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退院が決まった。 また、あの忙しい日常へ戻る。 戻りたくないわけではない。 楽しいことはある。 会いたい人もいる。 でも、今はなんだか帰りたくない。 このまま、ここで過ごし、気付いたら長い年月が経っていて、娘も息子もそれなりに成長していて、私の命の炎は燃え尽きかけている、そんな瞬間にワープしていたい。 現実から逃げだしたい。
2008.11.15
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貼り紙を見ても、日付が退院後だから、と興味も持たなかったホスピタルクラウンだったが、退院が延びたおかげで間に合うことになった。 息子が入院した別の病院では入院患者が少ないにも関わらず10人弱のホスピタルクラウンたちがやってきて寸劇やら誕生日会やら大盛り上がりだった。 が、こちらは規模の割には年老いた地味なクラウンが一人…。 しかも、ベッドから出られない個別訪問の子どもが多いため、全体のイベントはほとんどなし…。 毎度お馴染の風船だけ一人一人に作って行ってしまった。 それでも娘は満足なようでクラウンにくっついて回り、部屋に戻っても、もらった風船で出来たプードルで遊んだり盛り上がっていた。 しばらく遊ぶと娘は何を思ったのか風船をねじり始めた。 「こわれてもママには元に戻せないよ。」 と言ったのだが、「いいよ」。 風船犬は元の長細い風船に戻ってしまった。 これと言ってやることもないし、時間にも追われていないので娘を眺めていると、娘は風船の端をキュッキュッとねじり、クラウンの真似事をしはじめた。 手付きも軽やかに左右をくっつけると、ちょっとした王冠を作り頭にチョイと乗せた。 私は考えさせられた。 クラウンの真似事を、ではない。 娘の人生、そのものを、である。 娘は療育やら通院やら、いっぱい通っている。 保育所も障害児保育に力を入れている良い保育所である。 でも、それらはおそらく娘にとって『クラウンに出会って芸を見せてもらい風船犬をもらう』ということだけ、なのだろう。 日々、通うところが多くて追われているからか。 娘自身が一般の日常スピードについていくのが精一杯なのか。 娘独自の時間が流れているのか。 きっと病棟の外の時間の流れでは、『風船犬で遊び、その後クラウンの真似をして自分でも作ってみる』といった応用、実践、それが自信につながるみたいな過程まで発展していく余裕がないのだろう。 もちろん私にも。 通院を止める訳にはいかない。 療育だって必要だ。 なら、どうやったら病棟の中のような時間の流れを彼女に作ってあげられるのだろう。 病棟の中の彼女は光っているのだ。 分かりやすいスケジュール。 追われない余裕のある時間。 少ない特定の子どもとのコミュニケーション、多い大人。 手術入院慣れをした娘は、診察はもちろん、採血点滴も平気。 一応、母は閉め出されるのだが処置室の中から談笑が聞こえてくる。 そんな娘は看護師医師からも可愛いがられ、本人も流れが分かっているから行動に自信がみなぎっている。 そして、皆が手術を受ける、という事実から来る私自身の余裕、というか、いちいち説明しないでも許される空間にいる気楽さ。 やはり特別支援学級にしよう。 娘に極力合わせてもらえて少人数で。 私自身も周囲にいちいち説明したり頭を下げる必要が少なくて。 娘を信じてみよう。 同世代の同性の友達が欲しくなれば、きっとあの子なら言い出すだろう。 いつか、どうして自分はこっちの教室か疑問を持つだろう。 そのとき彼女に選ばせてあげればいいではないか。 私がするべきことは、その時のことを想定して学校側に、あまり例がないと言われる特別支援学級から普通学級へ、の道を交渉しておくこと、だけなのだろう。 そう。 普通そうなのだろう。 教えるのは母親ではないし、看護するのも母親ではなくて第三者。 それをあまりにも母親に担わされる育児をさせられていた、きっとそれが一番の不幸だったのだろう。 現行の日本の義務教育は必ずしも理想ではない、絶対正義ではない。 国が代われば教育はガラリと違うのだし、そのどれもが正義でどれもが真剣に子どものためを考えたものである。 だから何も無理に普通学級の普通教育をインプットさせる必要はない。 少ないインプットでも、それを応用し、実践し、自信に繋げることこそ今の彼女に必要なことだと思うし、その自信を持つことが彼女が周囲と上手く生きることの出来る最短の道ではないか、とも思うのだ。 そして…何より私が楽だろう。 これからヘッドギアをつけるほどの大々的な矯正が始まるらしい。 通院は増える一方だろう。 途中で迎えに行こうが、遅刻して行こうが、お構いなし。 誰に何も言わなくても特別支援学級てだけで説明もいらず。 子ども同士だけの揉め事もおこらず。 地域の人々には存在を知ってもらえる。 最初はちょっと勇気がいるだろうが、それさえ乗り越えれば楽な生活が待っているだろう。 あわよければ、「△△ちゃん、どうして特別支援学級なの?うちの子より賢いのに~」なんてお世辞でも頂ければ万々歳でしょ。 長かった丸三週間の入院期間で得たことは大きかった、と将来振り返ることになるかもしれない。
