ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2007.11.16
XML
カテゴリ: 国際政治
第一次世界大戦(1)

開戦まで…1

6/28のクロニクルでサラエボ事件を、7/28のクロニクルでは、第一次世界大戦の開始を取り上げました。

その時は、フランス革命を継続していましたので、11月9日のクロニクルに大戦の終了を取り上げ、そこからは第一次世界大戦をしばらく続けてみようかと思っていました。1週間ずれてしまいましたが、今日から始めたいと思います。

オーストリアの皇位継承者夫妻が、ボスニアの首都サラエボで、セルビアの過激民族主義結社に属する青年に暗殺されたことは、オーストリア政府にとっても、セルビア政府にとっても誤算でした。

1912年の第一次バルカン戦争で,オスマン帝国から独立したばかりのバルカンの小国、セルビアにとって、オーストリア及びその後ろ盾のドイツと戦う備えはありません。ロシアの後ろ盾があっての国だからです。ロシアの全面支援の確証が得られない限り、強気になれないからです。

同じことはオーストリアにも言えました。セルビアと開戦すれば、ロシアが黙っているはずはない。こうオーストリア政府は考えます。自力でロシアと戦う実力がないことも分かっています。それゆえ、オーストリアも。ドイツの全面支援の確証が得られない限り、うかつにセルビアと開戦できないというジレンマを抱えていたのです。

開戦には、確かにそれなりの準備は必要です。しかし、サラエボ事件の当日、セルビアと接するボスニアで、オーストリアは大規模な軍事演習を行なっていたのです。攻撃準備は事実上出来ているに等しいのです。それなのに何故、開戦に1ヶ月も要したのか。この疑問の答えは、セルビアはロシアの支援を、オーストリアはドイツの支援を、共に必要とし、その確証を得るために、時間が必要だったからです。

ここに帝国主義時代の現実がありました。オーストリア、セルビア両国は、夫々がドイツとロシアに軍事的に従属し、両国の顔色を窺いながら敵対していたのです。



ドイツは、開戦に積極的でした。セルビアとの開戦はロシアとフランスの参戦を招くだろう。しかし、両国となら戦って勝てる。こう自信まんまんに考えていたからです。
                        続く






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007.11.16 12:52:14
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ザビ神父

ザビ神父

カレンダー

お気に入りブログ

お墓を写したフイル… New! 歩世亜さん

「一天にわかに掻き… New! でぶじゅぺ理さん

愛知県春日井市  … New! トンカツ1188さん

自然のはしくれメモ_… New! わからんtin1951さん

我が家の熱中症対策。 New! naomin0203さん

コメント新着

でぶじゅぺ理 @ Re:石破辞任(09/09) 明けましておめでとうございます。 本年…
葉月 生 @ Re:ご無沙汰しました(08/15) 神父さま お帰りなさいませ。 1ヵ月に1回…
kopanda06 @ Re:石破辞任(09/09) お久しぶりです。 降雨の中、高見観音の…
吉祥天2260 @ Re:石破辞任(09/09) どの人見てもなんだかねぇ・・・ 国のこと…
わからんtin1951 @ Re:石破辞任(09/09) テレビを観ていると、総裁選のことばかり…

バックナンバー

・2026.07
・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: