キリスト教カルトを斬る

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TERA DREAM

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2007.01.20
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 「『判断は、いじめられた児童生徒の立場に立って行う』ことを強調し、『仲間外れ』や『集団による無視』などの具体的な行為を初めて盛り込んだ。」

 「新たないじめの定義は、『一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの』とした。」

 「現行の定義は、
 〈1〉自分より弱い者に対して一方的に
 〈2〉身体的・心理的な攻撃を継続的に加え
 〈3〉相手が深刻な苦痛を感じている
 ――としている。しかし、自治体によってとらえ方が様々だったため、新定義では『継続的に』『深刻な』などの文言は削除した。

 これを読んだ最初の感想は、文科省の方が教会よりも人権問題で進んでいるな、ということです。キリスト教も宗教ですから、「救われる者」と「救われない者」とを区別します。「どうしたら救われるか」を考える時、「救われない者」が水面下で定義されていきます。

 教会の具体的な在り方は、常に人間的な想いに曝されています。極めて個人的な価値判断が、その人の社会的立場や経済力、時として学歴によって、是か非かが判断されてしまいます。高額献金者の意見と、働きながら学生生活をしている青年の意見とは、必然的に差が付けられていきます。教会の役員を「長老」と呼んでいる教会では、それが「プレスブテロス」の翻訳語であり、その言葉の定義と現実的な意味を、教会としてしっかりと認識している教会はどれくらいあるでしょうか。「一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」は教会の中で起こっていないでしょうか。それだけではありません。
 日本聖公会のように、時効で刑事裁判にはならなかったようなことが、H司祭以外の事件でも起こっています。前にもお話ししたことがある、私の知りあいの場合、勤務中に受けた傷害ですから雇用者側に責任があるのは当然なのですが、未だに謝罪すら為されていません。主教は、二回にわたる手術の診断書を受け取っているにもかかわらず、謝罪することも手術に掛かった費用を弁償することもしていません。切除した彼の両肩の筋肉は再生することはありません。切除しなければ、両腕が壊死する可能性があったことは、診断書に記されています。私も読ませてもらいました。

 京都教区におけるH司祭の児童に対する性的虐待は明らかに犯罪です。
 裁判記録に書かれていることを知れば、誰の目にもそれが異常な性的犯罪であることは火を見るより明らかなことです。それを、最高裁判所も認めているのです。
 「婦女暴行未遂」と「婦女暴行」で逮捕され、有力な証拠もないまま懲役三年の実刑判決を受け、すでに刑期を終えた方がいらっしゃいましたが、他の事件で逮捕した方がその事件に関しても自白されて、地検は慌てて地裁に再審請求をして、刑期を終えた方の無罪を確認するようにしたと新聞に出ていました。今日から「それでもぼくはやっていない」という映画が公開されますが、地検や地裁の裁判がどれだけ異常であるかを指摘しているとのこと、私も是非みたいと思っております。
 しかし、H司祭の場合、日本国憲法で保証された三審制の最高裁への上告が棄却されているのです。もちろん「冤罪」を主張することは大切なことです。「狭山裁判」などは、もしかすると国家的な犯罪が影に潜んでいるかもしれない冤罪事件であることは、裁判の証拠などが開示されないことからも、誰の目にも明らかなことです。もし「冤罪」であるというのであれば、H司祭は何故声をあげないのでしょうか。周囲の主教や司祭が沈黙しているのは何故でしょうか。自分たちの中だけで「冤罪だ」と主張しても仕方がないのです。日本という国家の中で、国家の司法として裁判所が出した上告棄却なのですから。
 そして、ほとんどの主教や司祭は沈黙しています。
 悲しいことです。この沈黙は、ある意味では犯罪なのではないでしょうか。「犯人隠匿」という犯罪です。聖公会の主教や司祭は、まさかこの「犯人隠匿」をキリスト教の聖職が持っている黙秘権だとは言わないでしょうね。かつて種谷先生がなされた牧会が「犯人隠匿」にあたるとされた裁判が行われましたが、あの事件とは質が違います。
 沈黙している主教や司祭もイジメに荷担しているのです。新聞やテレビのニュースで盛んに言われていますよね。周囲の沈黙がイジメを助長しているのです。

 一昨年の暮れになって奈良県庁で記者会見を開いたのも、その裏に周到に考えられた筋書きがあったと聞かされました。「小泉劇場」の沸騰が沈静化してからということがあったそうですね。そこまで社会の動きを読める方が、何故、いま問題になっていることを読めないのですか?
 読めないのではなく、読まないのではないですか?

 「この印刷物は記者の事前の許可なく自由にコピーし、配布すること可」と備考にありますから、テキストファイルにすることは問題ないはずです。彼は、かなり速くタイピングすることが出来ますから、あの程度の文書ならば1日で出来るかもしれません。

 ここを読まれ、関心を持たれた方は下記のホームページにアクセスしてみて下さい。
 私が書いていることが事実であることがお判り頂けると思います。
 キリスト教だけの問題ではありません。現代社会における宗教の問題です。靖国神社が問題になっている中で、宗教とは何かということがほとんど議論されていないのではないでしょうか。しかし、靖国神社も日本聖公会も宗教法人法上の宗教団体になっています。しかし、この宗教法人法をお読みになればお判り頂けると思うのですが、宗教法人というのは国家が認めた宗教であるということを意味していないのです。あくまでも、宗教的な施設や像、あるいは土地や森林など、歴史的なものを保全する為のものです。宗教法人の申請は簡単に出来ます。審査に関しては、教理内容が原稿の法律に触れない限り、ほとんど問題になりませんし、憲法の規定からすれば問題にすることは非常に難しいのです。日本聖公会は宗教法人であると威張っていた司祭に会ったことがあります。国が認めたとでも言いたかったのでしょうか。宗教法人法の第1条さえお読みにんったことがないようです。

 ホームページのアドレス(ここをクリックしてもアクセスできません。コピーして下さい。)



 異常気象で困っている方もいるようです。地球の温暖化に貢献しないように、みんなで頑張りましょう。自然を壊すのは人間です。ですから、自然を回復する責任は人間にあります。
 「いま投げた ゴミが川を汚してる」





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Last updated  2007.01.20 10:46:50


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