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母tocoは、鼻に挿していた栄養を入れるチューブを勝手に抜いてしまい、それが幸いして口から食事を摂るようになった。が、これがまた。。。もともと食の細いtocoである。この2年間、がんばってがんばって食べさせて、やっと10kg増やして健康的な体重にまで持ってきたのだ。そう簡単には食べてくれない。やはりお腹が空いているのだろう快食な時もあるが、気が向かないと口をつぐんで食べ物を受け入れようとしない。それどころかお茶も口に含まない。大体のパターンが、初めは口をつぐむがそのうち開けて食べる。で、また食べなくなって。。。の繰り返しなのだが、昨晩は、30分ほどでぱったり口を開けなくなり、1時間あまりねばったが堅く口を閉ざしてしまった。食べさせるのが上手なヘルパーさんに手伝ってもらったが、一切受け付けず、終了!歯磨きをしたが、もともと口に物を入れるのが嫌いなので、歯の外側は何とか磨けたが、内側にブラシを当てようとして歯ブラシをがっしり噛んで磨かさないよう抵抗した。また、tocoはもともとうがいが苦手で(自分ができないので、子供である私にちゃんと教えることができなかったため母娘そろって正しいうがいができないのだ^^;)何とか口に水を含んでも吐き出すことができない。tocoの歯磨きは、歯ブラシを口に入れて磨き、出した歯ブラシをすすいでまた口に入れるよいう方法をとっている。同じ病室では、tocoよりも体は動かないが意志の疎通がとれるおばあさんが2人いて、お一人は、夕食時に娘さんと看護婦さんをしているお孫さんがほぼ毎日やってきて(そのお二方が来られない場合は他の娘さんや息子さんが複数でやって来る)二人がかりで楽しく食事させている。うちは、父と私しかいないので、tocoの食事は、私が行ける時にしか行かないし、日頃から無理矢理ご飯を食べさせてきた私ではどうも抵抗があるらしい。楽しそうな食事風景を眺めながら、私も楽しませながら食べさせなければと思うのだが、あちらの方は食にどん欲な方で、メロンとかトマトとかプリントか、欲しいものを要求しそれに応えている。こちらといえば、食べたい物が言えないどころ、たまに「これはマズイ」と言ってはみるが「イヤ」としか意志の疎通らしき物はできず、全然別の話を延々とし始める。しかも、話の大半が架空の愚痴で、日本語になっていない箇所の方が多く、こちらの方も聞き取りができない。昨日の愚痴は「養子をとるってことで。。。。。。(私の目を見すえて)あんたが、ちゃんと手続きを。。。。筋道を立てて話をしないからいけない。私は全部見ている。。。。そこにいる二人の女の人が。。。。」てな調子。以前寝たきりになり、一時的に惚けていた時は「おとうさんが家を売り払ったが、あんたはどこで暮らしている?。。。また今日も私を置いて、あの人は飲みに行った。。。」という話が主だった。ま、これは言葉が明瞭だったために、また空想の世界なのね。と、思えたが、今回は、時空を超えて私の諸行や人の目に見えない霊とかが全部見えているの?とついつい怖くなってしまう(私もかなりの妄想家^^;(笑))。昨晩は、あまりにも凹んでしまったので、電話で父に話したら、「あ、そう」で終わりだった。さらに凹んだ私。話は飛ぶが、先日、特別養護老人ホームの入所申込書をケアマネさんのところに持っていった時に、「先ほど、看護師長から電話がありまして、お母さんは歩いているそうですね。ごはんも口から食べているようだし。特養というよりも、グループホームを考えられたらどうですか」と告げられた。ちょっと待った!グループホームは、共同生活ができる方というのが前提なのでは。。。tocoが歩くといっても、ベッドから車椅子に移る時に立たせてから手を添えれば2,3歩足を進めるのであって、自分の意志で歩くのではない。立ち居が自在にできるというわけではないのだ。口から食べるといっても、気分にムラがあり、やはり胃に穴を開けて流動食を入れる「いろう」と併用しなければならない模様。ケアマネさんは、確かめもせず電話一つで判断しているんだろうなと思った。私任せでOK!と気楽に考えている父はまったく話にならないので、ケアマネさんだけが頼りなのに。。。ガッカリだった。