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お掃除をすることがオフの時にすっかり習慣化してしまいました。オフが取れないことが実際ブログの書き込みの比例してしまい,今月でまだ2度目。これではまずいですね。 さて,我が家の間取りですが,これが悩みの種です。新築したのはいいのですが,それから私の体調が良くないのです。原因はすぐにわかりました。少し東側の玄関と東~南東が欠けているので,そこは鏡をつかったり,ポーチまでに観葉植物などを置いたり,常にきれいにしているのですが,私の名義で建てた家が実質は両親の家状態。ダーリンが後は来てくれるといいなと思い,間取り・色遣いはコパさんの風水を参考にしました。しかし,すっきり状態が好きな私と,とにかく便利なものを手元にごてごてと置きたがる親とは合わないみたいです。その結果,60~70代の両親はめちゃめちゃ元気な上,家のことをしきたがります!もちろん私はとほほほなんです。'05・'06と最低でしたね。家でも勤務先でも研究している大学院でも落ち着かないし,問題は勃発です。昨日は病院で検査してもらいましたが,今年の5月から体調がよくない原因はわかりませんでした。不整脈が発見されましたのが気になることです。胸が激痛,咳,アレルギーでもないのに鼻づまりが気になるなどの症状が続き,やる気が起きず,人とつきあうことも何だか嫌になってしまいます。 家族内の人間関係にも問題はあります。私にべったりで,子離れできない母の存在は大きいですね。父も無愛想だし。インテリアの問題をまとめておくと…<1階>・南東の和室が両親の寝室:お客さんが来ないと万年床状態で,絶対にたたまない。私がたたもうとすると取っ組み合いが始まる。・北~北西の洗面所・脱衣所:ださインテリア。 バスマットの上を完全に覆うように白のバスタオルが一面床に敷いてありますが,これはとにかく水が床につくのがきらいな母のため。せめてバスマットを2枚でしょう。洗面所には洗顔・クレンジングといった基礎化粧品や,洗剤が置いてあるのですが,三面鏡付きの収納スペースがあるのにもかかわらず堂々と置いています。戸棚にしまうともうかんかんです。・リビングにはソファとこたつが同時に置いています。個人的には,こたつは和室,リビングにはソファーセットなんですがね。テレビは南東の角に置いています。その結果,家の殆どがテレビを見ながらリビングでごろ寝が長時間続くわけです。ここには父と母のものもありますが,ごちゃごちゃになることもあるわけです。私自身がすぐに手元から取り出せるようにして戸棚にしまうようにしています。・トイレ:買いだめたトイレットペーパーとディッシュの箱はを堂々とトイレの中に置きますか?いくら車いすでも入れるような広いトイレでも,これらは納戸でしょう?ところが,納戸に置くと今度はかんかんになるのです。<2階>子世代のスペースですが,勝手に母がインテリアを変える人がいます。・2つの寝室:ださインテリア。日当たりは抜群。しかし,部屋の真ん中に電気カーペットと布団を勝手に敷いた人がいます。犯人はもちろん母です。1階のリビングがうるさいため,2階に避難するのですが,ベットじゃ嫌みたいで…。しかも,南東がぬいぐるみとAVマニアの弟の部屋。オフになるとテレビとスピーカーの音がうるさすぎ。南西が私の寝室ですが,私が家にいるときは布団はあげています。しかし,すぐに母が敷きだしてしまい,しかもベットを壁面にしっかりつけてしまうのです。ちろん私は壁から数cm離します。・北西の書斎:今年は仕事・研究がはかどらず,机の位置を変えたり,東側壁一面に置いてある書棚の一部を赤でコーディネートしたりしました。机は北を向けていたのですが,北に窓があり,思考が停止します。語学系の仕事・研究なので,東に今は机を向けています。ワインレッドグッズも家の北(トイレ)~書斎にあります。しかし,これも母がいじり…。 今日は風が強く,窓掃除はできません。屋根に青子もついていて,気になります。風水にいいことはとにかくやりますが,邪魔者が風水嫌いの母です。
2006.12.29
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今からちょうど20年前のことです。一人の東京在住の中学2年生の少年が盛岡市の公衆トイレで首を吊って亡くなっているのが発見されました。遺書には「このままでは生き地獄になっちゃうよ」と書かれていました。生前,当時,級友やHR担任を含めた教諭4名がこの生徒の葬式ごっごに参加しました。自分の机に生花や自分の写真,線香,飴,夏みかん,追悼メッセージが書かれた色紙が置いてあるのを見た少年はショックを受け,欠席が多くなりました。その後,この少年が登校すれば暴力などによるより悪質な集団いじめが行われました。そして,いつものように登校するといって家を後にしたのが最後となり,最悪の結末になってしまいました。教育委員会や,加害者となったHR担任の元教諭,元級友たちは裁判の結果,慰謝料を払いましたが,この裁判では自殺の原因が一連のいじめであるとまでは断定できなかったようです。 亡くなった少年のことを思うと,今でも本当に胸が痛みます。いじめを受けても,クラスでは笑顔を浮かべ,家庭でも父に怒られるといけないからとなるべく笑顔で暮らそうとしました。が,私はこの報道が流れた直後,その笑顔がテレビで出る度に何度もテレビに向かって「もう怒ってもいいんだよ」と言ったことを覚えています。当時,加害者は匿名報道,被害者の少年は実名報道でした。その後,被害者も場合によっては匿名報道になりました。この報道を通して,心の問題も含めた生徒指導の必要性,いじめそのものに対するもっと正しく向かっていくことなどをつくづく考えされられました。しかし,それからこの事件を教訓にすることができず,いじめによる事件や自殺は絶えませんでした。