2008.11.14
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夜中にメールが届いたようだった。 届いた時間を見たら3時18分。 こんな時間にメールを送信してくるのは2人しかいない。 夫と、例の共依存の彼女だ。 共依存相手の男性と復縁して以来、プツリとマシンガンメールは途絶え、月に1度程度、自宅にフラリとやってくる程度になっていた。 が、久々のメール。 これは…と思っていたら案の定、3日前にまたフラれた、今度は2度と戻れそうもない、との内容だった。 それから矢のようなメール。 付き添いで大変か。 でもメールしていいか。 死にそう。 苦しい。 会って話がしたい。 夜中、娘が寝た後、2時間くらい抜け出せないか。 その度に返答に困っていたら、夕方にまたプツリ…とメールが途絶えた。 こちらからメールをすると夜中1時過ぎ返信。 『今、○○(私の名前)さんの夢を見ていました。 プールの底に沈んでいて、私を見ると、本当のしんどさは経験した者でないと分からないものだよ、と言ってました。 いつも一方的なメールですみません。』 という内容。 なんとなく言いたいことが分かった。 また復縁したので、あちらに夢中です、もうメールも会うのも必要ありません、てな感じか。 必要がない、と言われることは辛い。 それが、どんな相手であれ。 どんな内容であれ。 それは私だけなのであろうか。 彼女には、ホント振り回される。 それを迷惑だ、だけで突っぱねられない私には、やはりアダルトチルドレンの特徴があるのだろうか。
2008.11.13
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退院予定日であったが延期になった。 耳の中がまだ乾いていなくて中が完璧には見えないそう。 汚れた耳だれも少しある。 外泊が寒かったのか、鼻水が出るようになったせいだろうか。 まぁ、いいよ。 退院したら、また日常に追われるのだ。 こうして日常を離れてみると、いつも驚く。 私はどうして、こうも日常に戻りたくないのだろう。 子どもたちのことは、もちろんある。 またスケジュール管理をして、あちらの病院、こちらの療育と連れて行かなければならない。 保育園に行けば、些細な悩みで人生まで考えちゃってるような幸せな族がウロウロとしていて、世間話をしたり話を合わせ笑顔を作ったりしなければならない。 そうしなければ、周囲から不幸色に染められてしまいそうで、それを覆すほどの恒星力が今の自分にはありそうにないのだ。 娘の就学問題もある。 就学前検診を兼ねて、父母揃って子どもを連れて来て欲しい、最終的に普通級か特別支援学級か決めるから、と言っていた。 退院したら、スグに連絡しなければならない。 そんなスケジュールに余裕もないのだが…。 でも、そんな子ども関係だけではない。 家事をしたくないのだ。 家の整理もしたくない。 本を読みたい。 ゲームだってしたい。 好きなだけ眠りたい。 いっぱい遊びたい。 私は…まだ子どもなのだ。子どもの自分がまだ納得出来ていないのだ。 いっぱい世話をして欲しかった。 甘えさせて欲しかった。 好きなことを好き放題したかった…。 やっぱり大学院入学を目指して動きだしてみようか。何か一つでも自分が好きなようにやって好きに使える自分の時間があれば、少しは日常に戻りたくなるかもしれない。
2008.11.12
