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外出中、井戸端会議をしている人たちを見かけた。その中の見知った人に呼ばれて、私もその輪に加わることになった。その時の話題は、メンバーの子供の話のようだった。「ウチの子、2歳8ヶ月になるのに全くしゃべらないの」周囲の人が次々と言った。「そのうちいっぱいしゃべってウルサクなるわよ」「男の子は遅いから」「でもね…」と言いかけた言葉を止めて、その母親は笑っていた。私はその笑顔を額面通りにとらえることが出来なかった。長崎の男児誘拐殺人事件の家裁決定要旨が出た。犯人の少年の母親は幼い頃から少年の運動能力が劣ることや不器用さなどに気付いていたが、発達障害についての認識はなく、それに応じた指導を受ける機会もなく、「ほかの児童にばかにされないように」とつきっきりで勉強を教えた、そうだ。障害が目に見えて分からない限り、周囲はもちろん親も気付きづらいし、信じづらい。子供の個性ととらえ、秀でた部分を探し(もしくは安易だが成績をあげ)、子供に自信をつけさせてあげたい、と思うのは、形として行き過ぎがあったとはしても根本は親心だろう。加えて、今日の私の近所の例のように、「普通だよ」無責任に言いきってしまうことによって、ますます間違えているかもしれない道をいく親子の背中を押してしまうことにもなりかねないのだ。私が障害児の母親であることは一目瞭然のため分かるはずだ。だったら何故私は一言、「絶対何もない、とは私は障害児の母親だから言えないので、心配だったら一度診てもらえばどうか。たとえ何かがあっても、良い教育がとても手厚く受けられるから、どちらにしても安心だ」と言ってあげられなかったのだろう。母親が非常に悩んでいることを、この中のメンバーの誰よりも分かっていたはずなのに、この言葉を言っても角が立たないのは障害児の母親である自分だけなのに、皆と一緒に笑ってしまった。自分の不甲斐なさが嫌になった。
2003.09.30
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最近のもっぱらの悩みは子供の食事面だが、先日、意識改革がおこった。きっかけは掲示板に書き込んでいただいた言葉「一番の専門家はママですよね」。私は、はたと考えた。彼女が口からのみで食事を摂取してから1ヶ月半。当然、私が彼女に食事を配膳するようになて1ヶ月半。これでは専門家とはいえないのではないか。一方、彼女はどうだろうか。最初は椅子に座って食べることもできず離乳食初期を口をあけて待っていた彼女が、これだけの期間で中期後半に進み、椅子に座り、ムラ食べを覚え、好き嫌いを覚え、遊び食べを覚え、スプーンやコップを使って自分で食べたがるまでに成長した。今まで私は食事面において自分が主導権を握ろうと躍起になってきた。しかし、この件に関しては彼女の方が先輩なのではないか。私は朝から彼女の邪魔にならないよう、彼女にまかせてみた。すると、どうだろう。それなりの量を食べるではないか。嫌いな物でも3口くらいなら食べてしまった。手でもスプーンでも食べ物を自分で口に運ぶことが出来ないから、まだそこまで成長しているとは夢にも思わなかったのだ。まったく笑ってしまう。毎食6種類ぐらいこしらえ好みをうかがい、玩具でつったり、面白い顔をしたりして汗をかきながら食事をさせていた私を、彼女はどのように見ていたのだろう。成長していた彼女は「ご苦労なこった」と笑っていたに違いない。
2003.09.27
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パートナーの転勤でこの地に越してきて2年。私には友達がいない。会えば立ち話もするし、教室でも仲良くさせてもらっているが、それだけである。学生時代に知り合った友達が数人、彼らの出身地がこの地のため再会したが、いずれも子供がいない。子供が出来てからは、遊び方が違うためどうしても遠慮してしまう。どこで聞いたのか読んだのか、『ママ友達は会社の同僚と同じである』という。『心底付き合えるのは一握りで、子供の切れ目が縁の切れ目になっても道理である』と。