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笑いは不思議。どこからやって来るのか、なぜこみ上げてくるのか、説明しようとすると、するりと逃げてしまう。またそれも笑ってしまう。今日は何の日?今日は「落語の日」。ところが調べてみると、この記念日、正式には制定されなかったそうです。「ろく(6)ご(5)」の語呂合わせから生まれたものの、いつの間にか「幻の落語の日」と呼ばれるようになったのだとか。なんだか落語らしい話ですよね。私は落ち込んだ時、なぜか落語を聴きたくなります。お笑い芸人さんの漫才やコントも大好きですが、落語にはまた別の魅力があります。舞台の上には座布団一枚。派手な衣装も、大きな舞台装置もありません。それなのに噺家さんは、話だけでたくさんの人を登場させ、会場中を笑わせてしまいます。声色や仕草が少し変わるだけで、そこには本当に八っつぁんや熊さんがいるように見えてくるのです。私は昔から口下手です。初対面の人との会話も得意ではありませんし、如才なく話題を広げられる人を見ると、心から尊敬してしまいます。だから落語家さんは、私にとってまるで神様のような存在です。言葉だけで人を笑わせる。それがどれほど難しいことかとわかっているからです。そんなことを考えていたら、クエオから子供の頃の話を聞きました。テレビを見ながらケラケラ笑っていたクエオに、お父さんが真面目な顔で尋ねたそうです。「これの、どんなところが面白いんだい?」ところがクエオは困ってしまったのだとか。面白いから笑っているのに、どこがどう面白いのか説明できない。今でもその気持ちは少しわかります。笑いは理屈だけでは説明できません。話の内容だけなら、それほど面白くないこともあります。でも、語る人によっては大笑いになる。間だったり、表情だったり、声の調子だったり。ほんの少しの違いで、人の心は動くのです。だから私は、落語家さんを「言葉の魔術師」だと思っています。そして、ブログを書くたびに思うのです。もし誰かがこの記事を読んで、「ふふっ」と一度でも笑ってくれたならって。それはとても嬉しいことだなあと。クエオ少年は、お父さんに最後まで「どこが面白いのか」を説明できなかったそうです。でも、それでよかったのかもしれません。笑いは説明するものではなく、それぞれが感じるものなのでしょうから。「笑い」は体に良いと言われています。今日もどこかで、誰かが笑っていますように。 箸が転んでもおかしい年頃。そんな時代もありましたねえ。久しぶりに笑ってみませんか?笑いながら聴いているうちに、心まで少し軽くなる、そんなCDです。【特典あり】CD特選落語名人寄席 四巻セット[落語 寄席 名人 プロ 名人芸 噺家 落語家 芸人 公演 しゃべり CD 収録 演目 特選 人気 歴代 昭和 平成 有名 コレクション グッズ マニア ファン セット品 趣味 ギフト プレゼント 父の日 母の日 敬老の日]価格:7,920円(税込、送料別) (2026/6/5時点)楽天で購入今日も来てくださって、ありがとうございました。にほんブログ村また明日、笑ってお会いしましょう。
2026.06.05
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小さな命が草の陰で息をする。見つければ笑うことも、逃げ出したくなることもある。それでも今日も、同じ空の下を生きている。今日は何の日?今日は、「虫の日」だそうです。正直に言うと、私はそれほど虫が好きではありません。まあ、そうは言っても蝶々やてんとう虫なら「かわいいなあ」と思いますし、花の周りを飛んでいる姿を見れば、季節を感じたりもします。でも、カメムシやゴキブリが突然現れたら話は別です。思わず悲鳴を上げてしまいますし即、退治です。虫とひとことで言っても不思議ですよね。蝶は好き。てんとう虫も好き。でも、ゴキブリは嫌い。カメムシも苦手。本当はどれも同じ「虫」であり、小さな命であることに変わりはないはずなのに。人間は昔から、自分たちに利益をもたらすものを「益虫」、困らせるものを「害虫」と呼んできました。でも、それは人間側の都合です。虫たちは虫たちなりに、一生懸命生きているだけなのかもしれません。そう考えると少し申し訳ない気持ちにもなります。とはいえーー理想と現実はなかなか一致しませんね。😅さて、そんな我が家には、かつて虫に夢中になった人がおりました。そう、クエオです。クエオは昆虫の中でも、カブトムシやクワガタが大好き。きっと子どもの頃、夏になると夢中で追いかけていたのでしょう。大人になってからも、その情熱は消えていませんでした。「子供たちに見せてやりたいなあ」そう言って、ある年、カブトムシの飼育セットを買ってきたのです。ところが、肝心の子供たちはというと……「虫はちょっと……」見事なまでに興味なし。そればかりか、怖がって逃げます。それでもクエオは負けません。虫かごを用意し、昆虫ゼリーを買い込み、せっせと世話をしていました。ところが、しばらくすると雲行きが怪しくなります。熱しやすく冷めやすいクエオ。