薄手のアンダーダウンベストを着たら、背中がポカポカとお陽さんに温めてもらってるようで
なかなか快適に過ごせました
大河ドラマの『光る君へ』を見ていた時に、平安時代はこの底冷えのする京都で
ダウンもヒートテックもなく、家も隙間だらけでさぞかし寒かっただろうなぁ…と
そんなことばかり気になっていました
寒さを感じず、暖かい家でお腹いっぱいに美味しいものが食べれるだけで
最高に幸せなことなのかもしれないですよね
今も、世界の各地で戦争が起こっていて、そんな国では
明日は、家が無くなるかもしれない、命が無くなるかもしれないと思いながら暮らしてる人が、とてもたくさんいらっしゃって、、、
普通に、小さな幸せのために真面目に働いていた人が
ある日家族を奪われたり、住処を失くしたり、路頭に迷ったり、、、
明日を保証されない暮らしをされている方がたくさんで、、、
そんな国の方々のことを思うと
今の私は、怖いくらい幸せなのかもしれないと
ニュースを見ながら、今日も思いました
人は誰でも
苦しいことや、満たされない事や、悲しいことには敏感ですけれど
今、満たされている数えきれない事には気付きにくいのかもしれんせんね
だからこそ
そんな小さな幸せが、生きて行くためには一番の幸せだったと
通り過ぎてから過去形で気付くのでしょう…
でも、「幸せだった・・・」と思えることが沢山あることも
きっと、とても幸せな事なんだと思うのです
何気ない、ふとした時に思う事があります
私が人生を終えるその時
走馬灯のように過去の事を思い出すとしたら
本当にくだらないような、日常の小さな当たり前のような事なんだろうなぁ…と
例えば、
ある日曜日のお昼ご飯に、焼き飯を作っていた瞬間や
夫と買い物へ行って、荷物を持ってもらうために重い荷物を手渡したその一瞬
初めてのデートで待ち合わせた時のお店の心地良い騒めき…
そんな、どうでもいいような事を思い出すんだろうなぁ、と思うのです
人生最後の時に、途切れることなく何気ない小さな幸せが溢れてくるような人生こそが
もしかしたら、『いい人生』なのかもしれません
だから、私は既に
もう、十分にいい人生だったと言えるはずなんです
これから、独りだからたくさんの苦労をしないといけないかもしれませんけれど
もう、十分な幸せを持っているから
うん、私は大丈夫
こんな風に思うと
なんだか心が安心して
今宵もぐっすりと眠れそうに思います
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