他にも利用者さんがたくさんいるから、いちいち取り合ってられないだろうが、私にはアンタしかいないのよっ!なのだ。ケアマネさんは、状態が改善されたら、特別養護老人ホームには入れませんよと、暗に言っているのだろうが、父のこれまでの態度を見ていると、負担が全部私一人にかかる在宅介護は、精神的に絶対無理である。まだ意志の疎通がとれれば、もう少し気が楽になるのだが、今でさえ、気の抜ける日がないのだから、早めにバンザイをしておくしかない。知人が、自転車に乗っていて「このまま後ろからトラックにはねられて、死んでしまえば楽になれると何度思ったことか、といつも考える」と言ってたことがホントよくわかる。tocoの世話をしていると、幼い頃から「アンタは私の面倒を見させるために産んだ」と言い聞かされてきたトラウマが蘇り、正直、常にニコニコ世話をすることは困難だ。こっちの頭までおかしくなってきそうなこの頃である。
2007.04.22
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母tocoの病棟の看護師長さんは若い男性で、いつもキリッとテキパキされている。で、今日、今後のtocoについてのお話を伺った。結局、脳外科での治療は終了。これ以上の改善は見込めない。よって、退院するか、リハビリ病棟へ行くか、特別養護老人ホームへ行くか。この3つの道があるという。師長さんとしては、リハビリ病棟である程度のカラダの動きの改善に励んだ後、特養へ。というのが最善ではないでしょうか。とのことだった。むろん、すぐに特養に入れるワケはないのだが。父と私の見解も、まったくもってその通り。がんばって在宅介護の道を選んだとしても、とうてい頑張り通せるものではないし、一旦退院してしまうと、入院は難しく、特養の入所待ちをしている間に肉体的にも精神的にも、父と私のダウンは必至。カンファレンスの後、丁度、叔父の特養へ行く予定だったので、早速、相談員さんに事の次第を話し、入所申込書を頂いてきた。この素早さには、師長さんもビックリ☆(@o@)☆!遠からず特養のお世話になる日が来るだろうと、父と話しており、その時には、叔父と同じところにしたいと決めていたのだ。が、やはり、脳外科的に、これ以上の改善は見込めないとハッキリ言われてみると、ショックはショックだ。まぁ、父にしてみれば、在宅介護には計り知れない不安があり、特養入所まではリハビリ病棟や療養病棟を行き来しながら病院でお世話になれるということが、ハッキリ判ったので、気持ち的に楽になったようだ。叔父のことも、全面的に特養にお任せしたいという気持ちがあるようだが、私としては、できる範囲は関わり、足りなくなった衣料を調達してきて名前を刺繍する程度はしてあげたい。ま、これまた全部に全部なので、父は見かねているらしい。tocoの正式な申し込みは、新しい介護度の認定がおりてからになるが、現在、女性は50人待ち。中には軽度の方も含まれるので、実質的には2~30人待ちだそうだ。ここは、老朽化した施設なので、待っている人が少ないが、何しろ、お世話してくださる方が皆さんハートのある方ばかりなので、入ることができれば安心することができる。分からなくなる直前まで、自宅でいつものように暮らすことができたこの2年間。一旦は、寝たきりになっていただけに、神様からのプレゼントだったともいえる。意志の疎通はムツカシイが、少しでも笑顔が見えますように。一日一日悔いのない時間を過ごすことの大切さをしみじみ感じる。と言いつつ、今日はこれから、ビアガーデンへと向かう雪絵である。
2007.04.17
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辞書には、コンファレンスと書いてあるが、こちらの病院や施設ではカンファレンスといわれている。直訳すると会議とかいう意味らしいが、病状や状況を病院や施設側から説明され、家族や患者とともに今後、何をゴールに治療やリハビリを進めて行くか話し合うことを指す。で、明日はtocoのカンファレンスだ。tocoがミラクルを起こしてくれるのは嬉しいが、ミラクルは起きている時のみ。1時間も起きていると、いつのまにか、睡魔という魔物に吸い込まれるようにして、ふ~~~~~っと目を閉じてしまう。