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深夜2時。夫が帰宅。寝たふりをしていたら、ベッド脇、何かを確かめるように覗き込む夫。やっぱりこれか。『あやまるだけなら、子どもでもできるでしょ。子ども以上になれない限り、許さないから。』この禅問答。寝たふりをしようとベッドにすべりこむ瞬間、分かった気がしたのだ。寝室においてある子機の充電。これさえしてあれば、夫の電話で絶対に目が覚めているハズだったのだ。しかも。この子機は、以前、夫がカギを忘れていって同じことがあったとき、夫が自ら対策を考えて、わざわざ設置したものだった、なるほど。この子機の充電を、朝の段階でまだ手をつけていなかったから怒っていたのか。朝は子ども2人を保育園へ連れていくだけで精一杯で。その後、寝室を掃除したとき、充電の電源も入れたんだけど。なるほどね。夫らしい理由だな。今回、カギを持っていかなかったのは私のせいだが、それを責めることはなく。子機の充電ができていなかったことを責めるわけでもなく。カギを持ってでなかったことを忘れていたことを責めるわけではなく。さんざん起こしたのに起きなかったことを責めることもなく。再び同じ過ちをおこさないような改善をしなかった。そのことを責めていたってことね。大人だなぁ。私なら、ただただ、締め出された事実をグズグズと怒ってしまいそうだけど。…それを『禅問答』のようにしてくるところは、なんというか、女々しいけど(苦笑)深夜3時。再び寝室に戻ってきた夫に気づく。ダブルベッドの隣にすべりこんできた夫に、抱きついてみる。驚きながらも、「なに。こうすれば許してもらえると思ってるんでしょ。」と、不満そうな表情をつくりながらも、嬉しそうにこたえてきた。世の旦那陣が奥さんと仲直りをしようと手を出すのは、こんな感覚から、なのかな。明日になったら、充電のこと、きちんと謝ってみよう。
2008.07.31
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娘を保育園へ連れていき、荷物だけ置いて息子はそのまま持ち帰り、耳鼻科へ。その後、保育園へ戻す、いつもの朝。夫は11時くらいに出勤だったが、物言わぬ夫がウザいので、家へ帰るのを逡巡。保育園の玄関でウロウロしていたが、馴染みの保育士に声をかけられて、しばし談笑。話の流れから、泡盛を買うことに。1600円で、420ml。高い!!限定量り売りの5年古酒だという。そう言われると美味しそうな気がして、購入する。それでも、帰る気になれず…。神妙な顔で、悲しんでます、反省してます、というフリだけはきちんと見せてはきたし、まっいっか。顔を見ない方がいいこともあるだろ。5%オフ日のジャスコへ向かう。まず、ワコールのブラを買う。色々、試してみたけど、私はやっぱりワコールが良い。ワコールのフルカップブラをすると、脇や背中など、ただの肉も、ブラにおさまりオッパイに大変身するし。洗濯機で洗っても壊れないのが、また素敵。また、ジャスコの5%割引の日は、なんと、25%オフで買える。もう、こういうお得感が、ストレス軽減にはもってこいなんだよね。あと、週末にお泊り保育を控えた娘のために、長いズボンを2本。これまた、半額、半額。保育園用のズボンは、あっという間に穴が開くので、こんなので十分。さぁ、行こう、と思ったところで、2000円のズボンを発見。黒いジーンズで、息子にも使えそう…。しかし、予定の2本は買ったし…。でも、半額で1000円になるのかぁ。。うーん…。30分も悩んだあげく、やっぱり、ご購入。ストレスあるときは、なんでも、買ってしまう方に気持ちが動く気がする。買い物三昧で、ちょっと気分も爽快に。家事もこなせて、お泊り保育の準備も完了。庭のプールも洗い、おまけに、娘とピアノまで弾いて、ご機嫌に夕食へ。そそくさとお気に入りの美濃焼のコップに丸い氷をうかべて、今日買った泡盛を注いだ。すると…。臭い。なんの臭いなんだろう。舌ざわりもヌメヌメした感じで。こういうのが、古酒なのか。それとも、この泡盛の特徴なのか…。とても、ロックでは飲めないので、夏前に大量に作った梅シロップで割って飲んだ。それでも、不味かったが。梅シロップと、これまた合わなくて。そう、シークワーサのような柑橘系とは合うかも。なんだか、がっかりして泡盛のビンを眺めていたら、あぁ、これって、1600円もしたんだよな、と、気がついた。息子まではけるかもしれない1000円のズボン1本で、あんなに熟考して。1600円の泡盛は即決で。人間の価値感覚ってどうなってるんだろうな。さっ。夫が帰ってくる前に寝てしまおう。
2008.07.30
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…実はいま、あまり日記を書く気になれない。コメントにレスをつけて、あちらこちらのブログをうろうろして…。それでも、書く気になれない。と、いうのも。火曜日は良い日だったのだ。子どもの病院もなく。療育もなく。第5なので娘のピアノがなかったのが残念だったが、それでも余裕のできた時間に子どもたちを庭のプールに入れてあげたりして。家事もバリっとこなせて。我ながら素敵で普通なママをやれたのだ。それが。結論からいえば、出張から帰ってきた夫を締め出してしまったのだ。子どもと一緒に寝てしまって、目が覚めて3時半。…あれ?今日、出張から帰ってくるハズだったのに…あっ!!!!出張へ行く日。夫のカギまで持って私が先に家を出てしまったため、夫はカギを持っていなかったのだ。なぜか、寝室の子機の充電は切れてるし。リビングに下り、おずおずと携帯をチェックしたら、そこにはもちろん、着信の嵐。ここは住宅街なので、近くの24時間営業の店までも遠い距離。車で迎えに行ったら、さすがに怒っていた。必要なこと以外、何もしゃべらず。朝になってもしゃべらず。昼近くになって、一言、ようやく、「あやまるだけなら、子どもでもできるでしょ。子ども以上になれない限り、許さないから。」つまり、してしまったことではなくて、別のことでお怒りのご様子。…うーん…なんだろう。