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rururu77さん
「しろ」さん「藤浪の投球見てた~?中田との対決、おもしろかったね~」
オールスター第2戦を見てて、いつもの野球観戦のときのように、父の携帯に電話したくなったよ・・・。もう一緒に盛り上がれないなんて、寂しくて寂しくてやりきれないよ・・・。
もう自由自在に移動できるから、きっと神宮で今日の試合見てたんだろうな。MVPは新井だったしね。大笑いしてるんじゃないかな(笑)
12日午前10:22旅立った父を、担当看護師さんと妹(現役ナース)がきれいにしてくれている間に、私は仕事中のだんなや電車でこっちに向かっている息子、親戚たちに連絡をし、師長さんと書類の確認、葬儀屋さんに連絡・・・ゆっくり気持ちを落ち着ける暇もなく・・・
病室から出るときは、お世話になった看護師さんたちがずらっと並んでお別れをしてくれました。この時間帯は、一番看護師さんたちが多い時間・・・お父さんったら、それをねらったな!?
病院を出るときは、主治医と担当看護師さん、師長さんが見送ってくださいました。
そして、父は4ヶ月ぶりの帰宅。
やっと、やっと、やっと帰ることができました。
亡くなるとき、少し顔がむくんでしまっていた父ですが、家で寝かせてあげると、むくみもみるみる消えていき、微笑んでいるようで・・・きっと、帰ってきたのが嬉しかったのでしょう。
知らせていた親戚(叔父・叔母)が来て、駅から病院に来るはずだった息子も到着、お寺からもお盆で忙しいのに(金沢は新盆)すぐにお坊さんが来てくれて、枕経をあげてくださいました。
この日は仮通夜。親族だけでゆっくりと過ごしたい・・・と思ったのだけれど、近所の方々が次から次にやってくるし、葬儀屋さんとの打ち合わせも時間かかるものですねぇ。
この時のうちあわせで決めたことは、父らしい葬儀をしたいということ。
結果的に、本当に父らしい、きっと父に喜んでもらえたと思える葬儀ができたので、今回お世話になった葬儀屋さんには本当に感謝しています。
その1つ。
日中に簡単な質問方式で、私とのやりとりの中でこの葬儀屋さん独自の礼状をこの日のうちに原稿を作ってくれます。紹介しますね。
「たくさんの思い出と幸せをもらいました。今まで本当にありがとう」
明るく元気いっぱいで、はつらつとしていた夫。家族を守るために一生懸命働きつつ、カラオケや野球観戦などの自分の趣味を楽しむ日々を送っておりました。
阪神タイガースの大ファンだった夫が、娘や孫たちを巻き込んで一緒に甲子園まで応援にでかけていたことも記憶に鮮やか。野球中継は欠かさずチェックして、自宅だちいうことも忘れているかのように熱い声援を送っていたものです。
勝てば上機嫌、負ければ意気消沈・・・。刻一刻と表情を変え、夫は私たちに様々な顔をみせてくれました。これまでたくさんの思い出を作ってきただけに、見送る悲しみは尽きません。
けれども「自分は一人っ子だったが、こんなに家族が増えた」と、二人の娘から五人の孫へと命のたすきが繋がったことを喜んでいた夫ですから、これからも私たちの歩みを見守ってくれるでしょう。
今は溢れる涙をこらえ「ありがとう」の言葉を届けます。平成二十五年七月十二日、夫〇〇〇〇は、七十七歳にて公私共に充実した生涯をとじました。
お世話になった皆様へ、生前のご厚情に深く感謝申し上げます。本日はお忙しい中ご会葬頂き、誠にありがとうございました。略儀ながら書状をもってご挨拶申し上げます。
このあとは、通夜と葬儀の日程、私たち家族の名前が入っています。
決まりきった礼状ではなく、これなら父だけの礼状って感じがするでしょう?
仮通夜のあと、この礼状を確認して、DVDにする写真を選び、ずっと一緒にいてくれただんなは遅くに一旦帰宅。
私と妹は実家で泊まることにする。
父との最後の夜。
元々の家族だけでゆっくり眠りました。