で、10分ほど眠っていたかと思うと、パチッと目を覚まし、またすぐ、ふ~~~~っ。深い眠りの時は、まったく無反応で、カラダを動かそうとしても丸太棒のようにまっすぐ固まっている。今日は、朝、ず~っと付いていたのだが、11時ごろにやっとパチッと目を覚まし、うじゃうじゃ独り言を言っているとリハビリの先生がやって来てくれた。で、車椅子に乗せ、リハビリ病棟へ。今日は少し歩いたらしい。が、自分の意志ではなく、手を添えられて引かれると本能的に歩くのだと思う。これは、自宅でのリハビリの成果がカラダに染みついてのことだと確信する。自宅で過ごしている時も嫌がるのを無理矢理手を引いて歩かせていた。もう動けないと言っても、少し引っ張ると足が出たのだ。元を辿れば、子供の時から蓄えたカルシウムのお陰といえよう。で、丁度、食事時に目を覚ましていたので、今日はゼリーを「おいしい」と言って食べたそうだ。このように、頭の回線が正しく接続されている時間は1日の内、10分あるかないかだ。tocoが、自分の名前や私たち家族の名前を思い出すってことは、アルツハイマーの症状であるからこちらの方の改善は全く見込めない。なにしろ、その細胞が死滅しているというのだから。。。病院でも、どこまでが脳外科で、どこからが精神科なのか、よく判らないんだろうなぁ。今の病院には、長期療養病棟が併設されているので、しばらくそちらでお世話になりたいと願っているのだが、歩けるようになれば、すぐに退院という話も伺った。こうしたいという自分の意志が持てないtocoにとって、カラダが勝手に動くようになるということにでもなれば、四六時中付いていても手を握ったり、時には拘束しなければならない為に、本人にとっても良いことではないと思える。今も、顔を見に行けば、手を動かさないように抑えてあるバンドを外してあげるが、少し目を離すと鼻に通ったチューブを抜きにかかる。またチューブを入れ直すとなると本人にもかなりの負担なので、ずっと手を握っているが、これがこちらも重労働。少しでもストレスを和らげてあげようとして、お互いストレスをため込んでいるような気もする。そうそう、大阪のケアハウスにいる叔母は、ずいぶんと体重が落ちたせいで足の痛みがウソのように消え、手押し車や杖の助けを借りなくても滞りなく歩けるようになったそうだ。物忘れがひどい、以前の入院の記憶がない、だから私も認知症。などと彼女はのたまうが、タクシーに乗ればちゃんと行き先を告げられるし、人に訊くことが得意なので、思い立って飛行機にでも乗ってしまえば、tocoのもとへ一直線に会いに来そうでドキドキしている。近頃、叔母を見舞ってくれている叔母の従兄弟の娘さんの話によると、足腰が回復したので、故郷に帰り十分独り暮らしができると確信しているらしく、本当に実行に移しかねないそうだ。もちろん、決行するなら、息子夫婦に無断だろうから。今度こそ、親子の縁切りになり、叔母の実家であるウチが面倒を見ざるを得なくなる>ひぇ~~~。ま、叔母は年齢を超え、百歳アップまで愚痴をこぼしながら長生きするだろう。ここんところ、その叔母の従兄弟の娘さんと頻繁に電話で話し、なるべく大阪の実の息子のもとで心安らかに暮らせるよう意見の一致を見た。その娘さんも、実のお父さんが、脳の左の方が出血し、なんとか特別養護老人ホームにお世話になっているものの、大阪の施設の事情は厳しいようで、ご自分も世話をしに行かなければならないそうだ。が、在宅介護は限界なので、入居できているだけでも有難いと仰っていた。あ~あ、右を向いても、左を見ても~♪ ま、それは、それなりに、がんばりまっしょい!である。
2007.04.16
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昨日から今日にかけての母tocoの回復ぶりは実にめざましい。一昨日まで、車いすに10分ほどしか座っていられなかったのだが、昨日から結構長くても平気になり、今日は2時間ほど座っていた。そして、車いすからベッドに移る時、少しの支えで数歩歩いたそうだ。そして、お約束通りの食べる練習。アイスクリーム一口からゼリーへと進歩した。が、リハビリの先生とも話したのだが、「動く」「食べる」に自分の意志がまったく介在しない。言ってみれば、実力はあるのに自らは発揮できないのだ。