2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全27件 (27件中 1-27件目)
1

日立海浜公園の帰りに、近くのモ-ルで衣服を買って、その後海側を通って那珂湊の海鮮市場に立ち寄りました。ここの回転ずしが美味しいので久しぶりに頂こうということになりました。そのため、モ-ルのバ-ガ-キングでハンバ-グ単品だけ頂いて、ちょっとおなかを満たしてから3時過ぎに着きました。その途中で立ち寄って磯原の海岸です。斜めになった地層は中生代のものと言われ、ここからアンモナイト化石も発見されているそうです。個人的に地質ロマンに浸るひと時です。相棒は残念ながらこの手の地質ロマンが全くわかりません。停車時間わずか5分でした。市場の回転寿司は大賑わい。早速並んで、ようやく座って、なんだかんだと食べていて、ふと写真の事を思い出して撮影。これは2回目の生シラス。そういえば鎌倉で去年も同じ寿司をいただいたことをふと思い出しました。相棒はモロの切り身をたくさん、マグロの切り身の味噌漬けもたくさん、あさりの冷凍むき身もたくさん買いました。どれも美味しかったです。連休、近場でも結構楽しく過ごせますね。
2013年04月30日
コメント(2)

最初にネモフィラのネット情報を引用記載致します。---------------北アメリカに10数種が分布する、花後に枯れる一年草です。秋にタネをまくと春に花を咲かせます。草丈はあまり高くなりませんが、細かく枝分かれして横方向によく茂ります。花色は青空のようなブルー、白、黒に近い濃紫などで、満開時は株を覆うくらいの花を付けます。1株でもボリュームが出ますが、複数株植えると満開時は見事で花壇に適しています。ひたち海浜公園の群植は有名です。葉っぱは細長くて細かく切れ込み、そこからルリカラクサの和名があります。属名のネモフィラはギリシア語のネモス(森)とフィレオ(愛する)の2語からなり、森林の周辺に自生することにちなみます。------------------------毎年種から苗を作って移植する膨大な手間をかけてこの見事な景観を創り上げているかと思うと、ありがたく頭が下がります。空と大地が同じ色に染まって、夢の世界の中にいるようです。まだ満開ではないようで、一部まばらになっていますが、それでも見事です。
2013年04月30日
コメント(2)

国営の日立海浜公園は今が花盛りです。臨時駐車場もいっぱいというすごい人の混雑でした。その中でも、林の中のチュ-リップは見事です。ちょうど五月連休に咲くように、球根を冷蔵庫保管して、開花を逆算してうえつけるというやり方のおかげで、見事な咲きっぷりを楽しむことができます。ちょっとムスカリなどが満開期を過ぎたようですし、雲のおかげで光が斑になっていますが、雰囲気はおわかり頂けると思います。とくに説明は不要でしょう。ここのもう一つの目玉「ネモフィラ」は後日載せます。
2013年04月30日
コメント(4)

三春の瀧桜の後にさらに北上して花見山に立ち寄りました。ここは個人の山に咲かせた桃、梅、ボケ、桜、連翹、雪柳などの花があまりにも見事で一般に開放している場所です。昨年は手入れのためでしょうか、公開されなかったようです。その見事な風景を一部ご紹介いたします。菜の花と連翹と桜です。山全体が、桜、梅、桃などに彩られて、花見山の名の通りです。連翹と桜です。鮮やかな花桃ですね。山桜の先には吉野の千本桜のように桜などが咲き競っています。薄紅色の雪柳です。まっすぐに延びる連翹です。「見事」の一言ですね。目の保養をさせていただきました。
2013年04月30日
コメント(2)

三月末に真鍋小学校に行きました。ここのグランドに咲いている桜は樹齢100年を超える見事なソメイヨシノ。有名な桜です。会社の帰りに立ち寄ったら、NHKの方がいて、4/21の朝「小さな旅」という番組で出ますよということ。出演は私ではなくて桜です^^。ここの桜は花がふんわりたくさん咲くのです。見事ですね。今夜はライトアップもするということで、夕食後にも立ち寄りました。4/21テレビをつけたら、やっていました。地元の桜が出演とは、なんだか嬉しくなりますね。夕方と夜の桜なので、光がいまいちで美しくありませんが、青空に映えた姿は見事です。
2013年04月30日
コメント(2)