そんなことを考えてくると面倒くさくなってくる。どうして面倒くさくなってくるんだろう。今回のことは本当に私が一方的に悪くて。夫が怒るのも当たり前で。私も悪いと思っているんだけど、何故だか、夫の気持ちになれない、というか。他人の痛みが分からない、というか。自分がやられたら、どれだけ怒り狂うか、とは思うんだけど。なんか、面倒なことになったな、ってな感じにしかならなくて。…もしかして、そういう私の内面を夫が読んでいて、怒っているんだろうか。…いや、夫はよく、「本当に悪いと思ってないでしょ」と言うから、普段から私がそういう傾向にあることを分かっている、とは思うのだが。…あぁ、面倒。ひどい人間だ、私。いつから、こんな人間になったんだろう。もしかして、ずっと、こんな人間だったのだろうか。それを、あの子たちが気付かせてくれたのだろうか。だとしたら、気付かないで死んでいきたかったな、楽だから。
2008.07.29
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いつものいつものいつもの朝がやってきた。息子を耳鼻科へ連れて行った後、保育園へ。その後、保育園が行っている未就園児の集まりに参加した。子どもたちの保育園は未就園児に園を開放していて、月齢に応じてクラスを分け、保育士もつけて、保育園児と同じ遊びを提供している。今日は、発達の気になる子どものための日で、2組の親子がやってきた。私はここへ、用事がないときには参加している。発達が気になる子どもを育てているから、という名目ではあるのだが、本当は、何か放っておけない気持ちになっているからだった。ここに来る人たちを見ていると、自分の昔を思い出す。「どうして、こうなっちゃったんだろう」「これからどうなるんだろう」過去を悔み、未来を憂い、息苦しいだけの毎日。少しでも、そういった人たちの役にたてたら、と、いてもたってもいられなくなってくる。それは、彼女たちのためではない。私のため、なのだ。少しでも彼女たちの役にたてたら、私が経験してきたことは無駄ではなくなる。過去の自分を認めてあげることができる。そんな気がするのだ。今日も、涙する2人の話を聞き、少しでも具体的なアドバイスができないか、と、懸命に考えた。2組が帰ったあと、保育士と一緒に片付けをしていたら、「○○(私の名前)さんと話をしよう、という日を設けようと思うんだけど、いい?○○さんがいると、みんな、今まで聞いたことのない本音でしゃべっているし。他にも、今日は来てないけど、○○さんとしゃべってほしい人がいっぱいいるんだよね。」と、言ってもらった。障害児を2人も産んだ私だけど、そんな私だからこそできることがある。実は、それは息子を授かってから、ずっと考えていたことだった。障害児を2人授かり、そして、今、まさに現役で育てているからこそ、できることが、あるのではないだろうか、と。例えば、代議士。ほとんどが、子育てが終わった、それも男性によって、地位を占められている。そうなれば、ほとんどが、そういった彼らの価値観によって、社会が作られていったとしても、仕方がないことなのかもしれない。子育て世代の、それも母親の想いを簡単に反映させるためには、現役で子育てをしている母親の代議士がいれば、いい。ただ、それが可能な人は、この世にごくごく限られているのだ。代議士になりたい、と言っているわけではない。が、何か、私でしかできないこと。今、心の中に、かたまりつつある、一つの想いはあるのだが。まだ、あふれてこないのだろう。が、今日でまた一滴たまった、という感じだ。午後は2人とも早退させて、整形外科のリハビリへ。娘も順調。息子も、ハイハイ、膝たちでつかまり立ち、順調。2人ともそれなりに順調。私もそれなりに順調。悪くない日だ。
2008.07.28
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夜中。1時にふと目が覚める。何げなく横に寝ている夫を見ると、夫も目を覚ました。2人でリビングへ行き、どちらからともなく「帰ろうか」と。行き、息子が4時間ももたず、機嫌とりながらの走行が大変だったので、帰りは寝ているときに帰りたいね、と、話してはいた。が、こんな夜中に、というつもりではなかったのだが。夫は荷物を積み、私はお茶を用意し、明日の朝食で食べるつもりだったパンと、バナナをもらってカバンへ。寝室の妹を起こすと、妹も当たり前のように起きて、下りてきて、驚くこともなく、「また、いつでも来て。気をつけてね。」「あ、お茶もった?」と。あぁ、こういうのっていいよな。実家って、こういう感じなのかなぁ。安心というか。楽というか。言葉にすると月並みだけど、幸せ、だと思った。1時30分。出発。休憩を1回とっても3時間強で帰ることができた。その間、子どもたちは爆睡…こういうところ、手がかからなくて有難い子どもたちだ。車の中ではずっと、大人が聞きたい曲を聞きながら、2人で談笑。子どものこと、仕事のこと。これからやりたいこと。最近の歌のこと。自分たちの子どもの頃のことから、出会ったときのこと、はじめてのデートのことまで、こんなに長い時間、2人きりでしゃべったのは、どれくらいぶりなんだろう。SAで夫が買ってきてくれた温かいコーヒーを飲みながら、運転席の夫の横顔を見ていたら、「今度行くときは、仕事が終わったら、そのまま夜中に出発しよっか。」彼も同じ気持ちでいてくれてるんだ…幸せだな、って、また思った。おまけに、高速料金が帰りの方が4割も安かったし。幸せな幸せな幸せなこと。こういう幸せが、まだ私に残っていることに、心から感謝した。…本当は、もっと当たり前の幸せがありすぎて、あまりにも幸せで、幸せに気づかないような、そんな人生に焦がれているんだけど。
2008.07.27
