ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.02.26
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カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る(42)

サン・ドマングはフランスの植民地でしたから、黒人奴隷の扱いもスペイン領とは異なる面も持っていました。その好例が、比較的早い時期から奴隷同士の結婚を認めていたことです。

フランスは、アフリカから女性の奴隷も比較的数多く導入したのです。植民地の白人は、圧倒的に男性が多数で、白人の男女比は、女性を多めに見積もっても男性2に対して女性1が良いところでした。大陸のスペイン植民地では、白人女性を娶れない下位の白人は、現地女性を妻とするケースが多かったのですが、カリブ地域では現地人は死滅させてしまっていますから、そうは行きません。ここでは黒人女性を性の捌け口とするケースが多かったのです。

女性が妊娠した場合、奴隷身分から解放して自由を与え、子はムラート(混血)となったのです。フランス革命当時の人口構成で、ムラートが白人の8割に達していたことは先に記しました。奴隷同士の結婚は、奨励されたわけではありませんが、家内奴隷や熟練を要する仕事についている奴隷たちを懐柔する必要から、奴隷主は彼らの結婚を容認し、時には斡旋さえしたのです。こうして、現地生まれの奴隷2世が登場します。

カリブ世界に連れてこられた奴隷達は、プランテーションの内部に、自分達の生活空間を持ちました。彼らはろーま・カトリックの信仰を強制されましたが、日没後の生活空間の中で、ヴードゥーの信仰を守り育てることによって、ヴードゥーを頼りに辛い生活を生き抜きました。

ところで、黒人奴隷の言語は何だったのでしょうか。支配者の言語はフランス語であり、スペイン語であり、ポルトガル語であり、また英語と、宗主国の言語でした。アフリカ西海岸といっても、そこにあった部族国家の言語は様々です。ですから、奴隷達の語る言語は様々です。

彼らは互いの意思疎通のために、カリブ世界で独特の言語を作り出しました。この言語を、現在クレオール語とか、クリオーリョ語と呼んでいます。クリオーリョ、クレオールとは、植民地生まれの白人、植民した1世の現地化した子孫を指す言葉です。彼らも本国の言葉を使います。

ですから、連行されてきた黒人たちが作り出した共通言語を、クリオーリョ語とかレオール語と呼ぶのは、オヤッと思わされるのですが、カリブ世界や中南米世界の独特の音楽や衣装、生活文化の一切をクリオーリョ(クレオール)文化と呼び、言語もまた、クリオーリョ(クレオール)語と呼ばれるのです。

クレオール言語が登場して後の、サン・ドマンゴでは、先輩の奴隷達が、いわば語り部よろしく、新参の奴隷達にクレオール語を伝え、意思疎通が図れるようにしたのです。





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最終更新日  2010.02.26 13:24:25
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