4月14日に訪れました。快晴で8部咲き、というかほぼ満開。花の絶景を堪能できました。福島県の郡山にほど近い磐越自動車道の近く、船曳三春インタ-から入ったところにありました。梅、桜、桃が同時に咲くから三春と名づけられたそうです。滝桜は一本の桜古木で、樹齢約千年、すごいですね。しだれ桜の咲く様子が、瀧から落ちる水のようだということで名づけられた滝桜。日本三大桜の一つです。薄墨桜、神代桜が残りの二つです。前者も樹齢千年、後者は何と二千年と言われています。来年はぜひどちらかを見てみたいとおもっています。三春には他にもたくさんの桜が咲いている桜の町でもあります。中でもあちこちにしだれ桜が目につきました。紅しだれ桜なので、滝のようです。うまいネ-ミングですね。色も濃くて鮮やかです。人が支え木をつけているから折れないですんでいるけれど、これを取り除いたら、台風や降雪などで折れて、木そのものもだめになってしまうでしょう。末永く生き延びてほしい大切な日本の遺産です。こういう三大桜って天然記念物ではあるけれど、さらにランクアップして世界遺産にならないのでしょうか。富士山が文化遺産という、こじつけ?ごり押し?が通用しそうなんだから、これだって・・・???
2013年04月30日
コメント(2)

ハノイに向かう途中で、陶器で有名なバッチャン村に入りました。買ってきて今も使っていますが、一つは取っ手が割れて駄目になりました。ハノイに到着。人口600万の大都会です。雨のハノイを散策。ここは建国の父でもあるホ-チミンの記念堂です。これは一柱寺です。ネット情報ですが、-------ベトナムの首都ハノイにある仏教の古刹で、ハノイの歴史的シンボルの一つ。ハノイが昇龍と呼ばれていた李王朝時代(1009~1225年)に建てられた。子供に恵まれなかった李王朝の大崇が、蓮(はす)の花の上に子供を抱いた観音菩提樹を夢で見て、この寺を建立したと伝えられている。寺は蓮の形をしており、周囲の小さな池には、季節になると蓮の花が咲き誇る。-------引用終わり。蓮はベトナムの国花です。何度も火災焼失したようで、都度再建されたそうです。今のお寺は最近再建されたコンクリ-ト製のようでちょっと残念ですね。 中国にも台湾にもある孔子廟です。孔子様が此方をにらんでいます^^。他の国の孔子様よりちょっととぼけた顔なのが面白いですね。こっちを見つめる顔は、最近勉強不足だと見透かしているかのようです。孔子廟がベトナムにもあるとは知りませんでした。1世紀から10世紀まで中国に支配されていた、その痕跡ですね。なんと韓国人の一部は孔子様を韓国人だと主張しています、さすがは韓国、呆れてしまいます。フランスパン(バケット)を売っている人です。ベトナムはフランスに長い間統治されていたので、フランスの文化がかなり浸透しています。これもその例ですね。最後の日の夕食はフランス料理レストランでのデイナ-でしたが旅行中の食事の中では一番美味しかったです。料理の説明がへたくそなので、写真も割愛ですみません。その後に見た有名な水上人形劇です。内容はよくわかりませんでしたが、人形はよくできていました。サイズは60CM前後だとか。幕の後ろから水平に水中から伸びる棒で人形を操作しています。この写真は最後のころで、操作をする人が幕から出てきています^^。ベトナム、生き生きとした国になっていました。親日国家のままでいてほしいと願っています。
2013年04月30日
コメント(2)

