あけやんの徒然日記

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あけやん2515

あけやん2515

2015年11月20日
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テーマ: ニュース(96840)
カテゴリ: ニュース


 北海道壮瞥(そうべつ)町生まれ。中学1年だった1966年冬に上京し、三保ケ関部屋に入門。当時は認められていた中学生力士として、両国中学校に通いながら、67年初場所で初土俵を踏んだ。71年夏場所で十両昇進。72年初場所で幕内に昇進するなど、当時の最年少記録を次々と塗り替えた。
 74年名古屋場所後に横綱昇進。21歳2カ月での最年少記録は、いまだ破られていない。得意は左四つからの寄りや投げで、ライバルの横綱輪島との熱戦はファンの声援を二分し「輪湖(りんこ)時代」を築いた。優勝24度は白鵬、大鵬、千代の富士、朝青龍に次ぐ歴代5位。【朝日新聞デジタルから引用】




 昭和の大横綱とよばれた北の湖親方が亡くなったとのこと。私が子どもの頃にはすでに横綱になっていて、とにかく強くて、どっしりとした安定感があり、押しても投げても勝つことができるのはさすがだと思いましたが、勝ってもムスっとして面白みに欠ける力士だったから、とにかく北の湖をやっつけてくれる人を応援していました。

 そんな昭和の大横綱が苦手にしていたのが、現在の若松親方の朝潮。立ち会いが極端に遅いのがイラついたのか、対戦成績が12勝7敗。私もテレビで見ていて、明らかに苦手意識を持っているのではないかって思えるような感じでした。逆に朝潮は、普段通りのノロノロした立ち会いなのに、踏み込んでからの出足は鋭く、優位に立っていたように思えました。
 だから、ひどい時はどっちが横綱かわからないくらいの時もあったような・・・。ってか、朝潮も他の対戦の時それくらいがんばっていたら、横綱になれただろうに・・・。、

 話がそれましたが、そんな昭和の大横綱も、病気の体をおして理事長職を勤めていたんですね。数年前の相撲界の八百長とかいろいろ問題があって心労もあったのかもしれませんね。

 北の湖親方のご冥福をお祈りしします・・・。






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最終更新日  2015年11月20日 23時51分39秒
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Re:北の湖親方、死去・・・(11/20)  
× 若松親方 → ○ 高砂親方 (2015年11月20日 23時59分33秒)

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