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ジーコは基本的に頑固な男だ。彼の監督術における人心掌握術の肝は、自分の勘を頼りに仕事を続けてきて大工の棟梁のそれと同じで究極的には己の感性におけるこだわりとそのこだわりへの共鳴者への無条件な信頼によって組み立てられている。 以上のジーコの性格や今ドイツW杯への4ヶ月ほどの日数やフォワード枠3人から4人という物理的な制約を考えてみても、彼がこれまで代表に召集した7人のフォワードの中からおおよそ本大会のメンバーが選ばれると想像できるし、おおよそジーコの頭の中では序列も決まっているだろう。 想像するとこんな感じである。 1 久保竜彦(横浜) 2 柳沢敦(メッシーナ) 3 高原直泰(ハンブルガーSV) 4 大黒将志(グルノーブル) 4 玉田圭司(名古屋) 4 鈴木隆行(鹿島) 7 大久保嘉人(マジョルカ)1位の久保竜彦については今回の合宿やブラジル帰省中のインタビューの中でもうわ言の様に「久保」「久保」と名前を挙げていることを見てもジーコがもっとも期待していたストライカーだということは疑いの余地はないであろう。腰さえ癒えれば当確といえるだろう。 柳沢と高原についてジーコは、「所属クラブで試合に出ていなくても、きちんとしたコンディションでチームに合流してくれれば問題ない」と話している。去年6月のW杯予選(バーレーン&タイ)とコンフェデ杯での柳沢のプレーは、指揮官を納得させるものだったらしい。当時もメッシーナでほとんど試合に出ていなかったから、さほど心配はしていないというわけである。 また、昨年10月の東欧遠征での二人のパフォーマンスについても、ジーコ監督は一定の評価を与えている。スタメンではもっとも近いのはこのふたりだ。大黒と玉田とFW陣最多出場(34試合)を誇る鈴木は、正念場を迎えている。ジーコは「所属クラブでポジションをつかむこと」をスタメン復帰の条件にあげた。過去の貢献度を尊重してきたこれまでのスタンスを、微妙に変えてきている。が、グルノーブルや、名古屋や、ベオグラードで少しでも良い面が出せれば当確がきまるはずだ。 さて、評判のいい平山だが、正直、現時点ではまだ難しいと思う。 平山がドイツのピッチに立つためには、ジーコのお馴染みさん4、5人は追い抜かなければならない。平山の高さは、魅力的であるが、動きがジャイアント馬場のように緩慢な時が見受けられるし、シュート以外のプレーはまだまだのような気がするし、ジーコはまるで大工の棟梁のように冒険を好まない。 残念ながら、日本代表はドイツ大会でもアジアカップのようにオーソドックスでつまらない試合をするはずだ。 だから、私は、ジーコを変えろといい続けていたのである。
2006.01.30

ジーコのホームページを見ると、「ジーコは世界優秀監督ランクで9番目に入る」とある。 それによると1位 カルロス・アウベルト・パレイラ(ブラジル) 2位 マルセル・ヴァン・ヴァステン(オランダ) 3位 ジョゼー・ネストール・ペッケルマン(アルゼンチン) 4位 マルセーロ・リッピ(イタリア)5位 カレル・ブルックナー(チェコ共和国) 6位 リカルド・アントニオ・ラ・ヴォッペ(メキシコ)7位 ルイス・フェリッペ・スコラーリ(ポルトガル) 8位 ブルース・アレーナ(米国) 9位 アルトウール・アントウーネス・コインブラ “ジーコ”(日本) なのだそうだ。ヒディングがない?そもそも世界優秀監督ランクてなに?私は、現役のサッカーの代表監督で最強の人はヒディングだと確信しているのであるが(ジーコが自分のところまでしか書いていないのでよく解らないが)ジーコが9位だということもよく解らない。2002年の日韓W杯において、韓国をベスト4にまで押し上げたヒディング。直前のインタビューで、「どこよりも走れるスタミナの塊のチームを作るつもりだ。ビッグサプライズがおきるよ」と予言した通りヒディングに短期間で鍛え上げられた韓国代表の躍進はまさに奇蹟であった。 疲れを知らず、あらゆるスペースに現れる韓国代表選手にイタリア人も、スペイン人も苛立ちや、焦りを隠せなかった。 もし、日本代表もあの時の韓国代表のようなプレーができれば、世界を驚かすどころか、W杯も取れるであろう。ヒディングの著作を読むと彼が、韓国代表に本格的なフィジカルトレーニングを開始したのが2002年の1月、当時ヒディングが予定していたPSVのフィジカルトレーナー、ルーク・ファン・アフト氏の代わりにルーク氏の弟子である現役オランダ代表フィジカルコーチのレイモンド・ベルハイエンと共に科学的なフィジカルトレーニングが実施される。 一試合に行われる180回の急激な運動、筋肉の疲労の回復するのに必要な時間4分を半分以下するために筋肉に負荷をかけるプログラム、それに伴う筋肉組織の治療のためにPSVから理学療療養士アルノー・フィリップス氏も召かれる。 スポーツ科学や最先端の医学を体系的に用いたヒディングの野心的なプログラムがW杯半年前からスタートしていたのである。 「ドーピング疑惑」をもかけられた韓国代表のフィジカル強化は、本当にヒディングが予言するようにビッグサプライズを起こした。 今回、PSVの監督を兼任することによってヒディングが希望するPSV専任のルーク・ファン・アフト氏、アルノー・フィリップス氏をオーストラリア代表に活用できるそうである。ジーコは世界を驚かす、W杯を獲るとよくインタビューで語るがヒディングのような科学的で野心的なプログラムを持っているのだろうか?1月末からの宮崎合宿・2月のアメリカ遠征が楽しみである。 今までどおりのシュート練習と紅白戦のみで、お茶を濁すのでは世界優秀監督ランク9位が泣く。
2006.01.26

ジーコには見えている・・W杯ドイツ大会、対オーストラリア戦・小野からの絶妙なスルーパスを受けた久保竜彦が振り向きざまにまるでルート・ファン・ニステルローイの様ににゴールを決める姿が。ジーコには見えている・・W杯ドイツ大会、対クロアチア戦・中村俊輔からのクロスを久保竜彦がコバチ兄弟と競り合ってまるでクレスポのように豪快にヘデングを決めている姿が。ジーコには見えている・・W杯ドイツ大会、対ブラジル戦・ロケ・ジュニオールの脇をすりぬけて独走。04年のチェコ戦で見せたまるでドログバのようなスーパーロングシュートを決めている久保竜彦の姿が。ジーコ以外の凡人には単なるギックリ腰を患っている爺さんのようにしか見えない久保竜彦だがジーコには見えている・・世界がアッと驚いている姿が。
2006.01.25

かつて、カール・マルクスはこう語った「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、2度目は喜劇として。」8年ほど前、サッカー日本代表のキングはカズだった。それがいつの間にか、ヒデへと変わった今、ヒデは8年前のカズと似たような立場になった。すでに力はスーパーではない。BBCは23日、ボルトンのアラダイス監督がMF中田英の完全移籍について「買い取ることはない。この前の退場でプレミアについていけていないと確信した」と話していると伝えた。 あの稲本でもついていっているのに・・中田がカーディフに行くとは思えない。ジーコは国内組みでも、海外組みでもコンスタントに活躍している選手を代表に選ぶと明言している。 しかも今の代表メンバーは、ヒデにリーダーとしての期待はしていない。現に今、チームのまとめ役は宮本と小野がいれば十分。ジーコ監督は、ヒデのことを「歯車の1つ」と言ったが、その言葉にうそはないであろう。キングであり続けるためには、今までのようにプレーで示していくしかないのだ。 カズは、プレーでも見せていたが、優れた人格で、誰からも尊敬されていた。しかし今の代表で、ヒデの人格を尊敬する選手はいない。尊敬されるのは実績なのである。福西の中田をみるイヤーナ目をみよ!! ヒデの人格を気に入っているのは香取慎吾ぐらいだろう(英語がべらべらだからか?) かつてカズが蹴ろうとしたFKを無理やり奪い取ったヒデのボールを今度はヒラヤマやマツイが奪い取る時期が確実に近づいていることは確かなようである。
2006.01.24

何かとあなたにいちゃもんをつけてイチイチ五月蝿く目障りな、ホリ○ブタエモンに強制捜査が入りました。ヤハリ人間悪いことはできませんね・・・同じIT企業ということであなたの会社も疑い目で見る人も出てくるかもしれない・・本当に迷惑この上ないブタ男ですね。ヴィッセル神戸関係者も、イーグルス関係者も又、JFAも日本プロ野球協会も社長が三木谷社長でよかったと胸をなでおろしてるかと思われます。 さて、ヴィッセル神戸は新監督スチュワート・バクスター氏と地道にやりましょう。 野村監督はどうだかわかりません(サッチーの取り扱い注意)がスチュワート・バクスター監督でしたら必ずヴィッセル神戸にすばらしい結果とチームの本当の強化をもたらして下さると確信できます。 三木谷社長、トルシエにあの時断られて良かった・・・。サンフレッチェ広島、AIKストックホルム、イングランドU-19代表監督などでバクスター監督がされた仕事ぶりを聴くにつれ三木谷社長本当にいい買い物をされたと思います。 今年は、時価総額世界一とか宇宙事業云々カンヌンより確実に1部に上がりましょう お体に気をつけてがんばってください。応援しております。
2006.01.19

浦和復帰が決まったMF小野伸二が16日午前、オランダから帰国。昨季天皇杯優勝の浦和は、すでにFWワシントン、黒部光昭、MF相馬崇人の獲得を決定・・・。Jリーグ創設時以来私にとっての浦和レッズのイメージは、旧財閥系の慇懃無礼な、それでいて恐ろしく弱いクラブ。 中日ドラゴンズが大リーグのドジャースのユニホームまるっきりパックているようにマンUのユニホームを思いっきりパックて、その上カウボーイみたいな紐付きユニホームをつけているダサいチーム(その上ストッキングはサラリーマンみたいな黒)。 爽やかなミスターレッズ福田氏は別として、現・浦和市議会議員の田口禎則氏の恐ろしく四角い顔と変なパフォーマンス、現タレントの水内猛氏のさむいギャグなど、やぼったいイメージ、そして最後には「動かざることオフトの如し」の2流監督オフトである。兎に角、いい印象はなかった。 それが最近のレッズ、レッズランドの建設といい、昨年の増資計画といい、年間シートの増設といい、先のJリーグオールースターのような豪華補強といい、兎に角、精力的で魅力的である。Jリーグ創設時のように大物外国人も、どんどん、取って来て僕の嫌いな昔のイメージを引きずった(ヘタッピくせに慇懃無礼な)トゥーリオや鈴木啓太(小野が帰ってきたので彼にはポジションはないだろう)や山田(ご存知キャバクラセブン)など追い出して欲しいものである。 最近の超意欲的でいけているレッズ、その原因は、カリスマ経営者・犬飼基昭社長が語る「三菱自動車というのは、浦和レッズの51%のマジョリティをもった株主ということですね。過去12年間で浦和レッズに対して約100億の支援をしてきました。それは、スポーツ文化の向上だとか、埼玉の地域社会の活性化だとかということで…J2 に落ちようが、J1 に上がってこようが同じように、これまでで100億のお金をサポートしてきてくれたんです。やっと、浦和レッズは去年から一本立ちできるようになりました。これはみなさんのおかげと、多くのスポンサーの支援に恵まれまして、一本立ちができるような状態になったんですが、やはりこれまで三菱自動車が支えてくれたということがあります。これから三菱自動車も、反省も含めて、大衆車をまた新しく開発して市場へ打って出ようということで努力しているんですが、そのとき、三菱自動車のイメージを唯一上げられる、三菱自動車の財産が浦和レッズだということで…。私は、レッズの代表としては、これから三菱自動車に少し恩返しができるかなと、」 にあるように三菱自工のイメージアップ戦略であろう。イメージアップ戦略であろうと何であろうとこれだけのタレントをそろえた浦和レッズは、Jリーグチャンピオン、ひいてはTOYOTAの主催する世界大会に出場するのが最低限の義務である
2006.01.18

鹿島・鈴木隆行にオファーを出しているレッドスター・ベオグラードが鹿島側に完全移籍を非公式に打診し、大筋で合意したと報じられているらしい。私は、鹿島のファンであるので、今さら、まとまったいい話を蒸し返すのもなんだかなと思うのだが「鈴木隆行でほんとにいいの?」とピクシーに聞きたい欲望に駆られる。「ピクシーの目は節穴か?」鹿島のファンである私は、本人のプライドを傷つけずに(むしろ誇らしげに)鈴木隆行を引き取ってくれるレッドスターからのオファーは願ってもないことだが、なんか重要事項を説明せず引渡しをしたヒュー○ーの○島社長見たいで心苦しい感が残るのだ。 私は、鹿島のファンであるので鈴木のことを「鈴木」とか「隆行」とか呼ぶのだがサッカーの2チャンネラーは「師匠」と統一して呼ぶらしい。なんで彼らに鈴木が「師匠」と呼ばれるのか?・・・・・まずは「師匠」偉大なる記録を見ていただこう。まず,「師匠」は02年前半で 「公式戦20試合連続ノーゴール(1590分無得点)」という記録をつくった。これは02日韓W杯、ベルギー戦のゴールで記録STOP。それにしても凄まじい記録だ。ベルギー戦のゴールで、20試合連続ノーゴールという記録は途絶えた。しかし、ここからが恐ろしい。あのゴールは新たなる伝説の始まりだったのだ。(以下2chでまとめたものを拝借しました) ★:2002/6/4:W杯1次リーグ:ベルギー:先発、後半26分交代:71:後半14分1得点 【世界記録への歩み】 1:2002/6/9: w杯1次リーグ:ロシア:先発、後半27分交代:72 ノーゴール2:2002/6/14: w杯1次リーグ:チュニジア:先発フル出場:90 ノーゴール3:2002/6/18: w杯決勝トーナメント:トルコ:後半1分途中出場:44 ノーゴール4:2002/7/13: J1 1stステージ第8節:東京ヴェルディ:先発、後半27分交代:72 ノーゴール5:2002/8/3: ベルギースーパーカップ:Brugge:後半32分途中出場:13 ノーゴール6:2002/8/13: UEFACL3次予選:Sparta Praha:後半30分途中出場:15 ノーゴール7:2002/8/17: ベルギーリーグ第2節:R.F.C. Antwerp:後半31分途中出場:14 ノーゴール8:2002/8/28: UEFACL3次予選:Sparta Praha:後半37分途中出場:8 ノーゴール9:2002/9/1: ベルギーリーグ第4節:R.Excelsior