこと感じてるんだろうか?嬉しかったから、「ホント?おりこうさん^^」と、たっくさんほめまくりました。排泄も自力で出来ると良いなぁ・・・。
2007.05.15
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カレンダー通りではなかったけど、ずらして休みを取って「おたる水族館」に11日行って来ました。息子はと言うと・・・、初めて見る大きなお魚にびっくりしたり、イルカのジャンプで水がかかっては固まったり・・・。まずまず、楽しめたと思います。水族館を満喫したのか、車椅子を楽しんだのか不明ですが、楽しめたと思います。ここの水族館は、結構坂が多くて大変だった。館内は階段も多くてね、障害者にとっては大変な作りかなぁ。と、思ったのが素直な感想です。イルカのショーを見に行く時、旦那と車椅子に乗せた息子を2人で運んでいたら、親切な方が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくださって、大変感謝しております。ありがとうございます^^こんな些細な事が大変嬉しい私です。私も困ってる人を見たら、さりげなく気をつかってあげれる人になりたいなぁ。と、思いました。ま、さりげなくが一番難しいんですけど。その後、水族館をあとにし、ウイングベイ・小樽に足を延ばしてきました。通るたびにいつも見てた「観覧車」ついにそれに乗りました。すごい大きくて、思わず里奈と最後に乗った「三井グリーンランド」の観覧車を思い出したんだけど、里奈がウロウロしたせいか怖かったんだけど、今回はあまり怖くなかった。やっぱ、揺れるとこわいもんね・・・。汗そのあとは、お店を見て歩きゲームで不思議な物体をGETしました。ゴムでできた、ブニュブニュしたもの知ってますか?小さなものは、中がひかるようになってたり、目などがついてて顔になってたり・・・。そんなことをしながら車椅子で楽しんでる息子。それを追いかける私達も、疲れた~。端から端まで歩きました・・・。それで次の目的地へ。そこからちょうど近くに病院があるので、母子入院の時にかりてきた「脳波」を返してきました。そしてその後は、お店の駐車場で休みながら時間をつぶしてた。テレビを見てたら、息子は「あこ(行こう)!あこ(行こう)!」と、動けと言わんばかりに言ってきます・・・。汗結局見たいドラマも見れずに、ご飯を食べにいきました。食べ終えて、やっとお家に向かい始めたのが夜7時頃でした。息子は、きれいだった「観覧車」に目をやるどころか、爆睡してて見ていません。「昼間に乗った、クルクルだよ~。きれいだね~^^」と教えてあげたかったのに・・・。爆でも、楽しかった~。来年は、どこに行こう???笑
2007.05.13
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朝から忙しく過ごしておりました。と言うのも、月命日なんです。朝から忙しかった。そして、お守り代わりにかりてきてた「結婚指輪」を、里奈のお骨の中に返してきました。久しぶりに指に通した指輪は、少々きつくなっていました。そして、時々「金属アレルギー」のような、かゆみにもおそわれました。そうなんです。「金属アレルギー」なんですよ。K18だから、大丈夫のはずなのに・・・、たまに痒くなってかいていたら、指輪を外した今でもくっきりと跡が残っています。金属アレルギー、厄介なものです。ピアスの孔も開けたのに、穴はまだ開いてると思うけど、ピアスをいれれません。K18であろうがなかろうが、ものすごいかゆみでピアスどころじゃありません。話はそれちゃいましたが、指輪を返す時はお父さんの指輪に重ねて、その上から里奈の頭のお骨でかぶせてきました。息子に「お姉ちゃんなんだよ!」っていったって、わかる訳もなく「んんん???」ってな具合でした。それでも最近は、「りな!りな!」などと呼び捨てるようにもなりました。あれからもう3年3ヶ月かぁ・・・。早いものだね。天国でも、あの笑顔をふりまいてるのかな?泣かないで、笑ってて欲しい。里奈には、弟の姿が見えてるかな。自分の弟だ!って、自覚できてるかな?(顔はそっくりなんだけど。)せめて、電話でもあって話だけでも出来たのなら・・・。
2007.05.10