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あさ、久々の日記になっちゃったな、と、自分のページを見て驚いた。…なんと、私、金曜日にメールで更新している…。更新した時間を見て、何度思い出しても…思い出せない…。しかも、最後、文章が支離滅裂(笑)でも、面白いなぁ。あんなこと、私は考えているんだね。きっと、こう言いたかったんだろうなぁ。誰が何と言おうと私は普通に焦がれる。最期は普通に死にたい。そういえば、先日の面談で、「あなたにとって、普通の人生とはどのような人生なのですか」と、臨床心理士に聞かれたなぁ。「普通の人生を知らないの??」と、笑って聞き返してしまって、ちょっと反省して、「そうだなぁ。渡鬼のような世界かな。」と、彼女を笑わせてあげたんだけど。本当は、こう言いたかった。「朝になったら朝ごはん、昼になったら昼ごはん、夜になったら夕ごはんがもらえる、そんな幼少時期を過ごして、親とケンカしながら自分の意志を確立させていける思春期を過ごして、結婚したら障碍のない子どもを授かって、悩み愚痴りながら育てていく人生。」それが本当に幸せなのか、とか。幸せって本人の気の持ちようで、とか。そんなことは分かっていて。分かっていて、それでも、やっぱり、普通に焦がれる。普通の人生を送ってみたい。金曜日の朝から妹の家へ。土曜日は朝から庭にプールを作って、子どもたちを入れる。軽い昼食後、私の祖母、子どもたちにとっては、ひいおばあちゃんに会いにいく。母は、その再開の場所を、岬の先にある遊園地を併設したホテルを指定。ロビーで待ち合わせる。ひいおばあちゃんは母の押す車いすでやってきた。元気そう。30分ほど話をしたり、写真を撮ったりして、解散。子どもたちを連れて、遊園地へ。ここで今、父が働いているため、関係者用のフリーパスで乗り放題なのに、娘は、コインで走るトーマスの動く乗り物に夢中…。それはタダじゃないんだけど…。おまけに、う○ちをもらして、大騒ぎ(涙)娘は馴染みのないトイレが苦手で、妹の家のトイレは、うちの家と同じようなトイレだったので、なんとかクリアしたのだが、このホテルのトイレは怖かったようで…。我慢に我慢を重ねて、で…の、ようで…。最初にトイレを見せてあげなかった私のミスなのだが…。様子のおかしさに気付いてトイレに連れていっても、尚、「もらした」と言わず、私も気付かなかったため、無防備に下着を脱いで便器に座ってしまったため、被害が拡大してしまって…イラっとして、また、殴ってしまった…。…本当に、嫌になる。自分も。娘も。面倒な人生も。
2008.07.26
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今日は車を4時間走らせて、この7月に新築したばかりの妹の家へ。 初めて見た妹の家は、シンプルながらも庭も広い立派な家。 田舎だから土地こそ安いとはいえ、なかなかじゃないか。妹の夫は向上心のない平凡な人。平凡な人であることを自覚し、そこから逸脱出来ないことまでも自覚してる、平凡道を極めた人。そんな彼にしては、すごく背負ったと思う。私は彼のそこを認めてあげたいと思う。 娘も息子も、従兄弟にあたる妹の子どもと3人で良く遊ぶ。 夜には、実父と実母が合流。持ってきたお土産で3人盛り上がる。 私は別室で、これを携帯で。 しばし、普通を楽しむ。 本当に差別感あって働いてる人がどう思うか分からないけど、私は普通に焦がれる。普通で死にたい。普通で病んでみたい。出来れば私が死ぬ前に。
2008.07.25
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毎週木曜日は大学の発達心理相談室へ。その前に、今日は難聴の言語療育もあったため、昼ごはんの後すぐに娘だけお迎え。朝は朝で、耳だれ確認のために息子を耳鼻科へ連れていったため、ひっきりなしに、どっちかをどこかへ連れていった感覚がする。娘のプレイセラピーがはじまり、別室に移動して自分の担当の臨床心理士の前に座ったら、どっと疲れがでた。昨日の話。娘に感じたことを臨床心理士に話しているうちに、さまざまな考えが浮かんできた。臨床心理士、という職業の人を、私は彼女しか知らないが、彼女はほとんど話さない。私が黙ったときも、ずっと黙っている。なんとなく、それは、彼女が自分の職業に慣れていないから、にも感じるのだが、結構、今の私にとって、そのスタイルは都合がよくて、大体いつも、一方的にしゃべって、一方的に悩んで、一方的に結論づけようとして、一歩的にまとめて、一方的にスっとする、という感じである。昨日の話の前に、まず、『バブバブ遊び』の話から。数日前、加配の保育士が連絡ノート、大学ノートを1枚以上みっしり書いてきた。内容は『バブバブ遊びを一緒にやってあげてください』というもの。ざっとかいつまんで話せば、娘はご飯を食べるとき、この『バブバブ遊び』で、ご飯を一口、一口、運んでもらっている、らしいのだが、それを家でやってあげてほしい、というわけだ。他の子の目もあるし、一人で食べる力もあるのに、いつまでもこれは良くないのでは、と思って、加配の保育士が娘と話しあったとき、「△△、ほんとうは、おかあさんといっしょにバブバブあそびをしたかったの」と、言いだしたそう。「おかあさんとバブバブあそびをしたら、保育園では一人で食べる?」と、聞けば、今までにない決意の色が見えた、という。それで、下の子もいて大変なのは重々承知の上で申し訳ありませんが、と、まぁ、こんな話になったのだが。結論からいえば、今では、着換えまで『バブバブ』、つまり私が着替えさせていて、そう、赤ちゃん返りなんだろうな、回りくどいやり方だが。息子もいて、正直、面倒なことこの上ないし、なんていうのかな、そういう甘ったるいことを娘にしてあげる気に全くなれないのだが、なんと、保育園では、言われなくても自分から食事の支度をして自分で食べ、着換えもとっととやりはじめた、らしい。そう言われたら、まぁ、やってやらないわけでもないわけでもない…というか…ブツブツ。どうせ息子は着換えさせたり、食べさせたりしているわけで、もう、双子だと思って、息子を「おぎゃ」娘を「バブ」と呼んで、「はい、バブちゃん、お着替えだよ~」と、全部着換えさせてやり、「はい~次は、おぎゃ、の番ね。」と、今のところ、『バブバブ遊び』を敢行している、という話をした。話しているうちに、考えがもっとまとまってきて。