さらに深く湾内を入っていくと、親指の島が見えてきました。並べてみるとなるほどです^^。ここは水上生活者の村だったかな?鍾乳洞のある島に上陸。登って行ったところからの眺めです。これがハロン湾の写真では一番多く見る風景かも知れません。船、昔は色とりどりだったそうですが、今は白に統一されたそうです。鍾乳洞の中には石のつららが並んでいました。去年行った秋芳洞よりは小さい規模ですが、なかなか立派なものでした。出口が見えてきました。人間の姿と比較すると巨大さがわかります。カラフルな照明は中国の桂林の鍾乳洞を思い起こさせます。鍾乳洞の島を後にして、さらに船は進みます。もうひとつの島に上陸し、島の頂上に登ってパノラマを楽しむという趣向ですが、天気が不透明、絵目も降りそう、かつ膝の調子が今一つということで、私たちは登りませんでした。--------その後船上ランチを楽しみながら、6時間かけてのクル-ズが無事終わり、港に戻りました。比較するのは失礼ですが、海の桂林よりも、山の桂林の方が少しよかったかな^^.もうすこし天候が良ければもっとよかったのですが。どちらも地球規模の長い時間のながれの中ではぐくまれた景観、大事にしていきたいですね。なお桂林は世界遺産ではありません。中国にとってみれば、世界遺産よりも格上ということです。
2013年04月30日
コメント(2)
中国や韓国が、日本の安部政権の閣僚による靖国参拝に対して、厳しい意見をだしてきており、外交ル-トを閉ざすかまえです。一方日本国内では、よく安部首相は言ってくれたと、首相の右傾化発言に対して歓迎するム-ドがあります。はたして国益上はどちらが良いのでしょうか?日本は戦争責任を既に果たしているし、中国は放棄しているし、韓国には日韓条約で賠償金を支払い済み=最終解決済みだという法的な解釈からは、日本は何も媚びる必要はない。というのが日本では正論と言われます。堂々と靖国参拝をすればよいという意見が現在では大勢となっているようです。文句を言うのは内政干渉だと。でも、お金での解決が本当に解決なのでしょうか。私たちの身に振り返って考えてみれば、強盗殺人にあって身内を殺害されたときに、金銭的な支払いがあってそれで解決と言えるでしょうか。肉親を奪われた怨念はそうやすやすと消えるものではないでしょう。国家間としては、他にやりようもないので賠償金で結着とするのでしょうが、本来の償いとはそんなものではないようにも思います。そういう相手国民の心情に思いをはせるならば、せめて政権の閣僚は参拝などをひかえるべきではなかろうかというものです。何も相手の心情を逆なですることはないのです。相手がどういう反応をするのかはもう何度も学習してわかっているのですから。わたしは相手国の反応が正しいといっているのではありません。相手がこういうことを政治利用しているとしても、なおさらそれに火をつけることはないだろうと思います。まあこういう私の意見は少数派なのでしょうね。
2013年04月29日
コメント(0)
北朝鮮はミサイルを打つのか?打たないのか?当初は打つと思っていました。今も半分はそう思っています。あれだけ言って打たないとメンツ丸つぶれですからね。でも、打つ時期は、まだ5月連休までわかりません。一方打たないという見方も出ているようです。その理由の一つは中国に説得されたというもの。米中協議後に中国が北に対して、もし打つなら援助を絞るとでもいったのでしょうか。中国の援助を不要だとはさすがに言えないはずです。もうひとつは米韓が対話路線に軟化したことを持って打つまでもなく北の勝利というスト-リ-。はたしてどれが事実なのでしょうか。それともさらに別の道があるのでしょうか。どちらにせよ、迷惑な話です。もし日本近海にミサイルが飛来した場合、日本のミサイル防衛システムが正しく機能するのか、これもかなり怪しいのです。まして多数飛んできたなら全部命中とはいかないでしょう。半ば「こけおどし」だということがばれてしまうから、日本もできるだけミサイル防衛は使いたくないはずです。お隣の韓国も、統一の道が最善と思っていたのは昔の話で、いまや、統一にメリット無しと思っているのではないでしょうか。本当に困った国です。
2013年04月24日
コメント(2)
中国でまた嫌なウイルスが独り歩きしています。H7N9鳥インフルエンザです。人から人への感染はしないように言われていますが信用できないです。鳥から人に感染したウイルスが人の体内で増殖するので発症するのだから、それが他の人に感染しないという主張はちょっと違和感がありますね。ヒトヒト感染はすると考えるべきでしょう。ただし、人に感染しやすいかどうかという点ではおそらくそれほど感染しやすくはないようです。要するに程度問題だから、感染者が多ければ、ヒトヒト感染による拡大もあると考えなければなりません。変異したら感染とは、人に感染しやすく変異するということです。人や豚に感染した中で、他のインフルと遺伝子混交するからです。その時には感染はしやすくなりパンデミックが起こります。とにかく遅かれ早かれ日本にもやってくると思っておかなければです。報道によれば現在の致死率約20%、五人に一人ですが、実際にはもっと軽い症状の人が多くいるのでしょう。それほど致死率は高くないはずです。最初は重症者しか網にかからないから致死率が高く評価されてしまいます。私たちの会社にも上海に関連工場があるので、そこと行き来する人が結構います。その人たちが、いつ鳥インフルをもってくるかわかりません。五月連休にやってきたらワクチンはまにあいません。くわばらくわばら。
2013年04月23日
コメント(2)