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今日気になっていた、「脳波」をみてもらってきました。そうしたら、母子入院の病院からかりてきた「脳波」を見て、神経の先生は・・・。「うん、かなり深く眠ってたみたいだね。起こしてもすぐには起きれなかったでしょう?」と、ずばり言われちゃいました。そうなんです!ホントに起きなくて・・・、揺さぶる事がいけないことと知らなかった私は、全然起きない息子を揺さぶったんです。(多分・・・?確定は出来ないけど。汗)最初は心臓の先生であるN先生と、昔神経専門だったY先生となにやら話してたのを目の当たりにして不安でした。今日は、脳波をとる!と思ってたので、朝からリハに行きお昼過ぎに病院に着けばちょうど寝てくれるだろう!と、私はたくらんでたのですが、良いのか悪いのか、脳波をとることもなく終わりました。ま、無事みたいなので一安心しました。一緒に見てもらった、尿の検査も問題ないらしく、安心しています。あとは、「泌尿器」で機能を調べてみなくちゃなりません。いつになるかわからないけど、わかればいいなぁ。
2007.05.09
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今息子のブームは、トミカ「ハイパーレスキュー」シリーズ。一番最初に買って上げたのが、「緊急指令本部」その次に「2号」次に「1号」そして最後に「3号」です。そしてつい先日、ハイパーレスキューのDVDも買わされました。私も随分と甘くなったものです。里奈のときなんて、何も買ってあげなかったし、息子には里奈の分まで買ってあげたい!と、思う気持ちが大きいのです。そう、悔やんでるんです。「里奈にもいっぱい買ってあげれば良かった・・・。」と・・・。だってね、こんなに早くいなくなるなんて思いもしなかったから。息子に対して自分の甘さが気にもなります。「こんなんで良いのかな?」でも、でも、一つ一つ息子が頑張った時なんかに「ご褒美」として買っています。でも、よくないね。汗そんな息子は毎日のように、ハイパーレスキューに夢中です。楽しそうにサイレンを鳴らし、遊んでる息子を見るのは嬉しいです。「緊急出動」を「ちゅんちゅんちゅちゅど」などと、聞き取るのが大変だけど言葉を真似しています。そして、只今色の勉強中です。と言ってもまだまだなので、信号から教え始めています。あか・あおを今は理解させる事で精一杯。きいろはまだだわ~・・・。ま、気長にやっていきます。
2007.05.08
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母子入院してからと言うもの、息子が寝るのが早くなりました。いいことだけど、帰宅後日数の経過と共に寝る時間が遅くなりつつあったのですが、最近は風邪薬を飲んでるせいか、またまた早いです。今日もすでに寝ました。母の自由時間です。何をしようかな?息子に作らなきゃいけないものもあるし、それやろうかな?でもでも・・・、ってな具合に毎日が過ぎております。爆今日も日中は忙しく、病院に連れて行き市役所に装具の申請に行ってきました。認めてもらうまでにかなりの時間を要するようです。出来上がりは何ヵ月後になるのかな・・・。今から気が重い。早く出来ないかな。待ち遠しいしね^^
2007.05.07
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私と息子と実家の母とで買い物に行きました。そのときに障害者用スペースをかりて駐車しました。その駐車場は入り口付近に一番近く、車椅子を出しすぐにお店へ入ることが出来ます。でも操作はうまくなったとは言え、駐車場なのでお店の中に入ってから息子を自由にさせてあげます。(とは言っても、人が多い時は危ないので私が無理矢理操作します。)その日はGWなのに、お店の中はがらがらです。店内をゆっくりと歩いていたら、ある男の方が私たちの目にとまりました。年齢はわかりませんが、たぶん20代後半くらいでしょうか(勝手な予想)。お友達のような方と一緒に店内を見ていました。その方も息子と同じ車椅子の方でした。私は自分の息子が周囲の人に見られてると、面白半分で見られている。といつの間にか思うようになっています。そして未だに息子に視線を感じては、きつい目で見返します。(大人げないですね)ジロジロ見られることを嫌う自分なので、お店の中では息子に「あのおにいちゃん、ひかると同じ車椅子だね。上手だねぇ、ひかるも今よりもっと上手になるんだよ^^」などと言いながら、さりげなく通り過ぎました。支払いを済ませ駐車場にいくと、偶然あの車椅子のお兄さんがいました。お友達と何かを話し、車椅子から自分の車の運転席へ乗り移る姿がありました。