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Feb 6, 2006
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テーマ: 心の病(7263)
>「生き辛さ」は普通の人(ACでは無い健全な人)は持たないものなのですか?

という質問をいただきました。

 結論から言うと、普通の人も生きにくさは感じます。
問題は程度の差です。
そことから、どの程度感情的に振り回されてしまうか、
それが日常生活において、周りから認められないくらい大きな問題があるかどうか、
という差ですね。

たとえば、失礼なことを言われて怒るとき、
それは誰にでもあることと、と認められるレベルなら、


 以上が答えですが、興味がある方のために
もうちょっと詳しく説明しましょう。

まず、AC(アダルトチルドレン)とは、どういうものかはっきりさせましょう。

 アダルトチルドレンは、元々は「アルコール依存症の親のもとで育ち、大人になっても、心や人間関係に障害を抱えて、生きにくいと感じている人々」を指す言葉(Adult Children of Alcoholics)です。

 その後、アルコール依存症の親に限らず、機能不全家族で愛情を与えられずに(条件付きの愛で)育てられる人々が同様に状態になることが分かってきました。

 それは共依存と同じですね。

 ACと共依存の違いは、その名前の付け方の差です。

ACは、生きにくさを感じる原因(アルコール依存症の親の下で育った)に着目して付けられたものであり、
その観察された状態(依存症者を助けようとしてる人自身が自己肯定感を得るために、アルコール依存症者を通して間接的にアルコールに依存しているので、結果的に共にアルコールに依存している)から名づけられたかの違いでしかありません。
(のちに、共依存が人間関係依存であるという状態が見えてくるにしたがって、
共にその人間関係に依存しあっているという意味にもなった)




1、ありのままの自分を受け入れられない
漠然とした不安のため自分の追い立てるように努力し、常に自己否定感がある。
(私が存在意義(価値)不安症と名づけた状態)

条件付きの愛で育てられ、条件に適っているときだけ愛されてきたので、
「ありのままの自分」を受け入れず、誰かに必要とされる時や相手を支配している時にしか自分の存在を確認できない。


「生まれてきて良かったのだろうか、生きている価値がない」と自分を大切な存在だと思えない。



2、自分の欲求がわからない

 自分の欲求を押さえ込んで、周囲の期待や要求に応えようとしてきた為、そのパターンが身につき、自分の欲求や感情がわからない。

自分と相手の境界が認識できず、相手の望む事自分の欲求のように感じる。
(このあたり、見えない虐待で説明したことですね)


3、本当の自分を主張できない
  主張する事で相手から否定されることが、自分の価値を認められないことに繋がるために、自己肯定感を失う恐れから自分の欲求を主張できない。 

  相手の要求にNOと言えなかったり、逆に相手を威圧的にコントロ ールしようとする。


■このようになる原因は、
条件付きの愛でしか愛されなかったことによります。
条件を満たしたときだけ、認められ、愛されてきたので、
その条件が自分の正しさとして内在してしまっています。

 しかし、それは自分で選んだものではなく、
幼いときの怖れと一緒に刷り込まれたものなので、
(今の怖れは、過去の怖れの投影です)
その条件に合っていない自分を感じるとき、
漠然とした不安を感じます。

 そして、自分の選択ではないから、そのことに気づかないうちは自分では変更ができません。

 また、その正しさの程度も自分で決めていないので、
相手が許可をしてくれないうちは、どこまでもそれを極めようとするので、
その点では、完璧主義者になっていきます。


 そのような状態は程度の差はあっても、
社会に適合するようにすべての人に共通なのです。

 ただ、一般的に反抗期というのがあります。
それは実は自立期であって、
親の正しさに抵抗し、自分で正しさの基準を決めていく時期でもあります。

 ちなみに、
私は親に反抗して長髪にしたり、ラッパズボン(未だとブーツカット(笑))にしたりしました。
すると、私は、髪の毛と服装を自分で決める自由を得たわけです。

 そのように、自分で決められることが多くなった人は、生きにくさを感じることが少なくなります。

 一方、AC・共依存の人は、親の良い子であり続けてきたので、目立つ反抗期がなかったという人が多いものです。
その結果、ずっと親の期待の呪縛に囚われたままで自分らしく生きられていませんから、生きにくいわけです。


 ちょっと話は飛びますが、
私は若いときはまったく肩こりと無縁だったのに
年齢とともに肩こりがひどくなってきました。

 でもそれを『歳をとれは仕方がないこと(当たり前、ふつう)だ』と思っていました。

 でも、筋肉をつけようと、お気に入りで紹介している「健康ダイエット」の栄養バランスのいいサプリを使ってみたら、筋肉が付いた上に、驚いたことに肩こりがなくなったんです。

 そうなって始めて気がついたんですが、
『歳をとれはふつうだ』というのは、
一般的な大勢の人の統計から導き出した常識に過ぎないことで
事実とはまた別物だったんですね。

>カウンセラーに、普通の人は「生き辛さ」は抱えていない、と言われたのですが、

ということですが、
カウンセラーの基準というものは、一般的なレベルであり、
心を病んでいるクライアントの状態を
一般的な心の病み方のレベルまでにすることなんです。

 つまり、
肩こりでも、けいれんを起こすようであれば、病気として異常とみなしますが、
少しくらい肩がこっても当たり前、正常であるとみなすのと同様に、
一般の人の生きにくさは、普通のこと(それがカウンセラーの基準だから)なので、『普通の人は「生き辛さ」は抱えていない』と言う訳です。

 でも、悟りの境地を基準とすると、充分、生きにくさを感じているということになります。

 すべては相対的ですから、基準をどこにとっているかというこに着目すると、理解していただけると思います。




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最終更新日  Feb 6, 2006 12:03:13 PM
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