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大部屋の隣の医療個室に中学生位の男の子が入った。 医療個室には重症の子どもや新生児程の赤ちゃん、娘のようにMRSAが検出された子どもなど、病院の事情で個室が良いと判断された子どもが入る。 元気そうだし、娘のようにガーゼを当ててる訳でもなし。 見た目にも普通の中学生。 一体、何かしら?などと思う間もなく、スグに事情が分かった。 隣の部屋から尋常でない物音がしてきたのである。 叩く、蹴る、奇声。 隣の部屋とはいえ娘のベッドは彼の部屋と壁一枚の隣ではないのだが、それでも、ビクッと肩が上がってしまうほどの音があがる。 彼の部屋の前を通ると、ブラインドで遊びたいらしく部屋の中が丸見えになっていた。 部屋の中はしっちゃかめっちゃか。 医療個室のクロゼットが壁に打ちつけられたように傾いていた。 母親らしき人が奥の窓際に。 スポーツウェアの上下を着たがたいの良い若そうな男の人が、扉を守るように椅子を置き背中を見せていた。 出入りの度に施錠をしているようだったが、1度だけ走り回っている彼を追いかけているらきし騒動を聞いた。 重度の知的障害を持つ発達障害、か、それとも他にも私の知らない何かがあるのか。 彼の大暴れは体力尽きることを知らず、夜、薬でも飲んだのだろうか、プツッと突如途切れた。 夜中。 寝苦しさを感じて目を覚まし、ついでにお手洗いへと立つと、隣の部屋の電気が目を引いた。 見ると、あの男の人は夜もそのままいるようで、昼間見たまま、扉を背にして椅子にドッカリ座っているのがブラインドの陰で分かった。 こういうシチュエーションのために泊まりのヘルパー制度があるのか…。 痒い所に手が届く、行政にしては素晴らしい制度だな、と思って部屋に戻った。 彼は歯科口腔外科の手術をし、次の日には退院していった。 もしかしたら部分麻酔で出来るような治療を全身麻酔で行ったのかな、と勝手に想像された。 たまたま退院時の挨拶に出会したのだが、その時の会話で驚いた。 ヘルパーと勝手に思っていた男の人はヘルパーではなかった。 中学生の父親だった。 がたいが良く若々しい感じではあったが、なるほど、前からきちんと見れば確かに、それなりの年輪が垣間見えた。 2泊3日とはいえ、働き盛りの父親が休みをとって、扉を背に椅子で仮眠をとらなければいけないとは…。私たちは、そんなに特別な育児をしなければならない、そんな何かを背負わなければならないのだろうか。そんなに私たちは異なっているのだろうか。 なんだか気持ちがふさいでしまった。
2008.11.11
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17時までに帰ればいいのだが、息子の昼寝中に出発。 16時前には到着した。 送ってくれたおじいちゃんは病棟には入らずトンボ帰り。 「△△(娘の名前)が別れがたくて泣くから」と言っていたが、何度も何度も何度も振り返って、一旦乗ったエレベーターをまた降りてまで娘に手を降って。 寂しいのはおじいちゃんの方も、なのだろう。 病棟に入ったらすぐ、病院にしかない玩具で喜んで遊んでいた娘だったが、夜になって「▲▲(息子の名前)、きっとたいいんしていえにもどったら△△のことわすれちゃってるよ…」と号泣。 色々あるけど、何だか、とりあえず、ホッとしてるのは私だけかもしれない…。
2008.11.10
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外泊2日目。片付けるふりをして、こっそり2階でパソコンでも…と思うのだが、しょっちゅう、義母が2階に上がってきて、なかなか思うようにならない。仕方がないので、これも良い機会、と片づけや、冬物の整理などにいそしんでいたら、娘と義母の会話が聞こえてきた。「また、おばあちゃん2階へ上がるけど、アンタも来るか。」「ええええーっ!!したでヨガしよーよー。」(娘はなぜか今、ヨガに夢中。)「うん、またやろな。せやけどな。おかあさんが2階でどんな風に進んでるか、見にいかなならへんやろ。」!!えー!!私を見張りに来てたんですかー…それはまた御苦労な…。そんなことにまで気持ち配ってたら、ずいぶん、息苦しいんじゃないかなぁ。見なくていい所まで見なくてもいいのに(苦笑)昨晩も私が赤ワインを飲んでいたら、一生懸命、「私の友達にはお酒飲む人はおらん。」「わたしはお酒飲む人は嫌いやねん。」「□□(夫の名前)はよーっぽど私のことが嫌いやったんやろな。私と全然違うタイプのお嫁さんもらったりして、私はお酒なんて飲まへんし。」義父も、「女の人がお酒を飲むのは良くない。」と、意気投合。私はにこやかに流しながら一言だけ、「皆さんの前だけ飲まないようにするのは簡単ですよ。」と、言った。すると、「そんな隠し事は1っちゃん嫌いやねん。そんなんは止めてな。」と、今度は隠し事ネタで話が始まってくれた。やれやれ。でも、今晩も飲むもんね。私が、私のうちで、うちの収入で買った赤ワインを、2週間ぶりに飲んで何が悪い。飲んで泥酔するわけでもなし。にこやかに相手をし、皆さんが寝静まるまでお相手し、その後、部屋に戻って寝て、でも、夫が帰ってきたら起きてるじゃないですか。そんなお酒の何が悪い。本当はせめて、それぐらいのリラックスぐらい大目にみてほしいんだけど、まぁ、欲は言わない。せめて、これぐらいの厭味で止めておいてほしな。あんまり言われると、こちらから議論ふっかけたくなってくるので、酔うと。にこやかに笑えているぐらいで、今晩も勘弁してください(笑)
