ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2007.01.30
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 1957(昭和32)年1月30日
 この日は、第1次南極観測隊が、南極大陸に上陸した
 翌日です。事件は群馬県相馬ケ原の米軍射撃場内で
 起きました。日本がまだまだ貧しい時代でした。
 貧しさ故に、基地周辺に済む貧農たちは、立ち入りを
 許された基地内に立ち入り、空薬莢(からやっきょう)や
 砲弾の破片を拾い集め、生活の足しにしていたのです。
 射殺された坂井なかさんも、そうした一人でした。

 よって、射殺犯W・ジラード三等技術兵は「ママさん、
 大丈夫ヨ」と、わざと坂井さんを近くに呼び寄せたうえで、
 至近距離から射殺したことが明らかにされました。
 当然国内世論は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなりました。
 米兵に巣食う、日本人に対する極端な優越意識(この意識は
 今日でも、在沖縄米軍などに色濃く残り、それが婦女暴行
 事件や、車輛による人身事故などとなって現出するようです)
 の存在を、これみよがちに見せつけられたのですから……。
 世論の怒りに、米国に弱い日本政府も、ここは強気のポーズで
 米軍に当たらざるをえません。
 しかし、サンフランシスコ講和と同時に結ばれた日米安全保障

 日米行政協定(当時、現日米地位協定)によって、治外法権が
 認められていたのです。即ち米兵は、勤務中か否かに関わらず、
 その行動によって生じた係争は、米国の法規で米国の司法でのみ
 裁かれることになっていたのです。
 ここに、いかに日本側が「ジラード陸士は故意の殺人犯なので、

 聞き入れず、ジラードは米軍機で密かに帰国、日本側はウヤムヤの
 内に押しきられてしまったのでした。
 米軍基地と日本の主権との関係が、ここに大きく問題化したのでした。
 当時中学生だった、我々や少し上の世代には、いまだにこの事件は、
 心の底に熾りとなって残っており、いわば草の根の反米感情を
 消し去ることが出来ないでいるのです。





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最終更新日  2007.01.30 01:54:48 コメントを書く
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