反カルトからの自由

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2010.08.13
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(この物語は、近未来の日本を舞台にしたフィクションである。)

境田教会の吉屋牧師は、拉致監禁によって信仰を失ってしまったA子さんの脱会は甘受するとしても、献金返還の要求には納得できなかった。そこで、内容証明郵便に記されてあったA子さんの代理人・川口弁護士を訪ねることにした。

いきなりアポなしで訪問したが、川口弁護士は吉屋牧師を迎えてくれた。なぜなら、かつてこの2人は、今はもう潰れて跡形もないカルト教団・トーツイ協会の信者を脱会させるために、協力し合ってきた「同志」だからであった。

「川口さん。A子さんの献金返還要求には、納得できませんよ」

川口弁護士は、吉屋牧師の言葉に驚いた表情をした。それは演技ではなく、本当に驚いている顔であった。

「えっ? ええっ? どうして?」

「どうしてって…。だってA子さんは、私に脅迫されて献金したわけではありませんよ。トーツイ協会みたいに先祖の因縁を切るには茶壺を買えとか、献金しないと肥溜め地獄に堕ちるぞと脅したわけでもありませんよ。彼女は純粋に礼拝で感動した感謝の心を、献金として捧げただけなんですから」

川口弁護士は、せせら笑った。

「ふふふん。だってさあ、A子さんは『キリスト教にマインドコントロールされていた』と言っているんだよ。マインドコントロールされていたんだから、自分の意志で献金したわけじゃないんだよ。彼女が感謝して自由意志で献金したかのように、キミがコントロールしていたってことだからね。だから、献金を返すのは当然でしょうが」



「へえ、そうなの」と、川口弁護士は全然関心なさそうに新聞を広げた。

吉屋牧師は、その態度に腹が立ち、つい語気を荒げてしまった。

「そんなに言うなら、あ、あなた、キリスト教がマインドコントロールしているって証明してみろよっ!」

川口弁護士は、新聞から目を離さず、やはり関心なさそうに答えた。

「証明なんて必要ないよ」

「ど、どうしてですか?」

「だってほら、トーツイ協会の裁判のときに、東田先生にマインドコントロール論を説明してもらったけど、全然証拠として採用されなかったじゃん。学者の遊びにはいいけど、裁判実務には役に立たない非科学理論なんだね」

「だったら、私への献金返還要求だって、根拠がないじゃないですか」

川口弁護士は、まだ新聞から目を離さず、相変わらず関心なさそうに答えた。

「根拠はあるよ。1つ目は、A子さんが『キリスト教にマインドコントロールされていた』と証言していること。2つ目は、キミがトーツイ協会問題で活躍していたとき『カルトはマインドコントロールをする』と主張していたこと。この2つでじゅうぶんでしょ」

吉屋牧師は、ぽかんと口をあけたまま、まるまる1分間は何も話せなかった。川口弁護士が新聞をめくる音だけが、部屋に響いていた。



「い、意味が分かんねえよ…」

川口弁護士は、やっと新聞から目を上げた。

「あれえっ、まだいたの? 静かになったから帰ったかと思った」

顔面を真っ赤にして、身体を小刻みに震わせている吉屋牧師を見て、川口弁護士は思わず吹き出してしまった。

「わっはっはあ。な~に? 意味が分かんないの? ちょ、ちょっと、キミの信じる人殺しの神さまにお祈りして聞いてみたら?」



(ホワイトボードの文字)
A子:キリスト教にマインドコントロールされていた
吉屋:カルトはマインドコントロールする
常識:キリスト教はカルトである

「え? だから?」と吉屋牧師。

「ふふふん。相変わらず鈍いねえ。『キリスト教はカルトである』という常識を、キミの主張に代入すれば、こうなるだろう?」

そう言いながら、川口弁護士は、ホワイトボードに書いた文字の一部消して、書き直した。

(ホワイトボードの文字)
A子:キリスト教にマインドコントロールされていた
吉屋:キリスト教はマインドコントロールする
常識:キリスト教はカルトである

「つまり、キミもA子さんも『キリスト教がマインドコントロールする』ということは認めていることになる。とすると、A子さんはマインドコントロールによって、本来の自由意志で献金したわけではないから、返還してくれってこと。分かったでしょ?」

