ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2007.11.19
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カテゴリ: 国際政治
第一次世界大戦(4) 

ドイツの誤算

ドイツの強い支持を確認したオーストリアは、セルビアに最後通牒を突きつけます。7月23日午後6時のことでした。内容は、反オーストリア的であるとオーストリア政府が指定した官吏の罷免など、主権国家が絶対に飲めない内容が列挙されていました。しかも回答期限は2日後の25日午後6時。

これは、ドイツの支持の下に、ともかく戦争を始めようという態度でした。
25日、セルビア政府の譲歩案を一蹴したオーストリアは、駐セルビア大使を召還して国交を断絶。遂に28日、正式にセルビアに宣戦を布告しました。

オーストリアの態度が明確になった段階で、ロシアは総動員体制をとることに決し。29日から実行に移しました。ロシアの総動員令は、ドイツとの全面戦争を予定してのものであり、当然ドイツは反応します。

30日、ドイツはロシアに対し、ロシアが総動員を解除しない限り、ドイツも全陸軍を動員すると通告し、8月1日、両国は戦争状態に入りました。独・露の開戦は、独・仏の開戦に繋がりました。露仏同盟によるフランスの参戦を予想したドイツは、機先を制すべく、ロシアとの開戦翌日の2日には、対仏国境を越えて、フランス領に侵入を開始しました。この行動は3日の宣戦布告の1日前のことでした。

残されたのはイギリスでした。ドイツはイギリスの参戦を予想せず、参戦するにしても数ヶ月先と予想していました。しかし、イギリスはドイツの軍備拡大と膨張主義的傾向を危ぶみ、早い段階でドイツを叩いておくことの必要を感じていました。こう考えたイギリスは、戦線の拡大を見て、参戦を決意、国内世論を説得するために機会を窺い、ドイツがルクセンブルグを侵犯し、3日にはフランス攻撃のためにベルギーの中立を無視して、同国を占領したのを見ると、ベルギー救援を旗印として、4日にドイツに宣戦を布告したのでした。

イギリスの早い段階での参戦はドイツの誤算でした。7月28日の開戦から8日目にして、戦争はヨーロッパ規模の大戦争にまで、拡大したのです。


                        続く





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最終更新日  2007.11.20 01:43:04
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