確かに、『バブバブ遊び』は、性に合わない。今まで、彼女に甘えさせてあげなかった、やってあげなかった分を請求されている気がする、のも気分が悪いし、彼女自身と、こんな密なことをする気になれない、ということもあるのだが、もっともっと、根本的に、こういうやり方っていうのかな。そうだ。『バブバブ遊び』を説明していなかったのだが、単純なクイズ形式で、「バブちゃん、これは何ですか?」「きりぼしだいこん!」「ズボン!」で、はじまり、後は、やってあげる、といった感じだろうか。こういう、ひねりのない、単純なやり方が好みじゃないのである。ただ。娘とはいえ、別人格で。私が気に入らないやり方だとしても彼女が気に入るなら、そのやり方に合わせてあげてもいいんじゃないかな、と。自分は、まったく、母親にそうしてもらえなかった。母親のやりたいことをやるように仕向けられ、服装も彼女が気に入る物だけ買い与えられ、自分が気に入るものを着ようものなら、出かけようとしている背中にまで、「みっともないのが分からないのか」「みなに笑われればいい、恥をかけ、恥を!」と、口汚くののしられてきた。それと同じことを、娘にすることはないではないかな。そう考えついたら、なにか『バブバブ遊び』に対する考え方も少しかわった…気もする。そして、昨日のこと。もし、あの場、つまり、私も別室にいて紙芝居やパフォーマンスを一緒に見ていたら…。まず、間違いなくステージに上がろうとする娘を止めていただろう。少なくても、止めたくなっていたハズである。では、もし、ステージに上がることを止めていたら…。きっと、子どもたちを含めた、その場は、娘が『悪いことをしようとしたんだな』と、思っただろう。つまり、私がいなければ、独特な個性でその場を盛り上げ、人の心を打った結果になった、が、私がいて、彼女を制した段階で、彼女の行為は『迷惑行為』になったハズではないか。いや、今までもなってきたのではないか。どうして、彼女を止めたくなるのか。…もちろん、叱るときの気持ちは、彼女の行為が悪いこと、と思っているからなのだが、本当の心理はどこにあるのだろう。自分が、そんな尋常じゃない彼女を見ていられないから、か。そうやって、叱っておけば、最低限の役割をはたしている、と周囲に認めてもらえそう、だからか。自分自身、常に母親の気分で叱られていたため、確かな叱る基準を持っておらず、それが周囲にバレるのが怖くて、とにかく、それっぽい場面は叱ってみせているのか。…分からない。でも、確かなことは、少なくても昨日、娘が人の心を打った、という事実だ。もう少し、待ってみてもいいのではないだろうか。たとえ、結果として、恥をかくだけになったとしても、一緒に恥をかいてあげれば、それでいいのではないだろうか。娘自身が正しい、やりたい、と思ってしている行動に、もう少し寄り添ってあげてみても、良いのではないだろうか。そうだな。両方の話とも、つまりは、彼女に寄り添えということか。そうしてあげることで、彼女が母親に受け入れてもらっていると感じられ、で、それが自信につながることができれば…というヤツか。どちらも、私にとって、我慢大会みたいなものではあるが、こうやって、頭を整理し、吐き出しながらなら、なんとかやっていけるかもしれない。もう少しだけなら。
2008.07.24
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と、いうわけで、耳鼻科がなくなったので、普段の時間に2人を保育園へ。久々に余裕があったので、娘の副担任と加配の保育士の3人で、しばし談笑。この祝日に娘と見たテレビ番組について話した。それは、平日録画予約をしていた時間帯に祝日で番組が変更していたため、偶然見ることになった、NHKひろしまが制作の、いのちをテーマにしたうた番組だった。オープニングの新垣勉が歌ったアメージンググレイスを聞いて、娘が大号泣したのだ。「…△△(娘の名前)…このうた、すき…」「もう1かい…」15回ほど巻き戻させられた後、買ってあげるから、と約束して、ようやく解放された。「この人ね。目が見えなくて寂しい思いをいっぱいしたんだって。だから、お歌が上手なだけじゃなくて、寂しい思いの人を元気にしてあげたいな、と、気持ちをこめて歌っているから、△△の心に響いたんじゃないかな。」と、言ってみると、分かったのか分かってないのか。「めがみえないの?」「めがねかけてもみえないの?」と、何度も何度も聞いてきて、何か考えている…ようにみえたかな。みたいなことを話したら、2人とも痛く感動してくれて、こういう感覚は持って生まれた大切なものだから、こういうのを活かしてあげたいよね、と、共感してくれた。夜は、『平和のつどい』で再び子ども2人を連れて保育園へ。大人は、子育てをしながら自衛隊のイラク派遣の違憲裁判の原告から、原告弁護団に転身した女性弁護士の武勇伝と、裁判の現況を聞き、子どもは別室で、この地方ではテレビ出演もしたことのある、ちょっと有名な紙しばいのお兄さんたちのパフォーマンスに盛り上がっていた。娘はきっと乗り切れず、こちらに脱出してくるだろう、と、覚悟していたのだが、結局、最後まで現れず。娘を迎えに行くと、紙芝居のお兄さんに呼び止められた。「この子のお母さんですか?とっても楽しんでくれて、一緒にステージをしたんです。」聞けば、娘はノリノリになったあげく、ステージにあがりお兄さんに抱きつき、その後はお兄さんの膝の上で、ともにパフォーマンスをしていたらしい。『その場にいたら胃が痛くなっていたところだった…あぁ、いなくて良かった…』と、ひとりごちながらも、「この子、難聴で、テレビ番組も普通の子が楽しむようなものには興味なくて。だから、今日も、娘が楽しめると全然思っていませんでした。やぱり、対人の生ステージのパワーってすごいですね。」と、言ったところ、彼の琴線に触れたようで、以前も難聴の子が自分のパフォーマンスで今まで見たことのないような笑顔を見せてくれて、やら、こういった子どもたちに自分のパフォーマンスが少しでも役にたてないか、と、考えていて、やら、目を潤ませて語りだした。私は、彼の熱い気持ちにうけあいながらも、またか…と、思わずにはいられなかった。そう、娘である。アメージンググレイスにしても、そう。感動したから、と言って、ステージに上って相手に抱きつく、表現方法も、そう。全然、普通じゃない。けど、何か、人の心を打つのである。それは、狙ったから、といって起こせるムーブメントではなく、もう、彼女が持っている独特のもの、としか言いようがなく。もしかしたら、これが彼女がこの世に生をうけた役割、なのかもしれないし、そう考えたら、やっぱり彼女も、息子同様、この世に生まれてくるべくして生まれてきた、大切な命なわけで…理性では、分かってはいるのだが。どうして、私の心は打たないんだろうかな。…そうか、育てづらいからか(苦笑)かといって、私も他人で出会いたかったか、といえばそうではなく…。複雑な母親心…。