まぁ、カラダが勝手に動くよりはコントロールがきくのだが、アルツハイマーとの兼ね合いは実に予測がつかないモノだなぁと改めて感じる。昨日は、10年ぶりに知人とバッタリ出くわし、話し込んでしまった。というのも、彼女のお母様もアルツハイマーで、今は特別養護老人ホームに入居しているとのこと。カラダを動かす時に痛がる話など、経験者でないと微妙に理解できない事をお互い、そうよね、そうよね、とついつい話し込んでしまった。そして、今日も数ヶ月ぶりに、アルツハイマーの母をもつ友達とバッタリ。まだ自分の意志があるので、施設を利用するのを嫌がるが、深夜に徘徊に似た行動を繰り返すので家族ではもう見きれないとのこと。お二人とも、tocoにとってここ2年間劇的に効いた新薬がカラダに合わず、服用を断念し、家族が手を焼いたそうだ。そして、お二人とも、その薬が効く人もいるのねぇ。と感心していた。やっぱりtocoはミラクルな人だ。そうそう、tocoの言葉もだんだんハッキリしてきた。が、やはり脈絡がなく、意志の疎通ができないが、それなりに周りの皆さんに返事を返したり、一人でブツブツ語っている。時々、頭の回線が繋がるらしく、昨日も今日も「私は、誰?」と訊いてきた。「tocoちゃんよ」と返したが「わからん!」と言う。一応、疎通ができたと見るか見ないか、いやはや、判断がムツカシイ。明日も、ミラクルなtocoでありますように。
2007.04.13
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はらはら川面に落ちた桜の花びらが群れて浮いてる様子を、花筏(はないかだ)というんだそうだが、う~む。大量すぎて、これでは風情がないんじゃないと思うのは私だけ?母tocoは、今日、アイスクリームをなめることができて、明後日から流動食の練習を始めるそう。なかなか大きな歩みがあった一日だった。
2007.04.11
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近所の公園の桜が葉桜になりつつあり、淡いピンクと新緑を感じさせる薄緑がやさしいコントラストを映し出し、いつまでもじっと眺めていたい今日この頃である。さてさて、入院中の母tocoは、アルツハイマーの影響なのか、手を触ると痛がって、ひどい時には泣き叫ぶようになってきた。元気な頃も、朝起きる時、カラダを触ると痛がったが、動かすことで痛みが治まるというので、なだめながらカラダを「起動」させていた。今も、さすったり、もんだりしているうちに痛みが和らぐようだが、急にチカラを込めることがあり、そうなればまた痛がる。意志の疎通が全くできないために、どうしてあげることもできず、動かさないままだとカラダが固まってしまうので、リハビリの先生方もtocoをなだめながら、一日二回、気長に気長に、車椅子に座らせてくださる。そんな中、不思議なのは、足を動かしても全く痛がらないということ。それどころか、ベッドから車いすに移る時、軽くカラダを支えるだけで足はきっちり運べるらしい。これも、元気な頃に、嫌がるtocoをなだめながら日々スーパーを歩かせた「脚力の貯金」があるからだと勝手に確信している。そうそう、一昨日は、介護度の認定調査に担当の方が来てくださった。「5」ってことになるんだろうな。一般病棟で3ヶ月が経過すれば、通りを1本隔てた長期療養型の介護病棟へ移してくださるということらしい。総合病院の有り難さを改めて感じている。その一昨日、同じ病院で近所の幼なじみのお婆さんが97歳で亡くなった。病状が安定しているという理由で、再三、在宅介護を勧告されたそうだが、ベッドから落ちたり肺炎にかかったりを繰り返し、介護病棟と一般病棟を数年往復された。お婆さんも頑張ったが、仕事をしながらお世話をされたお嫁さんであるお母さんは、いくら歩いて数分の近所の病院だとはいえ、毎日毎日足繁く通い、本当によく頑張った。今度は、そのお母さんにお疲れがでませんようにと願うばかりだ。
2007.04.11
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昨日、今日と母tocoは、うとうとと眠り続け、父が訪ねても、ち~っとも目を開けようとしない。父もがっくりの様子。で、気分転換のドライブがてら、土佐山田というところの「八王子」の桜を見に行った。昼だというのに、外は寒くて辟易。が、車の中はぬくぬくで、少しは気分も明るくなったようだ。