一番目をそらさずに見ていた息子は、車に乗った途端いつもはうるさいくらい「行こう!行こう!」と言うのに、一言も喋らず真剣でした。私も見たかったけど(好奇心じゃないですよ、参考のために)、ジーッと見ることに気がひけて・・・。車椅子を車にしまう姿しか見れなかったけど、すごいです。子供の車椅子でも重くて両手で持ち上げるのに、その方は「ヒョイ」っと、しまいました。息子を見て感じたことは、息子なりに自分の不自由な事を理解してるんだなぁ。って、思った。「当たり前のこと」かも知れない・・・、でも息子はまだ2才。こうやって少しずつ理解していくんだねぇ。そしてそのお店は、障害者用Pはその入り口には私が停めた1台分しかなく申し訳なく思いました。もう一つの入り口付近にもあるのかもしれないけど・・・。その並びの入り口付近には、健常者用のスペースになっている。もちろん、障害者用のスペースに何食わぬ顔で健常者も停めている。もう少し、周囲を見て欲しい。立派な足があるのなら、少しぐらい遠くったっていいじゃない?これを読んでくれた方、そう思いませんか?お店の方の積極的に取り組んで欲しいと思います。
2007.05.06
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GW直前、息子がくしゃみから始まり・・・、ついに熱を出しました。泣最初はね、38度台だったのに、ちょっと出かけたら最高40度を突破しました・・・。本当にこわかった。幸い、熱のピーク前に気がつくことができたので、ダイアップにて痙攣を予防することに成功したので痙攣は起こさずにすみました。良かったよ~。熱性痙攣・・・。あれはかなりこわい。見てるこっちも生きた心地がしない。呼吸は止まるし、顔色はどんどん悪くなる。ま、起こさずに本当に良かった。でも、そんな今日まで38度台前半の熱が続いてて、まだ安心できてない。熱の出始めには、深夜12時から車を飛ばし1時間かけて病院に連れて行ったりしてた。GWをそんな風に過ごしていたら・・・、今度は自分。多分熱はないと思うけど、最悪。鼻水がすごくて鼻をかんでたら、痛いし鼻血は出るし・・・、咳も出るし。なんなんだろ~。早く復活したい。ま、こんな感じだけど、息子は熱があっても元気はあるし、水分・食事もそれなりに摂れてるからいいか。笑
2007.05.06
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先ほど電話が鳴り、局番が入院先だったあたりの番号なので出てみた。ドキドキし電話に出てみると・・・。「療育センターの○○(先生)ですが、検査結果が出ました。○○と○○の陽性反応が出ましたので、間違いなくりんご病です。」ホッと一安心しました。はっきりしてよかったわ~。あとは脳波と尿検査を残すだけ。どちらかと言うと脳波のほうが気になるような、けど尿も気になるような・・・。結果が良いといいな。
2007.05.02
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母子入院の時からの不安を取り除くために、今日N先生に受診して来ました。N先生に不安をぶつけ、すっきりしました。・ぐったりしていた事(微熱・りんご病)・排尿の事・脳波の事里奈を亡くした頃の私は、医師を信じきれなくていつも不安ばかりだったのに、今は本当にN先生に聞いてもらえると安心します。この違いはなんなんでしょうか・・・爆はっきり言ってくれるから。もあります。でも、それだけじゃない。心配性の私の質問を苦笑いしててでも、きちんと受け答えしてくれるからかな。里奈のときに出会えていたのなら・・・、きっと今も隣にいて笑ってくれていたのかもしれない。そう思うと正直なところ、ちょっと切なくなります。里奈がいたらきっと、息子の時も地元で手術してもらってたと思う。今日も私が不安をぶつけていると、「お母さん、心配しすぎ!!」と、ぴしゃりと言われました。でも、全然悪い気がしない。里奈のときのように「相手にされていない。」と、感じたこともない。やっぱり、はっきり言ってくれる先生は貴重ですよね。でも本当に今回は土壇場で迷惑かけすぎました・・・。只今反省中の私です。そそ、今日病院に行ったときに、周囲の人の何気ない一言にウルッと来ました。車椅子を乗りこなす息子を見て、近くで見ていた年配の女性が「お兄ちゃん、頑張ってるね。」と言ってくれた。そして、診察室の前で待ってたときに年配のご夫婦が、「骨折かなんかかい?」と聞いてきたので「病気の後遺症で歩けないんですよ。」と言ったら「元気そうなのに・・・、めんこいね。」と言ってくれたらおばあちゃんが「めんこいじゃなくて、かわいいでしょう!」と言うやりとりが嬉しかった。家の息子が車椅子に乗ってると、ジロジロ見る人はいてもさりげない言葉をかけてくれる人は少ないからなぁ。この何気ない一言がたまらなく嬉しい!!私です。笑