2008.07.23
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いつものように朝、耳鼻科へ連れていったら、なんと耳だれが止まっていた。確かに、ここ数日、少なくなってるね、と、医師と話してはいた。が、本当に止まるとは。とりあえず、明日は耳鼻科なし、で様子見。あぁ、一つでも病院の予定がなくなるって素晴らしいなぁ。この開放感。こんなことで、開放感を感じられる人生に感謝して生きることができたら、もう少し楽しいのかなぁ。午後。遅刻して保育園に連れていった息子を早退させて、今度は小児科へ。酸素を生成させる機械とパルスオキシメーターを借りていると、月に1回、通わなければならない。そこで、衝撃的事実が。今の主治医が9月に退職してしまう、ということ。これは痛い。娘の頃からお世話になっているこの病院だが、最近、かげりを感じてはいた。娘の頃は入院すれば満床は当たり前。外来は1時間待ちなどザラだった。が、良い医師が一人辞め、二人辞め。補充されてくる医師はやる気のない医師ばかり。母親の口コミやカンは鋭い。今では2診あった外来も1診になり、それでも大して待ち時間がないほどになってしまった。それでも、私がこの病院から離れなかった理由は、設備良く居心地の良い病室と、優しい看護師、そして、吐き溜めに鶴のような奇跡的にいる良い医師を主治医に選んできたからだ。実は、息子の出産直後から診てくれていた主治医が1年でここを退職するとき、「後任の医師を選びたくない。できたら、この病院をかわってほしい」と、言ったのだ。彼女、女医なのだが、とは本当に気が合って、入院中など回診に来たら1時間は話しこみ、当直の日は夜やってきて、医師と患者について、社会について、制度について、など、学生時代の合宿のように語りあった。プライベートでもランチに行ったりするのだが、未だに、あのキリスト教系総合病院に通っていることを危惧している。それでも、この病院を去らなかったのは、彼女の後、やってきた今の主治医があまりにも良い医師だったからだ。どれだけ良い医師か語ってしまったら朝までかかってしまうだろう、というほど良い医師で、私は全面的に信頼していた。が、彼もいなくなってしまう。その彼が、今日言ったのだ。「この子たちをこの病院に残して去ることが、とても心残りでね。だから、せめて最後に、この子たちのためにカルテをまとめようと思うんだ。」あちらこちらの病院にかかっている、こういう子どものためには、全てを把握して、あれこれ指示してあげる医師が必要なのに、誰もその役を担ってあげていない。このままでは、いつか、何かトラブルが起こる。だから、他に通っている病院、この病院の耳鼻科など他の科に連絡してボクがまとめたいと思うんだけど、良い?と、聞く。私は感動して声も出なかった。そう、ずっと漠然と不安に思っていたことだったのだ。いつも、どうして、専門的知識もない自分が、あちらの病院、こちらの病院の通訳をしなければならないんだろう、と。以前、一度の全身麻酔で他の処置もしてほしいと病院を越えて頼んだときなど、どれほど大変だったか。そう、彼は一般人の普通の感覚を持ち、そのための努力を惜しまない医師なのだ。彼も言った。「後任は、新しい医師が来たらその人にしたいんだけど、もう、医局はここに医師を派遣するつもりがないみたいなんだよね。」つまり、ここに彼が任せられるような信頼できる医師はいないってことだし、医局もこの病院自体を盛りたてていくつもりはないってこと。この病院から離れるときがきた、ってことかな。看護師の質だけは一級品なんだけどなぁ。入院生活も快適だし、離れがたいが。殺されてしまったら意味がない。
2008.07.22
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祝日。父、出勤。娘と息子と3人で、ビデオを見たり、庭でひまわりを植え替えたり、砂場をしたり。まったりと過ごす。日祝日は保育園もないが、病院もない。以前は、そんな状況を『停滞』と感じていた。保育園に行けば発達が促される。病院に行けば、少しでも良化する。そう考えていたので、逆に家にいるときは、『何もなく、停滞している状態』なのだから、そうならないように、あれもさせなきゃ、これもさせなきゃ、と、気負っていた。今は、そう考えないようになった、というわけでもない。が、息子を授かってから考えは少し変わってきた。毎日、耳鼻科。+整形外科、リハビリ、2週間に1度の小児科の定期健診。身体が弱く、保育園に行けば何かをもらってくる。そんな彼と日祝日を迎えると、今週も無事であったことに喜びを感じる。身体が弱いのに無理に保育園に行かせてごめんね、と、抱きよせ、普段、ゆっくりできない分、目一杯抱きしめて彼を満喫したいと思う。彼もそれに応えるかのように、ぎゅっと私に寄ってくる。そう、きっと、これで良かったのだろう。娘のときも。こう、自然と気持ちがいくのだろうな、『普通』は。彼女の障碍、口唇口蓋裂にしても難聴にしても言語レッスンは母子通園である。つまり、母も学べ、週に少しのレッスンでは見につかない問題、ということである。それに加えて、口の中のケア。補聴器の管理。あぁ、摂食障害もあった。1歳半すぎまで、経管栄養のチューブも私が入れ替えして管理していたんだった。そんなこんなで『母親とは何かをするべきもの』と勝手にインプットしてしまったのだろう。自分が母親にしてもらったようにしてあげる、と、虐待になってしまうから、と必死に頑張ってきたのに、やってることは母親と一緒だったのだ。子どもの支配。管理。恐るべし虐待の連鎖。『普通』の子どもを授かっても、やってしまっていたのだろうか。それとも、こんな特殊な状況だから道を誤ってしまったのだろうか。もし、そうだとしたら、育てるのに困難な子どもを授かったことで『虐待』に悩んでいる人がどれだけいるのだろう。
2008.07.21
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日曜日。朝、7時に起床。夫は午後から仕事、娘と息子は前の日の疲れからか、まだ眠ってる。こういう朝は猛烈に家事をしたくなる。片付けても片付けても、そばから汚す子どもたちがいないと、時間が止まったようなゆとりを感じられる。ずっと、気になっていた、畑のきゅうりの支柱をやりなおして、未だ伸び放題のイチゴのプランターからイチゴを引っこぬいた。1時間ほど作業して、朝ごはんの支度。洗濯。9時近くになったので、夫に子どもを任せて、買出しへ。11時に帰宅して昼食を作り、食べたあと、子どもと一緒にウトウト。プリンとグラハムビスケットでおやつを食べて、ぼーっとしていたら、携帯がなった。「今日、ダンナさん仕事?今、仕事終わったんだけど、今から行ってもいい?」珍しく、ゆったりしつつも充実した日常を打ち破る電話は、保育園のママ友だちだった。彼女は看護師で、3人の障碍のない子どもと夫と5人で暮らしている。クラス幹事で有能で、雑用から何から自分が引受け、面倒見の良い人である。彼女の夫は、朝、全員分の洗濯をし、朝食を作ってから仕事へ行き、彼女が夜勤のときには子どもたちの面倒を自分がみる。保育園の行事にも積極的に参加し、共働きの夫の理想のような人である。その彼女が夫に子どもを預けて18時に一人で遊びに来て、1時半過ぎに帰っていった。なぜ、ママ友だちなのに子どもを預けて来るのか。1時半にもなって、ようやく帰宅したのか。どうして、そうなると分かっていて断らなかったのか。それは、また機会があったら書くことにしよう。疲れた。猛烈に眠い…。リビングに寝てしまった子ども2人を寝室に連れていかなければならないし。彼女と過ごす時間が嫌いなわけではない。でも、彼女と別れた後は、すごく疲れる。気を使って疲れる、というわけではないのだが。彼女がいま、私の悩みの一つになっている。
2008.07.20
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今日も息子を朝、キリスト教系総合病院の耳鼻科へ。娘を午後1番に、こども病院の耳鼻科へ。まずは、番とり。土曜日は平日には2診あるところ1診のみで、しかも予約ではなく先着順。今日は夫が休みのため子どもたちを預けて、8時の再診受付開始時間を狙って診察券を通しに車を走らせる。2番。一旦、戻って息子にバナナと牛乳、バームクーヘンで簡単な朝食をとらせてトンボ帰り。無事、2番で診察を終え10時前には家に戻れた。息子は毎日、日曜日で外来が休み以外、このキリスト教系総合病院の耳鼻科へ通っている。左耳から耳だれが出ているのだが、MRSAが検出された耳だれで抗生剤が効かない。効くものもあるのだが、それは脳症や髄膜炎になったときに使うような最後の砦といった抗生剤で、耳だれごときで使って、もし、その抗生剤に対して耐性ができてしまったら、命に関わる、らしい。本来、MRSAは特別変異の菌なので生命力は弱いそう。よって、洗い流し消毒して、本人の回復力がMRSAに勝つのを待っている。毎日。普段は土曜日に父は仕事で不在なので、番とりの段階で娘と息子を一緒に連れていく。そして、病院内の聖堂の近くのベンチで持参した朝ごはんを食べさせながら9時を待つ。それに比べたら今日はインチキなのだけれど…ちょっとぐらい勘弁してください、って思う。でも、きっと他人は許せないと思っているんだろな、こういうの。すぐに洗濯を干して、ブランチを作る。夫が北海道出張で送ってくれた、ほっけを焼いて、ブロッコリーとカニカマのサラダ、温泉たまごと、しじみのみそ汁、ごはん…あっという間に11時30分になって、慌てて支度して12時に出発。今度は娘のこども病院へ。道が空いていて、12時30分に到着。CT検査、聴覚検査を終えて、ようやく診察の番がきたのは15時…。毎回、毎回、分かってはいるのだが、よくもまぁ、待たせてくれる。今日は、手術も視野に入れた大きな検査なので、また格別時間がかかった。まぁ、それを見越して夫に休みをとってもらって一緒に来てもらったのだが。結果。娘の左耳が思わしくないようす。一刻も早く手術をした方がよさそう、という。いろいろな可能性は考えられるが、とにかく、メスを入れてみないと分からない、という。緊急の手術枠でも10月しか空いておらず。そこに、予約を入れることになった。帰り。田舎にあるこの病院の近くにある、産地直送販売所で安くて新鮮な野菜などをいっぱい買いこみ、17時半、そのまま、馴染みのお寿司やさんへ。生ビールを中ジョッキで一気に2杯、流しこみ、ようやく、一息ついた。見れば、テーブルの向こうで夫は、子ども用のいすに座らせた息子の口にせっせと食べられそうな寿司を運んでくれている。考えてみれば彼は、先週の金曜日休み以来、北海道出張をはさんでずっと仕事をし、今日、これが休みで、また明日から仕事で、木曜日まで休みがないんだよなぁ。貴重な休みが、子どもの病院だけで終わってしまって。疲れてただろうに。それなのに、こうやって、楽しそうに息子に話しかけながら寿司を食べさせていたりして、この人ってスゴいな、と改めて思う。感謝…ではなく、安堵…かな。あぁ、この人がパートナーなら、これからもやっていけるかな。そんな、感覚。きっと、夫も感謝なんてされたくない、と思っているに違いない、と思う。なんとなく。2人で、この尋常じゃない日常を楽しんでいけたら、悪い人生じゃない、そんな気がする。
2008.07.19