2007.04.05
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入院中の母tocoに、少しずつ言葉らしき物が戻りつつある。とはいうものの、意味とか脈略とかは成り立っていないのだが。。。今日は、私の顔を見るなり「あんたが、お母さん?」と真顔で言われた。う~む。「そうだったら、わたしゃ、100歳以上よん」と、返しておいた(笑)。朝、様子を見に行くとほとんど寝ているtocoだが、目を覚ましていると機嫌が悪く、調子が上がってくるのは、昼過ぎから。今日の「お言葉」は、3時頃の出来事だった。手の方も活発に(とは言っても、以前と比べるとだが)動くようになってきた。本日は、珍しくリハビリの先生の髪の毛に手を伸ばし、引っ張っていた。いやはや。そして、終了したら挨拶をするのだが、いっこうに「ありがとう」も「さよなら」も言わず、「よくやった!」というような感じの言葉を口走った。これには、みんな大笑いである。が、本人は、意識しているのかいないのか。それなりに、舌が回るようになってきたので、食べ物の方も口から摂取できるようになればいいのになと、欲が出てくる。鼻から胃へとチューブを通しての食事はシンドイだろうなぁ。が、特養に入っている叔父は、一時(とは言っても長い間だが)このチューブを通し、それでもダメになったのでお腹からチューブを通す「胃廊(いろう)」という方法で食事を摂っていた。病院を移り、リハビリをしていただいたお陰で、今は、口から摂取できるようになったが、口から食べるということの有り難さが傍で見ていてもしみじみと判ったような気がする。ところで、tocoの実姉から「毎日毎日心配で夜も眠れない」という葉書が届いた。なんと返事を返してよいやら、いっそのことtocoの実際を写メして送りそうになる。しか~し、そんなの見たら「卒倒」してしまうに違いない。毎日毎日報告しても、1日でめざましい進歩はないので、すれば心配は増すばかりだろう。週に一度なら進歩の様子もまとまるかもしれないので、文書で様子を知らせようと思う。明日のtocoの口から発せられる「お言葉」が楽しみだ。
2007.04.03
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今日は、公私ともにお世話になっている方のお誕生日で、お祝いをするはずだったが、肩すかしで、後日ということになった。夕方早くから出かけるためには、母tocoが入院中とはいえ、こちらも色々と用意がある。さらに、急な仕事が入り、ドタバタ。ま、なんとか一日を充実感をもって過ごすことができてホッとした。さて、tocoは、少しずつ、発音が単語になり、こちらの言うことが判るかも?ってことが多くなってきた。病室も、ナースステーションから遠い部屋になり、牛歩の歩みではあるが、着実な回復が見られているようだ。明日はどうかなと思うより、来週はどうかなと思うことが励みになる今日この頃である。
2007.04.02
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3日前まで、まだ咲かないのかと憂いていた桜が、ボンッ!と一斉に咲き始めた。画像は、近所の思い出の桜。あるお爺さんが何年も何年も丹誠込めて手入れをしていて、亡くなった後も、毎年目を楽しませてくれている。さて、母tocoは、相変わらず、うつらうつらと眠り、時折目を覚ましている。まだ、受け答えができないが、一日に数回、判ったようなことを言うこともある。今日は、看護師さんに「いつもお世話になって、すみません」と言ったそうだ。私には、顔を見て「嬉しい」と発した。だが、発する言葉は、ほとんど日本語になっておらず、こちらの言うことには興味を示さない。道のりは長そうだが、この2年で日々がんばって増やした体重と身につけた体力をもってしてなんとか乗り切って欲しいものだ。この桜も、見せてやりたかったなぁ。来年に、期待っ!(o^-')b
2007.04.01
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