ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.07.24
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(80)

第3章 南北戦争と再建…6

奴隷制度を巡る南部と北部及び中西部の争いは、やがて司法を巻き込むことになりました。連邦最高裁判所が、奴隷制度の存在の正当性を認め、その上でさらに、「奴隷は財産であるから、私有財産の不可侵を定めた憲法の規定に照らして、その存在は常に保障される」と宣言したのです。

奴隷制度を否定することは勿論、奴隷制度の存在地域を制限するだけでも、憲法条項の修正が必要であることが、宣言されたのです。こうなると南部での支持は期待できない共和党は、北東部や中西部の要求を積極的に取り込み、支持を広げていく必要が生じたのです。

ここに共和党は、内陸部における交通手段の拡充、大陸横断鉄道の建設の推進、関税の引き上げ、そして中西部農民の要望の強い「自営農地法(ホーム・ステッド法)」の推進といった、連邦政府権限の強化なしには、実行に移せない政策の実現を目指したのです。

当然、州の権限の擁護を目指す南部は、連邦政府権限の強化には、真っ向から反対でした。南部地域での支持獲得を最初から当てにしていない、共和党という政党が、北東部や中西部での支持を急速に拡大している現実は、いよいよ南北の対立を抜き差しならないものとしたのです。

1860年5月、共和党は早々と、リンカンを次期大統領選の候補として指名したのです。これに対して民主党は候補者の1本化に失敗したのです。民主党多数派は、58年のイリノイ州上院議員選挙で、僅差ながらリンカンに勝利したスティーヴン・ダグラスを候補としました。奴隷制の是非は、開拓地住民の意向で決めるという、カンザス・ネブラスカ法の精神を守るというダグラスの主張は、こじれた北部らとの関係を修復しうる可能性を、僅かに残すものでした。

しかし南部民主党の急進派は、穏健派の主張に組せず、全ての開拓地に奴隷制を広げるという、妥協の余地の全くない強硬論を唱えたのです。彼らはダグラスを大統領候補とすることを認めず、ジョン・ブレキンリッジを独自候補として、大統領選に臨みました。

60年の大統領選挙は、皆さんご存知の通り、共和党のリンカンが大統領に当選した選挙です。歴史にタラ、レバはないのですが、選挙結果は微妙でした。ダグラス候補とブレキンリッジ候補の得票合計は48%に達し、リンカン候補の40%を大きく上回っていたのです(3人以外の候補の得た得票は10%以上ありました)。


                                     続く





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最終更新日  2010.07.25 15:24:23
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