2007.05.01
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そんな感じであっという間に過ぎていきました。いろんなお母さん方に会い、いろんな事を学ばせていただきました。大切な我が子への思い。障害は様々でしたが、本当に気持ちは同じだったと思います。軽々しく言う事ではないのかもしれない・・・。でも、本当に思いました。いろんな方の今までに至るお話。涙なしでは聞けません。ママさん方と話す度に・・・、泣いてた気がします。そして・・・、大切な里奈の話を聞いてもらえて本当に嬉しかった。そして、「縁」と言う事に不思議なような・・・、納得のような・・・。そんなこともありました。住んでるところは違うのに主治医が同じだったり、手術してもらった病院で研修されていた先生の事をご存知の方、ネットを通じて以前話したことがある方と偶然母子入院で会うことが出来ました。(全部同じ方なのですが・・・。笑)偶然が重なり、話しててお互いが「あーーーーーー!」と思ったとき、本当に驚きました。「○○さんだよね???驚」お互いがこんな感じでした。汗偶然って本当にすごい!!そんな中、すごく親切にしてくださり、母子入院で会ったばかりの私と息子をお家に招待してくださった方もいました。見ず知らずの人を招待するなんて・・・、勇気がいる事です。本当にありがたかった~。また今度母子入院が(きっと)入る予定です。と言うのも、装具の出来上がりに合わせ多分母子入院です。またみんなの入院とぶつかると良いなぁ。笑いろんな意味で得る事が多かったです。
2007.04.30
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去年の春頃、息子が熱性痙攣を起こした際に言われていた。「もう一度起こしてしまったら、一度脳波をとってみた方が良いね。」その言葉を思い出し、入院中なら楽かな?と軽い気持ちで、小児科の先生に相談した。実は、私の地元では脳波をとることができる病院は里奈の最期の病院だけ。でも、そんなとこに行きたくない。だったら入院中にとってもらえたら行かなくても済むもの。ただしこれは、あくまでも脳波に異常がないときの話。そんな軽く考えてた。当日はすんなり検査が終わった。と言うのも、お昼寝の時間にちょうど検査がはいったので薬も使わずぐっすり寝てくれた。と言う私も爆睡。2人で寝ていたところ、「そろそろ起こしてください。」と言う声で起こされた。その声で私はハッとし起きたが、息子は全然起きない。声がけしてもまったく・・・。そこで私は確か・・・、ゆすってしまった。何度ゆすったかわからない。ゆすったのも確実じゃない。でも、・・・たしかゆすったはず。そんなことを何度かしてるうちに息子はようやく起きた。検査後は自分がしてしまった事にまったく気がつかず、結果を待った。結果も全然聞けなくて気になっていたけど、先生から話がないと言う事は異常がなかったんだなぁ。と、勝手に解釈していた。でもなんとなく、担当の看護士さんに聞いてみた。「脳波の結果聞いてないけど、なんともないってことなんですよね???」「聞いてみますよ。」と言う言葉を残し、連絡を待った。時間が経ってから連絡が来た。「退院お話を含め、脳波の結果を聞きにきてください。」内心ドキドキした。話を聞いてみると・・・、先生「それほどでもないんだけど寝付くときと、目覚める時にちょっと気になる脳波があります。経過を見たほうが良いですね。」私「・・・・・。」無言のままパニックです。先生「もちろん、良性のてんかんもありますし、専門の先生に見てもらわなくちゃなんともいえません。」私は半泣きのままそんなやりとりを交わし、しつこいくらい不安な事を聞きなおしてその部屋をあとにした。部屋を出てすぐに他のママさんに会い、話した瞬間に涙が出た。そしてそのママさんも泣いてくれた。そのままタバコを吸いに玄関に向かった。(院内禁煙なので)汗他のママさんと話をしていると、小児科の先生がちかづいてきたのが見える。「もしかして・・・、自分かな?」そう思い火を消して中に入ろうとしたら、先生が来てくれた。そして一言、先生「お母さん、起こす時揺さぶったりしました???」私「・・・・・、はい、しました。と言うか、確かに揺さぶりました。定かではないですけど、でも多分揺らしています。」先生「お母さんに話したあと、もしかしたら?と思ったんです。揺さぶってたなら、多分異常な脳波が出たのはそのせいだと思われます。」私「そうなんですか?涙」周囲にいたママさんたちに「どうしたの?」と言う顔で見られてた気もしますが、嬉しかった。一応検査は受けますけどね。汗
