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CoCo一番屋って、扱いとしてはファーストフード店に近いじゃないですか。少なくても僕のカテゴリ分けでは、カレー屋と言うカテゴリには「クロック」しか入っていなくて、「ファーストフード>ご飯物」カテゴリの中に「松屋」や「リトルスプーン」に並んでCoCo壱番屋っているわけですよ。そんなカテゴリだから、あまり食べに行くことがない。先日久しぶりに行きましたよ。そしたらね、普通に具材がごろごろしている「グランマザーカレー」(略称GMC)なんてのが売られている。ああいうチェーン店で、特に芋とか玉ねぎのように溶けやすい物をでかいまま出すのって面倒くさいんですよ。スキー場のカレーでたまに真ん丸の具材が入っていることがあるけど、あれは冷凍だったり真空パックだったりと、別に火を通しておいて保存したものをカレーのルーをかけるときに下に置く、いわばカツカレーのカツと同じような扱いなのです。結果、味が染み渡っていないものがでてくるのです。ところがこのGMC。玉ねぎや芋が大小さまざま入っている。それも味がきちんとしみている。てことは、予想するに、時間ごとにルーに対して具材を足しているのでは。もしくは、味付けした具材を注文受けたときに足し、少し混ぜてからご飯にかけている。肉にしても、一旦焼いたものを使用していて、美味しい。そう、美味しいのです。一つ言っておきますが、普通のカレーです。家で作るような、それより一手間かけて美味しくしたような、そういう感じなのです。解説を読むと(このページのQ8)「グランド★マザー★カレー」は、創業者の家庭で受け継がれた伝統の味を再現した期間限定メニュー。創業者が監修し、家庭で食べる懐かしい味を蘇らせました。と書いてあります。店でこの説明を読むと、「創業者が業務用では納得できず云々」と言うことも追加されています。で。先に触れたとおりGMCは美味しいのです。これは何と比べてと言うと、当然通常のCoCoのカレーです。創業者の意図を汲んで作ったものは、通常出しているCoCoのカレーよりも美味しいのです。どういうことだ、と。通常からそのレベルのものを出せ、と思うわけですよ。普段は手抜きかい、と。私は普段、CoCoよりはまだリトルスプーンのほうが通常のルーにもそれなりな具が入っているので、そっちにいきます。だけど、もしGMCレベルのものが常時出されるのなら、迷わずそちらにいきます。でもさ、家庭で作るカレーが壱番美味しいよね。
March 26, 2007
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私が文庫本を好んで買う理由は、単純に「安い、小さい」と言う理由もありますが、あとがき、解説が好きなのもその一つです。幻夜、黒川博行さんの解説良いです。最近東野さんのかかれる小説は、ヒューマンドラマが多く、私は「秘密」やそれ以前の、「ただ一つの伏線」を残した書き方が好きなのです。指輪だったり、え、俺のこと?とか、そんな感じの最後の最後であぁ、そういうこと、と言うのが好きです。その点、最近の「殺人の門」「手紙」「幻夜」は、特に手紙の最初の期待のでかさと最後のきれいなまとまりが非常に苦手でした。「幻夜」のあとがきではその辺のことがきれいにまとまって書かれていて、また、東野さんの若干のインタビューみたいなものも載っていて。単行本で読まれた方も、ぜひ解説のために、もしくは解説だけでも読んでください。そして一番最後の言葉に期待しています。
March 26, 2007