2008.11.09
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朝の回診でいきなり外泊許可が出た。一緒に回診を受けている方たちは、前もって、もし具合がよかったら外泊許可ね、と、言われていたので、言われていない自分たちに外泊許可が出るとは夢にも思っていなかった。とっさに、「外泊しません。」と答えたら驚かれた。そうか、みな結構、楽しみにしているのね。でも、夫が土日定休じゃない我が家では、このへき地の病院からでは足に困るし。足があったとしても車で1時間弱だし。息子に会ったとしても、またお別れだし。どうせ帰ったとしても、いるのは姑だし。ところが、こっそり盗み聞いていた娘が、「なに、なに」説明すると「かえるっ!!!」と、きっぱり。仕方ないので帰ることにした。連絡をとってみると、義父もまだ家にいる、とのことで、迎えに来てくれた。帰ってみると、あら、びっくり。家が…変わってる…??台所に見たことのないアイテムがいっぱい…。子ども部屋の壁際にリビングにあったハズのものが山積みにされ…。夫婦の趣味部屋にあったものまで子ども部屋の壁に山積みにされ…。唯一、触られていなさそうなのが夫婦のベッドルームという始末。ちょっと唖然としていると義両親に帰宅早々、「子どもの成長や季節のもので使わないものは、まめに片づけなさい。私たちが子どもをみているから。」と…。ちょっとぐらい座ってコーヒーでも飲みたかったのだが、帰宅早々片づけに入った。が、どこに何があるやら…(苦笑)だから帰りたくなかったのに…と、独りごちてしまった。夫に言えば、『疲れてるのに…あいつら!!』と、私の肩を持って怒ってくれるだろう。が、しわ寄せは私に来るだろうな。『結婚したら変わってしまった、あんなに良い子だったのに…。』『年上女に騙されて、転職までさせられて。』『優しくてイイコに育て過ぎて奪われた。』…くわばらくわばら…。やっぱり、私の胸のうちにしまっておこう…。娘はわがままし放題の甘え放題、とっても楽しそう。おじいちゃんとおばあちゃんの間にすべりこんで眠ってしまった。夫も深夜に帰ってきてニッコリ。ベッドに入って、「やっぱり○○(私の名前)と一緒に寝ないとゆっくり眠れないんだよね。」と、ぎゅーっと抱きしめたと思ったら一瞬で夢の中。…まぁまぁ、いいか。みんな、こんなに喜んでいるのなら。明日も片づけ。2階にこもって、こっそりパソコンでもして私なりに息抜きをしよう。
2008.11.08
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娘の体調は良く、耳の傷の治りも良く。耳の中に関しても、はっきりは言わないが、ドクター同士の話を盗み聞いた感じでは、まぁ悪いこともない様子。大体、毎回そうなのだが、こうなってくると、なんとなく周囲が気になってくる。この病棟は、心臓や脳など重い手術や、骨折など整形外科の手術、以外の手術の子どもが入院する。たとえば、泌尿器、耳鼻咽喉、目、形成、歯科口腔…つまり、ちょっと命に別条のない、軽い子どもが多い。そんな中、入院患者は大きく2つに分かれる。それは、外斜視やヘルニアなど、ほんの数日で、しかもそれ1回だけの手術で入院する子どもと、うちのように複数の障碍があったり、何かの合併症で入院する子ども、である。親同士も面白いもので、大体、前者は前者とくっつき、後者は後者の匂いを嗅ぎわけ、くっつく。うちはもちろん後者である。後者で面白いのは、この世界だけで生きている、としか思えない人である。話すネタは全て病院内の話ばかり。看護師の噂話や、病院の体制の話、病棟の歴史、最近の傾向と昔の違いや、新しく来た患者の噂話、気に入らない患者の悪口まで、すべてが病院色。それも、何か嬉々としているように見える。子どもは病棟内を勝手に行動し、なぜか彼女は彼女で単独で行動していることが多く、あっちの人、こっちの部屋を訪ねては、病院話で盛り上がる。敵にするとやっかいそうなので、何か分からないことがあれば彼女に積極的に聞くことにはしているが、話が長くなると何か人生で無駄な時間のような気がしてくる、そんなタイプだ。前者で面白いのは、染まらずにいる人。有料個室に入り、滅多に外に出ない。化粧ガンガン。服装もビシっと。挨拶しても愛想笑い。うちの子どもはアンタたちと違う、と言いたいのだろうなぁ、と思うと、何か面白い。あと、面白いのは、日常が垣間見えてしまうこと。虐待なども見えて面白い。以前、面白かったのは、なんだかすごーく威張っている母親だった。2歳の子どもと入院してきたのだが、たった5日かほどの入院なのに、荷物が山ほど。しかも、自分の父親と母親、旦那まで伴ってやってきた。旦那がノドが乾いたと買ってきたペットボトルを見てなぜか激怒。このトランクの、この場所に入れてあったのにもったいない、と怒り狂う。おばあちゃんが荷物を整理してあげていたのだが、そのやり方が気に食わないと、いちいちブチ切れ。それなら自分でやればいいのに…と思うのだが。だったら子どもの面倒はみているか、といえば、2才の子が眠くなってグズグズ、環境も変わったし、おそらく入院も察してなかなか眠れないのだろうが、最初はトントン背中を叩いてやさしい感じなのだが、2分もすると、「なんで寝ねーんだよ、寝ろって言ってんだろっ!」とキレる。結局、おじいちゃんが抱いて外へ連れだし、寝かして連れて帰ってきた。その間、自分はテレビを見るのにテレビカードを買ってくる、と言ったまま帰ってこない。看護師さんが来て、お母さんがいないのならまた来ます、と言って出ていき、彼女が帰ってきたので夫がそれを伝えたら、「え??なんだって、で、どうしたの!!ええ???」と、なんだか怒り気味で迫って聞く。どうして周囲は彼女の言う通りになってあげているんだろう、と不思議に思う。夜になって、夕食が終わり寝る前、「病院、寒くない?」「手術前になったら、なんにも食べれないよ。せんべい食べる?じゃあ、みかんは?」と優しく世話をしていて、あぁ、なんだ、一人でも子どもの面倒みれるんじゃん、と思っていたら、みかんの汁が垂れた、と言って、大激怒。子どもを手だけで吊るしあげ、そのまま洗面所へ連れていった。次の日の朝。洗面所で会ったら向こうから、「おはようございます!昨晩はうるさくしてしまってごめんなさい、眠れましたか?」と、にこやかに声をかけてくる。「こちらこそ、騒がしくしてしまってごめんなさいね、手術無事に行えるといいですね。」と返し、『あなたがいつキレるかドキドキして落ち着きませんでした…』とは言わなかったが。こんなことを考えだすと、退院は間際。また日常に追われて生活しなければならないかと思うと、ちょっと、この空間がさびしく思えてくるのも、また退院間際のいつもの寂寥感…なのである。
2008.11.07
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大部屋に移動して早々、同部屋の人同士がケンカをした。私たちが移動した同じ日に目の手術で入院した2歳の子の母親と、その夜遅く、緊急に入院してきた中学生の女の子と。話の顛末はこうだ。今日、2歳の子どもが手術をした。手術自体は成功したのだが、麻酔あけに錯乱し、暴れたり泣き叫んだりしていた。タイミング悪く目を覚ました中学生が隣をうるさがり、「ウザい」「ムカつく」などブツブツ暴言を吐き、それに2歳の母親がキレた。「ちょっと、止めてよ、さっきから聞いてればっ」「親もいるのに何で注意しないのよっ」スタッフステーションにいた副病棟師長など数人が飛んできて、隣に乗り込む勢いの母親を抑え、看護師たちが丁重に謝り、有料個室を無料で提供して部屋を移動していった。狭い病棟内。この噂はあっという間に広がるだろう。きっと中学生とその母親が悪者になって。ワイドショー的ネタを、この閉鎖された空間は見逃しはしないだろう。確かに事実はそうだ。でも、真実はちょっとだけ違うのだ。大部屋にいたのは当事者の中学生とその母親、2歳の子どもとその母親、だけではなかった。カーテンの向こうに私と娘、それから女の子のところに看護師がいたのだ。実は、中学生の女の子。隣がうるさくて目を覚ましたのではない。高熱で寝こんでいるところを看護師に起こされたのだ。彼女は手術し退院後に高熱が出て舞い戻っての緊急入院だった。ドクターが傷を見たいから外来まで歩けるか、と、入院からずっと寝続けている彼女にドクターから催促がきたのだろう、看護師がちょっと無理に起こしたのだ。頭はガンガン痛む、熱は39度。おまけに退院したはずなのに手術後の感染、寝起き最悪の彼女は、ついつい看護師や母親に暴言、ついでに状況が分からないまま隣にまで口が出てしまった…と、こういうわけだったのだ。怒った方にも事情があった。彼女たち、実は予約2度目にして、ようやくできた手術だった。