あるがままに生きる
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ようこそ、お越し下さました。最近、Aさんという友人が亡くなりました。Aさんはちょくちょく救急車で業院に運ばれていて、こうなることはある程度は予測できた、小さな死でした。ほんとにほんとに、小さな死。通夜も告別式も戒名も、遺影も無く、花も無く。死後24時間を経て、何もない中で即刻火葬。普通に行われている葬儀とは、大きく違っていた今生最後の送り出し。取り仕切るべき血縁の方がいない、本当に故人を慕って集まって下さった数少ない友人達だけの送り出し。至ってシンプルで、お金もかからず、葬儀屋や坊主が儲からない送り出し。納棺後、何もない出棺はちと寂しいという事になり、坊さんの代わりに私が経を唱える羽目に。まあ、それもいいかなと。いつも言っておりますが、「肉体の死」は終わりではなく、別な表現の場へ移行してのスタートと考えております。例えば今生が第5章としたら、そこから第6章が始まる。6章は5章の続きであり、7章に引き継がれるもの。だから、今生の第5章がどんな生であったとしても、すべてが第6章の為、あるいはそれ以降の第7、8、9、・・・章の為の生であろうと考えます。例え今生の生が、3次元的に見て自堕落に見えたり無意味に見えたりしたとしても、そこには大いなる天の計らいが働いていて、「例え自堕落な生」にみえたとしてもそこには第6章の為の自堕落かもしれないし、とことん自堕落をやりきって次の生のスタートを迎えるというシナリオなのかもしれません。そう考えると、どんな生き方も深遠な意味があって存在していることに気付きます。だから、基本的なベースでは何をしたとしてもOKなのですね。この度亡くなったAさんが自堕落という事ではありませんよ。ただAさんは、数少ない血縁の方から一切の拒否を受け、その墓にも入れずに無縁仏さんとなりました。最後まで「許さない」という血縁者の頑なな姿勢には、少し悲しくもありましたが、それも次の生に引き継がれる意味あることなのでしょう。相手を「許さない」という波動は、霊的には最も低い避けるべき波動かも。今生の生の第一の目的は、前世で許すことができなかった人に対し、許すという事を学ぶためのもの。誇大に言えば、その事のみが今を生きている目的とも言えるかもしれません。Aさんには、その事を強く印象付けさせられました。「許す」という事が、いかに大切なのかを。Aさんは、本当に大切なことを私に伝えたかったのですね。ありがとう。さあAさん、たくさんの可能性を秘めたあなたの第6章が待ってます。
2014.03.05
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