Moeskroen:後半31分途中出場:14 ノーゴール10:2002/9/11: ベルギーリーグ第3節:G.B. Antwerpen:後半42分途中出場:3 ノーゴール11:2002/9/14: ベルギーリーグ第5節:K.S.K .Lommel:後半34分途中出場:11 ノーゴール12:2002/9/21: ベルギーリーグ第6節:R.C.S. Charleroi:後半39分途中出場:6 ノーゴール13:2002/9/25: UEFACL1次リーグ:Real Madrid:後半37分途中出場:8 ノーゴール14:2002/9/28: ベルギーリーグ第7節:R.A.A.La Louviere:先発、後半22分交代:67 ノーゴール15:2002/10/5: ベルギーリーグ第8節:R.S.C. Anderlecht:後半ロスタイム途中出場:0 ノーゴール16:2002/10/16: キリンチャレンジカップ:ジャマイカ:先発フル出場:90 ノーゴール17:2002/10/19: ベルギーリーグ第9節:SK Beveren:後半32分途中出場:13 ノーゴール18:2002/10/22: UEFACL1次リーグ:AS Roma:後半31分途中出場:14 ノーゴール19:2002/10/26: ベルギーリーグ第10節:A.E.C. Bergen:後半26分途中出場:19 ノーゴール20:2002/10/31: UEFACL1次リーグ:AKE Athens:先発フル出場:90 ノーゴール21:2002/11/3: ベルギーリーグ第11節:K.V.C. Westerlo:後半25分途中出場:20 ノーゴール22:2002/11/9: ベルギーリーグ第12節:K.Club Brugge K.V.:先発フル出場:90 ノーゴール23:2002/11/12: UEFACL1次リーグ:Real Madrid:後半15分途中出場:30 ノーゴール24:2002/11/16: ベルギーFAカップ:Biltong:後半ロスタイム途中出場:0 ノーゴール25:2002/11/20: キリンチャレンジカップ:アルゼンチン:先発、後半10分交代:55 ノーゴール26:2002/12/14: ベルギーリーグ第16節:K. ST.-Truidense V.V.:後半31分途中出場:14 ノーゴール27:12/18:ベルギーFAカップ:R.A.A.La Louviere:後半20分途出場、延長前半2分負傷退場:27 ノーゴール28:2003/1/19: ベルギーリーグ第18節:S.N.W. Lokeren:後半31分途中出場:14 ノーゴール29:2003/3/8: ベルギーリーグ第25節:R.S.C. Anderlecht:後半31分途中出場:14 ノーゴール30:2003/3/15: ベルギーリーグ第26節:SK Beveren:後半44分途中出場:1 ノーゴール31:2003/3/25: キリンチャレンジカップ:ウルグアイ:先発、後半30分交代:75 ノーゴール32:2003/4/5: ベルギーリーグ第28節:K.V.C. Westerlo:後半16分途中出場:29 ノーゴール33:2003/4/12: ベルギーリーグ第20節:G.B. Antwerpen:後半31分途中出場:14 ノーゴール34:2003/4/19: ベルギーリーグ第29節:K.Club Brugge K.V:後半31分途中出場:14 ノーゴール35:2003/5/18: ベルギーリーグ第33節:K. ST.-Truidense V.V.:後半43分途中出場:2 ノーゴール36:2003/5/31: 国際親善試合:大韓民国.:先発、後半20分交代:65 ノーゴール37:2003/6/8: キリンチャレンジカップ:アルゼンチン:先発、後半20分交代:65 ノーゴール38:2003/7/5: J1 1stステージ第11節:ジュビロ磐田:後半27分途中出場:18 ノーゴール39:2003/7/12: J1 1stステージ第12節:清水エスパルス:後半9分途中出場:36 ノーゴール40:2003/7/27: J1 1stステージ第13節:セレッソ大阪:後半12分途中出場:33 ノーゴール41:2003/8/2: J1 1stステージ第14節:京都サンガ:後半21分途中出場:24 ノーゴール42:2003/8/16: ベルギーリーグ第2節:R.A.A.La Louviere:先発フル出場:90 ノーゴール43:2003/8/22: ベルギーリーグ第3節:R.F.C. Antwerp:先発フル出場:90 ノーゴール44:2003/8/30: ベルギーリーグ第4節:K.A.A Gent:先発、後半34分交代:79 ノーゴール45:2003/9/12: ベルギーリーグ第5節:K. ST.-Truidense V.V.:先発フル出場:90 ノーゴール46:2003/9/20: ベルギーリーグ第6節:SK Beveren:先発、後半18分途中出場:63 ノーゴール★:2003/9/26: ベルギーリーグ第7節:R.S.C. Anderlecht:先発フル出場:90:後半18分 1得点46試合連続ノーゴール!!!!!1790分ノーゴール!!!!ちなみにこの03年9月26日、師匠がゴールを決めたとき遠いベルギーの片田舎クラブでのゴールだというのに、その筋の人達のみならずサッカーファンほぼ全員を巻き込んだ一大ビッグニュースとして扱われたらしい。その記録がいかに偉大なものであるか。これを見ればさらにその凄さが感じられると思う。【世界のノーゴール師匠たち】(以下2chでまとめたものを拝借しました)1790分/46試合連続ノーゴール 鈴木隆行 【世界記録】1659分/20試合連続ノーゴール 鈴木隆行1505分/16試合連続ノーゴール ノイビル 【欧州記録】1489分/17試合連続ノーゴール ラウル1471分/25試合連続ノーゴール ミロセビッチ1380分/14試合連続ノーゴール アンヘル1205分/17試合連続ノーゴール ベルカンプ1204分/26試合連続ノーゴール 柳沢←北朝鮮戦にて終了1143分/13試合連続ノーゴール ヘスキー1097分/14試合連続ノーゴール カヌ1006分/25試合連続ノーゴール ポスティガ1000分/15試合連続ノーゴール サルバ欧州記録保持者、ノイビルの倍以上の試合数しかも世界記録1位も2位も鈴木隆行この攻撃の選手でありながら46試合連続ノーゴールという尋常でない記録へのリスペクトを込めて2ちゃんねるで「ノーゴール師匠」と呼び出したことに由来。 余談として、知ってか知らずか「やべっちFC」で小野伸二が鈴木を「師匠」と呼んでいたらしい。「師匠はFWではない。それは仮の姿で真の姿はDFW。 (ディフェンシブフォーワード)」「師匠は所属チームより代表での得点の方が多い史上初のFW。」「流石師匠!ボールを受け取ってルックアップしつつ 結局バックパスする! そこにシビれる アコガれるぅ!」「パスが来た、どうする? → 転ぶ バックパス 」とまで、書き込まれていたらしい。どうりで、昨シーズン大事なところでセレーゾ監督が鈴木を呼ぶとなんかむかむかした物がこみ上げてくるのを感じたものであったが、これが原因なんだ。まあ、ピクシー、そんな隆行だがTOYOTAもついてることだし、ま、ヨロシク頼むは・・ガハハハ・・
2006.01.17

遅ればせながら録画していた1/4日にNHKで放送された北澤豪出演「課外授業~ようこそ先輩~」を見た。日本サッカー協会のアンバサダーとしてハロプロのフットサルのチーム「ガッタス プリリャンチス」の監督までつとめる北澤豪氏の本領発揮といったところでフットボールの原始的な楽しみを小学生たちに伝えようとする氏の情熱に感動させられた。 授業は、「ハンドサッカー」ゲームを通して、「自分で考える」ことの大切さを教えるという内容。 「ハンドサッカー」とは簡単に言うと、ボールを足で蹴るのを手で転がす。必ずワンバウンド以上しなければならない。オフサイドはない。というルール。 クラスは6チームに分けて2日で2回のトーナメント戦を実施。 1日目は純粋に運動能力が高い児童がいるチームが勝利する。 その後、各チーム自分たちのゲームを分析して作戦を立てる。 これが面白い。 ゾーンディフェンスのチーム。1人ゴール前に残してカウンター攻撃のチーム。トライアングルを作ってのパスを回すチーム。 それぞれ子供たちが自主的に考えた作戦。子供たちの発想の自由さ、豊かさに驚いた。 2日目、それぞれのチームが自分たちで考えた作戦によってゲームをしていく。トーナメント戦。 ここで、トライアングルパスを考え出したチームが更に進化させている。今までは3人で三角形を作ってパスを回していたが、それを進化させて4人で常に2つの三角形を作ってパスの出しどころを増やし、パスを回すという方法。 常に自分と味方のポジションを考えながら移動する。常に考える。考えて行動する。 壁にぶつかった時、どうしてこうなったんだろう?こうなった場合、どうすれば打開できるだろう? 北澤氏はけして具体的な作戦は教えず、ヒントとして自身が小学校のころからつけている自己分析の記録ノートを披露。 北澤氏を襲った最大の屈辱、W杯フランス大会「外れるのはカズ、北澤」騒動の時も自己分析のみが自らを支えてくれたことを子供たちに語る。 よく、TVのサッカー番組では、サッカー少年たちに、ロナウジーニョなどのブラジル人たちの華麗なテクニックを駆使したアクロバティックなプレーをしたり、見たりすることが、フットボールの最大の魅力であるかのよう伝えているようであるが、フットボールの本当のプリミティブな楽しさは、北澤氏が伝える自分や仲間たちで「観て・考えて・動く」面白さにあると再認識させられた。
2006.01.16

グルノーブルへ移籍した大黒将志、20日のギャンガン戦でデビューするらしい。大黒のいいところは、本当はそんなことはないのであろうが、なーんも考えてないようなポカーンとした、いつも肩の力が抜けたようなリラックスしたたたずまいである。 そこが、大阪の道頓堀の引っかけ橋の上であろうと、W杯予選・緊迫した後半ロスタイム国立のピッチであろうと、TV局のトランポリンの上であろうと、グルノーブルの記者会見場であろうと、ポカーンと口を半開きにしながら実は小脳と前頭葉はフル回転させて冷静に状況を見極めている吉本芸人たちのようなそんな、たたずまいである。 世間では「平山3戦連発!W杯に平山は必要だ」と平山待望論でお騒ぎであるが、昨年はワールドユース選手権で平山を必死に応援してそのゴール前の緊張だかプレッシャだかフィジカルだかコンディションだかなんだか解らないが、殆んど通用していない彼のプレーに失望さられた私にとって、新聞売らんかなのスポーツ紙・平山待望キャンペーンには節足に支持できない。 オランダリーグ初観戦した平山の母恵子さんのコメント「ラッキーゴール。(ヌーメラから、)いいボールが来ただけやんか。それ以外、何1つやっていない」が、、本質を言い当てているように思えるのだ。 FWは結果を求められポジションである。オランダリーグとはいえ得点を決め続けることは本当にすばらしいことだ。平山には上げたり・下げたり、急がしい世間の言葉には耳を貸さず、ボン・ジュール大黒のようにリラックスした形で確実に実力つけていって欲しいものである。
2006.01.13

10日、千葉の祖母井GMは「オシム監督は今年もやってくれる予定です」と話したそうだ。オシム監督は「3年間、私の話を聞いてくれて感謝している。私がここで成功できなかったことが残念だ」と勇退とも取れるコメントを残し残留を保留し帰国してしまったので諦めていたのが、祖母井GMがいうのだから間違いないであろう。 しかし、もし仮にオシム監督がドタキャンになったとしても祖母井GMがいる限り千葉にとって、Jリーグにとって、日本サッカー界にとって必要な欧州の名将をつれてきてくれるに違いない。 私は、今日の千葉の躍進は祖母井GMの存在なくしてはありえないと思っている。 千葉を上昇気流に乗せたのは祖母井GMの並外れた人脈。93年に初めてトルコでのUEFAシンポジウムに出向くも、参加者は欧州の代表監督クラスばかり。「何かやって覚えてもらおう」と閉会式の会場の中央に飛び出し、アドリブで踊ったそうだ。満場がその度胸をたたえ欧州人脈ができた。7年にはフェルシュライン監督を招き「欧州路線」をスタート。だが「監督は日本人」というチームの伝統を変えることは難しく直接人脈を分かってもらうしかない祖母井GMは当時の市原福田社長をUEFAシンポジウムに案内。会場各所で歓迎され、座席は元チェコスロバキア代表監督ベングローシュ氏の隣へ、祖母井人脈を目にした同社長は、監督人事を任せる決意を固めたそうである。 評論家・西部謙司著「監督力 サッカー名将の条件」にも詳しく描かれているがその見識・情熱・行動力は現在のJリーグに彼に並ぶ人はいないだろう。(鹿島時代のジーコぐらいだろう) 実際、オシム監督も03年に来日を決めた理由として「祖母井が何度も自分のところへ足を運び、毎日のように電話してくれた」ことを挙げているそうである。 そして祖母井GMのクラブに対する愛情「なぜジェフが好きなんですか? 他クラブはもっといい条件では?」という質問に、「だってジェフはファミリーだもの。ぼくが大事にしているのはお金じゃなくて、人と人のつながり。クラブに次々起きる問題を乗り越えるのも、またおもしろい」と答えたそうである。 唐突だが今、司馬遼太郎の小説「太閤記」前半終盤で信長が本能寺で謀殺されるその前月、秀吉の信長への忠誠や献身ぶりを感謝して、信長が秀吉の肩を強く握り語ったセリフ「侍ほどのものは、この筑前(秀吉)にあやかりたいものだ」に秀吉が突っ伏して泣いた私の大好きなシーンが思い出された。 大巨匠の祖母井GMには大変失礼であるが「GMほどのものは、この祖母井にあやかりたいものだ」という言葉を捧げたい。
2006.01.12

Jリーグ創設以来、鹿島アントラーズ大ファンである私にとって、鹿島の何がいったい気に食わないのかと言いたくなるのだが中心選手たちがチームを離れていこうとする・・いや、完全に離れ行くならショウガナイが出戻り娘みたにフラフラ・フラフラ腰が定まらないのは本当に情けない。昨年の12月30日の中田浩二のHPに、今回の移籍問題の経緯が記されていて興味深い『まず、12月の初めに、通訳の人にマルセイユまで来てもらって監督と話しをしました。そのときの話し合いでは、俺が納得できる答えが返ってきたし、1月は選手をとる気はない、チャンスだから頑張れって言われました。なので、1月が勝負だと思いしっかり日本でリフレッシュして、1月に備えようって思っていました。17日試合前にクラブのGMに呼ばれて、イスラエルからオファーがきてるけど興味はあるか?って聞かれました。条件は良かったんだけど、いきなりイスラエルっていわれてもイメージがわかないし、クラブの情報も何も無い状態だった。そういう状況で即決するのは難しいし、マルセイユでチャンスを掴みたいと思っていたから、結局、断りをいれました。で、そのまま俺は日本に帰国しました。だから「マルセイユで勝負する」というコメントをしました。ところが日本に来て2、3日過ぎた頃、マルセイユが左サイドの選手を獲得するかもしれないという情報がはいって来ました。そして帰国したら、左サイドの選手がトライアウトに来ていてて、さらに俺は合宿のメンバーからいきなり外されてた。マルセイユは俺を売りたいのかなって思った。プロの世界では当然だからしょうがないけど、展開が速すぎて、俺もちょっととまどってる・・・』で彼はGMにつれられてとイスラエルに行く。で帰ってきて『半年後のワールドカップまでは、試合に出場できるからイスラエルでも満足すると思う。ただ、その後もモチベーションをもってプレーできるかどうかっていわれると、正直、自信がない・・・。そもそも厳しい状況に身をおいて、成長したいっていうのが、鹿島を出た理由。そのスタートラインをもう一度見つめ直してみて、イスラエルの話しはこれで終わりにしようと決断しました。』と断ったらしい。中田浩二は姥捨て山みたくGMに連れられてイスラエルにいったのである・・。マルセイユは事実上の戦力外を通告した選手に年俸を支払う余裕はないだろう。経緯は兎も角、この際イスラエルに行ってしまった方が良かったかもしれない。ベタル・エルサレムの監督はトルシエの友達のルイス・フェルナンデスだし出場やポジションは保障してくれるそうだしベタル・エルサレムのオーナー実業家ガイダマク氏は今流行のロシアの大富豪らしいし、将来的にはスパーズを買うと息巻いているらしいし・・。しかし、どこまでも選手に優しい、優しすぎる鹿島アントラーズは、マルセイユに中田をまんまとせしめられた過去を忘れてしまったかのように、鹿島復帰の道を模索しているらしい。出戻り娘の代表・ベルギーいったり戻ったりと急がしい鈴木のレッドスターからのオファーも前向きに検討しているらしいし、ヤナギはヤナギでいつものように帰るの帰らないのとぐちゅぐちゅやっている。小笠原もハマーズでなんか唐突にトライアウトを受けて合格だ不合格だとやっているらしいが、鹿島が得をするように、中田の時のようにはならず、ガッツリ・シビアに契約には望んで欲しいものだ。私には、もはや、中田浩二も、鈴木隆行も、柳沢も、小笠原も盛りが過ぎてしまっていつまでも待ち望むような選手ではないよう気はするのだが・・。 彼らがフワフワ腰を入れて移籍にのぞまないのは「いつでも帰ってこいよ」とアントラーズがやはり優しすぎるのが原因なのかもしれない
2006.01.11

日テレの相変わらずのうるさい実況で、高校サッカーを観戦したが試合内容は非常に面白いものであった。日テレもそうだがスポニチや、フジテレビの「すぽると」などで野洲高校のプレーをやたらと「セクシーフットボール」と表現していたが野洲のDHや、荒堀、内野のDF陣がゴール中央で鹿実の攻撃を泥臭くつぶしていたのが野洲の優勝につながっていたように思えた。現に決勝点はDFの蹴ったロングボールからの典型的なカウンターアタックであった元オランダ代表のルート・フリット氏が1996年欧州選手権のポルトガル代表(ルイ・コスタやルイス・フィーゴを中心に美しいサッカーを展開した)を称賛する言葉として最初に使った「セクシーフットボール」という言葉に値するプレーは確かそこここににあったがドリブルでの持ち過ぎやフィニッシュの精度に欠けるなど問題点もたくさんあったように見受けられた。 私が逆に気になったのは、2連覇を狙うという強豪・鹿児島実業のいかにも旧態依然としたいかにも最近の高校サッカー然とした硬直した力任せの『縦へのロングボール、フィジカル、根性』のやり方であった。解説の鹿児島実業OB前園氏が「夏はズーとランニング、ボールを使った練習はしなかった」という証言していたが、鹿児島実業の指導者のフィジカル重視・根性主義とアンチ・クリエイテブ性・個人技軽視主義がしのばれる。 日テレいうところの「野洲高校優勝によるセクシーフットボール革命」が日本サッカー界に巻き上がることを期待したいが、しかし鹿実の選手・全員が5分刈り状態全然セクシーじゃない彼らをみるとまだまだ時間がかかりそうだ。
2006.01.10