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今だけポイント5倍!7日間集中ダイエットプログラム。ビリーズブートキャンプ DVD版(ビリーバ...今朝方、テレビで見ていてやっていた「ビリーズブートキャンプ」に引かれた。無理矢理なノリのよさと、1回1時間弱の運動で、1週間でよいらしい。今ならポイント5倍!かつ5000円キャッシュバック!(うん、アフェリエイトっぽい)さてさて。私は渡辺淳一さんという作家さんが嫌いです。理由は、失楽園にしても愛の流刑地にしても、似たような(ドラマ化でより似ていると感じた)物しか代表作にならないにも関わらず、「作家と自負するなら より深く誠実に 主人公の内面に分け入り 踏み込んで書くべきではないか」という、一体どこを読んだ、と言うような批評で東野圭吾さんの白夜行を直木賞から落選させた方だからです。ついでに、その後もこの作家さんは東野さんを尽く嫌っている様子。小説って、作家が好きで全部読むって少ないと思うんですよ。それこそ、代表作何作かを読む程度の人が多いと思う。そんななかで、「失楽園」「愛の流刑地」って、似てないです?あれがぜんぜん違うと言える人は、きっとその作家さんのファンだけなのではないかと思う。先日の2時間*2のドラマ「愛の流刑地」。感想は「岸谷五朗、羨ましいなぁ、おい!」(1話目の最後のほう)ってだけです。さて、軽い毒を吐いたところで幻夜です。これは、白夜行の続編。ただ、前作を知っていなければ分からないところや、小説自体の書き方がそうである、と言うことで、これだけを読んでも楽しめそうです。もちろん、前作を知っているほうが楽しめると思います。個人的には白夜行より読みやすく、結構好きです。雅也が振り回される部分が書かれているので(憶測するのが嫌い)。ここで、文庫本の見出し。すべてを奪い去った阪神淡路大震災。はずみで殺人を犯した雅也は、それを若い女に目撃される。避難所で再会した彼女・美冬は雅也を東京に誘い、彼を利用して自分の野心を実現してゆく--。美しく冷徹な女と、彼女に翻弄され人生を狂わせてゆく男。果たして彼女は「誰」なのか!?名作『白夜行』の衝撃が蘇る、スリリングな傑作編!「果たして彼女は「誰」なのか?」と言う文言は、壮大なネタばらしをしているように思えるのは気のせいでしょうか?文庫本で780pと言う長さですが、そんなに長く感じません。
March 24, 2007
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法月綸太郎さんが絶賛と書かれていたので読みました。なんとなく、ライトノベルっぽい。てか、西尾維新さんの「君と僕の壊れた世界」っぽい。舞台は北海道。妹が自殺し、その自殺の原因となったものをビデオで見せられる。主人公はどうするのか。最近読んだばかりなのでもろにつながったのですが、法月さんの「密閉教室」にもつながりますな。続き物らしいので、読みます。舞台となる北海道と言うか、札幌、千歳。支笏湖。幽霊病院。行ったなぁ。あれ、幽霊病院は洞爺湖だっけか?あの辺は昔よく行きました。ということなので、206号室を見に行ければ面白いかな、と。
March 18, 2007
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「50円玉20枚の謎」解答編です。問題編が未読の方はこちらをお読みください。「誰に話してるの?」「いや、なんとなく。話したくなっただけ」「で、何でやめたの?」「あぁ。ちょうど一年たったころにさ、日本中が暗いニュースに襲われたんだよ。そのときに、そのニュースのために新しいものを宝物にしようと思ってさ。」「頭おかしい?」「いや、本当だって。年号が変わったんだよ。」「あぁ、そうか。それで……」「そう、昭和64年。7日しかなかったけど、貨幣発行は前年から始まっていて、その年の8月ころには出回り始めた。年号が代わった時にはもう昭和64年の貨幣を集めることにシフトしてたんだ」「じゃぁ、その前に追っかけていた50円玉って言うのは?」「昭和62年発行の50円玉」「何、その普通な回答。そんなのどこにでもあるんじゃないの。まだギザ10のほうが珍しそうじゃない?」