ベトナム北部にある首都ハノイ。人口600万。その近郊にあるハロン湾は石灰岩が作りだした奇岩が海に浮かんでいる、海の桂林と言われる世界遺産です。ハロン=下龍です。この石灰岩地質は桂林に続いていると言われます。つまり過去には広大なサンゴ礁が形性されていたということですから、大陸塊の衝突の名残のようなものですね。ネット情報によれば、大小3,000もの奇岩、島々が存在する。伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、竜の親子が現れ敵を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になったと伝えられている。 カットバ島以外の島は現在は無人だが、約7,000年前の新石器時代にはわずかに人が住んでいた。また、数世紀前までは海賊の隠れ家として利用され、また モンゴル軍の侵攻の際には軍事的に利用された。引用終わり。島が点在している様子が、龍が泳いで、背中がところどころに見えているようにも見えます。この季節は晴れ渡ることはなく、いつもこのような曇りの天候だとか。ちょっと残念です。ホテルの石垣です。ご存じの石灰岩ですね。これが海の桂林を形成しています。乗ったのはこの船。近づいてきた船から果物を買いました。ランプ-タンです。美味しかったです。何とこの船にはカブトガニがありました。日本では天然記念物ですよね。この二つの島は、ここの名物だそうです。二羽の鶏が向かい合っているように見えませんか。次第に島々の中に入り込んでいきます。龍の背中があちこちに見えますね。この先の島にこれから上陸します。中に大きな鍾乳洞があります。その様子は次回。
2013年04月22日
コメント(6)

ここも仏教寺院からヒンズ-教寺院へ改宗されたようです。為政者にとってはヒンズ-の方が好都合なんでしょうか。仏教の思想性を疎んじたということもあり得ますね。ここにもデバタ-像が見えます。その上に座像があったのですが、削られています。それが仏像だったのです。王様は、座って沈思黙考する仏教よりも、踊ってる女神の方を好んだのでしょうか。拓本です。こういう拓本もあるんですね。ということで、これで遺跡見学はようやくおしまい。たくさんあって、何が何だか分からなくなってしまいました。-----------------------多くの遺跡をこの目で見て、歴史=人間の営みの力強さ、愚かさ、不思議さをここでも感じました。まさに世界遺産、アジアの至宝です。このあと、ベトナム北部に飛んで、ハロン湾=「海の桂林」を眺めます。
2013年04月22日
コメント(0)

ここは王様のお風呂=沐浴場だった場所だそうです。今でも水があります。当時は底にラテライト=日干しレンガが敷き詰められていたそうです。たった一人の王様だけのために、世界一の広さのお風呂をつくるなんて、国も滅びたわけです。国破れて山河あり、城春にして草木深し。つわものどもが夢のあと。場所や歴史は違えども、変わらず愚かなのは人間ですね。
2013年04月22日
コメント(2)

タプロ-ム寺院です。アンコ-ルワットなどよりもやや遅く、12世紀末の建立です。当初仏教寺院として作られましたがのちにヒンズ-教に改宗されたとか。そういう寺院が多いのがアンコ-ルワット遺跡の特徴でもあります。この遺跡は溶樹(ガジュマロの一種)におおわれた状態で発見され、そのまま残されています。樹木が遺跡を破壊したようにも見えますが、これを除去すると遺跡が壊れることから、樹木が遺跡を支えているという見方もあるようです。鳥の糞などでもたらされた樹木の種が発芽し、次第に大きくなり、石でできた遺跡を飲み込んでしまう、そういう生々しい姿を示しています。放置された年月の長さを感じますね。ちょっと異様な風景ですが、まさにその異様さがこの遺産の特徴ですから、できれば当面はこのままで残してほしいものです。門は四面仏でアンコ-ルトムと同じです。回廊にはこんな風に溶樹の根が絡まっています。デバタ-も割れています。この根の中に小さくのぞいている観音様かな?顔が見えます。タイのアユタヤの風景を思い出しました。人の姿と比較すると、樹木の大きさがわかります。こわれた回廊、樹木がこわしたのではなく、壊れた後に種目が成長したように見えますね。それにしても、どうして仏教を捨ててヒンズ-に改宗したのか?興味深いです。
2013年04月22日
コメント(4)

アンコ-ルトムに入るときに渡った濠の両側に立っていた彫像が、ここにも並んでいます。どこかこの像、中国系のように見えます。あの秦の始皇帝の兵馬俑の像にどこか似ているのです。私の勝手な思い込みでしょうが。突然森の中から現れたのがこのタケウ寺院です。ネット情報によりますと、この寺院は11世紀初頭に造営が始められましたが、王の突然の死と、それに続いてこの場所に落雷があったことから『縁起が悪い』ということで工事を中断してしまった「未完成寺院」だそうです。建設途中であったため、外壁の装飾彫刻がないのがちょっと残念です。だからでしょうか。わずか10分でここはおしまいでした。いろんな遺跡がありますね。
2013年04月22日
コメント(2)

朝日を迎えた後、再びアンコ-ル遺跡見学です。バンテアイ・スレイというヒンズ-教の寺院です。バンテアイは砦、スレイは女、つまり「女の砦」という意味だとか。なんと20世紀初頭に再発見されるまで歴史の闇にうずもれていました。他の遺跡と異なり、赤っぽく見えます。そうです、マレ-シアなどでも紹介したあの赤土の元、ラテライトや、ヨ-ロッパでも多く見た赤色砂岩なのですね。どちらも鉄分を多く含み、硬いのが特徴。千年耐えた秘密です。それにしても組成がちょうどよいのでしょうか、すごくシャ-プな彫がそのまま残っています。間近に見ると生半可な驚きではすみません。これが千年経過しているって信じられますか?百年前でも嘘だろうと言いたくなります。この写真の奥に見えている、河童のような像はご存じガル-ダです。その上に見えている小さな像が女神=デバタ-です。アバタ-ではありません。拡大したのがこの写真です。こちらではなんとまあ「東洋のモナリザ」と呼ばれているそうです。ちょっといいすぎかな?でもフランス人が泥棒したくらいですから美しいのでしょう。アンコ-ル遺跡は東洋の至宝と言われますが、その中でも、これは「アンコール美術の至宝」と言われています。至宝中の至宝というわけです。というわけで、クメ-ル王朝、とにかくすごいです。こういうものが真の世界遺産なんだと思います。当時の人が今のカンボジアを見たなら、どんなに深いため息をつくだろうかと想像すると、ちょっと悲しくもなりますね。
2013年04月22日
コメント(4)

そろそろ旅の疲れも出てくる頃ですが、頑張って起きました。朝日に映えるアンコ-ルワットを見に、真っ暗な朝5時過ぎにホテルを出ました。到着しました。空はまだ紫色。次第に明るくなってきました。最高の場所に移動して待ち構えます。ものすごく多くの人が来ていました。これを見にカンボジアに来たのですね。朝日に映えるアンコ-ルワットです。写真ではそれほどでもありませんが、実際に見るとなかなかの感動です。千年前と同じ感動を共有できたような錯覚に浸りました。ちょっと後ろに引くと、すぐに人が入り込みます。世界中からきていることが分かります。夕日は不完全でしたが、朝日の方は天気が良くて最高でした。此方も写真を撮ってもらい、撮ってあげました。逆行なので苦手なフラッシュ撮影、目がまた悪くなりました。この後ホテルに戻って外で朝食をいただきました。この場所です。実にすがすがしい朝でした。これからさらに奥のアンコ-ル遺跡を尋ねます。まだまだあるのです。
2013年04月18日
コメント(2)