プレミアリーグ・アーセナルファンの私にとって(いや、一般のサッカーファンにとってもそうに違いない)なんとなく納得がいかないな・・と思うのは、ロシアのアブラモビッチオーナー就任後のチェルシーの大躍進であろう。 マンUと、アーセナルの2強時代が正常なことであるということを懐かしむわけでもないのであるが、近年のチェルシーの強さは異常である。プレミアのみならず欧州でさえも、その強さは際立いるのだ。 普通、金満チーム=最強チームということはいえないことスポーツ界の常識であったはずなのであるがチェルシーは違う。 普通、モラッティのインテル、フロレンティーノ・ペレスのレアル、ルイ・ドレフュスのマルセイユ、などなどクラブの常軌を逸した額で補強したあと生き詰まり馬鹿にされるのがツネデあったはずなのに・・。 あのブラッターですら最近『金がサッカーを殺す』と言い出し始めてるのを見ればチェルシーの異常さがわかる。思うに、チェルシーの成功は秘訣は、アブラモビッチオーナーが金持ち道楽や酔狂ではなく自分の命と財産を守るための真剣な投資行為をしているためだと思われる。 イギリスのチェルシー、ブラジルのコリンチャンスのオーナーである所のサッカー界の盟主をロシアの野蛮な警察や秘密機関が不当な逮捕などを白昼堂々とできるか? アブラモビッチやその師匠ベレゾフスキーは裏に逃げずにおもいっきり有名になることにそのサバイバルを賭けたに違いない。 そう、この考えはアーセナルファンの嫉妬と僻みによるものであろう。 しかし、シェイクスピアの言っているように「嫉妬とは、緑色した怪物」である。現に、ロシアの警察ではなく地元ロンドンの警察やマスコミがアブラモビッチオーナーの黒い交際疑惑を大々的に調査し始めている 先月も、地元紙が揃って、チェルシーの昨季の1億7500万ポンド(約348億円)を選手獲得に費やした費用の出どころがロシアマフィアのマネーロンダリング(資金洗浄)と報道で指摘したそうである。資金供給元が不明瞭な英国の投資会社MSIを同オーナーの傘下の会社と見なし、その費用を流用しているという。 アブラモビッチのチェルシーは勝ち続けなくてはならない。しかし、アブラモビッチはシェイクスピアの言う緑色した怪物にも気をつけなくてはならない。 私はアブラモビッチの逮捕がかなり迫っている予想する。その時、サッカー界はどうなるのだろうか?
2006.01.08

フィリップ・トルシエ、日本ではすでに過去の人となってしまったが、なぜか気になるキャラなのである。そのトルシエがモロッコ代表の監督を2ヶ月でくびになったらしい。お正月の新聞のスポーツ欄の片隅「トルシエくび」のニュースには驚かされた。トルシエは昨シーズン末、フランスのオリンピック・マルセイユを退団したあとナイジェリア・中国・ガーナ・アイルランド各代表監督へ就任すべく交渉を重ねた末、W杯2010年南アフリカ大会に向けて5年間の破格条件でモロッコ代表監督として契約はずではなかったのか・・。BBCによると、「彼は彼が扱った2カ月の合計で5万USドルになった関連する利益に給料を取っただけです。しかし彼は契約とは別に、追加にフランス人の医師などのスタッフを連れてきて、連邦予算を爆発させたがっていました。私たちはそれを受け入れることができません、そして、彼の契約を終わらせます。」とモロッコ協会の担当者がその理由を語っている。 フランス人の医師とは貴乃花のひざの手術をしたJFAでも雇ったジャン・ピエール・パクレ医師ことか? フランク・ブロッシェリーコンディショニングコーチも当然連れて行ったのであろうな・・。 日本代表監督当時の山本コーチも、「JFAにも優秀な医師もフィジカル・トレーナーもいるのにトルシエのおしゃべり相手にフランス人をたくさん雇った。」と証言していたがそんなわがままは、貧しい予算の又、W杯に出場できなかったアフリカのサッカー協会では通らないうであろうことは十分考えられる。 考えるに、トルシエはモロッコに嫌気が差して2006年W杯ドイツ大会に自分が出るために、1月のエジプトでアフリカ選手権で成績が出ずくびになるW杯出場国の監督(コートジボアール?ガーナ?)の後釜を狙うべくワザとくびになったのでないか?・・・彼ならやりかねない・・しかしそんなことが許されるのか?
2006.01.06

「私には2008年シーズン終了後まで、アーセナルと契約がある。新しいスタジアムもすぐに完成する。私はアーセナルとの契約を尊重するつもりだ。だが、確かに2年後に何が起こるか分からない。私に日本代表監督という声があるのは、光栄に思っている」とベンゲルは語ったそうであるが、ベンゲルは、レアル・マドリッドや、バイエルン・ミューヘン、フランス代表、イングランド代表、ドイツ代表のオファーにも、同じように答えていることをJFAの関係者は忘れてはいけないのである。もしJFAが本気でベンゲルを監督として迎える気ならば例えばヒデング・オーストラリアのように最初の2年間は兼任で・・ぐらいの勢いで交渉に臨んで頂きたいのである。 チャンスの神には前髪しかないという。余裕をかましてはいけない。これは安倍晋三氏にも言えることである。
2006.01.05
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