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また、やってしまった。ここ最近。そう、もう数か月は娘に手をあげてなかったのに、数発、平手打ちした後、突き飛ばしてしまった。息子が怯えたような悲鳴をあげて、私に抱きついてきて、ようやく、ハッと我に返った。この、娘と同じどころか更にゆっくりな発達をしている息子の存在が、私に、娘を虐待している、という事実を教えてくれた。息子が可愛かったのである。無条件に。無償に。最初は、2人目だから可愛いのかと思っていた。人も皆そういうし、あ、男の子だから可愛い、とも言われたかな。でも、息子の発達が遅れれば遅れるほど違和感を覚えてきた。確かに、息子の発達は心配である。将来どうなるのか、と考えもする。でも…上手く言えないのだけれど…そう、楽しいのである。息子といると。心配よりも、息子のちょっとづつの発達が楽しみで、心から、息子なりの発達を喜ぶことができるのである。そして、ふと。息子を眺めながら思うのである。『一生、車いす生活だったとしても、この子なら大丈夫。』そう思ってから、自分で驚く。何故、そう思えるんだろう、と。1歳半にして、手をついておすわりとズリ這いがやっと。言葉なんて到底でない息子の、何が大丈夫なのだろう、と。いろいろ考えてみても理由はたった2つしかない。1つは、性格。自分の欲求をしっかり持っていて、きちんと主張し、主張したことが満たされれば引きずることはなく、ニコニコと社交的な性格。きっと、車イス生活になったとしても、周囲に自分のしたいことをきっちりと頼め、周囲の助けを借りながらでも、社交的に社会に溶け込んでいけるだろう、と。もう一つは、そう、私に愛されている、ということだ。私に、信じられている、ということだ。誰が何と言っても、彼は生まれてくるべくして生まれてきた大切な命で、きっと、彼にしかできない役割がこの世にある、と、私は心から信じている。だから、彼が発達がゆっくりでも、あぁ、そうか。そういう役割なのね。ぐらいにしか思えないのだ。一方、娘はどうだ。性格もある。彼女は、じっと我慢する性格で、爆発型である。でも、社交的だし、彼女に関わる大人は、なぜか彼女の面倒をすすんでみる羽目になる、何かそういう独特な力を持っているし、彼女に癒され、涙する人はなぜかとても多い。きっと、彼女だって、周囲の力を借りて社会生活を楽しめるに違いないのだ。でも、やっぱり、決定的に違う。私に愛されていない、ということ。信じてもらってない、ということ。彼女が近づいてくると、その臭いだけで、うっとくることがある。「え~ひとりでいくの、ヤだな。だって、ママがいないとさみしいもん。ママだいすきなんだもん。」と、言われても、一瞬、「試されてる」としか思えない。彼女を傷つけないように。彼女に自信をつけてもらえるように。常に、そう努力して彼女と接してきた。そして、本当に少しづつてはあるが、私なりに彼女を愛している、と思ってきたのだ。それが、どうだ。息子は一瞬にして、そんな空言の愛情など飛び越えてしまった。手をあげた後、娘から離れたい一心で娘にシャワーを浴びさせてから、そのままリビングに置き、息子と一緒にシャワーを浴びた。シャワーだけだから、ほんの5分か…10分は経っていないと思うのだが。浴室を出たら、パジャマ姿の娘が脱衣所で待っていた。「もう着替えたの。」普段なら、夕食を食べはじめるまで着替えないでダラダラしていることもあるのに。「うん。…あのね、こっちきて。」と、おずおずと私の手を取る。これだけ怒ったあとは、空気を読んで私には近づかない子なのに。珍しいな、と思いながら、彼女に導かれるように玄関まで行くと、そこに、冷凍の宅配便が置いてあった。「れいぞうこにいれてくださいって。はやくしないと。」「…??」ごっこ遊びか、とも思ったのだが、ぎっしりと重い。「…これ、どうしたの。△△(娘の名前)が宅配便の人からもらったの。」「うん。ハンコおしたの。」いつも、玄関に、宅配便用の安いハンコを置いてある。「そう、こわかったんじゃないの。」娘は泣きそうな顔を無理やり歪めて笑った。娘は突然の音が苦手で、電話の呼び出し音やハト時計、もちろん、玄関のチャイムも苦手で、一人で部屋にいるときになれば、文字通り飛びあがって驚き、かけ寄ってくるのだ。私は、思わず娘を抱きよせた。抱きよせずにはいられなかった。「ママ、いっぱい怒っちゃってごめん…。ぶっちゃってごめん。痛かったよね…。」娘の目から涙がぶわっと溢れてきて、天井を見上げてわぁわぁと声をあげて泣きはじめた。そうか。手をあげた直後も泣いていなかった。シャワーの間も泣いていなかった。「ママね。パジャマをいつまでも着ない△△も好きだよ。玄関のチャイムが怖い△△も好きだよ。ママに捨てられないように、って頑張らなくても大丈夫だよ。ずっと一緒だよ。」そういうと、ギアチェンジをしたように泣き声が一段と大きくなって、娘は私の首にかじりついて泣き、絞り出すように、「ママわるくないよ。△△がわるかったの。」と、言った。「そんなことないよ。ぶったのはママ悪かった。じゃあ、二人とも悪かったね。」そのあと、娘は平静を取り戻したように見え、いつものように本を読んで眠っていった。こう書くと、何か、とっても素敵な母子関係のようだ。でも、違う。確かに、思わず抱き寄せたのは本当だった。手をあげたことも心から謝った。でも、その後は、いたって冷静に、頭の中に『子どもとの関係改善マニュアル』のようなものを浮かべて、その言葉を口にしただけのことだった。手をあげても涙を出さない姿。「ママわるくないよ。△△がわるかったの。」という言葉。そこに、どうしても私の気持ちがいかないのだ。こうやって、振り返って文章にすれば、いじらしく可愛くも思えるのに、どうしてもどうしても、あの一瞬、冷や水をかけられたような感じになってしまう。愛しているフリ。演技。それでも、きっと、してあげないよりはマシなのだろうけど。心から彼女を愛せたら、どんなに楽なんだろう。
2008.07.18