だんだん世話がおろそかになり、気がつけばカブトムシたちは全滅。倉庫には使いきれなかった昆虫ゼリーと虫かごだけが、たくさん残されました。なんだか今の亀たちの飼育を見ているようです。好きになる時は全力。でも、飽きる時も全力。それがクエオらしいところなのかもしれません。(笑)好きな虫、嫌いな虫。きれいな虫、苦手な虫。人間はどうしても分けて考えてしまいます。それもまた、人間らしさなのかもしれません。今日の虫の日。庭の草むらや道ばたで生きる小さな命たちに、少しだけ目を向けてみようかなと思います。もちろん――ゴキブリだけは、見つけないことを願いながら。😄虫が好きな人も、ちょっと苦手だなって思う人も、夢中になる図鑑がありました。手塚さんならではの、温かい眼差しで昆虫の世界が生き生きと書かれている一冊です。【中古】 手塚治虫昆虫図鑑 講談社+α文庫/手塚治虫,小林準治価格:786円(税込、送料別) (2026/6/3時点)楽天で購入ただの虫なんかじゃない。それぞれに命があり、役割がある。親子で眺めてみるのもおすすめです。😄今日も来てくださって、ありがとうございました。にほんブログ村また明日、元気にお会いしましょう。
2026.06.04
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まっすぐ歩いているつもりでも少しずつ、ズレていることがある。道も、地図も、人生も。だから時々、立ち止まって確かめる。ちょっとのズレが命取り。今日は何の日?今日は、「測量の日」だそうです。測量というと、道路脇で三脚を立てて何かをのぞいている人を思い浮かべます。地図を作るにも、橋を架けるにも、家を建てるにも、まずは正確に測ることから始まります。ほんの少しの誤差でも積み重なれば、大きなずれになってしまうそうです。昔は測量士さんたちが、自分の足で山を越え、川を渡りながら土地を測っていたとか。今ではGPSやドローンなども活躍しているそうですが、その正確さを支えているのは、やはり人の努力なのでしょうね。でも、人の心はなかなか正確には測れないものです。子供が受験生だった頃のことです。クエオは仕事が忙しく、家にもほとんどいませんでした。進路の相談や学校のことも、私と子供だけで進めていました。クエオ自身も教育方針にはほとんど口を出しませんでしたし、忙しい人を煩わせるのも悪いなあと思っていたのです。ところがある日、「進路はどうなってる?」と突然聞いてきました。私は軽い気持ちで、「ああ、大丈夫。クエオには関係ないから〜」と言ってしまったのです。するとクエオは突然怒り「関係ないとは何だ!俺は蚊帳の外なのか!」と、怒鳴ったのです。私は本当に驚きました。だって、興味がないのだと思っていたのですから。でも今思えば、口を出さなかっただけで、父親として子供の将来をちゃんと気にしていたのでしょうね。土地の広さは測れても、人の気持ちの深さは測れません。私たちはつい、「きっとこう思っているだろう」「たぶん気にしていないだろう」と、自分の物差しで相手を測ってしまいます。でも本当は、全く違うこともあるのでしょう。昔の測量士さんたちは、何度も確かめながら土地を測ったそうです。人の心も同じで、決めつける前に、もう少し確かめてみることが大切なのかもしれませんね。あの日のクエオの怒った顔を思い出しながら、人の心の奥行きは、どんな立派な測量機でも測れないのだろうなあと、そんなことを考えた測量の日でした。皆さんも、何かしら測り間違えたものってありますか?人の心はなかなか測れません。そんなことを考えていたら、この『西の魔女が死んだ』を思い出しました。西の魔女が死んだ (新潮文庫 新潮文庫) [ 梨木 香歩 ]価格:649円(税込、送料無料) (2026/6/2時点)楽天で購入おばあちゃんと孫娘が過ごす何気ない日々の中で、人を思いやること、言葉にしなくても伝わる気持ちの大切さが静かに描かれています。相手の気持ちは、定規でも測量機でも測れない。だからこそ、想像したり、確かめたり、時には寄り添ったりするのでしょうね。読み終えた後、心の中に優しい灯りがともるような一冊です。今日も来てくださって、ありがとうございました。にほんブログ村明日もまた、笑顔でお会いしましょう。
2026.06.03
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近道は覚えた遠回りの意味も知ったそれでも時々知らない細い道を選びたくなるのはあの頃の私がまだ心のどこかで遊んでいるから今日は何の日?今日は路地の日だそうです。子どもの頃、どうしてあんなに路地が好きだったのでしょう。狭くて薄暗い道。家と家のわずかな隙間。誰も使っていない物置小屋。そんな場所を見つけると、まるで宝物を見つけたような気持ちになったものです。勝手に「秘密基地」と名付けては、友達と集まり、何をするわけでもなく夢中になって遊んでいました。大人から見れば、「そんな狭いところに入らなくても」「服を汚してまで何が楽しいの?」