日日是口実

日日是口実

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

suudarabushi

suudarabushi

フリーページ

カレンダー

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

suudarabushi @ Re[1]:橋幸夫さんを悼む(09/05) 佐久間秀明さま コメントありがとうござ…
suudarabushi @ Re[1]:橋幸夫さんを悼む(09/05) リュウちゃん6796さんへ コメントありが…
佐久間秀明@ Re:橋幸夫さんを悼む(09/05) 林田様 当ブログが更新されないので止めて…
リュウちゃん6796 @ Re:橋幸夫さんを悼む(09/05) 初めまして、小生、橋 幸夫のオールドフ…
suudarabushi@@ Re[1]:長嶋茂雄さんを悼む(06/03) 佐久間秀明さま 返信が遅くなり申し訳あ…
2013年11月10日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
新聞での訃報の扱いも、ここ2日のメディアの報道も
かなり大きく扱っていたように思う。

ここ3年、肝臓ガンと闘っていたとは、全く知らず
本当に驚いた。

そして亡くなる2日前、歌のレコーディングをして、
あの世に旅立ったというのは、まさにプロ根性の塊。

凄いと思うし、お千代さんの心中を思うと胸が痛む。

それでも何だか、まだ、亡くなったということが
信じられない。地井武男氏、勘三郎丈のときと似る。


NHKとテレビ東京は、本当ならゴールデンタイムで
緊急追悼特別番組を組んでもおかしくないのだが…。

…やっぱり、組まなかった。

美空ひばりはもちろんだが、ディック・ミネ、春日八郎、
近江俊郎、藤山一郎、三橋美智也のときは、2日以内に
生放送の追悼特番を組んだよ、テレ東は。

それもこれも、各放送局に(あのテレビ東京ですら)
昭和歌謡史の流れが、お千代さんの歌手としての凄さが、
分かる人間が1人もいない…ということなのだろう。

そうじゃなきゃ、あんなに「人生いろいろ」ばっかり
フィーチャーするわけないもんね。



年齢に関係なく「物を知らない人間の巣窟」に近い。

宮本アナでも、徳さんでもいいから、すぐ司会に据えて、
「にっぽんの歌」の歌唱場面を流しゃいいのに…。

お千代さんは昭和30年デビュー、歌手の格としたら
松山恵子・大津美子が同格、少し先輩が美空ひばり・

ペギー葉山という感じか。

でも、昭和60年代に入って「夢飾り」がスマッシュ、
「人生いろいろ」が大ヒットして、コロッケや森昌子の
ものまねレパートリーとして、バラエティー番組にも
最近まで頻繁に出演していたから、過去の人に一切
ならずに亡くなったのは、素晴らしいと思う。

さて、私が個人的に思い出す、お千代さんの名場面。
すごく地味な記憶だが…。

それは、小堺さんの「ごきげんよう」に出た日のこと。

お千代さんと一緒に出ていたのは、松村邦洋。

で、今はなくなったようだが、あのときは毎日ゲストに
おやつが出されていた。

その日のおやつは、確か「水まんじゅう」みたいな
もんだったと思う。だから夏場だったんだろう。

小堺さんが「どうぞお召し上がりください」と、もう1人の
ゲスト(誰か忘れた)と3人に促し、「いただきます!」と
なったまでは、よかったのだが…。

松っちゃんが、付いていた楊枝を殆ど使わないで、
一口で水まんじゅうを飲み込んだのだ(笑)。

それを見た瞬間、お千代さんは絶句してフリーズ(笑)。

お千代さんも松っちゃんも、共にそんなに育ちは良くない
はずなんだが(失礼)、あまりにマナーの悪い食べ方を
見たお千代さん、そのおやつが食べられなくなった姿が
なぜだか妙に印象に残っている。

楽屋も含めて、非常にマナーに厳しい人だったから、
どうしていいのか分からなかったんじゃなかろうか…。

これは、バラエティ番組での一番の記憶。

本業の方での名場面を、書かないわけにはいかんだろう。

『紅白歌合戦』での名唱は、個人的に昭和38年・第14回
「武蔵野エレジー」、昭和47年・第23回の「すみだ川」
(東海林太郎追悼)、昭和49年・第25回のトリ「襟裳岬」、
昭和60年・第36回「夢飾り」だと思っている。

…異論は多々あるでしょうが、勘弁してください(苦笑)。

東京12チャンネル『なつかしの歌声』には、大晦日こそ
出なかったものの、当時「バリバリの現役歌手」の中では
比較的多く、4回出演している。

昭和45年4月7日、レギュラーがカラーになった初回に、
春日八郎と出たのが初出場。大ベテランだけが出られる
この番組に、現役バリバリの歌手が出た初回でもある。

当時を知る人によると、ここから半年ほど出演する歌手が
急速に若返ってしまい、懐メロファンから大不評だったと
聞いている(苦笑)。

東海林・藤山クラスが爪弾きになりゃ、そら怒るわ(笑)。

で、昭和45年8月18日には、三橋美智也と2人で出演。

4月7日とこの日に関しては、VTRが残っていないので
何も詳細がわからない。

VTRが残ってる最古は、3回目の出演である昭和46年
7月22日の回で、お千代さんが最も尊敬していた大歌手、
東海林太郎先生との2人会。

特に「すみだ川」「むらさき小唄」は夢のデュエットで、
お千代さんは歌い終わりで画面に向かってお辞儀する前、
隣にいる東海林先生に、先に頭を下げている(笑)。

この日の映像は、何度も『昭和歌謡大全集』で再放送が
されたので、見たことある方も多いはず。もしかしたら
YouTubeにも上がってるかもしれない。

このときの「すみだ川」、バンドの音が良くないのだが、
映像の価値としては『なつかしの歌声』の現存VTRで
5本の指には入るんじゃないかと思う。

(私の調べで)最後の出演は、昭和47年1月9日の回。
この日も映像が残っていないようだ。

何と服部メロディー特集で、藤山一郎・渡辺はま子と
3人で「蘇州夜曲」を歌っているらしい!

で、単独では何と「別れのブルース」と「小雨の丘」と
「夜のプラットホーム」を歌っているとのこと…。

淡谷先生は、何も言わなかったんだろうか…(汗)。

…何か話が支離滅裂になったが、最後に改めて。

お千代さん、安らかに。ゆっくりお休みください。

素晴らしい歌の数々を、本当に有難うございました。

あの世では、誰にも騙されないよう(実印渡さぬよう)
くれぐれもお気を付けください…。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年11月10日 23時58分57秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: