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全員が揃ったわけではないが、いつものように代々木公園で来年カナダで開かれる世界大会に向けた型の練習をした。始めは独りきりで軽くアップしながらの練習をしていたが、暫くすると団体メンバーが現れて練習も次第と身が入るようになってきた。こういう集まりを大事にしたいと思うのは俺だけだろうか? 折角、先週行われた世界選手権日本代表選考会にエントリーして代表権を獲得したチームだ。出来る事なら全員で行きたいと思ってる。そのためにはそれぞれの技術をもっと練磨する必要がある。 俺の勝手な分析だが、『型』と『試割(パワー)』は日本人でも十分に勝てる(優勝できる)ポジションに居ることがわかっている。何が足りないって『揃って練習する時間』が無い。個人個人の練習で培う経験と技術もあるだろうが、それだけでは団体戦で互いに足を引っ張り合うだけで勝つことには結びつかない。組手や試割では個々の能力を最大限に引き出してもらうのが最も望ましいと感じるが、団体の型についてはまるで逆。寧ろ個々の能力を均等化させないと効果は出てこない。均等化するには、極論だが二つの方法がある。一つは劣っている者が優れている者に合わせる方法。もう一つは優れている者が劣っている者に合わせる方法。基本的に勝ちに行くためには劣っている者が優れている者に合わせるのが普通であるが、揃って練習する時間が無いなら一体誰がどの程度劣っているのかを視る為の時間も無ければ練習方法も今後の対策も練る事も出来ない。今日は三人集まってくれた。この三人のパートは練磨にかかっているが、他のメンバーの部分はまだだ。早く全員揃って練磨したいものだ。
Oct 15, 2006
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タイトル長いよね。うん。長いね、もっと短く出来ない?言い難いし人に伝えらんないよ。っていうか聞いてる人の方が覚えられないと思う。まぁ、そんなこんなで今日の青空テコンドーは屋根付きの体育館の中で行ってきた。普段と違うのは、一般ギャラリーの他に大会関係者や同業者、生徒達が観ているという事ぐらい。特に大きな変化は無い。寧ろ、芝や土、アスファルトの上で練習して来た分、床面に関してはこっちに分があるというものだろう。 よく考えさせられる言葉はオープンスキルとクローズドスキルだ。まだ大学に通っていた頃スポーツ学の授業でこれを学んだが、変化無限大という環境設定から未来永劫変化無しという環境までを一本の線を引いて表す一種のモノサシなのだ。しかし、これが結構分類しづらい作業だったのを覚えている。何しろ一本の線である。階段状になっていたり、一つ一つが枡で区切られていないものだから、アレはどの辺、コレはどの辺という振り分けが非常に難しかった。簡単に言うと一般生活の中で学んだ技術を使う(使わなければならない)時がオープンスキルだ。実は試合ではない。ルールがある以上完全なオープンにはならない。オープン制で外の選手を呼んで来ても(自分が他流試合に参加しても)結局のところ、ルールで縛ってその環境を設定してしまうからだ。本当にオープン制を謳うなら時間制限もルールも無い位のモノの方が良いんだけど、それじゃ死人が出ちゃうからね。戦争にでも行けって言ってるようなものさ。 代々木公園の芝の上を見たことがある人はどのくらい居るのだろうか?あそこは芝を刈る周期が決まっているが、一気に全面を刈り取るわけではない。だから、毎日の練習そのものが、あそこではオープンになる。また、芝が剥げて土がむき出しになっている所や、刈った芝が魂になってまとまっているところなどもある。芝を刈った後の代々木公園や、雨が降った後・降ってる時の代々木公園での練習が、この全く変化の無い床面に於いて役には立たないが、経験値として蓄積されていく。 組手もそうだ。相手が変われば、今までの自分のスタイルに変化を余儀なくされる場合もあるだろうし、自分自身が同じ相手と戦うときに変化をつける必要に迫られることもある(それは相手も同じ)。限りなくオープンに見える組手だが、身長5メートルとかいう怪物には未だお目にかかっていない。そう、組手は完全にオープンではないのだ。 試合の結果については日本ITFテコンドー協会イベントギャラリーにアップされるだろうから、そちらを参照にしてもらえれば良いだろう。 さて、来週も代々木で静かに暴れてこようか・・・。
Oct 8, 2006
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さてさて、全日本交流試合まで残り一週間となった。今年は、団体戦にもエントリーしているから、練習には余念が無いつもりだ。というのも、全員が全員同じ日に練習できるという保証が全く無いのだ。集まれるときに集まれるメンバー同士で練習し、それを他のメンバーと会うときに合わせて行く。ある意味でスーパーハイリスクな伝言ゲーム(振り付き版)といったところだろうか・・・。 今日はあいにくの天気ということもあり、代々木公園内部はガラガラとまでは言わないが、先週の日曜日ほどの混雑振りではなかった。それはそれで置いといて、暑くも無く寒くも無い、絶好の練習日和だったことは言うまでも無い。 こういった屋外練習をするときは雨天中止なんて言う文句がつき物だが、一秒だって惜しいと思う練習時間をたかがこの程度の雨で無駄に出来るほど俺は器用じゃない。こういう悪天候内での練習も心体を鍛える上では欠かせないものだと思っているし、次に同じような練習がどこでも出来るとは限らないからだ。だいたい練習する時間や場所が限られているという条件下で、『他の誰よりも強くなりたい!』と望むのであれば、どんなときでも練習に費やす時間は決して無駄ではない。寧ろ欲しいくらいだ。勿論、同じ時間の中だけで強くなることができれば、それが理想だが、そんな天才がゴロゴロ転がってる程日本には天才が居るわけではない。本当に勝ちたいやつは、陰で、人の目に付かない所で練習してこっそり強くなっているのだ。そういう奴は、天候なんて全く関係が無く練習に打ち込む。そう、雨でも、雪でも、嵐でも。 学生時代に雨の降る中、テニスコートで練習したのを思い出す。殆ど横殴りの雨に目なんか明けられない状態だったが、うるさい体育館の中に戻るくらいなら、『ここのほうがマシ』と頑張った。外に出た目的が全くかみ合わないが、集中したいという名目で表に出たのだ。あの時、誰も文句を言わなかった。 ストイックになる事を嫌う傾向があるようだが、鉄道博士も昆虫博士も専門家もオタクもマニアもストイックになった結果だと思えば、どれも似たようなものだ。いや、同じだ。 『心此処に在らず』という言葉があるが、僕は寧ろ『体此処に在らず』 だ。雨に打たれているのは器であるこの体ではなく器の内で燃えているこの心なのだ。倒したい、相手より強く在りたい、そしてトップに立ちたいと思えばこそ、ここにあるのは体ではなくその思いを秘めた心なのだ。自分でその心の強さを知らずして、確かめずして相手と向き合うことなど出来ない。雨、霙、霰、雪、雹、様々な形態で地上に降り注がれる水分に心を打たせてみようじゃないか。打たれれば打たれた分だけ俺は強くなる。
Oct 1, 2006
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