夕日のあとはス-パ-で買い物がお決まり。日本のス-パ-と変わりません。でもフル-ツコ-ナ-では美味しいものが並んでいます。ランプ-タンを買うつもりだったのですが、近くにいたお客さんがなぜか日本語でこれ美味しいよというのです。それにつられてついそのご推奨を買ってしまいました。でも後で食べてみて、ちょっと~^^;;;でした。味の好みは人それぞれですね。それにしてもなぜ日本語ができるのか?かつて日本に出稼ぎにでも来たことがあったのか????でした。その後夕食のひととき。伝統舞踊をみながら、これもアジアではよくありますね。ここのおどりはタイやバリ島とよく似ています。見ていると、アンコ-ル遺跡の壁に彫られた踊り子や女神を連想させるポ-ズもあり、こんな風に昔もおどっていたのかなと、タイムスリップしたような不思議な感覚になりました。最後に踊り子さんたちと並んで写真を撮ってもらいました。毎度食べたベトナムフォ-。いいやここではアンビジアフォ-かな。他は大したものがなかったのですが、このフォ-は美味しかったです。こうして夜は更けていきました。明日は朝早く出かけて朝日に映えるアンコ-ルワットに感動する予定です。
2013年04月18日
コメント(2)
また死亡事故です。事故といっても手術中に家族が輸血拒否をしたために、出血対策としての緊急輸血ができなくなり、死んでしまったというものです。ニュ-スで知りました。以前より私はこの輸血拒否がおかしな話だと思っています。信者自体はどうしようと自由ですが、その家族まで進行の犠牲にすることは法的に問題です。これはどう見ても不作為の殺人というか、それ以上、未必の故意による殺人ですね。刑法では処罰に値するはずです。エホバの承認がカルトと言われるゆえんだと思います。
2013年04月17日
コメント(0)
PCをケ-〇デンキに行って、故障修理を依頼した。5年間延長の無料保証をわざわざお金を出してやっておいたのがちょうど5年目で生きたと喜んだのですが、それはぬかよろこびでした。キ-ボ-ドのAが不具合だというだけなのに、HDメモリ-を消去しても文句を言いませんという誓約書にサインしろというのです。こちらがHDメモリ-を壊さないように覚書をもらおうと思っていたら逆でした。相手が上手でした。サインしないなら受け取れないの一点張りです。医者の手術だって、この手術は危険なものではないから大丈夫ですよ、とか説明があるものです。それなのにケ-〇では顧客を安心させる補足説明が一切なしでした。愚かだなあこの店員、というかこの会社と思いました。しかも連休までには治せないというのです。しょうがないから連休後にまた来ますといって持ち帰りました。そもそも、このPCを買ったときにも店頭とキ-ボ-ド部分が違うなあ、どうやら別の量販仕様のものらしいが、値切ったのでしかたないかとその時は妥協したのです。そういういわくもあるのでなおさら。私としてはもう当分ケ-〇デンキでは買わないと思います。確かにバックアップは必要なので、別の量販店で外付けHDとかデジカメ用メモリ-(最近の32Gなど)を買って連休中にバックアップを入れようかな~。
2013年04月17日
コメント(4)

別の遺跡で夕暮れを楽しみました。かなり壊れた遺跡を上り、その上から眺めるということでした。残念ながらアンコ-ルワットへの落日の様子は見られませんでしたが、カンボジアの夕暮れ、ちょっとロマンがありました。翌日は早朝に再びアンコ-ルワットへ出かけて朝日を眺めます。これがなかなか素晴らしかったのです。------今度こそパソコンの修理が入りますので、ちょっとお休みです。
2013年04月13日
コメント(2)

別の回廊です。この上部も疑似ア-チ、つまりせり出し式ですね。ここには別の物語が彫られています。こんなレリ-フも。柱にも様々なレリ-フが刻まれています。際限がないほどたくさんあります。どれもが美しいです。ここにも女神像が。どれも見事です。石だから残ったのでしょうね。塔の脇にも彫られています。拡大すると、こんな感じ。千年前のサグラダファミリアっていう感じかな。なんだか夜半に動き出しそうです。高い塔の近くまで登ることができます。気温が高い午後だったので、私たちは下から眺めておしまいにしました。相棒は登りたがっていました。僧侶の方も見学です。観光かな?その両脇には西洋人のお年寄りが。ここアンコ-ルワットはお年寄りの観光客が多いです。
2013年04月11日
コメント(4)

「乳海撹拌」というのはヒンドゥー神話の有名な一場面で、デーヴァ神族とアスラ族が共同で不死の薬「アムリタ」を製造する為に行った壮大な綱引きです。これはデーヴァ神族の主神の一人ヴィシュヌ神が、魔力によって勢力を伸張してきたアスラ族に対抗する為に考案した策略であったと言われ、世界中のあらゆる植物とその種とを集めて海に投げ込み、マンダラ山を攪拌棒として巨龍ヴァースキを巻きつけて交互に引き合い、丁度インド人が牛乳からバターやヨーグルトを作る要領で霊薬を生み出すというものでした。ヴィシュヌ自身もクールマという巨亀になって攪拌棒の軸受けの役割を担ったのですが、凄まじい世紀の綱引きに海中やマンダラ山の多くの生物が死に絶えました。しかし、攪拌が進むと願いのものを生み出す神の牛や酒の女神といった様々なものが生まれ、その最後にダヌヴァンタリという神がアムリタの壺と共に現れ、デーヴァとアスラとで激しい奪い合いがおきます。そこでヴィシュヌは美女に変化してアスラ達を魅了し、まんまと霊薬をデーヴァのものとしました。ヒンドゥーの神話ではこうして神々は不死となり、アスラ族は強力な魔力を持つものの、限りある命になったと言われています(アスラは仏教でいう阿修羅ですがこの逸話から「飲まない」を語源とする説があります)。アスラ族はヒンドゥーでは魔族として神々に敵対するものですが、ペルシャではこの関係は逆転していて、要はそれぞれが相手の信仰するものを「神の敵対者」と捉える構図になっています。-----------しかしアムリタをめぐって神々とアスラが争い、一度はアムリタを奪われかけたが、ヴィシュヌ神は機転を利かせて美女に変身し、アスラたちを誘惑した。アスラたちは美女に心を奪われ、アムリタを手渡した。その結果、アムリタは神々のものとなったが、神々がアムリタを飲むさいにラーフというアスラがこっそり口にした。それを太陽神スーリヤと月神チャンドラがヴィシュヌ神に伝えたので、ヴィシュヌは円盤(チャクラム)でラーフの首を切断した。ラーフは首から上だけが不死となり、頭は告げ口したスーリヤとチャンドラを恨み、追いかけて食べようと飲み込むが体がないためすぐに外に出てしまう(日食・月食)。その体ケートゥとともに凶兆を告げる星となった。その後、神々とアスラの戦いはますます激しさを増したが、ヴィシュヌ神が心に日輪のごとき武器を思い描くと、天からスダルシャナというチャクラムが現れた。それをヴィシュヌ神が投げるとアスラを群れごと焼き、あるいは切り裂いた-----------以上はネットからの引用です。細かい字の羅列ですみません。レリ-フは神々とアスラ族との間の綱引きを絵にしています。千年もの長期間、この綱引きは行われたということです。海をヨ-グルトに見立てるって独創的ですよね。好きですこういう話。一直線の回廊です。砂岩のような石でできています。ここに彫られているのが「乳海撹拌」です。これを見にここまで来たように思いました。中央にビシュヌ神が立っています。その下に亀がいます。左側がアスラ族、右側が神族です。ビシュヌ神は西洋形のイケメンですね。これを見ていてイランやアフガニスタンで発見されたブッダ像を連想しました。よく似ています。というかあちらの方は皆基本がこういうイケメンなんでしょうね。日本では仏教はよく知られていますがヒンズ-教はほとんど知られていません。でももともとはヒンズ-教のおおもとの大きな世界があって、仏教ってその一部が肥大化したっていう感じに思えてきました。(違っていたらご容赦を)そのおおもとを引き継いでいるのはヒンズ-教の方だという感じがします。ひょっとしたらユダヤ教とキリスト教やイスラム教の関係ににているのかも。宗教の世界は奥深くて、迂闊なことは言えませんが、宗教と政治が歴史を動かしたことは事実であって、その二つが足りない日本ってかなり致命的なのでしょうね。
2013年04月07日
コメント(4)

外堀の中に入ります。遠くに見えてきました。高い塔はインドネシアで見たブランバナンの遺跡のようです。まさしくヒンズ-の塔です。美しいです。塔はあわせて5つ、中央の高い塔と、少し低い4角の4塔です。こんなに美しいお寺を作ったクメ-ル王朝が、その後衰退し、フランスの植民地になり、ついにはロンノル政権から出てきたクメ-ル・ル-ジュの悪魔ポルポトによって、国民のほぼ3人に一人が殺されてしまうなんて、当時の誰が想像したでしょうか。右側には修復なのでしょう、緑のシ-トが見えています。上智大学など日本の大学もかなり入っていて、カンボジアは日本人に感謝しているようです。
2013年04月06日
コメント(2)

アンコ-ルトムからアンコ-ルワットへ向かいました。ワットはトムよりやや小さい、同じく四角形の敷地に作られたお寺です。12世紀前半にワットができ、その後12世紀後半にもっと大きなトムが作られました。この時代がクメ-ル王朝(アンコ-ル王朝)の最盛期だったようです。アンコ-ルワットのワットってお寺という意味だそうです。タイのお寺もワットってお寺ですから同じです。そう、カンボジアはベトナムが中国文化圏なのに対してタイと同じ文化圏に属してるようです。正式にはクメ-ル語、クメ-ル文字ですが、タイの文字とすこし似てくにゃくにゃ、まるであの踊り子のよう。ベトナムは現在はアルファベットを使いますが、ちょっと前は漢字表記でした。異なる文化圏なのですね。中国語独特の四声は、ベトナム語では6声あるそうで、それを聞いただけで、ベトナム語は習得困難だと思えて来ます。一方、カンボジア語(クメ-ル語)にはほとんどないそうです。多分ベトナムが1世紀から千年もの長い間、中国に支配された結果も影響しているのでしょう。それでもベトナムは中国嫌いなんだから面白いです。まあ韓国の中国嫌いと似ていますね、というか中国好きな国ってほとんどないでしょう。話が横にそれてしまいましたが、アンコ-ルワットはヒンズ-教の色彩が強いお寺です。大変美しくて、アジアの至宝ともいわれます。世界三大仏教遺跡です。インドネシアのボロブド-ル、ミャンマ-のパガン、そしてこのアンコ-ル遺跡です。3つの中で一番有名ですよね。あとミャンマ-だけですが、なかなかミャンマ-には行きにくいです。カンボジアのお札にもこのアンコ-ル遺跡が描かれています。まさにアンコ-ル遺跡はカンボジアの「打ち出の小づち」です。ベトナムではドルが使えるのですが、ここカンボジアでは使えません。
2013年04月06日
コメント(2)

アンコ-ルトムの象のテラスから今度はライ王のテラスへ。ライ王って当時ライ病をわずらった王様だといわれていたそうです。ここはほとんど壊れていて、修復もあまり進んでいませんでした。ライ病って、別名ハンセン氏病、イエスキリストが生きていた時代から、忌み嫌われていた病です。ライ病の王がいたなんて信じられませんね。(多分違うと思います)修復されたライ王の像です。レプリカだそうです。この像もライ王です。昔の日本人もこのように片膝座りをしていましたね。正座っていつの時代からあるんでしょう、変な座り方です。この場所が地上より高いのでテラスと言われているようです。これ、ガル-ダじゃないでしょうか。夢破れて山河ありっていう感じでした。まわりに転がっている砂岩の全てが遺跡の残骸です。これは意図的に破壊された可能性もありますね。
2013年04月05日
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1