2007.04.28
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これが、涙した「息子の初たっち」です。本当に感動しちゃいました。残念ながらかかとは浮いてるけど、前進あるのみ!!です。嬉しくて、画像載せちゃいました。はい、親ばかです。爆
2007.04.27
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そして今、少しだけ気になる事があります。今回の母子入院は、もちろん訓練も目的の一つでしたが、「手術前の検査」も目的にありました。そこで入院して日の浅いうちに、尿検査もありました。今まで尿を取った事はなかったと思いますが、今回わかったことがありました。尿検査と言うと朝一番の尿ですが、家の息子はパックを貼ってみたら・・・、10CCしかとれなかったんです。「たまたまなのかな?」と思い、翌日に再チャレンジ。そしたら、またもや10CC。欲を出し、そのままねばったけどウンチが出てしまい、結局無駄になってしまいました。さらに翌日再々チャレンジ。けど・・・、結局同じくらい・・・。それでわかった事は、もしかしたらダラダラと少しずつしか排尿できていないかもしれない・・・。と言う事。たまに、だらだらとチョロチョロ流れてる事を目にするけど・・・、よくわかんない。やはり、泌尿器で見てもらったほうがいいのかもしれないな。母子入院はと言うと、「新規」の入院だったので、お昼過ぎからは「講義」が多い。ホントに多かった。結構ハードでした。が、夜は楽しかった。はじめはね、知らない人の中に入ったわけだから、馴染めるかどうかが不安で。しかーし、楽しかった。子供を寝かせたママたちが、保育室に集まっていろんな話をする。これが日課になって、昼間のストレスも忘れるくらい楽しかった。ただし、遅くても11時までなんだよね。はじめは看護士さんに注意されるまで喋ってたんだけど、朝の会で毎日注意され続け、さすがに注意されるまでははなせなくなりました。笑そんな感じで、あっという間に入院折り返し地点を迎えてしまいました。外泊して帰宅したときに、お守りとして里奈のお骨に入れてあった「結婚指輪」を久しぶりに指につけて病院へ戻りました。そして当の息子は、体調を崩した原因は「疲れ」とはじめ言われていて、車椅子中心の生活を送っておりました。が、そのせいか、車椅子がかなり上手になりました。親ばかといわれるかもしれませんが、ホントに上手なんです。爆行きたいほうへくるくると向きをかえ、車に乗って遊ぶ子供たちと同等に遊ぶ事が出来ました。ただ、一歩間違えると「凶器」になるので・・・。汗今車椅子は、息子の足です。続く・・・。
2007.04.27
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昨日「母子入院」を終え、帰宅いたしました。最初は長く感じていましたが、過ごしてみると意外に早い。あっという間の4週間。行って間もなく立位をとらせてもらい、最初は不安げだった息子もすぐに堂々たる態度になりましたよ。笑装具はかなりがっちりしたもので、かなりお高いものです。今回はそれに加えて、車椅子・カーシートも申し込める事となりました。最初は「装具」のみだと思っていたので書類を持っていなく、外泊したときに書類を市役所の方に届けてもらいました。そんなことがありながらもぐったりしたかと思えば、微熱が続いたり挙句の果てには「りんご病」にもかかりました。里奈はかかったこともなく、聞いた事があっても「ほっぺがあかくなる」と言う事しかわかりません。ぐったりしたり微熱が続いたあとだったので、もしかしたらその症状は「りんご病」だったのかもしれません。今なら素直にそう思えますが、あの時はわからなかったのでとにかく不安でした。ぐったりした日の朝、ごはんを一口口に入れた息子はすぐに戻してしまったのをきっかけに私の不安は一気に爆発しました。ぐったりしている息子を見ただけでも「里奈と同じ・・・。」と気になっていたのだから吐いたとなれば一気に不安になります。吐いた途端里奈の最期と重なって・・・、パニックになりました。