「違うんだよ。そのときには数が少ないと言うことしか知らなかったけど、昭和62年の50円玉はミントセット、プルーフセットにしか入っていないんだ。俺が見たそのときの広告には『昭和62年 50円玉 12万円』て書かれてた。」「12万!?50円玉に?てか、何そのなんだかセットって。」「プルーフセットかい?大体毎年造幣局が作成している硬貨を一纏めにして発売するんだよ。ミントセットはそのままだけど、プルーフセットはさらに表面を鏡状にしたものなんだ。これくらい技術あるぞ、って宣伝なのかな。」「へぇ。」「テレカを扱うような店は元々古銭屋だったところが多くて、そのデパートの中にあった店も必ず立ち寄るようにしていた。たまにタッチのテレカを700円くらいで売っていたり、良心的な店だったんだよ。で、買取価格表をくれて見ていたら12万って。そりゃぁ興奮したなぁ」明美が白い目で見ていた。どうも突っ走リ過ぎたようだ。しばらく黙っていると、ようやく話し出した。「この小説、若竹七海さんて言う作家さんが、昔実際に会った謎を元にいろんな作家さんに競作を頼んだものなのよ」「そうなんだ。」「それに、凄く途中まであっているんだけどさ。一箇所だけ。違うところがあるの。」「へぇ、どこが違う?」「その行為を行っていたのは、中年のおっさんなのよ」「あぁ……じゃぁ、理由は違うかな。ただ、家族もちでその時間にしか暇がなくてそれで僕と同じことをする可能性があれば」「いや、そもそもそんな大人であれば、そのなんだかセットを買えばよいじゃない。」「それはそうもいかないんだ。人気が高くてさ。平日の朝から銀行にいけるようならまだしも、抽選販売するくらい人気のものだから」「そんなの、街中で手に入るはずないじゃない」「それがそうでもないんだよ。実際、普通におつりでもらったって話も出ているようだし、俺だって最近、500円玉のお釣りに長野オリンピックの記念硬貨もらったし。知らない人にとってはただのお金だからね。」「それもそうか」「ねぇ、その本いつころ読み終わる?」「後1本だから多分30分くらいで」「じゃぁ、読み終わったら貸してね。着替えてくるわ。」「あ~い」 また寝転んで小説の世界に心を通わせる明美。30分あるなら……と思い、書斎に戻る。着ていたスーツをハンガーにかけ、机に向かいPCに電源を入れる。 10年ぶりかなぁこれ開くの、なんて考えながら、PCが起動するまでの間に袖机の引き出しの奥から1冊の分厚いアルバム(ぽいもの)を取り出す。中にはたくさんのポケットがついていて、1つ1つにコインが入れられるようになっている。コインの横にはコイン代の短冊型の紙が挟めるようになっていて、簡単な注釈を書いた紙がコインとともに残せるようになっている。年代順に並んでいて、穴のない5円玉、ギザ10(昭和26~31年まで1枚ずつ)、でかい50円玉なんかが並んでいる。次々と記念硬貨ページを手繰り、やっと登場した。「懐かしいなぁ」 昭和62年の50円玉と500円玉。2枚で10万で買ったものだ。たまたま、よく言っていたテレカも扱う古銭屋で、別々に入荷したものを揃えて売っていたのだ。 愛でるように眺める。完全に自己満足の世界だ。それこそ明美に見つかってしまえば、全て額面どおりの金額で使われてしまう。ここに挟めてある1000円札だって、傍目に見ればそのままだろうけど、番号の下五桁が全て7と言う、2000円くらいの価値はあるものだ。 自己満足の世界は閉じているに限る。とは理解していたが……「今いくらくらいなんだろうなぁ」 軽い気持ちでSleipnirを起動する。google検索バーを使って入力「昭和62年 50円玉」。ENTER。色々見た。約52000件の検索結果の1000件ほど見てやめてしまったが。平均買い取り価格。8000円。今まで一度も考えたことも、感じたこともない。ニュースや、テレビの中だけの話と思っていたものを、初めて、実感し、愕然とした。当時はバブルだったんだ。 