2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
体重の減少が止まらなく、栄養失調が懸念されるため、急遽今日から入院することになりました。私も付き添いします。また経管栄養に戻ることになり、今までやってきたことが無になってしまったようで無力感はぬぐいきれません。不甲斐ない母で、娘にも申し訳なく思っています。退院の時期は未定です。しばらくはこのサイトをお休みすることになります。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。それでは、行ってまいります。
2003.11.15
コメント(3)
明日、11月9日は投票日である。今回は衆院選ということで、マスコミも連日のように取り上げるし関心度はまだ高い。しかし、一地方の選挙時などは関心度も、比例して投票率も地を這うように低い。もともと選挙などは必要がないものだったと思う。各血族からの代表が全員で顔を寄せて話し合って解決していたのだろう。それが、貧富の差が出来、争いが起き、支配被支配の関係が出来、小部族が大部族になり、大部族が取り込まれて社会となり、価値観が多様になり、全員で話し合う方法では上手く立ち回らなくなった。そこで、各価値観や各部族などの代表同士が話し合うために出来たもの、それが選挙だろう。そういう意味においては、選挙区が大きければ大きいほど、有権者は候補者の情報(人柄や噂などでも)を手に入れづらい。政党政治、とはそのために生まれた概念で、候補者がどの政党に属しているか、で、どの政策をとる政治家かを判断出きるようになっているはずである。しかし、現在の二大政党が自由民主党と、その党から離脱して作った小さな政党の寄せ集めの結果でしかない民主党では、名前も似ていて違いがあるように思えない。その他に情報を手に入れる方法としてはマスコミからの情報や経歴などに頼る他はなくなり、有名人がまずは頭の中に刻まれてしまって、有権者が何かしっくりとこない気持ちを抱き、投票から遠ざかるのも、当然の帰結なのだろう。私は市議会選や県議会選など、本来ならば自分の身近で情報を容易く手に入れられるはずの選挙なのに、私の耳に名前と経歴以外何も入ってこないとき、怒りをこめて白票を投じる。不信感をこめて白票を投じる。投票率が低ければ与党有利、高ければ無党派層を取り込める野党が有利、などとよく言われている。が、無党派層がどちらかに、どこかに必ず投票する、などという前提がどうして成り立つのだろう。あがった投票率の分が全て『白票』だったら…その時、政治はどう変わって私たちに近づいてくれるのだろう…。
2003.11.08
コメント(0)
摂食障害について、医師をはじめとする専門家といわれる人々が、いかに状況を認知してくれないか…ということを散々書いてきた。その方々からよくかけられる言葉で、その度に反応に困っていた言葉を書く。それは、『焦らないで』という言葉だ。子供が食事を口にせず、目に見えて痩せていくのをいつも目にし、毎日三回プラスおやつの時間、無念な思いをし、焦らない親なんて皆無だろう。その状態に対して、周囲が「焦らないで」と励ますしてくれるのは分かる。が、専門家が「焦らないで」と言うのはどうなんだろう。どうしようもなく焦っている人間に「焦らないで」というのは、どうしようもなく困っている人間に「困らないで」というのと同じではないのか。『焦ってしまう原因を取り除いてほしくて』専門家のところに行ってるのに、その相手から「焦らないで」という言葉だけいただいても、それは、住宅ローンの相談に銀行に行ったら、内容も説明されずに「月々の支払いは大変ですよ。頑張ってくださいね。」と笑顔で送りだされたような、お礼を言っていいのか、なんなのか分からない状態になるのだ。母親の精神状況が子供の摂食と関係があるのだから、言いたい気持ちも分からなくもないのだが、治療方法も手段もないのだから焦るものは焦る、無理なものは無理である。「○○○という方法でやっていきますから、焦らないでいきましょう」とか、「食べ物の状態を早めに離乳食初期から中期にすると摂食方法を子供が覚えられないこともあるから、焦らないで」とかいうなら分かるが…。でも、本音のところ言われて困る理由は、専門家に「焦らないで」と言われると、いつも「あんたが焦ってるから子供が食べないんだよ~ん」と喧嘩を売られた気分になって、その怒りを抑えるのにエネルギーを消費してしまうからかもしれない。
2003.11.07
コメント(3)
鼻の矯正具は結局見つからず、またもや交通費と合わせて10000円の出費をした。金銭的なものはもちろん痛手なのだが、それに費やされる時間とか神経とかの方が最近では痛い気がする。前回、といっても二日前だが、娘が泣いてしまう程必死に丸1日潰して探すより、お金で解決できる程度のことならそれは幸せなことだ、と判断した。いつも必ず大学病院の正面玄関に入っただけで大ベソをかいてしまう娘が、今日は専門外来の受付へ行き、予め電話で約束してあった矯正具(さすがに二日前に診察したばかりなので、簡単に再発行してもらえた)を受けとっても、全く泣かなかった。「今日は診察ないよ」と言った私の言葉を理解したのか。雰囲気で察したのか。朝の電話を聞いて判断したのか。いずれにしても、それは奇跡といって良いほど珍しい出来事だった。そんな新たな大人の娘(親バカ)を見れただけでも、10000円は惜しくない気がした。
2003.11.06
コメント(2)
過日、病院から紹介してもらった専門家という管理栄養士のところへ行ってきた。笑顔の優しい小柄な壮年の女性で、病院という空間に怯えてなく泣く娘のために、まず白衣を脱いでくださった。私は、その感じの良い笑顔と娘に良くしてくださる優しさに甘えて娘のことを訴えた。これほどまでにしゃべったのは久しぶりだったかもしれない。彼女は大きく頷いたり、神妙な表情になったりしながら聞いてくれた。「大変だったわね」と言われたときには思わず涙が突き上げそうになった。私が落ち付くと、彼女は後ろの棚から何枚か紙を取り出して、こう言った。「一日に、ここに書いてある物をまんべんなく食べさせてますか?」私の目の前には、今まで散々煮え湯を飲まされてきた管理栄養士から過去何度ももらって、すぐにゴミ箱に放り込んできた、一般向けの離乳食の進行表がレシピと一緒に並んでいた。期待が大きかった分、落胆は大きかった。私がとうとうと語った話の一割も彼女の心には届いていなかったんだろう。いかに『食べさせることを過剰に神経質になっている母親』の心労をねぎらい安心させてあげるか、それだけを注意して私の話に耳を傾けていたに違いない。管理栄養士の世界では、『食べない子供=親の問題(神経質で気にし過ぎたり、食事の内容が悪かったり、楽しい雰囲気を作ってあげられなかったり)』という方程式がどうしようもなく強固に成り立っているようで、会う人会う人、人柄の良し悪しはあっても皆、同じである。今のところ、違う反応をしてくださっているのは遠くにいらっしゃって直接お目にかかれない、お一人だけだ。私の話を冷静に聞けば、子供の異常ぶりは分かるはずである。一年間経管栄養だけで通してきた人が、経管栄養を外してからこちら、体重が減少する一方、これだけでも尋常ではない。何故、素直に「異常ですね、今の私には分かりませんが調べてみます」と言えないのか。何故、『安心』『おかしくないですよ』『皆そうですよ』と無責任に言い放ってしまうのか。管理栄養士は病院で白衣を着用している。こちらも「病院で白衣を着用している人」と期待している。その意味をもっと重く考えていただきたい。
2003.11.05
コメント(2)
彼女は口の中にも鼻にも矯正具をつけている。その、鼻の矯正具の方を入浴中、排水溝に流してしまった。早速、かかりつけの大学病院に行って診察して処方してもらってきたのだが、交通費と合わせて10000円の出費。やれやれと思っていたのも束の間、帰宅してすぐにまた紛失してしまった。床を這い、棚を触り、ソファの隙間に手を差し込み、出しっぱなしのものを整理し、ゴミ箱のゴミを再び漁り、おもちゃを一つ一つ手にとって、使用済みのオムツをもう一度開け、隅から隅まで探した。どれぐらい経ったのだろうか、いきなり悲鳴のような声をあげて娘が激しく泣き出した。振りかえって抱きしめたら、震えていた。私が気が狂ったように「鼻、鼻どこいったんだよ、鼻、鼻、はなぁっ、ねぇ、どこやったのか教えてよ、鼻」と文句を言いながら探していたため、娘はずっと、怒られ続けていた気分だったのだろう。その日は「鼻」という言葉だけで泣き出していた。なんで、こんなことしなければならないんだろう。1cm×2cmの半透明のものを一日中探さなければいけないことも。そんなもののために10000円も出費しなければならないことも。そんなもののために娘が怯え泣かなければいけないことも。なんでこんなことしなければならないんだろう。
2003.11.04
コメント(3)
今日、パートナーが仕事で沖縄に発った。しばらくパートナー不在の生活がはじまる。久々の長期出張である。パートナー不在によるデメリットは多くある。しかし、そればかり追っていても現実は変わらないから、メリット部分をかき集めてこの時期を乗り越えようと思う。パートナーが帰ってくるはずの家にパートナーがいない、というのはなんとも物足りない感じで、まだ慣れない。
2003.11.03
コメント(1)
パートナーが休みだったため役所に不在者投票に行ってきた。子供が生まれてから、というもの投票はもっぱら不在者投票である。パートナーの仕事は日曜日定休な仕事ではなく、投票日に仕事で出張中であることが多い。すると、投票は一人で子供を連れて行かなければならない。投票所は『投票する』以外何もないような学校が会場であることが多く、散歩がてら子供を連れていく。到着すれば人が結構いて殺風景な場所。人見知りしたり飽きたりして泣いたりゴネたりする子供を連れて誰のフォローもなく投票して帰ってくるのは結構骨が折れる。パートナーと一緒に不在者投票すれば、場所は役所であるため、ついでに用事を済ませたり買物したり出来る。到着すればスタッフの方が多いような状態で皆、笑顔で出迎えてくれる。パートナーもいるし、スタッフも気軽な気分で子供に話しかけてくれたりして、楽に投票出きるのである。不在者投票するためには普通に投票するよりも一枚余計に簡単ながらも書類を書かなければならないし、投票用紙を二重に封をしなければいけなくて手間は少しかかるが、子供連れならプラスマイナスでプラスに出るのではないか。何より、「わざわざ不在者投票までして投票してくださって、ありがとう」みたいな笑顔と雰囲気は気持ちが良いものである。投票とはそんなものではない、と分かってはいるが、気分が良くなるのだから仕方がない。一度、試してみたらいかがなものか。
2003.11.02
コメント(1)
全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()
![]()