前回予約が入っていた4月。病棟内に入院していた子の兄弟が入りこんでしまい、その上、その子が水ぼうそうに感染していたことが判明した。そこで、急きょ病棟内で水ぼうそうにかかっていない子や予防接種がまだの子どもが隔離され、手術がまだの子どもは手術を強制キャンセル、全て家に帰された。彼女たちが遠方からはるばる飛行機で入院して、たった3時間後のことだった。おまけに、今回、子どもが少し鼻風邪をひいてしまい、また手術がキャンセルになりそうで、彼女は必死に悪化させないように入院してから面倒をみていた。更に、彼女には下に1才の子どもがいて、3人目を妊娠中。彼女の神経は四方八方にいっぱいいっぱいにはりめぐらされて、パンパンに張りつめていたのだろう。世の中のワイドショー的話にも、ひとつひとつ、こういった事情があるのだろう。2人は一言も話さずに部屋を移っていった。まぁ、おびただしい数の手術もあることだし、テレビのワイドショーのように、この話も、あっという間に忘れらさられると思うが。
2008.11.06
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重症の赤ちゃんが入院してくる、とのことで、医療個室から大部屋に移動することになった。 大部屋なのに部屋に缶詰条件、というのは、さすがに理屈が合わないと思ったようで、『ガーゼをして耳を保護したら出歩きオッケー』という苦しいつじつまあわせを。 おまけに、 「なるべく他の人や物に触れたりしないで下さいね」と懇願された。 「努力はします。」 とだけ答えてはみた。 がー。 申し訳ないが、それは病院側の事情。 ただでさえストレスのかかる入院生活で、「そこ触るな」「それもするな」と追いかけ続けるのは、ぶっちゃけストレートに言わせて頂いて、イヤだ。 娘はもちろん可哀想だが、そんなの超越して、とにかく私がしたくない。 これ以上、争いの種が増えたら…と思うだけで…ゾッとする。 ベッドが足りなくて苦労しているようだし、あえて言いはしなかったが。 ただ、娘は律儀に健気に、守らなきゃ、と思っているようで、小さい子が寄ってくると生意気に困った顔で助けを求めたりする。 ちょっと面白い。
2008.11.05
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三連休。 病院もお休みなので病棟を出て、外来の待合室にあるプラレールをしたり、1階ホールのプレイルームで積み木をしたりした。 娘も、ただ遊べることが嬉しいだけじゃなくて、いつもは人でごったがえした遊び場を独占出来る優越感、非日常感が分かるのか、かなりのハイテンション。 文字通り、駆け回っていた。 そんな娘を見ていたら急激に眠くなってきた。 ちょっと横になって…と思った途端、自分でも驚くほどアッサリ落ちてしまった。 娘に起こされて、各科の待合室毎に違う玩具を求めて渡り歩くのだが、そのたびにコテン。 メールしていても本を読んでいてもコテン。 人が全く通らないわけでもないのに、恥ずかしいくらい腹まで出して寝てしまった…。 もうアドレナリンを出す必要がなくなった、と身体が判断したのかな。 手術入院だからだろうか。 病気入院では毎日ある回診も、やっぱり三連休。 看護師が耳の穴を覆う綿球を交換してくれるだけで終わり。 陽射しも戻って暖かく。 空気までもが目を閉じ休んでいるような休日の病院。 明日からは本格的な耳の中の治療が始まるし。 退院すれば、また日常に追われて。 子どもたちのことで、また、いっぱい辛い想いやもどかしい想いをし。 自分の今を悲観し未来を憂う。 だから今だけは、この日常に突如現れ落ちることになった4次元空間に、ゆっくり身をまかせ漂っていよう。
2008.11.04
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そして、朝。 朝食を運ぶと、やはり1時間位かけて3割ほど食べ、「ごちそうさま」。 娘の視線は感じるのだが、どうしても応じる気になれない。 「…ママのあさごはんは?」 と聞いてくれるのだが、それが昨日、「ママはいつ夕ごはん食べればいいの?!」と、呆れるほど子どもじみたセリフを吐いた影響かと思うと、気恥ずかしさがたって、むしろイライラしてしまう。 ひたすら無視し、医療個室内のトイレへ行き、出ようとドアを開けたら娘がドアの前に立っていた。 また、いつものように、『もう、たべさせて~ていわないから、なかなおりしよ~よ~」とでも言うのかな、と、身構えた。 が、娘の口から出た言葉は意外なものだった。 「あのさ~△△はね。ずっとママのことかんがえてるんだよ。 いま、ママどんなことかんがえてるかな~とか。 きのう、△△にたべさせて、ていわれて、どんなきもちだったかな~とか…」 そうだ。 そうだったんだ。 「ママもね…△△のこと、ずっと考えてたよ。 △△がどんな気持ちでママに食べさせて~て言うのかな、とか。 どんな風にご飯を食べたいのかな~とか。 私たち同じだね。」 誰かが言った。 母親が変われなくても子どもが変わってくれるから大丈夫、と。 「△△はママに食べさせてもらうと幸せなんだよね。 ママ、これからは△△が食べさせて、て言ったら頑張るね。」 娘は首をふる。 「△△こそ、ひとりでがんばってたべるね。だから、さいご…ちょっとだけたべさせてね!」 私の目から涙が溢れた。 「ママも△△といっしょにたべて、ごはんたべおわったらなにしてあそぼうか~とか、いっぱいおはなししようね!」 いつの間に、こんなに成長したのだろう…。 自分の気持ちを表すことができず、顔面蒼白で黙するか、髪を引っ張る、物に当たるしか出来なかった子が。 知的障がい児と言われ、スモールステップをいくつも用意し、私が教えた以外のことは全く吸収出来なかった、意外性のない、あの子が。 今。 この場を支配している。 この結末では、子どもを丸ごと受け入れてあげたことにならないのだろうか。 娘が私に歩みよってくれただけで、結局、彼女を支配していることになるのだろうか。 やっぱり私は虐待連鎖を断ち切れない、力不足の母親なのだろうか。 分からない。 分からないが、この胸の中に産まれた、娘への親バカな狂おしいほどの愛情は、遠い未来を見据えたら、きっと悪い方向ではない、と、そう思える。
2008.11.03
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体調良好。耳の裏の傷の治り良好。耳の中の回復も至って順調。 今の私を苦しめているのは「食べさせて」である。 普段、食事をしていても、6分通り空腹が満たされれば何故か「食べさせて」という人ではあった。 自分一人では満腹に出来ないのか。 それが甘え手段だと誤認しているのか。 そもそも子どもってこんなものなのか。 分からない。 麺類などは食べさせづらくてイライラするし、毎回、娘が「食べさせて」というとウンザリしていた。 入院中。 もちろん「食べさせて」は健在なのだが、家とは勝手が違う。 これといってやることもなく、息子の食事をフォローする必要もなく。 狭いベッドの上で小さい机を置き、そこで面と向かって延々と食べさせることの、なんとイラつくことか。 一口あげてはクッチャラクッチャラ。 嫌いなものをあげれば「きらい」と自己主張することなく5倍は長い時間口の中に入れたままクッチャラクッチャラ。 あっちを見て、こっちを眺めてクッチャラクッチャラ。 お歌を歌って、またクッチャラ。 こいつ…ずっとこうやって食べてたんかい…。 道理で遅いわけだ。 そして、とうとう。ブチキレてしまった。 夕食前。 結構楽しく和やかに遊んでいて、とっても仲良しに盛り上がっていたのだが、夕食を前にしたら一口も食べないうちに甘え顔で「食べさせてぇ」。 向き合って一口目。 嫌いだったようで、いつまでもクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラクッチャラしているのを眺めてたら、今までの分も大爆発してしまった。 「こんなにいっぱいの量どうやってあげればいいの!明日までかかるわ!」 「食べさせて、が甘えて可愛いと勘違いしてるんじゃないの?!」 「こんなにじっくり食べる姿を見てたら、あれこれ注意したくなるでしょっ」 「一緒にご飯食べながらお話すれば、ちょっとぐらいこぼしても気にならないし、食べ終わったら何して遊ぼうか話し合ったりして楽しいでしょっ!」 「もうー△△(娘の名前)なんてキライ!」 とまで一気にまくしたててしまった…。 娘は一言「△△もママきらい…」とだけ言って、1時間かけて3割位だけ食べて「ごちそうさま」をした。 分かってはいるのだ。 一緒に食べながら喋って楽しいのも、何時までも食べさせるのに時間がかかるのも、娘ばかりをじっくり見ることで注意したくなるのも全部、私側の事情。 であって、娘はどんなに時間がかかっても、大した会話が出来なくても、食べさせて欲しいのだし、それをしてくれることが一番甘えられて受け入れてもらってる感に満たされるのだろう。 ただ食べさせれば済むこと。 それがこんなにもしんどい。 哺乳や食事で傷ついてきた私たちは、ある意味、同士なのかもしれない。
2008.11.02
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しかし子どもの回復力って凄いな、と思う。 まぁ、病気じゃないし、手術も耳という局所なこともあるのだろうが、点滴こそあれ、もう今日には全く普段通りの娘になっていた。 「まだオムツがいい」「やわらかいごはん(軟菜全粥食)がいい」と相変わらずだが、お粥の水分をすくって「みてーおもゆ!あかちゃんみたい~ウフフ」と、むしろ悪ノリ三昧。 娘の食事の残りを重要な栄養バランス元にしている母にとって、娘でさえ完食できる程のこの食事では困るんですけど。 洗濯やら母が用事を済ませる間「ぬりえする」というので、病棟の保育士に塗り絵を2枚と色鉛筆を借りたのだが、さぁ、返そうとしたら1本足りない。 「さいしょはぜんぶあったよ」と娘は言うし必死で探すのだが、ない。 あぁ…最初に全部揃ってるか自分で確かめるべきだった…。 本人に使い方を確認しておけば良かった…(まず全部出したらしい…)。 ふと、本人を見れば探しているかと思えば途中で見つけたトトロのDUDのパッケージを楽しそうに盛り上がって眺めてやがる。 ブチッ!! 個室で良かった…と思うほどキレてしまった。 結局、ナースステーションにあった。 はじめから1本足りなかったのだ。 娘、楽しそうに、 「な~んだ~かんごしさんがわるかったんだね!」 「恨まないアンタは偉いとは思うけど、はじめから全部入ってないのに入ってた、て言うアンタはどうなの。」 「アンタっていわないでよ、△△(娘の名前)ちゃんてよんでよ」 「はいはい。△△ちゃんさ~」 「はい、は、1かいなんだよ」 「……」 この騒動と。 おまけに点滴が抜けてしまい。 点滴してくれるドクターのスケジュールに合わせて、点滴が抜けてる間にーとのことで臨時用の急遽狭いシャワーに入ることになり。 耳をぬらさないように娘の髪を洗うのに、また一悶着…。 もちろんドクターはスケジュール通りに来るハズもなく。 ギリギリまで待たされ、やっぱり昼食食べて下さい、というから食べ始めたら呼ばれ。 やっぱり点滴なしでいってみよう、て…ドクター。 せめて呼ばないで欲しかった…。 午後、このすさんだ関係を改善すべく図書室へ。 結構子どもの本でもバカに出来ず、世界紀行みたいな大きな本はフル写真で世界の暮らしや街並みを紹介していて面白く読んでいたのだが…。 娘は、ちょっと本を開けては「あきちゃった」。 スグに本をチェンジ。 子どもが読む場所では他の子どもに話しかけ。 誰かに向けて紙しばい。 受付へ言って、これは何何質問三昧。 仕方がないので読みたい本を持ってきたら1回は読んであげるよ、と言ったら『おおかみと7ひきのこやぎ』でお母さんヤギが悲しむシーンで大号泣…。 その後渡したらチラッと見てパタン、本棚へ走って、はい次はこれ読んで。 字は読めても何かの発達が遅れているせいで自分で読めないのか。 いっぱい本がある環境が悪いのか。 何度も読んだことある本を渡してもダメ。 分かりやすい簡単な本もダメ。 落ち着いて一冊の本に取り組めない、といった感じを受けるのだが…。 結局、自分の読みたい本も中途半端。 また新たな娘の問題点を見つけ、ただ憔悴しただけで帰ろうとしたら、受付のおばちゃんが追いかけてきた。 あぁ、娘が何か悪さをしたに違いない…と頭を下げる準備をしつつ振り返ったら、 「色々なことに興味をもってキラキラしていて、なんて子どもらしいお子さんなんでしょう、て感心してたの。」 「何事にも集中力がなくて、ウロウロしていて、親としては息抜く暇もなくて…」 「☆☆教授も子どもの頃は興味が向くままに走り回って手がかかったそうですよ。 うちの子どもは思春期になって親の目が届かなくなってから興味が向くままに走り回ってしまう子どもになってしまいました。 これくらいならどんなに良かっただろうって。」 自分の話に置きかえて、余裕のない子育てをしている私を上手に諭してくれたのかもしれない。 でも、そう。 娘を見て、なんて素晴らしい、とわざわざ言ってきたり、涙を流したりする人は、わりといるのだ。 娘は、ただ娘らしくしているだけで人に感動してもらえる。 私は子ども時代、あれだけ頑張っても人として好かれたことはなく、親にさえ受け入れてもらえなかった。 バラバラになっていく家庭を救うかすがいにもなれなかった。 ただ娘でいるだけで受け入れてもらえる娘と、私。 どちらが幸せな人生なのだろう…。
2008.11.01
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