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rururu77さん
「しろ」さん記録もかねて、しばらく父の話が続きます。
覚えているうちに、できるだけ詳しく記しておきたいのです。
7月13日(土)午後7:00~通夜が行われるこの日。
朝早くから葬儀社の担当者Yさんが来られ、前日仮通夜のあと、ある程度の打ち合わせをしていたものの細かいチェックからこの日はスタートしました。
ベテラン担当者Yさん(女性)には、通夜、葬儀の2日間、本当に親身になってお世話していただきました。後で聞くと、随分前に若くしてご主人を亡くし、遺族の気持ちが痛いほどわかるのだそうです。辛い経験をされた方は、その分優しい人が多いですね・・・
祭壇や棺の種類、会場の大きさ、祭壇のお花をタイガースカラーの黄色をメインにしてもらうことなど、ある程度は仮通夜のあとの打ち合わせで決めていたのですが、生花や籠盛の数や位置、通夜ぶるまいの料理のことや、葬儀のあとの中陰の料理などなど・・・決めることがたくさんあります。
実は、仮通夜のあとの打ち合わせでは、叔父たちが残っていたのでいろいろ口出しされて(そのことはまたのちほど)かなり時間がかかってしまったのだけれど、今回は私たちだけなのですんなり決まりました。
会場では、父のいろんな写真や飾りつけをしてくれるというので、昨夜だんなが選んでくれた父の写真のデータと、阪神グッズをYさんに渡し打ち合わせ終了。
次は納棺です。
なんと、若いかわいい女性の納棺師が2人いらして、でっかい介護用のようなバスタブ持ってきてくれて、まずは父を洗ってくださいました。私と妹も一緒に足のほうを洗いました。なんせ入院してからは、ただの1度もお風呂に入れなかったのです。どうしても洗ってあげたくて・・・
髪もシャンプーしてもらってドライヤーかけてもらって、白装束の上からタイガースの法被を着せてくれました。それから、お顔はどうしましょ?と聞かれました。
このままでもいいし、入れ歯が入っていた時のように調えることもできますよとおっしゃるので、そうしてもらうことにして、少しの間私も妹も退席。
しばらくして、お二人から呼ばれ父に会いにいくと・・・
そこには、元気だったころの父が待っていました。
「お父さんだ!!そのままのお父さんだ!!」
泣けましたねぇ~嬉しくて。
もともと体はげっそりと痩せて、痛々しかったのだけれど、ステロイドの影響か顔はあまり痩せることはありませんでした。けれど、口から食べられなくなって、入れ歯をはずしていたので、口元はくぼんで以前の父よりずっと老人の顔になってしまっていました。
それでも、家に帰ったらむくみは消えて楽になったのか笑っているようにも見えたので、それだけで私たち家族は満足していたのだけれど、納棺師さんにお顔を整えてもらって本当に良かった!!心からそう思いました。
妹も母もびっくりし、そして喜んでいました。
どうして以前の父の顔がわかったんですか?写真でも見たのですか?と聞いてみると、「いえ、お顔をさわっていると、お父様の笑顔が見えてきたので、そのイメージで整えさせてもらいました」とおっしゃいます。
最初は、こんな若いお姉ちゃんたちで大丈夫なのか?なんて疑ってしまってごめんなさい・・・これは本物のプロだわ。すばらしい~
これまで、何度か知人の葬儀に参列し、最後のお別れをさせてもらったけれど、中には病気の苦しさからか、顔がゆがんだままだとか、口をぽかんと開けたままだとか、生前とは違う印象の方も多かったように思います。
本当にお二人には感謝です。
このあと、息子とだんなが手伝って、お棺に父を横たえて、用意していた中に入れるものを入れていきます。
まずは黄色のユニフォームを胸にかけ、ぼうしと父の日に贈ったリハビリ用のパジャマ(1度も使用できず)、サンデーしんちゃん(藤浪選手)のタオル、孫たちからのメッセージカード、息子が書いてくれた結婚式の招待状などを入れましたよ。
納棺のあと、集まってくれていた叔父、叔母たちと義母が作ってくれた昼食(煮物、おにぎりなど)を軽く食べ、叔父たちは一旦帰宅。出棺にもう一度来てくれるそうで・・・
出棺は午後4:00
それまで、家族でちょっとだけゆっくりと過ごしました。