ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.03.19
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カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る(61)

最初に昨日は準備が整わず、載せることが出来なかったのですが、ル・カップのフランス軍司令部を訪問して、トゥサンが囚われる場面を描いた絵をあげておきます。

トゥサン捕わる

ただちにフランス行きの艦船に連れ込まれたトゥサンは、船上のフランス人たちに、次のように告げたと言われます。

「私を捉えて、倒したとしても、あなた方はサン・ドマングの自由という樹の幹を倒したに過ぎない。やがて再び根から幹が成長するだろう。自由は今やしっかりと、無数の根を下ろしているのだから。」

この予言は、さほど間を置くことなく現実のものとなります。ですが、その叙述は明日に回して、ここでは、フランスに護送されたトゥサンのその後を記します。

6月7日に捕えられ、ただちにフランスへ送られたトゥサンは、2ヶ月半後の8月23日にフランスに到着します。到着後ただちにジュラ山脈の一郭に設けられたジュー要塞に収監されます。60歳を過ぎ、しかも91年9月以降、休む間もなく奴隷解放のための革命戦争戦い続けてきた高齢のトゥサンには、もはや苛酷な独房での監禁生活に耐え抜く体力は残っていなかったのです。

トゥサンは、監禁からおよそ半年後の1803年4月7日に、この要塞内の独房で脳卒中に肺炎を併発して、亡くなっています。彼の死もまた、ハイチの民衆画家たちによって、何枚もの絵が描かれています。下はその1枚です。

トゥサンの獄死

トゥサンの遺体は、サン・ドマングには戻されず、ジューの要塞に付置されていた礼拝堂の地下室に碑銘をつけることもなく、埋葬されてままになっていました。彼の遺体がハイチに返還されたのは、没後180周年に当たる1983年4月7日のことでした。

こうして、ナポレオンは目の仇としてきたトゥサンを葬り去ることに成功したのですが、これをもって、彼は全ての目的を達成することが出来たのでしょうか。実はそうはならなかったのです。ハイチの黒人革命は、トゥサンの予想を超えて、はるかに大きな根を張っていたのです。





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最終更新日  2010.03.19 20:20:59
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