残念ながら,最近の傾向は,学校評価の問題もあり,こうしたことを教育委員会をはじめとして学校側が隠そうとしていること,当事者のいるクラス担任の過失と指導不足として片付けようとしていること,何よりも問題をきちんと認識していないことが問題になっています。また,今年になり,ハラスメントにより,自殺した先生の報道も目立つようになりました。学校内に教員間の連帯感が欠けています。心の病で倒れる先生も増えています。教育の質もサポートや研修が不十分なため,落ちてしまい,その結果が,一連の不祥事報道につながります。 真面目に問題を処理しようとするとその人が次にはいじめの対象になりやすい教育界の問題が浮き彫りになっています。報道によると,先生の多くが,学生時代いじめたこともいじめられたこともない上,たとえいじめがあった場合も傍観者だったこともが明らかになっています。もちろんそうではない方もいます。実際,いじめについてのメッセージを新聞で読みましたが。いじめられた体験を語った先生のメッセージは実に勇気あるものでした。多くがあっても語れないのが現状です。 読書量が落ちています。大人も子供も公共マナーは目を覆いたくなります。ゆとり教育の導入により,知識量は乏しくなり,人としての視野は狭くなってしまいました。子供は先生の指導には従わないことが増えました。バブル期に物の豊かさや便利さを実感できても,心の豊かさなどは実感できませんでした。携帯電話は確かに便利ですが,公私の区別をつけずに使用をしている人が多すぎです。 よく「皆同じであるよりも,多様性を認めよう」とは言いますが,結局,日本は相変わらず村八分社会なのです。ご都合主義・自己中がまかりとおっています。子供たちが大勢で外で遊ぶことが少なくなり,ファミコンなどで遊ぶことが増えてから,家庭教育が崩壊しています。きちんと育てている方もいますが,過保護か,家庭教育を殆どせずに学校に押しつけるか,過度の虐待が社会問題になっています。人とのつながりも希薄になっており,仲良しグループで徒党を組むしかないのでしょうか。これは日本の社会全般に言えることです。子育てをするのは家庭では親であり,学校では先生であり,地域では地元の年長者であり,それぞれがもっと一体化することで子供はよく育つと思いますし,たとえ悪いことをしても暖かい手があれば,立ち直ることもできます。しかし,昼間ファミレスには,お母さん軍団が子供たちの担任の先生の悪口を言うことでストレス発散しています。働きながら子育てをしている親たちは昼間のファミレス談義に参加することはまず時間的には厳しいし,たとえ参加しても参加することに疑問を抱くでしょう。大人の社会でも,ハラスメントを受けて,不当退職させられる方が絶えません。大人の社会が魅力がないから,子供もいじめをするとは言いますが,私はそうではないと思います。どの時代でもどの世代でもいじめやハラスメントが存在し,そのことを結局は許していった末の生き地獄と考えています。この国自体の教育と呼ばれるものがすべて秩序に欠けていては正しいものは正しいとは教えにくいです。そして,何か問題があるとその責任を誰かに押しつけているのです。連帯感が希薄な中,いくらコミュニケーションが大事だといっても,きれい事になってしまいます。集団の中でコミュニケーションをとることさえままならない訳ですから,ルールを教えようとしても大変になってしまいます。 自分が他人を傷つけても気にはならないくせに,自分が他人により傷つくと必要以上に気にする。そこから人が嫌いになり,自分も嫌になっていく。悲しいかな,私自身にも多くの方にも見られるのが悔しいのです。腹が立ちます。 最近,日曜の夜のラジオ番組も聞くようになりましたが,子供たちの悲鳴は相当なものであり,その親御さんの子供への守りたいという思いも理解できます。悩める子供たちに真剣に手をさしのべようとする親御さんとDJの方に頭が下がります。 政府は,この国の教育を見直したいようですが,本当に学校教育に限らず,家庭教育,企業教育などあらゆる教育と名が付くものを抜本的に変えることが可能でしょうか。それは茨の道になりますし,本当に変えるのなら,相当の腹を決めて変えていることを国民に伝わるようにしてほしいのです。この国の社会そのものの在り方を変えるつもりで。単一民族であり,皆同じが日本の価値観です。この考えがふさわしいとは思えません。が,結局どこかで同じでないと安心しないという部分がいじめを駆り立てている気がします。実に危険です。教育により未来の時代を作る人材をより多く育てることができるはずです。でも,危惧しています。自分たちの子供さえよければ別に他を傷つけたり,マナーなど守らなくてはいいのでしょうか。今度は,その子供が大きくなり,親となったときに誤った方向により,子供を育てかねません。人間が人間を傷つけあったり,傷つけているのを第三者的に傍観する限り,本当の平和はないでしょう。 悲しいかな,この国は教育により崩壊してしまうのでしょうか。私たちが生きるにしても生きる余地がなくなってしまいます。 私自身は,子供時代はずっといじめられ,勤務してからもハラスメントを受けています。私自身の体験を語ることは避けさせていただきますが,このことで私も家族も苦しんでいるのも事実です。おつきあい下手に生まれてから悩んでいます。また,残念ですが,身近に何らかの理由で自ら命を絶った方も知っています。私が抱く悲しみは今も癒えません。必要以上に追いつめられることの苦しみと悲しみを知っているからこそ,訴えたいのです。 本当の秩序はどこにありますか。私たちがより良く生き,活かされていることに喜びを見いだせるようになりたいのに。
2006.12.08
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