「寄り道しないでまっすぐ帰ってきなさい」と思うような場所ばかりだったでしょう。それでも、私たちにとって路地は特別でした。今思えば、そこには何もありませんでした。立派な遊具もなければ、アトラクションもありません。けれど、何もなかったからこそ、自分たちで想像し、自分たちで遊びを作り出していたのだと思います。空き地の草むらは探検の舞台になり、石ころは宝物になり、細い路地は未知の世界へ続く入り口になりました。子どもたちは、与えられたもので遊ぶのではなく、目の前にある風景そのものを遊び場に変えていたのです。不思議なのは、何十年経った今でも、その頃の記憶が鮮やかによみがえることです。路地から吹いてくる風。どこかの庭先から漂う花の香り。ふとした瞬間に出会う懐かしい匂い。そんなものに触れると、一気に子どもの頃へ引き戻されそうになります。あの頃は、自然の中で遊ぼうと思っていたわけではありません。ただ、そこに自然がありました。風を感じ、土の匂いを嗅ぎ、草に触れ、季節の移ろいを全身で受け止めながら遊んでいたのです。だからこそ、その感覚が今も体のどこかに残っているのでしょう。そういえば、クエオはドライブをしていても、新しいバイパスより旧道の方が好きだと言います。先日訪れた温泉街も、安全で便利なトンネルができていて、昔のような細く険しい山道を通らなくても行けるようになっていました。もちろん、その方が安心ですし、時間もかかりません。それでもクエオは、「ヒヤヒヤしながらでも、山あいの景色を眺めながら走る方がいいなあ」と言います。その気持ちは、少し分かる気がします。便利な道は目的地へまっすぐ連れて行ってくれます。けれど、細い路地や旧道には、寄り道があります。発見があります。物語があります。子どもの頃に夢中になった路地も、大人になって心惹かれる山道も、きっと同じなのかもしれません。目的地だけではなく、その途中にある風景を楽しみたい。知らない曲がり角の先を見てみたい。そんな気持ちが、今も心のどこかに残っているのでしょう。だから私たちは、ときどき細い道を選びたくなるのかもしれません。あの頃の自分に、もう一度会うために。今日も来てくださって、ありがとうございました。にほんブログ村また明日、元気にお会いしましょう。
2026.06.02
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アルバムを開けばそこにいるのは若かった私もう会えない人小さかった子どもたち一枚の写真は過ぎ去った時間のかけら捨てられずにいるのは写真ではなくあの日の思い出なのかもしれない今日は何の日?今日は写真の日です。とはいえ、今は写真を撮っても、ほとんどプリントアウトしなくなりました。スマホの中には何千枚もの写真が入っていますが、昔のようにアルバムを作ることはありません。削除も、加工も瞬間でできます。便利になりました。以前は、写真を現像し、アルバムを用意して、一枚一枚貼りながら家族の思い出を残していました。そして気がつけばぶあついアルバムに。😅断捨離をして、かなりの写真は処分しました。それでも、子どもたちの分、自分たちの分、そして父母の分と、まだ整理されていないアルバムがたくさんあります。特に悩ましいのが、亡くなった義父母のアルバムです。親の家を畳んだ時、「捨てないで」とクエオに言われて持ち帰った段ボールいっぱいのアルバムたち。持ってきてから一度も開いていません。正直なところ、心の奥では「早く処分したい」と思っている自分がいます。もしかしたら、態度にも出ていたかもしれません。ところが先日、息子のお嫁さんに「息子の小さい頃の写真、あげるよ」と言った時のことです。私としては、息子の可愛かった時代の写真なので、喜ばれるかと思ったのですが・・・お嫁さんはあまりうれしそうな顔をしないのです。気に入った写真だけをスマホでパッと撮って、「これだけでいいです」と言うのです。その瞬間、私はハッとしました。きっとクエオも、私がアルバムの処分を口にした時、同じような寂しさを感じたのではないだろうか、と。一枚の写真には、その時代の空気や人のぬくもり、言葉にならない思い出が詰まっています。見返すことがなくなったとしても、そこには確かに誰かの人生の一場面が残されているのです。写真の処分は、本当に難しいものです。思い出がなくなってしまうようで、どこか怖いのです。けれど現実には、いつか誰かが整理しなければなりません。もし私が手をつけなければ、いつの日か子どもたちがため息をつきながら、この大量のアルバムと向き合うことになるのでしょう。そう考えると、元気なうちに少しずつ整理しておくことも、残される人への思いやりなのかもしれません。写真の日。思い出を残すことと、手放すこと。その間で揺れながら、今日も私はアルバムの箱を見つめています。こんなふうにすっきりと。「立つ鳥跡を濁さず」ですね。今日も来てくださって、ありがとうございました。にほんブログ村また明日、笑顔でお会いしましょう。😄
2026.06.01
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