「ちょっと待てよ。世間一般の常識が『キリスト教はカルトである』としたって、それが裁判で認められるかどうか分からないだろう?」

「そうだね。じゃあ、裁判してみる? これだけ世間がキリスト教を毛嫌いしている中で、裁判所が『キリスト教はまともな宗教だ』と判断するかねえ。トーツイ協会のときの裁判やマスコミの論調を覚えてないの?」

「……」

「ぼくはねえ、依頼主のためなら、とことん闘うよ。いろんな手を使う。ジャーナリストで国会議員の無田さんに、面白い記事を書いてもらうこともできる。神学者の深見教授にも、いろんなところで発言してもらえる。常識なんて、世論がつくるんだよ。キリスト教がカルトだという世論をどんどん作り上げていくよ。キミ、裁判をやっても勝ち目ないよ。献金、返しちゃいなよ」

「……」

吉屋牧師は、ホワイトボードを見つめながら必死に考えた。

(何か、うまい手があるはずだ。だって、ボクには神さまとイエスさまがついているんだから…)

すると、吉屋牧師の脳裏に、一筋の光が差し込んだ。

(これだ!)

吉屋牧師は、ホワイトボードの前に立ち、川口弁護士が初めに書いた文章に戻した。

(ホワイトボードの文字)
A子:キリスト教にマインドコントロールされていた
吉屋:カルトはマインドコントロールする
常識:キリスト教はカルトである

「ここで私が、『カルトはマインドコントロールなどしない』と主張したら、キリスト教はカルトだという常識が席巻していても、あなたの献金返還要求の根拠にはなりませんよ!」

川口弁護士は、まんじゅうをモグモグ食べながら、悠然と答えた。

「ああ、そう、モグ。じゃあキミ、モグ、今までの主張を否定してモグモグ、『カルトはマインドコントロールなどしない』という主張に変えるの?」

「ええ、変えます! どうです。そうすれば献金を返還する根拠は薄れますよ!」

吉屋牧師は勝ち誇った。しかし、川口弁護士はモグモグごっくんと、未だに悠然とまんじゅうを食べている。お茶でまんじゅうを胃袋に流し込むと、川口弁護士は頭を掻いた。

「いやあ、それは困ったなあ…」

「困ったでしょう」と、嬉しそうに吉屋牧師。

「そうするとキミは、トーツイ協会というカルトも、マインドコントロールをしていなかったと認めることになるよ?」

「あっ、そうか…」

「トーツイ協会というカルトがマインドコントロールしているから、保護という名の拉致監禁をして協会から信者を引き離し、説得という名の強制的で一方的な思想の押し付けをしてきた。もしキミが、今になって『カルトはマインドコントロールなどしない』と主張するなら、ぼくは昔のキミの数々の行為を告発するよ。あれは、みんな、完璧な人権侵害だよ。」

「う……」

「カルトのマインドコントロールから救うという大義名分があったら、世間から黙認されてきたんだよ。今だって、これだけキリスト教信者が拉致監禁されていても、世の中はほとんど『人権侵害だ』と騒がんだろう? まあ、キリスト教のお抱えジャーナリストでカルトごろつきの麦本くらいが、ちょっと雑誌や単行本で書いているくらいだ。じゃあ、昔の保護説得、全部まとめて刑事告訴するよ。いい?」

「ぐ、ぐぅ…」

吉屋牧師は、二の句が継げなくなった。「カルト」という語句と、「マインドコントロール」という語句が、こんなにも恣意的に使用できるものだなんて、今まで気づかなかったのだ。恣意的な語句であるがゆえに、時の常識、時の権力によって、いくらでも都合の良い使われ方をしてしまう。一端、「カルト」「マインドコントロール」のレッテルを貼られてしまったら、そのレッテルを引きはがすことは困難なのだ。

川口弁護士は再び新聞に目を落として、言った。

「じゃ、早く献金返してね」

吉屋牧師は、肩を落として事務所を後にした。街路樹から聞こえてくるツクツクボウシ(蝉)の鳴き声が、「マインドコントロール」と聞こえて仕方がなかった。

(完)





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Last updated  2010.08.13 16:09:02


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