ということで、ほぼノンフィクションなフィクションです。当時のプルーフセットなどの情報は新聞広告(もちろん全面広告のわけはなく、下のほうにちょこっと出てくるだけ)なので、見逃してしまうと発売日すら分かりません。そんな時代ですから、チラシを見たときの衝撃も表現し切れません。今より情報は貴重だったんだなぁ、と変に納得しました。まぁ、それ以上に1/10以下に落ちていた50円玉の値段を見た衝撃のほうが大きいですが。と言うことで、全2回の「「50円玉20枚の謎」を読む男」、終了です。ただいま「フリッカー式」読書中
March 17, 2007
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「細木数子のズバリ言うわよ!」の最後に「2/27放送の回で「おしゃまんべ」について不適切な発言がありました」って感じの訂正分が出ていた。気になって調べたところ「長万部商工会」の「わくわく掲示板」というところで、件の書き込み発見。内容を引用具体的に云うとエレベータの乗り方でしたかね・・そのマナーで若い娘さんの対応の不味さに対して「このっ!おしゃまんべ!」と叱責していたと思います。確か、2度も「おしゃまんべっ!」を叫んでいたはずで・・ほうほう。多分、田舎者という意味で言ったんでしょうな。その時、字幕が出て「おしゃまんべ」と書いてあったのかどうなのかわかりませんが、「長万部」と表記されない辺りが知名度の低さか。ここはどうでしょう、「長万部饅頭」を作ってパッケージにこんな感じの絵を書いて噴出しに「このおしゃまんべ!」と書いてみては。昨今の総理大臣饅頭なんかが当たっているのであれば売れる気がします。札幌駅には節操なく全道の名産品が置かれているのでそこにおけばインパクトもありそう。そういえば、札幌駅。最近改装があって西口におみやげ物やが出来たのはよいが、あの展示方法だとどれが札幌のお土産なのかわからない(わざと?)。せっかく札幌に来て「札幌のお土産買ってきたよぉ」なんて持って帰ったら「これ、深川の土産じゃん」といわれかねません。全てが平たく並んでいて、旭山動物園の横に夕張メロンゼリーがおいてあったり、全てにポップも説明もなし。売れればよいのかもしれませんが、それだと「函館に修学旅行に行って買ったお土産が富良野の製品だった旭川市民」のような悲しい目にあいます(実話。どこがおかしいのかは近くの北海道民に聞いてみよう!)。できれば、どの地域のお土産か位書いて欲しいものです。それか、その土地の名前が入ったお土産を並べるようにしてください。そして、長万部饅頭をぜひ。うまく本題に戻りました。
March 14, 2007
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以前書いたとおり、小説仕立てにしてみました。とは言いつつも…まぁ、読んで見てください。「50円玉20枚の謎」を読む男 一日の仕事が終わるとほっとする。その仕事がたとえ途中で投げ出したものでも、会社を出れば終わった気分になるし、家に帰ればどっと疲れも出る。 玄関に入ると、すぐに正面のドアが開き、妻の明美が出迎えてくれる。鍵を開ける音に気づいて出てくるようだ。 いつもならここで、「お帰りなさい、あ・な・た。ごはんにすr」と言う昭和の香りがぷんぷんするような出迎えがあるはずなのだが、なぜか今日は一言も言わず、私のかばんを持ってさっさとドアの向こうに引き返していった。 リビングに入ると、明美は白いレザーのソファに寝転んで本を読んでいる。持っていったはずのかばんは中央にある丸いテーブルの上に鎮座している。普段、私がテーブルにかばんを置けば怒鳴られるものなのだが…… 「おい、どうした?なんかあったか?」 「今本読んでるの、後1話で読み終わるから、黙ってて!」 怒鳴られてしまった。何か情報をつかもうと思い表紙を覗いてみるが、残念ながら茶色い紙で「紀伊国屋書店」と書かれた、カバーがかけられている。