サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.23
XML
カテゴリ: 文学
 光源氏二十五歳の夏から翌年の春にかけて、どうも宮廷内では右大臣派の政治的策謀があった由で、「須磨」の帖の冒頭、すでに彼は官位を剥奪されていて、さらにはこのまま放っておくと、菅原道真ならぬ「島流し」の憂きめに合いかねない状況に追い込まれています。というわけで、彼は先手を打って我から都を去り、政界への色気が無いことを天下に示して、これ以上の咎めを免れようと考えます。
 前にも触れましたが、このかんの云わば生臭い政略や陰謀めいた話を、紫式部は厳密に省いていて、花散里(ともう一人?)との、のどかなやりとりだけが語られているのです。あとから考えてみると、紫の上の父である兵部卿の宮や、「宇治十帖」に登場する八の宮も、この陰謀劇に加担しているように思え、男の読者としては大いに関心をそそられる部分なのですが、彼女はこの種の政治向きの話については、いっさい触れません。これは当然、政治ごとは女が語るべきことにあらず、という当時の一般的な禁則に従っているので、彼女の主たる関心事からいっても、そちらの記述で時間を取るのは本意ではなかったでしょうし、またそちらのことで、余計な非難や噂の種にされては、彼女(と彼女の主たる読者)にとって、肝心のことが書けない(読めない)ということで、腹ふくれるところだったでしょう。。
 ただ、だからといってそれらのディテールが、いいかげんかと言えば、もちろんそうではなくて、あれこれ詮索すれば上のような陰謀劇が容易に想像される、これは細目の点描が精確だからで、王朝夢物語ではあっても、それを古びた昔物語ではなく、同時代を生きる女房社会の気息で描こうとすれば、どうしても必要なテクニックなのです。

 このあたり、少し話は別になりますが、映画「スター・ウォーズ」がSF映画はヒットしないという、それまでの映画界の常識をひっくり返して、空前の大ヒットを当時記録したというのは、もちろんストーリーの面白さもあったのですが、私に言わせると、SF映画におなじみの道具立ての細部がとても凝っていて、いわば玄人も納得させる出来だったからだと思うのです。荒唐無稽な空想科学に玄人って何やねん、と言われそうですが、マニアックなSF小説ファンにとっては、連星系の惑星だとかWarp Driveとか、SFではおなじみの道具立てがしっかりしていないとガマンできない、というところが必ずあって、「スター・ウォーズ」は当時としては、それらの要求を相当程度満足させるできばえだったのです。それまでのSF映画はそうした細目が(資金的技術的に未熟で)とにかくチャチすぎて、観るに耐えないものばかり、その結果一流のSF作家が敬遠して、B級映画ばかりが作られていたのでした。

 本筋のストーリーが荒唐無稽な王朝夢物語でも、細部の記述が行き届いているので、知らないうちに中味に引き込まれてしまうというのは、この物語の大きな特徴ですが、その意味で、「源氏物語」が政治を語らないといっても、それが紫式部は政治を知らない、ということに結びつかず、むしろよく知っていただろうと思わせるのは、こうした細部の記述が、彼女の傑出した観察眼でしっかり描かれているからです。
 すべてを書かなくても「知ってるぞ」という仄めかしだけで、この物語の表で語られる話の背景に、同時代の政治社会風景が大きく広がっている、と思わせるところはさすがですね。

 というわけで彼女は、、このかんの時間の経過だけを、「花散里」の帖の挿入で示そうとしたかのようです。ただしその中味が、主人公の切迫した世俗的状況とあまりに懸け離れているので、あらでもの空想をしてしまいそうになるというのは、先にも書いたことでした。

 さて、「須磨」の帖では、都を落ちて行く主人公の動きが描かれるのですが、読者としてはドロドロの愛憎劇を「葵」「賢木」の帖で、みせられた後ということで、公的にも私的にも主人公が都を離れるというのは、本人たちの気分とは別にちょっとホッとするところがあって、この後の旅先での冒険譚を大いに期待してしまうのですが、さて …。

― つづく ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.04.23 14:59:03
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: