温故知新

2003.10.02
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カテゴリ: 摂食障害
今まで、一つの国立病院、一つの総合病院、二つの大学病院を渡り歩いたが、彼女の摂食障害についてはまともに取り合ってくれるところはどこにもなかった。その場限りの受け答えやはぐらかしに終始された。


最初に入院した国立病院では看護士たちはヒドかった。
入れ替わりたちかわりやってきては自分達の育児体験を語り説教した。

一番許せなかった事件がある。
「私達が飲ませてあげるから。母乳の方が子供は好きなんだからしぼって持ってきて」と子供と人工ミルクのビンを持ってナースステーションに行ったことがあった。長い入院生活の疲れで出なくなっている母乳を、カーテンで仕切っただけの空間でようやく50ccしぼって持っていくと、おしゃべりに花を咲かせている看護士たちの横で子供は長椅子に寝かされており、近くには全く減っていない冷たいミルクビンが置いてあった。
私が母乳を持ってきた旨を伝えると、その中の一人が「やっぱり飲まないねぇ」と言っただけで、みな蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。私は温めた母乳のビンを握り締めながら、粗末に寝かされている娘を見てばたばたと涙を落とした。

そうやって2ヶ月間、大勢の姑に囲まれて入院生活を送った。
その間パートナーは海外出張中で孤独な戦いだった。



具体的な話は次の機会に譲るとして、今、私が言いたいのは摂食障害という障害は存在するのか、ということだ。彼らが言うように『家庭』の問題でしかないのか。
世の中にはこれだけ大学が存在していて、摂食障害について研究している大学は一つもないのか、研究している人は一人もいないのか。

最近、同じ摂食障害の子供を育てた人のサイトを見つけた。
何度も何度も探してようやく当たりついたのだ。
彼女は情報が欲しくてサイトを立ち上げたそうだが、同じような子育てを経験してる人は来訪してくれて書き込んでくれたのは10万カウントを超えていて5人程だったそうだ。

しかし、5人でもいるのだ。

彼女から、摂食指導が手厚い病院が存在することを聞いた。(病気等によって物理的に食べられない子供のため)食べ物のすりつぶし方から親身に相談に乗ってくれたそうだ。そういう病院さえ教えてもらえなかった。何度も何度もSOSを出しているのに。

発達障害という分野が未開発だった頃、親のしつけの問題にされて親は心を痛めたそうだ。
摂食障害だってそうなのではないか。
将来、実は大変な障害でした、親御さんのせいではないですよ、などと言われても、失った娘との幸せな時間は戻ってはこない。





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Last updated  2004.08.12 00:12:22
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