大きさから文庫本なのは分かるが、タイトルまでは分からない。しょうがない。怒鳴られるのを覚悟して……「なぁ、なんて本を読んでるんだ?」「50円20枚の謎」「50円?」「50円玉20枚の謎!2度も言わすな!」 また怒鳴られてしまった。 予想はしていたが、やはり気分は良くない。もっとも、本を読み始めると機嫌が悪くなるのは分かっているから -なぜ悪くなるのかは知らないが- 、これ以上は触れないようにしよう。後1話と言うことは、短編集か。 私は一人でリビングへ移動した。私の分の晩御飯がきちんと用意されていた。 青いペーズリー模様のクロスがかけられたテーブルに向かい着席。悪趣味にもほどがあるどぎついクロスなのだが、もらい物なので仕方がない。このテーブルクロスを前にすると色と模様のコンボで食欲がなくなってダイエットには効果的だ。黙々と晩御飯を食べる。奥では、明美が黙々と本を呼んでいる。「50円玉20枚の謎」……50円玉……20枚……「そうか!」「邪魔するな!!」怒られた。しかし、私は思い出した。今から20年近く前、「50円玉」「20枚」のキーワードに引っかかる、淡く、腹黒い想い出が……これ以上怒られることもないだろう。思い出したことはすぐに伝えないときがすまない私は、突進してみた。「なぁ、明美。俺、昔さぁ」 約20年前の正月。私がまだ小学生だったころ。そのときの私の頭の中TOP2は、ノストラダムス、テレホンカード。 ノストラダムスは、ベストセラーのあの本を読んだわけではなかった。2ヵ月に1度はテレビでオカルト特集をやっていて、父親が好んでその番組を見ていたからだ。私にチャンネルの選択権はなく、今のように家庭に何台もテレビがあるわけでもない。結局、私もその番組を見ることになるが、まったく好きな内容ではなかった。 ただただ人の不安をあおり、不安の内容はぼんやりと、しかし確実に近づいていることを伝える。最後は必ず、「ノストラダムスはこれを予言しているのかもしれない」で終わる。克明に終局が近づいていると脅し続け、最後に「かもしれない」などと曖昧にされたところで、小学生に行間を読むことなど不可能だ。私は「まだ1999年なんて当分先だよね!」と懇願に近い悲鳴を上げていた。 テレホンカード。これは、当時流行りだしたものだ。特に年末年始になると、どんな漫画雑誌でもテレカプレゼントや、応募者全員サービス(と言う名の物販)が行われ、私を含めた子供たちのお年玉を奪っていった。好きな漫画キャラクターのテレカが手に入る。それだけでワクワクしていた。今となっては使える場所も少なくなってしまったが、まだ数百枚は持っている。 とにかく、こんなことを考えていた正月に、私は札幌市にいた。 年始やお盆くらい長い休暇にならなければ、札幌まで出てくることもできなかったので、このときばかりは見たいものが色々あった。その中でも一番いきたかったのは、おもちゃ屋。ファミコンが買いたかったのだ。もちろんお年玉を握り締めて。まだまだおもちゃを手軽に買ってもらえるわけではないので、自腹である。 中心部のいろんなディスカウントショップが入った雑居ビル(と言うほど粗雑ではないが)。エスカレータで上る途中にその店はあった。小さな小さな店だったが、私にとって憧れの商品が所狭しと並んでいた。ファミコンを目指しているはずの足を、私はその店で家族に怒られながらも30分かじりついた。 結局その店では、チラシを1枚もらっただけで何も買うことはなかった。できなかったと言うほうが正確か。この後買うはずのおもちゃに、いくらかかるかが分かってなかったからだ。今のようにインターネットで何でも調べられることがないので、店まで行かなければいくらで販売しているのかは分からない。もし安く買えれば、一緒に買うソフトを増やそうと思っていたのだ。 無事にファミコンを買い、揚々と車に乗って実家に向かう。