ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.07.13
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(69)

第2章 明白なる天命…30

ポーク政府が、メキシコに戦争を仕掛けた裏には、実はカリフォルニアに対する明確な野心が隠されたいました。テキサスとカリフォルニアに挟まれたニューメキシコに、どれだけの価値があるかは問題ではなかったのです。

そこは単に、カリフォルニアへの通過点であり、そうである限り合衆国が領有する必要がある。ポーク政権の主張は、単純明快でした。

ポークのカリフォルニアへの関心は、東部のニューヨークやボストンのアジア貿易関係者によって、吹き込まれたものでした。米国の太平洋艦隊に属するペリー提督が日本にやってきたのは、1853年のことですが、米国のアジア貿易は、1820年頃から活発化してきていたのです。

広東での対中貿易に従事する米国商船は、20年代には年間20艘程度でしたが、40年代には40艘を越えるまでに成長していたのです。その担い手であったボストンやニューヨークのアジア貿易関係者にとって、太平洋に面する良港の候補地を何箇所も抱えるカリフォルニアは、垂涎の的だったのです。

これに太平洋に捕鯨のために漕ぎ出す漁業関係者が加わりました。米国海軍がアジア貿易の支援のために、太平洋に進出し、中国や日本の近海にまで出没するようになったのは、1830年代末のことだったとされています。

この時点から、海軍の補給基地として、太平洋航路の東の逗留地として、関心を集めたのがサンフランシスコでした。対メキシコ戦争の裏で考えられていたカリフォルニア奪取計画のなかで歯、早くもカリフォルニア獲得の暁には、カリフォルニア、サンフランシスコに向けた大陸横断鉄道の建設が、一つの夢として語られていたのです。





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最終更新日  2010.07.13 14:39:24
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