詰所で様子を見てもらい、院長先生をはじめ診てもらいましたが「心臓は元気に動いてるよ。」そう言ってもらっても、こわくてこわくて不安がいっぱい。とっくに泣いてる私を見て息子は笑えない。そう、私が笑えない息子にしてしまった・・・。院長先生をはじめ、「不安なら小児センターに診てもらいますか?」と言ってくれたんですが、電話で問い合わせてもらったら「今日は診察日じゃない。」と断われました。様子を見るしかできなかった私に小児科の先生方は「緊急時には見てもらえるようにしておきます。」と言ってくださったので、安心して見守る事が出来ました。そんな中息子は笑顔を取り戻したのは、夕方でした。気がついてみると私自身も落ち着きを取り戻し、笑えるようになってた。やっぱり、そんな精神的なことが大きいのかな。心のどこかでは、すっと「そんなこと小さい子供が感じ取る事できるわけないよ。」幼い頃の私も、母が悲しい顔をしていたら悲しかったんだもの。忘れてたな。確かに私が泣くと、里奈は泣いてたし・・・、ひかるは怒る。良くないね・・・。汗その後息子は、微熱が続きまたもや不安の日々。わからないままの微熱が続き、入院して間もない採血の結果で「白血球が少し少ないですね。」と言われた事を思い出しては、「怖い病気???????」とずっと考え込んでた。そのまんま、落ち込みながら数日を過ごした。そうしたら今度は・・・・・、全身がまっかっか。「今度はなんだよ~・・・。泣」「りんご病の確率が高いですね・・・。」確率が高いとかじゃなく、はっきりした診断が欲しかった私は「採血してください。」と言ってしてもらいました。結果はまだ出ていません・・・。爆まだまだ続きます。
2007.04.27
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コメントなどの返事が遅れてて、ごめんなさい。落ち着いてからになりますが、ご了承ください。
2007.04.14
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車椅子・カーシート・立つための装具の診察を終えて、昨日の夜自宅に戻ってきました。通園の施設では話がなかったので、先日突然母子入院の病院の先生が話をしてくださった事には、驚きながらも嬉しい気持ちでいっぱいです。そして肝心の息子はと言うと、生まれて初めて「立つ」ことも経験いたしました。その訓練もあまりにも突然で、私なんかは息子の立った姿を見た途端、涙が出てきました。あんなにも夢にまで見た姿が突然実現したので・・・。涙それからと言うものは、涙よりも慣れてしまった私もいます。でもやはり、何度見ても嬉しい姿です。そういうことがあったせいか、それともいろんなストレスがたまったのか、ついに息子は体調を崩してしまいました。朝起きると自分で移動しようとせず、私を頼って笑顔も見せない息子。私は、里奈と重なってしまって・・・。パニックになっていました。朝食の時間なのに、朝ごはんをあげたら吐いてしまったんです。里奈も・・・、同じだった。顔からは笑顔もなく、頭も上げられなくて・・・、体を支えて起こしてあげながらご飯をあげては吐いてたりな。その最期の姿と重なって・・・、冷静さをすっかり失ってしまっていました。そして偶然にもその日にレントゲン検査があったので、小児科の先生に心臓の大きさを診てもらいました。そんなことをしていても笑ってくれない息子。こわかった。私もずっと泣いてたから、笑えなかったんだね。きっと・・・。「しっかりしなきゃ!」今まで何度も何度も自分に言い聞かせてきました。でも、元気がない我が子を見てると、強い不安に襲われます。手術してからもう2年が過ぎました。里奈を失ってしまった時期はとっくに過ぎたのに、不安だけは消えない。ダメだな・・・。いつも考えては後悔しています。そんなことがありながらも、自宅に戻ってきたら元気になった息子。「立つ」と言う事で、親である自分が一番プレッシャーをかけていたのかもしれない。母子入院はいろんな事を経験させてもらっている。今日里奈のお骨を開き、一緒に入れてあった「結婚指輪」を一度持って帰宅しました。お父さんは指に入らなかったので、私の分だけ「お守り」として指にはめました。母子入院が終わったら、また里奈にかえしてこようとおもています。
2007.04.14