その同僚っていう存在がむしろ私は欲しい。上司の悪口や仕事の相談、備品の貸し借りなんかをする人は仕事をする上で必要だ。大阪の友達に聞いてみた。彼女は「年が同じくらいの子供を連れてて気が合いそうなお母さんを片っ端からナンパした」そうである。大阪市の南の方の区のことしか分からないが、確かにスーパーで知らない人同士がよくしゃべっている。知らない人に話しかけられることに最初は戸惑いを覚えたものだ。「この秋がラストチャンス、グループが出来る前にナンパしまくれ」と彼女は言うが、ここは大阪ではない。スーパーで話しかけられたことはない。そんなことをしたら要注意人物としてマークされてしまうのではないか。しかも、ただスーパーで買物している姿だけで「気が合いそうな」ってどうやって判断するのだろう。服装。選ぶ牛乳の種類。子供との会話を盗み聞くのか。いやはや、大阪人のパワーってやっぱり素晴らしい。それとも、私がパワー不足なだけなのか。いずれにしても懸案事項は持ち越しである。
2003.09.26
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今日は、定期的に通院している小児科へ行く日だった。中規模の病院ながら、NICUがあり副院長が小児科医という、希有な総合病院だ。小児科医は5人いるが、そのうちの一人はご年配の副院長。そんななか救急外来に小児科医が常駐している、親にとってはありがたい病院である。キリスト教系の病院でシスターが悩みを聞いてくれたりするのだが、実は私はそこが温かく気に入ってたりする。入院中は新約聖書をいただき、かじったりもした。診察の結果、あと1ヶ月後また体重計測を行い、増えていなかったら経管栄養に戻す、といわれた。だからであろうか…いや違う、前からだった。ここの管理栄養士の無能ぶりには、ほとほと呆れていた。そもそも管理栄養士とは何か、栄養士とは何が違うのか。栄養士法第一条 『この法律で栄養士とは、栄養士の名称を用いて栄養の指導に従事することを業とする者をいう。』 『この法律で管理栄養士とは、前項に規定する業務であって複雑又は困難なものを行う適格性を有する者として登録された栄養士をいう。』つまり、栄養士ではカバー出来ないような複雑で困難な例を扱うことが出来る者、である。複雑で困難な例、つまりうちの子供である。乳児検診でメーカー試供品を配布するのが使命ではない。そういう意味では、彼女は適格者ではない。1,こちらが黙っていれば育児書を丸暗記したような内容を延々と述べるのだが、質問を受け入れ理解するのが苦手だ。→困難な例では、自分の子供に不適応な一般論よりも早く相談に乗ってほしい。2,質問した内容の原因に固執する。例えば、「食べない」といえば食べない理由を探そうと躍起になる。語りかけが悪い、意気込みが悪い、あげくの果てには味付けが悪いとまで「悪い」という言葉を使ってダメ出しされると耳を塞ぎたくなる。→困難な例は思い悩んでることが多い。同じ内容でも「濃い味付けにしてみたら」と具体例をあげ解決策を伝授してくれれば、やる気が復活する。3,臨機応変さがない。主治医はしつけよりまず食べることが優先だから、一時間かけてでも追っかけまわしてでも食べるうちはあげなさい、と言うが、彼女は「遅くても30分から40分」という定説を曲げない。→困難な例は、しつけより食べることを優先しなければならないのは分かっているが、通常と同じようにしつけを優先出来ないことに少なからず心を痛めている。今までは経管栄養の子供に一般論を延々と語っていても、無害だし適当に聞き質問もしてあげていた。しかし、今回はそういう訳にはいかない。私は喉元まで出かかる非難の言葉をかみ締めるのに必死であった。地域の保健士によれば、以前より良くないとの噂はあったそうだ。次回、行った時はきちんと病院側に抗議しようと思う。
2003.09.25
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長崎県の男児(4歳の駿くん)誘拐殺人事件で逮捕された中1少年の精神鑑定書の骨格が判明した。高機能広汎性発達障害。発達障害自体が犯罪を誘発するものではないのは周知の事実であるが、私は思わず娘を抱きしめた。事件の注目度からいえば、この事実は多くの人に流布する。たちまち、また障害児を見る人の目が固いものになるだろう。しかし、私が娘を抱きしめた理由はそれではない。私は娘を信じていない、まだ信じきれていない。彼女が悪いこと、危ないことを理解し気をつけてくれるとは到底思えないのだ。刑法第40条〔「インア」〕 「インア者」ノ行為ハ之ヲ罰セス又ハ其刑ヲ減軽スこの条文は平成7年6月1日に施行された刑法改正で削除された。平成7年まで、つい最近まで、いん唖者の罪は不処罰または減刑されていたのだ。条文があった以上、以前は必要があったのだろう。しかし、削除されたということは、早期からの教育によって改善できるとの確信が得られたのであろう。でなければ国は容易に動かない。子供の障害に目をつむり耳を塞ぎたくなる気持ちをこらえて、早期発見早期教育に努める。非常に勇気のいることだが、子供の幸せへの近道なのではないだろうか。手厚くみてくださっている教育関係者を信じて、彼女を見守っていこう。彼女を見失ってしまわないように、私は彼女を抱きしめ誓った。
2003.09.24
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なんてことを彼女に言っても無駄、そんな様子ははみじんも見せない。ひたすら楽しく、楽しく、心がける。「いないいない、ゴックン」いないいないばぁ遊びが好きな彼女のために、こんな遊びもつくってみる。いつもは椅子に座って食べているが、今日の夕食はテーブルで食べてみた。歩き回り、口から出た食べ物が部屋中に散らばる。でも、食べる量は大して変わらない気がする…徒労。食欲、というのは人間が生まれながらにして備わっている大切な欲ではないのか。それが欠落している人間がいるのであろうか。彼女は2ヶ月半の時、ミルクを飲むことを拒否した。拒否して衰弱することを選んだ。3つの病院で2ヶ月入院したが理由は分からなかった。いや、違う。そもそも生まれた時からなかった。空腹で泣くことが滅多にない彼女の授乳のために、夜中目覚ましをかけた。脱水症状になっても笑っていた。今は大分改善されたが、それでも空腹よりも睡眠を容易く選んでしまう。そういう意味においては、私は彼女の本能を信用していない。明日も食戦争を繰り広げるだろう。
2003.09.23
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昨日、発明した『たまごぼうろ食べ』。あえなく効果をなくした。自分が食べようとした『たまごぼうろ』のかわりに別の食べ物が押し込まれるのだから、さすがに気づく、無理もない。今日、新たに発見したのは『玩具食べ』。玩具で気をひいている間に口に放り込む、すると食べる。彼女は『自分で食べたかった』のではなく、『遊びたかった』らしい。少し快感だが、いつまで続くものやら…まったく…難しい。こうなると一日中、物理的にも精神的にも彼女の食事のことばかりになる。食事時間になると緊張してくる。『緊張すると赤ちゃんに伝わって食べなくなりますよ』分かってる、分かってる、分かってる。『そのうち食べますよ』『みんなそうですよ』『お腹が空いたら食べますよ』『食事の雰囲気を楽しく』『食事に手を伸ばすのを叱ると自分で食べなくなりますよ』誰か、障害児用の育児書ください。
2003.09.22
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彼女は1ヶ月前まで経管栄養であった。手術後みちがえるほど食べはじめたのをきっかけに、医師監視の元、経口のみで食事を摂取する練習をはじめた。『みちがえるほど』と言っても初期後半程度、1ヶ月後の現在でも中期後半程度の固さしか食べられない。中期後半の食事を彼女の体格が維持出来るほどの質と量に1日3回から5回作るのが大変なのは言うまでもないが、もっと大変なことがある。それは、離乳食時期における特徴がチャンポンに出てくることだ。離乳食中期の特徴。食事をはじめてから1ヶ月ほどの乳児の特徴。実年齢の特徴。5日ほど前から彼女は急激に今までの半分しか食べなくなった。私は育児書の食事面を全て読み、頭に入れる。「きっと、中期特徴の『いきなり食欲が落ちることもあります、がそのうち戻ります』に違いない」今日になってさすがに焦ってきた。体重が減り、便も尿も減っている。そして、思い出した。彼女がミルクを飲まなくなった2ヶ月半の頃、私は知人や親やミルク会社が設けている相談室や保健婦などに聞いてみた。「機嫌が良ければ、満腹感を覚える頃だから大丈夫よ」しかし、彼女は機嫌が良いままやせていき、力なく笑って一日中眠り続けるようになっていった。脱水症状で入院し点滴を受ける彼女を見ながら思った。自分が彼女を受け入れ普通と同じに接してあげるのはいい、が、やはり彼女は普通ではない。それを気にしてあげなくてはいけなかった。足の悪い祖母に手を貸すように、妊娠した友を気遣うように。朝から片っ端からもう一度調べた。これで分からなければ、病院へ行こう。そして、見つけた。もう少し先の特徴、『自分で食べたいのに無理に食べさせると反抗する』彼女が唯一自分で手で伸ばして食べることが出来る『たまごぼうろ』を目の前に置いてあげた。『たまごぼうろ』が口に入る前に食べ物を口に入れてあげたら、食べた、今までのうっぷんを晴らすように。障害児を育てていて会心の思いをするのは、こんな日の出来事だ。
2003.09.21
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子供が親から虐待を受けたニュースがまたもや流れた。この手のニュース目にする度に考えることがある。それは、虐待された理由の内訳だ。一体、子供はどのような理由で母親に虐待されたパターンが多いのだろう。『男』。『未熟』。『継母』。これらは容易に目に出来る媒体で見受け察することが出来る。しかし、仕事や恋愛を満喫して後に大恋愛で結婚し分別のあるパートナーとの実子を虐待したパターンはどうだろう。ただ「虐待の事実と結果」だけを媒体は垂れ流していないだろうか。『障害』『病気』、特に『それらへの不安』統計をとっていないので分からないが、このパターンも少なくないのではなかろうか。発育発達が遅れてる、子供の将来に対する悲観、普通の子神話。子供に対する想いが深ければ深いほど陥ってしまうこの悲しいパターンこそ公にし世に警鐘を鳴らす必要があると思う。
2003.09.20
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市の福祉センターの中にある耳の教室へ行ってきた。先生と1対2(私と娘)で補聴器をつけて勉強する、というより遊ぶ。古い施設ながらも玩具であふれた広い部屋を先生ごと1時間も独占して遊んでいただける。手足がもつれる程の勢いで楽しそうに遊ぶ彼女をみると、『障害児で良かったな』とふと思う。これだけ他人が親身になって接してくれる環境に身をおける子供はそうはいないと思う。成長し彼女の社会が広がれば広がる程、その障害ゆえ迫害されることもあるだろう。しかし、幼い頃のこの経験が彼女を支え、きっと気持ちの穏やかな人に育つに違いない。
2003.09.18
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自分が書きたいことと同じようなテーマがあるかどうか。テーマ一覧を見てみたら、彼女と同じ年、月で生まれた子供のテーマがあった。早速ながめてみて、やはり自分でテーマを作ることにした。抵抗があったわけじゃない、シンクロできなかっただけだ。同じ時に生まれた子供たちから大幅に遅れて成長する彼女を拒絶してはいない、むしろ、上手に受け入れていると周囲は見ているだろうし、私もそう思う。しかし、繰り返される毎日の中、ふとその瞬間は訪れる。育児書のあるページを読んだ時。食事にとろみをつけている時。テレビがこんな特集をやった時。新聞の生活面を読んだ時。そんな瞬間瞬間が積み重なって、とうとう大きな空間がぽっかりと胸の中に空いてしまったのかもしれない、こんなことをはじめるなんて。少なくても、これを書いている間は物理的には無理でも精神的には一人になれる。それだけでも良い時間かもしれない。
2003.09.17
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