車の中ではカセットの説明書を読んだり……したかったのだが、車酔いがひどい私はすぐに寝てしまい、起こされるときにはもう家についている。この時も目が覚めたらすでに家についていた。 家に着いたらすぐにテレビに迎えるわけではない。チャンネルの選択権は父親にあるのだ。結局、初めてゲームができるのは翌日の早朝、まだ、父親が起きてくる前になる。 買ったすべてのものを持って、奥の部屋に入り、説明書を黙々と読み続ける。ところが説明書もそれほどの情報はなく、すぐに読み終えてしまう。今でも家電品を使うときのほとんど説明書を読まない私のことだ、多分、半分も読んでいなかっただろう。 全部の箱をひっくり返したとき、紙袋の一番下に入っていたチラシに目がいった。おもちゃ屋に行く途中にあったあの店のものだ。なんとなくそのチラシをもって、布団にもぐりこむ。自分には縁のない内容が並ぶ中運命の1行が私の目に留まる。「これだ!」その日から、私の宝探しが始まった。 宝探しにも、問題はあった。そもそもそのことはみんな知らないのか。一体、その宝はどうやったら見つかるのか。私は居間に行き、両親に聞いてみる。興奮しながらか話したので、正確に伝わったかどうかも分からないが、答えはNO。両親はそのことを知らなかった。「よし!これは宝になる」。心の中で確信して計画を練る。 まず、50円玉を手に入れること。このこと自体は簡単だった。町の中に数件あったゲームセンターの一軒が、入り口に両替機があった。店員もずっと奥に引っ込んでいて、客もまばら。実行には最適な店だ。今では100円1ゲームや、200円かかるゲームもあるが、当時は2ゲーム100円か、1ゲーム50円が多く、その店は全ゲームが1回50円。当然、両替機も50円への両替。 実行は翌週の土曜日。毎週土曜日は午後から家族で町に出てきて買い物をすることになっている。私は買い物の際にちょっと抜け出し、この計画を実行した。 ゲームセンターは、店の前から中をうかがう。客はまばらで、予想通り店員もいない。いくら冬休み中とはいえ、小学生がゲームセンターに入っていくのを見つかると、さすがにとがめられるだろう。 私は音を立てないように、と言っても自動ドアではどうしようもないし、店の中は音が溢れている。周りにばれないように急いで入り、両替機に向かう。ポケットに剥き出しで入れていた1000円札の差込口に突っ込む。ジャラジャラジャラジャラ。50円玉20枚。すべてをもぎ取って、急いでポケットに入れて店を出る。 よし! これで計画の半分が終了だ。近くのデパートのトイレに駆け込む。白いドアを勢いよく閉め、鍵をかけ、やっと一息ついた。水タンクの奥に棚があったので、私はそこに50円玉を広げる。ない、ない、ない、ない……なかった。 しょうがない。さすがにいきなり見つかったら宝でもなんでもない。探してやっと見つかるからそれが宝になるのだ。次に行こう。次……考えてなかった。さて。これを1000円札に戻さなければまた50円にすることができない。これが問題だ。今ならば、コンビニにでも行けば済むがそんなものがないときだ。 一体どうやって戻そう。今いるデパートはこっぱずかしい。田舎者なので、でぱぁとと言うものが苦手なのだ。かといって、この近所には気軽にいける店が、本屋くらいしかない。本屋か。 ここからいける本屋は2箇所。1件は良く行く店。漫画の類はすべてこの店で買っている。元々品揃えも漫画に特化していて、ほしい漫画ならたいていそろっている。実に小学生の心を分かっている本屋だ。いつも良く使っているからこそ、その店はやめよう。変な覚えられ方はしたくない。よし、もう一件のほうにしよう。こっちの本屋は事典やら文房具やらと先生や親には人気の出そうな品揃えの店で、もちろん利用するのは4月の学年が変わる時期くらいだ。ノートの線幅が変わる時期くらいしか、こんなところには来ない。 僕はそぉっと、目をつけた本屋に入っていく。一直線にカウンターに向かう。この本屋はカウンターが見せの奥にあるのだ。