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娘と息子は、今日は保育園へ。息子は耳だれが止まらないので耳鼻科へ行ってからの遅刻で。娘は就学前の発達検査があるので早退で。正味4時間ほどの自由だったが、それでもありがたいな、と思う。…ありがたい、と思わなければいけないんだろうな、と思う。朝、ゴネている子どもに手間取りながら保育園に預けていた人が、再び玄関で出会ったときには、凛々しい社会人の横顔を見せて保育園を背にする姿を見ると、私の中の何かがシクっと痛む…こともある。もし…私だって…この保育園には障碍児を預けて働いている人も多いが、シングルマザーなど、よほどの理由がない限り、「なるべく定時(9時から16時)で」と、釘をさされる。働いている人は当たり前のように、仕事に行く前、好きな時間(7時から19時までの間)に預け、お迎えにくるのに対して、私は、遅れる理由をあらかじめ申告した上でも「夕方は体制が整わないので、なるべく早く来てくださいね」と、一言ついてくる。皆は平日休みでも誤魔化して仕事と同じ時間に預け、迎えにきて、のんびりと休みを過ごしたりしているのに。それでも、だ。ありがたいと思うべきなんだろうな、と分かってはいる。息子が突然、入院になったときなど、困ったときにはイヤな素振り一つせず延長保育をしてくれて、それでも間に合わなければ、保育士が家にまで連れて帰ってくれる保育園など、そうはないだろう。至れり、尽くせり。よく、やってくれている、と思う。…でも、そういうことではない…んだと思う。この疲労。疲弊。有名人が、自分のことを誰も知らないところへ行きたい、と、外国へ渡る気持ち…が、一番近いような気がするのだけれど…。さらに。娘の就学前の発達検査。IQ75から90という判定で、療育手帳の適応除外という判定が下りてしまった。知的障害児からの脱却は確かに私の目標だった。が、手帳がいらない、とか、普通学級に行かせたい、とか、そういう外観の問題ではなかったのだ。綺麗事に聞こえるかもしれないけど、あの人の縦への発達が何かで阻害されているとしても、その分、横へ横へと伸ばしてあげたい、一般の人が縦へ伸びている時間も横へ伸びつづけ、たった一つでも、あの人が生まれきて良かった、と思える何かで、可能ならば、それで身をたててほしい、そう思っていただけなのだ。手帳がなくなれば、障害者控除がなくなり税金が高くなる。手帳がなくなれば、加配の保育士がつかなくなり、ただのやっかいな園児になってしまう。そうなれば、今以上に、頭を下げ続けなければならない。周囲に。手帳がなくなったって、あの人を育てる困難さは、なんにも変らないのに…。私の疲労もなんにも変らないのに…。
2008.07.17
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今まで、気の向くままの更新だったが、この休止期間はなぜか、いつまでたっても復活する気になれず。それどころか、もう止めよう、という気持ちの方が次第に大きくなってきて、本当に止めるつもりでいた。突然、気持ちを変えたのは、もう何年も通っている精神科医からの一言だった。「その時の気持ち、というのは、その時にしか書くことができない貴重なものだ。あなた自身の気持ちを、一日30分でもいいから書き残しておいたら。」そうか、日記か。と思った。今まで、どちらかといえば、私は日記のような部類は少なかったように思う。頭の中で考えてることが爆発しそうになったとき、または爆発するようなきっかけな出来事があったとき、頭を整理するためにパソコンに向かっていた。だから、時には一晩中、考え事をしながらキーボードを叩いているときもあったし、逆に、爆発するような出来事がなければ書かないし、爆発させようにも、頭の中で渦を巻いていて、文章にならないような段階では、書くことはなかった。よって、更新もまちまちになるわけだが。そうか、日記か。面白いかもしれない。今のこの状況。娘のこと、息子のこと、自分のこと。さまざまなことが頭の中で渦を巻いていて、文章になどとてもする気持ちになれない、この現在を、日記という形でしたためてみるのも良いよな。おっ…あと10分で30分だ。結構、短いなぁ。と、思った次第で。30分なら、日常生活に支障も出ないだろうし、ちょっとやれるとこまでやってみようか。
2008.07.16
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ブログを完全リニューアルすることにした。息子を授かってからこちら、さまざまなことがあって大きく心境が変化し、何か、やりたいことや、スタンスや書き方、考える視点というのだろうか、そんなものがガラリと変わってしまって、今まで通りでは続けられない気がしたからだ。それに伴って、過去の日記を最近のものから削除した。一つ。一つ。選択し、削除をクリック。削除しますか、の問いに、またイエスのクリック。再び戻って、選択し、削除。こんなことを繰り返しているうちに、ふと、誰かが私にかけてくれた言葉を思いだした。「辛いとき、pmsさんの日記を拝見して、自分をふるいおこしています」マウスに置いた手が止まった。あぁ、そうか。この世には、悲しいかな、まだ私のように摂食障碍の子どもと闘っている母親たちが、福祉からも病院からも社会からも放置されてしまっていて、そして、こんな瑣末な日記でも、彼女たちの力に少しはなっているのか。障害児育児や、障害者の武勇伝の本は、苦労した出産直後は2、3行。『あの頃は大変でした』で、終わってしまう。最初からそうだった、もしくは、将来、そう思えるようになった、清く正しく強い障害児の親、障害者たちはともかく、それ以外の、きっと、こちらが多数の、悩み多き人たちにも光を当ててほしい。私は常にそう思いながら、涙を流して日記をしたためてきた。その軌跡を消すことは、そのポリシーに反することになる…というのは大袈裟かな。とりあえず、覆水盆に返らず。消してしまった日記は元に戻すことはできないけど、とりあえず、残った日記はそのままにしてみようと思う。ちょっと、かっこ悪いけど。
2008.07.15
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