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日記を更新しないまま、かなりご無沙汰になってしまっていました。気にかけてくれていた皆様、ありがとうございます。そして、返事をかけないままだった「いぶ母」さん、ごめんなさい。元気に過ごしておりますよ^^日記を更新しない日には、色んなことがありました。三日坊主の私は、広く浅く趣味に没頭していました。そんな中、息子のA学園での卒園式。去年のように、涙が流れたのは事実です。中でも、去年も泣かされた「スライド」には、まいりました。今年卒園を迎えたおねえちゃんの頑張ってきた姿(ICUでの姿)、を見たとき、自分の娘・息子の姿と重なりました。「里奈もひかるもそうだったな・・・。」そう思ってしまいました。普通のお子さんでも、「卒園式」など涙が出ることでしょう。でも、家の息子が通ってるA学園では、色んな病気を持ってるお子さんがいたり、先天的なものを克服しようと頑張ってるご家族が多いです。そのご家族の頑張りには・・・、涙が出ますね。そして、息子は4月2日に札幌の病院に「母子入院」が決定しました。息子は手術に向けて進み始めました。どんなに待ってたことか・・・。立つための装具が作れるならば、息子の足の手術が決まるのもそう遠くはない。本当であれば、走り回ってる息子の姿があったはず。残念ながらその息子の姿はないけれど、でも笑ってくれてる息子がいる。最近は言葉も増えて少しずつだけど、会話にもなってきた感じ。でもまだ、「お母さん」とは呼べない息子だけど、一緒にいるということは幸せだよね。里奈のことを考えれば、一緒にいれるだけで幸せだよね。麻痺がわかった頃もそう思ってた。「命があるだけマシ・・・。」と・・・。こういうことは考えても答えなんか出ないし、第一その立場になってみなきゃわからない事が多い。正しい事はわからないからこそ、難しい。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがない。なんだかまじめな話ばかりしてたけど、面倒くさくて入院準備していない。どうしよ~???笑
2007.03.30
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先日の息子の熱もようやく落ち着きました。コメを頂いた方にはまだ返事していません。(ごめんなさい・・・汗)そして・・・、そんな今日は我が家にとって特別な日。里奈を亡くし、息子が生まれてくれたことで幸せを取り戻せる!と思い始めていた私たち夫婦にさらに試練を与えられた日・・・。そうなんです、息子の病気がわかった日であり、N先生に初めてお会いした日です。心電図をこっそりと見て力を落とし、N先生から聞かれた質問に病気を確信した瞬間は今でもはっきりと覚えています。3ヶ月に入った日に市の検診で初めて「心雑音があるかもしれない。」と言われて、ただただ「この子は心臓病じゃありませんように!」そう願うしか出来なかった。そしてN先生に診てもらう前に旦那に電話をしたとき、「異常ありませんよ。」と言ってもらえる事を期待し旦那に、「安心をもらってくるつもりで診てもらってくるよ!」と、旦那に笑いながら電話を切った。もちろん結果は「大丈夫!」と言う一言は返ってこなかったけど・・・。帰り道の事は、函館新道を泣きながら飛ばしたことしか覚えていない。「この子も里奈のところに逝っちゃうの?」それしか思えなかった。でもあれから2年、下半身の事を除けば息子は元気。でも下肢の事も、どんどん話は進んでるんだもの恵まれてるよね。里奈の比べれば、立派な命がある。足だって、きっといつか歩ける。今日母からメールが来た。その内容は、「息子を手術してくれたK先生が、朝日新聞に載ってる。」と・・・。久しぶりに見たK先生はあまり変わっていない。元気そうで何より。母も数回しか会った(実際には見た)ことがないのに、新聞ですぐ発見したらしい。多分家はもう、国循に行くことがないのでK先生をはじめお世話になった方たちには会う機会がないのはちょっぴり残念に思う。でもいつか、息子が元気に歩いてくれたらその姿を見て欲しいな。
2007.02.22