このころはまだ万引きなどが少ない、平和な時代だったのだろう。カウンターにいた凄く、すごく綺麗なお姉さんにポケットの中の50円玉をすべて渡す。僕は渡したつもりだったのだが、実際には投げつけたようになってしまったようだ。いくつかがカウンターの向こうに落ちた。「このお金、1000円札にしてください!」 投げつけといて言うせりふでもないのだが、僕はそのとき、帰りたくて帰りたくて仕方がなかった。物も買わないのに店にいるのがたまらなくいやだった。かといって、50円玉を1枚でも使ってしまうと、両替機に入れるときに100円玉9枚とか、面倒くさいことこの上なくなってしまう。おまけに練り消しを20円で買ったり、そんな余裕がなかったのだ。 困った顔をしながらも、お姉さんはすべての50円玉を拾い、丁寧に数を数えて「20枚あるね」と、自分に確認するようにつぶやいてキャッシャーから1000円札一枚取り出す。 ここで笑顔に代わったお姉さん。「はい、1000円」「ありがとう」とも言えずに奪い取って走り去る。これで、やっと最初の1000円に戻った。こんな緊張することを繰り返してやっと手に入れる。やっと宝探しって感じがしてきた。よし、がんばるぞ!「てなことを1年くらいやってたんだ。懐かしいなぁ」「で?」「え?」「で?」「あ、いや、ごめん、それだけなんだけど……」「じゃなくて!で、なんでそんなことやってたの?」「え?あぁ、そうか。わかんないか。」「分かるわけないじゃない!核心に至る所を綺麗に全部そらして話してたでしょ」「いや、推理小説って言ってたから、僕もそんな感じにしようかな、って。ここで<読者への挑戦状>って出しても良いくらいにすべての」<読者への挑戦状>すべてのヒントは出揃いました。後は、皆さんのググリ力で答えを見つけてください。問題:・私は小学生のころ、なぜ50円玉を両替しては1000円札に戻すと言う行為を繰り返していたのでしょう?謎と言うより、知っているかどうかの問題になります。ですので、推理力ではなく、ググリ力をためさせていただきます。私がどんな少年で、何をしようとしていたか。最初に書きましたが、半分くらいノンフィクションなので、私は実際にこの行為を行っていました。解答編は1週間後に。「誰に話してるの?」「いや、なんとなく。話したくなっただけ」「で、何でやめたの?」「あぁ。ちょうど一年たったころにさ、日本中が暗いニュースに襲われたんだよ。そのときに、そのニュースのために新しいものを宝物にしようと思ってさ。」
March 10, 2007
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「ジョジョの奇妙な冒険 ファントム ブラッド」見てきました。映画の日と言うこともあって1000円です。うーん、それくらいかな?原作をもちろん知っていて見ていたのですが、振り返ってこんな映画の見方をしたのは初めてですね。台詞を待つ。URYYYYYY!に歓喜。シーンを待つ。蛙の下の岩壊しに狂喜。効果音を待つ。キスシーンの効果音がズキューンでない事に憤懣。で、見終わって思ったのだが、一般客相手の映画を目指したのだろう。そこをさ、敢えて、あえて原作知っている人向けにしてしまってはどうだろう?もう全編名台詞名シーン。最終的にストーリーなんてわからなくて良いから。そんなものは、原作を読み返せば済む話じゃないか。私はただただ現実に動くJOJOやツェペリさんの名シーンが見たいだけなのだ。ただし、この映画を見るとき、原作を知らない人は原作を知り尽くした人と一緒に行くことって、但し書きつければよい。そういう映画を2部ではよろしく。最後の棺おけ、唐突だね。それにしてもムラがあったなぁ、キャラクターの体系とか髪型とか。眉毛もシーンごとにつながりがなかった気がした。
March 2, 2007
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