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今日は朝から記念撮影、午後からは装具の出来上がりで忙しく過ごしておりました。でも、2~3日前から痰のからんだ咳をし始めていた息子の事が気になり、装具の診察を終えてからN先生の勤務しているK病院へと寄りました。が、残念ながらN先生は診察ではない様子・・・。ま、仕方ないな・・・。と思いながら診察を待っていました。どんな先生だろう?いい先生だといいな^^と、少し期待しながら待っていました。そして、待ちながら体温を測定してみたら・・・、なんと37度6分じゃないのさ。あら・・・、微熱だね。熱上がらなきゃいいな・・・。と思いながらも順番になり、いざ診察室へ。そうしたら・・・、そういう先生なのか、少し冷たい感じの年配の先生でした。物言いはと言うと・・・、痙攣を起こした事があるので坐薬をください。と言ったら、お姉ちゃんも何度も起こした事があるので!と言う事を付け足しながら話していると、「じゃあ使い方はわかるよね?ご両親に熱性痙攣を起こした方は?」「以前の痙攣はどんな感じでしたか?お姉ちゃんも数回やっていたらわかるでしょ?」などと言われました・・・。なんだか嫌な感じがしました。贅沢なんでしょうか?小児科の先生なら優しい方!と美化しすぎなんですかね???その問に私は、「親がパニックだったので覚えていません。」と言うのがやっと・・・。でもその言葉に看護師さんはうなずいてくれて嬉しかった。そんな息子は夕方6時にダイアップを挿入し、7時には熱も高くカロナールを挿入。その後は少し眠り、不機嫌なまま起きました。解熱剤も効き一度は6度台まで下がりましたが、3時間くらい経ったらまた上昇し9度台だったのでまた解熱剤使用しました。後は2時に2本目のダイアップを挿入するだけです。それが終わったら寝れる~。早く良くなって!!
2007.02.16
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またまた、久しぶりの更新になりました。が、また話が進みました。笑なんと、先日の小児科診で、今後の話が出ました。と言うのも、入園について聞いたのがはじまりです。以前から保育の先生に、「入園はいつぐらいがいいですか?」と相談していたところ、いろんな事を考えて4歳くらいがいいんじゃないかな?」とアドバイスしてくれてたのですが、何気に先生に相談してみると・・・。小学校入学のことを考えて、入園させるのなら早いほうがいい。とのことになり、足の手術など息子の準備が整えば来春には入園させたいものです。入園・入学と我が家には越えなければならない問題がたくさんあります。なかでも一番の心配は、「排泄」です。息子のオムツに対し、周囲の子の理解が一番不安な私です。早い子は今の息子の年にはオムツが外れてる子もたくさんいます。現に、里奈はこの時期はもうオムツが取れていました。自分の意思で排泄が出来ればいいけど、たとえ誘導してもたまにはオムツに出てしまう事もあると思います。そんな時、周囲の子が息子の事を理解してくれる事が出来れば・・・。ううん、息子の排泄の状態に慣れてくれさえすれば・・・。そんなことを考えての、幼稚園入園です。早いうちから周囲の子に慣れてもらいたい。息子が排泄の事でいじめられたりする事だけは、どうしても避けたい。そしてなによりも、周りの子供たちと仲良くして欲しい。普通の子供と同じような生活をさせてあげたい。今回の件で、尚更強く思った私です。うまくいくといいな。と、その前に幼稚園側に拒否されなきゃいいんだけど。でも、頑張りますよ。
2007.02.13
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今日、療育相談受けてきました。そして、待ちに待ってた「尖足」の手術のお話が出ました。半年振りに会ったM先生は、息子の成長振りにおどろいてた様子でした。が、今回は違った。幼児のイスに一人で座る様子、ハイハイの姿勢での後退など、半年ぶりの検診でいいところだけを見事に披露してくれた息子は、ほめられまくりました。でも、期待なんかまったくしていなかった私は、思いもよらぬ「手術で立位を取らせてあげよう!!」の言葉に驚きが大きく、涙が出ました。この日をどんなに待ってたか・・・。息子が立ってくれる日もそう遠くない!と思えるようになった。嬉しすぎます。でもまずは、母子入院をすすめられました。それで、心臓を含む色んな検査をしよう!と言う事になり、あとはお父さんと相談するだけです。今回一番嬉しかった事、それはM先生の一言。「今なら条件(立つために必要な装具を作れる事。)などがそろえば、手術の時期もそう遠くない。」といってくれた一言。「立たせてあげましょう。」どれだけこの一言を待っていたか。お母さんは嬉しい。本当に嬉しくて、涙が出た。あとは、母子入院・手術・リハを乗り切れば何とかなる。ひかる、頑張ろうね。
2007.02.05
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